●研究論文●
PC
上での網羅的な履歴による過去の活動全体の
再構成と問題解決への履歴利用の可能性
近藤 秀樹
In this paper, the authors have implemented an experimental history utilization sys-tem which support to retrieve useful information for user’s problem solving by inspect-ing the entire activity log on PC and readinspect-ing the implication of the activity, and have shown the potential of various usage of history. That is the feature to handle the history of entire activity with keeping the bundle of activity, not to handle the daily problem solving partially. By using such exhaustive history, the users could use the relevancy in explicit way, And it become possible to utilize the history of past activity more than using information as is recorded. Actually, the authors have developed the experimental system to record the exhaustive history by screenshots and inspecting and reading that. As a result, although the users did not utilize the system as often as the authors expected, it became possible to utilize each information fragments that was not recorded explicitly in usual way and the relevancy of them by reading the activity bundle. It was also shown that the potential of extracting and utilizing the information of past activity that was not recorded explicitly from the current point of view. And in the experiment process, the potency of obtaining useful knowledge by sharing the entire activity with others have been indicated.
Keywords: exhaustive history(網羅的な履歴), restructuring entire activity(活動全 体の再構成), screenshots(スクリーンショット), reading bundle of activity(活動のまと まりの読み取り), problem solving(問題解決)
1. は じ め に
パソコン上で,操作の履歴をそのままの形で繰り 返し再利用する機能は珍しくない.たとえば標準的 なウェブブラウザでは,ユーザが開いたウェブペー ジのURLやタイトルなどを記録しており,その履 歴を一覧表示してそこからもう一度開きたいウェブ ページを選ばせたり,ユーザのURLの入力を補完 するなどの形で操作履歴の再利用が可能になってい る.このような履歴の使い方の本質は,繰り返し同 じウェブページを開くという「操作の手順や負担をRestructuring the Past Entire Activity with the Ex-haustive History on PC and the Potential of History Use for Problem Solving, by Hideki Kondo (Cen-ter for ICT Education, Faculty of Copmu(Cen-ter Sci-ence and System Engineering, Kyushu Institute of Technology). 省力化すること」である.しかし,履歴の利用の可 能性は省力化だけにとどまらない.人は普段から問 題解決のために過去の活動を多様な形で利用してお り,PC上での活動の履歴を問題解決のために利用 することの意義は大きい.しかし省力化以上の履歴 の利用はこれまでの履歴利用の手法では実現が困難 であり,そのため,過去の活動の履歴を問題解決を はじめとする様々な活動支援のために利用すること の可能性は十分には明らかにされてこなかった. これまでにも履歴を省力化以上に利用しようとす る試みがなかったわけではない.たとえばMemory Retriever (森田他, 2007)は,過去のウェブページ の内容だけでなく,その活動に関連する自分の記憶 を想起する手がかりとして利用するために,ウェブ 閲覧時の履歴をウェブページのサムネイル画像等 によっても記録しておき,キーワード検索などの
手法で取り出して視覚的に提示する,という履歴 の利用を行う.通常のウェブブラウザの履歴機能は ウェブページを開く操作を省力化するにとどまる が,Memory Retrieverはウェブページを開くこと を省力化するのではなく,当時の活動についての記 憶が利用可能になっている点で本質的に異なる履歴 の利用である. しかしこのような履歴の利用でも,たとえば問題 解決のために履歴の可能性を十分に利用している とは言えない.Memory Retrieverではブラウザの 利用履歴の視覚的な提示とそれを基点として想起さ れる記憶だけに限られているが,PC上での問題解 決に関わる活動はブラウザだけで行われているわけ ではないためである.活動の背景にある目的や意図 を実現するために様々なソフトウェアやウェブサー ビスを駆使し,それらを互いに関連づけて構造化し つつ,全体として一貫した活動のまとまりを作り上 げながら人は問題解決を行う.そのため,特定のソ フトウェアの履歴だけを記録し利用する手法では, 単に履歴に記録が残っていないだけでなく,そうし た活動のまとまりや構造を読み取ることが困難に なる.活動のまとまりは人の活動に不可欠であり, それらなしに活動の履歴を利用することは困難で ある. 本研究の目的は,PC上での網羅的な活動の履歴 の記録から,活動の構造を人が意図的に利用して, 活動の意味や全体像を読み取るという,これまでに ない履歴の利用システムを実現し,実際の問題解決 などの場面での利用の多様性の観察を通じて,新た な履歴利用の可能性の一端を明らかにすることであ る.本研究はアプリケーションごとの履歴を記録す るのではなく,環境全体にわたって活動を網羅的に 記録するという点に大きな特徴がある.そして網羅 的な履歴によってはじめて,単に多くのアプリケー ションの履歴が同時に利用できるだけにとどまらず, アプリケーション間の連携や問題解決の手順など, 人の活動の複雑な構造が記録されるようになり,そ れを人が意図的に読み解いて使うことが可能にな る.その結果,これまでに実現されてきた履歴利用 以上の,履歴の多様な利用の可能性を検討でき,過 去の問題解決を利用して当面の問題をより適切に解 決できる.
2. 活動全体のまとまり
2.1 問題解決における「活動全体」の「まとまり」 人がPC上で行う現実の問題解決は,多くの側面 からなる複合的な活動である.PC上で複数のアプ リケーションを使って様々な情報を密接に結びつけ つつ全体として1つの活動を遂行する. 一例としてプログラミングを考えてみても,実際 にはプログラミングというひとつの活動だけがある わけではない.開発環境やテキストエディタ,コン パイラなどを使った狭義のプログラミングそのもの だけでなく,ウェブブラウザや電子化されたマニュ アルを使って調べものをしたり,メールやチャット 等で仲間から得た情報を参考にしながら「全体とし て」活動を遂行することが珍しくない.そして,人 は個々の情報をPCの画面上で個別に扱うのではな く,必要に応じて情報を互いに関連付けた「まとま り」を作って利用することで,広義のプログラミン グを行っている.ブラウザで調べたことを見ながら コードを書き,何度も実験的に動かしてテストし, その様子を見ながら理解を深める,というふうに, 複数のアプリケーション上での活動を互いに関連付 けながらプログラミングすることが普通である. そのため,包括的に関連性が見えるように活動の 全体像を記録することで問題解決全体を支援できる 可能性がある.そのためには,単に複合的な活動を 網羅するということでは十分ではなく,人がそれら の関連をひとめ見て読み取れるような「まとまり」 をたもって記録することが重要である.なぜなら, たとえ内容が網羅されていたとしてもそれぞれの情 報がばらばらに記録されてしまったのでは互いの関 係性が記録に残らず,人が容易に活動の内容を読み 取ることが困難になるためである. そうした網羅的な履歴の記録によって初めて,こ れまで以上に問題解決に必要な情報が記録されるよ うになる.たとえば上記のプログラミングの例で言 えば,画面上で扱っているコードやウェブページや メールなどの情報を,それらの関連も含めて網羅的 な履歴に記録することで,プログラミングという活 動の全体像を扱うことができるようになる. 2.2 「活動全体」の「まとまり」の利用の意義 過去の活動全体のまとまりを振り返って読み取る ことが可能になることで,過去の活動の意味や内容をモデル的に理解することができる.具体的には, 以下に示すような,これまでの手続き的な利用や部 分的な利用とは異なる履歴の利用が可能になる. 素朴には,活動全体の履歴が網羅的に残るため に,問題解決を構成する個々の情報もこれまで以上 に利用可能になる.たとえ履歴を一切扱えないよう なアプリケーションを利用していても,その内容は 網羅的な履歴に含まれるため,その内容を読み取る ことで,履歴に含まれる有益な情報が利用可能にな る.たとえば,特殊な機能が充実しているなどの事 情があって,Undo機能が貧弱なアプリケーション を使わざるを得ない場面は珍しくないが,Undo機 能の必要性は通常と変わらない.創造的な活動であ ればなおさらである.そのような場合でも,2.1節 で述べたような,画面上で扱っている情報が網羅的 な履歴に記録されていれば,そのアプリケーション の利用の履歴も記録に含まれるため,その内容から 必要な情報を読み取って,結果的にはUndoするこ とが可能になる. 網羅的な履歴には活動全体のまとまりが保たれて いるため,履歴に記録された豊富な情報そのものが 利用できるだけでなく,それらの間の関係性も同時 に読み取ることができるようになる.前述のプログ ラミングの例で示したように,PC上での現実の問 題解決において人が全く何も参照しないというこ とはない.活動で利用された個々の情報そのものと 同様に,それらの間の関係性が重要な意味を持つ. ウェブページや電子マニュアルを関連付けつつコー ドを書き,その結果を見ながら理解を深めていくプ ロセス全体でプログラミングという問題解決を行う ため,それらを個別に記録したのでは関連性を読み 取ることができず,個々の情報の意味内容も分から なくなる.しかし活動の「まとまり」が保たれてい るので,そうした関連性を損なわずに読み取ること ができる.たとえばスクリーンショットでPCの画 面を記録すれば,スクリーンショットに映り込んだ 個々の情報の間の関係性を視覚的に読み取り,活動 全体の内容を再構成して理解することができる.一 例を挙げると,どのウィンドウをアクティブにし, 何を見ながらプログラミングを行っていたのか,を 読み取ることができる.そのため,そこでのプログ ラミングを全体的に再現し,そこでの活動の内容を より深く理解することができる.また,スクリーン ショットを一枚撮るのではなく継続的に撮影してお けば,時間順に振り返ることで,単に同時にどのよ うな情報を扱ったかということだけでなく,それら をどのような一連のプロセスで利用したのかも利用 可能になる.たとえば,単にコマンドプロンプト上 でタイプしたコマンドだけしか見えない場合,それ が何を意図したのか,どんな目的で実行したのかを 理解することは難しい.しかしその前後を見れば, そのコマンドに関係する他の情報がまとまっている 可能性は高く,そうした情報のまとまりを利用して, 目的とする情報を取り出せる可能性がある. 履歴を用いようとする際の手がかりが必ずしも 厳密でなくてもよいことも,網羅的な履歴の利用に おいて重要な特徴である.記録が網羅的であるため に,それほど適切でない手がかりしか思いつかない 場合でも欲しい情報に近い活動場面を取り出せる可 能性がある.いったんそのような活動場面を見つけ 出すことができれば,その活動のまとまりに含まれ る情報を追加の手がかりとして利用することができ ると考えられ,よりいっそう多くの情報を手に入れ る足がかりとして働くことが期待できる.このよう な過去の活動の利用はこれまでのような単独のアプ リケーションの履歴のみでは実現が困難である. 活動全体が網羅的に記録され,それを自ら振り返 るということは,単に記録されている情報が多く利 用できるというだけでなく,履歴には明示的には記 録されていない情報も利用可能にする.そのような 事例の1つは活動当時に用いた背景知識である.た とえばプログラミングの場合,そのとき利用する言 語の仕様や計算機のモデルなどを考えることができ る.本研究で扱う網羅的な活動履歴は,網羅的とは いっても,人の内的な思考のプロセスまで網羅的に 記録するというわけではない.PC上での活動を記 録するだけである.過去の問題解決それ自体の目的 や,その過程で用いた背景知識,あるいは活動その ものから学んだことは,活動の場面に直接現れるこ とは少なく,そのため,活動の網羅的な履歴にも明 示的には残らない.たとえば計算機環境に対する理 解や自分のプログラミングの経験,そのプログラム で達成したいゴールなどをはじめとする膨大な背景 知識は,プログラミングのために必要不可欠だが, 直接PC上での活動にその内容そのものが表出さ れることはほとんどないため,履歴には記録されな い.しかし2.1節で述べたように,網羅的な履歴に はPC上で用いる多くの情報がまとまりを保った
まま記録されており,その構造を人が意図的に読み 取ることができ,それが手がかりとして働くこと で,活動当時に用いた背景知識を想起することが 可能になる.たとえば現実のプログラミングでは, 解説ウェブサイトや電子化されたマニュアルにある サンプルコードを参考にし,それを真似しつつ,自 分の持っている言語仕様や様々な経験則なども使っ てコードを書くことはそう珍しいことではない.こ のとき使った知識そのものは履歴には記録されない が,ソースコードが書かれる過程やその周辺の状況 を見れば,何を参照してどのようにコードを書いた のかがわかる.そしてそれが手がかりとなって,そ の当時の活動の全体像を思い出すことができ,その 活動に関連する自分の知識も自然に思い出すことが 可能になる.また,当時の活動を通じて学んだその 関数の特徴や注意事項などを思い出すことも期待で きる. 一方,網羅的な履歴によって想起可能になるのは, 当時の知識ばかりではない.当時は利用できなかっ た知識も現在の視点から利用できる可能性がある. 当時は理解が浅かったために,表面的にサンプルを 真似して書いたプログラムについて,その後の経験 を通じて深い理解を獲得したような場合を考えるこ とができる.たとえばマルチスレッドを用いたプロ グラムは技術的に難しいプログラムの一例と考えら れるが,それでも小規模な場合には,サンプルプロ グラムを改変していくうちに,そのプログラムの動 作についての深い理解を得ることなく,自分の望み の動作をするプログラムが得られてしまうことがあ る.そのため,このときの活動の記憶をどれだけ振 り返っても,ソースコードや参考資料を取り出すこ とはできるが,マルチスレッドについての理解を得 ることはできず,当時の知識を別の活動に活かすこ とができない.しかし,その後のさまざまな経験を 通じて非同期処理や並行処理に関する経験を積んで いれば,その視点から過去の活動を見ることで,そ の後獲得した知識を用いて当時は理解できなかった プログラムの動きを理解できる.過去の活動やその 履歴を用いることで,その当時にはなかったような 価値を後から得ることが可能になると考えられる. 2.3 映像による「活動全体」の「まとまり」の 記録 ここまでで,活動全体のまとまりをもった網羅的 な履歴の意義について述べた.ここでの活動全体 のまとまりとは,そのときの活動で同時に用いてい た情報を,包括的に,それらの間の関連性や構造を 保った状態でひとめで見てとれるように記録するこ とを意味する.たとえばPC上での活動は最終的に 画面上で行われるが,画面全体の映像を見れば,そ のときPC上でどのようなことを行っているかをひ とめで読み取ることも難しいことではない.そのた め,画面全体を映像として録画し続ければ,PC上 で行われる一連の活動全体のまとまりを記録できる と言える.一方で,活動の全体像を素朴に記録する と膨大な量の情報が記録されることになり,実際に は記録を蓄積することも読み取ることも困難になる という問題がある. これまでにも,PC上での活動を対象とはしない ものの,現実の世界での活動全体のまとまりを映像 によって網羅的に記録するという試みは少なくない. たとえばMemex (Bush, 1945)のための記録シ ステムとしてその可能性が示されており,また実際 にも,特別なカメラを身につけてセンサーによって 自動的に写真を撮影したり(Hodges et al., 2006), より簡便に一般的なデジタルカメラで日常的に写真 を撮影する(美崎・河野, 2005)などの試みがある. いずれも映像によって活動の場面を記録すること によって,そのときの活動の内容を読み取ることを 可能にしている.しかし映像を単純に記録するだけ では情報の量が膨大になりすぎ,記録装置の負担に なるばかりでなく,その中から必要な場面を探し出 してその内容を読み取ることが困難になる.内容に 基づく検索用のキーワードなどを自動的に映像に 付与することが難しいためである.このことはPC の画面を映像として記録する場合にもあてはまる. 単純な映像の記録では十分ではなく,検索や振り返 りの手法を考慮した適切な粒度での記録が不可欠で ある. そのような検索や振り返りのための構造の適切な 粒度での記録は現実の世界で実現することは困難で あるが,PC上での人の活動にはその可能性がある. PC内での人の活動は記号の操作として実現されて いるため,適切な粒度で構造を保ったまま記録する ことが可能なためである.たとえばユーザからの問 題解決のための働きかけはキーボードやマウスの操 作として実行されるため,PC上では正確に捉える ことが可能である.特にキーボードから入力した文
図1 システム全体の概略図 字列は活動の内容の一端を表しており,記号列とし ての検索も容易であるという特徴がある. そしてある活動の場面で人が扱う情報も,PCの 画面上にまとまりをもった文字列として表示されて おり,その表示を作り出すPCの内部では,その内 容も記号列として正確にとらえることができる.そ れらの情報はもともとPCで処理されるためのも のなので,PCによって容易に記録や検索などの処 理ができる.そしてPCを利用する問題解決の多く はPC上で完結するようになっているため,PC上 での人の活動を網羅的な履歴によって記録すること で,人が日常的に取り組む問題解決全体を適切に補 助できる可能性がある.
3. 手 法
PC上での活動の網羅的な履歴を実際に振り返っ て内容を読み取るために,本研究では2つのシステ ムを実現した.活動の網羅的な履歴を記録するため の記録システムNecoLogger (近藤・三宅, 2004)と, 記録した履歴を振り返るシステム WRetrospector (近藤・三宅, 2007)である.この2つを連携させる ことで,ユーザは自分の実際の活動を振り返り,そ の内容を自分で読み取ることができる.システム全 体の概略を図1に示す. 以下にそれぞれのシステムの特徴を説明する. 3.1 記録システムNecoLogger NecoLoggerは「活動全体のまとまり」を扱うた めに,「網羅的な履歴」を記録するためのソフトウェ アである.そのために,具体的にはPC上でのスク リーンショットを10秒に1度撮影する.スクリー ンが複数ある場合には,すべてのスクリーンを網羅 するように撮影する. 技術的には,もっと頻繁にビデオと同等の頻度で スクリーンを撮影することも可能である.しかしそ れでは記録の量が膨大になるだけで,重要ではない 情報ばかりが増えていく.一方で,撮影インターバ ルを長くすればするほど,重要な場面を取り逃すこ とになり,網羅的な履歴として機能しなくなってし まう.実際にはビデオほどの時間解像度がなくとも 活動のまとまりを記録することが十分に可能であ り,記録の量を現実的なものに減らす必要もある. そうしたバランスをとるために10秒間隔での定期 的なスクリーンショットの撮影という手法を採用し た.また,後述するが,NecoLoggerはキー操作や マウス操作を監視しており,ユーザの操作が一定量 未満の区間ではスクリーンショットの撮影そのもの を省略するようにした.ユーザの操作がなければ画 面に変化がないものとして,履歴の情報量を削減す るためである. 単にスクリーンショットを撮るだけでは,ビデオ での活動記録と同じく,網羅性は高いものの実際に は利用できない.必要な場面を適切に探し出せるよ うな網羅性が必要である.そのためにNecoLogger は,ユーザの操作や画面上のテキスト情報などをま とめてスクリーンショットに結びつけて記録する. これにより,スクリーンショットを全文検索するこ とができるようになる.またその際,ユーザの活 動をアプリケーションごとに収集するのではなく, OSの内部から収集する.活動全体の構造を記録す るためである.そのため,原則的には,ユーザが普 段利用するどのようなアプリケーションを組み合わ せても活動全体のまとまりを収集し,網羅的な履歴 として記録できる. 具体的には以下に示すような情報とその発生時刻 とを記録する. ( 1 ) スクリーンショット撮影時に,同時に,画面 上に表示されている文字列 通常,アプリケーションの改造なしに画面 上に表示されている文字列を文字列として記 録することは困難である.しかし現実の場面 でユーザの利用するアプリケーションを改造 できることはまれであり,現実的ではない. 本研究ではOSの内部動作に割り込み,ア プリケーションが画面に文字列を描き出す動 作に割り込み,その内容を記録している.こ の手法を用いることで,PC上で動作しているほとんどすべてのアプリケーションの表示 する文字列を記録対象とすることができ,本 研究が目的としているような「活動のまとま り」を構成する文字列を記録することが可能 になる. このような手法によってテキスト情報を取 得するため,技術的には,デスクトップ上の アイコンやタスクバーの文字列,タスクトレ イの時計,重なり合って隠れているウィンド ウなどの文字列も取得・検索の対象となりう る.しかしデスクトップ上のアイコンの文字 列はほとんど変化せず,ユーザの活動とは関 連がないと考えられるため除外した.また, 最小化されたウィンドウはユーザの活動には 関連しないものと見なせるため,これも意図 的に除外した.タスクバーの文字列や重なり 合って隠れているウィンドウの内容は,ユー ザの活動の内容と関連があると考えられるた め,除外しなかった. ( 2 ) キーボード操作の内容 キーボードのキーが操作されるたびに,ど のキーが押されたのか,離されたのか,その ときのシフトキーの状態がどうだったかも記 録される. ( 3 ) ウィンドウの切り替え ウェブブラウザで資料を調べつつ,ワープ ロで原稿を書くなど,ユーザは複数のウィン ドウを切り替えながら活動することが普通で ある.NecoLoggerはこうしたウィンドウの 切り替えの様子を記録する.具体的には,ど のウィンドウからどのウィンドウに切り替え られたのか,そのタイトルとウィンドウの識 別子を記録する. ( 4 ) 「コピー」「切り取り」した文字列 ユーザがテキストを「コピー」「切り取り」 するたびに,その内容を記録する. NecoLoggerは,ユーザが操作するPC上で動作 する.一度実行されると,以降,そのコンピュータ 上でのユーザの活動の履歴を網羅的に記録しつづけ る.このときNecoLoggerは,図2や図3に示す ように,ユーザに対して記録中であることを明示す る.こっそりと情報を集めることはしない. また,ユーザが明示的に操作することで,いつで も履歴の収集を一時停止することができる.ユーザ 図2 記録中表示(ウィンドウ状態) 図3 記録中表示(タスクトレイ) の明示的な操作なしに停止状態から記録状態に戻る ことはない. 活動の記録と同時にNecoLoggerはインターネッ トを通じて「履歴サーバ」に履歴を送信する.履 歴サーバはこの履歴を処理して,全文検索用のイン デックスの作成など,次に説明するWRetrospector で利用できるような準備を行う. 3.2 振り返りシステムWRetrospector
WRetrospector (Web-based retrospector)は,
NecoLoggerの記録した「網羅的な履歴」を人が実
際に振り返ってその内容を読み取るためのソフト ウェアで,履歴サーバ上で動作するウェブアプリ ケーションである.前身となった履歴振り返りシ ステムRetrospector (Kondo & Miyake, 2006)の ほとんどの機能をウェブ上に移植したものである. ウェブブラウザでアクセスしたときのイメージを 図4に示す. WRetrospectorは大きく分けて2つの機能を持 つ.1つは履歴から必要な場面を探し出すための履 歴の全文検索機能であり,もう1つは画面イメージ を容易に眺めるためのサムネイル閲覧機能である. 以下にその利用手法を説明する. 本研究ではWRetrospectorの開発と実験とを並 行して行った.そのため,WRetrospectorには,実 験期間を通じて常に改良や変更が加えられており,
図4 WRetrospectorトップ画面 図5 検索インタフェース 数多くのバージョン違いのWRetrospectorが運用 された.その検索インタフェースの一例を図 5に 示す.各バージョンによっては試験的な機能が追加 されたこともあるが,WRetrospectorの基本機能 は,履歴サーバが準備したインデックスによる過去 の活動の全文検索機能である.WRetrospectorは 履歴サーバが準備したインデックスによって過去 の活動の全文検索機能を実現している.後述する が,検索システムは常に安定して完全に同じ情報だ 図6 検索結果のサムネイル表示 けを検索対象としているわけではなく,バージョン によって詳細は異なっている.しかし原則として, NecoLoggerが記録したテキスト情報を運用上差し 支えない範囲で検索対象に含めている.たとえば, 画面上に表示されていたものだけでなく,ウィンド ウの操作やキーボード操作,コピー/切り取りされ た文字列も検索対象に含まれる.WRetrospector の検索インタフェースにキーワードを入力すると, そのキーワードが含まれる過去のスクリーンショッ トがサムネイルで表示(図6)される.ユーザはそ のサムネイルを吟味し,場合によってはさらに拡大 表示(図7)して,活動の内容を詳細に読み取るこ とができる. 人が現代的なPC上で行う活動は,ウィンドウと その表示内容,互いの位置関係などの要素から画面 全体に対して構成されている.ウェブブラウザとテ キストエディタのウィンドウを並べて,ブラウザの表 示している内容を見ながらテキストエディタで文章 を書く,というように,複数の要素を関連づけ,全体 としてひとまとまりの活動が成り立つ.スクリーン ショットを撮影することで,それらが一枚の画像に集 約され,スクリーンショットを撮影した瞬間の,同時 に利用しているウィンドウの互いの位置関係や重な り,その表示内容などがそのままの保存されるため, 結果として,活動全体のまとまりが表現される. スクリーンショットから生成したサムネイルの一 覧は,時系列順に提示されるため,時間軸に沿って 連続している活動を一望することができる.時間的
図7 検索結果の詳細表示 に連続する画像はひとつの活動であると見なせる. たとえばプログラミングの際,ブラウザで調べつつ エディタでソースコードを書き,プログラムをコン パイルして実行し,動作を調べつつバグを修正する という一連の行動を行う.この時間軸上でのこれら の行動をまとめてプログラミングと称する.サムネ イルによる活動の総覧によって,時間軸上での活動 全体のまとまりを表現している. このとき,サムネイルだけでは詳細な内容が不明 瞭になることがある.スクリーンショットを単に縮 小しただけだからである.活動のまとまりを読み 取ろうとしても,たとえばサムネイルから文字列を 読み取ることは不可能である.しかし本システムで は,テキスト情報はOSの内部から別途取得してお り,検索にヒットした文字列とその画面上で近傍に 表示されている文字列とを合わせて提示することが できる.そのようなスニペットを併用することで, その画像の場面で何をしていたのかをまとめて読み 取ることができる.
4. 実 験
4.1 実験運用の概要 実験の目的は前述の実験システムによって実際 の履歴の利用の事例を収集し,その利用の認知過 程を検討することで網羅的な履歴の意義を確認し, その可能性を明らかにすることである.実際には システムを次のようにユーザに利用させた.まず ユーザの普段の利用環境にNecoLoggerを設置し, NecoLoggerとWRetrospectorの操作方法を伝え た.このときの説明はシステムの挙動や記録の範 囲,検索機能の操作方法についてと,そのための簡 単なデモにとどめ,利用のタイミングや目的,実際 に利用すべき場面などについて,具体的で明確な説 明は意図的に省いた.これは本研究の目的が網羅的 な履歴の利用の可能性を明らかにすることであり, 利用モデルを限定せずに事例を収集して検討するた めである.そして原則としてNecoLoggerは常に稼 働状態とし,履歴を記録しつづけるよう要請した. その上で,ユーザは必要であれば任意のタイミング でNecoLoggerの記録を停止することもできること にした.ユーザは任意にWRetrospectorを利用し てよく,有益に働いたと感じられたら,その内容を 報告するよう求めた.また,実験者が必要と判断し た場合は,実験者側から事例の報告を求めることも あった.報告を利用者の任意とした理由は次のよう なものである.利用者はPC上での何らかの目的を もった活動に際して過去を振り返ると考えられる. しかし過去を振り返るたびにその都度活動を中断 して詳細な記録や報告を義務化すると,そもそも履 歴を利用しないということが危惧される.本研究で は網羅的な履歴が有意義に働く事例を収集し検討す ることを目的としているため,利用者の任意での報 告を重視した.このようなユーザ主体のやり方で履 歴の利用手法を探ったのは,この研究が個人の履歴 の利用手法を探索する試みであり,実験的な条件を 作って評価することが困難だからである.履歴には 明示的に記録されていない情報を利用するというこ とが目的の1つであるが,そうした情報は個人の経 験に深く依存している.そのため,実験課題を設定 することはせず,ユーザが自然に遭遇する現実の場 面を観察することで履歴の利用手法を評価した. NecoLoggerは2005年より運用を開始し,次第 にユーザ数を増やした.WRetrospectorは当初はローカルで動作する単独のアプリケーションとして 実装したが,2007年より現在のウェブアプリケー ションに切り替えた.以降,継続的に改良を加えつ つ運用している. 3.2でも述べたが,本研究ではシステムの実装・ 運用と実験は同時に行っており,必ずしも統一的で 一貫した完全なシステムについての実験とはなって いない.実験期間を通じてシステムの完成度は一定 しているわけではなく,たとえば日時をキーとして 活動を検索する機能が途中のバージョンで付与され たこともある.このような,履歴を取り出して利用 するための機能の増減は実験の結果に影響が少ない とはいえない.しかし機能の増減があったあとも利 用の事例は報告されており,この研究では実際の利 用事例の観察を中心とした多様な履歴の利用手法の 検討を通じた履歴利用の可能性が目的であるため, 一定の意味があると言える. 現在までに実験に協力したユーザ数は累計で17名 で,その利用開始時の属性は表1のとおりである. 表1 利用者の属性 利用者 人数 理系学部学生 7 理系大学院生 6 社会人 3 理系大学教員 1 いずれのユーザも日常的にPCを利用する習慣が あり,ウェブブラウザの利用や通常のオフィスワー クでのPC利用に問題がない.また,ある程度まで は自分のPCの面倒をみることができ,プログラミ ングやウェブ制作などの創造的な活動を行うなど, 問題解決にPCを利用することが珍しくないユーザ であり,本研究の目的である活動の履歴のまとまり の利用にも支障がないと判断した. 4.2 実験システムの性能 実験システムはユーザの普段の環境の基底部分に 介入するため,そのことがユーザの自然な利用を妨 げる可能性もある.ここでは,筆者の利用実績から 実験システムの性能について述べ,実験運用が一定 の自然な状況であったことを述べる. ある一か月の履歴について,実験環境で実際に NecoLoggerが出力した情報は,多い場合で毎分約 6MB程度になった.この6MBの履歴情報のほとん どは画面イメージであり,その他のキー操作やウィ ンドウの切り替えなどはほとんど影響しない.その ため,履歴情報の大きさは画面のサイズに比例する ことになる.また,「3.手法」に書いたとおり,ユー ザがコンピュータを操作しなかった場合,画面に変 化がなかったものとして,画像の撮影それ自体が省 略される.画面上の情報を精読したり熟考したりす る時間,休憩や外出,離席している時間などはふく まれない.そのため,毎分6MBというのは,3200 ピクセル×1200ピクセルという比較的大きなデス クトップ環境を,途切れずに活発に利用している場 合の数値である.ノートPCのようなより小さな画 面ではもっと小さくなる.より長い期間で見ると, 1GB∼3GB/日,36GB/月程度であった.また,画 面イメージの記録時に若干のちらつきが起こること があるが,作業をまったく邪魔しないというわけで はないものの,次第に気にならなくなっていった. このようにして生成された履歴情報は,インター ネットに接続されている限り,すぐ履歴サーバに転 送される.そのため,ユーザのコンピュータの記憶 装置を占有することはなく,網羅的な履歴を扱って いるからといって,ユーザの環境に重い負担をかけ ることはなかった.ネットワークに接続されていな い場合はユーザのコンピュータに履歴がバッファリ ングされるが,それについても蓄積される情報の量 が多すぎて支障がでるということもない.たとえば 本論文執筆時点で一般に入手できるハードディスク は500GB程度であるが,上記の数値をあてはめれ ば,一年以上の活動を1台の記録装置に蓄積できる ことがわかる.また,WRetrospectorの検索やブ ラウズの時間も現実的である.数年にわたる履歴の 全文検索であっても,キーワードにもよるが数秒か ら数十秒で完了していた. これらのことから,このような方式での網羅的な 履歴の記録は技術的に見て非現実的なものではな く,現実の場面での実験に耐えるものであると考え ている.
5. 結 果
「1.はじめに」で述べたように,本研究の目的 は,これまで利用されてこなかった網羅的な履歴を 利用可能とし,過去の活動全体のまとまりの利用の 可能性の一端を観察を通じて明らかにすることである.個人の履歴を記録しそれを自分が利用するとい う手法は個人性がきわめて強く,実験状況を適切に 構成することは困難である.そのため,過去の情報 の利用の多様性を観察を中心として明らかにするこ とが妥当である.具体的には,「3.手法」で述べた実 験システムNecoLoggerとWRetrospectorをユー ザ自身の作業環境で自然な状態で利用してもらい, その内容を自発的に報告させることで,実際の履歴 を振り返って過去の情報がどのように利用されるか を評価した.この研究では現実の問題解決の状況を 扱ったため,発見された事例を個別に検討すること で,これまでとは異なる履歴利用の可能性を検討す る.以下にその概要を述べ,観察された特徴的な事 例に基づいて個別に議論する. 5.1 システムの利用の概要 2005年1月に実験システムの運用を開始してか ら現在までに,17名のユーザが実験システム一式 を利用した.最低でも1ヶ月以上の記録はあるもの の,各ユーザの利用期間はばらついている.実験開 始と同時にユーザを集めることが難しく,利用して みたいというユーザを捜して,そのたびに追加して いったという経緯による.またユーザの属性も一様 ではないことと合わせて,ユーザごとに報告の件数 にも偏りがあった.一人で7件もの報告を行った ユーザがいる一方で,一度も利用を報告しなかった ユーザもいる. 実験運用では,対面でのインタビューや,利用者 との日常的な対話を通じて事例を収集した.このよ うな手法を採用したのは利用者の負担を可能な限り 減らすためである.より詳細な記録を得るために, たとえば電子メールやwikiなどでの報告を義務付 けるという方法が考えられるが,本研究ではこれは 現実的ではない.本研究では,利用者が実際の場面 での網羅的な履歴利用の可能性を収集する必要があ るが,利用者の個人的な体験の詳細を,文脈まで含 めて実験者に理解可能な形で,まとめて記述するこ とは非常に負担が大きい.また,そのために自分の 活動をいったん中断しなければならないが,利用者 固有の事情があって活動をしているため,通常はそ のような余裕があることは少ない.そのため,シス テムを利用するたびに上記のような詳細な報告を利 用者に求めると,そもそもシステムの利用をしなく なったり,報告を省略してしまうことにつながる危 険があり,本研究の目的から大きく外れてしまうた めである. 上記のような方法で,2009年3月までの50ヶ月 の運用によって,自然な状況での利用の報告を41 件得た.ただしそのうち10件は,報告があいまい で,詳細が明らかではなかった.たとえば単に「有 用だった」「役にたった」「何かで使った」という非 常に不正確な報告であるため,本論文ではその内 容は扱わないことにし,残りの31件について検討 する. 有益に働いた事例31件はいずれも,スクリーン ショットから情報を読み取っていた. 以下に特徴的な事例について整理する. 活動の時間軸上のまとまりの利用 過去の活動を時間軸上でのまとまりによって 利用した事例が14件あった.これらは過去の 活動が時間軸上でまとまりを作っていることを 利用した事例である.ユーザは過去の活動の推 移を時間軸に沿って読み取って,その前後関係 を利用して過去に利用した特定の情報を時間軸 上で探したり,活動の進め方そのものを取り出 して再利用していた利用手法である. たとえば,ブロードバンドルータの設定を ウェブブラウザから変更しようとする際にパス ワードを思い出せないことがあるが,思い出せ ないため,パスワードそのものを検索すること は不可能である.しかし履歴に残された活動に はまとまりがあり,一連の活動を読み取ること が可能なので,ブラウザに表示されているルー タの設定画面のURLで検索して見当をつけ, その時間軸上での周辺を探索して,パスワー ドのキーストロークを発見することが可能で ある. 活動内容の再利用 過去の活動の内容を読み取って再利用した事 例が7件あった.機械によって処理することが 難しいような情報であっても,過去の活動の過 程で利用されている情報があり,その内容を過 去の時点と同じように人が読み取って利用する 事例である.ユーザはスクリーンショットを中 心とする利用可能な記録を見てその内容を読み 取り,関連する記憶とも整合させて,当時利用 していた知識を再度利用することが可能な利用 手法である.
たとえばPC上でゲームを楽しむ際,ゲーム のプレイ履歴そのものをそのまま機械的に再現 することは,ゲームにそのための機能が備わっ ていない限り難しい.しかし人は画面イメージ からそのやり方を読み取ることができ,似た場 面でもう一度同じようにゲームをプレイするこ とが可能である. 活動内容の再評価と応用 過去の活動の内容を現在の視点から読み取る ことで,過去の活動とは異なる点に注目し,当 時は利用できなかった,あるいは自覚していな かったような情報が利用可能になった事例が5 件あった.過去の活動を行っている際,その活 動にとっては自明であったり,全く重要ではな い情報であっても,現在の問題解決のためには 重要な意味を持つ場合がある.ユーザは記録に ある活動のまとまりを読み取り,記憶とを整合 させて現在の視点から利用しており,その内容 を解釈する過程で,当時とは異なる新しい使い 方が可能になった.具体的な内容を以下に説明 する. たとえばPCにOSを再インストールし,自 分が使っていた環境を再構築しようとしても, 普段どのような環境で活動しているかは意識し ていない.そのため多くの場合,自分に何が必 要かを列挙できるわけではない.しかしOSの 再インストール直前までの履歴を振り返れば, 画面イメージから自分の必要とする環境がどう であったのかを探り当てることができる.たと えばデスクトップに並んだショートカットのア イコンを見ればインストールされていたソフト ウェアを思い出す手がかりが得られる.デスク トップ上のアイコンをインストールされたソフ トウェアのリストとして普段から意識すること はないが,OSの再インストールを契機にして 見え方が変わり,それまでとは異なる使い方が 可能になっている. 31事例中,特殊な1件もあった.これは自分で 自分の履歴を振り返るのではなく,他人の履歴を持 ち主と一緒になって振り返り,その振り返りの過程 で有益な情報を得た事例であった. 「1.はじめに」で述べたように,この研究の意 義は大きくわけて2つある.1つは活動全体の「ま とまり」が記録されることで,履歴に記録された情 報をこれまで以上に利用できるようになることであ り,もう1つは,活動の内容を読みとって手がかり にし,履歴には明示的には記録されていない文脈な どの情報も記憶からとりだして利用できるようにな ることである.以下では,実際のシステムの利用事 例の中から特徴的な事例を挙げ,上記の研究の2つ の意義が実現されていることを確認する. 5.2 カード作成の事例 ユーザから報告のあった事例の中から,ここでは 特徴的な事例として「カード作成」の事例について 説明する.この事例は,PCを使ってユーザ独自の トランプを作る,という初めて行う活動に対して, 過去の類似の活動の内容を読み取って利用した事例 である.これは利用者からチャットによって対話的 に報告された事例であり,利用者に適宜確認の質問 をしながら,実験者がその利用プロセスを解釈した ものである.チャットの内容は記録されており,そ の内容に基づいて,以下にその履歴利用のプロセス の解釈を述べる. あるユーザはPCを用いて独自の図案 のトランプを作りたかった.十分にリテラ シが高いわけではないため,どのように作 ればよいか,どんなアプリケーションが利 用できるか,ということが分からず,着手 できずにいた. そのうち,過去にPCを使って名刺を 作ったことがあったのを思い出した.名刺 とトランプは似ているので,似たやり方 で作ることができるのではないかと考え, WRetrospectorを用いて「名刺」という キーワードで履歴を検索した. サムネイルで検索結果を眺めて,何枚 かを拡大しているうちに,手がかりがあっ た.何かのソフトでファイルを保存しよう としているウィンドウを見つけた.その場 面そのものは名刺作りやカード作りには直 接関係しないものの,そのウィンドウの中 に「名刺20070314.ai」というアイコンを 発見した. このアイコンの拡張子を見たところで, 自分の知識から,このファイルがAdobe Illustratorのファイルであることが分かっ た.また,ウィンドウに表示されている場
所をみると,自分が普段もって歩いている USBメモリの中らしいということが読み 取れた.このメモリは今は自分の車の中に 置きっぱなしにしており,あとで取ってこ ようと思った.実際のファイルを開いてみ れば,さらに詳細が分かるだろうことはほ ぼ確実なので,そこで満足した. 活動全体のまとまりが記録されているため,この 事例でユーザは,明示的に記録された情報をこれま で以上に適切に利用している.ユーザは網羅的な履 歴を単純なキーワードで検索して関連のありそう な活動の場面を振り返って,画面イメージを取り出 した. 画面イメージには,そのとき活動に用いられてい たウィンドウやアイコンなどの要素がまとまりをた もったまま,そのままの形で記録されている.その 結果,画面の中からファイルを保存しようとしてい るウィンドウを見つけ,さらにその中に問題解決に 関連しそうなファイルのアイコンがあることを読み 取ることができた.そしてさらに画面イメージ内の ウィンドウの周辺を読み取り,そのファイルが保存 されている場所も読み取った.これらは活動のまと まりが記録されていて初めて手に入れることができ た情報である.また,ファイルのアイコンそのもの も,活動の全体が記録されているために手に入った 情報である.ファイルの保存ウィンドウの中に表示 されているファイルのアイコンや名前は,これまで に実現されてきた部分的な履歴の利用手法では記録 されない.しかしNecoLoggerが活動全体のまとま りを記録したためにその中に記録され,利用可能に なった.どの情報も,活動の全体を記録したために 記録され,それが取り出せて有益に働いている.こ の履歴利用のプロセスは,インタビューによって数 分程度であるということが分かっている. また,活動の内容を手がかりとして人の記憶も十 分に活用されている.ユーザは事例の中でAdobe Illustratorを使えばよさそうだ,ということを理 解しているが,これはファイル名に付与された.ai という拡張子がAdobe Illustratorのファイルであ る,という知識から分かったことである.そのファ イルが何のファイルであるのかは履歴から直接には 一切取り出せていないが,ユーザが持っている知識 が記憶から取り出され,利用できた.また,Adobe Illustratorを使って作業した,という過去の作業の 文脈が思い出されたため,それ以上履歴を検索して も過去の名刺作りの作業そのものを取り出すことが できない,ということも分かった.なぜならAdobe IllustratorはNecoLoggerの入っていないPCにイ ンストールされているので,Adobe Illustratorを 使った場面は記録に残り得ないためである.これは ユーザが普段作業している環境の背景から明らかだ が,それも履歴から取り出したわけではなく,ユー ザが自分の記憶から想起し利用した情報である.そ して同時に,何故Adobe Illustratorを利用したの か,という当時の意図についても理解可能であった 可能性もあるだろう. ま た こ の 事 例 は ,た と え ば Google Desktop (Google, 2009)やMicrosoft Searchのような単純 なファイル検索システムでは達成することが困難 だったと考えられる.なぜなら,結果的に必要と なったファイルはUSBメモリに格納されており, 通常はシステムから切り離されていて,検索システ ムの範囲外にあり,検索用のインデックスからも外 れる可能性が高いためである.そのため,ファイル 名に「名刺」が含まれるファイルを探す,という単 純なやり方では見つからなかっただろう.利用者は ファイル検索システムでファイルを発見出来なかっ た場合,改めて他のコンピュータやストレージを検 索することも考えられる.しかしどこにあるのか はっきりしないまま検索を繰り返すことは容易で はなく,自動的でもない.そのため利用者にとって の負担は大きい.これに対して,活動の全体像を記 録するというこの研究の手法によって,ユーザの活 動が網羅され,一箇所に集約されることになり,過 去の活動で自分が扱った情報であれば一箇所を検索 するだけでよい.さらに,ちょうどそのファイルを 扱っている場面でなくても,活動のまとまりからそ の内容を読み取ることが可能になっており,単純な ファイル検索以上の意義が示された. 5.3 Undo強化の事例 もう1つの特徴的な利用事例として,「Undo機能 の強化」の事例について説明する.この事例は,こ の研究の意義の1つである,明示的に履歴に記録さ れた情報をこれまで以上に適切に利用できた事例で ある.本研究の目的は網羅的な履歴の利用可能性の 一端を明らかにすることであり,本事例は,網羅的 な履歴によって,単体のアプリケーションについて
もこれまでにない新しい履歴の利用が可能であると いうことを示している.人が創造的な活動を行うと きに,既存のアプリケーションのUndo機能の制限 を超えて過去の活動の記録を必要とし,それを網羅 的な記録から利用している.その履歴利用のプロセ スを以下に説明する. あるユーザは楽曲を編集するソフトウェ アを使って,自分なりのアレンジを楽しん でいた.これは創造的な活動であり,様々 なパラメータの組み合わせを試行錯誤する 必要のある活動である.実際,膨大なパラ メータを少しずつ調整してはその結果を確 かめるということを繰り返していた. パラメータ調整の過程で,いったんは 不要だと考えたパラメータをもう一度試し たり,違うパラメータと組み合わせたりし たくなった.不要だと考えた数値なので, 覚えていない.Undo機能でその場面まで 戻せばよさそうだが,このアプリケーショ ンではUndoは1レベルしか有効でない. ほんの数回の手順だけ戻せればよいのだ が,Undo機能では,直前の操作1つ分し か戻せないため,目的のパラメータを取り 出すことはできなかった. 直 近 の 状 態 が 分 か れ ば よ い の で , WRetrospector を用いて直近の画面イ メージをサムネイルで一覧表示し,それ らをブラウズすることで,必要な場面を 発見した.発見した画面を拡大し,当時の 楽曲ソフトのウィンドウの画像中からパラ メータのまとまりを目で見て読み取り,現 在の楽曲ソフトに反映することができた. この事例は,Undo操作が1レベルしか行えない ようなアプリケーションに対して,擬似的にではあ るがUndo機能を無制限に利用できるようにした 事例である.網羅的な履歴なしには必要な情報が残 らないため,この事例のように後から必要に応じて 利用することは困難である.それに対して網羅的な 履歴によって情報が豊富に残され,時間軸上にまと まっているという特徴があるために,対話的に網羅 的な履歴を振り返って読み取りその内容を理解した 上で利用するという履歴の利用が可能になり,その 結果,楽曲ソフトが想定している範囲を超えて,こ れまで以上に,ユーザの必要に合わせた情報が利用 可能になっている. PC上のアプリケーションソフトには,それぞれ 想定される目的があり,そのために様々な機能が備 わっている.履歴を扱う機能についても同様である. しかしユーザが実際の活動に際して履歴に要求する 役割は,そうしたあらかじめ想定した機能の範囲を 超えることも珍しくない.この事例によって,網羅 的な履歴を用いることで問題解決に関連する情報が 人の活動ごとに整理され,結果として,アプリケー ションごとの履歴を補い,明示的に記録された情報 の利用も向上させる可能性があることが示された.
6. 議 論
本システムは比較的長い期間にわたって稼働して いるが,「5.結果」で述べたように,機器故障をは じめとする様々な理由から,履歴の利用の可能性を すべて引き出せたというわけではない.それでも活 動全体のまとまりを網羅的な履歴によって振り返っ て読み取ることを実現し,実験システムを実際の環 境での運用を通じて,いくつかの有望な事例を発見 することができた.このことから,これまでは困難 であった問題解決における履歴利用の多様な可能性 の一端を示すことができた. 以下に実験結果について議論する. 6.1 事例のまとめ カード作成の事例では,過去の履歴を振り返って 読み取ることで,履歴には明示的には記録されてい ない情報を取り出すことができ,現実の問題解決に 役立てることができた.具体的には,名刺作成に直 接は関連しないような場面からでも,ファイル名な どの手がかりを複合的に使ってスクリーンショット 上の情報とその関係性を読み取り,関連する記憶や 過去の活動の目的を取り出して,活動全体の内容を 利用することができた.これまでの履歴の利用手法 は,人の活動を部分的にとらえて記録し,過去の活 動での情報を利用しようとする手法であった.それ に対してこの履歴の利用手法は,自分の履歴を全体 的に振り返って読み取り,その内容の理解を促進し て,履歴には記録されなかった情報や,現在持って いる知識の利用を可能にした点で,これまでにあっ た履歴の利用手法とは異なっている.Undo強化の事例でも,活動全体の履歴を振り返っ て読み取るという手法によって,履歴に記録されて いる情報をこれまで以上に利用することができた. PC上での活動に利用するアプリケーションは,そ の活動をあらかじめ想定して設計され,その活動が 可能になるように実装されている.履歴の利用につ いても,Undoのような基本的な操作の必要性はあ らかじめ想定されているので,アプリケーション内 部に実現されている.しかし実際の人の活動では, これまでに実現されていたような,あらかじめ想定 している使い方をカバーするだけでは十分ではな く,網羅的な履歴によって初めて,明示的に記録さ れた情報の利用も向上させることができる. どちらの事例も,PC上での網羅的な履歴を振り 返って,過去の活動全体のまとまりを読み取り,内 容を再構成して理解するというこれまでにないや り方で現在の問題解決に必要な情報を得て役立て ている.これまでの履歴の利用は,人の活動全体を 扱うことはせず,あらかじめ必要だと分かっている 情報だけを部分的に扱っていた.それに対して,本 研究で用いた網羅的な活動の履歴は,人の活動全体 のまとまりを読み取り,その内容を再構成して理解 することを可能にしており,それによって初めて, これまで以上の履歴の利用が可能になることが示さ れた. またこれらの結果から,網羅的な履歴が当面の活 動に類似する過去の問題解決から必要な情報を取り 出したり,単純な操作の誤りをきっかけとして直前 の活動の内容から必要な情報を取り出す活動を支援 するために有用であることが示唆された.一方で, 本実験システムのような網羅的な履歴の利用では, もっと広い時間範囲にわたる活動の概要や傾向を把 握するような利用に不適切であることも示唆され た.たとえば名刺を作るために過去においてどのく らいの時間が必要だったか,その内訳も含めて把握 することができれば,類似の活動を行うときのスケ ジューリングに有用であると考えられる.網羅的な 履歴を利用することでそうしたスケジューリングが 可能になる可能性は高いが,現在のような検索に基 づく履歴の利用では実現が困難である.過去の活動 での様々な試行内容をまとめて結論としてどうすれ ばよいのか,といったまとめを短時間で作ることも 難しい. 6.2 利用頻度について 実験システムは当初期待したほどには使われな かった.50ヶ月の運用で41件の利用報告があり, そのうち31件が確認できたため,平均的には1ヶ 月に1件あるかどうかという利用頻度であった.活 動を取り出す主な手段としてキーワード検索を提供 していたが,履歴を振り返る手段がこれだけでは十 分とは言えない可能性が高い. 実験状況がそれほど安定していなかったことの影 響は少なくないと考えられる.実験運用開始当初は 記録を蓄積するNecoLoggerの完成度が低く,ユー ザは作業の中断を余儀なくされ,PCを再起動せざ るを得ないことも珍しくはなかった.また,その後 もシステムの問題により,記録が取られていない場 面が多かった時期があった.そのためユーザにとっ ては,履歴に含まれるかどうか分からない活動を探 し出すために労力をかけるモチベーションが続かな かった可能性は高い. 振り返り手段である WRetrospector も初期の バージョンの性能は低く,検索に時間がかかり,安 定した動作ができなかった時期がある.機器故障 により,実質的にシステムが破綻していた期間もあ り,これらの期間にユーザに不便をかけたことで, さらに利用のモチベーションを下げた可能性がある だろう. また,WRetrospectorは,前身となった履歴を 振り返るシステムRetrospector (Kondo & Miyake,
2006)のほとんどの機能をウェブ上に移植したもの であるが,運用上の問題から,実際には一部の機能 が実装されていないバージョンでの運用を行うこと も多かった.このことも履歴の利用性を低下させ, 利用頻度を下げることにつながった可能性がある. しかしながら,そう恵まれてはいない実験環境で も有用な事例が見つかっていること,キーワード検 索や素朴なブラウジングでも一ヶ月に1度弱の成功 事例があったことから,本研究で提案する履歴の利 用そのものは有望であると考えられ,システムの発 展によってさらに履歴の利用が促進される可能性が ある. 一方,本研究で収集した報告件数はユーザ主導の ものであり,単に実験に対するモチベーション以外 の要因によっても大きく左右されると考えられる. また件数が少ないため,頻度の増減についてもシス テムの障害などと関連づけて考えることが困難であ
り,モチベーションの維持についての議論は今後, たとえばシステムに対する信頼の高いユーザとの比 較などが必要である. 6.3 検索ヒット数について WRetrospectorでは画面上のテキストを定期的 にインデックス化するという手法を用いた.そのた め,とある活動を継続して遂行している際,画面上 に表示されたままになっている同じ文字列が何度も インデックス化される.その結果,必然的に,一般 的なデスクトップ検索などと単純に比較すると検索 ヒット数が多くなることが予想される. 実際,たとえば5.2で示した事例では「名刺」と いうキーワードで検索を行っているが,このときの 検索ヒット数は649件である.この数値はデスク トップ検索などと比較すると大きいと考えられる. また,一連の活動がヒットし,似たようなサムネイ ル画像が隣接して並び,ほとんど変化のない画像を 繰り返して見ることになるという問題も生じる. しかし一方では,本研究で扱う過去の活動履歴を 検索するという場面では,この手法には独自の有望 な点がある.履歴には連続性があり,一連の活動に 含まれるテキストが何度もインデックス化され,類 似のサムネイルが隣接して表示されることで,一連 の活動のまとまりが表現されるという点である. たとえばキーワード「名刺」で検索した場合,名 刺を含む一連の活動のプロセスが隣接するように 表示され,そのまとまりが視覚的にも読み取ること が可能になり,さらにその内容を吟味することも可 能になる.そしてその結果,一連の画像を見ること でどのようにそのファイルを編集するかという手続 きを獲得することや,その過程で利用した関連する ファイルなどを確認することも可能であり,5.2の 事例では実際にそのように履歴が利用されている. それに対して通常のデスクトップ検索では,「名 刺」を含むファイルが検索結果に並ぶ.しかし並べ られた検索結果同士の間には,キーワード以外のつ ながりはない.そのため,名刺というキーワードを 含むファイルと同時に,「名刺」を含まないファイル が活動に必要であっても,それを取り出すことは, それらのファイルをまとめる「まとまり」がないた めに困難である. そのため,このインデックス手法には欠点もあり, 検索ヒット数とのトレードオフもあるものの,活動 の履歴のまとまりを人が読み取るという本研究の目 的に照らして,一定の妥当性があると言える. 6.4 今後の課題 WRetrospectorは本研究の目的のために一定の 効果があったが,運用中のユーザのコメントなどか ら今後の課題についても明らかになった. 本研究ではキーワードを用いて過去の網羅的な履 歴を検索し,その活動の内容を読み取るという利用 の一部を明らかにした.しかし一方で,ユーザから 「どのようなキーワードで検索をすればどのような 情報が得られるのか分からない」というコメントが あった. このコメントはWRetrospectorがどのような情 報を履歴として扱っているのかが深く理解されてい ないことも示しているが,それ以上に,履歴の利用 の手法にも課題があると考えられる. 本研究で採用した手法は,「ユーザにとって過去の 活動の内容はおおむね理解されており」「スクリー ンショットのような細かい粒度での情報を提示する ことが意味を持ち」「それらを検索するためのキー ワードを適切に選択することが可能である」とい う前提にたっている.しかし実際には,検索した過 去の活動を読み取ることで初めて,当時の関連する 活動の概要を思い出し,その結果,新しい検索用の キーワードを思いつくことも珍しいことではない. 人は自分の活動の履歴であってもよく理解してい るというわけではないため,今後,過去の活動をお おまかに理解し,その上で検索などの手法を併用で きることが有望と考えられる. また,活動の連続を細かく読み取ることができる ことが本研究の意義であるが,連続する活動の間に 別の活動が入り込むことがあり,かえって見づらい ことがあるという問題もユーザから指摘された. PC上では,人は複数の活動を同じ画面内で少し ずつ切り替えながら行うことが少なくない.また集 中して仕事を行う場合でも,細かくその履歴を見れ ば,途中でチャットに応答したり,定期的にメール をチェックすることは珍しいことではない. いずれの場合でも,ユーザはWRetrospectorを 用いて特定の活動の記録を振り返ってその内容を 読み取りたいが,連続しているはずの活動の記録 の間に別の活動の記録が入り込んでしまう.そのた めに,一連の活動のまとまりを適切に読み取るこ