近 世 阿 波 の 伝 馬 役 負 担
教 科 ・ 領 域 教 育 専 攻
社 会 系 コ ー ス
森
千 枝
近世柾会において、農民が領主に対して負担 する夫役には様々なものがあったo それらは、 近世の早い段階から代銀納化していたことが知 られているが、しかしそうした中でも、陣夫役・ 普請役といったような本来的な夫役の性格に由 来する現夫負担がなくなることはなかった。そ の現夫負担とは、具榊句にどのようなものであ ったのだろうか。農民たちはどのように動員さ れていたのか。以上のようなことについて、近 世の阿波における伝馬役負担に注目し、検討し ようとするのがこの修士論文の目的である。 以上の分析をするにあたり、本稿ではとくに、 近世後期の阿波国名東郡の事例を素材として分 析を行なった。第1章では、その名東郡の伝馬 役について、具榊句な運用の実態にせまり、伝 馬役の基本的な構造を整理した。伝馬役は郡中 の村々を数ヵ村ずつに分けて編成される伝鳴組 合によって運営され、公用の荷物その他の運搬 が行なわれた。文政期の名東郡では8
ヵ所の伝 馬所組合と、 2ヵ所の御状番所組合が置かれて いたが、それらは交通や輸送の利便性に重きが 置かれて設置されたため、行政対の組村(通常、 年貢や諸役の賦課・徴収単位となる)とは別の 構成で編成された。各組合は、それぞれ機能や 搬送区間、搬送順序等が異なり、それは搬送の 目的地そ鴇道との関係、周辺の地理的状況など によって、綿かく取り決められているものであ ったo また、各村が伝馬所において伝馬役勤指 導 教 員
町 田 哲
めをすべき当番目数は、その村の夫役数(伝馬 役賦課夫役数)に応じて算出されるもので、あっ た。 続く第2
章では、その個々の伝馬組合におけ る運営と運営主体について分析した。伝馬役の 運営において、伝馬所(継場)でその実務にあ たるのは才判人とよばれる者で、あったo また、 当番村における人足の徴集などについては、各 村の村役人が差配した。また、各伝馬組合内に おいて探め事や問題が発生した場合は、ます明且 合内の各村の本材交人によって話し合われ、その 中で、内済で、きなかったものについては、組頭庄 屋によって採決された。伝馬役の運営に関して は、基本的に藩側は関与しないものであり、組 頭庄屋の管轄下で、百姓たち自身の自主的な運 営によって担われていたと考えられる。 第3章では、イえ馬役の賦課の構造について分 析した。ここでは、伝馬役の賦課の対象となる 各村の夫役数と当番目数、伝馬力日勢夫の3者の 関係とそれぞれの性格に焦点を当てて検討した。 各村の当番目数、伝馬加勢夫数は、その村の伝 馬役賦課対象の夫役数に変化が生じた時に、そ の都度改編されるもので、あった。そしてその改 編には、ある一村の伝馬役賦課対象夫役数の変 化糾云馬組合全体に影響する例や、行政キナの組 村の事情が、個々の村の伝罵役負担に影響する 例などがあったo また伝馬力日勢夫については、 夫役鍛擦の分析などから、これは伝馬役を負担 0 0 ρ h u q uする村に対してとられる夫役免除措置と考えら れるのではないか、という一つの仮説を導き出 すことができた。 第 4章で、は、伝馬役pつ害損武約関賃銀割賦) の構造から、伝馬役の負担の実態を分析した。 また、伝馬役以外の送夫負担の事賦の構造につー いても検討し、伝馬役と比較することで、その 違いと伝馬役の特質を明らかにした。伝馬役に ついては、人足賃のほか伝馬役に関わる様々な 諸経費は、通常村の自己負担によって賄オオもて いたが、動員人数の多し官馬役