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平成 24 年度合格体験記 ( 体育科 ) 所属学科 出身中学校 1 入学した大学 学部 学科または学校 入試方式 ( 推薦入試 AO 入試 ) 2 志望校決定の方法 時期とその反省 3 各教科の学習方法 4 受験勉強にどう取り組んだか (3 年になって 夏休み 受験シーズン ) 51,2 年次の過

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平成24年度 合格体験記(体育科)

AO・推薦入試

体育科卒 (吉備中学校出身) ① 吉備国際大学 保健医療福祉学部 理学療法学科 (特別推薦入試) ② 私はサッカーをしていますが、サッカーを続けていくにあたってケガや疲労回復のため に整体へよく行っていました。そして先生と会話するにつれて、自分が人の体について とても興味があることを実感しました。そして私は人のためになる仕事がしたかったの で、私に合う職業を探したところ、理学療法士という仕事を見つけました。ですから大 学を決める際は、とても簡単に決めることができました。ですが決めた時期は少し遅く、 決めたのは3年の7月くらいでしたが、後々焦ることになったので、早くに大学まで決 めて準備をしておいた方でよいと思いました。 ③ 私の試験は面接だけという、とても単純なものだったので、面接練習しかしていません。 ④ 私は三年生になってからサッカーに追われる日々で、本当にギリギリまで受験の準備を してなくて、すごく焦りました。受験勉強ではないですが、やったことはひたすら面接 練習と願書を何回も書き直したことです。 ⑤ 一、二年生の段階では進路は全く決まっていなかったので、とりあえず問題を起こさず に、無遅刻、無欠席で過ごし、評定だけは少しでも上げようと思い、提出物と定期考査 はまじめにやっていました。 ⑥ やっぱり全学年で行った校外研修だと思います。特にスキーと遠泳実習です。体育科の 特権で、とても楽しかったです。楽しかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと全 部含めて、人間力を向上させられたことだと思います。すばらしい学校でした。 ⑦ 最後に、大学受験に必要なことは、私は評定だと思います。特に体育科はそうです。で 所属学科・出身中学校 ①入学した大学・学部・学科または学校・入試方式(推薦入試、AO 入試) ②志望校決定の方法・時期とその反省 ③各教科の学習方法 ④受験勉強にどう取り組んだか(3年になって→夏休み→受験シーズン) ⑤1,2年次の過ごし方や意識したこと ⑥高校生活で最も思い出に残っていること(一生懸命とり組んだこと) ⑦後輩に一言(在校生へ)

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すから評定を上げるためにがんばってください。三年生になると何かと追われる日々が 続くと思いますが、負けないようにがんばってください。アドバイスは、目標を決め見 失わずに、計画的に進めていける一年にするとうまくいくと思います。 体育科 (香和中学校出身) ①旭川荘厚生専門学院 第1看護学科 (推薦入試) ②志望校は学費が安い点と、病院と直結している学校なので就職に不安がない点、また実 習をかねた病院内でのアルバイトができる点に、とても魅力を感じたからです。この学校 を知ったのは高校2年生の冬くらいに、田野先生に教えてもらったのがきっかけでした。 反省点はオープンキャンパスになかなか行かず、部活を優先させてしまい、自分で合格を 遠ざけていたことです。オープンキャンパスや説明会へは参加するだけでも受験時にとて も有利になるので、極力参加するようにしてください。 ③試験の教科は国語と、選択で数Ⅰと英語のどちらかを決め、二教科の筆記と面接でした。 私は数Ⅰを選びました。国語は私自身得意だったのですが、便覧で漢字や四字熟語をひた すら覚え、過去問を解いては大西先生に見てもらい、5年間分くらいをきっちりと学習し ました。数Ⅰでは1年生の時に学んだことを全然覚えておらず、一から勉強しなおしまし た。過去問からではなく、教科書からやりました。 ④3年の夏の大会が終わるまで何一つ勉強せず、部活だけをやっていました。正直受験を なめていたと思います。何より部活をしている限り、勉強なんてしている場合ではなく、 レギュラー争いなどのため休んでいる時間はなく、大会が終わるまでは受験のことは頭に なかったです。負けた後もすぐに勉強という切り替えもできず、ダラダラしている時間ば かりでした。負けた1週間後くらいからやっと進路先に目を向けて、学校について調べた りオープンキャンパスに行ったりしました。勉強を始めたのは願書を作成した後からで、 第3回定期考査中はテスト勉強せず、赤点回避ぐらいにまで質を落とし、その時間ひたす ら受験勉強をしました。毎日学校に残り、勉強しました。それでも全然分からなくて、何 度も友達や先生、家族にも教えてもらいました。あまりにも数Ⅰが分からなくて、インタ ーネットで高校講座という番組を何度も繰り返し見て勉強しました。それが一番効果的だ ったと思います。 ⑤1、2年生の時の過ごし方はとにかく部活優先の毎日でした。しかし評定や内申を上げ るために、平均点以上を常に目指したり、委員会活動に積極的に参加したりしました。 ⑥とにかく部活を一生懸命やりました。実績さえあれば大学に行くことができるし、自分 の夢を叶えるラストチャンスだったので、毎日が戦争でした。 ⑦評定と内申だけで受験をする権利すらもらえない学校がたくさんあります。今の自分の

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行動一つで進学の幅が変わるので気をつけましょう。 体育科卒(岡山市立石井中学校出身) ①日本女子体育大学 体育学部 運動科学科 スポーツ科学専攻(スポーツ推薦) ②私は、幼いころから水泳の指導者になりたいと考えていたため、体育大学か、もしくは 体育系のコースがある大学へ進学したいと思い、光南高校に入学したので、1年生のころ から進路について考えたり、家で両親と大学進学について話したりしていました。2年生 の頃から、少しでも興味を持った大学のパンフレットや資料を取り寄せたり、ホームペー ジで調べたりしていました。また、駅前で行われていた大学の合同説明会へ参加して、実 際に大学の先生とお話しして学校の雰囲気を聞いたり、受験方法やオープンキャンパスの 情報を教えてもらったり、時間を見つけて何度も積極的に参加しました。そこで得た情報 や取り寄せた資料を見て日程を調べて、部活の練習や試合のない日にできるだけ多くの学 校のオープンキャンパスに参加しました。実際に行ってみると思っていた雰囲気と少し違 ったりしましたし、県外になると今までとは違うところに住むことになるので、学校があ る街の様子もよく見て、そこが自分に合っているかどうか考える必要があると思いました。 少しでも気になった学校があれば、最終的に受験することになるかもしれないので、実際 に行ってみることが大切です。2年生の夏休みまではオープンキャンパスへ行ったり大学 について調べたりしていいたので、おおまかに10校くらいにしか絞っていませんでした が、徐々に絞っていき最終的に3校に絞りました。2年生の春休みになんとか予定を合わ せて3校ともオープンキャンパスへ行きました。そこでしっかりと大学を見て、日本女子 体育大学が一番自分に合っていて、ここで頑張りたいなと思いました。 ③AO入試や推薦入試で受験する場合には、各大学によって受験資格があるので、それを 満たしていないと受験することができません。主に高校3年間の評定の平均なので、日頃 の授業を大切にして定期テストでできるだけよい点数を取れるようにしていたら大丈夫だ と思います。私は1年生の頃、学校生活も部活動の練習もとてもきつくて、なかなか勉強 との両立ができていませんでした。そのため、テストでもあまり良い点数を取れず、学年 末に出る評定もあまり良くありませんでした。しかし、大学を調べていくうちにこのまま の成績では良くないと思い、希望の大学へ進学するために、2年生に上がってからは今ま で以上にテストの点数や評定を気にして授業に取り組みました。その結果、2年生での評 定は1年生の時に比べてかなり上がり、3年生の前期の仮評定もさらに上がりました。し かし、3年間の平均評定なので、1年生の時の評定を合わせると高い評定にはならないの で、1年生の頃からこつこつと勉強しておけばよかったと後悔しています。けれども、あ きらめるのではなく今からでも間に合うので時分の進路実現のために頑張りましょう。 ④2年生の後半には、ある程度大学を絞っていたので、迷っている大学も含めてどのよう

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な受験方法で受験するのか、試験には何があるのかを調べました。大学によってさまざま ですが、私の場合はどの受験にも小論文があったので、授業の中での小論文模試や過去の 題材を参考にして、空いた時間を利用して2年生の頃から実際に書き始め、国語の先生や 担任の先生にお願いして何度も何度も添削していただきました。言葉の使い方や表現の仕 方などにあまり慣れていませんでしたが、練習を重ねるにつれて内容の詰まった小論文が 書けるようになりました。結果的に私はスポーツ推薦と言う形で受験させていただいたの ですが、最初はAO入試で受験する予定だったので、9月にある試験に向けて夏休みの補 習を申し込み、小論文の対策や書類審査のための準備をしました。小論文は早めから準備 していたので余裕をもって取り組めたのですが、書類審査の準備はなかなかできておらず、 補習期間が終わっても毎日学校へ登校して担任の先生に協力してもらい、提出の締切に間 に合うよう何度も文章を仕上げました。 ⑤1年生、2年生の時期はなかなか進路について考えたりする時間がないと思います。け れども、大学によっては3年生に入ってすぐに準備をしなければ間に合わない学校もあり ます。早めから準備を始めていれば選択肢も多く広がっていくので、今からでも行動しま しょう。学校の進路指導室には多くの資料があるのでよく見て、先輩方が残してくれた資 料も活用するととてもわかりやすいです。あとは、自分が将来どのような職業についてど のようになりたいのか、そのためにはどのような勉強が必要でその勉強はどこでできるの か。多くの選択肢を考えておきましょう。 ⑥高校生活は特に部活動に力を入れました。大好きな水泳をさらに極めたいと思い、光南 高校に入学し、尊敬する先輩たちのようになる為に毎日練習に励みました。水泳部は各ク ラブでの練習ですが、試合や遠征、合宿などでは光南高校水泳部として団結し、みんな最 高のパフォーマンスをしました。1年生の時と3年生の時の2度、インターハイに出場す ることができ、全国大会の独特の雰囲気を味わったことで、これからの競技生活において さらに良い経験となりました。また、けがやスランプで悩んで苦しかった時、競技は違う けれども同じスポーツを頑張っている多くの体育科の仲間たちが助けてくれました。そん なかけがえのない仲間たちに出逢うことができたのも大切な思い出です。 ⑦私は、AO入試で受験する予定でしたが、夏休みにインターハイへ行ったとき、日本女 子体育大学の水泳部の先生からスポーツ推薦のお話をいただき、帰ってきてからすぐに受 験方法を変えました。書類の準備など担任の先生をはじめ、多くの先生方に協力していた だいていたのでとても申し訳なかったのですが、また新しく準備をしていただきました。 早めから準備をしていて多くの選択肢を考えていたので、受験方法が変わっても焦ること なく準備ができました。また、私は春から東京で暮らすことになります。生活面でも大き く変わり、両親に経済面でもたくさん迷惑をかけてしまいます。最初は反対されていまし たが、私はどうしても日本女子体育大学で勉強したかったので何度も家族で話し合い、お 願いしました。大学からもスポーツ推薦という形でお話をもらい、両親も応援してくれて いるので勉強に部活動にしっかりと頑張りたいと思います。皆さんも自分の希望の進路実

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現に向けて、日々の生活や勉強、部活動をしっかりと頑張ってください。 体育科 (倉敷市立倉敷第一中学校出身) ①川崎医療福祉大学 医療技術学部 健康体育学科 特別入試(自己推薦) ②オープンキャンパス・高大連携・先輩の影響です。時期は夏休みで専門学校か大学に行 くか悩んでいましたが、大学に入り水泳を続けたいと思ったので、大学に進学することに 決めました。 ③提出物は、必ず提出期限以内に提出するように3年間心掛けました。 ④受験勉強は、志望校が決まった夏休み頃から本格的に始めました。小論文は先生方に何 回も見てもらい、始めは文をまとめる事が難しく大変だったのですが、回数を重ねること により、小論文の書き方がわかるようになりました。面接練習は、友達や先生方にしても らい、多くの質問をこなすことで面接の雰囲気に慣れていきました。教養基礎テストがあ ったので、ニュースや新聞などを見て教養を深めるようにしました。 ⑤1、2年生の時は、部活動に専念していました。 ⑥最も思い出に残っていることは、3年の夏休みに行った遠泳実習です。水泳の授業は一 年生からあり、初めは泳げない人もいましたが、3年間の授業を通して泳げるようになり、 3年の夏に白石島の海で、みんなで泳ぎ切ることができたのが思い出です。 ⑦2年生は進路を考えていると思いますが、進路のことは親とよく話して将来自分が何を したいか考えて決めることが大事だと思います。そして1年生は、進路についてはまだま だと考える人もいると思いますが、あっと言う間に時間は過ぎます。3年生になって慌て ないためにも、今からしっかり準備しておいたほうがいいと思います。 体育科(灘崎中学校出身) ① 中国学園大学 現代生活学部 人間栄養学科 (推薦入試) ②私は、管理栄養士の資格を取りたいと中学生の頃からぼんやりと考えていました。そし て、本格的に進路について決めたのは2年の冬でした。第一志望は、岡山県立大学でした。 しかし、難しいと言われ併願で私立を受けることにしました。ホームページやネットを使 い様々な学校を調べました。決め手となったのは、大学の先生がいいとの評判が多く聞け たことです。岡山県立大学では、試験科目に化学や生物の口頭試問があり、化学は科目選 択で取っておらず、失敗してしまいました。ですから、受験科目が何なのか、志望校を早 く決め、最低でも2年の科目選択までに決めることがいいと思います。

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③推薦入試で受けるにはまず、学校内で戦わなければならないので、普段の授業から平常 点をあげるように3年間頑張りました。テスト勉強では、書いて覚えるよりノートを見て 覚える方があっていたので、授業で取るノートを見やすくまとめるようにしていました。 定期テストでは点数に偏りがないように、苦手な科目の理解に努めました。 ④試験科目は、面接、小論文、岡山県立大学では口頭試問もありました。面接では、先輩 方の書いてくれたレポートをみて多くの先生にしてもらいました。文章にして暗記するの ではなく、自分の言葉を面接官に伝えることが大切だと思います。小論文では、その学校 の過去問を多く取り組んでいきました。そして国語の先生に添削してもらい、何度も書く 事で書けるようになります。面接や小論文のために、夏休みから毎日、新聞を切り抜いた り栄養関係の本を寝る前に読んだりして、幅広い知識を身につけるように取り組みました。 口頭試問のために化学と生物を担当教科の先生にお願いをして、マンツーマンで放課後の 時間に授業していただきました。3年の春休みからはじめ、インターハイが終わるまでは 部活中心で毎日はできなかったので、夏休みになると、補習の合間にやっていました。9 月から11月の試験直前までは、毎日放課後6時半近く残り実験や授業をしていました。 放課後は忙しかったので、面接は朝や昼休みを使い、小論文を家で書き、家に帰ってから も予習や復習をしていました。自分で上手く時間を管理することが大切だと思いました。 ⑤1年生の頃は、学校生活や部活動についていくことで精一杯でした。進路に向け具体的 に動くこともなく、定期テストの順位を上げることや提出物等の基本を意識していました。 2年生になると学校にも慣れてきて、とにかく部活一色の1年でした。しかし、授業など 勉強をおろそかにすることのないように、そして評定を上げるために頑張りました。また オープンキャンパスにも参加し、少しずつ進路に向けて動き出しました。 ⑥化学や生物の勉強を、先生としたことが思い出になっています。初めて聞く単語や難し いものが多く、理解するのにとても苦労しましたが、大学にいってからも必要で、自分の 目標のためだと思うと頑張ることができました。そして、先生方も忙しい中たくさんのこ とを教えてくれ、実験などもでき、とても楽しく充実した日々を送ることができました。 ⑦受験といえば、嫌だなと思う人がほとんどだと思います。しかし、自分の夢について、 なりたい自分を考えることのできる時間だと私は思います。ですから、受験勉強を楽しん でやることができました。まだどこに行こうかわからない1、2年生は、まず自分がやり たいこと、好きなことを考えてみて下さい。そして、その夢に向かって普段の授業やテス トなどを積極的に取り組んでいけば、おのずと近づけると思います。何事も楽しんで、残 りの高校生活を充実させてください。 体育科卒 (高陽中学校出身)

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①.川崎医療福祉大学 医療技術学部 健康体育学科 一般推薦 ②.私は将来養護教諭を目指しており、体育が好きな私は、高大連携の繋がりもあり、将来の夢 に近づくことのできる川崎医療福祉大学の健康体育学科が合っていると思い強く志望しました。 志望した時期は夏休みの中旬で、周りより遅くとても焦っていました。そして、私は寮生活を していたこともあり、親とは話が出来ていませんでした。また、紫綾祭の準備とも重なり、なか なか受験の準備に集中出来ず、そのため、願書締め切り間際に、やっと書類を作成したので、先 生方にも迷惑をかけてしまいました。 ③.特別推薦では、小論文、一般教養、面接、実技がありました。文章を書くことが苦手な私は、 先生に『人の倍書く練習が必要だ』と言われ、小論文は毎日先生に添削してもらいました。一つ のテーマに対し6回程のやり直しを繰り返しながら、幾つものタイトルで練習をしました。その 結果、小論文の書き方が身についたと思います。ですが、一般教養では新聞を普段から読んでい なかったことで、わからない問題が多くありました。一般教養の準備が、できていなかったこと は大きな反省です。面接は、休み時間に友達と練習して、放課後は先生方と何度も繰り返しまし た。実技は4種目あり、放課後や専攻実技の時間を使い練習に励みましたが、私は特別推薦では 不合格になりました。 将来の夢に向かって気持ちを切り替えて、一ヶ月後の一般推薦でもう一度川崎医療福祉大学を 受けることを決めました。その頃、周りの人が合格していくことのプレッシャーでいっぱいでし たが、先生方の温かい励ましのおかげで受験勉強に集中して取り組むことができたと思います。 一般推薦では、小論文・実技・面接という内容でした。落ちてからの一ヶ月間は、小論文を引き 続き書いて練習し、願書等の書類の作成を早めに準備しました。そして、一度落ちた私にもう一 度頑張るよう言ってくださった先生や、再び手助けをしてくださった先生方のおかげで、一般推 薦では合格することができました。それは、小論文の過去問題を常に書き続けていたため、本番 では書いたことのある問題が出題され、自信を持って書くことができました。毎日、小論文等の 添削をしてくださった先生方にはとても感謝をしています。 ④.3年の始めは、部活ばかりで勉強にはあまり取り組んでいませんでした。夏休みに入り、志 望校が決まってから少しずつ自分から机に向かうようになりました。受験シーズンになると、焦 りもあり不安でしたが、仲間の助けもあり、毎日集中して勉強することができました。 ⑤.1、2年の時は評定を意識し、提出物や学校生活、身だしなみなどの当たり前のことを当た り前にできるように心掛けていました。 ⑥.高校生活で思い出に残っていることは、部活動です。3 年間で良い結果を出すことは出来な かったですが、同級生が私を含め2人しか居ない中でチームをまとめてきたことは、とても良い 経験になり、人としても精神的にも成長できた場だと思います。 ⑦.後輩達には、しっかり親と会話をし、自分の意志・夢を伝えるようにしてほしいです。そし て、早めに幾つかの選択を考えて、オープンキャンパスにはなるべく参加することが大切です。 本や新聞を読むことで文章力が身につき、小論文でもきっと役に立ちます。頑張った分だけ必ず 成果がでるので、きちんと準備をしておいてほしいです。また、自分一人だけでなく、多くの先

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生方、仲間、両親の助けがあって初めて、受験できる感謝の気持ちを忘れずに過ごしてほしいと 思います。最後に、指導してくださった先生方に感謝いたします。

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