九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
『繪艸紙年代記』と『草双紙年代記』
園田, 豊
http://hdl.handle.net/2324/4742059
出版情報:雅俗. 16, pp.116-119, 2017-07-20. 雅俗の会 バージョン:
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◉研究ノート
『繪艸紙年代記』と『草双紙年代記』 園田 豊
森銑三氏『黄表紙解題』(中央公論社、昭和四十七年刊)の「草雙紙年代記」(南杣笑楚満人序、岸田杜芳戲作、北尾政演戲寫、天明三年刊)の解題冒頭には、「書名には問題がない。」
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否、問題はあるのである。近代に入って、この作品を最初に紹介したのは、稀書複製会(第四期、第廿三囘本、大正十五年刊)であった。その複製会本は、袋は無いものの、やや薄い柿色表紙、それは、薄柿色の一重標紙をかけ色すりの袋入にして……(曲亭馬琴『近世物之本江戸作者部類』「巻之一 赤本作者部」(天保五年成)より)又、ふくろ入本はじまる 茶表紙に細き外だい……(式亭三馬『又 また焼 やき直 なをす鉢 はち冠 かつき姫 ひめ稗 くさ史 ざうし億 こじ説 つけ年 ねん代 だい記 き ㊥』九丁表(享和二年刊)より)とある、袋入の表紙に、子持ち枠の摺り題簽、即ち、まぎれもない袋入本の体裁である。そして、その題簽には、「繪艸紙年代記」とあるのである(図1)。筆者は、この複製会本を見る度に、不思議の念にかられてきた。現在、『草双紙年代記』の通称(仮称)で呼ばれているこの作品の原題は、『繪艸紙年代記』ではないかと。 『稀書解説 上』(ゆまに書房、昭和五十四年刊)の「附録」には、「稀書複製會趣旨」として、我等同好者は讀書家の止み難き欲求として本會を起し、稀 ●覯 ●の ●古本 ●、未 ●刊 ●の ●自 ●筆 ●稿 ●本 ●等 ●を ●、總 ●て ●原 ●本 ●通 ●り ●に ●複 ●製 ●し ●て ●以 ●て ●他 ●日 ●の ●亡佚 ●に ●備 ●ふ ●る ●所 ●あ ●ら ●ん ●と ●す ●。(●は原本通り)の一文がある。続いて、「複製の方針」には、一、
本會は古版、名家の自筆稿本及び名著の草稿等の複製を目的とし、全部を木版又は玻璃木版とし、純良なる生漉の日本紙に印刷して以て原本を彷彿せしめんとす。一、
本會の複製は啻に内部の本文版式のみならず、外部の装幀の如きも惣て原本の儘に倣ふが故に表紙、外題紙等は必ずしも一定せず。其の大きさも亦大小縱横定まらず。(後略)更に、「第五期計畫の聲明」には、「精刻の複製は原刻に勝る」として、凡そ複製は原本其儘であるのが生命であるから、原本と比べて見劣りされるものが失敗であるのは勿論だが、原本より勝るのも亦失敗であつて、複製として價値が無いものである。夫故に複製が原刻よりも勝るといふは自殺の誇りであるが、爰に勝るといふは原刻よりもヨリ以上精刻であり美版であるといふのでは無い。
(後略)これに拠り、筆者の言わんとする所はお分かりであろう。筆者は、稀書複製会の元、林氏蔵本こそが、限りなく原本に近い善本であると考えるものである。本書『繪艸紙年代記』は、黄表紙仕立てで、天明三年迄の絵草紙の作者、画者の作風、画風を年代記式に表した、この種の作品の嚆矢をなす(と言っても、追随作は三馬の『又焼直鉢冠姫稗史億説年代記』のみであるが)、まさに「稀書」と呼ぶにふさわしい一品。それ故の林若樹氏所蔵本の複製であった。残念ながら、林氏所蔵の原本は不明であり、『稀書解説 上』の本書解説にも、本書は(中略)十一丁より成れるものなり。當初より合綴して一巻に仕立てゝ、天明三年に開版せしもの。(
(『萬歳躍』)( 此書、原本表紙題簽とも散佚したるを以て、今假に之を補ひたり。 いる。例えば、 たという事は記されていない。そうした場合には、その旨が記されて とあるのみだが、原本の表紙や題簽が欠落したことにより、後に補っ
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頁)全なるものとなれり。(『鼠花見』)( 又題簽は頗る毀損して不明なりしを、林若樹氏の苦心によりて完
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頁)類本を參酌して新製せり。(『ふきあげ』)( つて本文中の文字を假用して新に題簽を作ると共に表紙も其頃の 本書の本文は完備したれど、表紙は夙に改幀されて題簽なし。依
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頁)又原本は表紙本文とも完全なれども、題簽は亡はれ居るを以て、
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頁) 跋文中の文字に依り之を補ひたり。(『明月餘情』)(であるが(「『草双紙年代記』をめぐって」『近世文芸』 本作品について、最初に詳しい検討を加えられたのは、広部俊也氏 の如くである。
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頁)なお、余談となるが、岩波書店刊、新日本古典文学大系 は、『繪艸紙年代記』であると筆者は考える。 以上を以って、『草双紙年代記』の書名で流布している作品の原題 書である。対して、稀書複製会本の題簽は、後補のものとは考え難い。 ある加賀文庫本(図3)も、替表紙に替題簽であり、題名は後人の墨 とされるのであるが、国会図書館本(図2)も、広部氏論文の底本で いずれも柱刻(筆者注、「年代記」)に拠った仮題と思われる。 題名を採る。(中略)稀書複製会本を含め、現存する本作の題名は ける本作の題名はこれらに従った仮題であり、また年表類もこの 国会図書館本も替表紙に「艸双紙年代記」と墨書する。本稿にお である可能性大である。続いて、(注2)では、 簽ではなく、明らかに摺り題簽である。となれば、この題簽は原題簽 とされる。しかし、前述した如く、この稀書複製会本の題簽は書き題 中にこの題名を書く。後題簽かどうかは不明。 本に拠るもの。複製本の題簽は表紙左肩に貼付され、子持ち枠の 題名を『絵艸紙年代記』とする。これは底本とした林若樹氏所蔵 月三十一日)、その(注1)には、稀書複製会本について、
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、平成三年三 本書が刊行された当時の黄表紙評判記を閲すれば、以下の用例の如く を「草双紙」と総称するのが、通例となっている様である。しかし、 集』に代表される如く、現在では、赤本・黒本・青本(黄表紙)・合巻83
『草双紙「絵草紙」の呼称は、珍しいものではない。ただ、「草双紙」の用例も同書中に、少なからず見受けられる。
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『菊寿草』(大田南畝編、安永十年刊)内題に「絵 ゑ草 ざう紙 し評 ひやう判 ばん記 き」、目録には「丑年新板絵双紙惣目録」、開口には、きん〳〵先 せん生 せいといへる通人いでゝ、鎌倉中の草双紙これがために一変 ぺんして、どうやらこうやら草双紙といかのぼりは、おとなの物となつたるもおかし。……近 きん刻 こくの絵双紙に眼 まなこをさらすべし。すべてゑざうしの作、年〳〵歳 せい〳〵穴 あな相 あい似 にたり。……ほめるもそしるも高が絵双紙……また、本文の評判に、むかしから絵ざうしの序は半枚にきまつた物だに……(『遊客古事付太平記』)それ絵 ゑ草 ざう紙 しは人のなぐさみ草 ぐさにして、よろづの子だからのおしえともなるべきを……(『桃 もゝ太 た郎 らう一 いち代 だい記 き』)
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『岡目八目』(大田南畝編、天明二年刊)内題の角書「稗史評判」のルビは「ゑざうしひやうばん」、この「稗史」について、後年、『又焼直鉢冠姫稗史億説年代記』(式亭三馬作、享和二年刊)の「稗史」には、御存知の通り、「くさざうし」とルビが付されている。次に、本文の評判に、きんねんの草ざうしに、仕舞の夢になるも久しい物とのいひわけ……(『祝 いはひ増 ます福 ふく寿 じゆ相 さう』) 寅歳ゑざうし惣巻軸、作者京伝とはかりの名、……(『御 ご存 ぞんじの商 しやう売 ばい物 もの』)
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『江戸土産』(作者未詳、天明四年刊)序に、餅 もちかけぬす人の名をゑぞうし。……本文の評判に、とかくくさぞうしハむりこじつけのおかしみか命……(『能 よい魂 こん胆 たん気 き』)くさぞうしへもつともな事を書ておもしろいものか……(『全 ぜん盛 せい大 だい通 つう記 き』)抑くさぞうしの作といつぱかみハみかどのしりの毛迄をかぞへしもハこしき小やのはきだめ迄をさがすか作者のほまれだ……(『御 お家 いへの髭 ひけ松 たい明 まつ』)『後編江戸土産』広告に、
右に記したる目録のゑぞうし……跋には、関八しうのゑぞうしをひろちやくして、……この時期において、「絵草紙」と「草双紙」の呼称が同様の意味で使用されていた事が伺える。この事を一言しておきたく思う。
〈参考文献〉
○『黄表紙外題索引』(大屋書房、一九六四年刊)。○『日本古典文学大辞典 第二巻』(岩波書店、一九八四年刊)。○棚橋正博『黄表紙總覽 前篇』(日本書誌学大系
○『大田南畝全集第七巻』(岩波書店、一九八六年刊)。 刊)。
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青裳堂書店、一九八六年○中野三敏編『江戸名物評判記集成』(岩波書店、一九八七年刊)。○長友千代治「絵草紙考」(『中京大学図書館学紀要
○『草双紙集』(新日本古典文学大系
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』、一九九三年)。○松原哲子「『草双紙年代記』考
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上巻部分を中心として―
」(『實踐國文學 ○『日本古典籍書誌学辞典』(岩波書店、一九九九年刊)。83
岩波書店、一九九七年刊)。69
』、二〇〇六年)。(蛇足)本書の二丁表「目録」の十二番目の翻刻は、広部氏、松原氏ともに「花覧 喜三二」とされているが、正確に翻字すれば、「花覧 嘉三二」である。勿論、「嘉」は「喜」の誤刻である。しかし、ここはやはり「「嘉 (ママ)」(「喜」の誤刻であろう)」の一言が欲しい所ではなかろうか。
〔付記〕本稿執筆にあたり、掲載を許可して下さいました東京都立中央図書館特別文庫室に深謝申し上げます。また、国会図書館本につきましては、国立国会図書館デジタルコレクションを利用させていただきました。お礼申し上げます。
図2 『草双紙年代記』 (国立国会図書館所蔵)
図3 『草雙紙年代記』(東京都立中央図書館特別 文庫室加賀文庫所蔵)
図1 『繪艸紙年代記』(九州大学文学部国語学 国文学研究室蔵)
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