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中国での産業集積の形成における新展開

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著者 鹿野 嘉昭

雑誌名 社会科学

巻 42

号 2‑3

ページ 1‑18

発行年 2012‑11‑30

権利 同志社大学人文科学研究所

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012904

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中国での産業集積の形成における新展開

鹿 野 嘉 昭

中国浙江省の山間部盆地に位置する貧しい農業地域であった義烏市は近年,卸売業 を中核とした商業の発展および雑貨製造産業の集積を中心として大きく発展した。こ の経済発展は義烏モデルと称されるように,内外で大きな注目を集めている。本稿は,

義烏市の経済発展の背景について産業集積論の立場から検討するものであり,次の 2 点 が経済発展に大きく寄与したことを見出した。第 1 に,義烏モデルの特色は,もとも と商業の伝統があった,交通ネットワークの要衝や貿易港にも近接している,といっ た同市に独特の要因を背景とするものである。その意味で,単純に他の農業地域の模 範とすることは困難といえよう。第 2 に,義烏市での経済発展は市場での競争と規律 づけを重視した結果であり,行政当局は市場のインフラ整備に終始のうえ卸売業の発 展を側面から支えてきた。

1 はじめに

周知のとおり,中国の経済発展は 1992 年における鄧小平の「南巡講話」を契機として 始まった。経済発展の原動力となったのは外資系企業による直接投資であり,日系,欧 米系や台湾系などの多国籍企業がグローバルに展開する製品生産工程の一部を委託注文 として引き受けることで生産や雇用の拡大を図るという発展成長戦略が採用されたので あった1)

そうした委託生産が拡大するなかで外資系企業が進出した地域では素材,部品・パー ツを生産する地場企業の集積が進むようになった。このようにして地場資本の素材,部 品・パーツ企業の集積を背景に当該地域において優れた素材,部品・パーツ生産のネット ワークが形成されると,今度はそれが誘因となって多国籍企業においては購買担当者や 総括本部を移転する動きが出るほか,新たな多国籍企業の進出を誘発する。すると,多国 籍企業からの受注獲得を目指してさらに多くの地場企業が当該地域に立地するようにな る。このような好循環の発生を主因として,華南(深圳市,東莞市,広州市など),華東

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(上海市,江蘇州,浙江省)という沿海部や北京市・天津市の 3 地域においては世界に類 をみない規模で繊維産業から電気機械産業に至るまで幅広い分野において製造業の産業 集積が進み,それが近年における中国の力強い経済成長を支えてきたのである。

産業集積とは通常,ある特定の地域に特定の産業に属する企業が集中して立地するこ とをいい,経済学でも古くから分析の対象となっている。そして,産業集積論ではその 形成に際しては,①輸送費,②規模の経済に加えて,③初期条件が重要な役割を果たす ほか,集積がある一定の閾値を超えるとマーシャルの外部性が働き,集積に拍車がかか るとされる。特定の地域に数多くの企業が立地することを契機として人々の交流が拡大 するなかで新しいアイデアを学び取ったり,互いに刺激し合ったりすることで新たな知 見がさらに生まれるという外部経済効果が発生し,それが企業活動の活発化を経由して 地域経済・産業の発展・成長を促すと考えられるからである。この効果は一般に集積の ロックイン効果と呼ばれる。

産業集積と経済の発展成長との関係を論じるに際しては,以上のとおり,製造業が分析 対象とされることが多い。しかし,先に指摘したように,産業集積論においては規模の 経済と輸送費面での優位性を持つ産業であれば,どんな産業においても集積は進むとさ れる。実際,中国においては近年,卸売業の集積を梃子として地域経済の発展が促され るなど,製造業のほか,商業の発展を核とした産業集積の事例もいくつかみられる。そ の典型的な事例としては,浙江省義烏市の雑貨にかかわる卸売業の集積とそれを軸とし た地域経済の発展成長が挙げられる。

義烏市は同省の首都である杭州市から南に約 120㎞離れた山間部の盆地に位置する地 方都市であり,1980 年代初めまでは貧しい農村地帯であった。そうした農村部に位置す る都市がその後,中国小商品城と呼ばれる雑貨の巨大な卸売市場の創設と発展を基軸と して急速な勢いで経済成長を遂げ,現在では中国でも最も豊かな地域の一つとなってい る。このような義烏市の成長・発展ぶりは中国国内でも地域経済の発展事例として大き な関心を集め,義烏モデルと呼ばれるまでに至っている。

それゆえ,本稿では義烏市における卸売業を中核とする産業集積が形成されるに至っ た背景やその発展状況について経済学の立場から検証することにした。以下,第 2 節で は,産業集積の意味するところとその地域経済に及ぼす効果に関する議論および研究成 果を展望する。次いで,第 3 節では,義烏市における卸売業を中核とする産業集積および 地域経済の発展についてについて検証する。最後に第 4 節では,本稿での議論を要約す るとともに地域経済の振興策を検討するうえでの基本的な視座を考えることにしたい。

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2 産業集積と経済発展:展望

2.1 産業集積と地域経済に関する理論

経済成長の源泉は技術進歩であることは論をまたない。しかし,地域経済が発展・成 長を遂げるに際しては,技術進歩に加えて,産業集積が重要な役割を果たす。産業集積 とは一般に,京都市の西陣織,東大阪市の機械金属など,ある特定の地域に特定の産業 に属する企業が集中して立地することをいう。やや極端な議論をすると,産業の集積に 伴って自己増殖的に生み出される金銭的な外部性があれば,地域経済の発展・成長を促 すうえで技術進歩はとくに必要とされない。

産業集積論ではそうした集積が地域経済の発展・成長に及ぼす効果が議論される2)。実 際,産業集積論においては通常,特定の地域に数多くの企業が立地することを契機とし て人々の交流が拡大するなかで新しいアイデアを学び取ったり,互いに刺激し合ったり することで新たな知見がさらに生まれるという外部経済効果が発生し,それが企業活動 の活発化を経由して地域経済・産業の発展・成長を促すとされる。この効果は一般に集 積のロックイン効果と呼ばれる。もう少し具体的にいうと,ある特定の産業に属する企 業が分業の利益,規模の利益を享受するべく特定の生産工程に特化するとともに,そう した特定の工程に特化した多様な企業が多数立地することで当該地域における生産力が 向上するとされる。

その際,何らかの事情を背景として,新たな事業ないし産業がある特定の地域におい て勃興・発展することが暗黙のうちに想定されている。そして,新事業・新産業の発展 がある閾値を超えると,集積のロックイン効果と呼ばれる外部経済効果が発生する。こ のロックイン効果は外部経済効果を起点として顕現するが,そうした外部性は次の 3 つ に分類される3)。すなわち,第 1 はマーシャル・アロー・ローマー型外部性と呼ばれるも のであり,同一産業が特定の地域に地理的に集積するという地域特化を通じて企業間の 知識や情報の伝達が盛んになり,それが産業集積および地域経済の成長を促進するとさ れる。そしてまた,地域内での独占的な環境が企業による技術革新を促すと規定される。

第 2 はポーター型の外部性であり,マーシャル・アロー・ローマー型外部性と同様に地域 特化型の産業集積が経済の発展・成長を招来すると主張する一方で,企業の技術革新を促 進するに際しては競争的な環境の整備が重要とするところに特徴がある。第 3 はジェイ コブス型外部性であり,技術革新にかかわる最も重要な知識は異なる産業に属する企業

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からもたらされるとして,地域特化の代わりに多種多様な産業の集積が技術革新と産業 の成長を促すと主張される。それゆえ,この場合,地域内での競争の促進が重視される。

この 3 つの外部性を基準として考えると,従来からの産業集積論はマーシャル・アロー・

ローマー型あるいはポーター型外部性の存在を前提としたものであり,そこでは暗黙の うちに地域特化が産業集積の原動力と仮定されている。一方,産業クラスター論の場合,

ジェイコブス型外部性の存在を前提として,特定の地域に近接する多様な産業が集積す ることにより企業間の競争や重要知識の交換が促進され,それが技術革新を経由して地 域経済の活性化をもたらすことが強調される。

そしてまた,地域経済の成長・発展との関係でみると,産業集積は継続して起こる必 要がある。集積の動きが止まれば,外部経済効果そのものが減退するからである。それ ゆえ,産業が集積した地域においては,地域経済のさらなる発展・成長のためには,需 要搬入企業の存在を前提として,集積の柔軟性が基礎的条件として求められる。集積の 柔軟性とは,より多くの企業による当該地域への立地を誘導する経済的・技術的要因の ことをいい,①技術蓄積の深さ,②分業に伴い発生する調整費用の低さ,③創業の容易 さが具体的な要因として挙げられることが多い。

2.2 空間経済学からみた産業集積

それでは,産業集積はどのような要因を契機として形成されるのであろうか,あるい は産業集積形成のメカニズムとは一体どのようなものなのだろうか。この点に関連して ポール・クルーグマンや藤田昌久が創り上げた産業集積にかかわる経済学である空間経 済学では,①輸送費,②規模の経済に加えて,③初期条件という 3 つの要因が集積の形成 において重要な役割を果たすとされる4)。ここでいう輸送費は,財を物理的に移動させる に際して必要とされる費用にとどまらず,情報や技術を含む各種生産要素の移動を円滑 にさせる費用も含む。たとえば,中国における産業集積の嚆矢となった華南の深圳では,

中国共産党の改革開放政策への転換が初期条件として重要な役割を果たしたほか,香港 へのアクセスが圧倒的に容易であったという輸送費の安さが労働集約的な軽工業にかか わる最終組み立て部門の集積を促したと理解できる。

このように空間経済学によると,地域経済の発展成長の原動力は規模の経済,輸送費お よび初期条件にあり,これら 3 つの条件を満たした地域は産業集積に伴って経済が発展・

成長する条件を備えているということができる。実際,これらの要因が重なって生み出 す金銭的な外部性がある一定の閾値を超えると,産業集積が進むことになる。

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中国の華南,華東地域における製造業の集積やサービス業や商業の大都市への集積は,

そうした要因による典型的な産業集積ということができる。その一方で,本稿で取り上 げることにした義烏市の場合,山間部に位置する地方都市であるにもかかわらず,卸売 業および雑貨製造業の集積が進み,それが地域経済の成長を促してきた。こうした義烏 市に独特な地域経済の発展・成長について,空間経済学の立場から説明することが本稿 の主たる狙いである。以下,義烏市の成長を振り返りつつ,規模の経済,輸送費および 初期条件という観点からその成長ぶりを分析することにしたい。

3 中国浙江省義烏市における卸売業の産業集積とその経済効果

3.1 浙江省義烏市の概要とその経済発展

浙江省は上海市の南部に位置するとともに,杭州市,寧波市,紹興市,温州市などを 擁する華東経済圏に属する省である。義烏市(Yiwu)は図 1 のとおり上海市から南西へ 約 300㎞,浙江省の首都である杭州市から南に約 120㎞という浙江省の中部山間部の盆地 に位置する県級レベルの地方都市である(面積は 1105㎞2)。義烏市は 1980 年代初めまで の間,貧しい農村地帯であり,1978 年当時の人口は 55 万人,一人当たり

GDP

は 235 元 であった。加えて,義烏市の場合,1984 年の改革開放政策の採用後も中央政府による大 型投資はもとより,国有企業や集体制企業もほとんどないなど,中国沿岸部に典型的な外 資系企業の直接投資を原動力とする産業集積や経済発展からは蚊帳の外にあった。それ が現在では人口 210 万人(うち 135 万人は市外からの流入者),一人当たり

GDP

は 2 万 5000 元へと急速な勢いで拡大し,中国でも最も豊かな地域の一つとなっている。

義烏市における経済の発展成長を支えてきたのは,中国小商品城と呼ばれる雑貨の巨 大な卸売市場である。小商品とは雑貨のことをいい,中国小商品城の場合,義烏市が 50%

出資した株式会社(浙江中国小商品城集団株式有限公司)が建物の建設に加えて市場の運 営・管理に従事し,テナントとして入居した民間業者が卸売業を営むという形態をとる。

民間業者は入居に際し権利金を支払う必要があるが,そのようにして取得したテナント 権を他の業者に転売することも認められている(テナント権の市中相場は 2011 年 9 月時 点でおよそ 10 万元程度)。中国小商品城では現在,工芸品,アクセサリー,金物類,日 用雑貨,玩具,文房具,化粧品,靴下,時計,ネクタイなどさまざまな小額の商品が売 買されている。

この中国小商品城は 1980 年代初めにゼロから始まって今では中国最大の規模を誇る雑

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貨卸売市場にまで成長し,2010 年の年間販売額は 621 億元に達している5)。また,2001 年 12 月における中国の

WTO

加盟を契機として小商品の海外への販売も急増し,一日平 均でコンテナ 2500 個(年間輸出額 50 万個余り)を世界各国に発送している。こうした 中国小商品市場の成長発展と軌を一にして,義烏市は貧しい農村から豊かな経済地域へ と大きく変貌したのである。義烏市で卸売業を営む商人は当初,同市出身者が過半を占 めていたが,現在では義烏市以外の出身者のほうが多い。その意味で,商人は中国全国 各地から集まっており,それが義烏市の人口増加を支えているということができる。

このように義烏市経済の発展は基本的には卸売業の成長発展を原動力としたものであ る。しかし,1990 年代後半以降,中国小商品市場への雑貨の安定的かつ肌理細かな供給 を狙いとして市内の卸売企業においては雑貨の製造に進出する企業が輩出したほか,他

図 1 義烏市の地理的位置

(出所)Yahoo Japan, OPeNBook

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の地域の雑貨製造企業も中国小商品城への商品供給を狙いとして工場を義烏市に立地す る動きが相次いだ。そうした事情もあって,現在では卸売業に加えて,アクセサリー,化 粧品,靴下などの雑貨製造企業の集積も進み,それがまた義烏市経済の発展成長に拍車 をかけている。

換言すると,義烏市の経済発展は商業の発展が商業にとどまらず雑貨製造企業の集積 および発展を牽引するというユニークな特徴を有しているのである。ちなみに,義烏市で のアクセサリーの生産高は中国全土の 70%,ファスナーは同 40%を占める。日本でも近 年,100 円ショップを中心として義烏市の中国小商品城から割安な雑貨を大量に仕入れる 動きが広がっており,商業関係者の間では義烏市は「百均<百円均一>商品のふるさと」

(坂本・山田(2008))という捉え方が定着している。

このような雑貨の卸売および製造を軸とするユニークな地域経済の発展は義烏モデル と呼ばれ,中国においては農村地域の経済発展モデルとして数多くの研究者の関心を集 めるとともに分析の対象となっている。そうした研究の嚆矢となったのが陸・白・王

(2003)であり,その後も陸立軍等(2006),陸・王・楊(2008)など,数多くの研究が報 告されている。たとえば陸・白・王(2003)は,義烏モデルは義烏商圏と称される広域的 な分業ネットワークにより支えられているところに特徴があるとするとともに,この分 業ネットワークは①小商品(雑貨)に関連する取引・生産活動の展開,②商業と工業と の相互促進的な発展,③国際市場とのつながり,④遠距離地域と連関した発展,という 4 点から構成されると主張される。日本でも駒形(2005,2006),丁可(2007),林(2008,

2011),高・松島(2010),伊藤(2010)などが主として商業論や中国経済論の観点から 義烏市での中国小商品城の成長発展の背景を分析している。

こうした議論からも明らかなように,先行研究の場合,義烏市における経済発展は商業 との関連で論じられるのが一般的となる一方で,産業集積論あるいは空間経済学の立場 からの議論はさほど多くはない。このギャップを埋めることが本稿の大きな狙いであり,

そうした目的達成のため,義烏商圏の発展状況を振り返りつつ,空間経済学の観点から 義烏における卸売業の集積の経済効果を検証することにしたい。

3.2 義烏商人と義烏市の商業振興政策

先に指摘したように,義烏市はもともと山間部の農村地域に位置する貧しい地方都市 であったという事情もあって,生活の糧を得るべく古くから行商というかたちで商業を 行う習慣が根付いていた6)。そうした状況下,1984 年における中央政府の改革開放政策

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への転換を受け,義烏市当局では行商の伝統のうえに立って商業を軸として地域経済の 成長発展を目指すことにした。この商業を核とした地域経済の発展戦略の採用は義烏市 の専売特許ではないが,中国全土を見回してもかなり早い部類に属する意思決定といえ よう。

義烏市政府が実施した商業促進策としては,次の 2 つが挙げられる。第 1 は,商業取 引の自由化であり,市民は市内のどこでも市当局からの許可を得ることなく自由に商業 を営めることにした(従来,民間部門による商業は厳しく規制され,許可を得た場所で 許可を得た品目についてのみ商業を営むことができた)。この商業取引の自由化措置は段 階的に実施され,最初は湖華門地区に限定して始まった。その後,商業活動が活発化し て場所が狭くなるとより広い地域に商業地区を設け,商人にはそこへの移転を促すとい うかたちで商業の振興が図られてきたのである。

第 2 は,土地,財政面からの商業振興策の実施である。商業振興策の実施を契機とし て義烏市では 1980 年代後半以降,民間企業による中国小商品と呼ばれる雑貨の卸売業へ の参入が活発化した。そうした商業活動の隆盛を眺め義烏市では 1993 年 12 月,中国小 商品市場のさらなる発展を目指して同市場にかかわるインフラの整備および管理運営主 体として浙江中国小商品城集団株式有限公司(義烏市の出資比率は 50%)を創設のうえ,

商業の発展を図るうえで必要と判断されるインフラの整備を積極的に行った。

3.3 中国小商品城の現況

義烏市における雑貨の卸売市場(中国小商品城)は現在,国際商貿城(2002 年開設)と 賓王市場(1995 年開設)の 2 つが有名であり,ともに浙江中国小商品城集団株式有限公 司により管理・運営されている7)。このうち国際商貿城は 2002 年により大きな市場の創 設を目指して開設された義烏市を代表する卸売市場であり,現在のところ営業面積は 400 万㎡,店舗は 6.2 万社を数える8)。そして,内外の小売業者との間で 170 万品種もの小商 品が日々取引されている。賓王市場は各種衣類,ベッド用品,カーテンなどの卸売市場 であり,8000 のブースからなる。義烏市政府では 2002 年に国際商貿城を開設する際,市 内の卸売業者に同市場への移転を奨励したこともあり,現在では中国でも最大規模の小 商品の卸売市場となっている9)。このほか,義烏市には靴下や各種工芸品などを専業的に 取り扱うその他市場と専業街もあり,同市全体が巨大な卸売市場を形成している。

巨大な卸売市場の誕生とともに,小売業者は小商品を求めて市内を転々とすることな く一か所で多種多様な商品を仕入れることが可能となったため義烏市の国際商貿城は人

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気を博し,同市場での売り上げも順次拡大していった。そうしたなか,海外の業者も国際 商貿城の利用を活発化させた。海外のバイヤーは当初,日本や東南アジアが主体であった が,最近では中東,アフリカ勢も増大している。彼らが義烏を志向する背景について伊 藤(2011)は,①何に増しても値段が安いこと,②誰でも自由に参加できること,③少量 から商品が調達できること,④短期間のうちにたくさんの種類の商品を揃えられること,

といった点を指摘している。

また,中国小商品城で雑貨を調達する海外の業者からは輸出手続きの効率化を求める 声が聞かれた。そうしたニーズに応えて輸出の促進を図るべく,2002 年に隣の金華市所 在の税関の出張所が義烏市に設けられたのに続き,2003 年には物流と通関手続きを一元 化した国際物流センターが市内に設けられた。通関手続きが可能な物流センターは中国 国内でも珍しく,国際商貿城で雑貨を購入した海外の業者は指定の物流会社に配送を依 頼すれば,梱包から通関までシームレスに行うことが可能となったのである。こうした措 置の実施を受け,国際的な物流業者上位 20 社のうち 18 社までが義烏市に物流センター を設けるに至っている。その結果,義烏市は現在,内外の卸売業者を引き寄せる中国で も有数の商業の集積地となり,実際,中国小商品城の売上高の 65%を海外向けが占めて いる。こうした点を捉えて国連や世界銀行は,義烏市は「世界最大の小商品の卸売市場」

と評価している。

この間,ある地域が卸売市場として発展成長するためには,当該地域からの物流ネット ワークへのアクセスが容易かつ割安であることが重要な要件となる。義烏市の場合,全 国的な交通ネットワークの要衝にある杭州市,上海市に近接しているため,高速道路網や 航空貨物輸送の利用に際し支払いが必要とされる費用が割高となることもなかった。加 えて,古くから良質の港として発展してきた寧波市とも高速道路で 3 〜 4 時間の距離にあ るため,輸送費が輸出の妨げとなることもなかった。このように義烏市の地理的な位置が

「地の利」として作用し,物流面から卸売業の集積と成長に寄与したことも見逃せない。

3.4 義烏市における商業の発展と国際商貿城

以上のような義烏市での商業の発展・成長は 3 段階に分けられる。第 1 段階は,1984 年から 80 年代末までであり,この時期,義烏市の卸売市場はローカルで主として浙江省 所在の商人を対象としていた。第 2 段階は 1990 年代前半であり,国内向けの小商品の取 り扱いを中心として商業が発展した。第 3 段階は 1995 年以降現在までであり,この時期 は海外からのバイヤーによる買い付けが牽引力となった10)。そうしたなか,2001 年 12 月

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WTO

加盟を契機としてこの流れが加速すると見込まれたため,海外からの小商品需要 の増加に対応するべく国際標準による商品設計に加えて 2002 年に国際商貿城が創設され たのであった。その際,将来の拡張計画はとくになかったが,小商品に対する海外から の需要急増を受け,2 期,3 期と増床を重ねるなど,市場規模の拡大が図られた。

現在,国際商貿城のような巨大卸売市場は中国全土で 100 以上あるが,義烏市が国内で も最大の規模となっている。また,他の地域においては,国際商貿城と類似の大型商業 施設を設けても店舗が入らないということで失敗するに至った事例も多くみられる。義 烏市が巨大卸売市場において強い競争力を有する背景としては重要度の順に,①商品の 種類が豊富でしかも値段が安い,②価格や店舗の評判など,商品に関連した情報が数多 く提供されている,③物流面での効率性が高い,といった点が指摘できる。

国際商貿城を運営する浙江中国小商品城集団株式有限公司は上海証券取引所に上場し ている。しかし,義烏市が 50%の株式を保有しているという点に着目すれば一種の国有 企業であり,社長等の人事権は大株主である義烏市に存する。ただし,同社は義烏市での 商業の発展を第 1 の目標に掲げ,市場をつくり,市場(店舗)の利用権を販売・管理する ことに専念するとともに,市場ニーズを踏まえて各種インフラの整備に努めている。たと えば,バイヤーの利便性向上や卸売業者間での競争促進を狙いとして,アクセサリーなど 同一の商品を取り扱う卸売業者は同じ建物の同じフロアーに集中配置されている。また,

テナントとして入居している卸売業者の評判についてもバイヤーからのアンケート調査 に基づき集計され,その結果は 3 段階で示され,希望する店舗には 3 つ星による評価の 印を掲げたプレートを渡している。

このほか,国際商貿城では取引の透明化や信頼度向上を狙いとして 2006 年からは商品 ごとの価格動向を調査し,その結果をホームページにおいて公表している。加えて,この 調査結果に基づき中国商務省では,雑貨にかかわる価格指数である義烏中国小商品価格 指数(Yiwu China Commodity Index)を 2006 年 10 月から月次ベースで発表している。

この価格指数は現在,雑貨価格の変動を示す指標として世界中の雑貨関係者により生産・

販売計画の策定などに利用されている。さらに,2008 年 10 月には中国の国内基準として 小商品分類コードが策定されたが,この分類コードは現在,世界各国においても義烏ルー ルという名称で雑貨の分類基準として幅広く利用されている。このように義烏市の小商 品城は現在,小商品の卸売市場にとどまらず,小商品取引にかかわる国際基準形成の場 としても機能するようになっている。

この間,中国小商品の取引および決済面については当初,現物引き渡しおよび現金決

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済が原則とされた。そのため,買い手の商人は自ら現金を持ち込んで小商品の買い入れ に臨むことが求められた。しかし,取引量の急拡大とともに取引形態も現物取引から受 注の引き受けによる生産・納品へと変貌し,小商品は卸売業者が委託した物流業者の手 によりバイヤーあてに搬送されるのが一般的となり,それがまた物流産業の集積を促す ことになった。このように中国小商品市場の役割も近年,現物取引市場から小商品のバ イヤーと卸売業者との間の情報交流の場に変化しつつあるように窺われる11)。それとと もに,資金決済においても期間 2 〜 3 か月の手形の利用も増大しているようである。

3.5 小商品の調達

義烏市において中国小商品の卸売市場が発展するに際しては,小商品の安定供給が重 要になる。1984 年に中国小商品城が設立された当初,義烏市内には小商品の製造企業が 少なかったため,浙江省内の他の地域や広州市,上海市などの小商品の主要産地から小 商品を調達せざるを得なかった。その一方で,義烏市の中国小商品市場が他の地域に所 在する類似の市場との競争を打ち勝っていくためには,良質な小商品を割安な価格で安 定的に調達できる供給体制の確立が求められた。加えて,卸売市場での需給状況も変化 して市場構造も買い手優位となるなか,市場での需要変化への速やかでかつ柔軟な対応 や短期間のうちに大量に調達することも重要な課題として浮上するようになってきた。

こうした小商品供給に対するニーズが高まるなか,卸売業者自らが義烏市や周辺の金 華市などに小商品の製造工場を設ける動きが広範化した。その際,小商品の場合,その多 くの生産技術は比較的簡単であり,資金力さえあれば参入もさほど困難ではないといっ た事情が有利に作用したことも見逃せない。それとともに,1990 年代に入ると義烏市お よび同市周辺においてアクセサリー,工芸品や日用雑貨など多種多様な小商品の生産基 地が集積することになった。その結果,義烏市における工業生産高も急増し,現在では 義烏市

GDP

の過半を第 3 次産業および第 2 次産業が占めるに至っている。そうした事実 はまた,商業による需要搬入効果が巨大なものになりうることを示唆している。

このようにして義烏市では現在,雑貨卸売業に加えて小商品の製造企業の集積も進み,

そこで生産された商品は義烏市の中国小商品市場にとどまらず,内外の市場に向けて出 荷されている。先に指摘した義烏市でのアクセサリーの生産高は中国全土の 70%(同関 連企業は 3800 社以上),ファスナーは同 40%(同関連企業 280 社以上)を占めるという 事実は,そうした傾向を裏打ちしている。こうした義烏市における雑貨製造業の集積の 場合,華南,華東地域などにおける生産工程の一部に特化した製造業企業の集積を前提

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とする典型的な産業集積と比較すると,卸売業による需要搬入を前提としたうえで小商 品あるいは雑貨という最終製品を生産する多種多様な企業の集中立地が進んだところに 特色がある。

すなわち,産業集積論においては通常,ある特定の産業に属する企業が分業の利益,規 模の利益を享受するべく特定の生産工程に特化するとともに,そうした特定の工程に特 化した企業が多数立地することで当該地域における生産力が向上することが想定されて いる。これに対し,義烏市での産業集積の場合,アクセサリーやファスナーなど特定の商 品の生産に特化した企業が商品ごとに多数立地しているところに特色があり,その意味 では伝統的な製造業企業の集積とは異なった出現形態がみられる。いうまでもなく,そ うした相違の背景としては,義烏市での雑貨製造業の集積は顧客ニーズに肌理細かく対 応した商品の供給体制の整備を狙いとして形成されたことが指摘できる。加えて,雑貨 の場合,生産工程が単純なため,個々の企業が特定の工程に特化する必然性もとくにな かったことも挙げられよう。

義烏市当局によると,国際商貿城において取引される小商品の構成割合はかつて義烏 市と隣の金華市の生産物が 3 分の 1,浙江省産が 3 分の 1,その他が 3 分の 1 であった12)。 しかし,現在では義烏市および金華市産の比重が低下し,義烏市で生産された小商品の 取引比重は 16%にまで低下している。その理由は単純で,外国製製品が急増しているか らであり,現在,国際商貿城で取引されている小商品の少なくとも 3 分の 1 は外国製と なっている。加えて,そうした外国製製品の多くは海外に向けて再輸出されている。言い 換えると,国際商貿城は国内の生産者に加えて海外の生産業者にも卸売市場を提供する,

あるいは国際商貿城の需要搬入効果は海外にも及ぶようになっているのである。

そうした卸売業者の国別構成や商品構成の変化を受け,第 5 期ではアフリカ館,オー ストラリア館などの国際館を設け,いわゆる外―外取引の活性化についても志向される ことになった。その際,輸入税および輸出税をどのようなかたちで課すのが適当かとい う問題が新たに浮上するが,この問題に関しては,国際商貿城で契約された国際間の取 引については保税地内での取引とみなして輸出入税を一切課さないことで対応されるこ とになった。

3.6 空間経済学からみた義烏市における産業集積の形成要因

以上のような義烏市における産業集積の形成要因について空間経済学の観点から検討 すると,次のような事実が指摘できよう。なお,空間経済学からは①輸送費,②規模の

(14)

経済に加えて,③初期条件が集積の形成において重要な役割を果たすとされる。

最初は輸送費である。この輸送費には,財の物理的な移動にかかわる費用に加え,情 報や技術を含む各種生産要素の移動を円滑にさせる費用も含まれる。義烏市の場合,先 に指摘したように,杭州市,上海市や寧波市という交通ネットワークの要衝に位置する 大都市や貿易港に近接しているという「地の利」が作用して,市内の中国小商品城で取 引された小商品を中国各地はもとより世界中の国々へと割安な費用で輸送可能な環境に あった。小商品は価格が低廉なため,卸売業にかかわる地域間競争においては輸送費用 の多寡が重要な要因となることから,そうした立地の良さが義烏市での卸売業の発展を 下支えしたといえよう。

また,卸売業者には,需要動向に肌理細かく対応した商品供給体制の構築が生き残りの 必須条件となるため,消費者ニーズの把握およびそれに対応した新商品の開発が強く求 められる。その際に重要となるのがバイヤーとのコンタクトを通じて得られる消費者の 需要動向であり,そこで入手した情報に基づき新商品の開発や売れ筋商品および引き合 いの弱い商品をいち早く検出することでより柔軟な生産・在庫の管理が可能となってい る。このほか,義烏市の小商品城では小額ロットでの買い付けも排除されていないため,

バイヤーからみた場合,利用勝手の良い市場となっていることも見逃せない13)。 次は規模の経済である。この場合,規模の経済は卸売市場においてバイヤーが直面する 商品選択機会の多寡で捉えることができると考えられる。義烏市の小商品城の場合,一つ の商品を数多くの卸売業者が同じフロアーで提供するため,卸売業者間での競争が促進 され,豊富な品揃えのなかでより良い商品がより安く提供される。その結果,バイヤー からみると義烏市の小商品城は短期間のうちに多数の種類の商品を仕入れることが可能 という他の地域や国に所在する卸売市場にない特性を持っており,これがバイヤーの義 烏市集中を促していると考えられる。また,バイヤーは大量の商品を短期間のうちに仕 入れたいというニーズを強くもつ。そうした要請に適格に応えるべく,卸売業者自らが 義烏市や周辺の金華市などに小商品の製造工場を設ける動きが広範化し,それがまた小 商品市場としての義烏市の競争力向上につながったといえよう。卸売市場の周辺に小商 品の生産基地が集積・展開されているのが義烏市小商品城の他の市場の追随を許さない 特徴であり,それらが相まって好循環を生んでいると総括できるのではなかろうか。

第 3 は初期条件である。先に指摘した交通ネットワークの要衝に近いというのも初期 条件と考えられないこともないが,ここでは義烏市当局による発展成長戦略の先進性お よび義烏市住民の豊かになりたいという意欲を挙げることにしたい。何度も言うように,

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義烏市はもともと浙江省の内陸部の盆地に位置する貧しい農業地域であり,製造業にお いてもみるべき産業もなかった一方で,義烏商人と称されるように古くから商業の伝統 があった。そうしたなか,義烏市当局では比較優位にある商業,とりわけ卸売業を経済 の発展成長戦略の中核に位置づけたうえで各種の商業インフラの整備策を実施する一方 で,同じ商品の取扱業者を同じフロアーに配置するなど,従来の業者保護的な政策に代え てオープンなかたちで市場での競争促進策を採用した。これが誘因となって,卸売業者の 多くはより良い商品をより安く提供するという観点から中国小商品の提供に努めた。そ の際,卸売業者のより豊かになりたいという意欲が競争に打ち勝とうとする姿勢を底支 えしたと考えられる。

その一方で,海外市場の開拓など,民間部門だけでは対応困難な事業については義烏 市当局主導で展覧会や博覧会を開催するなど,側面からの支援が実施されている。この ように義烏市の場合,地域と地方政府とが一体となって地域経済発展を促すうえで必要 とされる革新を推進した事例として評価されている。この事実に基づき高・松島(2010)

は,義烏市の発展はソーシャル・イノベーションにおける行政組織の役割を考えるうえ での格好の材料を提供していると主張している。

3.7 今後の課題

このように義烏市経済は現在,中国小商品城の発展を基軸として経済成長や産業集積 の果実を享受している。その一方で,内外のバイヤーは魅力的な商品を求めて各国各地 の卸売市場を渉猟するため,義烏市の中国小商品城でもひとたび魅力が減退すれば競争 力を喪失することになる。問題はそういった事態が今後,発生しうるのか否か,仮に発 生するとした場合,いつごろどういったかたちで実際に生じるのかである。

義烏市の小商品城の場合,小商品の生産コストの安さが卸売業の強い競争力の根源に ある。義烏市を下回る費用で小商品を大量に生産することが可能な国は現在のところ,中 国以外に見当たらない。その意味では,中国の他の地域に存する卸売市場との競争が重 要となるといえよう。また,その際,貿易取引を考慮に入れると,良質な大型港湾に近 接する卸売市場が対抗勢力になりうると想定されるが,そうした地域は今のところ存在 しない。それゆえ,当分の間,義烏市の小商品城の繁栄は続くと見込まれる。

この間,一部の学者からは,雑貨の卸売り自体,一時的に産業集積や経済発展の原動 力となりえたとしても,「安物製造でのロックイン,価格競争の激化,企業の共倒れとい う悪循環の発生」から構成されるロックインコモディティのジレンマの存在を主因とし

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て,持続的な産業集積や経済発展にはつながらないと主張される14)。しかし,現実の動き はそうした捉え方を否定しているといえよう。空間経済学が説くように,義烏市の場合,

輸送費,初期条件や規模の経済性という点において他の地域を凌駕しているからであり,

伊藤(2010)も別の観点から同様に結論を導いている。

しかし,脅威がまったくないわけではない。小商品城が今後直面しうる競争上の脅威と しては,B to Bの電子商取引を通じた小商品取引の拡大や各種の情報交換機能への進出 が挙げられよう。というのも,義烏市の小商品城での取引は現在,現物取引から受注の 引き受けによる生産・納品へと変貌するなど,小商品のバイヤーと卸売業者との間の情 報交流の場としての役割が重要となっているが,そうした役割自体,電子商取引によっ て代替可能と考えられるからである。そうしたなか,国際商貿城において雑貨を販売す る卸売業者のなかには中国最大のインターネットでの商取引市場である百度にも出店す る動きもみられる。それゆえ,そうした電子商取引をめぐる動きが今後,義烏市小商品 城での販売動向にどのような影響を及ぼすのか注視する必要があろう。

4 おわりに

以上のとおり,本稿では中国浙江省の山間部盆地に位置する貧しい農業地域であった 義烏市での卸売業を中核とした商業の発展および雑貨製造産業の集積とその経済効果に ついて,産業集積における規模の経済や輸送費の重要性を強調する空間経済学の立場か ら検証した。その結果,次のような事実を確認することができた。

第 1 に,義烏市における卸売業を中核とした産業集積は,外資系企業による直接投資 を原動力とする華東,華南など沿岸部での製造業を核とした産業集積および経済発展と は大きく異なる成長発展モデルということができる。この義烏モデルの場合,卸売業の 発展が雑貨製造業の集積を招来したという点で注目に値するが,空間経済学が示すとお り,規模の経済および輸送費が地域経済の成長発展の原動力として作用してきた。実際,

義烏市では,もともと商業の伝統があったほか,交通ネットワークの要衝や貿易港にも 近接しているという地の利にも恵まれている。そうした同市に独特の初期条件を基礎と して卸売業の集積が進んだのであり,その意味で,典型的な産業集積の事例ということ ができる。

第 2 に,その一方で,義烏市での産業集積に大きく寄与した輸送費面での優位性や規 模の経済を商業の伝統がない農村都市が享受することは容易ではない。その意味で,義

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烏市での卸売業を原動力とした経済発展を義烏モデルと称して他の農業地域の発展成長 戦略に採用することには相当の困難を伴うといえよう。

第 3 に,義烏市での経済発展は市場での競争と規律づけを重視した結果であり,行政 当局は市場のインフラ整備に終始のうえ,卸売業の発展を側面から支えてきたことが指 摘できる。商業取引は典型的な民間部門の活動であり,政府の介入は市場の健全な発展 に掉さすおそれも強い。こうした点を踏まえて考えると,義烏市当局の姿勢は行政と経 済発展との関係について新たな地平を開くものといえる。

いずれにしても,義烏市においては雑貨の卸売業を牽引力として卸売業および雑貨製 造業の集積が進み,それが地域経済の発展を促したのである。これは義烏市に特徴的な ことであり,空間経済学により導かれる産業集積の形成要因が偶々すべて重なり合った ことが集積と経済発展につながったといえる。これは今回の検証で新たに見出された事 実である。その一方で,検討されていない課題も数多く残っていることは否定できない。

今後,そうした課題についても検討し,産業集積と経済発展との関係についての議論を さらに深めることにしたい。

 本稿は,2010−2012 年度同志社大学人文科学研究所第 14 部門研究「産業集積の形成・発 展に係る地域内・地域間経済要因に関する経済学的・経営学的研究」の研究成果の一部であ る。研究成果を取りまとめるに際しては,匿名のレフェリーのほか,篠原総一,阿部茂行を はじめとして数多くの先生方から有益なコメントや意見を頂戴したことを記して感謝する ことにしたい。いうまでもなく,ありうべき誤解や誤りはすべて筆者の責に帰す。

1 )中国での外資系企業による直接投資を契機とした産業集積の実際に関しては,丸尾(2006)

を参照。

2 )このほか,近年では,近接する産業分野の集積がいくつも重なり合うとともに,そうした 分野に属する企業や関係機関が競争と協調を通じて起こした技術革新が地域の競争力を高 めるという産業クラスター論も展開されている。

3 )産業集積と外部経済との関係についてはたとえば,Glaeser et al.(1992)を参照。

4 )こうした議論の詳細については,佐藤・田渕・山本(2011)を参照。

5 )義烏市『中国名片・義烏 2011』による。

6 )義烏市では農産物を持って市場に行き,その売却代金を利用して地元で売れる商品を仕入 れて帰り,それを売って儲けるというかたちで商業活動が自然発生的に行われていた。ま た,農閑期には「鶏毛換糖」(義烏市特産の砂糖でつくったアメを他地域に持って行って鶏 の羽や骨と交換すること)と称される行商行動も活発に行われており,行商人は義烏商人

(18)

と呼ばれた。こうした義烏商人の行動の詳細に関しては,林(2008)を参照。

7 )このほか,紡績製品と日用雑貨を取り扱う篁園市場(1992 年創設)もあったが,2008 年に は撤去され,同市場に入居していた卸売業者は国際商貿城に移転した。

8 )国際商貿城の売り場は 1 ブース= 7.5㎡を基準として区分けされており,現在のところブー ス数は 4 万 4100 となっている。卸売業者は通常,2 ブース単位で店舗を開設している。

9 )国際商貿城の場合,先に指摘したように義烏市内で活躍していた卸売業者に同市場への移 転が奨励されたほか,入居料もそれなりの水準に設定されているため,顧客を多数抱える など営業力に富む業者が入居することになった。こうした経緯もあって,入居した卸売業 者で売り上げ不振から撤退を余儀なくされたものはほとんどいないようである。

10)海外からの需要を取り込むに際しては義烏市当局も小商品の博覧会を開催するなど,積極 的に支援した。そうした活動の詳細については,高・松島(2010)を参照。

11)こうした議論の詳細については,林(2008)を参照。

12)義烏市当局との面談は 2011 年 9 月 21 日午後 2 時より約 3 時間にわたって実施された。

13)伊藤(2011)は,広東州の中部にある東莞市のメーカーから直接購入すると義烏市の小商 品城よりも品質の高い商品をより安い価格で調達できるが,最低買付単位がコンテナ 1 台 というように膨大なため,義烏市の小商品城のほうが利用しやすいというバイヤーの声を 紹介している。

14)こうした議論の詳細については,藤本・新宅(2005)や黄(2009)を参照。

参考文献

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駒形哲哉(2006)「産地市場型産業発展とその変化」『三田商学研究』第 49 巻第 2 号,pp. 103

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佐藤泰裕・田渕隆俊・山本和博(2011)『空間経済学』有斐閣。

丁可(2007)「中国における雑貨産業の高度化」今井健一・丁可編『中国 高度化の潮流―産業 と企業の変革―』日本貿易振興機構アジア経済研究所調査研究報告書,pp. 141 〜 175,所 収。

(19)

藤本隆宏・新宅純二郎編(2005)『中国製造業のアーキテクチャー分析』東洋経済新報社。

丸尾豊二郎(2006)「アジア国際分業再編と中国華南と華東の産業集積」藤田昌久・朽木昭文編

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所収。

林松国(2008)「地域経済発展の「義烏モデル」に関する一考察―雑貨卸売市場と産業集積の視 点から―」『中国研究論叢』第 8 号,pp. 5 〜 30 頁。

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Glaeser, E. L., Kallal, H. D., Scheinkman, J. A., and Shleifer, A.(1992) “Growth in Cities”, Journal of Political Economy, Vol.100, No.6, pp.1126 〜 1152.

参照

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