21 世 紀 社 会 デ ザ イ ン 研 究 科 ・ 教 授 自然
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(2) ※ ホームページ等で公表します。 (様式2-1) 立教SFR-院生-報告. 研究成果の概要(図・グラフ等は使用しないこと。) 以 下 で は 、「 1 . 研 究 資 金 の 使 途 」「 2 . 研 究 成 果 」「 3 . 活 用 」 の 順 で 研 究 成 果 の 概 要 説 明 をする。. 1.研究資金の使途 ①国会図書館憲政資料室及び国立公文書館所蔵の資料複写 国 会 図 書 館 憲 政 資 料 室 で は 『 宝 珠 山 昇 関 係 文 書 』 と 『 海 原 治 関 係 文 書 』、 国 立 公 文 書 館 では『防衛庁史資料』を主に利用し、特に必要な文書については複写した。 『宝珠山昇関係文書』と『海原治関係文書』は、ともに防衛官僚による文書であり、近 年 公 開 さ れ 始 め た 防 衛 政 策 研 究 に お け る 第 一 級 資 料 で あ る 。『 防 衛 庁 史 資 料 』 は 、 防 衛 庁 (現・防 衛省)か ら 移管され た文書 であ り、防衛 庁内の 意思 決定機関 である 防衛 庁参事官 会議の議事要録などが含まれている。 ②各種オーラル・ヒストリーの入手 当事者 らの証 言録 であるオ ーラル・ヒ ストリー につい ては 、複写を 行なっ た 。その主な 対 象 は 、イ ン タ ー ネ ッ ト 上 で 公 開 さ れ て い な い 政 策 研 究 大 学 院 大 学 や 防 衛 省 防 衛 研 究 所 に よ る も の で あ る 。例 え ば 、政 策 研 究 大 学 院 大 学 C . O . E . オ ー ラ ル・政 策 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト『 大 賀 良 平 ( 元 海 上 幕 僚 長 ) オ ー ラ ル ・ ヒ ス ト リ ー 』 1 ・ 2 ( 政 策 研 究 大 学 院 大 学 、 2 0 0 5 年 )、 防 衛 省 防 衛 研 究 所 戦 史 研 究 セ ン タ ー 編 『 冷 戦 期 の 防 衛 力 整 備 と 同 盟 政 策 』 3( 防 衛 省 防 衛 研 究 所 、 2014 年 ) な ど が 挙 げ ら れ る 。 ③書籍の購入 購入し た書籍 は、大きく 2 つに分 類出 来る。第 1 に、資料 関係であ り、中曽 根 康弘『日 本 の フ ロ ン テ ィ ア 』( 恒 文 社 、 1 9 6 6 年 )、 長 谷 川 和 年 『 首 相 秘 書 官 が 語 る 中 曽 根 外 交 の 舞 台 裏 』( 朝 日 新 聞 出 版 、 2 0 1 4 年 )、 楠 田 実 編 著 『 佐 藤 政 権 ・ 二 七 九 七 日 』 上 ・ 下 ( 行 政 問 題 研 究 所 出 版 局 、1983 年 )と い う 回 顧 録 な ど で あ る 。ま た 、毛 里 和 子 ・ 毛 里 興 三 郎 訳『 ニ ク ソ ン 訪 中 機 密 会 談 録 』( 名 古 屋 大 学 出 版 会 、 2 0 0 1 年 ) と い う 会 談 録 も 購 入 し た 。 第 2 に 、 関 係 す る 研 究 で あ る 。 例 え ば 、 波 多 野 澄 雄 編 著 『 冷 戦 変 容 期 の 日 本 外 交 :「 ひ よ わ な 大 国 」 の 危 機 と 模 索 』( ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 、 2 0 1 3 年 )、 増 田 弘 編 著 『 ニ ク ソ ン 訪 中 と 冷 戦 構 造 の 変 容 』( 慶 應 義 塾 大 学 出 版 会 、 2 0 0 6 年 )、 千 々 和 泰 明 『 変 わ り ゆ く 内 閣 安 全 保 障 機 構 』( 原 書 房 、 2 0 1 5 年 ) な ど で あ る 。 そ の ほ か に は 、 ナ シ ョ ナ リ ズ ム に 関 係 す る 研 究 と し て 、 大 澤 真 幸 ・ 姜 尚 中 編 『 ナ シ ョ ナ リ ズ ム 論 ・ 入 門 』( 有 斐 閣 ア ル マ 、 2 0 0 9 年 ) や 大 澤 真 幸 編 『 ナ シ ョ ナ リ ズ ム 論 の 名 著 5 0 』( 平 凡 社 、 2 0 0 2 年 ) な ど も 購 入 し た 。. 2.研究成果 本 研 究 の 目 的 は 、以 下 の 3 点 を 明 ら か に す る こ と で あ る 。第 1 に 、中 曽 根 の 政 治 信 念 と も い え る「 ナ シ ョ ナ リ ズ ム 」が い か な る も の で あ り 、彼 が 何 を 目 指 し た の か で あ る 。彼 は 、 占 領 期 か ら 自 主 憲 法 の 制 定 や「 対 米 従 属 」姿 勢 の 是 正 を 唱 え 、防 衛 庁 長 官 就 任 の 直 前 の 1 9 6 0 年代後半には日米安保条約の再改定を主張していた。中曽根の「ナショナリズム」とは、 あくまでも「対米自主」という観点から、捉えられるべきなのだろうか。それならば、な ぜ 「 非 核 中 級 国 家 」 を 理 想 像 し て 掲 げ た の だ ろ う か 。「 対 米 自 主 」 を 政 治 信 念 と す る な ら ば、軍事面においても「大国」を目指すのが自然である。 第 2 に、中曽根の考え方がどのように当時の安全保障政策に反映したのか(あるいは反 映しなかったのか)を実証的に分析する。中曽根は長官として多くのことを提唱し、防衛 力増強を 強く印 象付 ける 新防 衛力整 備計 画も発表 した。本研 究では、彼の「ナ シ ョナリズ ム」が、防衛力整備計画ではなく「非核中級国家」などの構想に反映したと考え、その点 を明らかにする。.
(3) ※ ホームページ等で公表します。 (様式2-2) 立教SFR-院生-報告. 研究成果の概要. つづき. 第 3 に、中曽根の構想が、彼の長官退任後における日本の安全保障政策へいかなる影 響を残したのか(あるいは残さなかったのか)を解明する。中曽根が掲げた構想は、結 果的に実現せず、全て失敗と捉えられてきた。だが、彼が唱えた「専守防衛」のみは今 日 に 至 る ま で 継 承 さ れ て お り 、 こ れ は 防 衛 力 強 化 と は 相 反 す る も の で あ る 。 最 後 に 、「 専 守防衛」が引き継がれていった要因について、分析する。 以上の点を目的した本研究では、次のことを明らかに出来た。第 1 の点に関して、中 曽根は経済大国でありながらも軍事的には中級であるという世界的に珍しい国家像を掲 げ、その点にナショナリズムを求めたといえる。経済大国化が軍事大国へと成長するこ とは歴史的にも自然であるため、戦後日本の安全保障政策を抑制的なものとし、世界の 逸 脱 事 例 を 試 み た の で あ る 。そ し て 、そ の 制 限 さ れ た 安 全 保 障 政 策 を 、 「 専 守 防 衛 」や「 非 核中級国家」などのかたちで明確化し、国論が二分する状況下で国民的合意を取り付け る、すなわち国をまとめようとしたといえる。 次に、第 2 の点についてである。中曽根は、防衛庁長官在任中に「自主防衛 5 原則」 や 「 専 守 防 衛 」、「 非 核 中 級 国 家 」 を 提 唱 し 、「 国 防 の 基 本 方 針 」 改 定 、『 防 衛 白 書 』 刊 行 、 外交・防衛連絡会議の設置などの動きをみせた。また、策定中であった 4 度目の防衛力 整備計画である第 4 次防衛力整備計画(4 次防)は、中曽根の意向によって「新防衛力 整備計画」と改名され、彼が防衛力の内容まで主導したと指摘されている。だが、防衛 力整備計画の策定は前長官である有田喜一の時代から続いており、中曽根が強い指導力 を 発 揮 し た わ け で は な か っ た 。 む し ろ 、 彼 の 「 ナ シ ョ ナ リ ズ ム 」 は 、「 自 主 防 衛 5 原 則 」 などに反映されたと考えられる。中曽根は、提唱したそれらを国民の間に定着させ、そ れまで不明瞭であった日本の安全保障政策における原則を明確にしようとしたのであ る。 最 後 に 第 3 の 点 で あ る 。上 述 の 通 り 、中 曽 根 は 様 々 な 提 案 を し た が 、 「自主防衛 5 原則」 と 「 非 核 中 級 国 家 」 は 定 着 せ ず 、「 国 防 の 基 本 方 針 」 改 定 は 頓 挫 し 、『 防 衛 白 書 』 の 刊 行 は 1 度 き り と な り ( 再 開 す る の は 1976 年 で あ り 、 そ の 後 、 現 在 に 至 る ま で 『 防 衛 白 書 』 の 刊 行 は 続 い て い る )、 外 交 ・ 防 衛 連 絡 会 議 も 中 曽 根 の 防 衛 庁 長 官 退 任 後 に 霧 散 し た 。 唯 一残った専守防衛は、日本の防衛政策における基本的姿勢として今日まで続いている。 専守防衛は、中曽根が主導して発刊した『防衛白書』によって一般化したといえ、それ までは「専守防御」や「戦略守勢」との言葉が時折用いられるのみであり、同種の概念 は日本の安全保障政策において確立していなかった。専守防衛は、軍事用語である「専 守 防 御 」や「 戦 略 守 勢 」と 異 な り 、政 治 的 に 生 み 出 さ れ た 用 語 、つ ま り 造 語 で あ る た め 、 関係者の間で必ずしも詳細に検討が加えられ、定義付けされたわけではない。しかし、 日本の防衛政策における基本的姿勢が不明確であったこと、そして抑制的な印象を持つ ため、中曽根の長官退任後も用いられ続けた。その意味で、成功した中曽根構想は「専 守防衛」の定着だけだったといえる。. 3.活用 本研究助成によって入手した文献や史資料の一部を博士論文「戦後日本の防衛政策史 1 9 6 9 ~ 1 9 7 6 年:防 衛 大 綱 に 至 る 過 程 を 中 心 に 」の 執 筆 に 用 い 、同 博 士 論 文 に よ っ て 2 0 1 5 年 3 月に博士号を取得した。. ※この(様式2)に記入の成果の公表を見合わせる必要がある場合は、その理由及び差し控え期間等 を記入した調書(A4縦型横書き1枚・自由様式)を添付すること。.
(4) ※ ホームページ等で公表します。 (様式3) 立教SFR-院生-報告. 研究発表 (研究によって得られた研究経過・成果を発表した①~④について、該当するものを記入してください。該当するものが多い 場合は主要なものを抜粋してください。 ) ①雑誌論文(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ) ②図書(著者名、出版社、書名、発行年、総ページ数) ③シンポジウム・公開講演会等の開催(会名、開催日、開催場所) ④その他(学会発表、研究報告書の印刷等). 本研究助成によって入手した文献や史資料の一部を博士論文「戦後日本の防衛政策史 1 9 6 9 ~ 1 9 7 6 年 : 防 衛 大 綱 に 至 る 過 程 を 中 心 に 」の 執 筆 に 用 い た 。同 博 士 論 文 に よ り 、2 0 1 5 年 3 月に博士号を取得した。今後は博士論文を単著として刊行し、同書において本研究の 成果を盛り込む予定である。.
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