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歯科医療従事者における感染対策の意識改革

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Academic year: 2021

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207 歯科医療従事者における感染対策の意識改革 1 はじめに 近年の日本は,気象変動,経済の変化,情報や交通 網の発達,人口減少,少子高齢化,外国人の流入など 様々な変化が起こり,新たな問題に直面するように なってきた.これらの問題は,新興再興感染症 *の発 症や感染伝播や多剤耐性菌の出現に直接的あるいは間 接的に影響を与え,感染症を意識した医療がより重要 になってきている.2003 年重症急性呼吸器症候群 (SARS),2009年新型インフルエンザ,2012 年中東呼 吸器症候群(MERS),2014 年エボラ出血熱の流行な ど,世界規模で起こる感染症は後を絶たない.特に歯 科医療従事者は,唾液や血液に曝される機会が多く, 感染症の問題に影響を受けやすい.歯科医療従事者が 対象とする全身感染症は血液が媒介して流行する感染 症[B 型肝炎ウイルス(HBV),C 型肝炎ウイルス (HCV),AIDSウイルス(HIV)]とされているが,そ の多くが,飛沫,接触感染である以上,上述の感染症 も関わってくる.よって,現場での患者対応の際に, 医療従事者の感染対策の怠りがあれば感染を広げるこ とになる.このことから,歯科医療においても,感染 に対応できる対策を取り入れ,万全の態勢で歯科医療 を取り組む必要がある.筆者が 10 年間行った厚生労 働省科学研究班の成果では様々な問題が浮き彫りに なった.それらの問題を分析し,歯科医療従事者の院 内感染対策の向上につながる考察をしていきたい. 2 歯科医師のスタンダードプリコーションの理解 上述のように,世界各国の人々との交流が進むに 従って,様々な病原体の感染を知らずに受けて,広げ てしまうリスクは高まる.よって,感染症とわかって いる患者のみに院内感染対策を講じるのではなく,す べての患者を感染者と見なして対策を講じるスタン ダードプリコーションが重要となる.厚生労働省科学 研究班の研究成果では,ある歯科医師会に所属する歯 科医師のスタンダードプリコーションの理解率は, 年々上昇しているものの,いまだ 50%以下にとどまっ ている(図 1).意識改革は着実に進んでいるが,こ の理解率では,感染のリスクが解消されない. 3 ハンドピース交換の問題 2014年や 2016 年には,新聞やテレビなどのマスコ ミにおいて「ハンドピースの患者ごとの交換」が取り 上げられた.これは,国会でも 2002 年に取り上げら

 

歯科医療従事者における感染対策の意識改革

Awareness of infection control for dental health workers in dental office

国立感染症研究所 細菌第一部

泉 福 英 信

Hidenobu SENPUKU   *:新興感染症は,最近新しく認知され,局地的にある いは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症.再興 感染症は,既知の感染症で,既に公衆衛生上の問題 とならない程度までに患者が減少していた感染症の うち,近年再び流行し始め,患者数が増加したもの. 100 80 60 40 20 0 2006 2008 2010 2012 2014 2016 アンケート調査を行った年度 (%) ■聞いたことがない ■聞いたことがある ■理解している 21.5% 24.6% 37.5% 34.6% 40.3% 47.3% 割 合 図 1 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─スタンダードプリコーションとは何か知っています か?─

「歯科医療スタッフにおける感染予防対策の実際

─歯科医師,歯科技工士,歯科衛生士等の歯科医療従事者連携による院内感染対策─」

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208 日本歯科理工学会誌 Vol. 37 No. 4 れ,長年指摘されてきた問題である.インターネット によるニュースの拡散も影響し,その結果,2014 年 度以降急激にその実行率は上昇することになった(図 2).また 2018 年度には診療報酬の改定が行われ,施 設基準を満たす場合,初・再診料が各 3 点増加するこ とになった.これらの動きが歯科医療での感染対策の 進展につながることは間違いない.しかし,院内感染 対策は「ハンドピースの患者ごとの交換」だけではな く,その他にも多くの院内感染対策は存在し,これら の中には実行率が低いままの項目もある. 4 HIV 感染者に対する歯科治療 HIV感染患者に対する歯科医療においては,当該患 者を受け入れない歯科医師が多く問題化されている. 自分の歯科医院で,HIV 感染者の歯科治療を受け入れ ると答えた歯科医師は,2006 年度で 20.5%,2014 年 度で 23.7%,2016 年度で 30.7%と若干の上昇は認め られるが,大きな増加ではなかった(図 3).実際, 過去 3 年以内に HIV 感染者の歯科治療をしたことが あ る か?  と い う 質 問 で は,2010 年 度 で 12.4 %, 2014年度で 12.8%,2016 年度で 11.8%とほとんど増 加とは言えない(図 4).また,HIV 感染患者の歯科 治療を拒否することはモラル的によくないと思います か? という質問でも,2010 年度で 67.4%,2014 年 度で 69.6%,2016 年度で 73.8%と若干の上昇は認め られるものの大きな変化が認められなかった(図 5). HIV感染者の歯科治療により他の患者が来なくなりま す か?  と い う 質 問 で も,2010 年 度 で 61.8 % と, 2004年 度 の 68.0 % よ り も 若 干 減 少 し た が( 図 6), 2014年度で 65.0%,2016 年度で 61.0%と下降した. 総合的に若干の下降は認められるものの大きな変化で はなかった. これらの結果から,スタンダードプリコーションの 理解率やハンドピースの患者ごとの交換を行う歯科医 師の比率が上昇しているのに比べ,HIV 感染者の歯科 治療に関しての意識は改善しておらず,最も重要な知 識や行動が HIV 感染者の歯科治療に反映していない ことが明らかとなった.B 型肝炎や C 型肝炎ウイル ス感染症の患者に関しては,2016 年度でどちらの感 染症も歯科治療できると回答した歯科医師は 90%を 100 80 60 40 20 0 2006 2008 2010 2012 2014 2016 アンケート調査を行った年度 (%) ■交換していない ■感染症患者の時 ■時々交換 ■必ず交換 24.2% 25.9% 28.3% 30.9% 50.7% 56.7% 割 合 図 2 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─患者ごとハンドピースを交換しますか?─ 100 80 60 40 20 0 2006 2008 2010 2012 2014 2016 アンケート調査を行った年度 (%) ■■意思がない意思がある 20.5% 17.7% 17.3% 21.7% 23.7% 30.7% 割 合 図 3 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─自分の歯科診療所で HIV 感染者の歯科治療を受け入 れる機関─ 100 80 60 40 20 0 2006 2008 2010 2012 2014 2016 アンケート調査を行った年度 (%) ■■思わない思う 68.0% 67.7% 67.4% 70.3% 69.6% 73.8% 割 合 図 5 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─ HIV 感染者の歯科治療拒否はモラル的によくないと 思いますか?─ 100 80 60 40 20 0 2006 2008 2010 2012 2014 2016 アンケート調査を行った年度 (%) ■■ないある 6.1% 6.0% 12.4% 6.7% 12.8% 11.8% 割 合 図 4 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─過去 3 年以内に HIV 感染者の歯科治療をしたことが ある歯科医療機関─

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209 歯科医療従事者における感染対策の意識改革 越えたことから(図 7),HIV よりも感染力の強い B 型肝炎や C 型肝炎ウイルス感染症患者に対しての方 が,歯科治療できると考えていることになる.これは, 薬が開発された結果,進行を止められる病気になった HIV感染症に対する誤解や差別,偏見などの社会的な 背景が影響していることが考えられた. 5 その他の院内感染対策 防護用メガネを着用して診療していますか? とい う質問に対して,必ず着用しているという歯科医師は 2006年度で 37.1%,2014 年度で 40.0%,2016 年度で 43.8%と若干の上昇は認められるものの大きな変化が 認められなかった(図 8).グローブを着用して診療 していますか? という質問に対して,必ず着用して いるという歯科医師は 2006 年度で 66.5%,2014 年度 で 79.0%,2016 年度で 83.2%と,もともと高い率が さらに上昇する傾向が認められた(図 9).この質問 には,患者ごとにグローブを取り変えているか? と いう質問が含まれておらず,もしこの質問を加えたら 結果が異なってくることが考えられる.感染対策マ ニュアルを作成していますか? という質問に対し て,作成している歯科医師は,2006 年度で 20.8%, 2008年度で 41.2%と急激に上昇しているが,それ以 降は上昇せず,2016 年度で 47.4%と若干の上昇が起 こった(図 10).2007 年度の医療法の改正で,院内感 染防止マニュアルの作成が義務化された.それが 2006年から 2008 年の急上昇につながり,それ以降は 100 80 60 40 20 0 アンケート調査を行った年度 (%) ■■恐れない恐れある 69.0% 66.7% 61.8% 64.3% 65.0% 61.0% 2006 2008 2010 2012 2014 2016 割 合 図 6 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─ HIV 感染者の歯科治療により他の患者が来なくなる と思いますか?─ 100 80 60 40 20 0 アンケート調査を行った年度 (%) ■どちらも不可 ■C 型のみ可能 ■B 型のみ可能 ■どちらも可能 83.2% 86.6% 87.5% 86.7% 90.3% 82.0% 2006 2008 2010 2012 2014 2016 割 合 図 7 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─自分の歯科治診療所で B 型 C 型肝炎の歯科治療をど う思いますか?─ 100 80 60 40 20 0 アンケート調査を行った年度 (%) ■着用していない ■感染症患者の時 ■時々着用 ■必ず着用 37.1% 34.5% 34.1% 38.6% 40.0% 43.8% 2006 2008 2010 2012 2014 2016 割 合 図 8 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─防護用メガネを着用して診療していますか?─ 100 80 60 40 20 0 アンケート調査を行った年度 (%) ■着用していない ■感染症患者の時 ■時々着用 ■必ず着用 66.5% 67.0% 73.5% 73.0% 79.0% 83.2% 2006 2008 2010 2012 2014 2016 割 合 図 9 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─グローブを着用して診療していますか?─ 100 80 60 40 20 0 アンケート調査を行った年度 (%) ■■作成していない作成している 20.8% 41.2% 41.6% 40.3% 42.7% 47.4% 2006 2008 2010 2012 2014 2016 割 合 図 10 歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査 ─感染対策マニュアルを作成していますか?─

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210 日本歯科理工学会誌 Vol. 37 No. 4 マニュアル作成の機会がないせいか,明らかな上昇が なく経過していた. 口外バキュームを設置していますか? という質問 に対して, 2006 年度は 26.4%, 2008 年度は 32.3%, 2010年度は 36.2%, 2014 年度は 42.6%,2016 年度は 48.8%と上昇カーブを示していた(図 11).口外バ キュームは,2009 年 4 月から歯科外来診療環境体制 (外来環)加算に関する施設基準の一つになった.そ れが影響して,徐々に設置する歯科医師が増えたこと が考えられる.スタッフは B 型肝炎ワクチン接種を 受けていますか? という質問に対して,受けている 歯 科 医 療 機 関 は 2006 年 度 で 37.7 %,2012 年 度 で 41.1%,2016年度で 43.6%とわずかな上昇が認められ たが,大きな変動はなかった(図 12).スタンダード プリコーションの理解率や患者ごとのタービンヘッド の交換率の上昇は,スタッフに対する感染対策と関連 していない可能性が考えられた.この結果は,すべて の歯科医院に歯科衛生士がいるわけではないことも影 響しているかもしれない. 6 多剤耐性菌の問題 近年,多剤耐性菌の増加で抗生物質等の抗菌薬が効 かなくなり,感染症が重篤化する事例が増えている. これは,医療の発達と密接な関係がある.新薬が開発 されれば,それに対していずれ耐性菌が発生する. 近年,新薬の開発が進まなくなっている現状,従来 薬しかなければ,それらに対する耐性菌は増え抗菌薬 が効かなくなる.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA),バンコマイシン耐性腸球菌(VRE),カル バペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE),多剤耐性アシ ネトバクターなどが問題化されている.これらの感染 症では,抗菌薬を投与しても敗血症を起こしてしまう ため,医科と連携をして対処していかなければならな い.また歯科医療においても,むやみに抗菌薬を使う のではなく,必要な症例をしっかりと吟味し,使用し ていく必要がある. 7 おわりに スタンダードプリコーションの理解が様々な院内感 染対策に多大な影響を与えることは明らかになってい る 1).しかし,スタンダードプリコーションの理解率 の上昇による効果よりもマスコミの影響の方が院内感 染対策の充実に効果的であった.また,外来環の施設 基準に含まれた口外バキュームの設置や医療法改正時 の感染対策マニュアル作成など,医療政策にも効果が あった.一方,HIV 感染者に対する項目,防護用メガ ネの装着,スタッフへの B 型肝炎ワクチン接種など, 政策やマスコミの標的になりにくい項目は上昇率が鈍 い.よって,今回診療報酬の改定が行われたことで, 関連項目はもっと向上すると考えられる.しかし,本 来歯科医師自らの意志で,院内感染対策を取り入れて いくのが筋である.感染症や多剤耐性菌の現状を理解 して,今後歯科医師が院内感染対策をもっと積極的に 取り入れていくことを期待する. もっと知りたい読者のために

1) Tada A, Watanabe M, Senpuku H. Factors affecting changes in compliance with infection control practices by dentists in Japan. Am J Infect Control 2015;43 (1):95-97. 100 80 60 40 20 0 アンケート調査を行った年度 (%) ■■設置していない設置している 26.4% 32.3% 36.2% 35.1% 42.6% 48.8% 2006 2008 2010 2012 2014 2016 割 合 図 11 歯科医療機関における院内感染対策アンケート 調査 ─自分の歯科医院に口外バキュームを設置していま すか?─ 100 80 60 40 20 0 アンケート調査を行った年度 (%) ■■受けていない受けている 37.7% 39.1% 42.9% 41.1% 42.1% 43.6% 2006 2008 2010 2012 2014 2016 割 合 図 12 歯科医療機関における院内感染対策アンケート 調査 ─スタッフは B 型肝炎ワクチン接種を受けています か?─

参照

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