ON VERBAL INFLECTION IN JAPANESE
Hiroshi Aoyagi Nanzan University [email protected]
1. Introduction: Where’s inflectional morphology in Japanese?
1.1 「音韻的語」としての時制辞を伴う動詞
1.1 節では、時制辞-ru, -ta を伴う動詞(または複合動詞)がいわゆる「音韻的語」を形成 することをみる。(1)a-c の各文末の時制辞を伴う(複合)動詞は、それぞれ(2)a-c にのアク セント・パターン(大文字はハイ・トーンを、小文字はロー・トーンを表す)を示すが、 いずれも唯一のアクセント核を持ち、音韻的に語であると認定できる。
(1) a. (John-wa ringo-o) tabe-ta b. (John-wa ringo-o) tabe-hazime-ta c. (John-wa Mary-ni ringo-o) tabe-sase-ta (2) a. TAbe-ta b. taBE-HAZIme-ta c. taBE-SAse-ta 1.2 Spell-Out における表示 前節で音韻的には語であると認定された複合形態素、たとえば(2)a の TAbeta が、顕在的 統語部門での動詞移動の結果によるものとするなら、Spell-Out 時には(3)a の表示を、そう でないとするなら、(3)b の表示を、それぞれ持つことになる。 (3) a. Verb-raising b. No verb-raising T’ T’ VP T VP T (ringo-o) tV V T (ringo-o) V ta tabe ta tabe 1.3 本発表の目的 本発表の目的は、まず、(i)日本語の動詞+時制辞の複合体が顕在的統語部門における動 詞移動によるものではなく、PF 部門における形態的併合(morphological merger)によるも のであると主張し、さらに、(ii)その分析のもたらすいくつかの帰結を考察することにあ る。 2. Against V-raising 2.1 動詞(句)末の Q-particle と su− 挿入規則
(4)b のように、動詞(句)末に mo, sae, wa のような数量詞的助辞(Q(uantificational)-particles) (伝統的国語学の用語では、係助詞)が現われると、必然的に時制辞が動詞語幹から分離 することになり、(4)c のように義務的に su− 挿入規則が適用しなければならない。Kuroda
1965 が述べたように、su− 挿入規則は孤立した時制辞(stranded tense)を救うために適用す ると考えられてきた。
(4) a. John-wa ringo-o tabe-ta (=(1a)) b. *John-wa ringo-o tabe-mo/sae/wa -ta c. John-wa ringo-o tabe-mo/sae/wa si-ta
顕在的統語部門における動詞の時制辞への移動が日本語には存在するという立場を取る と、(4)c における su− 挿入規則適用の事実はつぎのように説明される。すなわち、(5)a に
示したように、動詞(句)末に出現するQ-particle X が範疇 XP に投射し、XP が動詞と時
制辞の間に介在するとすれば、主要部移動制約(Head Movement Constraint, 関連する定義 については(6), (7)参照。)により動詞の時制辞への移動は阻止されるはずである。すると、 束縛形態素である時制辞の孤立は許されないので、(5)b に示したように、su− 挿入規則が 義務的に適用する、という説明である。 (5) a. T’ b. T’ XP T XP T VP X ta VP X si+ta DP V mo DP V mo
ringo-o tabe * ringo-o tabe Su-Support (6) The Head Movement Constraint (HMC) (cf. Travis 1984, Baker 1988)
A head α can only move to another head β if and only if β properly governs the maximal projection that α heads.
(7) Proper government (very rough definition)
α is properly governed by β iff α is the complement of β. 2.2 Q-particle の性質 前節の su–挿入の事実の説明は、Q-particle が動詞と時制辞の間に介在する投射を持つとい う仮定に基づくものであった。Chomsky 1994 以前の X-bar 規約を伴う理論的枠組みでは、 ある主要部があれば、その最大投射が必ず存在し、また逆にある最大投射があれば、その 主要部が必ず存在すると考えられていたので、Q-particle があれば、その最大投射も存在す るはずで、前節のsu–挿入の説明はいわば必然的帰結であった。ところが、X-bar 規約が破
棄されたBare Phrase Structure Theory のもとでは、主要部たる Q-particle が存在したとして
も、それが投射しなければならない理由はなくなった。すなわち、ある統語的対象 X と
Q-particle が併合する場合、(8)a のように Q-particle が投射するか、(8)b のように X が投射 するかは自明ではなくなったのである。
(8) a. Q b. X
2.1 節で示した従来の su–挿入の説明は、(8)a のように Q-particle が投射することを前提とし ている。しかし、以下に示すように、Q-particle は決して投射しない要素であると考えるべ き根拠がある。 2.2.1 分布の自由度 第一に、いままでさまざまな文献で指摘されてきたように、Q-particle は(9)a のように名詞 句と共起するだけではなく、(9)b-d に示すように、他のさまざまなカテゴリーとも共起す る。つまり、分布の自由度が高い。逆に見れば、このことは Q-particle が実はいかなるカ テゴリーも選択しないことを示唆する。補部を取ることで投射する主要部は一般にある特 定のカテゴリーを選択するので、(9)が示す事実は(8)a の見方と相容れないといえる。 (9) a. John-ga [DP susi]-dake/mo/sae tabe-ta (DP)
b. daihyoosya-ga [PP New York-kara]-dake/mo/sae ki-ta (PP)
c. Mary-ga [VP hon-o yomi]-dake/mo/sae si-ta (VP)
d. Bill-ga [AP buka-o isogasi-ku]-dake/mo/sae si-ta (AP)
e. John-ga [CP Mary-ga sin-da to]-dake/mo/sae iw-ta
(CP) 2.2.2 選択における透明性 次に、Sells 1995 が指摘したように、Q-particle はある主要部とその補部の間に介在しても、 その選択関係をこわさない。たとえば、「 してみる」という意味で用いられる動詞mi(ru) はその補文の動詞にテ形を要求する((10)a 参照)。(10)b が示すように、テ形動詞と mi(ru) の間にQ-particle mo が出現しても、文の容認性に変化はない。しかし、テ形の代わりに他 の形式、たとえば、ある種の述語が補部に選択する動詞のニ形を用いると、(10)c が示す ように、文は容認不可能なものとなる。このことは、Q-particle が mi(ru)とその補文の間に 介在しても、両者の選択関係に関与しないことを示す。((11)a-c も同じことがらを示す。 Miyagawa 1987 が論じた”restructuring verb”としての ik(u)はその補文の動詞にニ形を要求す るが、Q-particle dake がその間に出現しても、両者の選択関係には変化はない。(11)c で補
文動詞がテ形になっていると、補文内の副詞「車で」は主文を修飾できない、すなわちik(u)
の”restructuring verb”としての機能が消滅する、ことに注意されたい。) (10) a. John2-wa [e2 susi-o tabe]-te mi-ta
b. John2-wa [e2 susi-o tabe]-te-mo mi-ta
c. *John-wa [e2 susi-o tabe]-ni-mo mi-ta
(11) a. Mary2-wa Tukizi-e [e2 susi-o kuruma-de tabe]-ni ik-ta
b. Mary2-wa Tukizi-e [e2 susi-o kuruma-de tabe]-ni-dake ik-ta
c. *Mary2-wa Tukizi-e [e2 susi-o kuruma-de tabe]-te-dake ik-ta
この選択における透明性は、Q-particle が他の要素と併合するとき、(8)a のように Q-particle が投射するという見方には問題があることを示す。すなわち、この見方では、(12)に示す ように、mi(ru), ik(u)がその補部にある種のアスペクトを表す te や ni の投射 YP を取るとす ると、Q-particle の投射 XP が両者の選択関係を妨げることになるはずである。しかし、こ れは事実に反する。(12)で mi(ru), ik(u)は Q-particle の介在があっても、YP を選択している はずである。
(12) V’ XP V YP X mi / ik ZP Y Q te / ni (8)a の見方を保持しながら、(10)–(11)の選択の事実を説明するためには、(12)で XP はその 主要部 X が範疇素性を持たないため、たとえば Lieber 1987 が提案する素性濾過(feature percolation)によって、非主要部である YP から供給される、というような仮定をする必要 がある。ところがこれは、Q-particle が「投射はするが、範疇素性は持たない範疇である」 と主張するのと同じで、論理的矛盾を含んでいると考えらる。
2.2.3 付加詞的小辞(adjunct clitics)としての Q-particles
前2節で明らかにした事実を捉えるためには、Q-particle を(13)のように統語的には付加詞 しであり、形態的には小辞である付加詞的小辞(adjunct clitics)であると特徴付けることが 考えられる。
(13) The Adjunct Clitic Hypothesis (Aoyagi 1998a, b, also cf. Sakai 1998a, b, Sano 1998) Q-particles are adjunct clitics (i.e., as adjuncts they are irrelevant to selection, and as clitics they do not project but they need a host to lean on at PF).
つまり、Q-particle は統語的には付加詞(adjunct)であるので、選択には関与せず、また、形 態的には小辞(clitic)であるので、PF では何らかの基体(host)を必要とする、というのが(13) の仮説の骨子である。この仮説の下では、(14)a に示すように、Q-particle は付加詞として、
何らかの制約に抵触しない限り、自由に任意の範疇の投射Xmaxに付加することができる。
付加するだけで投射はしないので、Bare Phrase Structure Theory の下では、Q-particle はゼ
ロ・レベル・カテゴリーX0であると同時に、最大範疇Xmaxでもある存在ということになる。 また、付加詞である限り、選択には関与しない。さらに、Q-particle は形態的には小辞であ るので、(14)b に示すように、PF では基体 X0に付加していなければならない。 (14) a. at Spell-Out b. in PF Xmax Xmax Xmax Q0/max ... X0 + Q0 ... X0 ... (13)の仮説の下では、Q-particle の選択に関する透明性はつぎのように説明される。いま、 問題の動詞mi(ru), ik(u)はそれぞれ te, ni を主要部とする Aspectual Phrase (AspP)を選択する と考える。(15)に示すように、Q-particle mo は AspP に付加しているだけで、投射はしない ので、動詞とその補部との選択関係を妨げるものではない。
(15) V’ AspP V0 AspP Q0/max mi / ik ... Asp’ mo VP Asp0 ... tabe te / ni (13)の仮説をもとに、日本語における顕在的動詞移動の有無と su–挿入の事実を再考す る。 まず、付加詞は一般に主要部の移動を阻止しないと考えられている。フランス語は顕在 的に動詞が時制辞へ移動する言語として知られているが、(16)に示すように、付加詞 souvent は動詞の移動を阻止しない。その結果、フランス語では、動詞− 付加詞− 目的語 という語順が得られるのである。
(16) a. Jean embrasse souvent Marie ‘Jean often kisses Marie.’
b. Jean embrasse+T [VP souvent [VP tV Marie]]
Q-particle がフランス語の付加詞と同様に主要部移動を阻止しないものであるならば、日 本語に顕在的動詞移動が存在する限り、(17)a から(17)b への派生に何ら問題はないはずで ある。ところが、(17)b がそのまま表層化した文はその統語構造を反映した文としては不 適格である。(注:かりに、mo が動詞の代わりに ringo-o に付加して、「ジョンはリンゴ をも食べた」が派生できたとしても、この文はmo が VP に付加している(それゆえ、少 なくともVP 全体を焦点化できる)(17)a の構造を反映してはいない。このことは、たとえ ば、「ジョンはナシを摘んだだけでなく...」という文にmo が VP に付加した「リン ゴを食べもした」を続けることはできるが、「リンゴをも食べた」は続けにくい、という 事実が示している。)
(17) a. John-wa [VP [VP ringo-o tabe] -mo] -taT
b. John-wa [VP [VP ringo-o tV] -mo] tabe -taT (V-raising across an adjunct)
c. *John-wa [VP [VP ringo-o si] -mo] tabe -taT (Su-support)
また、痕跡は小辞が付加するような基体とはなれないというもっともな理由から、(17)b はmo が PF で付加できる基体が存在しないために不適格となるのだという反論があるか もしれない。ところが、まさに、この環境で su–挿入が起こってよいはずなのに、それを 適用した(17)c は全くの非文である。 実は、日本語の su–挿入は、孤立した時制辞を救うだけでなく、一般に、動詞が要求され る位置に何らかの理由によりそれが存在しないときに適用されることを示す事実があ る。
つぎの(18)b では動詞 hazime(ru), (19)b では形容詞 ta(i), (19)c では aspectual な te が、それぞ れ形態的理由から動詞に下接しなければならないのに、Q-particle mo の存在によってそれ が阻止されているために、su–挿入が起こっていると考えることができる。
(18) a. John-wa ringo-o tabe-hazime-ta b. John-wa ringo-o tabe-mo si-hazime-ta c. John-wa ringo-o tabe-hazime-mo si-ta (19) a. John-wa ringo-o tabe-ta-gar-te i-ta
b. John-wa ringo-o tabe-mo si-ta-gar-te i-ta c. John-wa ringo-o tabe-ta-gari-mo si-te i-ta
d. John-wa ringo-o tabe-ta-gar-te-mo i-ta (Su-support not applicable) e. John-wa ringo-o tabe-ta-gar-te i-mo si-ta
したがって、(17)b の動詞の痕跡の位置に小辞としての Q-particle が付加する基体として su を挿入できない理由はないはずである。にもかかわらず、(17)c が全くの非文であるとい う事実は、結局日本語には顕在的な動詞移動は存在しないことを強く示唆する。
• Koizumi (1995) presents arguments for string vacuous V-raising from to-coordination and pseudo-clefting. However, the validity of his arguments has been questioned by Aoyagi (1998b) and Takano (1999). Furthermore, Takano proposes an alternative analysis of “surprising constituents” which Koizumi’s arguments largely draw on.
3. An Alternative Analysis: Morphological Merger
3.1 PF における形態的併合(morphological merger) 1.1 節でみたように、日本語の動詞+時制辞は音韻的には紛れもなく語を形成するので、 これが動詞移動によるものではないと主張する以上、代案を示す必要がある。本稿では、 日本語の動詞+時制辞複合語がLasnik 1995 のいう形態的併合によってもたらされると考 えたい。 (20)b にみられる英語の否定文における do–挿入の事実については、従来さまざまな説明 が試みられた。たとえば、Chomsky 1991 は否定辞 not が NegP の主要部として VP と時制
辞T の間に介在するため、(6)の主要部移動制約によって動詞の時制辞への移動が阻止さ
れるという見解をとった。しかし、この見方では、(21)が示すフランス語における動詞の
否定辞pas を超える移動の事実に対する説明を複雑にし、また、Emonds 1978 が指摘した
英語のBE/HAVE 動詞の移動の事実の説明を困難にする。
(20) a. *John likes not Mary.
b. John does not like Mary. (Do-Support) (21) Jean (n’)aime pas Marie.
(22) a. John is not leaving. b. John has not left.
さらに、英語の否定辞not やフランス語の pas はそれぞれ VP に付加した付加詞と同様の
分布を示すので、そもそも主要部の移動を阻止するような要素であるとは考えにくい。 そこで、Lasnik は(23)のような仮説を立て、英語の do–挿入の事実を説明した。(23)は
Lasnik 1995 から直接引用したものだが、それを説明的に述べ直すとつぎのようになる。 (23) a. 時制辞 INFL は音声形式を伴う接辞(affix)であっても、音声形式を伴わない形式 素
性の集合(set of formal features)であっても、どちらでもよい。(ただし、時制辞 が音声形式を伴わない形式素性の集合であるときは、時制を含む屈折素性(すな わち、音韻素性と形式素性の両方)は助動詞または動詞に現れる。) b. 接辞として出現した時制辞 INFL は動詞と形態的に併合しなければならない。こ の併合はPF における操作で、隣接条件(adjacency condition)に従う。 (23)の Lasnik の仮説の下では、フランス語の時制辞は常に音声形式を伴わない形式素性の 集合である(したがって、動詞も常に屈折素性を伴う)一方、英語ではBE/HAVE 動詞を 含む助動詞のみが屈折素性を持つ、ということになる。(24)a のように、時制辞 INFL が形 式素性のみを持つ場合は、同じ素性がフランス語ではあらゆる動詞に、英語では助動詞 に現れる。時制辞INFL または動詞の形式素性が顕在的に除去されなければならないもの であるとすると、動詞の時制辞への移動が動機づけられる。また、否定辞not/pas が VP 付 加詞であると考える限り、この移動を妨げるものではない。英語の時制辞には、(24)b の ように、接辞として出現するオプションもある。この場合、(23)b の仮説により、時制辞 は動詞とPF で形態的に併合しなければならない。この併合過程は隣接条件に従うが、 (24)b では問題なく併合が行われる。ところが、(24)c のように、時制辞と動詞の間に否定 辞が介在する場合は、隣接条件が満たされず、併合は阻止される。この場合にdo–挿入が 起こるというのが、Lasnik の主張である。
(24) a. ... INFL[+F] not/pas AUX/V[+F] ... (V-raising OK)
b. ... INFL[+aff] V ... (PF merger OK)
c. ... INFL[+aff] not V ... (PF merger blocked --> Do-Support)
3.2 Su–挿入再考 前節のLasnik の分析をもとに日本語の su–挿入を再考すると、つぎのように考えられる。 すなわち、日本語の動詞+時制辞の複合語形成は常に形態的併合によって実現される。 (25)a のようなふつうのケースでは、(27)a に示すように動詞語幹と時制辞が隣接条件を満 たすので、形態的併合が起こる。ところが、(27)b の構造を含む(25)b のようなケースでは、 隣接条件が満たされず形態的併合は阻止されるが、su–挿入によって(25)c が派生する。 (25) a. John-wa ringo-o tabe-ta (=(4a))
b. *John-wa ringo-o tabe-mo/sae/wa -ta (=(4b)) c. John-wa ringo-o tabe-mo/sae/wa si-ta (=(4c))
ただし、日本語には動詞移動は存在しないので、時制辞が持つ素性が移動を動機づける ような形式素性であるとは考えられない。そこで、日本語の時制辞は英語やフランス語 のそれとは違い、(26)に述べたような条件を満たすための形態素性を持っていると考え る。
morphologically subcategorized for (or c-selects) a verb stem.
ここでいう形態素性とは、音韻素性と同様に、core computation には関与せず、PF でのみ 可視的(visible)である素性と仮定する。
(27) a. ... tabe ]VP -ta[+suff] ... (PF merger OK)
b. ... tabe ]VP Q0/max ]VP -ta[+suff] ... (PF merger blocked --> Su-Support)
本稿のsu–挿入の分析が正しいとすると、日本語では時制辞のみならず、(18), (19)で観察
した影山1993 がいう統語的複合語形成に関わる hazime(ru)のような動詞や願望
(desidrative) の形容詞 ta(i)、さらに使役の sase や受身の rare などもすべて同様の形態素性 を持つことになるが、必ずしも無理な見方ではない。
• Sakai (1998a, b) reaches a similar conclusion, and in his latter work, he reinforces his argument against V-raising with recourse to scope facts.
4. Some consequences この節では、日本語に顕在的な動詞移動、ひいては主要部移動が一切存在しないという 本稿の主張がもたらすいくつかの帰結を考える。 4.1 形容詞における/i/–代入 Nishiyama 1998, 1999 が問題にしているように、日本語の形容詞の時制に関する屈折は、 (28)a の非過去形と(28)b の過去形が示すように、不揃いである。 (28) a. nami-ga taka-i
b. nami-ga taka-katta (<-- taka-ku ar-ta)
歴史的には非過去形語尾のi は古語の連体形語尾 ki に由来するといわれてはいるが、過去 形語尾のkatta がもともと ku+ar+ta という過去形時制辞 ta を含んだ形式であることが明ら かなのとは違い、不透明である。 形容詞の過去形語尾がku+ar+ta に由来するものとするなら、非過去形語尾はその時制辞 をru に入れ替えた ku+ar+ru に由来すると考えるのが自然であるが、(29)a に示すように、 一般にはこの形式は認められない。ところが、一旦、(29)b のように ku と ar(u)の間に Q-particle が介在すると、ku と ar+ru が出現するのである。
(29) a. *nami-ga taka-ku ar-u/taka-karu b. nami-ga taka-ku-mo/sae/wa ar-ru
この事実から、ku, ar, ru の3つの形態素が PF で隣接して出現すると、それを i に置き換え る(30)のような代入規則が存在すると仮定してみよう。
(30) /i/-suppletion: ku + ar + ru —> i
Morphology の枠組みでは、3つの形態素を1つに置き換えるのではなく、ku, ar, ru に対
応するそれぞれの形態素性を持った主要部がPF でひとつの構成素にまとまったとき、そ
の構成素をi で語彙化するプロセスであると考えることもできる。)
(30)の i–代入の仮説は、つぎのような事実によっても支持される。 (31) a. kokorozasi-wa taka-ku ar-u beki da
b. *kokorozasi-wa taka-i beki da (32) a. taka-ku ar-u hazu-no nedan-ga …
b. taka-i hazu-no nedan-ga …
(31)の beki(終止形は besi)は古語の形容詞が現代語に残存している稀な例であるが、補 文を取り、その述語が形容詞の場合には、語尾にi ではなく、ku+ar+ru を要求する。また、 (32)の hazu は補文を取る形式名詞であるが、補文の述語が形容詞の場合に、i 形のみなら ず、ku+ar+ru 形も許す。これらの事実はいずれも、ku+ar+ru という3つの要素を i で置き 換えるi–代入規則の存在を支持する。 一般に、代入規則は、PF におけるある構成素をある語彙で置き換える操作であると考え ることができる。いま、(31)a, (32)a に含まれる taka-ku ar-u という形式が(33)a の構造に由
来すると考えることにする。形容詞の語幹が直接接するku という形態の出自はいまのと
ころ不明である。Takano 1996 はすべての語彙範疇にそれに対応する light head が存在する 可能性を示唆しているので、ここではこれに従い、ku が形容詞 A に対応する light head a に当たると仮定しておく。(注:Nishiyama 1999 は ku が一種の predicate copula であると 仮定しているが、どちらの見方が正しいかを決定することは本稿の射程圏外で、将来の 研究結果を待ちたい。ただ、重要なのは、ku が形容詞の語幹とは独立した主要部をなす、 という点である。) ここで、taka-ku ar-u という複合形式が循環的な主要部移動によって派生すると仮定する と、(33)b の表示を得る。ところが、(33)b の表示では、形容詞の語幹を除き、ku+ar+ru だ けを支配するような構成素は存在しない。したがって、i–代入は taka+ku+ar+ru 全体(すな わち、高い方のT に支配された要素)を taka-i に置き換える規則ということになる。すな わち、これでは形容詞の数だけ別個の代入規則が必要になり、明らかに望ましからぬ結 果である。
(33) a. b. After (successive) head-raising
T’ T’
vP T vP T
aP v ru aP v v T
AP a ar AP a t a v ru
taka t taka ku
(No constituent exclusively dominates ku+ar+ru.)
では、今度はtaka-ku ar-u という複合形式が、動詞+時制辞の場合と同様に、形態的併合 によってもたらされると考えてみよう。いま、形態的併合が Bobalijk 1995 がいうように PF における付加であると仮定する。いまのところ、形態的併合が従わねばならないこと が明らかになっている制約は隣接条件だけである。すなわち、統語的操作が従わねばな らない循環性(cyclicity)や構造の拡大制約(extension requirement)は、PF の操作である形態 的併合には関与しない。すると、(34)a–c のように形態的併合が上位の要素から繰り返し 適用して、形容詞の語幹を含まず、ku+ar+ru だけを支配するような構成素を形成するこ とが可能である。そうすると、(34)c–d のように、形容詞の種類に関係なく、ku+ar+ru の みを支配する構成素を i で置き換える規則として、i–挿入規則を記述することが可能にな る。 (34) a. [T’ [vP [aP [AP … taka ] ku ] ar] ru ]
b. [T’ [vP [aP [AP … taka ] ku ]] ar+ru] (merger of ar to ru)
c. [T’ [vP [aP [AP … taka ]]] ku+[ar+ru]] (merger of ku to ar+ru)
d. [T’ [vP [aP [AP … taka ]]] i ] (/i/-suppletion)
また、この見方は、現代語の一般的な環境でも、(29)b のように Q-particle が介在する場合
にはi–代入が起こらないことも同時に説明する。すなわち、(35)に示したように、この文
脈では、ar と ru の併合は可能であるが、ku と ar+ru の併合は Q-particle の介在により阻止 される。隣接条件が満たされないからである。このように、ku+ar+ru の3つの要素が1 つの構成素にまとまらない以上、i–代入は起こり得ない。
(35) a. [T’ [vP [aP [aP [AP … taka ] ku ] -mo ] ar] ru]
b. [T’ [vP [aP [aP [AP … taka ] ku ] -mo ]] ar+ ru] (merger of ar to ru)
c. *[T’ [vP [aP [aP [AP … taka ]] -mo ]] ku+[ar+ ru]] (merger of ku to ar+ru blocked)
4.2 語順について
つぎに、本稿の動詞屈折の分析は、語順についてもある種の帰結をもたらす。近年、語 順についてはさまざまな提案がなされているが、ここで前提にするのは(36)a, b の仮説で
ある。本稿で仮定してきたように、形態素性がPF にのみ関与するものだとすれば、(36)a,
b から帰結として(36)c が導ける。
(36) a. Linearity is only relevant in PF. (Chomsky 1994, 1995)
b. Only functional elements in the lexicon are subject to parametric variation. (the functional parametrization hypothesis by Fukui 1995, also cf. Borer 1984)
=> c. The morphological nature of functional elements in a given language determines its word order.
(注: Chomsky は(36)a の仮説ゆえ、Kayne 1994 の語順決定アルゴリズムである LCA (Linear Correspondence Axiom)は PF で適用すると考えている。また、Fukui は(36)b の仮 説を立てながらも、Fukui & Takano 1998 や本稿の主張とは異なり、語順に関するパラメ
ターは必要であると述べている。)
(37) The Japanese tense morphemes -ru and -ta are suffixal (to the verb stem).
さらに、(37)に述べられた日本語の時制辞に関する事実が、その形態素性として表される とするなら、語順に関するパラメターを排して、一般に、機能範疇が持つ形態素性によ って基本語順を決定する可能性があるのではないかと思われる。 いま、議論を簡単にするために、日本語において、統語部門で時制辞T と VP が併合した 派生の段階を想定する。そして、(36)a の仮説に従い、統語部門では語順は決定しておら ず、T と VP が併合し、T が投射することで、T が VP 内の要素を非対称的に c-command するという階層関係のみが決定しているものとする。すると、この時点では、T と VP の いずれが先行するか、また、VP 内で V と目的語のいずれが先行するかで、それぞれ 2 通 りずつ、計4 通りの可能性があることになる。 ここで、日本語に顕在的統語部門における動詞の時制辞への移動があるとし、それが(37) の事実を満たすようなかたちで(すなわち、動詞が時制辞の左側に付加するかたちで)適 用すると仮定すると、結果として(38)a–d の4通りが得られる。
(38) With V-raising (head-parameter still necessary)
a. T’ b. T’
VP T VP T
OBJ tV V T[+suffixal] tV OBJ V T[+suffixal]
c. T’ d. T’
T VP T VP
V T[+suffixal] OBJ tV V T[+suffixal] tV OBJ
いずれの場合も、動詞の時制辞への移動は主要部移動制約に従っており、適格である。 また、動詞が時制辞の左側に付加することで、時制辞の形態的要求も満たされている。 しかし、 (38)a–d の4通りの可能性のうち、目的語>動詞語幹>時制辞 という正しい 日本語の語順を選び出すためには、PF において、主要部パラメター、もしくは、何らか の語順決定のためのアルゴリズムが別途必要になる。 ところが、(39)a にあるように、そもそも接辞化というのは、たとえば、接頭辞は語幹の 左側に、接尾辞は語幹の右側に付加するという意味で、接辞と語幹との線形順序を決定 する働きをする。また、日本語では、時制辞や補文標識といった典型的な機能範疇(これ をFukui 1995 の示唆に従い、[+F, -L]という範疇素性を持ったカテゴリーとする)だけで なく、使役の sase、受身の rare、さらに、さきほど見た統語的複合語の形成に関与する hazime(ru)などの動詞群、つまり、語彙的性質と機能的性質を併せ持った範疇(同様に、 これらを[+F, +L]のカテゴリーとする)の両方が、(39)b で述べた接尾辞的性質を形態的に
持っている。
(39) a. Affixation (e.g. prefixation and suffixation) encodes linearity (at PF). b. All functional elements in Japanese are suffixal.
そこで、日本語の機能範疇がすべて[+suffixal]という形態素性を持ち、さらに、Lieber 1983, Speas 1991 がいう意味で、それぞれがある特定の範疇の語幹を選択する(あるいは、 下位範疇化されている)ことを規定した選択素性も持っていると仮定しよう。ここでは、 いずれの素性もPF においてのみ可視的な形態的素性であると考える。 すると、(40)に示したように、主要部の移動がないとする限り、機能範疇の形態素性によ り語順が決定できることが分かる。
(40) Without V-raising (head-parameter unnecessary)
C’
TP C[+suffixal] (C is morphologically subcategorized for T)
(SUBJ) T’
VP T[+suffixal] (T is morphologically subcategorized for V0)
OBJ V すなわち、機能範疇T, C はともに[+suffixal]であり、T は V を C は T を語幹に選択するの であるから、PF における接辞化が隣接条件に従う限り、これらの条件をすべて満たすの は、(40)の語順しかあり得ない。 このように、日本語の機能範疇が接尾辞であるという特質はどのみち文法に取り込まね ばならないのだが、動詞移動が存在しないという本稿の立場では、この機能範疇の特質 から語順を決定できるのに対して、動詞移動が存在するという立場では、それとは別に PF で語順を決定する手立てが必要であることが明かとなった。このことも本稿の立場の 優位性を示すものと思われる。
• For Takano (1996) and Fukui & Takano (1998), the base order is SOV across languages, and head-initial orders (e.g. SVO and VSO) are the result of head-raising. Choice between their analysis and the one proposed here should be made in reference to facts of “mixed order” languages like Chinese as well as other facts of language variation.
4.3 複合動詞形成への含意
最後に、本稿の分析のもたらす複合述語形成への含意について触れたい。 4.3.1 語彙的複合述語と統語的複合述語
影山1993 は日本語の複合述語には、(41)a の語彙的派生によるものと、(41)b の統語的派
(41) a. tobi-agar(u), osi-hirak(u), naki-sakeb(u), … b. harai-oe(ru), syaberi-tuzuke(ru), tabe-sugi(ru)
ただし、両者とも形態的には「語」という単位を形成していると述べ、その証拠として、 (42)に見られるように、どちらも2要素間に Q-particle の介在を許さないという事実を挙 げている。
(42) a. *tobi-mo-agar(u), *osi-sae-hirak(u), *naki-wa-sakeb(u), … b. *harai-mo-oe(ru), *syaberi-sae-tuzuke(ru), *tabe-wa-sugi(ru)
この事実は、「語」という単位が持つ、ある種の形態的緊密性(morphological integrity)に由 来するものである。しかし、両者にはこの点に関して明らかな違いがあり、(43)a に示す ように、語彙的複合述語では、su–挿入規則を用いても、(42)a の非文法性は改善しない が、 (43)b に示すように、統語的複合述語の方は、su–挿入規則によって文法的になる。
(43) a. *tobi-mo-si-agar(u), *osi-sae-si-hirak(u), *naki-wa-si-sakeb(u), … b. harai-mo-si-oe(ru), syaberi-sae-si -tuzuke(ru), tabe-wa-si-sugi(ru)
本稿で明らかにしてきたように、日本語の su–挿入規則は、動詞語幹を形態的に選択して いる機能範疇が何らかの理由によって動詞語幹との隣接を妨げられているときに、PF で 適用するのであった。すると、語彙的複合述語は、影山のいうように、2つの動詞がレ キシコンで結合されてから派生に導入されたものであり、一方、統語的複合述語は本稿 の主張に従えば、PF における形態的併合で2つの要素が結合されたものである、という ことができる。そして、(42)のような環境で su–挿入を要求するという事実から、統語的 複合述語の第2要素は、(44)に述べたような意味で、機能範疇的である。
(44) Aspectual verbs in Japanese (e.g. oe, tuzuke, sugi, etc.) are all morphologically subcategorized for V; therefore, they are [+F] (as well as [+L]) elements.
4.3.2 述語どうしの直接併合による複合述語の分析
Hoshi 1999, Saito 2000 は、Saito & Hoshi 1998 の light verb の分析がもたらす、θ役割付与が 派生の途中で起こることも可能であるという帰結を基に、複合述語を2つの述語を直接 併合して派生する可能性を論じている。彼らによれば、(45)a, b のように、他動詞に願望
の形容詞ta(i)のような状態述語が結合した場合に生じる格交替の現象は、つぎのように説
明される。
(45) a. boku-wa ringo-o tabe-ta-i (object marked with ACC) b. boku-wa ringo-ga tabe-ta-i (object marked with NOM)
Saito, Hoshi によれば、ringo にθ役割を付与する動詞 tabe は、(46)a のように ringo と併合し て投射したのち、ta(i)と併合しても、また、(46)b のように、付加により直接 ta(i)と併合し てもよい。(46)a のように、tabe がまず ringo と併合すると、ringo は格付与能力のある tabe
の投射内に留まるので、ヲ格が付与され、(46)b のように、tabe と ta(i)が直接併合して、 ta(i)が投射すると、ringo は格付与能力のない ta(i)の投射内に現れざるを得ず、最終的にガ 格が付与される。
(46) a. A’ b. A’
boku-ga A’ boku-ga A’
VP A ringo-ga A
PRO V’ V A V A ringo-o tV tabe[+ACC] ta[-ACC] tabe[+ACC] ta[-ACC]
Saito, Hoshi は、(46)a における2つの述語の結合が主要部移動によって起こると仮定して いる。ただ、本稿の主張に従えば、これは形態的併合の結果ということになるが、この 点はさほど重要ではない。むしろ、(46)b の派生が妥当なものであるかどうかを吟味しな ければならない。
Saito, Hoshi のθ役割付与が付加位置からも可能であるという仮説が正しい限り、(46)b にθ 役割付与に関する問題は生じない。また、Bare Phrase Structure Theory の下では、投射し
ない範疇は自動的に最大範疇とみなされるので、ta(i)に併合した tabe は V0かつVmaxであ
り、ta(i)の選択素性も満たされると考えられる。
さらに、(45)a, b の動詞の右側に Q-particle mo を挿入した(47)a, b の容認性の差は、Saito, Hoshi の分析が正しいことを示唆している。
(47) a. (?)boku-wa ringo-o tabe-mo si-ta-i b. ?*boku-wa ringo-ga tabe-mo si-ta-i cf. boku-wa ringo-o/ga tabe-ta-ku-mo ar-u
Ringo がヲ格を伴った(47)a は mo の挿入を許すが、ガを伴った(47)b は許さない。いずれの
場合に対しても、動詞tabe が目的語 ringo と併合したあと、VP が ta(i)と併合した構造を仮
定する従来の分析では、この差は説明できない。しかし、Saito, Hoshi の分析では、ringo がヲ格を伴う(46)a の構造では、mo が VP に付加する可能性があるのに対し、ガ格を伴う
(47)b では、mo は V0に付加せざるを得ない。Q-particle に最大範疇にしか付加できないと
いうような制約を課すべきかどうかは、いまのところ不明である。しかし、(47)a には、 tabe がその項である ringo と併合し、θ役割を付与したあとで、mo が付加する派生が可能 であるのに対して、(47)b には、逆に付加詞である mo を項より先に併合する派生しか存 在しないことが問題であると考えられる。したがって、本稿の議論は、Saito, Hoshi の主 張する(46)b の派生の存在を基本的に支持するものと考えられる。
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