写 本 太平 記 ﹃ 参考 太平 記

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(1)

長坂:国 立公文書館内閣文庫蔵 『写 本太平記参考太平記見合抜書』翻刻 41

凡 国 立 公 文 書 館 内 閣 文庫 蔵

写 本 太平 記 ﹃ 参考 太平 記

一︑本稿は国立公文書館内閣文庫蔵﹃軍記抜書九種﹄(・︒に・ω戯)のうち︑

第二十三冊目・第二十四冊目に相当する﹃餌躰献秤繍見合抜書﹄を翻

刻したものであるが︑印刷と通読の都合を考え︑次の方針に従った︒

1校異掲出箇所を示す題目(例︑頼員回忠ノ内)の上に︑底本には

ないがアラビア数字で通し番号を付した︒

2参考本の巻数はゴチック活字で示した︒

3底本にはないが私意によって読点を加えた︒

4漢字の旧字体は原則として現行字体に改めたが︑異体字は底本

のままとした︒

5振仮名・仮名遣は底本のままである︒

6底本の改丁と表裏は﹂を付し︑その下に(5オ)の如く示した︒

7底本に朱筆で記されている校異およびその場所を示す巻数・丁

見 合 抜 書 ﹄ 翻 刻

長*

坂 成 行

数は︑すべて︹︺の中に入れ活字を小さくした︒

二︑写本太平記の本文の特徴を窺うために校異掲出箇所に相当する玄

玖本(勉誠社刊影印本による)の冊数(漢数字)・頁数(アラビア数字)を示

し︑更に問題の写本の詞章が玄玖本の類の本文と同類と看倣し得る

ものについては◎印を付した(否と認定するものには◎印を付していな

)

三︑底本の異文掲出箇所のうち︑﹃参考太平記﹄が諸本の異同を検し

ている箇所については︽参N鼠下︾の如くに︑参考本(刊本)の頁数お

よび上段・下段の別を示した︒

四︑底本の誤りかと思われる箇所については翻刻の後に注記を付した︒

五︑紙数の都合上︑本書の解題はすべて別稿に譲る(﹁青須我波良﹂第

41号︑掲載予定)︒

六︑貴重な蔵書の閲覧・写真撮影および翻刻の御許可を賜わりました

国立公文書館内閣文庫に深謝申し上げます︒

平 成2年9月29日 受 理*国 文 学 研 究 室

(2)

奈 良 大 学 紀 要 第19号 42

解 琳 駄 秤 認見合抜書 自 一 巻廿巻迄﹂

()

餌 躰 献 秤 繍見合抜書 右 一 巻 ヨ リ 廿巻 マ テ ﹂ (ー オ )

ω先代草創平氏推柄事

古今ノ変化ヲ採テ安危ノ来由ヲ緊覆テ外ナキハ天ノ道ナリ︑明君是

二躰ソ国家ヲ保ツ︑載テ奔コトナキハ地徳ナリ︑良臣是二則テ社稜

ヲ守ル︑若夫其徳欠トキハ位有リト云ヘトモ持タス︑所謂夏桀ハ南

巣二走リ段紺ハ牧野二敗セラル︑其道違トキハ威有リト云ヘトモ久

カラス︑曽聴趙高ハ威陽二刑セラレ禄山ハ鳳翔二亡フ︑是以前聖慎

テ法ヲ将来二垂コトヲ得タリ﹂(2オ)后昆顧テ誠ヲ既往二取サラソ

ヤ(注1)︹右文章参考二無之︺(玄e43)

参考一巻

②頼員回忠ノ内

廿七丁去程二明レハ元徳元年九月十九日ト有リ︹年号ナシ︑廿二丁︺

(玄069◎)︽参13上︾

③同巻ノ内 廿九ハ切テ腹

文写廿五丁︺(玄e72)

ωノ内(2ウ)

三+ス指フ様二射ノ下テ落ト有廿丁︺(073)ル兵二射

二巻

テト有リ︑丁︺(玄OH目)廿二丁輿ヲ庭二昇

︹放ト有丁︺(玄eμμ)廿二越二著

ω

五+二入ニ時ハ︑敷皮居紙取出﹂シト有リ︑三十六(3オ)(玄日一ωω◎)

六+ニ打二撃リ︑四十六丁︺(玄eH瞳)

テ武家ノ大リ︑四十六丁︺(玄eH瞳◎)テ長二貫

ヲ御

三+ヒ随︹杖シテリ︑九丁︺(玄e6刈)(3ウ)

(3)

長坂:国 立公文書館内閣文庫蔵 『写本太平記参考太平記 見合抜書』翻刻 43

参考四巻

⑳笠置囚人死罪流刑ノ巻

五丁六月十九日某ト書テ︹月日ナシ︑五丁︺(玄曾ま)

参考五巻

㈱時政江島参籠ノ巻︹色︑十一丁︺(玄eωOO◎)廿二丁赤キ袴二柳裏ノ衣著タル女房

参考六巻

⑯楠天王寺出張巻︹五ヶ国ト有リ︑八丁︺(玄eω&◎)七丁在京ノ人畿内近国ノ勢ヲ合セテ天王寺へ指向ラレ﹂(4オ)

㈲同巻

+二丁閻里ノ民屋扉ヲ閉蓑ハ櫨蝶酷列舅覧(瀦︑︑︑︒)

09同巻︹四五千人ナシ︑十六丁︺(玄0沼①◎)︽参Hお上︾+五丁和田楠和泉河内ノ野伏トモヲ四五千人駆集テ

00楠天王寺未来記披見ノ巻︹年号無之︑十八丁︺(玄0沼︒︒◎)︽参嵩O下︾+八丁元弘二年八月三日楠兵衛正成住吉二参詣シ

㈲同巻︹九十六代ト有リ︺(玄0ω9◎)廿一丁先帝既二人王ノ始ヨリ九十五代二当給ヘリ

㈹関東大勢上洛ノ巻﹂(4ウ)︹百三十人ト有リ︑十三丁︺(玄eω忠◎)︽参嵩ω下︾廿四丁宗徒ノ大名百三十二人

参考七巻

09千劔破城軍ノ巻

廿一丁軍ハテ鼠是ヲ見ハ哀大剛ノ者哉ト覚テ一足モ引サリケル ︹兵三十人ト有リ︑十七丁︺(玄e幽嵩◎)兵皆人ニハアラテ藁ニテ作レル人形ナリ

㈲同巻

廿二丁五六八九寸ノ材木ヲ集メテ広サ一丈五尺長二十丈余リニ梯ヲ

作ラセケル

︹十九丁︑写本二五六八九寸ノ案ノ郡ナトヲ集メテ広サ一丈五尺﹂(5オ)

長サニ十余丈二桟ヲ作ラセケル︺(玄0凸刈◎)︽参H謹上︾

ω河野挙義兵ノ巻

計一丁今ハ四国ノ勢ヲ待テ摩耶ノ城ヘハ向ヘシト評定セラレケル処

二︑後ノニ月四日伊予ノ国ヨリ早馬ヲ立テト有リ

︹此文写本二無之︑十七丁︺(玄0合O)

参考八巻

㈲摩耶酒部瀬河合戦ノ巻

二丁先帝既二船ノ上二著御成テ隠岐判官清高合戦二打負シ後︑近江

ノ武士共皆加ル由出雲伯書ノ早馬頻並﹂(5ウ)打テ六波羅へ告タ

リケレハ︑事既二珍事二及ヒヌト聞人色失ヘリ︹此文写本ニナシ︑二丁︺(玄e麟U◎)︽参曽蔭下︾

㈲同巻

同丁是二就テモ京近キ所二敵ノ足ヲタメサセテハ叶マシ︑先摂津国

摩耶城へ推寄テ赤松ヲ対治スヘシトテ

︹此文写本二無之︑二丁︺(玄0&α◎)

㈱同巻

五丁懸ル所二備前ノ地頭御家人モ大略敵二成ヌト聞へ﹂(6オ)ケレ

(4)

奈 良 大 学 紀 要 第19号 44

ハ摩耶ノ城へ勢重ナラヌ前二討手ヲ下セトテ︑同二十八日又一万

余騎ノ勢ヲ差下サル

︹右文写本二無之︑三丁︺(玄e蔭ま◎)

㈲持明院殿行幸巻

+五丁主上南殿二出御成テ誰力候ト御尋アレトモ衛府諸司ノ官蘭台

金馬ノ司モ何地ヘカ行タリケソ︹衛府諸司ノ官無之︑+三丁︺

(玄e劇①O◎)

㈲山徒京攻事山門ノ衆徒ヲ語フ巻

し︹一点三点ト有リ︑廿六丁︺(玄e癖恕)廿九丁号仙王須窺非三非一之深理

吻四月三日京合戦之巻﹂(6ウ)︹二人ト在リ︑三十七丁︺(玄∩[お刈◎)四+一丁我等父子三人ト有リ(注2)㈲千種ノ忠顕京合戦ノ巻︹西山ト八幡ト相去コト僅二五十余町ト有︑四十四丁︺(玄eU8◎)四+八丁彼陣ト千種殿ノ陣ト相去事僅二五十余町力程ナレハ

㈲同巻

同丁因幡伯書出雲美作但馬丹後丹波若狭ノ勢馳加リ程ナクニ十万七

馨 鷺 灘 課 甥 路 奏 四 + 三 丁 ︺( 玄 0 09 )

岡谷ノ堂炎上ノ巻︹浄住寺最福寺西方寺ト有リ︑五十三丁︺(玄Oq嵩)六+二丁折節魔風烈シク吹テ浄住寺最福寺

参考九巻﹂(7オ)

㈹尊氏願書ヲ八幡宮二納巻︹二年ト有リ︑三十二丁︺(玄ω32◎)三十二丁元弘三年五月七日ト有リ

岡官軍六波羅攻ノ巻 三+ハ東へ差一手ハ伏

殿

︹一テ千殿ル鼠竹ヲ支ルトリ︑

廿二丁(玄口)

治承ト有廿六丁︺(玄 口51)五+寿シ世モ角(7ウ)

寿二丁(玄口81)二丁

殿フ︑殿二成ハ︹本此

︺(玄ω82)

︹河越無之︑十四丁︺(玄口97)参卜⑩ω下︾廿二力西

(8オ)︹基武勇八丁(玄99)+ヘシハ︑

ヲ地二涙

︹十九日廿四丁︺(玄ωH8◎)廿九

三万人ト有リ︑廿五丁︺(玄口HO◎)

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長坂:国 立公文書館内閣文庫蔵 『写本太平記参考太平記見合抜書』翻刻 45

四丁︹関東無双秘蔵ノ名馬ト有廿七丁︺(玄ωH目◎)二立ル関(8ウ)

ソ引

八丁ハ面

二打丁︺(玄口)

一人五尺三寸ノ太刀ト有リ︑三十(玄口H嶺◎)

︹山名里見三千余リ︑三十三丁︺(玄ω目︒︒◎)四十

六丁

五十八丁 (9オ)

︹夏ノ比リ︑四十七丁︺(玄⇔Hωq)ノ祝ノ春ノ比

二日ト斗有リ︑八丁︺(玄口H)廿

参考十一巻

㈲築紫合戦ノ巻︹年号無之︑十八丁︺(亥口嵩①◎)廿四丁元弘三年三月十三日ト有リ

参考十二巻

㈲公家一統政道ノ巻﹂(9ウ)︹七月六日ト有リ︑七丁宮ノ御憤モ散シケルニヤ六月十七日 六丁︺(玄 冒HOX参恕①上︾ ㈹大内裏造営ノ巻

+七丁大嘗会ハ此所ニテ行ハル中和院ハ中ノ院内教坊ハ雅楽所ナリ

︹此文写本無之︺(玄ωB︒︒◎)

㈲同巻

+五丁寛平九年六月二中納言二上リ馳テ大将二成タマフト有︹写本

ニハ中納言ヨリ大納言二上リテヤカテ大将二成タマフト有リ︑十九丁︺

(玄⇔b︒謹◎)

㈹解脱上人ノ事︹九ノ日出タリシヲ八ノ日射落スト有リ︑四十二丁︺(玄冒①卜︒)五+六丁発ノ代二十ノ日出タリシヲ九ノ日射落ス在リ﹂(10オ)

㈹佐鳥皇居二来巻ノ内

五+九丁主上弥叡感有テ其夜臆テ広有ヲ五位二成サレト有︹右文

写本二無之︑四十六丁︺(玄口まq)

参考十三巻

岡龍馬進奏藤房卿諫言ノ巻

二丁髪膝ヲ過背ハ龍ノ如クニシテ四十ニノ辻毛ヲ巻テ背筋二連レリ

ノ数レリト有丁︺(玄冨q)

鰯中前代蜂起ノ事

三+七丁京都ニテ旗ヲ挙ソト企ツル平家ノ余類共皆東国﹂(10ウ)︹東国ト斗有リ︑三十一丁︺(玄口ω卜︒①)北国二逃下リテト有リ

㈱同巻

三+八丁渋川刑部大輔小山判官秀朝武蔵国二出合是ヲ支ソトシケル

カ共二戦利ナクシテ両人所々ニテ自害シケレハ其ノ郎従三百余人

(6)

第19号 46 奈 良 大 学 紀 要

︹三万余人ト有リ︑三十二丁︺(玄口ω鵠◎)皆両所ニテ討レニケリ

岡同巻︹蕪川ト有リ︑三十二丁︺(玄口ωN◎︒◎)(参ω㊤⑩上︾同丁又新田四郎上野国利根川二支テト有リ

参考十四巻

岡尊氏義貞確執奏状ノ巻﹂(Uオ)

四丁詫口傍二有テ真ヲ乱ル事多カリケル中二今度尊氏卿相摸次郎時

行力討手ヲ承テ関東ヲ平ケト有リ︹右文写本二無之︑四丁︺(玄口ωい⑩)

㈲同巻︹二十六日ト在リ︑廿一丁︺(玄口ω刈︒︒)︽参合Φ上︾廿四丁十一月二十日鎌倉ヲ打立テ同二十四日ト有リ

㈹矢矧鷺坂手越河原合戦ノ巻

計三丁鎌倉中ノ軍勢共力一束切トテ髪ヲ短クシケル︹写本二短クハヤ

シケルト有リ︑廿九丁︺(玄口ω︒︒Φ◎)

㈹箱根竹下合戦巻

三+八丁已上其勢七千余騎ト有リ︹人数無之︑三+二丁︺﹂(1ーウ)

(玄口ω⑩H◎)

㈲同巻

四+三丁仁木細川高上杉ノ人々勇進ミテ中書王ノ御陣へ会釈モナク

撃テ懸ル︑サレハ引漂フタル京勢ニテ叶ヘキ様ナカリケルヲ中書

王ノ副将軍脇屋右衛門佐云甲斐ナキ者共力愁二一陣二進テ御方ノ

刀ヲ失フコソ遺恨ナレ︑コニヲ散サテハ叶マシトテ七千余騎ヲ一

手ニナシテ馬ノ頭ヲ鷹行二連テ施ノ足龍赦二進メテ横合二閉々ト

懸ラレケルト有リ 一こ(12)光二丁ノ人テ中ノ御

副将軍脇右衛七千余一一テ馬足ヲ上横合ソ懸合

ト有(玄ωωO)

60

六+トウチカヘシケル五十(玄口自蔭)ル世ハ上

+六丁六+丁︺(玄口お軌)

(12ウ)

八 土 丁 淀ノ 大 明 神 ノ 前ヲ 舞 罷 獅 ⁝簾 嶽 樹 薙 謡 謁 ︒過 蕪 提

参考十五巻

㈱奥州勢坂本着巻

九丁将軍ハ早箱根竹ノ下ノ戦二打勝テ臆テ上洛シ給ヒヌト申ケレハ

ト有︹将軍ハ早上洛セラレヌト計有リ︑九丁︺(玄ω&N◎)

㈲三井寺合戦ノ巻

+四丁其勢縦誤テ坂本へ著タリトモ宇都宮京二有ト聞ヘナハ頓テ主

ノ許ヘコソ馳来ソト有リ︹此文写本二無之︑+二丁︺﹂(13オ)(玄留罐)

㈹同巻栗生篠塚+七丁二人ノ者共走寄テ小脇二挟テヱイヤト抜︑土ノ底五六尺堀入︹渡リノ土一二丈力程ト有リ︑十五丁︺(玄口蔭$◎)タル大木ナレハ傍リノ土一二尺力程クハツト崩レテ率都ノ念ナク

抜ニケリ

㈲同巻

(7)

長坂:国 立公文書館 内閣文庫蔵 『写本太平記参考太平記見 合抜書』翻刻 47

︹和泉小次郎無之︑十六丁︺(玄ロミO)︽参ミH下︾同丁異国ニハ烏獲奨噌我朝ニハ和泉小次郎朝夷奈三郎是皆世二双ナ

キ大力ト聞ユト有

圃正月二十七日合戦ノ巻

四+丁其兵櫓ヨリ落テニ言モイハス死ニケリ

︹此文写本無之︑三十七丁︺L(13ウ)(玄⇔お劇◎)

㈲同巻

四+三丁楠判官惣大将ノ前二来テ申ケルハ今日ノ御合戦不慮二︹百万ノ衆ヲ傾クト有リ︑四十丁︺(玄ω蔭8◎)八方ノ衆ヲ傾クト申セトモト有

㈹豊嶋河原合戦ノ巻︹手嶋河原ニテト有︑四十七丁︺(玄口08◎)五+三丁ハシタナク豊嶋河原ニテソ行合ケルト有リ

参考十六巻

㈹尊氏筑紫下向ノ巻

三丁建武三年二月八日尊氏兵庫ヲ落給ヒシト有リ

︹写本ハ十五巻﹂(14オ)棟堅奉入将軍巻

五十七丁サレトモ将軍ハ京都数度ノ軍二打負ケテニ月八日兵庫ヲ落給フ

ト有リ︺(玄ω9Φ◎)︽参お刈下︾

㈱少弐菊池合戦巻︹写本ハ十五巻六十三丁︑百六十三人ト有︺(玄ω紹ω◎)九丁持仏堂へ走入腰カキ切テ伏ニケリ︑郎等百余人モ堂ノ大躰二並居テ

同音二声ヲ出シ一度二腹ヲソ切タリケルト有リ

㈲多々良浜合戦ノ巻

+六丁敵御方相近附テ関ヲ揚ソトシケル時︑大高伊予守﹂(14ウ)重成

ハ将軍ノ御陣ノ余リニ無勢二候ヘハ帰参候ハソトテ引返ケリ︑直 テ始

写本五巻六十五丁︺(玄ω0ミ◎)

+二手

ル太ヲ踏ヒ命ヲ限ソ見ヘタル︑

ハ百(15オ)ハ菊二百

ヘトモ僅々良

二十退ト有

︹写六十

ク敵五騎ニ騎テ尚ノ中ラ太

ノ少ヲ馬ノ足ノ上テ踏ヒ押

リ︑五十ヲ魚テ参ヲ破

力勢ヘトモ時ニヤ被(15ウ)ソ前

モカヲ合ス︑ノ小ニカノ勢

々良ノ遠ニ十参8q上︾(玄ω0ωO)

万騎ト有リ︺(玄日8)︽参00︒︒上︾三丁

五丁︺(玄⇔10)右巴二星一二(16オ)書

(8)

奈 良 大 学 紀 要 第19号 48

㈲同巻︹亀甲下濃三ッ禦ト斗有リ︑六丁︺(玄 目11◎)六丁亀甲下濃ノ瓜ノ紋連銭三ツ星四ツ目結赤幡水色三ツ禦家々ノ紋

書タル旗三百余流ト有リ

㈲同巻︹三十余ヶ所ト有リ︑六丁︺(玄日11◎)同丁大津辛崎志賀里三百余ヶ所二陣ヲ取テト有リ

㈲同巻

太 刀 長 刀 ヲ 奪ヒ 取 齢 顛 ㌶ 靖 劇 箸 辮 挟 堵 聲 リ 命ヲ 捨 テ 戦 ケ

(16ウ)

+二追二依テ高

︹写ノ勢合戦レツト有リ︑丁︺(玄国18)

二裏ル事

︹写ル威ノ事ト在四丁︺(玄日21◎)

︹栢ト在十七丁︺(玄日24)+二見ル樫ノ木ノ棒二握(17オ)

︹写本ト有リ︑十二丁︺(亥目30)廿ヘケハ榜

ヲ持

廿二墜 帝都テト有廿三丁︺(玄口32)

︹義貞万騎ト有リ︑四十(日62◎)五+ト有

(17ウ)

六+ハテX

ノ道ノ敵退

(玄日70)

+

ヲ勝

五十四丁︺(玄 70)

ノ巻

八+一族ハ雪一こ

(18オ)ス︑ハ指テ弓ス︑

々木ト執テ為

テ刺ソト為モ馬不働ヲ落テ無

二不被モ不挙ト有リ︑七十丁︺(玄91)

刀ト有リ︑四十八(玄国μ8)+四丁ニサル金ヲ抜

(18ウ)

(9)

長坂:国 立公文書館 内閣文庫蔵 『写 本太平記参考太平記見合抜書』翻刻 49

鯛高野根来ト不和ノ巻

+丁先帝花山院ヲ忍出サセ給ヒテ吉野二潜幸セシカハト有︹右文章写

本無之︑七丁︺(玄日Hω日◎)

廿三丁 十月ト斗有リ︑十丁︺(玄⇔一ω)︽7下︾ハ向ハテノ城二在一日

高 越 後 守 四 方 ノ ︒ 々 二 堅 ク 響 据 断 驚 毒 類 嫡 腰 ◎ )

鯛金崎後攻ノ巻

是程二不定ノ人間仇ナル身命ヲ資ケソトテ互二罪業ヲ造リ長

(キ世ノ苦ミヲ受ソ事コソ浅マシケル﹂(19オ)︹右文章写本ニナシ︑

廿丁︺(玄日=o︒◎)

参考十九巻

図光明院殿登極ノ巻

三丁抑此君ハ故相摸入道宗竪力亡ヒシ時御即位二即セ進ラセタリシ

カ︹此文章写本二無之︑二丁︺(玄同冒曽◎)︽参37上︾

鯛義貞攻落越前府城巻

+二丁白藍毛ナル馬ニカシ鳥威ノ鎧著テ三尺六寸ノカヒシノキノ太

刀ヲ抜ト有リ︹三尺六寸ノ太刀ト斗有リ︺(玄⇔b︒ωH◎)

鯛東宮将軍ノ宮御隠ノ巻﹂(19ウ)

+九丁今又東宮将軍宮幾程ナクテ御隠アリケレハ心アルモ心ナキモ

是ヲ聞及フ人毎二哀ヲ催サスト云事ナシ︑カクツラクアタリ給ヘ

ル直義朝臣ノ行末イカナラソト思ハヌ人モ無リケルカ︑果シテ毒 害セラレ給フコソ不思儀ナレ︹此文章写本ナシ︑+五丁︺(玄曽ω刈◎)

働顕家卿上洛ノ巻︹四十余廿四丁国司則其勢ヲ合セテ三万余騎白川関へ打越給フニ奥州五拾四郡ト有リ︑十丁︺(玄H冒お)郡ノ勢共ト有リ

鯛追奥勢跡ヲ道々合戦ノ巻﹂(20オ)

淵丁国司顕家卿以下正月八日鎌倉ヲ立テ夜ヲ日ニッイテ上洛シ給へ︹十万余騎ト有リ︑廿丁︺(玄日醗O◎)ハ其勢五十万騎前後五日路左右四五里ヲ押テ通ト在リ

團同巻︹京勢ト有︑廿七丁︺三+一丁堀口美濃守貞満千余騎ニテ馳加ル︑今ハ是ヨリ京迄ノ道二誰(玄日謡O◎)アリトモ此勢ヲ柳モ支ソトスル者ハ有カタシト有リ

㈹同巻

三+二丁土岐弾正少弼頼遠七百余騎ニテ馳加ル︑国司ノ勢六﹂(20ウ)︹十万騎ト有リ︑廿七丁︺(玄嵐冒曾◎)︽参51上︾拾万騎ト在リ

参考廿巻

ゆ越後勢赴越前巻︹金劔白山ト有リ︑六丁︺(玄日卜︒♂◎)ヲ五丁其間二軍勢劔白山以下所々ノ神社仏閣二打入テ仏物ヲ侵ヲト有リ

㈲同巻︑震筆勅書賜義貞巻︹官軍ト有リ︑八丁︺(玄国ミ①◎)六丁義興顕信敗軍ノ労兵ヲ率シテ八幡山二楯籠ト有

㈲義貞牒山門巻﹂(2ーオ)︹八月三日ト有リ︑十四丁︺(玄口冒︒︒①◎)+二丁義助ハニ万余騎ヲ率シテ七月廿九日越前ノ府ヲ立テト有リ

ツケスマ綱義貞ノ馬属強巻

二+二丁此外山名大館里見鳥山一井細屋中条大井田桃井以下ノ一族

(10)

第19号 50 奈 良 大 学 紀 要

︹思々ノ鎧白装ト有廿六丁︺(玄日ω8◎)ハ思西二行

廿 二 丁 昔 ノ 軍 奉 行 二 上 木 平 九 惣 墨 穐 ヂ 蘇  (灘 麗 募 柱 等

(2ーウ)

︹旗先陣ソテトリ︑廿六丁︺(玄国ωOH)廿二丁二旗ヲ渡ス処

廿六二取

ハシヤ思ピケソ腰ノ刀ヲ抜テ自ラ首

ト有リ︑三十丁︺(玄日ω設◎)︽参74

(22オ)

四+二丁二依へ吹︹継体守文ノ君リ︑(玄日ω8◎)Σ

ヘキ(勿ウ)

鍔 禁 翻 見 合 抜 書

自廿一至四十巻﹂(表紙)

雛 鋒 謝 見 合 抜 書

右二十一巻ヨリ四十巻マテ﹂(ー)

ω写本三丁延元八月十六日︺(玄 ωUω)+二遂二崩

ニケ

︹写十七スレ(玄日ω)+八丁ノ伶ノ曲ヲ調一タヒ雅ヲ奏

③姻遣勅一漢減論看段ノ内﹂(2オ)三+三丁由良越前守光氏五百余騎ニテ西方寺ノ城ヨリ出テ和田江守

波羅密深町安居ノ荘内二敵ノ厳ク構タル六箇所ノ城ヲニ日二攻落

則チ御方ノ勢ヲ入替テ六箇所ノ城ヲ守ラシム︑同五日堀口兵部大

輔氏政五百余騎ニテ居山ノ城ヨリ出テ香下鶴力沢穴間河北十一箇

所ノ城ヲ五日力中二攻落シ降人千余人ヲ引率シ河合ノ庄へ出合ル

=#百余テ西ノ城ヨリL(2ウ)

テ香ノ城ヲ引

シ河ル︺(玄⇔ω卜︒)︽HOω下︾

ω︹写本二十五余多︺(玄日器︒︒◎)︽参H8下︾三+八丁ヲ猜ヲ妬ム程ヲ十

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