九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
サウナ ニヨル セイリ シンリ ハンノウ ト カンゴ ヘノ オウヨウ
宮園, 真美
九州大学大学院保健学部門 臨床看護学講座
https://doi.org/10.15017/19720
出版情報:Kyushu University, 2010, 博士(芸術工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
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第3章
頸部下ドーム型サウナ使用時の高齢者の生理・心理反応
36 3.1.はじめに
第 2章 では、健 常 若 年 者 を対 象 として頸 部 下 ドーム型 サウナを使 用 した際 の生 理 ・ 心 理 反 応 の結 果 を得 た。頸 部 下 ドーム型 サウナを使 用 することによって入 浴 と同 等 の 体 温 上 昇 が約 0.8℃見 込 まれ、入 浴 時 に起 こる血 圧 の著 明 な変 動 や心 負 荷 が少 ない ことが証 明 された。健 常 若 年 者 においては、頸 部 下 ドーム型 サウナの使 用 は中 間 温 度 60-85℃(以 下 ML)で、安 全 に温 熱 効 果 を利 用 できると考 える。
本 章 では、第 2章 の結 果 を受 けて対 象 を健 常 高 齢 者 として頸 部 下 ドーム型 サウナ使 用 による生 理 ・心 理 反 応 を明 らかにする。高 齢 化 率 が65歳 以 上 の人 口 比 率 21%以 上 と なったわが国 で高 齢 者 の健 康 維 持 増 進 のための取 り組 みは必 須 である。医 療 費 高 騰 の折 、温 熱 効 果 を活 用 した薬 を使 用 しない循 環 動 態 へ働 きかける看 護 援 助 は、その方 法 を開 拓 することで対 象 にも有 意 義 であり社 会 的 にも貢 献 するものと考 える。
対 象 が高 齢 者 であることで、本 実 験 で考 慮 すべき点 は、加 齢 に伴 う機 能 低 下 が全 身 温 熱 負 荷 によってどのように影 響 を受 けるかという点 である。 特 に、細 胞 外 液 量 が 少 ない高 齢 者 は容 易 に脱 水 になる危 険 性 があるため、事 前 の十 分 な水 分 補 給 方 法 の検 討 が必 要 である。健 常 若 年 者 では実 験 前 の200mlの水 分 補 給 を行 っていたため、
脱 水 率 を1.3%に留 めることができた。高 齢 者 では発 汗 量 は若 年 者 より少 ないと予 測 さ れるが、どの程 度 の飲 水 を促 すのが最 良 の方 法 なのか検 討 する必 要 がある。また、心 肺 機 能 の低 下 に伴 う循 環 動 態 の変 化 に十 分 な注 意 が必 要 である。そして、温 冷 感 の 温 度 識 別 能 の低 下 のために全 身 温 熱 に対 する感 受 性 が遅 れるため、主 観 的 な申 告 だけでは判 断 できない異 常 が潜 伏 している可 能 性 も考 慮 しなくてはならない。以 上 の 点 を考 慮 しつつ、本 実 験 では、サウナによる温 熱 刺 激 が及 ぼす高 齢 者 の生 理 ・心 理 反 応 についての基 礎 的 データを得 ることを目 的 に、若 年 者 実 験 (第 1章 )と同 様 に2条 件 の温 度 レベルにおける反 応 を比 較 するとともに、看 護 実 践 に向 けてのサウナの適 用 を検 討 する。
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1)被 験 者
対 象 者 は、事 前 に集 合 してもらい、循 環 器 専 門 医 師 の問 診 による健 康 チェックを行 った。高 血 圧 、循 環 器 疾 患 等 の既 往 がなく薬 物 療 法 中 でない健 常 高 齢 男 性 12名 (年 齢 :70.0±4.1歳 、身 長 :162.7±4.5cm、体 重 :58.3±7.6kg)を被 験 者 とした。被 験 者 には研 究 内 容 について十 分 な説 明 を行 い書 面 による同 意 を得 た。実 験 の目 的 、方 法 、 手 順 は次 の内 容 について資 料 を使 用 して説 明 した。①予 測 される問 題 点 :脱 水 の危 険 性 や採 血 による疼 痛 。②危 険 が予 測 される場 合 は即 時 実 験 を中 止 する。③医 学 的 判 断 と対 処 は内 科 医 が専 門 的 に行 う。④実 験 への協 力 は撤 回 可 能 であり、撤 回 によ る不 利 益 はない。⑤得 られた情 報 は厳 重 に管 理 しプライバシーを守 る。本 研 究 は「入 浴 ・サウナ浴 を用 いた心 疾 患 患 者 における治 療 的 患 者 ケアプログラムの開 発 」の一 環 として、九 州 大 学 医 系 地 区 部 局 倫 理 審 査 委 員 会 の承 認 を受 けた。
2)実 験 期 間 、場 所
2008年 4月 に、九 州 大 学 大 学 院 医 学 研 究 院 保 健 学 部 門 、保 健 学 本 館 内 実 験 施 設 において実 施 した。
3)実 験 条 件
頸 部 下 ドーム型 サウナ(以 下 ドーム型 サウナ(家 庭 用 遠 赤 外 線 サウナ、「スマーティ」
(フジカ)を使 用 ))の総 出 力 100%:70-90℃(以 下 HL)と総 出 力 50%:60-85℃(以 下 ML)の 2種 類 のサウナドーム温 度 を実 験 条 件 とし、一 人 の被 験 者 に対 し2回 の実 験 を、時 間 帯 を統 一 して別 の日 に実 施 した。室 温 平 均 は22.9±0.9℃、平 均 相 対 湿 度 は50.1±
4.1%であった。被 験 者 の衣 服 はトランクスとガウンタイプの病 衣 とした。また、実 験 前 日 から施 行 日 の禁 酒 と実 験 開 始 2時 間 前 を絶 食 とすることを注 意 事 項 とした。
4)実 験 手 順 と測 定 項 目 (図 3.1.)
被 験 者 は排 尿 、300mlの飲 水 をした後 、実 験 室 へ移 り10分 間 の安 静 臥 床 とした。そ の後 、事 前 に各 条 件 の温 度 レベルに設 定 し、電 源 をONにしたままで準 備 しておいたド
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ーム型 サウナを被 験 者 に被 せ30分 、電 源 をOFFして30分 、ドーム型 サウナを除 去 して 30分 、計 100分 間 安 静 臥 床 とした(図 3.2.)。10分 間 の安 静 時 間 からドーム型 サウナを 除 去 す る ま で の 100 分 間 に 、 血 圧 お よ び 心 拍 数 ( オ ム ロ ン デ ジ タ ル 自 動 血 圧 計 HEM-9000AI)、深 部 体 温 (熱 流 補 償 法 (額 部 における深 部 体 温 ))の測 定 (テルモ社 製 コアテンプCM-210型 )と、主 観 的 温 冷 感 (「熱 い」「温 かい」「やや温 かい」「どちらでもな い」「やや涼 しい」「涼 しい」「寒 い」の7項 目 )、温 熱 的 快 適 感 (「とても快 適 」「快 適 」「や や快 適 」「どちらでもない」「やや不 快 」「不 快 」「とても不 快 」の7項 目 )の自 己 申 告 による 調 査 を 行 っ た 。 実 験 の 前 後 に は 体 重 測 定 ( 測 定 精 度 1g : ID1Plus KCC150 ; METTLER) と 採 血 ( 血 算 、 ヘ マ ト ク リ ッ ト 値 、 ヘ モ グ ロ ビ ン 値 、 血 小 板 、 PAI-1(plasminogen activator inhibitor-1:線 溶 阻 止 因 子 の一 つ))を行 った。
本 実 験 では、主 観 的 な気 分 を評 価 するものとして(Japanese UWIST mood adjective checklist,JUMACL(箱 田 2005))を用 いた。また、実 施 の次 の日 に睡 眠 や疲 労 に関 す る聞 き取 り調 査 を電 話 により行 った。
5)統 計 解 析
測 定 結 果 は全 て平 均 値 (標 準 偏 差 )で示 した。深 部 体 温 、血 圧 、心 拍 数 の経 時 変 化 の検 定 には、2つの温 度 レベルと51回 反 復 する測 定 値 の時 系 列 変 化 に対 して、反 復 測 定 分 散 分 析 (repeated-measure Analysis of Variance)を行 った。多 重 比 較 検 定 にはBonferroniを用 いた。深 部 体 温 、血 圧 、心 拍 数 の最 低 値 と最 高 値 の比 較 、およ び体 重 減 少 量 、排 尿 量 、血 液 データ、気 分 調 査 チェックリスト点 数 の条 件 間 および サウナ実 施 前 後 の比 較 には、対 応 のあるt検 定 (paired t‐test) を用 いた。また、統 計 解 析 ソフトには、P A S W S t a t i s t i c s 1 8 お よ び P A S W A d v a n c e d S t a t i s t i c s 1 8 を使 用 した。統 計 処 理 において危 険 率 5%未 満 を有 意 水 準 とした。
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図 3.1. 実 験 手 順 と 測 定 項 目
図 3.2. 実 験 風 景
40 3.3.結 果
1)熱 流 補 償 法 による深 部 体 温 (額 )変 化
熱 流 補 償 法 による深 部 体 温 (額 )の経 時 的 変 化 を図 3.3.に示 す。両 レベルともドーム 型 サウナを被 せて約 10分 から徐 々に上 昇 し、電 源 を切 った後 も約 30分 上 昇 を続 け、
体 温 下 降 はドーム型 サウナを除 去 した約 10分 後 から見 られた。深 部 体 温 の最 高 値 は HLが電 源 OFFして25分 後 36.9(0.6)℃、MLが電 源 OFFして30分 後 36.9(0.4)℃であっ た。最 低 値 はHLが36.1(0.5)℃、MLが36.1(0.5)℃で、両 レベルとも0.8℃の体 温 上 昇 が見 られた。分 散 分 析 の結 果 、温 度 レベルによる有 意 な主 効 果 は認 めなかった。温 度 レ ベ ル と 時 間 経 過 の 交 互 作 用 は 見 ら れ ず 、 時 間 経 過 に よ る 主 効 果 は 有 意 で あ っ た (F(50,550)=29.27,p<0.01)。多 重 比 較 検 定 を行 ったところ、両 レベルとも、サウナ浴 前 値 平 均 と電 源 ON20分 後 以 降 のデータに有 意 差 が認 められた(p<0.05)。
2)心 拍 数
心 拍 数 の経 時 的 変 化 を図 3.4.に示 す。サウナ内 で経 過 している間 、両 レベルとも心 拍 数 の増 加 がみられ、ドーム型 サウナを除 去 すると減 少 した。心 拍 数 の最 高 値 は、HL が電 源 OFF24分 後 で87.2(12.0)回 /分 、MLが電 源 OFF30分 後 で80.1(15.2)回 /分 で あった。最 低 値 はHLが69.6(9.8)回 /分 、MLが67.5(10.0)回 /分 で、それぞれ17.6回 / 分 、12.6回 /分 増 加 した。分 散 分 析 の結 果 、温 度 レベルによる有 意 な主 効 果 は認 めな かった。温 度 レベルと時 間 経 過 の交 互 作 用 は見 られず、時 間 経 過 の主 効 果 は有 意 で あった(F(50,550)=14.27,p<0.01)。多 重 比 較 検 定 を行 ったところ、サウナ浴 前 値 平 均 と 電 源 ON20 分 か ら 電 源 OFF30 分 後 の 値 に は 有 意 差 が 認 め ら れ た (p<0.05) 。 電 源 OFF16分 から24分 後 の間 に両 レベル間 の有 意 差 を認 めた。
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図 3.3. HL と ML に お け る 熱 流 補 償 法 深 部 体 温 計 の 経 時 的 変 化
図 3.4. HL と ML に お け る 心 拍 数 の 経 時 的 変 化
42 3)血 圧
血 圧 の経 時 的 変 化 を図 3.5.および 図 3.6.に示 す。収 縮 期 血 圧 、拡 張 期 血 圧 とも にドーム型 サウナを被 せてから徐 々に低 下 し、電 源 を切 った後 も約 30分 低 下 したまま 維 持 し、ドーム除 去 をした後 も著 明 な血 圧 上 昇 は認 めなかった。
収 縮 期 血 圧 の 最 低 値 はHLが126.0(15.2)mmHg、MLが 126.6(17.2)mmHgで、 それ ぞ れ 安 静 時 平 均 142.5(15.8)mmHg 、 146.1(18.1)mmHg よ り 16.5mmHg 、 19.5mmHg 低 下 した。分 散 分 析 の結 果 、温 度 レベルによる有 意 な主 効 果 は認 めなかった。温 度 レベ ル と 時 間 経 過 の 交 互 作 用 は 見 ら れ ず 、 時 間 経 過 の 主 効 果 は 有 意 で あ っ た (F(50,550)=11.30, p<0.01)。多 重 比 較 検 定 を行 ったところ、両 レベルにおいてサウナ 浴 前 値 平 均 と電 源 OFF10分 後 からドーム除 去 して10分 後 の値 の間 に有 意 差 が見 ら れた(p<0.05)。
拡 張 期 血 圧 の 最 低 値 はHLが 68.2(12.5)mmHg、 MLが 69.5(10.5)mmHgで、 そ れぞ れ 安 静 時 平 均 値 80.8(11.4)mmHg 、 83.6(10.4)mmHg よ り 、 12.6mmHg 、 14.1mmHg 低 下 した。分 散 分 析 の結 果 、温 度 レベルによる有 意 な主 効 果 は認 めなかった。温 度 レベ ル と 時 間 経 過 の 交 互 作 用 は 見 ら れ ず 、 時 間 経 過 の 主 効 果 は 有 意 で あ っ た (F(50,550)=14.98,p<0.01)。多 重 比 較 検 定 を行 ったところ、両 レベルとものサウナ浴 前 値 平 均 と電 源 OFF6分 後 からドーム除 去 して12分 後 の値 の間 に有 意 差 が見 られた(p
<0.05)。
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図 3.5. HL と ML に お け る 収 縮 期 血 圧 の 経 時 的 変 化
図 3.6. HL と ML に お け る 拡 張 期 血 圧 の 経 時 的 変 化
44 4)体 重 変 化 、尿 量 変 化 および血 液 データ
サウナ前 後 の体 重 減 少 量 の比 較 では、HLが390.0(165.5)gで、MLが462.5(260.8)g で両 レベル間 に有 意 差 はなかった。サウナ終 了 後 の排 尿 量 は、HLが168.6(112)ml、
MLが179.4(100)mlで、レベル間 に有 意 差 はなかった。
血 液 デ ー タ の う ち ヘ モ グ ロ ビ ン 値 は 、 HL で サ ウ ナ 前 15.3(1.3)g/dl か ら サ ウ ナ 後 15.0(1.4)g/dl に 低 下 し た 。 ML に お い て も サ ウ ナ 前 15.3(1.3)g/dl か ら サ ウ ナ 後 15.1(1.3)g/dlに低 下 した。両 レベルともサウ ナ前 後 間 に 有 意 差 はなかった。また、血 小 板 、PAI-1ともに両 レベルともサウナ前 後 間 に有 意 差 はなかった。サウナ前 後 のヘマ トク リ ット値 を 図 3.6. に 示 す。 HLで はサウ ナ前 47.2(3.2)% からサウ ナ後 45.8(3.8)%に 有 意 に 低 下 し た(p<0.01)。MLではサウナ前 46.4(3.4)%から45.5(3.4)%に低 下 したが サウ ナ前 後 間 に有 意 差 はなかった。レベル間 の有 意 差 は見 られなかった。
図 3.7. サウナ前 後 のヘマトクリット値
45 5)主 観 申 告
温 熱 感 に 関 してはサウナ内 に入 って30分 経 過 した時 点 で、両 レベルとも全 ての被 験 者 が「やや暑 い」、「暑 い」と答 え、レベル間 に有 意 差 は見 られなかった。温 熱 的 快 適 感 に関 しては、サウナ内 10分 経 過 した時 点 では両 レベルとも「快 適 」、「やや快 適 」 であったが、サウナ内 に入 って30分 経 過 した時 点 と電 源 をOFFして28分 の時 点 で「や や不 快 」を訴 えた。
6)気 分 形 容 詞 チェックリスト
サウ ナ 前 後 の 気 分 形 容 詞 チ ェ ッ ク リ スト JUMACLの 変 化 を 図 3.7.に示 す。緊 張 覚 醒 (tense arousal)点 数 は、HLでは13.8(3.4)点 から11.6(1.9)点 に、MLでは14.3(4.0)点 か ら 10.8(1.4) 点 に 低 下 し て お り 、 サ ウ ナ 実 施 前 後 間 に お い て 有 意 な 低 下 を 認 め た (p<0.05)。
エネルギー覚 醒 (energetic arousal)の点 数 は、HLでは33.1(4.1)点 から35.1(2.1)点 に、MLでは34.2(2.4)点 から36.6(2.9)点 に上 昇 した。MLのみサウナ実 施 前 後 間 にお いて有 意 な上 昇 を認 めた(p<0.05)。
翌 日 の聞 き取 り調 査 では、HLにおいて12名 中 5名 が「よく眠 れた」、2名 が「疲 れが 取 れた」と話 した。
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図 3.8. 気 分 形 容 詞 チ ェ ッ ク リ ス ト JUMACL の サ ウ ナ 前 後 比 較 ( A) 緊 張 覚 醒 ( tense arousal) の 点 数
( B) エ ネ ル ギ ー 覚 醒 ( energetic arousal) の 点 数
* p<0.05
* p<0.05
47 3.4.考 察
1)熱 補 償 法 による深 部 体 温 変 化
深 部 体 温 には種 々の評 価 方 法 があるが、今 回 は、高 齢 者 の深 部 体 温 を評 価 する 際 に直 腸 温 測 定 が困 難 と考 え、簡 便 にかつ継 時 的 にデータを収 集 できる額 で測 定 す る熱 流 補 償 法 を適 用 した。
深 部 体 温 は両 レベルとも同 様 な経 時 変 化 を 示 し、温 度 レベルによ る差 はなかった (図 3.3.)。両 レベルとも約 0.8℃の深 部 体 温 の上 昇 が示 され、健 常 若 年 者 同 様 、湯 温 40℃に10分 間 入 浴 する場 合 の0.5℃以 上 の体 温 上 昇 (樗 木 2004)が認 められた。先 行 研 究 では、高 齢 者 が40℃の温 湯 で入 浴 した場 合 、高 齢 者 の体 温 変 化 は若 年 者 の 体 温 変 化 とは有 意 に違 いがあると示 されており(美 和 ら 2002)、その変 化 の理 由 は、
高 齢 者 の身 体 の暖 まり難 さと体 温 調 節 機 能 の反 応 性 の低 下 および循 環 血 液 量 の減 少 による核 心 温 上 昇 効 果 の妨 げであるとされている。高 齢 者 の安 静 時 の体 温 が若 年 者 より低 値 であることは、舌 下 温 度 35.4~36.3℃(山 蔭 2005)および腋 窩 温 度 36.0±
0.36℃(栃 原 2003)などのデータにより明 らかにされており、本 実 験 での高 齢 者 の額 部 に よ る 安 静 時 深 部 体 温 も 36.1(0.5) ℃ と 、 第 2 章 で 述 べ た 若 年 者 の 安 静 時 体 温 36.9
(0.5)よりも0.8℃低 値 であった。日 本 人 の腋 窩 温 度 の平 均 が36.6℃で深 部 体 温 がそ れを0.4~0.7℃上 回 ること(入 來 1988)からも、一 般 平 均 体 温 よりも約 1℃低 値 である。
しかし、頸 下 ドーム型 サウナを使 用 した際 の 体 温 上 昇 曲 線 は、若 年 者 同 様 サウナ 電 源 を切 った後 も約 30分 間 上 昇 を続 けている点 および体 温 上 昇 が約 0.8℃である点 が同 様 であった。この体 温 上 昇 は、身 体 の暖 まり難 さと体 温 調 節 機 能 の反 応 性 の低 下 はあるものの、仰 臥 位 でサウナを実 施 したことにより体 動 の負 荷 を免 れていることに 要 因 があるのではないかと考 える。体 動 しないことによって循 環 血 液 量 を体 温 上 昇 の ために最 大 限 に活 用 することができていたためであると考 える。若 年 者 の体 温 上 昇 と 同 様 の上 昇 傾 向 であった点 は新 たな発 見 であり今 後 のサウナ適 用 への指 標 となった。
2)心 拍 数 、血 圧 変 化
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心 拍 数 はサウナ内 で著 明 に増 加 した(図 3.4.)。心 拍 数 の最 高 値 87.2(12.0)回 /分 は 通 常 の運 動 でも認 められる程 度 の値 である。60歳 から70歳 代 の高 齢 者 へ推 奨 する運 動 ペースが、通 常 100回 /分 以 内 のニコニコペース(松 原 ら 2008)であり、心 拍 出 量 の 増 加 とともに肺 や皮 膚 への動 脈 血 流 量 の増 加 も促 進 される適 度 な範 囲 内 の心 拍 数 で あると言 える。心 拍 数 の増 加 を見 るとHLにおいても、MLにおいても、適 度 な運 動 と同 様 の 血 行 動 態 の 変 化 を 期 待 で き る と 考 え ら れ る 。 心 筋 負 荷 指 数 PRP(pressure rate product)においても、HLは11,049、MLは10,400と、正 常 値 7,000~12,000の範 囲 内 で あり、心 筋 への負 荷 は増 強 していないと考 える。本 実 験 では、高 齢 者 の心 拍 数 はHL で18回 /分 、MLで13回 /分 増 加 しているが、この心 拍 数 の増 加 は、全 身 を加 温 したこと による末 梢 血 管 拡 張 にともなう拡 張 期 血 圧 の低 下 が、頸 動 脈 洞 反 射 を惹 起 して循 環 血 液 量 を増 加 させようとするためである。しかし、若 年 者 と違 い高 齢 者 は心 臓 の収 縮 力 が弱 く代 償 機 能 が弱 いため、循 環 血 液 量 が若 年 者 のようには増 加 しない。そのため 循 環 血 液 量 の指 標 になる収 縮 期 血 圧 が上 昇 できず低 下 している。今 回 の実 験 では、
電 源 OFF16分 から24分 後 の間 に若 年 者 に見 られなかったHLおよびML間 の有 意 差 が 一 時 的 に認 められたが、これは血 圧 および体 重 減 少 量 に温 度 レベル間 の差 がないこ とを考 慮 すると、循 環 血 液 量 の差 によるものではなく自 律 神 経 反 応 による、つまり暑 さ を感 じたことによる反 応 の表 れではないかと考 える。HLの循 環 血 液 量 が多 いために心 拍 出 量 が増 加 しているのであれば、循 環 血 液 量 の指 標 となる収 縮 期 血 圧 や、水 分 量 出 納 を示 す体 重 減 少 量 に温 度 間 のレベル差 が表 れると考 える。今 回 の自 己 申 告 にお いても、電 源 OFFしてから30分 後 周 辺 に温 熱 的 快 適 感 が「やや不 快 」という回 答 が得 られており心 拍 数 の増 加 と同 時 間 帯 であることがわかる。今 後 の心 拍 数 の評 価 時 には 主 観 的 なデータの影 響 も考 慮 する必 要 があると考 える。
血 圧 の結 果 は前 述 したように、循 環 血 液 量 の減 少 のためにサウナ使 用 中 は収 縮 期 血 圧 においても拡 張 期 血 圧 においても、全 体 的 な低 下 を示 した(図 3.5.)。サウナ入 浴 時 の血 圧 を測 定 した他 の先 行 研 究 においては、収 縮 期 、拡 張 期 ともに低 下 の傾 向 が 見 られた(水 田 1975)もの、中 高 年 女 性 を対 象 として収 縮 期 、拡 張 期 ともに変 化 が見
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られなかったもの(細 野 ・岩 本 2004)があり、結 果 がまちまちとなっている。サウナ効 果 とリスクをまとめた研 究 (Hannuksela & Ellahham 2001)によると、収 縮 期 血 圧 、拡 張 期 血 圧 ともに上 昇 説 、下 降 説 の複 数 説 あるとされている。これらは、サウナ実 験 の温 度 条 件 、室 温 、姿 勢 、時 間 などが一 定 でないことや、年 齢 や属 性 による暑 熱 環 境 への適 応 性 などの様 々な条 件 の統 一 がなされていなかったことによると考 える。
3)体 重 減 少 、血 液 データ値
サ ウ ナ 実 施 前 後 の 体 重 減 少 量 は 約 462-390 で あ り 、 第 2 章 の 若 年 者 の 発 汗 の 約 840-810gの約 半 分 の量 であった。つまり、高 齢 者 は加 齢 のため発 汗 による放 熱 の機 能 が低 下 しており、同 温 度 の加 熱 によっても若 年 者 とは異 なった反 応 が表 れたと考 え られる。プロトコルでは、サウナ適 応 で脱 水 を引 き起 こすことの高 齢 者 への危 険 性 を考 慮 し、若 年 者 と同 等 の発 汗 量 を想 定 して実 験 前 に300mlの飲 水 を実 施 した。300mlの 飲 水 とした理 由 は、脱 水 率 を1%程 度 にとどめるためであり、一 度 に摂 取 できる限 界 の 量 であると考 えたためである。しかし、発 汗 や不 感 蒸 泄 などによる水 分 のアウトプットは 予 測 以 上 に少 なかったという結 果 であった。HLの実 際 の脱 水 率 は0.7%(脱 水 率 (%)=
(前 体 重 -後 体 重 )/前 体 重 ×100=(58.4-58.0)/58.4×100=0.68%)に留 まり、HLの 脱 水 率 も0.8%(脱 水 率 (%)=(58.2-57.8)/58.2×100=0.79%)と1%以 内 であった。今 後 は今 回 の結 果 である体 重 当 たり約 1%の飲 水 量 を基 準 に飲 水 量 を検 討 する必 要 がある。
また、大 量 に発 汗 した場 合 はNaが喪 失 し、血 漿 浸 透 圧 の低 下 によって細 胞 内 への水 分 の移 行 のため循 環 血 漿 量 は減 少 し、ADH(抗 利 尿 ホルモン)の分 泌 が抑 制 され、大 量 の尿 が排 泄 されることにより脱 水 状 態 を増 悪 させる場 合 がある(高 木 2005)。サウナ 前 だけでなくサウナ実 施 後 の水 分 補 給 も必 須 である。
水 分 以 外 にも血 液 粘 度 の検 討 の指 標 となるものにヘマトクリット値 があり、本 実 験 で はサウナ後 に有 意 に低 下 したが正 常 範 囲 内 であり、臨 床 的 な問 題 までには至 らなかっ た 。 そ の 他 、 血 小 板 凝 集 能 の 亢 進 と PAI-1 の 分 泌 亢 進 は 相 関 し 上 昇 す る ( 白 倉 1992)と言 われ、血 小 板 およびPAI-1の測 定 も行 っているがサウナ前 後 の変 化 は見 ら れなかったため、脱 水 に伴 う粘 度 の上 昇 は回 避 できたと考 える。粘 度 の急 上 昇 は水 分
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補 給 によって抑 止 されることから、実 験 前 後 に水 分 補 給 を十 分 に行 った効 果 は十 分 にあったと考 える。
4)主 観 申 告
温 冷 感 に 関 しては、サウナ内 に入 って30分 経 過 した時 点 で両 レベルとも全 ての被 験 者 が「やや暑 い」もしくは「暑 い」と答 えたが、若 年 者 の同 時 期 の平 均 値 よりも下 回 っ て い た 。 こ の 結 果 は 、 高 齢 者 が 暑 熱 下 で の 暑 さ に 対 す る 感 受 性 の 遅 れ が あ る ( 栃 原 2003)ことを裏 付 けている。温 熱 的 快 適 感 に関 しては、サウナ内 10分 経 過 した時 点 で は両 レベルとも「快 適 」、「やや快 適 」であったが、サウナ内 に入 って30分 経 過 した時 点 から電 源 をOFFして28分 の時 点 で「やや不 快 」を訴 えていた。この区 間 では、自 律 神 経 反 応 により心 拍 数 上 昇 ももたらしており、暑 さを増 強 して感 じていると考 える。今 後 、 介 入 としてサウナを使 用 する際 は、この不 快 感 が増 強 する時 間 帯 への対 策 を検 討 す る必 要 がある。
5)気 分 調 査 :エネルギー覚 醒 および緊 張 覚 醒 の点 数 変 化
気 分 調 査 JUMACL( 箱 田 2005) は 、 Matthews ら (1990) が 開 発 し た UMACL (University of Wales, Institute of Science and Technology, Mood Adjective Checklist)を白 澤 ら(1999)が翻 訳 し、さらに20項 目 に 簡 便 化 した短 縮 版 JUMACL(以 下 JUMACLとする)である。自 律 神 経 の覚 醒 度 と正 の相 関 を持 つ、エネルギー覚 醒 (以 下 EA)と、緊 張 覚 醒 (以 下 TA)の値 を測 定 することができる。一 般 的 にEAが高 いと活 動 的 であり、TAが低 いと心 が落 ち着 いていると評 価 される(白 澤 1999)。今 回 の結 果 で は、サウナ後 にTAの点 数 がHL、MLともに有 意 な低 下 を示 した。JUMACLのTA点 数 は、
交 感 神 経 系 の緊 張 の程 度 を示 す指 標 であり、リラクゼーションに関 連 が深 いとされる。
このことから、サウナ実 施 後 には気 分 的 にリラックスする傾 向 にある。また、TAの点 数 低 下 は、「快 感 」の感 覚 にも近 づく傾 向 がある(小 笠 原 2007)と言 われ、サウナによる温 熱 効 果 と「快 感 」との関 係 を確 認 することができた。今 後 もこのような快 適 性 に関 する体 験 を客 観 的 に評 価 していく必 要 があると考 える。
6)入 院 患 者 へのサウナ適 用 にむけて
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本 実 験 において加 齢 に関 わらず深 部 体 温 の大 きな上 昇 が認 められており、体 温 調 節 機 能 の 変 化 と 関 連 し て い る と 言 わ れ る 睡 眠 の 変 化 や 睡 眠 パ タ ー ン の 変 化 ( 山 蔭 2005)についても影 響 が考 えられる。入 浴 や足 浴 による体 温 の 変 化 が 入 眠 導 入 に 影 響 している(Sung & Tochihara 2003)ことを考 慮 すると、深 部 体 温 を入 浴 と同 等 に上 昇 させることのできるサウナの活 用 によって、睡 眠 障 害 への介 入 を検 討 できると考 える。
今 回 、翌 日 の聞 き取 り調 査 でも、HLにおいて12名 中 5名 が「よく眠 れた」、2名 が「疲 れ が取 れた」と話 しており、睡 眠 への介 入 に関 してサウナの使 用 は温 熱 効 果 として十 分 に期 待 できる方 法 であると考 えられた。また、高 齢 者 や入 院 患 者 を対 象 とした場 合 、不 眠 だけでなく身 体 各 部 の疼 痛 や精 神 的 な不 安 なども抱 えていることが多 い。サウナに よる温 熱 効 果 を利 用 した鎮 痛 や鎮 静 の効 果 の先 行 研 究 (鄭 ・増 田 2007)もあり、今 後 は、高 齢 者 や入 院 患 者 を対 象 として、不 眠 や快 適 性 への追 及 をしていくことが今 後 の 大 きな課 題 である。
52 3.5.まとめ
頸 部 下 ドーム型 サウナによる温 熱 刺 激 が対 象 である高 齢 者 へ与 える生 理 ・心 理 反 応 の基 礎 的 データを得 た。生 理 反 応 において、高 齢 者 においても全 般 的 にサウナ温 度 レベルによる差 は少 なく,ML(中 間 温 度 :60~85℃)はHL(最 高 温 度 :70~90℃)とほ ぼ同 様 の生 理 反 応 が表 れた。また、若 年 者 より体 温 が低 下 傾 向 にある高 齢 者 であっ ても臥 床 タイプのサウナであれば、深 部 体 温 上 昇 が若 年 者 と同 様 に期 待 できると考 え られた。循 環 動 態 に関 しては、サウナの適 用 によって心 拍 数 は増 加 するが、通 常 の運 動 に準 ずる範 囲 内 であることが示 された。血 圧 に関 しては、収 縮 期 、拡 張 期 ともに低 下 する傾 向 が認 められ高 齢 者 の循 環 血 液 量 および代 謝 機 能 の低 下 が影 響 しているこ とが明 確 になった。体 重 減 少 量 は若 年 者 に比 べて約 半 分 と少 ないが、脱 水 の危 険 性 は若 年 者 より高 いため十 分 な考 慮 が必 要 である。頸 部 下 ドーム型 サウナにおいては、
MLにおける実 施 で十 分 な生 理 反 応 が得 られると考 え、高 齢 者 や入 院 患 者 に適 用 し ていく際 の温 度 レベルの指 標 となった。