判例研究
特許法 35 条 3 項の「相当の対価」の 譲渡所得該当性
與 谷 直欧人
はじめに 第1 本判決の判旨等
1 事業の概要 2 争点と当事者の主張
3 裁判所の判断
第2 「一時に実現した所得」であることの要否 1 本判決の見解の整理
2 譲渡所得の本質との関係(根拠①)
3 譲渡所得の金額の計算方法との関係(根拠②)
4 まとめ おわりに
はじめに
会社の従業員が職務発明(特許法 35 条 1 項)に当たる発明をし、当該職務発明 について特許を受ける権利を得た場合に、会社が契約または勤務規則等に基づき、
当該従業員から当該特許を受ける権利を承継することがある(同条 3 項) 。この場 合に、当該従業員は「相当の対価」の支払を受ける権利を取得するが(同項) 、実 際には、当該会社が定める規程に基づき、一定の事由が生じるごとに所定の金額 の報奨金が支払われることが一般的なようである。もっとも、従業員がこれらの 報奨金の合計額では「相当の対価」に満たないと考える場合、当該従業員が当該 会社を相手方として、 「相当の対価」 (の残額)を請求する訴訟を提起して、判決 または和解によりその支払を受けることがある
(1)。
(1) 最判平成 15 年 4 月 22 日民集 57 巻 4 号 477 頁(いわゆるオリンパスピックアップ装置事件)は、
会社等の使用者が定めた規則に基づく報奨金の額が「相当の対価」の額に満たない場合に、従 業員が特許法 35 条 3 項を根拠として、その不足額の支払を使用者に対し請求することを認めて いる。
では、このように判決または和解により支払われた「相当の対価」 (の残額)に 係る所得は、譲渡所得(所得税法 33 条 1 項)に当たるのだろうか。特許法 35 条 3 項の文言を素直に読めば、この「相当の対価」は特許を受ける権利を会社に承 継させたことの対価のように思われる。しかし実際には、承継時点でこの「相当 の対価」を算定することは困難とされており、そのために上記のとおり報奨金の 方式での支払が一般に行われている。そうすると、ある 1 つの特許を受ける権利 の譲渡(承継)によって、複数の年にわたって金銭が支払われることになるが、
このような場合にも、最後に(判決または和解により)支払われた「相当の対価」
(の残額)に係る所得はなお譲渡所得といえるのであろうか。
この問題について、大阪地判平成 23 年 10 月 14 日裁判所ウェブページ行政事件 裁判例(以下、 「本判決」という。 )およびその控訴審大阪高判平成 24 年 4 月 26 日裁判所ウェブページ行政事件裁判例(以下、 「控訴審判決」という。 )は、譲渡 所得の要件に関する注目すべき判断を示している。本稿では、本判決を検討する ことで、譲渡所得の要件に関する問題を考察する。
第1 本判決の判旨等 1 事案の概要
原告・控訴人(以下、 「X」という。 )は、昭和 58 年に職務発明にあたる発明(以 下、 「本件発明」という。 )をした。Xの当時の勤務会社(以下「A社」という。 )は、
発明考案取扱規定(以下「本件取扱規定」という。 )に基づいて、本件発明につい て特許を受ける権利(以下、 「本件特許を受ける権利」という。 )をXから取得した。
A社は、この取扱規定に従って、昭和 58 年から平成 17 年までの間に 16 回にわた り、ロイヤリティ報奨金として合計 163 万 1300 円をXに対し支払った。
しかし、Xは、この報奨金の額は特許法(平成 16 年法律第 79 号による改正前
のもの。以下、特に明示しない限り「特許法」は上記改正前のものを指す。 )35
条 3 項にいう「相当の対価」の額に満たないとして、平成 17 年 7 月 5 日に別件訴
訟を提起し、5339 万 2003 円及び遅延損害金の支払いを求めた。その後、平成 18
年 6 月 7 日に、A社がXに「考案にかかる権利の譲渡の対価」として 3000 万円を
支払うという内容の訴訟上の和解が成立した。A社は、この和解に基づき、同月
26 日に 3000 万円(以下、 「本件和解金」という。 )を支払った。
Xは、平成 19 年 3 月 15 日、本件和解金に係る所得を雑所得として申告したが、
同年 12 月 17 日、本件和解金は職務発明等に係る特許を受ける権利の譲渡に基づ くものであって長期譲渡所得に当たるとして
(2)、更正の請求をした。しかし、所 轄税務署長は、本件和解金は雑所得に当たり譲渡所得には当たらないとして、更 正すべき理由が無い旨の通知処分(以下、 「本件通知処分」という。 )をした。Xは、
異議申し立て、審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、平成 21 年 9 月 15 日に国(被告・被控訴人、以下「Y」という。 )を相手方として本件通知処分の取 消を求める訴え(以下、 「本件訴訟」という。 )を提起した。
2 争点と当事者の主張 ⑴ 争点
本件の争点は、本件和解金が譲渡所得に当たるか否かである。
なお、本件特許を受ける権利の承継時期についても争われているが、これは事 実認定に関する争いであり、本稿では譲渡所得の要件に関する争点を検討の対象 とするため、本件特許を受ける権利の承継時期については本判決の認定に従い、
昭和 58 年 11 月 25 日時点で権利の承継が生じたものとして検討する。
� Xの主張
Xは、本件和解金が譲渡所得に当たると主張した。その理由は、以下のように まとめることができる。
ア Xは、発明をした従業者等が使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を 承継させたときは、特許法 35 条 3 項に基づき相当の対価支払請求権を取得する と述べた上で、当該請求権に基づいて取得した金銭は、権利の承継による対価 であると主張した。
このとき、特許を受ける権利という資産の性質上、権利の承継時に相当の対
(2) 所得税法 33 条 3 項 1 号 2 号および所得税法施行令 82 条により、「自己の研究の成果である特 許権、実用新案権その他の工業所有権」の譲渡による所得は長期譲渡所得とされ、その所得金 額の 2 分の 1 のみが総所得金額に算入される(所得税法 22 条 2 項 2 号)。なお、特許を受ける 権利の譲渡が「自己の研究の成果である特許権、実用新案権その他の工業所有権」の譲渡と同 様に扱われることについては、広島国税局審理官回答による平成 17 年 10 月 3 日付「職務発明 に係る報奨金の所得税の取扱いについて」(国税庁ウェブページ掲載)参照。
価を見積もることが困難であるがゆえに、社内規則等に基づいていくらかの報 奨金を取得した場合であっても、後日、当該報奨金が相当の同項に規定してい る相当の対価に満たないときは、 相当の対価支払請求権を行使して「相当の対価」
の支払を求めることができると主張している。
イ このことを前提に、Xは、本件和解金は同項に基づいて取得した相当の対価 支払請求権の行使によって取得したものであるから、譲渡所得に該当すると主 張した。Xはまた、相当の対価支払請求権は、特許を受ける権利の承継時には 総額も請求時期も決まっていなかった抽象的な債権であったが、そのような抽 象的な権利を本件和解によってXの支配から離脱させる対価として、XはA社 に対する具体的な請求権を取得したのであるから、本件和解金は、その抽象的 な相当の対価支払請求権の譲渡の対価であって、この点からも譲渡所得に該当 すると主張した。
� Yの主張
Yは、本件和解金が雑所得に当たると主張した。その理由は、以下のようにま とめることができる。
ア Yはまず、譲渡所得の本質が、保有資産の価値の増加による増加益を所得と して、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算 して課税する趣旨のものであると指摘した。
Yはその上で、特許法 35 条 4 項が相当の対価の算定に当たり考慮すべき要素 として、使用者が受けるべき利益の額や使用者が貢献した程度を挙げているこ とを挙げ、 「使用者が貢献した程度というのは当該発明そのもののみならず、当 該発明が収益を上げるに当たって貢献したものも含まれていると解されている」
と指摘し、 「特許権の行使によって使用者が受けるべき利益のうち、特に経済的 価値が大きいものは、特許権を実施して計上する利益、又は他者に実施許諾を して得る実施料の受領による利益である。 」と述べて、同条 3 項の「相当の対価」
が特許実施後の実施権行使によって得られた収益に関する利益分配の実質を有 していると主張した。
なおYは、相当の対価の法的性質について、特許を受ける権利の承継を取引
とみて取引目的物の「代金」と解する説ではなく、従業員の職務発明へのイン
センティブを促進するために法が特別に政策的に認めた法定債権であるとする 説が多数説であると指摘し、上記のように解することがこの多数説にもよく符 合すると主張した。
イ Yはまた、 「相当の対価」支払請求訴訟における「相当の対価」の算定に当た っては、特許を受ける権利等を使用者に承継させた後の、使用者が特許権を排 他的独占的に実施して得た利益を基礎として、使用者等が貢献した程度等が考 慮されているものといえると指摘した。
さらに、本件和解金についても、別件訴訟において、本件特許を受ける権利 を譲渡した後の特許開始からのロイヤリティ収入やクロスライセンス収入の額 が争われ、その結果として本件和解金の額が定められたと指摘し、本件和解金は、
特許を受ける権利を使用者に承継させた後に、当該使用者が特許を受ける権利 を独占的に使用することによって生み出された利益を基礎に算定したものであ るから、本件特許を受ける権利の譲渡代金と同視することはできないと主張し た。
ウ Yは、これらの理由から、本件和解金について、Xが資産である本件特許を 受ける権利を所有していた期間中の同権利の増加益として算定されたものであ ると評価することはできないと指摘して、本件和解金が譲渡所得に当たらない と主張した(その上で、本件和解金が雑所得以外のどの所得にも当たらないと して、雑所得に当たるとした) 。
エ Yはさらに、①Xが主張するように、特許を受ける権利の譲渡時から相当期
間経過した段階で「相当の対価」として支払われた金銭を譲渡所得とすること
は、課税処分についての期間制限(国税通則法 70 条)や徴収権の消滅時効(同
法 72 条 1 項・73 条 3 項)との関係で、事実上、法令上の規定のない非課税所
得を生じさせるに等しい結果となり到底是認できないと指摘し、また、②特許
を受ける権利等が承継された後に支払われる金員等を含めて「相当の対価」が
確定した時点をもって、 「相当の対価」の確定額を譲渡所得として計上すること
とすると、 「相当の対価」の総額が終局的に確定しなければ譲渡所得として確定
することができなくなり、このような結論が租税の徴収を確保し、納税者間の
公平を維持するという所得税法の趣旨に反する上、法的安定性をも害するもの
であることは明らかであると主張した。
さらに、③現行法は、 「譲渡所得について、譲渡代金が定まらないまま、その 一部の支払いを受けた都度課税するという事態は想定しておらず、そのような ものは譲渡所得とは考えていない」と主張した。
3 裁判所の判断
本判決は、次のとおり述べて、本件和解金が譲渡所得に当たらず雑所得に当た ると判断し、本件通知処分を適法と判断した。なお、控訴審判決も、控訴審での Xの追加主張に対する判断を加えたほかは、本判決を引用して支持し、Xの控訴 を棄却した。ここでは本判決の判断を取り上げる。
⑴ 譲渡所得の要件について
本判決は、譲渡所得の本質について、Yの主張と同様に、 「資産の値上がりによ りその資産の所有者に帰属する増加益(キャピタルゲイン)を所得として、その 資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する 趣旨のもの」と述べた。
また、本判決は、同一の原因に基づく譲渡所得が複数年度にわたる場合におけ る取得費、譲渡費用および特別控除額(所得税法 33 条 3 項、4 項)の控除の方法 が規定されていないこと、ならびに、仮に複数年度にわたり取得費等が控除され るとすれば、二重控除となり課税の公平を害する不合理な結果となることを指摘 し、 「所得税法は、そもそも、同一の原因に基づく譲渡所得が複数年度にわたり計 上されることを想定していないと解するのが合理的である。 」と述べた。
これらのことを理由として、本判決は、 「ある所得が譲渡所得に該当するために は、その所得が『当該資産の増加益が所有者の支配を離れる機会に一挙に実現し たもの』であること、すなわち、資産の所有権その他の権利が相手方に移転する 機会に一時に実現した所得であることを要すると解するのが相当である。 」と判示 した。
� 本件和解金(「相当の対価」)に係る所得の実現時期
本判決は次に、本件和解金が本件職務発明に係る特許法 35 条 3 項の「相当の対
価」として支払われたものであることを踏まえて、この「相当の対価」に係る所
得の実現時期について検討した。
本判決はまず、特許法 35 条 3 項、4 項の文言に照らすと、 「相当の対価支払請 求権は、理論上、特許を受ける権利等を承継させたときに発生するものと解され る。 」と判断した。
しかし、 「特許を受ける権利等の承継時においては、そもそもその特許を受ける 権利(職務発明)につき特許出願がされるのかどうか、特許出願をした場合に特 許が付与されるかどうかなどは不確定であり、特許が付与されたとしても、現実 に使用者が得る利益は、当該使用者の資本、設備、営業能力、経営判断、その時々 の景気、需要者の嗜好の変化、代替技術の出現等によって大きく左右されるから、
実際には、特許を受ける権利等の承継時に『相当の対価』の額を的確に算定する ことは極めて困難である」と指摘した。
そして、 「このような『相当の対価』の算定の困難性に照らすと、特許を受ける 権利等が承継された時(相当の対価支払請求権が発生した時)においては、その 機会に現実に金銭が支払われた(又は将来支払われる具体的な金額が確定してい る)部分を除き、当該特許を受ける権利等の承継に係る『相当の対価』につき所 得が実現したと評価することはできない。 」と判示した。
その上で、このことを本件に当てはめると、 「本件職務発明に係る特許法 35 条 3 項の『相当の対価』については,出願報奨金として原告に支払われた 1000 円を 除き,本件特許を受ける権利が承継された機会において所得が実現したというこ とはできないから,本件職務発明に係る『相当の対価』として支払われた本件和 解金についても,本件特許を受ける権利が承継された機会において所得が実現し たということはできない」と判示し、本件和解金に係る所得は譲渡所得に当たら ないと結論づけた。
第2 「一時に実現した所得」であることの要否 1 本判決の見解の整理
本判決(およびこれを引用した控訴審判決)は、ある所得が譲渡所得に当たる
ための要件として、その所得が資産の所有権その他の権利が相手方に移転する機
会に一時に実現した所得であることを要すると判示した。その理由として挙げた
のは、大きく分けると次の 2 点である。
① 譲渡所得の本質が、 「資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増 加益(キャピタルゲイン)を所得として、その資産が所有者の支配を離れて 他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のもの」であること。
② 譲渡所得の金額の計算上総収入金額から控除されるべき資産の取得費等の 費用について、同一の原因から複数年度にわたって譲渡所得が生じる場合の 控除方法が定められておらず、所得税法が同一の原因に基づく譲渡所得が複 数年度にわたり計上されることを想定していないと解されること。
これに対し、特に①の点を理由として「一時に実現した所得」という要件を求 めることに異論を唱える見解もみられる。そこでまず、①の点を検討する。
2 譲渡所得の本質との関係(根拠①)
⑴ 増加益清算課税説
譲渡所得の本質についての上記①の説明は、増加益清算課税説と呼ばれる考え 方であり、 最判昭和 43 年 10 月 31 日訟月 14 巻 12 号 1442 頁 (以下、 「昭和 43 年判決」
という。 ) 、最判昭和 47 年 12 月 26 日判決訟月 19 巻 1 号 91 頁などの判例が採って いる見解である。譲渡所得は、本来、資産の譲渡の対価によって得た利益(譲渡益)
を所得として課税しているのではなく、資産の取得時から譲渡時までに生じた保 有資産の価値の増加部分を所得として課税するものということである
(3)。すなわ ち、譲渡の時点(つまり、これ以降は所有者の手許で資産の価値が変動しないこ とになる時点)で保有資産の価値の増加益を一時に清算するのが、譲渡所得課税 である。
この本質からいえば、資産の譲渡があれば、それが有償であるか無償であるか を問わず、保有資産の価値の増加益に対し譲渡所得課税がされることになる
(4)。 実際にも、一定の無償譲渡についてはみなし譲渡課税がされているが(所得税法 59 条 1 項 1 号) 、昭和 43 年判決は、このようなみなし譲渡課税が許される理由に ついて、 「対価を伴わない資産の移転においても、その資産につきすでに生じてい る増加益は、その移転当時の右資産の時価に照らして具体的に把握できるもので
(3) 金子宏『租税法』221 頁(弘文堂、第 17 版、2012)。同様の説明をする文献として、佐藤英明『ス タンダード所得税法』83 頁(弘文堂、補正 2 版、2011)、清永敬次「譲渡所得の意義」別冊ジュ リスト 79 号 71 頁(1983)。
(4) 清永・前掲注 (3)70 頁。
あるから、同じくこの移転の時期において右増加益を課税の対象とするのを相当 と認め、資産の贈与、遺贈のあつた場合においても、右資産の増加益は実現され たものとみて、これを前記譲渡所得と同様に取り扱うべきもの」であることを挙 げている。
� 「実現」を要件とすることに対する異論
本判決が譲渡所得の本質に関する増加益清算課税説を前提に、譲渡所得の要件 として「一時に実現した所得」であることを要求したことに対し、伊川正樹准教 授は次のように異論を示している。
ア 伊川准教授は、譲渡所得の性質と実現との関係に着目し、次のとおり述べて いる
(5)。
「現行所得税法の譲渡所得に対する取扱は、増加益の発生時点では課税を行わ ず、 譲渡時に一括して課税する方法を採用している。このしくみを前提とすれば、
譲渡所得として課税の対象とされている利益は、譲渡時に一挙に実現するもの であるといえる。しかし、譲渡所得の本質は保有期間中の資産の増加益である ことからすれば、立法政策上、譲渡以外のタイミングで課税することもありう ることから、譲渡所得の性質自体に実現という要素が含まれているということ はいえないだろう。 」
イ さらに、伊川准教授は、譲渡所得の性質上、実現という要素が不可欠か否か について以下のように検討している
(6)。
現行法の仕組みからすれば、譲渡所得は、増加益が譲渡時に一時に実現する から、実現とは深い関係にあるが、これは課税の仕組みが実現の要素を不可欠 とするもので、譲渡の性質にかかわるものではないと述べている。そのことを まとめて、 「両者の関係を整理すれば、現行所得税法上、譲渡所得として課税さ れる所得はすべて譲渡時に一時に実現したものであるが、その逆の命題として、
譲渡時に一挙に実現したもののみが譲渡所得の性質を有する、ということはい えないのである。 」と主張している。
(5) 伊川正樹「譲渡所得における実現の意義と譲渡所得の性質」名城法学 62 巻 2 号 18 頁(2012)。 (6) 伊川・前掲注 (5)20-21 頁。
� 「実現」を要件とすることの妥当性
ア 実現とは、一般に「金銭その他の換価可能な経済的価値の、外部からの流入」
と定義される
(7)。
そうすると、譲渡所得の本質からすれば、無償での資産の譲渡の場合すなわ ち「金銭その他の換価可能な経済的価値の、外部からの流入」が無い場合であ っても譲渡所得課税は生じるのであるから、たしかに、譲渡所得の要件として
「実現」という要素を読み込むことは、譲渡所得の本質にはそぐわないことにな るだろう。この点では、伊川准教授の指摘は正当といえる。
イ しかし、現行の所得税法の下では、原則として、資産の譲渡による収入があ る場合に、譲渡所得課税が行われることとされている(所得税法 30 条 3 項) 。 つまり、有償での譲渡であって初めて譲渡所得課税が生じるというのが、現行 所得税法での原則である。所得税法がこのように譲渡所得課税の対象を実現し た経済的利益としている理由については、 「この実現によって、保有利得が市場 を通じて客観的に算定され、かつ、納税者は納税資金を得ることができる」か らであると説明されている
(8)。
この現行法の基本的な課税の仕方と、⑴で触れた譲渡所得の本質との整合性 について、昭和 43 年判決は、 「その資産の移転が対価の受入を伴うときは、右 増加益は対価のうちに具体化される」と説明している
(9)。すなわち、増加益は 譲渡益に置き換えられたものであるということである。
そうだとすると、増加益が一時に清算されて譲渡所得課税の対象となるので あるから、この増加益が譲渡益に置き換えられた場合、その譲渡益も一時に課 税されることが予定されているといえるだろう。そうであれば、譲渡所得の要 件として譲渡の機会に一時に実現した所得であることを求めることは、不合理 ではないと考えられる。
(7) 金子宏「租税法における所得概念の構成」同『所得概念の研究』74 頁(有斐閣、1995)。 (8) 岡村忠生「譲渡所得の意義」別冊ジュリスト 120 号 60 頁(1992)。
(9) 谷口勢津夫『税法基本講義』282 頁(弘文堂、第 3 版、2012)および水野忠恒『租税法』203 頁(有 斐閣、第 5 版、2011)の譲渡所得の本質に関する説明は、譲渡所得の本質は増加益と認めつつ も、現在の所得税法が譲渡益に対する課税を原則としているということを取り込んで(すなわち、
昭和 43 年判決の「その資産の移転が対価の受入を伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化 される」という判示を取り込んで)、実現した所得に対する課税であると述べていると解される。
同旨の判例として、最判平成 18 年 4 月 20 日訟月 53 巻 9 号 2692 頁参照。
ウ もちろん、このような現行法の仕組みとの関係については、伊川准教授も私 見と同趣旨と思われる指摘をしており(上記⑵イ) 、ここでの問題は、譲渡所 得の本質に即して考えるべきか(伊川准教授) 、それともその本質を踏まえつつ、
現行所得税法における譲渡所得課税の仕組みも勘案して考えるべきか、そのど ちらが適切かということだといえるだろう。
筆者は、後者の方がより適切なのではないかと考える。その理由は、この譲 渡所得の要件に関する論点が、現行所得税法における譲渡所得の要件を問う問 題であって、そうである以上、現行所得税法における譲渡所得課税の仕組みを 離れてその本質のみから考えることは、あまり適切ではないと考えるからであ る。
3 譲渡所得の金額の計算方法との関係(根拠②)
⑴ 所得税法 33 条 3 項は、譲渡所得の金額の計算について、総収入金額から「当 該所得の基因となった資産の取得費」 (取得費)および「その資産の譲渡に要し た費用」 (譲渡費用)の額の合計額を控除し、その残額の合計額(譲渡益)から 譲渡所得の特別控除額を控除した金額とすると規定している。
本判決が指摘するように、同項は、同一の資産の譲渡により複数年にわたっ て譲渡所得に当たる経済的利得が生じることを、想定していないと考えられる。
もしこの点を想定していたのであれば、これらの複数年にわたる経済的利得に ついて取得費や譲渡費用、特別控除額の控除をどのように行うべきか、その基 本的な準則を定めていたはずである(課税の公平の確保や、課税現場での無用 の混乱を避けるためにも、この点に関する準則は不可欠といえるだろう) 。 また、同項以外に、譲渡所得の金額の計算についての一般的な準則を定めた
規定は見当たらない。
譲渡所得の要件として, その所得が資産の譲渡の機会に「一時に実現した所得」
であることを求めることは、このような譲渡所得の金額の計算方法とも合致す るといえるだろう。
� これに対し、伊川准教授は、譲渡所得該当性の判断基準について、 「資産の譲
渡と譲渡の対価の支払いという事実の因果関係が問われるのであって、両者の
間にどの程度の間隔が空いているとか、対価の支払い方法がどのようなものか
ということは直接の影響を及ぼさない」と述べ
(10)、本件のように、資産を譲 渡してから対価を受け取るまでの期間が長期間を要したからといって、資産の 譲渡による所得の性質が失われるわけではないと説明している
(11)。
この見解に立てば、同一の資産の譲渡から複数年にわたって複数回譲渡所得 が生じることも、理論上はありうると考えることになると思われる。ある所得 が譲渡所得に当たるか否かは、 「資産の譲渡と譲渡の対価の支払いという事実の 因果関係」の有無のみで判断されるのであるから、たとえば、本件でのロイヤ リティ報奨金や本件和解金にこの因果関係が認められるのであれば、これらが 異なる年に支払われたものであってもすべて、譲渡所得に当たることになると 考えられる
(12)。
たしかに、譲渡所得が「資産の譲渡……による所得」であると定義されてい ることからすれば(所得税法 33 条 1 項) 、このような考え方もあり得るとはい えるだろう。しかし、⑴で述べたとおり、少なくとも現行所得税法の定める譲 渡所得の金額の計算方法をみる限りは、同一の資産の譲渡により複数年にわた って譲渡所得が生じるということは想定されていないと考えざるをえないだろ う。現行法の解釈として、資産の譲渡の機会に「一時に実現した所得」であると の要件を不要とすることは、難しいのではないかと考える。
4 まとめ
以上により、本判決が譲渡所得の本質(根拠①)および譲渡所得の金額の計算 方法(根拠②)を基に、譲渡所得の要件としてその所得が資産の譲渡の機会に「一 時に実現した所得」であることを求めたことは、現行法の解釈としては正当とい わざるをえないと考える。
(10) 伊川・前掲注 (5)26 頁。
(11) 同様の見解を示すものとして、谷口智紀「職務発明報奨金に係る所得区分の問題」税務弘報 59 巻 1 号 155 頁(2011)。
(12) もっとも、伊川准教授は、特許を受ける権利の承継後に発明者である従業員等が使用者等か ら受ける利益は、資産の譲渡の対価としての性質を持たないと主張している(伊川・前掲注 (5)27 頁)。
おわりに
1 本稿では、譲渡所得の要件をどのように解するべきかという観点から本判決 を検討したが、特許法 35 条 3 項の「相当の対価」の性質からの検討も必要とな るだろう。
はじめにも書いたが、この条項を素直に読めば、従業者等が「職務発明につ いて使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ……たとき」に「相 当の対価の支払を受ける権利を有する」ことになるのであるから、 「相当の対価」
は特許を受ける権利を承継させた(譲渡した)ことの対価であり
(13)、それは特 許を受ける権利の譲渡時の価値の実現したものということができそうである
(14)。 しかし、本件当時の同条 4 項によれば、この相当の対価の額は、 「その発明に
より使用者等が受けるべき利益の額」および「その発明がされるについて使用 者等が貢献した程度」を考慮して定められることとされており、このうち後者 の要素は特許を受ける権利そのものの価値には関わらない要素であると考えら れる。そうすると、 「相当の対価」が特許を受ける権利の譲渡時の価値そのもの であると解することは、難しいのではないかとも思われる
(15)。
また、 「相当の対価」の算定は実際には特許を受ける権利の承継(譲渡)後に されるのが一般的であり、そこでは実際にその特許を受ける権利から生み出さ れた利益を基に金額が算定されているといわれているが
(16)、このような状況 を前提として考えると、本判決がいうように、 「特許法 35 条 3 項の『相当の対 価』とは、 特許を受ける権利等の承継時における適正な代金額(客観的交換価値)
とは全く異なる概念であって、むしろ、貢献度に応じた独占実施利益の分配金 という方が、その実質によく合致するというべきである。 」のかもしれない。
この「相当の対価」の性質については、 今後引き続き検討したいと考えている。
(13) 中山信弘『特許法』82 頁(弘文堂、第 2 版、2012)、升永英俊「知的財産の時代の『相当の対価』」 金融・商事判例 1236 号 151 頁(2006)。
(14) 元氏成保「職務発明に関して従業者等が使用者等から受け取る金員の所得区分」水野武夫先 生古稀記念論文集『行政と国民の権利』515-516 頁(法律文化社、2011)。
(15) 平成 16 年法律第 79 号による改正後は、「相当の対価」の算定のための要素が「その発明によ り使用者等が受けるべき利益の額」のほか、「その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及 び従業員等の処遇その他の事情」とされているが(改正後の特許法 35 条 5 項)、後者の各要素 はやはり特許を受ける権利そのものの価値には関わらないものと考えられるから、改正後も同 様の問題が残るといえるだろう。
(16) 中山・前掲注 (13)82 頁。