奈良教育大学学術リポジトリNEAR
イギリスにおける障害者差別禁止法制と障害者施策 −1995年障害についての差別に関する法律
(Disability Discrimination Act 1995)」の成立を 中心に−
著者 玉村 公二彦
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 47
号 1
ページ 215‑225
発行年 1998‑10‑10
その他のタイトル Disability Anti‑Discrimination Legislation and Disability Policies in the UK.
URL http://hdl.handle.net/10105/1498
イギリスにおける障害者差別禁止法制と障害者施策
‑「1995年障害についての差別に関する法律
(Disability Discrimination Act 1995)」の成立を中心に‑
玉 村 公二彦 (奈良教育大学障害児教育教室)
(平成10年4月20日受理)
キーワード:イギ.)ス、障害者差別禁止法制、障害者施策、 「障害についての差別に関する法律」
I.はじめに一障害者法制をめぐる国際的動向 先進資本主義国における障害者関連法制の今日的特徴 のひとつは、障害者の市民権を法的に明確にし、障害者 に対する差別を禁止する法律を制定してきているという 点にある。その中にはアメリカ合衆国、カナダ、オース
トラリアなどが含まれる。もちろん、障害者に平等の権 利を保障するための政府の責任については1982年国連 総会によって採択された国連の障害者のための世界行動 計画において指摘され、 「国連・障害者の10年」 (1983‑
1992)の間、各国で模索されてきた(1)。
「国連・障害者の10年」以降、国連総会によって決議 された「障害者の機会均等化に関する基準規則」は、そ の「平等な参加への前提条件」 「平等な参加への目標分 野」 「実施方法」を定め、 「平等な参加‑の目標分野」と して、アクセシビリティ、教育、就労、所得保障、家庭 生活と人間としての尊厳、文化、レクリエーションとス ポーツ、宗教の8分野を設定した.そして、その実施方 策として、特に各国政府の立法をあげ、 「政府は、障害 をもつ人の完全参加と平等という目的を達成するための 方策の法的根拠を作成する責任をもつ」 (規則15 :立 法)と指摘している(2)
英語圏域に限ってみても、アメリカでは、 1970年代半 ばリハビリテーション法が改正され、 504項として「差 別禁止」が規定された。その実行をめぐって障害者団体 の闘いが積み重ねられ、その後の実施状況の蓄積の中で、
障害者の公民権法として「1990年障害を持っアメリカ 人法(Americans with Disabilities Act of 1990)」が 成立し、障害者差別の撤廃がはかられてきた。カナダに おいては、 1982年、カナダ憲法の一部を構成する「自由 と権利の憲章(Canadian Charter of Rights and Free‑
doms)」の中に障害者を含め、 1983年「カナダ人権法
(Canadian Human Rights Act)」が修正され、障害者 の範囲の中に知的障害を含め、同時に雇用と同様にサー
ビスの提供において差別を禁止した。こうした動向はオ セアニアの地域においても確認できるO すなわち、オー ストラリアでは、 1990年代に入って障害者差別につい ての問題の認識が、障害者とその関係者、また政策担当 者の側からも提起され、障害者の包括的な権利保障への 動きが「1992年障害についての差別に関する法律(Dis‑
ability Discrimination Act 1992)」として結実している。
また、ニュージーランドについては、人権関係法と人権 委員会法を改廃し統合する法改正として、 「1993年人権 法(Human Rights Act)」が成立したが、その中では、
障害に基づく差別を含め、対象となる差別の範囲を拡大 させて、より確かな人権の保護をめざしている。障害者 の人権・権利の認識は国際的に普遍性をもち、本稿にお いて対象とするイギリスにおいても障害者の市民権の確 立をめざす障害者差別禁止法制として現れている(3)
本稿では、こうした国際的な動向を念頭におきつつ、
イギリスを対象として障害者の権利の法的確認について その動向を検討することを目的とする。イギリスは、
1940年代、福祉国家を確立し、法に基づいて障害者の 基本的な人権の概念を確立させた最初の西欧諸国の一つ であった。しかしながら、 1980年代前半以降、障害者 差別禁止法制の制定の動きが議会内にありながらも、
1990年代前半においてイギリス保守党政府はこの種の
法制定に消極的であった。しかし、障害者施策の発展を
求める障害者団体の一貫する要求や労働党議員の議員立
法への動向が複雑に絡み合って、 1995年に保守党政権
側の提案で「1995年障害についての差別に関する法律
(Disability Discrimination Act 1995)」が成立するに
至った。本稿では、具体的には、 1995年に成立した同
法に至る経過とその内容・特徴、そしてその後の実施状
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玉 村 公二彦
祝について検討するものである。
Ⅱ.イギリスにおける障害者差別禁止法制の模索 と「市民権(障害者)法案」
1.障害者差別禁止法制への模索
1970年代以降、議会における障害者差別禁止法制の 端緒となったのは、 1979年1月、労働党政権によって 設置された「障害者に対する制約に関する委員会」
(Committee on Restrictions against Disabled People
(CORAD))によってもたらされた。 CORADは、 「(障 害者が)自らの身体的制約によって、制限を受けている のと同時に、障害者は生存する社会の構造によって追加 的な制限を負わされている」として、障害者の直面する 問題を個人的なものというより社会的なものと解釈し、
生活全般の領域において、差別の範囲の確定のための調 査を実施した。 CORADは、広範な要望をまとめ、報告 書の結論として、法律の制定がまず第一に本質的なこと として差別禁止法制の導入を通して障害者の法的権利の 実現を求めた(4)
1979年、政権は労働党から保守党に移行し、イギリ スにおける障害者差別禁止法制についての議論は、議会 の中での法制化をめぐる議員と政府の攻防になってゆく。
1980年代前半には、アッシュリイ下院議員による「障 害(不当な差別の防止)法案」の提出(1982年7月)、
次いで、スチュワ‑ト議員による議員立法として「障害 (不当な差別の防止)法案」の提出(1983年2月)、更 に、ウェアリング議員による議員立法として「慢性疾 患・障害者法(修正)法案」 (そのパートIに障害者差 別を違法とする規定の挿入) (1983年11月)、それを受 けて、キャンベル上院議員の差別のケースを調査する委 員会を確立する障害者法案の提出があり、同様に、ロン グフォード上院議員は上院に「慢性疾患・障害者(修 正)法案No. 2」 (障害者に対する差別を違法とし、そ のようなケースを調査し、必要な場合は調停する委員会 をつくる)を提出した。しかし、これらの法案は、上院 を通過しっつも下院での審議がなされずに廃案となった。
1980年代後半になって、ウェアリング議員による「障 害者法案」 (1987年4月)が提出されたが、第2読会に
いたらなかった1989年6月には、同氏によって障害 者に対する差別を禁止する規定を「1989年雇用法案」
に挿入する提案があった。しかし、それらはみおくられ、
1990年代に持ち越された 1991年2月、ヒュ‑ジ議員 は、障害に基づく差別を違法とする「障害者差別法案」
を上院に提出したが、引き続き通過にはいたらなかった。
1990年初頭まで障害者団体と障害者は法的救済のた めのCORADの要請の実現へと圧力をかけたことに よって、以上のように、議会では幾度か障害者差別禁止
法案が提案されてきた。しかし、保守党政権の政府は、
‑賀して差別禁止法の導入に反対してきた。すなわち、
CORADの要望に対応した障害者担当大臣ロッシイは、
政府の方針は、啓発のキャンペーン内で行われることと し、緊急に必要なものとはいえないとして、拒否した。
その後の担当大臣ニュートンは、相対的にせまい範囲の 問題について、アクセス委員会を設置して検討を行い、
「障害にではなく、障害者の能力によって障害者を認め るように、人々に啓発することが肝要」として、法制化 ではなく啓発によって対処しようとした。
障害者差別禁止法の導入を求める報告が出された 1980年代初頭は、国際障害者年とその後の国連・障害 者の10年の開始と重なる時期であり、障害者運動はイ ギリスにおいても急速な発展を見た。 1981年、 「イギリ ス障害者団体評議会(BCDDP)」の活動が開始された。
障害者インターナショナルのメンバーであるBCOPPは、
障害者によって運営されている80を越える組織の協議 体である。また、 「障害者に平等の状態を」というキャ
ンペーンは、 1985年の「差別禁止法制のための自発的 組織委員会(VOADL)」の組織化によって、 1980年代 急速に成長した。そこでは、イギリスにおける障害者の ための平等の権利という共通の目標のもとに、イギリス 障害者団体評議会といった障害者の当事者組織と王立障 害者リ‑ビリテーション協会といった伝統ある障害者の ための組織と共同の取り組みが展開されていった。後に みるように、障害者差別禁止法制を求める障害者運動は、
政府の主張を批判しつつ、その必要性の論拠を明らかに してゆくことになるのである。
2. 「市民権(障害者)法案」への発展
ハスラーによれば、 1980年代後半以降の障害者運動 の成長の指標は、障害者組織を通して、障害者に対する 制度的差別の問題を政治課題にのせるところにみられ る(5)。それはまた、 1980年代に追求された障害者差別 を禁止する法的文言の挿入という段階から、 1990年代 には障害者の市民権を包括的な法制として創造し、それ によって障害者差別を払拭しようとする段階へと発展し てきているといえる。ここでは、政府の障害者差別禁止 法制に対する消極的な主張に対して、障害者の包括的な 市民権の保障を求める運動を強めたイギリス障害者団体 協議会の主張と1992年議会に提出された「市民権(障 害者)法案」の内容を検討してみることにしよう。
1)差別禁止法制を求める主張の展開
1990年代に入って労働省を中心として障害者春用上 の差別の撤廃について一貫して消極的な政府の主張に対
して、障害者の市民権(差別禁止)法制を求めるイギリ
ス障害者団体協議会の主張および反論の論点を、バーン
ズは次のようにまとめている(6)
第一に、政府の立場は、 「障害」の定義も含めて平等 の権利について同意しないという点に問題があるという ことである。例えば、障害者差別禁止法に即していえば、
「差別が障害の範囲内で生じているということが証明さ れなければならない」という政府支持者の発言のように、
日常生活の中で障害者が直面する困難が個人を基礎にお いて機能的制約として存在するという仮定となっている。
それに対して、障害者は、障害者が直面する主要な問題 は社会的につくられたものであり差別は日常的に生じて いると論じているのである。
第二に、すべてのなかでおそらく最も重大な雇用とい う領域における差別について、労働省の見解は、 「障薯 は、人種ないし性とは異なって、仕事の遂行能力と関 わっており、差別と類似したとみられる何ものかは現実 的には合理的な遂行能力ないしはそれに類似した力量に 基づいたものなのであるということが最大の問題であ る」というものであった。このことは、障害者は健常者 の労働者と同じようには生産的でないという認識に基づ いて、差別が事実として受け入れられていることを示唆 するものである。しかし、このような議論は、政府自身 でさえ、これまでの雇用施策の中で啓発してきた内容や
「大多数の障害者は一般の人と同様生産的である。重い 障害でも、困難は大きいとはいえ、それはしばしば克服 されるのである」と述べていることと矛盾している。
第三に、差別禁止法は立案することが複雑であり、そ の適用においても不透明であるという主張である。この 点で政府によって引き合いに出されるのが、アメリカの 場合であるoリ‑ビリテーション法504項の改正、そし てその施行規則の制定、そして「1990年障害を持つア メリカ大法」への発展という経過の中での法制実現の引 き延ばしやいくつかの反対論を援用していた。しかしな がら、アメリカの経過は全体として、障害者の市民権を 確立し差別を払拭する法制を確立させたのでありその積 極面を評価するというのが国際的な常識である。また、
イギリス国内法においては「性差別法」や「人種関連 法」が既に存在しており、女性や人種に関連しての差別 禁止の法制化とその実施の事実に照らすならば、障害者 差別禁止法制は政府のいうように「複雑」でも「不透 明」でもない。
第四の議論は、差別禁止法制が障害者と健常者の伝統 的な区分を激化させるというものである。この点は雇用 との関係でしばしば主張される。例えば、 「障害を持っ 人々と雇用者の関係が壊されるかもしれず、啓発の働き かけがよりいっそう困難になる」というものである。し かし、事実としてイギリス国民の間では差別禁止法制へ の広範な賛同が得られており、また、大多数の雇用者は、
政府の進める啓発の政策に対して効果を認めているわけ ではない。差別禁止法制は障害者の雇用において肯定的
な効果を持つと予想される。
障害者法制における国際的動向として、普遍的な人権 を障害者分野において碓認し、かつ差別を払拭していく 努力がなされている中で、以上のような論点で障害者団 体と政府が切りむすんでいた。イギリス障害者団体協議 会の代表ウッドは、 「障害者は機会の全面的な範囲にま でアクセスする必要があり」、 「この課題を示す唯一の道 は、アメリカにおけると同様の包括的で全体的な法制を 通してである」と主張している(7)イギリス障害者団体 協議会に代表される障害者団体が要求しているものは、
包括的な差別禁止法制であり、 (a)雇用割当方式といっ たような経済的社会的なコミュニティ生活の主流へ障害 者を統合することを確実にする政策を実施する適切な枠 組みを確立するものであり、 (b)どのような理由があろ うとも、障害者に対する差別は認められないという公的 な確認をおこなうものである。それは、個々人のニーズ というよりはむしろ社会権を強調し、個々の障害者にで はなく障害をもたらす社会に焦点をあてたものであると いえよう。
2) 「市民権(障害者)法案」の内容
イギリスの障害者団体は「1990年障害を持っアメリ カ大法」の制定以降、とりわけ、 「国連・障害者の10 年」の終了する1992年、集中的に障害者の市民権の法 的確立のための運動を推進してきた。その具体化として、
1992年議会において、労働党下院議員モリスによって、
雇用・各種施設・諸サービス・交通・教育等の分野にお ける障害者の差別を禁ずる「市民権(障害者)法案」が 提出された(8)しかも、それは、従来類似の法案が提出 されてきたときとは異なり、法律協会の労働法委員会か らの支援をも受けたものであった。すなわち、法律専門 家のチームは、 「雇用主による差別から障害者を保護す るという法制は機能していない」という政府の長年の論 理に対して、既存の差別禁止法ととりわけアメリカの法 制を考察し、委員会は性別や人種に基づいた雇用主の差 別を禁止する法律と類似した新しい法律がイギリスにお いても効果を持っと結論づけたのである(9)
議会に提出され、上院で審議された「市民権(障害 者)法案」は、 5部および付則からなっている。法案で は、 「障害者に対する障害に基づく差別を、禁ずるもの であり、それと関連する目的のためのものである」と述 べられている。すなわち、この法案は、障害を事由とす
・る障害者に対する差別の禁止、障害者の諸権利の碓立、
その権利が拒否された場合の救済・賠償措置の確立を目 的としている。
本法案では、第1部において、いくつかの用語を定義 した上で、 「差別」について定義を行っている。まず、
「障害」の定義は、 「障害を持っアメリカ大法」と同様の
次のような定義を示している。
コ1Lq
玉 村 公二彦
(a)その人のひとっまたはそれ以上の主要な生活行 動に実質的な制限をもたらすような身体的ないし精 神的機能障害。
(b)そのような障害の既往歴。
(C)そのような機能障害を持っているとみなされるこ と。
「障害」の定義と同様、この法案では、差別が禁じら れる対象が「有資格障害者」として規定されており、こ の点でも「障害を持つアメリカ人法」の影響が強く認め られる。
また、法案は、障害に基づく「差別」を定義して「次 の場合には、本法の諸規定の目的に関連する状況の下で、
人は、障害に基づいて他の者を差別しているという」と している。
(a)障害をもつ者を、同一の、または類似の状況下 で、当該障害のない者を遇するより不利に処遇する 場合。
(b)障害をもっ者を、当該障害をもつ者に一般的に 固有の特徴もしくはこれに起因すると推定される特 徴に基づいて、当該障害のない者より不利に過する 場合。
(C)障害をもつ者を、次のような要件に従わない、ま たは従うことが不可能であるという事実をもって、
当該障害のない者より不利に適する場合。
(i)要件の本質が、障害を持っている人に求めら れる要件以上に、障害を持たない者が従う、ま たは従うことができる確率が実質的に高いよう なもの。
(ii)その要件が、その場合の状況において合理的 でないようなもの。
本法案の第2部は雇用の領域を示したものである。
「雇用主は、障害に基づいて、障害を持っ有資格者を求 人応募手続き、雇用、従業員の昇進ないし解雇、従業員 報酬、訓練およびその他の雇用条件・特典に関して差別 することはできない」ことを規定し、雇用に即して、
「差別」の定義を具体化している(第2章)0
雇用においては、 「適正な施設や配慮を行う」という ことが同時に求められているが、それが「過度の支障」
なしに可能かどうかが「考慮されるべき」であるとして、
その要件を規定している。
ところで、雇用分野において差別の防止をはかる際に、
基本的前提条件での障壁が除去される必要がある。すな わち、住宅供給や交通における構造的な差別の存在は、
雇用機会獲得の以前で障壁となっており、それが除去さ れないならば、雇用上の法的権利は有効とはならない。
従って、この法案では、第3章において、土地、施設・
設備、サービス、公共交通などへのアクセスが規定され ている。すなわち、 「障害を持つ有資格者は、障害に基
づいて、本章が適用される物資、施設・設備、サービス に関連する個人または団体の計画ないし活動への参加か ら排除されたり、その利益を拒否されない、もしくは、
有資格者が取得したり、使用したりするよう求める物資、
施設・設備、サービスの提供をおこなう個人、団体に よって差別されない」と規定されているのである。これ らの差別の禁止は、民間も含めて、以下のような広範囲 のものとなっている。
(a)一般市民が入ることが許可される公共の場への アクセスとその利用
(b)住居の財産権の措置
(C)ホテル、下宿、類似施設における施設・配慮 (d)譲渡証書、ローン、クレジット等の銀行業務な
いし保険における便宜の供与
(e)職業年金その他の年金方式への加入 (f)教育のための施設・設備
(g)娯楽、レクリエーションないしリフレッシュメ
ントのための施設・設備
(h)陸上、海上、航空上の交通または旅行ための施 設・設備
(i)地方当局ないしその他の公的機関による専門的 および一般的職業によるサ‑ビス
(j)協会、クラブ、その他の組織への参加 (k)市民権の享受および市民の義務の遂行
(1)大臣によって定められた規則に記述されたその 他の施設・設備およびサービス
ただし、 「これに従うことが実際的でないかまたは安 全でない場合はこの限りではない」として、 「過度の支 障」があると認められた場合については免除される。
第4章では、第2、3章の施行について規定し、とく に、第2、3章に反して差別された者には、裁判所に提 訴する権利を付与している。附則では、差別撤廃のため
の機能をもつ障害者委員会の設置を定めている。
本法案は、イギリスにおける障害者運動の発展が、包 括的な障害者の市民権の法的確立を政治課題とするに 至ったことを具体的に提示した。それは、障害者が通常 の人と同等の権利を有することを法的に確認し、かつそ れを阻む障害者差別を法的に払拭するというものであっ た。しかし、 1980年代、大幅な社会政策上の「改革」
を行ってきた保守党政権のもとで、この法案は議会を通 過するには到らなかったが、この法案に対する支持の広 がりに対して、保守党政権は代案として、 1994年7月 には、障害者に対する差別を払拭する政府の方法につい ての協議報告を公刊し、 1995年1月には、担当大臣に よる「障害者に対する差別を終わらせるために
(Ending discrimination against disabled people)」
と題する提案文書を提出し、政府として、 「障害に関す
る差別についての法案 (Disability Discrimination
Bill)」を出すことを明確にした(10)
Ⅲ. 「障害についての差別に関する法律」の成立 1.法案の議論
「市民権(障害者)法案」は、障害者自身又障害者に 関わる団体の活発なロビー活動などの成果として、保守 党も含めた大多数の議員の署名を得て、徐々に賛同者を 広げていったが、保守党政権は、その代案として1994 年、政府提案を議会に提案した。
政府提案に対する労働党と政府の主要な争点は、 ( 1 ) 全国障害協議会、 (2)割り当て雇用制度の廃止、 (3) 従業員20人以下の小企業の除外規定の三つであり、そ れぞれについての労働党の主張は次のようなものであっ た(ll)
(1)について、労働党は、全国障害協議会の権限の 限定性(助言)に対して、女性差別に対する機会均等委 員会、人種差別に対する人種平等委員会と同等の権限を 持たせるべきであると主張している。
(2)については、割り当て雇用制度が十分機能して いないので廃止という方針によると、現時点では、雇用 が前進する保障は何もなく、却って現在の条件も危うく する恐れがあるので、当面は改善により割り当て雇用制 度の機能強化を計り、可能性が拡大したことが明確に なった時点で廃止すべきであるというものである。
(3)については、性差別、人種差別についてはこの ような除外規定はなく、平等という観点から見て同様の 制度とするのが当然であるというのが労働党の主張で あった。
政府提案から議会での立法に至るまでに、政府と野党 である労働党、障害者団体及び関連団体の協議を行いな がら、 1995年11月に議会を通過し法律として成立した。
しかしながら、成立した法案は、全て政府案の規定方針 でまとめられており、障害者団体及び関係団体の主張を 反映した労働党の主張と要望は本質的には組み込まれて
いないものとなった。
2. 「障害についての差別に関する法律」の内容 (1)法律の構成
「障害についての差別に関する法律」は、以下に示す 第I部〜第Ⅷ部及び付則によって構成されており、 「障 害」の概念、雇用、商品・サービス・不動産などのその 他の分野、教育、公共交通における障害者差別の禁止、
全国障害協議会の設立などを定めている(12) 第I部 障害
1. 「障害」の意味と「障害者」
2.障害歴 3.指針
第Ⅱ部 雇用 雇用主による差別
4.応募者及び従業員に対する差別 5. 「差別」の意味
6.雇用主の調整義務 7.小企業の除外 施行他
8.施行、救済および訴訟手続き 9.合意事項の有効性
10.特定団体に対する慈善と援助
ll.雇用主による障害者差別を暗示する宣伝 他の人々による差別
12.契約社員に対する差別 13.職業団体による差別
14.職業団体に関しての「差別」の意味 15.職業団体の調整義務
賃貸契約下で占有されている資産
16.賃貸契約下で占有されている資産の改造 職業年金制度と保険サービス
17.職業年金制度 18.保険サービス
第Ⅲ部 他分野における差別 商品、施設およびサ‑ビス
19.商品、施設およびサービスに関する差別 20. 「差別」の意味
21.サービス提供者の調整義務 不動産
22.不動産に関する差別 23.小規模住居の除外 24. 「差別」の意味 施行他
25.施行、救済および訴訟手続き 26.合意事項の有効性と検証 27.賃貸契約下にある不動産の改造 28.助言と援助
第Ⅳ部 教育 29.障害者の教育
30.障害者の継続教育および高等教育
31.障害者の継続教育および高等教育:スコットラ
ンド
第Ⅴ部 公共交通
タクシー
32.タクシー・アクセシビリティ規則 33.指定交通施設
34.タクシー・アクセシビリティ規則準拠を条件と した新許可証
35.タクシー・アクセシビリティ規則の除外
36.車椅子を使用する乗客の輸送
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37.盲導犬および聴導犬を使用する乗客の輸送 38.除外許可証交付拒否に対する不服審査申し立て 39.スコットランドにおける障害者の乗客に関する
必ォ:集件
公共サービス車両(PSV) 40. PSVアクセシビリティ規則 41. 7クセシビリティ許可証 42.認可許可証
43.特別認可
44.見直しおよび不服審査申し立て 45.料金
鉄道車両
46.鉄道車両アクセシビリティ規則
47.鉄道車両アクセシビリティ規則適用除外 補足
48.法人による違反 49.偽造および虚偽の申告 第Ⅵ部 全国障害協議会
50.全国障害協議会
51.審議会により策定される施行細則
52. 51節に基づき発効された細則に基づく規定の 策定
第Ⅶ部 補足規定
53.所管大臣の策定になる施行細則
54. 53節に基づき発効された細則に基づく追加規 定
55.処分
56.差別を受けた人の救済 57.違法行為への加担 58.雇用主および会長の義務 59.法定当局および全国安全等 第Ⅷ部 雑則
60.所管大臣による助言者の任命 61. 1944年障害者(雇用)法の修正 62.公開の制限:労働裁判所 63.公開の制限:雇用控訴裁判所 64.刑事法院等への申請
65.国会への申請
66.第Ⅲ部に基づかない政府指名 67.規則および命令
68.解釈 69.財政措置
70.略称、開始、範囲等 付則
付則1‑第1部を補足する規定 付則2‑障害歴
付則3‑施行および手続き 第1部一雇用
第2部‑他分野における差別
付則4‑賃貸契約下で占有されている不動産 第1部一雇用主および職業団体による占有 第2部‑サービス提供者の所有による占有 付則5‑全国障害協議会
付則6‑必然的修正 付則7‑廃止
付則8‑北アイルランドに本法律を適用する場合 の修正
(2)法律の内容
「障害についての差別に関する法律」の内容は、以下 のようなものである(13)
(1)本法の目的
雇用、商品及びサービスそして住居の三分野において、
障害者に新しい権利を与えることが主眼であるが、加え て教育、公共交通機関における障害者のアクセシビリ ティにも配慮した総合的な障害者の差別禁止をめざして いる。又、本法の円滑な実施を図るため、全国障害協議 会又は北アイルランド障害協議会の設置を提起している。
(2)本法により影響を受ける者 (彰障害者
通常の日常生活を送る上で身体的、感覚的又は精神的 に困難を感じる人を障害者と定義している。その困難は 少なくとも12カ月続いているか、又は続くことが予想 される場合となっているが、過去の障害歴についても配 慮されている。又日常の活動に与える影響が少ない場合 でも、いずれそれが相当なものになると予想される場合 及び重度の形態上の変形も含まれることになっている。
②雇用主及びサービス提供者
雇用主及び公衆に商品及びサービスを提供する人は、
障害者差別をしないように適切な対策をとることを求め られるo ある場合には、雇用主であると同時にサービス 提供者としての対策をとらねばならないこともある。
③土地及び居住施設の賃貸又は売却を扱う者 住居を売ったり、貸したりする人は、不当に障害者を 差別することのないようにしなければならない。
(3)障害者の権利
①雇用
(a)雇用主の責任
雇用主は、採用、訓練、昇進及び解雇等を含む全ての 雇用関連事項において、正当な理由なしに障害者をその 障害ゆえに他の人より不利に処過してはならない。
障害者を援助するために、職場環境の改造、職務の変 更など適切な策をとることが義務づけられているが、そ れに要する費用については、雇用主に考慮の余地を与え ている。
職業協会、労働組合又は職業団体もまた障害者を不利
に処過してはならない。
しかしながら、雇用主がその仕事に最適の人を採用し、
昇進させることはできるし、又健康及び安全に関する法 にはずれるような変更を行なうことを要求されるもので はない。
(b)除外される雇用主
20名以下の従業員を雇用している小企業は、本法の 義務から除外されるが、本法に示された義務を指針とし
て改善することが奨励される。
軍隊、警察、看守、消防の作業職員、又は船舶、ホー バークラフト又は航空機に勤務する人に、本法は適用さ れない。
(C)不服審査申し立て
雇用主により差別されたと考える障害者は、産業労働 裁判所に不服審査申し立てを行なうことができる。不服 審査申し立ては、助言調停及び仲裁サービス、北アイル
ランドにおいては、労働関係機関に解決を依頼し、産業 労働裁判所の聞き取りがなくても調停は可能である。
(d)現在の雇用分野の権利の変更
障害者は登録する必要が無くなる。雇用主は、登録障 害者の割り当て雇用率を達成する必要が無くなる。
(e)障害者雇用に関する全国援助委員会
障害者雇用に関する全国援助委員会は、本法の雇用に 関する部分及び一般的な雇用問題について政府に助言を 行なう。
②商品、施設及びサービスそして住居
公衆に提供される全ての商品、施設サービス及び住居 は、有料無料に関わらず、本法に影響される。それは、
E]常品の購入から洗濯所の利用又は図書館の利用までを 含む生活全般にわたるものであるが、私的クラブは含ま れない。
全ての人に提供されるのと同じサービスが、障害者に も提供されるべきで買い物に時間がかかるという理由で スーパーマーケットの利用を断ったり、顔の変形を理由 にその利用者を他の利用者に見えないところに座らせた り、障害者に休暇予約の際に余分の前金を請求したりす ることは、違法となる。
但し、障害者及び他の人の健康又は安全を脅かす場合、
障害を持つ利用者が契約の意味を理解することが不可能 な場合、又はそのサービスにより他の利用者へのサービ スを拒否しなければならない場合は、本法の義務から除 外される。
全てのサービスの利用において、障害者が利用するの が不可能又は不当に困難な場合、本法に違反するものな ので改善しなければならない。聴覚機器の使用者のため の誘導ループ、階段の歩行を助ける手すり、広い入口ド ア等適切な改善が要求されるが、それが当該事業の本質 に影響するような場合、例えばナイトクラブの照明を弱
視の人のために明るくする等は、本法の違反対象とはな らない。しかしながら、図書館などのリファレンス室が 二階にある場合は、図書館員は、要求された本を一階の 当人の所に持っていかなければならない。
これら一連のサービスに要する費用がかかるからと いって、障害者に余分の費用を請求してはならない。
③土地又は住居の売却又は賃貸
6部屋又はそれ以下の部屋の大家は本法に影響されな いが、それ以外の関連事業を行なう人は、他の人より高 い家賃を要求するなどの障害者差別をしてはならない。
しかし、その住居を障害者に利用可能なものにする改造 を行なう必要はない。
④全国障害協議会及び北アイルランド障害協議会 全国障害協議会及び北アイルランド障害協議会は、独 立機関で、政府に対して、障害者に対する差別を撤廃す るための助言を与えるために設立される。その職務の内 容は、本法がいかに実施されているか、そしてどのよう な修正が必要か、実施要綱の準備において、新しい権利 がどのように盛り込まれているかを検証し、年間報告を 発行することである。
(4)本法におけるその他の対策 (彰交通
政府は、新しく作られる公共輸送車輔(タクシー、バ ス、長距離バス、電車、市街電車)について、車椅子使 用者を含む障害者の利用可能な最低限の設備の標準を設 定しなければならない。
(参教育
障害者の教育的ニーズを認識し、障害児童・生徒及び 両親により良い情報提供を行なうことが本法により保障
される。
*学校は障害生徒の入学許可、アクセスへの援助及 び公平な処遇を保障するということに関する方針を説明
しなければならない。
*継続教育及び高等教育基金委員会により財政支出 を受けている継続及び高等教育機関は、障害者のための 施設についての情報を含んだ障害報告を発行しなければ ならない。
*地方教育当局は、障害者のための継続教育の施設 について情報を提供しなければならない。
(5)新しい施策が始められる時期
本法の施策は、各分野で検討の上、数年にわたり順次 導入されるが、おおよそ1996年3月から5月にかけて 実施されはじめ、 1996年1997年にかけて完了するこ とになっている。
3.法律への継続する批判
「障害についての差別に関する法律」の審議の過程及
び同法の成立後の施行規則の制定及び実施過程において
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玉 村 公二彦
も、同法についての批判は労働党、障害者団体、あるい は障害者関連法律の専門家から継続的に提出されている。
すなわち、本法が掲げる障害に基づく差別の払拭を実 現するという目的に照らして、適用対象となる障害及び 障害者の定義が狭く、かつ複雑であること、そして障害 に基づく差別を禁止する具体的な措置の内容が貧弱であ ることである。特に、同法が第一にあげている雇用の分 野においては小規模雇用主が適用を免除されていること、
雇用主による障害者雇用の際の障害に基づく差別につい ての客観性をもっの基準が十分でないこと、そして、同 法と引き替えとなった割り当て雇用制度の廃止によって、
客観的には障害者の雇用の機会の拡大への疑問を大きく したこと、また、その他の分野においても明確な基準を もたず、障害者差別禁止の原則の適用を哩味にする傾向 があることなどが指摘されているのである。
また、イギリス国内法における先行して成立していた 既存の「性差別に関する法律」 「人種関連法」基づく「機 会均等委員会(Equal Oppotunities Commission)」 「人 種平等委員会(Commission for Racical Equality)」が 性や人種に基づいた差別の払拭のための措置を実行して いくという執行機関をもっのに比して、同法の「障害協 議会」が限定的に国務大臣に対する助言を行う役割しか 与えられていないことに対しても、本法の実効性への疑
問が提起されているのである。
本来、障害者施策の発展が差別撤廃を課題として押し 上げ、障害に基づく差別の撤廃による新たな段階に即し
て障害者施策についての方向が開拓できる。このように、
「車の両輪」として障害者施策と障害者差別撤廃の両者 の関係は捉えられるにもかかわらず、一方で、割り当て 雇用などの障害者施策の後退をさせながら、一方で、唆 味な基準で実施基準や施策を構想し得ない、スローガン を提示した同法は「法律として牙をぬかれたもの」 「偽 善的法律」であるとして障害者団体や専門家から批判さ
れているのである(14)
Ⅳ.イギリスにおける障害者の人権の確立に向け て‑「全国障害協議会」から「障害者権利委 員会」へ
イギリスにおける障害者運動は、障害者が通常の人と 同等の権利を有することを法的に確認し、かつそれを阻 む障害者差別を法的に払拭する課題をかかげた包括的な 障害者の市民権の確立を政治課題としてきた。その運動 の発展に対して、議会対策の意味もあって保守党政権は 代案を議会に上程し、 1995年11月、 「障害についての 差別に関する法律」として成立させた。 1996年には、
同法の施行規則を制定し、実施要綱を明らかにしながら、
各分野で実施に向かい、あわせて、全国障害協議会が設
置され、活動が開始されていくことになった05) 保守党政府によって設置された1996‑97年における 全国障害協議会は、次の3つの優先課題を設定して活動 を行ってきたO すなわち、 1)商品、施設、サービス、
建築物などへのアクセスの権利に関して実施要領のため に提案を行い、法律の実施の際の効果をモニターするこ と、 2)同法の実施について政府に助言すること(特に、
商品、施設、サービス、建築物などへのアクセスの権 刺)、障害者に対する差別を払拭するために現実的な方 法を兄いだすために、障害者団体と公的部門と民間部門
のサービス提供者とともに検討を行うことであった。
しかし、 1997年5月に行われた総選挙において、総 選挙にあたって現代的な福祉国家の建設を目標とする福 祉改革、貧困の克服のために大規模な雇用創出政策の推 進を掲げた労働党が、 18年ぶりに政権を奪還し、ブレ ア政権が誕生した。それによって、障害者担当大臣もか わり、また、全国障害協議会についても検討が加えられ 'M
全国障害協議会は、自発的にもしくは国務大臣の求め に応じて、障害者に対する差別の排除に関することやそ の解決手段、同法の運用についての勧告を行うものとさ れているが、大臣は協議会に新たな機能を付加できるが、
同法の訴訟手続きに関する申し立ての調査を行う機能は 付加できない。また、大臣の要求により同協議会はその 要求を満たすような法を起草することになっているが、
その法案は大臣により修正されたり、拒否されたりする。
また、同協議会が大臣に対して勧告や法の起案を行うに は、前もって法律で定められた関係団体や適当と思われ る人物に対して相談しなければならない。さらに、同協 議会の組織は脆弱で、その機能は法を強制執行する権限
はない(16)
このような全国障害協議会の不十分な役割と権限に対 して、現政府の労働党は、法の修正を訴える障害者組織 の主張と要求に即して同協議会に代わる障害者権利委員 会の設置を約束した。政府は、 「社会と労働の場におけ る差別に対して、障害者の市民的権利を包括的かつ強力 に援助することを委託されている」として、課題検討部 会(Task Force)を設置した。その課題検討のための 討議資料は次のように指摘し、障害者の権利とその権利 保障のための「障害者権利委員会」の設置に向けて討議 を開始している(17)。
「本法に対する主要な批判の一つは、個々の障害者が その権利を行使することを援助し、この法制の下に義務 を有する雇用主とサービス提供者に権威ある勧告を行う 中心となる資源を提供することができるコミッション (委員会)を確立できなかったことである。 『障害者権利 委員会(Disability Rights Commission)』の設立に
よって、全国障害協議会は廃止される」
課題検討部会は、イギリス内の「機会均等委員会」
「人種平等委員会」のモデルを参考に、またアメリカや オーストラリアの障害者法制を検討しつつ、 「障害者権 利委員会」の役割と機能などについて検討課題を提示し ている。障害者の権利の確立を明碓にした検討が開始さ れたといえるであろう。
おわリに‑イギリスにおける障害者施策の駐路と 今後
イギリス障害者運動の理論的支柱となっている、社会 学者のバーンズとオリバーは、 1994年の障害者運動に ついて、障害者団体がバックアップした「市民権(障害 者)法案」は廃案となり、保守党政権の唆味な「障害に ついての差別に関する法律」が実施される状況の中で、
政府の提起した障害者差別禁止法制は差別の払拭には実 り少ないものではあるが、そこから出発しつつ、障害者 運動は「現在までで最も困難な課題をになう」と指摘し
ている(18)バーンズとオリバーは、その後の政権の移 行も視野に入れつつ、障害者差別禁止法制について、以 下のような問題点の指摘を行っている。
第一は、障害者施策の前提としての障害モデルに関し てである。すなわち、障害者差別禁止法制の基礎となっ ている障害モデルが、個人的かつ医療的障害モデルに よって構成されており、障害を生み出す社会を視野にお いた社会的モデルではないということである(この点に ついては「市民権(障害者)法案」も十分でないとして いる)。
第二は、前提としての障害者施策としての土台の構築 と障害者の権利保障という点で十分ではないことである。
障害者雇用について、雇用が可能な場合であっても医療 的な検査・診断によって「過度の支障」が認定され、雇 用主の義務が免除される場合も想定されないわけではな い。その際の、障害者サポートの体制あるいは制度の確 立の展望も十分でないということである。この点につい て補足すれば、必要以上の福祉が、労働意欲を低下させ 英国の競争力を弱めているとの立場から、福祉‑の支出 を減らし、教育関連に予算を振り分ける方針を公約とし て掲げた労働党の政権が確立して以降、労働党政権は障 害者手当の「改革」試案として、福祉「改革」のために、
病・障害手当予算から財源を捻出すると示唆した。障害 者保護への支出をカットする計画には、視覚障害のブラ
ンケット教育・雇用相が公然と反旗を翻し、また、障害 者団体も、各種団体代表が下院内で「社会保障給付の引
き下げでなく社会参加のための訓練充実を」とそれぞれ の選挙区選出下院議員に請願している。 「障害について の差別に関する法律」を受けて、全国障害協議会を障害 者権利委員会として、障害者の権利を確立する方向を取
りながら、しかし、その土台としての障害者施策と権利 保障の確立との関係が問われているといえよう。
第三に、政府の責任として、障害者差別を払拭するこ とを明確にし、その具体的方策をとるという点について である。障害者権利委員会が障害者や障害者団体の直接 的な参加が保障されているかどうかが問われており、ま た、障害者関連法制の中での障害者差別禁止法制の位置 づけに関わる課題といえよう。
本稿は、文部省科学研究費基盤研究(C) 「英語圏域に おける障害者施策の比較社会学的研究」 (研究代表者玉 村公二彦、平成9年度〜平成10年度、課題番号09610180) の成果の一部である。なお、 1999年には、障害者福祉 関連法の改正が課題とされてきているが、障害者福祉関 連法制についての比較研究を、今後一層、本格的に進展 させてゆきたい。
漢
(1)総論的な動向分析については,拙稿「障害者の人権の確 立と法制をめぐる国際的動向」 (『障害者問題研究』第24 巻第1号 pp.42‑50, 1996年),同「世界の障害者法」
(吉本哲夫・白沢仁・玉村公二彦『障害者プランと現代 の人権』全国障害者問題研究会 pp.111‑149, 1996年) を参照されたい。
(2)国連の障害者問題への取り組みに関しては,中野善達編
『国際連合と障害者問題一重要関連決議文書集』 (ェンパ ワメント研究所, 1997年)参照。
(3) 1990年初頭までの障害者差別禁止法制については,拙稿
「イギリスにおける障害者差別禁止法制への模索‑『制度 的差別』の明確化と『市民権(障害者)法案』への発展」
(『障害者問題研究』第22巻第1号 pp. 82‑94, 1994 年)を参照されたい。
( 4 )以下の障害者差別禁止法案の経過については, C. Barnes, Disabled People in Britain and Discrimination : A Case for Anti‑Discrimination Legislation, Hurst & Compa‑
ny, 1991, pp.253‑256による。
(5) F. Hasler, Developments in the Disabled People's Movement, in J. Swain, V. Finkelstain, S. French &
M. Oliver (Eds.) Disabling Barriers : Enabling Envi‑
ronments, Sage Publication, 1993.
(6) C. Barnes, op. cit. pp.227‑234.
(7) The Times, November 25, 1992.
(8) 「市民権(障害者)法案」については, "CivilRights (Dis‑
abled Persons) Bill [H.L.]"による。
(9) The Times, op. cit.
(10) Ending discrimination against disabled people. HMSO,
1995.(ll)政府提出の法案についての,労働党の議会での批判につ いては, Tom Clarke MP (Shadow Minister for Dis‑
abled People's Rihts). Briefing for second reading of Government's Disability Discrimination Bill. 24 Janu‑
ary 1995等を参照した。
(12) Disability Discrimination Act 1995. HMSO.
(13)法律の概要は, A brief guide to the Disability Discrim‑
ination Act (DL40)によった。
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玉 村 公二彦
(14)障害者関係の法律の専門家で代表的な批判者は,キャ
ロライン・グッデイングやブライアン・ドイルである (Caroline Gooding. Blackstone's Guide to the Dis‑
ability Discrimination Act 1995. Blackstone Press Limited, 1996 ; Brian J Doyle. Disability Discrimina‑
tion: The New Law. Jordans, 1996.)。なお,法律成立 当初の障害者関係の会議の批判的雰囲気は,成瀬正次
「イギリス障害差別(禁止)法」 l及び2 (『JDジャーナ ル』 No.192, 194, 1996.7, 1997. 9)が伝えている。 「障 害」 「雇用」等の点での法学的な批判的検討は,鈴木隆
「イギリス1995年障害者差別禁止法の成立と障害者雇用 (D(2)」 (『島大法学』第40巻第2号,第4号, 1997.
2, 1997. 8)を参照されたい。
(15)規則としては, The Disability Discrimination (Mean‑
ing of Disability) Regulations, 1996, SI No. 1445 ; The Disability Discrimination (Employment) Regulations, 1996, SI No. 1456 ; The Disability Discrimination (Ser‑
vices and Premises) Regulations, 1996, SI No. 1836な どであり,実施要領としては, Guidance on matters to be taken into account in determining questions relat‑
ing to the definition of disability. 1996 ; Code of Prac‑
tice : for the elimination of employment against dis‑
abled persons or persons who have had a disability.
1996 ; Code of Practice : Rights of Access Goods, Facil‑
ities, Services and Premises. 1996など発行されている。
また, 1995年11月にDDAが成立し,施行規則の整備に あたって, 1996年4月には以下のような指針を示すブッ クレットが発行されている。
DL 60 : The Disability Discrimination AcトDefinition
ofDisability (本法における障害という概念によってカ バーされる障害についての説明)
DL 70 : The Disability Discrimination Act‑Employ‑
ment (本法によって,障害者を雇用する際の雇用主に謀 せられた義務の概要についての概要)
DL 80 : The Disability Discrimination Act‑Access to Goods, Facilities and Services (障害者にサービスを捉
供する際,サービス提供者の新たな義務についての概要)
DL 90 : The Disability Discrimination Act‑Letting
or Selling Land or Property (障害者に土地・財産を賃 貸もしくは売却する際,本法によって影響を受けること
がらについての概要)
DL 100 : The Disability Discrimination AcトEduca‑
tion (障害者と障害学生に対して教育施設を提供するた めの一層の情報の提供を行うために,学校,大学,総合 大学に求められるものの説明)
DL 110 : The Disability Discrimination AcトPublic