錯誤による無効を主張しうる者--最近の二つの最高
裁第二小法廷判決をめぐって
著者
三和 一博
雑誌名
東洋法学
巻
9
号
4
ページ
105-112
発行年
1966-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007848/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja判
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東洋大学判例研究会
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錯誤による無効を主張しうる者
ー l l 最近の二つの最高裁第二小法廷判決をめぐって││O
昭和四O
年 九 月 一O
日 最 高 裁 第 二 小 法 廷 判 決 金 百 詰 嘩 請 一 時 十 軒 、 裁 認 誌 編 ) 判 例 時 報 四 二 五 号 二 七 瓦O
昭和四O
年 六 月 四 日 最 高 裁 第 二 小 法 廷 判 決 ( 事 長 需 等 霊 草 高 諸 誌 ) 判 例 時 報 四 一 七 号 三 九 頁 意思表示の錯誤謀総九)をめぐる問題は多いが、 要素の錯誤による意思表示の無効を第三者が主張することは許さ れるかという問題について、最近注目すべき判決が最高裁第二小法廷において相次いで出された。以下この二つの判 決を紹介しつつ、学説や判例の動向をさぐってみよう。 民 事 判 例 研 究一
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六 付 ま ず 、 昭 和 四O
年九月一O
日判決をみると││事実関係は、残念ながら判例時報(担問号)によるかぎりはっきりしな い 。x
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民山戸川)は、第一審の共同被告であった A とともに(
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枝市貨)本件土地を借りて建物を所有していたらしいが、その土地 が転々して Y( 即 時 万 枚 ) の 所 有 に な っ た の で 、 Y か ら X らに対し建物収去土地明渡を請求した事件らしい。 A はその地上建物につき 保存笠記を経由しており、賃借権の対抗力を得ていたが ( 4 矧 材 開 法 ) 、 X にはそれがなかった。それで、 Y が訴外 B から本件土地に つき代物弁済によりその所有権を取得したとの主張に対し、 X は右契約は要素に錯誤があるから無効であり、したがって Y は 本 件 土地の所有者ではないと抗弁した。原審は右の X の抗弁を排斥したので X 上告。上告論旨の要点は、﹁勿論民法第九十五条の律意は 第一に暇庇ある意思表示をなした当事者の保護にあることは原決判のいうとおりではあるが訴訟上無効の主張が暇庇ある意思表示 をした者のみ許されるものではないことは同条但書に表意者に重大なる過失ある場合には表怠者自ら其無効を主張することが出来 ないという規定からみて明らかである。かかる場合でも表意者以外の者からは無効の主張が許されると解すべきであるからである。 一般的にいって表意者に効果意思の薄弱な場合には、表意者以外の利害関係人にも無効の主張が許されるべきである。従って第三者 である上告人︹ X ︺において錯誤にもとずく意思表示の無効を主張することはできないと判示する原判決は民法釘九十五条の解釈 を誤ったもの﹂である、という。 第二小法廷は、原判決を支持して上告を棄却した。﹁原判決は、民法九五条の伴芯は取庇ある芯思表示をした当事者を保護しよう とするにあるから、表立者自身において、その意思表示に何らの取庇も認めず、知誤を理由としてな思表示の無効を主援する意思が ないにもかかわらず、第三者において錯誤に基づく芯思表示の無効を主張することは、原則として許されないと解すべきである、と 判示している。右原容の判断は、首肯できて、原審認定の事実関係のもとで上告人︹ X ︺の所論抗弁を排斥した原容の判断に所論違 法 は な い 。 ﹂ 同 昭 和 四O
年六月四日判決は││民法九五条但舎の解釈に関するものであるが、これも判例時報(到 ι 信号)によるかぎり事実関係ははっきりしない。国から訴外財団法人 A を通じて本件土地を取得したらしい Y たち(詑万牧)から、その土地を使用してい た X ( ⋮訟とに対して賃借粧不存在確認等を求めた事件らしい。そして、 X が国に対して債権を有していたことは認定されていない よ う で 、 X はもっぱら固と A との間の売買契約について、要素に関して悶に釦誤があったことを理由として、その無効を主張してい る。原容は、その錯誤を認めたが、国の錯誤に重大な過失があったとして、表芯者自身が無効を主張できない以上、第三者も無効を 主張できないとして、 X の主張を斥けた。そこで X 上告。上告論旨の要点は、民法九五条但舎が適用されるのは、重大な過失のある 錯誤者自身が無効を主張する場合に限るのであって、錯誤者に重大な過失があっても、その相手方または第三者は依然として無効を 主張しうると解すべきであるのに、錯誤者に主大な過失があるとの理由を以って第三者である上告人︹ X ︺の無効の主張を排斥した 原判決は、民法九五条但書の解釈を誤った違法がある、という。 第二小法廷は、原判決を支持して上告を棄却した。﹁民法九五条は、法律行為の要素に錯誤があった場合に、その表意者を保護す るために無効を主張するこ左ができるとしているが、表意者に重過失ある場合は、もはや表意者を保護する必要がないから、同条但 告によって、表立者は無効を主張できないものとしているのである。その法立によれば、表意者が無効を主張することが許されない 以上、表立者でない相半方又は第三者は、無効を主張することを許さるべき理由がないから、これが無効の主践はできないものと解 す る の が 相 当 で あ る 。 ﹂ ト) 従来の通説によると、無効ははじめから何らの効果も生じないという絶対的なものであり、何びとからでもま た何びとに対してでも主張できるのを原則とすると説かれており、錯誤の場合についても何らこれと兵る説明を与え ていない。したがって、錯誤による無効は相手方または第三者でも主張でき、九五条但書によって宝過失ある表意者 自身が無効を主張しえない場合でも、相手方または第三者は無効を主張しうると解されている。立法論としては不都 民 事 判 例 研 究
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八 合 で あ っ て も 、 解釈論としてはやむをえないと説かれている宗一紋川崎 V 慢 出 品 剛 一 一 回 一 一 一 一 応 ほ やω
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配 形 郎 一 一 日 一五五百・三八四 JO R 以下など多数﹂ 同このような立場に対して、錯誤による無効の制度は公序良俗違反や強行法規違反による無効の場合と兵って、 もっぱら表意者本人の保護を目的とするものであるから、無効を主張しうるのは表意者およびその一般承継人のみで あって、表意者が欲しない場合に、表意者以外の者(附肝一切れ一た)をして無効を主張せしむべき何らの根拠もないとする立 ※ 場 が あ り ( 州 問 一 九 開 諒 一 % 一 間 ⋮ 一 V M吋 ト 詔 一 昨 一 一 四 一 敏 弘 一 刊 一 仁 ヂ ? と 拡 剛 一 一 一 馴 4 一 一 議 畑 一 四 百J
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一 日 間 ) 、 近 時 有 力 に 支 持 さ れ て き て い る ( 馴 制 総則︿昭四 O ) 二九六回、山中・民法総則諮義(昭三 O ) ニ 六 O 炉、谷口・ポケット註釈令一容・民活総則・物権法(昭一ニ一﹀一主八予、谷間 J0 ・民法演習 I ハ 昭 一 三 ニ ﹀ 一 四 二 一 れ な ど 。 な お 、 我 妻 ・ 新 訂 民 法 総 則 ハ 昭 四 O ) 三の三月以下は折茨的であるが、ほぼこの立坊を認めておられる﹂ ※ ※ きは、錯誤を取消しうるものとするドイツ民法に近いものとなる。但書についても、 この立場によると このことは同様で、表怠者に霊 過失あることによって影響されるものではない。すなわち、重過失ある表意者自ら無効を主張しえないとは、霊過失 ある表意者のため、その意思表示の有効を信じた相手方や第三者が犠牲になることを防止する制度であって、表意者 以外の者が無効を主張しうることを規定したものではなく、表意者の無効の主張に対しこれを否認する者の反対立証 を 許 す だ け で あ る と 説 く ( 叫 ヨ 間 一 位 M 日 町 一 一 山 一 刈 甘 か 柑 判 明 一 山 ⋮ 諒 一 日 間 一 午 ) 。 ※この説は、さらに、表意者が無効を欲せざるにこれを強うる必要なく、また強うべきでもないから、表立者の主張をまっ て は じ め て 裁 判 官 は 無 効 の 裁 判 を な す べ き こ と を も 主 張 す る ( 問 問 一 一 ぷ ト 町 四 川 川 l 崎 一 叩 均 一 戸 川 一 山 下 記 陪 ) 。 ※※周知のようにドイツ民法(一一一功一寸)は、錯誤による芯思表示を単に取消しうるに止まるものとするとともに、その相手 方に信頼利益の賠償請求権を与えている。取消したえきは始めより無効なりしものとして取扱われる(勾むから、実際は取前 枢 者 の 芯 思 に 依 存 す る こ と び の 無 効 と も み ら れ る 。
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な お 、 ス イ ス 債 務 法 ( 一 一 一 一 一 般 I )は、契約締結の当時主大なる錯誤あ りたる者に対してはその拘束力を有しないこととし、錯誤の援用は信義誠実に反するときはなしえないとし、さらに無効と な り た る 場 合 の 損 害 賠 償 義 務 を も 認 め て い る 。 フ ラ ン ス 民 法 ( ご 4 M M . ) も 無 効 と し て い る 。 周知のようにわが民法の規定は、ドイツ民法第一草案(川一治)にならったものであり、立法者は芯思主義にもと 来 づいて制定したものである(叫f
矧 鵬 ニ ) 。(
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したがって、錯誤とは意思表示の内容と内心の芯忠との不一致を表意者が 知らないことであり、表意者の内心の意思を欠いているから意思表示は無効となるのである ( U h m 一 一 日 γ 問問ト州知山 U M ) 、 と一般に説明されている( 1
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﹀)。しかし表示主義によるときは、表示行為ある以上意思表示は本来有効に成 立しており、ただ表意者に酷なる場合に表意者の保護をはからんとする制度にすぎず、したがって必ずしも無効とす る 必 要 は な く 、 詐 欺 ・ 強 迫 に よ る 意 思 表 示 の 場 合 と 同 様 に 取 消 権 を 与 え れ ば 足 り る こ と に な る ( 肋 札 防 恕 一 時 比 聞 け 伽 矧 時 々 比 一 ふ る ) 。 こ の 意 味 に お い て 、 わが民法の規定が意思主義に傾きすぎた不当なものであるとの批判が、 一般になされている ﹁ 我 妥 ・ ︿ 旧 版 ) 二 四 九μ
、 J o f 柏 木 ・ 二 -二 頁 な ど ﹂ 同 しかし、意思主義自体がすでに時代おくれとなっているのみでなく、錯誤の場合にそれをとるべきでもない (訓叫が時八)とすると、立法論的には確かにドイツ民法のように改めるべきであるが、本条の理解においても原則とし 民 事 判 例 研 究一
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て表示主義理論に立ち吋ただ要素の錯誤ある場合のみ表意者本人に酷であるからその保護をはかる制度と解し、無効 とすることから生ずる相手方の保護や取引の安全をできるかぎり救済しうるよう解釈すべきであろう。要素の錯誤で あることの要件として通説が主観的要件のほかに客観的要件を是認していることは、なお純然たる意思主義に徹して いないことを意味するのであって、﹁無効﹂としているということだけで直ちに意思主義によっていると解さなけれ ばならないことはない。 し た が っ て 、 意思表示そのものについては表示主義理論をとっているのであり、 それを原 則とするのであるが、 ただ表意者保護という立法政策上の問題として無効にしているにすぎないと解するのがよい と 思 わ れ る ( 倣 一 程 一 訪 問 問 銭 円 一 MY 誠 一 脈 問 時 一 的 同 一 比 一 切 % い 丸 山 ﹄ ば 一 日 勝 村 山 尚 一 試 一 誠 一 山 耕 一 語 叩 一 町 村 の ) 。 このように本条を表意者保護に関す る規定と理解するならば、相手方または第三者からの無効の主張を容認するような解釈は、とうていこれを支持し難 いものとなる。ー!ただ、このような見解に対しては、無効と取消しを混同するとの批判が考えられるが、無効の怠 義や態容などを考えた場合、本条の無効は公序良俗違反や強行法規違反による無効とはその性質を具にするものであ って、純粋の無効とは具るものとして是認してよいであろうお州I
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制一日一色沼 MMW 燃 側 、 ) 。 ※ドイツ民法記一草案から現行ドイツ民法典への経過における立思主誌と表示主誌との対立については周知のところである ﹁ ︿ m -・ 開 ロ ロ 巾 ロ 一 ロ ロ ロz,
z q y H 同仏ア戸市 }MH ゲ ロ n r L n m w r p 同 ∞ 2 -w r ロ ロ / 。 f 刃 向 n r g w ﹀ 一 百 四 包 凸 -2 0 円 、 ﹃ 由 子 戸 田 ・ ﹀ E D -目 白 印 N -∞ ω ・ 吋 C C 同 町 ・ ﹂ 四 ところで判例の動向は、多少の混乱はあるようであるが、ほぼ右のような見解を認めているようである。川 ま ず 相 手 方 に つ い て は 、 大 判 昭 和 七 年 三 月 五 日 ( 問 問 一 一 一 一 一 一 町 民 一 竺 諸 民 ) に お い て │ │ ﹁ 相 手 方 ヲ 欺 岡 シ テ 要 素 ニ 錯 誤 ア ル 意思表示ヲ為サシメ因テ以テ法律行為ノ無効ヲ惹起セシメタル当事者ノ一方ニ於テ反対ノ規定ナキコトヲ理由トシテ尚其ノ無効ヲ 主張シ得ヘシトセンカ上叙民法規定ノ立法精神ニ背馳スルハ勿論自己ノ不法ヲ利用シテ相手方ノ不利益ヲ策スルコト司得ルニ至リ 極メテ不合理ナル結果ニ堕スルヲ免レサルモノトス﹂として、かかる相手方からの無効の主張を排斥している。││これは通説 ( 制 御 船
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一 一 一 -1 d r訪問わ四民)が、舟桁教授(訂以)によれば、判旨に示された論拠からいえば、ひ も 認 め る と こ ろ で あ る とり相手方が欺悶行為をなした場合のみならず、 ひろく一般に相手方たる者は表芯者の錯誤を主張することを許さ れないものと解すべきであろう、 といわれている(訟r
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。 [ロ) 第三者については、まず大判明治三三年六月一一一一日&唯一一日以﹂において、表意者の錯誤を理由として無効を主 張しえない旨を事案の具体的解決の過程において間接に認めている。 ただ、大判昭和六月四月二日告一沼お時民)では反対の態度を間接に示している。││Xは A 銀行に対して三千円の債務 を負い、所有不動産の上に抵当権を設定していたが、その一部千六百円を弁済して A 銀行の支居長に抵当権を放棄してもらった。と こ ろ が A 銀行ではそのことを知らないで、三千円の抵当権附債権があるものと考え、これを Y に譲渡した。この拐合Xは A 銀 行 の 錯誤を理由に A Y 間 の 抵 当 債 権 の 移 転 の 無 効 を 主 張 す る こ と が で き る 、 と い う こ と を 容 認 し た ( 開 設 恥 一 拐 か い 侶 川 日 一 前r
一 一 納 付 一 明 日 清 一 誌 に 併 問 誠 一 町 一 鵠 詳J o
-これについても舟橋教授(駄駄)は、相手方の主張に関する前掲大判昭和七年三月七日によって改 められたものとみうるであろう、といわれている/一芯
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目 前 ⋮ 主 剖 ﹂ 。 その後、下級審判決であるが、第三者からの無効の主張を許さないとしたものがある。 東京地判昭和一四年一一月八日品開畑山 J では││﹁民法第九十五条ノ法律行為ノ要素ノ錯誤ニ因ル無効ノ制度ハ表立者本 民 事 判 例 研 究東 洋 法 会'>1. サ 人ノ保護ヲ目的ト九ルモノナレハ右無効の主張ハ表意者ノミ之ヲ為シ得ヘク第三者ハ右無効ヲ主張シ得サルモノト解スルヲ相当ト スル﹂として、﹁比ノ点ニ於テ同シク無効ト云フモ公序良俗違反ニ因ル無効等トハ其ノ性質ヲ異ニスル﹂といっている。 東京高判昭和二六年一