金融経済論序説
有 井 治
一︑交換経済と貨幣経済
およそ経済行為は︑多数の用途を持つ稀少な諸手段をば︑諸種の使用目的に対して選択按配する人間の活動で
あり︑経済とはこのような選択按配の問題を解決せんとする合理的な秩序ある組織であって︑それは現代では分
業と交換によって社会的な組織となっている︵註一︶︒
現代における経済秩序の特徴は︑一方では極端な分化即ち分業と︑これを前提としてのみ可能となる生産技術
と︑従って生ずる必然的な交換ということであり︑他方ではこの複雑な機構を運営すべき意識的計画的な中央機
関が存在しないということである︒それは極度の分化と殆んど無政府的な状態との合成物であって︑各人の自由
な処分に委ねられている巨額の財産や︑消費と生産との自由や信用の受授などに依存している︒経済の理論は如
金融経済論序説
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何なる内在的な法則が︑このような個人的な決定と経済機構とを接合して︑資本主義的経済組織の無政府状態を
渾沌たらしめず︑却ってこれを発展せしめたか︑即ち過去の経済組織がその存在の意義を失い︑また将来に実現
されるかもしれない団体主義的経済組織よりも︑優るとも劣らぬ組織を形成さしたかを︑明らかに示していると
同時に︑このような極端な分化と複雑とがら成立つ経済組織というものは︑非常に不安定な均衡をしか持ち得ぬ
ものであり︑また諸種の攪乱に服することをも︑一見して明らかにしているのである︒それが継起する攪乱と動
揺の内に︑その機能を果していることも不思議であるが︑それが少しでもよりよい結果に向って作用しているこ
とは︑更に一層の不思議であろう︒このような不思議が近代人の好奇心を刺戟して︑ここに経済学を成立さした
ということができょう︒
さて︑従来の経済学では一般に︑交換経済は交換のない経済から発展したものと考えられて来たために︑経済
学におけるロビンソン物語は余りにも有名である︒しかし交換のない経済から如何にして交換︑が発生したか︑即
ち自然的ないし人為的な余剰生産物の平和的な交換︑又は一方的な貢納や贈与としてか︑或いは暴力的な奪略と
いう形式の下に生成したか︑ということは経済史家の解明すへきところであって︑いわゆる経済理論においては︑
これは一つの仮説︵Hpyothesis︶となるにすぎない︒けだし経済史実の研究が如何に発達しても︑この完全な実
証は殆んど不可能に近いとしか思われないからである︒経済理論におけるそれは︑恰も天文学における宇宙の生
成に関する仮説のように︑我々の智識をもってした最も論理的な説明にすぎない︒よりよく現実を理解し得るも
のとして︑我々の智識が疑惑を挿むことなく承認する説明なのである︒それにも拘らず経済学者の多くは︑余り
にも屡々そして又速く︑ロビンソンの孤島からロンドンの市中に飛躍する︒このような類推理論の到底妥当しな
−2 −
いことは︑既に指摘されたところで︵註二︶︑排撃されなければならないであろう︒支那の農民の如く自給自足を
本旨とする人々は︑とうてい失業の現象を理解しえないであろう ︵註三︶︒カアウフマンは交換経済︵Tausch‑
wirtschaft︶に対する交換のない経済︵tauschloseWirtschaft︶の構想は︑補助経済︵Hilfswirtschaft︶にす
ぎないことを提唱している︵註四︶︒このような批判ならびに提唱は︑まことに理由ありと言わなければならない
のであって︑現代の経済理論は常に交換経済の研究をもって︑その本旨とするものである︒
ところが﹃いま商品の価格が財貨の側の事情によって定まるという見地から考察を進めよう﹄とする立場があ
り︑﹃貨幣が全く存在せず︑実物の交換が全面的に行わるるものと見て︑実物交換そのものの分析から進む﹄︵註
五︶のである︒殊に近時において自然利子率︵実物利子率および均衡利子率︶探究のために︑実物経済または自
然経済の構想の下に︑諸種の推究と分析とが行われているのであるが︑果して実物経済の実現は可能であるか︒
交換が全く存在しないか︑又は例外的便宜的に行われるに止まる場合を除き︑いやしくも交換経済と称される以
上︑交換が原則的必然的であることを前提とし︑その限りにおいて交換対象の合致という質的な困難と︑交換比
率の確定という量的な困難と︑交換実施日時の合致という時間的な困難とが︑容易に克明されなければならぬ︒
このような交換の前提条件は︑貨幣の存在によって始めて形成される︒しかも実物的交換経済では︑その経済社
会に存在する財貨の組合せ︵Combination︶に等しい数の価格が︑その間に何等の連絡も秩序もなくして成立す
る︒これは交換を前提として営まれる経済の存立を困難にする︒それ故に貨幣を抽象する実物経済または自然経
済の構想は︑むしろ現実から游離するというべく︑いわゆる自然利子率の探究が︑未だ何等の実際的な政策の標
識︵Criterion︶をも見出しえない理由は︑主としてここに原因すると言うことができないであろうか︒実物経済
‑3 一一
の仮定は余りに抽象にすぎて現実との距離が遠きにすぎ︑実際を解明せんとする理論としては︑迂遠な立場を採
るものと言わざるをえない︒この方法は実際への接近として︑言わば第一次の近似値的な立場たるに止まるので
ある︒
この故に貨幣の存在そのことを抽象することなく︑ただ貨幣が中立的に作用することを仮定して︑即ち貨幣の
側から価格の上に及ぼす影響のないことを前提して︑財貨の事情が如何に価格を定めるかを考察せんとするとこ
ろの︵註五︶︑第二の方法が採られるのを普通とする︒即ち貨幣は単に被覆︵Veil︶たる役目を営むに止まる︑と
いうことを前提とするのである︵註六︶︒しかし貨幣の中立性が問題となることそれ自体が︑現実におげる貨幣が
中立的でなく︑却って攪乱性を持つことを意味する︒﹃今日の複雑せる経済過程において︑貨幣は補助的中間的
な要具であって︑終極的には財貨と財貨とが交換されるための手段であるというのは︑説明を簡単にする上から
止むをえない方法としなければならないが︑しかし貨幣が経済生活に対して︑ただ受動的な役割だけを担当する
と見ることは︑恐らく妥当な考え方ではないであろう︒反対に貨幣または信用の数量や︑その流通速度における
変動は︑経済過程における変化と攪乱とを惹起する﹄︵註七︶︒従ってこの方法も亦抽象にすぎる嫌かおり︑現実
と相当の間隔において游離するものであり︑実際と合致しがたいという欠点あるを免れない︒この方法は実際へ
の接近として︑言わば第二次の近似値的な立場を採るものと称し得るであろう︒
思うに現代の資本主義的社会経済組織の下においては︑生産は交換のために行われ︑分配は交換によって行わ
れる︒その基盤は分業であり︑分業が交換を必然的ならしめているのである︒しかも交換は心理的に自分の与え
る財の価値よりも︑これにょって入手し得る財の価値が大きい︑と判断される場合にがけ実行されるのであって︑
一一 4 ‑・‑‑
そのためには交換手段特に貨幣が確立して︑二財の価値の比較判定が容易に行われなければならない︒これは交
換の質的および量的ならびに時間的な困難の克服︑という交換条件存立の前提をも形成していると言うことがで
きる︒固より交換の成立には︑度量衡および交通機関の整備を必要とし︑商業および市場の発展を要求する︒
けれども前者は交換の技術的な補助条件であり︑後者はその組織的な助成条件である︒交換経済の理論的な前提
は︑貨幣の存立ということだけであろう︒それ故に交換経済は常に貨幣経済であり︑貨幣を抽象せる交換経済
ー配給経済ではないーは実存し得ず︑それは単に観念的な構想たるに止まる︵註八︶と言うべきであろう︒
この故に我々は現実への接近として︑交換経済を貨幣経済なりとするところの︑言わば第三次的の近似値的な立
場を採らなければならぬ︒但し財貨の経済理論に対し︑主として貨幣金融の理論を説明せんとする立場において
は︑貨幣側の流通に重点を置き︑財流に関する考察を従とする︒
一一5 ‑
二︑経済理論と貨幣理論
周知のように一九二〇年代の末に︑ハイエックやケインズによって︑いわゆる貨幣的景気理論が主張され︑又
これらの主張を中心とする論争によって︑更にフィッシャーの安定貨幣に対してハイエックやコープマンの中立
貨幣の主張があり︑財貨の経済理論と貨幣の経済理論とは綜合されるようになった︒しかし貨幣的景気理論の要
旨は︑このような主張や論争よりも約二十年も前に︑フィッシャーが其者﹃貨幣の購買力﹄︵一九一一年︶の第四
章で︑過渡期を説明するに際して︑これを簡単明瞭に展開しているのである︒しかも彼はこれを貨幣数量説の適
用性ないし妥当性の吟味とし︑言わば応用理論としている︒いわゆる貨幣的景気理論は︑動態理論ないし動学の
主張を主とし静態理論ないし︑静学の説明を従とする︒しかし我々は動態ないし動学の理論を知る前に︑これを
理解するための前提として︑論理的な必然性をもって︑静態ないし静学の理論を要求する︵註一︶︒いわゆる貨幣
数量説は経済の根本原理︵Grundprinzip︶であるところの︑需要と供給または消費と生産との調和に関する主張
である︒それはこの限りにおいて巨大粗視的︵Grand‑macroscopic)な観点に立ち︑総需要と総供給との対立関
係が︑物価従って貨幣の価値を決定するというところの︑比較静態の原理を説明するものであり︑それはいわゆ
る需要供給法則の拡充にすぎないのである︒従って総需要と総供給の背後にあって︑これらのものを形成し変動
さす諸要因の分析と綜合とが︑前提条件として必要である︒普通一般に理解されている意味における貨幣数量説
‑6 一一
の弱点は︑それが盾の一面たる貨幣側だけを力説するところにあると言うことができるであろう︵註二︶︒
︵註一︶ いわゆる静態︵Static︶と動態︵Dynamic︶との区別は︑研究対象の状態による区別であって︑静学︵Statics︶
と動学︵Dynamics︶の区別は︑考え方ないし認識方法という研究の態度に関するものであって︑これら二つの区別は
必ずしも一致しない︒いわゆる比較静学︵ComparativeStatics︶は︑静態の動学理論ということができよう︒なお粗視
的︵macroscopic︶と微視的︵microscopic︶の区別も亦︑認識方法によるものであって︑動態に関する理論と必ずし
も一致しないことは︑近時いわゆる経済の生長理論が︑愈々微視的となっていることで明らかであろう︒
静態の理論が動態の理論に先だつことは︑ヒックスの言葉を借りるならば︑経済の﹁解剖学﹂︵Anatomy︶が経済の
﹁生理学﹂︵Physiology︶の智識を前提とするという意味であって︑新しい形式の経済学が先づ経済の構造ないし静態を
説き︑次いでその機能ないし動態に至るのを見れば明らかであろう︒例えばJ.R.Hicks;SocialFramework。An
IntroductiontoEconomics。1942。2nded.1952︵酒井正三郎訳﹁経済の社会的構造﹂︶︑p.A.Samuelson;Eco‑
nomics。AnIntroductoryAnalysis。1948。2nded.1951:E.Schneider。EinfuhrungindieWirtschaftstheorie。
1946‑52.等参照︒
︵註二︶ 拙著﹁貨幣数量説の研究﹂および﹁経済学概論﹂第五章第五節の三︑等参照︒
このような貨幣的景気理論の展開は︑一方において往来の経済理論が貨幣理論を分離していたことと︑他方で
は完全雇用を前提とした静態の理論であったことに由来する︑と言うことができるであろう︒前者については︑
英国の古典学派ないし正統学派の経済理論が︑投下労働量または生産費によって規定されるところの︑財貨の交
換価値関係を中心とする経済社会観に基づき︑貨幣を単なる交換の媒介物と考えたこと︑即ち貨幣ヴェール観の
成立に由来すると思われる︵註三︶︒ハイエックは﹃一般的な経済理論から︑貨幣の理論が現に游離しているとい
一一7‑
うことは︑この特殊な︹機械的貨幣数量︺説の少なからぬ有害な影響である﹄︵註四︶として︑その貨幣的景気理
論を提唱したのである︒
︵註三︶ 高橋泰蔵﹁貨幣的経済理論の新展開﹂︑﹁貨幣経済的循環の理論﹂等参照︒
なお貨幣ヴェール観の典型的なものはnumeraireないしmulticativefactor(L.Walras。Klementd'economie
politiquepure。ed.def.1901)やAbstrukteRechnungseinheitstheorie(R.Liefmann。GeldundGold。1916;
GrundsatzederVolkswirtschafslehre。1922;AllgemeineVolkswirtschafstheorie。2.Aufl.1927︶等を挙げること
ができる︒
︵註四︶ F.A.Hayek。PricesandProductiou。London。1931。2nded.1935。p. 4.本書は第二版において著しい
増補と改訂が加えられた︒豊崎稔訳﹁貨幣と景気変動﹂は独逸本︵PreiseundProduktion。Wien。1931。︶ によった
ものである︒
ハイエッタはフィッシャーの貨幣数量説を機械的数量説とし︑経済政論の貨幣理論からの離脱を此説に帰しているの
であるが︑一般にフィッシャーの数量説は誤解されているようである︒けだしフィッシャーは︑数量説が窮極の正常状
態を前提とし︑又この状態の下では妥当するが︑過渡期の異常な状態には妥当せず︑しかも現実は常に過渡期であると
し︑既に述べたようにハイエックよりも二十年も前に︑貨幣的景気理論を簡明に展開しているからである︒︵詳しくは
拙著﹁貨幣数量説の研究﹂参照︶
次に英国の古典学派ないし正統学派の経済理論が︑完全雇用を前提とするものであることは︑既にケインズが
詳しく攻撃して周知のところであるから︵註五︶︑これをここで繰返す必要はないであろう︒それが同時に静態の
理論であったことは︑その理論の性格からの当然の帰結である︒けだし此派の人々は︑需要と供給または消威と
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生産とが均衡を維持することをもって経済の正常態︵Normalzustand︶とし︑その不均衡たる恐慌を例外的病的
な異常態︵Abnormalzustand︶と考えていたからである︒これは更に恐らく︑いかに偉大な思想家と雖も︑そ
の生存した時代を超越することができない︑という事実に基づくであろう︒即ち固より時々の恐慌的攪乱があっ
たとしても︑第十九世紀は金本位制度が英国を中心として最も円滑に機能したということ︑従って貨幣を攪乱的
または建設的な要因として認めなかった︑というところに起因するであろう︒一八四四年の有名なピール条令の
基礎理論といわれるところの︑いわゆる通貨主義の創始者とされ︵註六︶︑労働価値説を大成したリカアドウは︑
次のように言っている︒曰く﹃全社会の営み得る全事業は︑その生産に用い得る資本︑即ちその原料や機械や食
糧や船舶などに依存する︒よく規制された紙幣が成立した後では︑これらのものは銀行業務の操作によって︑増
加もされなければ減少もされないのである﹄︵註七︶と︒従って﹃均衡の理論に運動の理論を加えるl静態理論
に動態の理論を加える﹄ミルの意図も︵註ハ︶︑十分には展開されなかったのであろう︒これについてはセイのい
わゆる販路法則︵LoidesDebouches︶思想の影響も亦︑見逃せないであろう︒
ところが第一次世界大戦の勃発と共に︑交戦各国では紙幣の金兌換が停止され︑戦後は独逸の天文学的数字に
達する大インフレーションを始めとして︑英・仏・米・蘇の各国において︑程度の差こそあれインフレーション
を経験し︑ここに貨幣の攪乱因子としての性質が確認されるようになった︒他方において大戦中の一九一六年に
建設されたハアヴァード景気研究所︵HavardCommitteesonBusinessResearch︶の実践的研究と︑既に十
九世紀末から現れていた理論的研究とが合成されて︑ここに貨幣的景気理論が生れた︑と言うことができるであ
ろう︒殊に一九二五年から二九年に至る金兌換の回復された時期に起った米国の異常な好況︑即ち物価騰貴を伴
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わない永遠の繁栄︵ElernalProsperity︶の崩壊は︑貨幣的景気理論にとって︑恰好な研究対象となった︒かく
て経済理論と貨幣理論とは綜合されて景気理論となると共に︑従来における静態理論の上に動態の理論が築き上
げられた︑ということができるであろう︒かくて実際ミーゼスが言ったように︑現代の貨幣原論が本質的には景
気理論であり︑またただ一つの妥当な景気理論となったのである︵註九︶︒
‑10‑
三︑金融経済論
金融経済論は貨幣的な経済循環の機構︑又は経済循環の貨幣的構造を明らかにせんとするものである︒
いわゆる機構または構造は一つのシステム︵体系︶であるが︑経済はオルガニズム︵有機体︶であってメカニ
ズム︵機構︶ではない︑という立場から非難されるかもしれない︒しかしすべての有機体は短期的に考察すれば
一つの機構である︒例へば物理学の世界においても︑完全な正確さをも︑て︑理論的な観察において仮定される
ような前提の恒常性を︑完全な正確さで示するようなメカニズムは︑一つも存在しないのである︒生ける世界を
考察しようと︑無機の世界を観察しようと︑変転常なき力の綜合的作用の下に︑他の総ての諸量によって不断に
影響され変化されないような量は︑一つとして世界に存在しない︒我々が認知し得る現象の経過を定めるところ
の関連を︑論理的な推理によって規定しょうとするならば︑変転常なき前提の関連の中から︑認識対象を抽出し
て︑これを思惟的に分離するより外に途はない︒すべての理論は前提を一定とおくことから出発する︒在るべき
状態を一定とおくことによって︑我々はオルガニズムの代りに︑メカニズムをおき換えるのである︵註一︶︒
次に前に述べたように我々は︑動態ないし動学の理論を知る前に︑これを理解するための前提として︑論理的
な必然性をもって︑静態ないし静学の理論を要求するのであるが︑我々が静態と動態とを区別する時には︑これ
ら二つの概念について︑自然科学的な観察で普通に与えられている内容を考える︒従って我々は静態の下に︑そ
れを定義するに必要な前提が網羅的である場合︑一義的に決定されるところの均衡状態を記述することを意味す
る︒これに対して動態は決してこの均衡状態に対応しない状態の記述を意味しない︒また相異る多くの仮定の下
に考えられるところの︑システムの変化を記述することをも意味しない︒このような記述は運動学︵キネマチー
ク︶即ち運動可能性の記述である︒いわゆる動態は︑特定の運動原因と考えられるところの︑力の作用の下にお
けるシステムの時間的変化の記述である︒例えば一義的に決定される振子の静止状態だけの記述が静態であり︑
調和的または減衰的な振動の空間的および時間的な運動法則を記述するのが動態であり︑振子は静止状態以外の
任意の位置において︑重力だけの作用を受けた場合に︑この法則に従うものである︵註ニ︶︒
さて︑経済循環の構想はケネーに始まる︒彼は商工業は物の変形や移転を行うに止まり︑何等の価値をも増加
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するのでないから不生産的であるが︑農業は自然の最も大きな利用であり︑いわゆる自然の秩序︵l'ordrenatu‑
rel︶に従って︑価値の増加即ち純生産物︵Produitsnets︶を生むものであるとし︑農業によって獲得された純
生産物が商工業者と農民の間にいかに分配され流通するかを表示して︑これを各国政府の羅針盤︵LaBoussole
dugouvernementdesEtats︶としたのであるが︑なお貨幣と財貨とを同一視していたのである︵註三︶︒
貨幣的な経済循環殊に所得中心の考察は︑恐らくカンティョンに始まると︑言うことができるであろう︒﹃彼
は貨幣の豊富なことが︑すべての物を騰貴さすことを知っていたが︑何故そうなるかを分析しなかった︒この分
析の大きな困難は︑貨幣の増加が如何なる径路で又いかなる割合で︑物の価格を騰貴さすかを検出することにあ
る﹄とし︑金銀鉱山の発見以来まず第一に採掘業者の所得が増加し︑次いでその支出が増加して︑その需要する
財貨の価格が騰貴し︑これによってこれらの財貨を販売する人々の所得が増加して︑更にその支出を増加さし︑
かくて次第に物価騰貴が一般化してゆく過程を述べている︵註四︶︒その観察方法の著しい特徴は︑所得の増加に
続いて支出の増加が起り︑支出の増加を通じて財貨の価格が騰貴しゆく過程が︑一つの型にはめたように単調で
あるということである︒しかし価格の騰貴した財貨の売手は︑価格の騰貴によってただ単に自分の支出を増加す
るだけでなく︑その追加所得を全く別個の目的に使用することもあるという事実は︑カンティョンの看過したと
ころである︒
﹃それ故に私は︑貨幣が使用される目的とは無関係に︑貨幣の総量から出発するという伝統的な方法を拒否し
て︑その代りに社会の収入または貨幣所得の流れから︑出発することを提唱する﹄︵註五︶として︑現代における
貨幣的経済循環の機構を解明せんとしたのがケインズであった︒まことにハイエックが言ったように︑﹃何か一
‑]2‑
つの出来事の経済的作用を予見する結果となるものは︑各人が環境の変化に応じて如何に反応するか︑というこ
とに関する我々の智識である﹄︵註六︶︒個人またはその集団について此種の特質を仮定することは︑確かに動態
理論の出発点となるものである︒しかし貨幣理論において此種の一般的仮定が可能となるためには︑それが相異
る態度を採る各種の集団‑‑例へば消費経済と生産経済ーが区別できるような一つの形式を採る必要がある︒
このためには貨幣数量説的な巨大粗視的な比較静態の考察から︑一歩を踏出して粗視的動態的な方法を採る必要
がある︒ケインズが一九三〇年に著した﹃貨幣論﹄における考察方法によって︑経済的諸量即ち貯蓄と投資なら
びに企業利潤の相互間における新しい関連が発見された︒但し一九三六体の﹃一般理論﹄においては︑利潤を含
む貯蓄概念を採用したために︑﹃貨幣論﹄における﹃意外の利潤﹄︵WindfallProfit︶即ち純利潤が消失し︑一の
均衡状態から次の均衡状態への移行現象を理解する上に︑極めて重要な経済量が脱落し︑動態の理論に関する説
明の明確さと厳正さは︑相当犠牲に供されている︑と言えないであろうか︵註七︶︒
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も安定はあるとして︑そのためには如何なる前提を必要とするか︑ということの研究に専ら傾注したと言えないであろ
うか︒それは次のような説明で明らかに看取される︒曰く﹃⁝⁝我々の現実の経験の顕著な諸特徴l即ち我々が雇用
と諸価格の上下両方面における極端に大きな変動を避けながら︑完全雇用よりはかなり低く︑それ以下に低落すれば生
活を危殆に瀕せしめることになるような最低水準よりはかなり高いところの︑中問的な地位を繞って浮動しているとい
う事態ーを説明するのに適当する︒﹄︵GeneralTheory。p.254.塩野谷訳本三〇五頁︶