1.はじめに
既存の表層崩壊発生予測手法は,過去の崩壊事例を統 計的に解析し,崩壊に深く関連する要因を見つけ,危険 度を推定する統計的手法と崩壊発生プロセスに関する物 理モデルにもとづく手法に大別される。表層崩壊予測の ための物理モデルとして,1980年代から,浸透流解析 等の雨水流出に関するモデルと斜面安定解析を組み合わ せた手法が提案されてきた(沖村ら,1985;平松ら,
1990;Montgomery and Dietrich,1994;Wu and Sidle,1995;Pack et al., 1998;小杉ら,2002;三隅ら,
2004など)。さらに,近年のコンピュータ能力の向上に ともない,メッシュサイズ,計算時間刻みの細かい計算 が可能となり,1990年代以降相次いで解明された地中 の各種の水文プロセスが物理モデルに組み込まれつつあ る(内田,2004;小杉,2004など)。
しかし,物理モデルの入力条件である土層厚や土壌の 物理性(透水係数,水分特性曲線,粘着力,内部摩擦角 等)は空間的なばらつきが大きく(Heimsathet al.,1997;
Hendrayanto et al., 1999など),斜面における分布特性 が明らかになっているとは言い難い。さらには,モデル を複雑な自然現象を全て表現するようにすればするほど,
モデル中のパラメータが増え,計測に多大な労力がかか るという問題も生じる。そのため,1斜面といった小さ
なスケールを対象とした検討を除くと,物理モデルを用 いた崩壊発生予測計算における土層厚,土壌の物理性は,
代表値を用い流域内で一様の値とするか,数点の測定結 果に基づく近似値を用いるかのいずれかが大半である
(平松ら,1990;三隅ら,2004など)。すな わ ち,モ デ ルの複雑さに入力条件となるデータ取得がついていけな い状態に陥っている可能性,言い換えれば,表層崩壊の 予測に関しては,モデルのパラメータの設定に係わるデ ータ取得が予測精度の1つの律速条件となっている可能 性が指摘できる。
一般に物理モデルにおいて斜面の安全率をコントロー ルする場の条件としては,地形条件,土層厚,土の内部 摩擦角,粘着力,透水係数,水分特性曲線などが挙げら れる。このうち,地形条件は詳細な測量が可能な上,コ ンピュータを用いた 解 析 技 術 が 高 度 化 さ れ つ つ あ る
(Tarboton,1997など)。また,土層厚は簡易貫入試験等 により,面的な土層厚分布の測定が可能である(内田ら,
2004など)。さらに,斜面の透水係数は,水文観測結果 に基づき,斜面の等価透水係数を求める手法が確立され てきた(Uchidaet al.,2003など)。
そこで,本研究では,物理モデルの入力条件のうち,
比較的測定が容易な地形,土層厚の詳細な空間情報等基 本的に実測できるもののみで構成されている簡易な物理 モデルを用いて表層崩壊発生箇所の予測計算を行い,モ
場の条件の設定手法が表層崩壊発生箇所の予測に及ぼす影響
The role of data preparation on shallow landslide prediction
内 田 太 郎
*1盛 伸 行
*2田 村 圭 司
*1Taro UCHIDA Nobuyuki MORI Keiji TAMURA
寺 田 秀 樹
*1瀧 口 茂 隆
*3亀 江 幸 二
*4Hideki TERADA Shigetaka TAKIGUCHI Koji KAMEE
Abstract
In this study, we showed new data and proposed new method to analyze shallow rapid landslide susceptibility. We linked a simple hydrological model and the infinite slope stability model to calculate critical steady-state rainfall required to cause slope instability. The model was applied to a steep forested headwater of Hiroshima Seibu Mountains, western Japan. We measured soil thicknesses at 173 points in the catchment using a portable penetration test. We also measured stream flow rate and soil pore water pressures. If we used the data about soil thickness measurements and hydrological observations, the spatial distribution of critical steady-state rainfall were consistent with the spatial pattern of shallow landslides triggered by the heavy rainfall of June, 1999. However, if these data were not available, the spatial distribution of critical steady-state rainfall were not conjunction with the spatial pattern of landslides.
Key words
:shallow landslide, soil thickness, hydrological observation, Hiroshima, landslide location 論 文*1 正会員 独立行政法人土木研究所 土砂管理研究グループ 火山・土石流チーム Member, Incorporated Administrative Agency, Public Works Research Institute, Erosion and Sediment Control Research Group ([email protected]) *2 正会員 独立行政法人土木研究所 土砂 管理研究グループ 火山・土石流チーム(現所属:株式会社東京建設コンサルタント)Member, Incorporated Administrative Agency, Public Works Research Institute, Erosion and Sediment Control Research Group(Now in Tokyo Kensetsu Consultants Co., Ltd) *3 正会員 国土交通省中国地 方整備局太田川河川事務所 Member, Otagawa River Office, Chugoku Regional Development Bureau, Ministry of Land, Infrastructure and Transport
*4 正会員 国土交通省 Member, Ministry of Land, Infrastructure and Transport
―23―
いる。また,斜面崩壊が発生するような場合,土層が十 分に湿っており土層内の含水率の時間変化は比較的小さ いと考えられることから,表層崩壊の発生箇所の予測に 絞った場合,定常状態を仮定したモデル化はある程度妥 当であると考えられる。さらに,地中内の水文過程につ いて非定常の状態のモデル化を行ったとしても,非定常 状態を記述するために必要な数多くのパラメータの把握 が困難であるという現状もあり,基本的に実測できるも ののみで構成されている簡易な物理モデルを用いるとい う本研究の目的と合致しない。そこで,本研究でも,水 文過程は定常状態を仮定したモデルを用いて検討した。
斜面の安全率(Fs)は無限長斜面を仮定し,以下の 式で算出する。
Fs(t)=c+(γhcos2I−u(t))tanφ
γhcosI・sinI ………
ここで,c[kN/m2]は粘着力,γ は土層の単位体積重 量[kN/m3],hは 土 層 厚[m],I は 斜 面 勾 配[°],u は間隙水圧[kN/m2],φ は土の内部摩擦角[°]とす る。
土層内の水流はダルシー則に従うとすると,土層内の 水深が地表面に達しない範囲で以下のように表すことが できる。
Q(t)=Ks
u(t)
γw tanI ………
ここで,Q(t)は単位幅あたりの時刻tにある地点を流 下する水量[m2/s],Ksは飽和透水係数[m/s],γwは水 の単位体積重量[kN/m3],で あ る(図−1)。ま た,水 に関する質量保存則から,Q(t)は,
Q(t)=r(t)A+dv
dt ………
ここで,r(t)は時刻tの降雨強度[m/s],Aはある地点 より上流側の単位等高線長さあたりの集水面積(斜面上 のある地点における等高線の長さ1mあたりの集水面 積(m2/m:以下では単に「m」とする)),vはある地点 より単位等高線長さあたりの集水面積内の貯留水量[m3
/m]となる。ここで,定常状態(dv/dt=0)を仮定す ると,式2,3よりu(t)は,
態,不飽和状態の土層の単位体積重量は一様と仮定し,
γ は
γ=γshs+(h−hs)γ1
h ………
ここで,γs,γtはそれぞれ,飽和状態,不飽和状態の土 層の単位体積重量[kN/m3]とする。また,土層内の水 深hs[m]と間隙水圧uの関係は図−1より,式7の通 りとなる。
hs= u
γwcos2I ………
式5〜7より,斜面崩壊(Fs=1)に必要な定常降雨 強 度(rc)について,式8が得られる。
rc=KstanIcosI{c−γthcosI(sinI−cosItanφ)} A{γwcosItanφ+(γs+γt)(sinI−cosItanφ)}
式8から,rc[m/s]は,任意の地点で,土層の単位体 積重量,土層厚,斜面勾配,土の粘着力,土の内部摩擦 角,飽和透水係数,集水面積から求まることが分かる。
そこで,本研究では,rcを最小定常崩壊発生降雨強度と よび,rcを指標(rcが小さいほど崩れやすい)として,
斜面の崩壊危険度を評価することする。以下では,実用 上多く用いられているmm/h単位に換算し,rcの値を表 記する。
図−1 用いたモデルの断面の模式図
Fig.1 Schematic illustration of cross section of the model
―24―
3.検討対象流域とモデルの適用
3.1 流域の概要
本研究は,広島市街地から西方約11kmに位置する 八幡川流域の荒谷川流域内の右支渓を検討対象とした。
調査地周辺には,基盤岩として広島花崗岩類が広範囲に 分布し,場所により風化が進んでいる。対象流域の面積 は1.4ha,斜面勾配は12〜54°で平均36°である(図−
2)。同流域は,森林に覆われている。谷底部は,ガリー 状(幅1〜8m,深さ1〜5m)の地形を呈しており,常 時は表流水は見られないが,降雨時及び降雨後は,流域 下流端から上流に約170mの区間で表流水が見られる。
1999年6月 に は,総 雨 量417mm,最 大 時 間 雨 量63 mmの豪 雨(魚 切 ダ ム:対 象 流 域 よ り 北 北 西 へ 約1.4 km)により,荒谷川で土石流が発生し,多くの被害が 発生している。本研究の対象地域内においても,斜面崩 壊が4つ発生した。なお,1999年6月の豪雨時に広島 で発生した土石流・斜面崩壊は1時間降雨量の最大値出 現時刻と概ね一致していたことが報告されている(岡本 ら,2002)。
また,同流域では,2003年より,流域末端における 流量観測および斜面における土壌含水率,土壌間隙水圧 の観測が継続されている。なお,観測の詳細は瀧口ら
(2008)を参照されたい。
3.2 土層厚の設定 3.2.1 現地調査
流域内の土層厚の分布を把握するため,土層厚調査を 行った。土層厚の測定は簡易動的コーン貫入試験(土研 式簡易貫入試験装置)により行った。対象流域内におい て,概ね10〜15m間隔で,計173点の測定点を設けた
(図−2)。簡易貫入試験は,Nd値が50に達するまで行 った。また,土層内には転石が含まれず,土壌−岩盤の
境界面で明瞭なNd値の変化がみられたため,各点の試 験回数は1回とした。結果の例を図−3に示した。なお,
簡易貫入試験は2005年に行った。
3.2.2 土層厚の推定
崩壊のおそれのある土層厚の決定は,崩壊土砂がほと んど残っていなかった崩壊地 の崩壊地内とその周辺の 簡易貫入試験結果(図−3)を比較し,Nd値を用いて設 定した。
崩壊地外の測点R11−4,R12−5では,地表面から それぞれ150,50cmはNd値が概ね5以下であった。そ れより深部では,徐々にNd値が深さにともない増加す る。Nd値が5〜20の部位がR11−4,R12−5でそれぞ れ厚さ20cm,50cm程度で存在した。さらに,Nd値が 20を超えるとNd値は急激に増加し,Nd値が50に達し た(図−3)。ほぼ同様な傾向がここで示した以外の崩壊 地外の測定結果では見られた。
一方,崩壊地内の測点(R11−5)では,地表面から 深さ30cmまではNd値が概ね5以下であり,崩壊地外 の測点では見られたNd値が5〜20の層はほぼ見られず,
図−2 荒谷試験流域の地形及び土層厚分布(図中のマークが貫入試験実施箇所,丸数字は崩 壊箇所No.を示す。等高線間隔は1m)
Fig.2 Topography and soil thickness distribution of Aratani catchment, Hiroshima Japan. Circles and squares in this figures represent the location of portable penetration tests. Numbers represent shallow landslide scars. Contour intervals are 1 m.
図−3 貫入試験結果(右:崩壊地内,左:崩壊地外)
Fig.3 Results of portable penetration tests (Right, in the landslide scar. Left, outside of the landslide scar)
―25―
3.3 地形量の算出
集水面積ならびに斜面勾配については,基岩面の5m メッシュの標高データを用いて算出した。基岩面の標高 データの作成にあたっては,はじめに流域を5mメッ シュで分割し,各メッシュの地表面標高を地形測量結果 より求めた。次に,メッシュ内に貫入試験の実施点があ る場合は,貫入試験結果より土層厚を求め,基岩面の標 高を推定した。メッシュ内に貫入試験の実施点がない場 合はクリッギング法により,周囲の基岩面標高データよ り補完した。
集水面積,斜面勾配の算出は,D-Infinity Flow Direction 法(Tarboton,1997)を用 い た。な お,D-Infinity Flow Direction法は,全方位を0.01°刻みで各方位の勾配を算 出し,最急勾配の方位を求めることで,上流側のメッシ ュから下流側2メッシュに対して流下する流量の重み付 けを行い,流下させる手法である。
3.4 土壌の物理性に関するパラメータの設定 3.4.1 単位体積重量の設定
粘着力,内部摩擦角,土の単位体積重量については,
流域内で試料を採取し,室内試験により測定した。試料 は 非 攪 乱 で 採 取 し た。試 料 は 崩 壊 地の 近 傍 で 深 さ 30,60cmの2深度,崩壊地の近傍で深さ60,90cm の2深度,崩壊地の近傍で深さ60cmの1深度の計5 試料を採取した。
湿潤単位体積重量,飽和単位体積重量については土の 湿潤密度試験,土粒子の密度試験,土の含水比試験を行 い,それぞれ値を算出し,5試料の算術平均を用いた。
用いた値を表−1にまとめた。
3.4.2 土質強度の設定
また,粘着力,内部摩擦角については,CD試験(三 軸圧縮試験)により求めた。しかし,斜面の見かけの粘 着力・内部摩擦角は根系の影響や礫等の影響を受け,小 さい土壌サンプルで用いた値と乖離している可能性があ る。また,実際の斜面崩壊発生時において,土壌が完全 な排水状態になるかどうか不明である。さらに,土のせ ん断強度は含水率の影響を受け(笹原・南,2006など), 斜面崩壊は土層内の最も弱い部位において発生すると考 えられる。そこで,本研究では,地形及び土層厚から粘 着力を逆推定する手法を併用した。ここでは,少なくと も,不飽和時には,安全率が1以下になることはないと
考え,流域内で例外的に斜面勾配が急(I=54°)でか つ,土層厚が大きい(390cm)1点を除いた地点で地下 水位が0cmの状態で安全率が1を切らない範囲の最小 の粘着力(7.5kN/m2)を算出し,「土層厚および地形か ら求めた値」とした。本研究では,CD試験で求めた値 と土層厚および地形から求めた値の2つを用いて,最小 定常崩壊発生降雨強度rcの算出を行った。
3.4.3 透水係数の設定
豪雨時の斜面の等価飽和透水係数は,パイプ流など選 択的な流れの影響を受け,小さい土壌サンプルで求めた 透水係数より大きい可能性が高い(Uchida et al.,2003 など)。そこで,本研究では,豪雨時の現象の再現のた め,対象流域内で継続して行っている水文観測から得ら れた斜面土層内の間隙水圧と流域末端の流量データをも とに,Bazemoreet al.(1994),Uchidaet al(2. 003)の手 法を参考に斜面内の浸透流はダルシー則に従うと仮定し,
斜面の等価飽和透水係数を算出した。
単位幅の斜面からの流量は式2で求まる。そこで,流 路に直接もたらされた降雨が流出水量に寄与する割合は 小さいと考え,斜面からの流出水量(q(t))[m3/s]の 合計が流域からの流出水量(Q(t))[m3/s]と等しいと 仮定すると以下の式が得られる。
Q(t)=LKsu(tm )tanIm
γw ………
ここで,Lは流れの幅[m],umは斜面下端の間隙水圧 の平均値[kN/m2],Imは平均の斜面勾配[°]である。
これより,次式が得られる。
Ks= Q(t)γw Lu(t)m tanIm
………
そこで,本研究では,左右両岸の斜面から流出があると 仮定し,Lは流路長の2倍とし(332m),平均斜面勾配 は地形データより,36°とした。また,流域からの流出 水量と平均の間隙水圧(um)は,2003年以降の観測結 果のうち,最大の降雨イベントであり,災害時の降雨状 況(連続雨量417mm,最大時間雨量63mm/h)に最も
不飽和状態 水の単位体積重量
15.2kN/m 9.8kN/m3
―26―
近 い2005年9月6日(連 続 雨 量236mm,最 大 時 間 雨 量58mm/h)のデータを用いて算出した結果(5.2×10−4 m/s)を用いた。なお,今回求めた透水係数は,対象流 域周辺の土壌サンプルで変水位試験法により求めた透水 係数(3.0×10−5m/s)と比較すると1オーダー程度大 きな値である。
3.5 計算の実施
最小定常崩壊発生降雨強度(rc)の算出を行ったのは,
簡易貫入試験を行った全173地点のうち,谷部を除いた 斜面上に位置する160点(崩壊地内に5点)と崩壊地内 に新たに設けた9点の合計169点である。また,崩壊地
内の点については,崩壊発生前の土層厚を推定し,計算 を行った。崩壊発生前の土層厚の推定には,まず,崩壊 地外の地表面から崩壊地内の地表面をクリッギング法に より内挿し,崩壊発生前の地表面地形を推定した。その 上で,地表面と基岩面標高差を崩壊発生前の「土層厚」
とし,計算を行った。
4. 計算結果
CD試験により求めた粘着力を用いて計算した結果
(ケース1−0と呼ぶ。表−2参照),流域内の21地点(う ち,6地点は崩壊地内)を除いて土層が完全に飽和し 図−4 算出した最小定常崩壊発生降雨強度(rc)の空間分布(ケース1)
Fig.4 Spatial variability of calculated critical steady-state rainfall intensity (rc) (Case 1)
図−5 100mm/h以下の崩壊地内及び崩壊地外のrcの分布(ケース1〜4)
Fig.5 Calculated critical steady-state rainfall intensity (rc) distribution of inside and outside of landslide scars (Case 1−4) under 100 mm/h
―27―
ても崩壊にいたらなかった。一方,土層厚および地形か ら求めた粘着力を用いた場合(ケース1と呼ぶ),崩壊 地4箇所全てで最小定常崩壊発生降雨強度rcは,実際 の崩壊発生降雨の最大時間降雨量より小さい30mm/h 以下であった(図−4)。しかし,崩壊地内には,土層 厚が薄く,土層内水深が地表面に達するほどの降雨強度 を与えても斜面が崩壊にはいたらない地点も存在した。
図−5aに示したように,ケース1では,rcが20mm/
h以下の地点の5割,30mm/h以下の地点の4割強が崩 壊地内であったのに対し,30〜100mm/hの地点では,
崩壊地内の点は1地点のみであった。このことから,rc
が小さいほど,斜面崩壊する可能性が高く,rcが斜面崩 壊発生の相対的な危険度を良く表しているといえる。
5.考察
前章の計算の結果,簡易なモデルであっても,土層厚 分布及び基岩面地形の計測,土壌の物理性に関する定数 の設定を適切に行えば,概ね斜面崩壊の危険度を表すこ とができることが分かった。そこで,以下では,土層厚 分布及び基岩面地形の計測,土質定数の設定手法が,崩 壊場所の予測精度に及ぼす影響を検討する。
5.1 土層厚の影響
土層厚の空間分布が表層崩壊発生箇所の予測結果に及 ぼす影響を明らかにするために,表層土層厚を流域平均 値(141cm)で一様とした場合について,最小定常崩壊 発生降雨強度の算出を行った。粘着力としてCD試験に より求めた値(ケース2−0)を用いた場合,全計算地 点で土層が完全に飽和しても,崩壊は生じなかった(表
−2)。また,土層厚(実測)および地形(基岩面)から 求めた粘着力を用いた場合(ケース2−1),土層が完全 に飽和すると102点で安全率は1以下となった(表−2)。
次に,ケース1で粘着力を逆推定したのと同様に,土 層厚を平均値とし,基岩面地形を用いて,地下水位が0 cmの状態で安全率が1を切らない範囲で最小の粘着力 を算出し(4.6kN/m2),rcの算出を行った。なお,土層 厚,粘着力以外のパラメータはケース1と同様とした(以
下,この結果をケース2と呼ぶ)。
ケース2では,全ての崩壊地で最小定常崩壊発生降雨 強度rcは,実際の崩壊発生降雨の最大時間降雨量より やや小さい20mm/h以下であった(図−6a)。また,実 際には崩壊が発生していない左岸斜面など崩壊地内とほ ぼ同程度の最小定常崩壊発生降雨強度の地点が多数見ら れた。ケース2では計算地点のうち,130地点が100mm
/h未満,114地点が50mm/h未満の降雨で崩壊しうる 結果となった(図−5b)。崩壊地内の地点が占める割合 に着目すると,rcが20mm/h以下の地点の2割,30mm
/h以下の地点でも約2割弱が崩壊地内の点であり,ケ ース1に比べて小さい結果となった。
5.2 地表面と基岩面の地形の違いの影響
本研究では,土層厚を計測することにより,基岩面の 地形データを作成し,勾配,集水面積を算出した。しか し,実際には基岩面地形の詳細なデータを取得するため に,詳細な土層厚調査が必要であり,一般に地表面地形 を用いることが多い。そこで,本研究においても,地表 面地形を用いたことによる表層崩壊危険箇所の算出に及 ぼす影響を検証するために,集水面積,斜面勾配を地表 面地形データにより算出し,rcの算出を行った。ここで は,粘着力以外のパラメータはケース1と同様とした。
なお,地表面地形で求めた勾配は基岩面地形から求めた 勾配と平均2.3°の差があり,地表面地形の集水面積と 基岩面地形の集水面積の差は,平均で基岩面地形の集水 面積の44% であった。
CD試験により求めた粘着力を用いた場合(ケース3
−0),土層が完全に飽和すると30点で安全率は1以下 となった(表−2)。さらに,ケース1,2と同様な方法 で土層厚(実測)および地形(地表面)から求めた粘着 力(8.4kN/m2)を用いた場合に結果を図−6bに示した
(以下,ケース3と呼ぶ)。崩壊地4箇所のうち崩壊地 を除く3箇所で最小定常崩壊発生降雨強度rcは,実際 の崩壊発生降雨の最大時間降雨量より小さい40mm/h 以下であった。また,図−5cに示したように,計算地 点のうち,63地点が100mm/h未満の降雨で崩壊する ケース4
ケース4−0 ケース4−1
平均値 平均値 平均値
地表面 地表面 地表面
地表面地形・平均土層厚より算出
CD 試験
基岩面地形・実測土層厚より算出
159 0 103
14 0 13
135 0 96
14 0 13
113 0 72
14 0 12
―28―
結果となった。同様に崩壊地内の地点が占める割合は,
rcが20mm/h以下の地 点 で3割 強,30mm/h以 下 の 地 点で約4割弱であり,ケース1に比べて小さい結果であ った。以上の結果,地形情報に地表面地形を用いた場合,
土層厚は実測データを用いても,崩壊の恐れのある斜面 を抽出できる確率は,基岩面地形を用いた場合よりも小 さく,基岩面地形を用いた場合に比べて崩壊しない斜面 も崩壊する危険性が高いとしてしまうことが分かった。
次に,ケース3同様,集水面積,斜面勾配を地表面地 形データにより算出し,ケース2同様,土層厚を一様と し,rcの算出を行った。CD試験結果を用いた場合,全 計算地点で土層が完全に飽和しても,崩壊は生じなかっ た。また,土層厚および地形から求めた粘着力(ケース
4−1)を用いた場合,土層が完全に飽和すると103点で 安全率は1以下となった(表−2)。ここで,これまでの ケース同様,地下水位が0cmの状態で安全率が1を切 らない範囲で最小となる粘着力を用い(5.2kN/m2),算 出した結果を図−6cに示す(ケース4と呼ぶ)。
ケース4では,全崩壊地で最小定常崩壊発生降雨強度 rcは,実際の崩壊発生時の時間降雨強度よりやや小さい 30mm/h以 下 で あ っ た(図−6c)。ま た,図−5dに 示 したように,135地点が100mm/h未満の降雨で崩壊す る結果となった。同様に崩壊地内の地点が占める割合は,
rcが20mm/h以下の地点,30mm/h以下の地点のいず れもで約2割弱であり,ケース2とほぼ同程度で,ケー ス1,3に比べて小さい結果であった。
図−6 算出した最小定常崩壊発生降雨強度(rc)の空間分布(ケース2〜4)
Fig.6 Spatial variability of calculated critical steady-state rainfall intensity (rc) (Case 2−4)
―29―
の地点の土層厚を141cmと厚く設定したことで,本来 であれば崩壊危険度が低いと考えられる地点の崩壊危険 度を高く評価した結果となっている。これまでの土層厚 を一様とした研究においては,水の浸透過程の非定常状 態を考慮した物理モデルを用いた場合においても,実際 に崩壊が発生した箇所のみならず,崩壊していない多く の箇所も崩壊が発生するという計算結果となっている場 合が多い(例えば,平松ら,1990)。以上より,ケース 2では,実際の崩壊発生をコントロールする土層厚の条 件を一様としたため,本来あるはずの土層厚の違いによ る崩壊発生危険度の差が表現できなくなったといえる。
また,本研究では,地形量の算出を地表面地形ではな く,基岩面地形を用いた方が,表層崩壊の発生の有無を 正しく再現できることを示した。このことは土層中の地 下水の流れは地表面の勾配・集水性ではなく,基岩面の 勾配・集水性にコントロールされるとした近年の斜面水 文観測結果と矛盾しない(Freer et al.,2002;浅野ら,
2005など)。
さらに,本研究では土層の透水係数を斜面水文観測結 果から逆算により求めた値を用いたが,100cm3の土壌 サンプルで用いて測定した値より約10倍大きかった。
仮に,100cm3の土壌サンプルを用いて測定した値を用 いてrcを算出した場合,式8から分かるように,rcはお よそ1/10になる。1999年6月に生じた豪雨のピーク降 雨強度発生時刻付近で仮に定常に達していた場合,実績 より多くの斜面で崩壊が発生するという計算結果となる。
このことから,斜面の透水係数は,今回用いたモデルで は相対的な危険度には影響を及ぼさないものの,降雨規 模と崩壊発生の関係を検討する上では,重要であること が分かる。
また,本研究では,土質強度に関しても,小さいサン プルを用いて測定した値を用いた場合,崩壊発生箇所を 正しく再現することができなかった。今回は簡易に地形 と土層厚より逆推定する手法を用いたが,今後,斜面ス ケールの土質強度の評価・設定手法を検討していく必要 があると考えられる。
以上のように,「はじめに」で指摘した,表層崩壊の 予測に関しては,モデルのパラメータの設定に係わるデ ータ取得が予測精度の1つの律速条件となっている可能 性を本研究の結果は支持する結果が得られた。
数や粘着力については,小さな土壌サンプルにより測定 した結果の代わりに水文観測結果や土層厚と地形などを 用いて求める必要があった。
一方,土層厚の空間分布に実測値を用いず,流域内で 一様とした場合や基岩面地形の代わりに地表面地形を用 いた場合,表層崩壊の危険度評価結果の実績に対する適 合度は低下した。特に,土層厚の取扱いの影響は大きか った。
これらの結果は,1流域のみの結果であるため,今後 さらなる検討を行い,結果の普遍性・一般性について検 証する必要がある。しかしながら,本研究の成果から,
十分な現地調査を行えば,モデルは簡易であっても,か なり高い精度で崩壊危険箇所を抽出できることが分かっ た。以上より,表層崩壊の予測精度の向上には,モデル の入力条件となる各種の計測・観測が極めて重要である と考えられた。
なお,本研究を進めるにあたっては,地形量の算出方 法について高橋秀氏(日本工営株式会社)の協力を得た。
また,2人の査読者からは有益な意見を頂いた。記して 謝意を表したい。
引 用 文 献
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