春日山原始林内における小河川の水質特性
著者 藤井 智康, 森 美紀
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 55
号 2
ページ 9‑18
発行年 2006‑10‑31
その他のタイトル Characteristic of Water Quality at the Small River in the Kasugayama Primeval Forest
URL http://hdl.handle.net/10105/230
奈良教育大学紀要 第55巻 第
2
号(自然)平成18年9
Bull. Nara Univ. Educ., Vol. 55, No.2 (Nat.)
,2006
春日山原始林内における小河川の水質特性
藤 井 智 康・森 美 紀*
奈良教育大学理科教育講座(陸水物理学)
(平成18年4月20日受理)
Characteristic of Water Quality at the Small River in the Kasugayama Primeval Forest
Tomoyasu FUJII, Miki MORI
*(Department of Psychology, Nara University of Education, Nara 630-8528, Japan (Received April 20, 2006
Abstract
In order to evaluate the effects of acid deposition and the function of forest on fresh water environments, we carried out field observations of the rain water and mountain stream water quality in Kasugayama Premeval Forest, Nara Pref. from June to December 2005.
The results showed that the average of pH in rain water during the monitoring period was 4.7.
Therefore, it was found that the acid rain which pH showed a value below 5.6 was often observed in Nara City by our field observation. Neither increasing nor decreasing trends were found for pH, alkalinity and each ionic concentration of mountain water during the period of this study. It was thought that Kasugayama Premeval Forest has acid buffer ability because the alkalinity of river water showed a value over 0.2meq/l. However, there is a future risk of acidification of the stream water due to an increase in the acids because the acid rain was observed. Consequently, the long- term monitoring was necessary.
Key Words: acid deposition, forest catchment area, nitrogen saturation, acidification
キ−ワ−ド: 酸性降下物,森林集水域,
窒素飽和,酸性化
*奈良教育大学卒業
1.はじめに
日本は,国土の約68%が森林で被われている森林国 であるが(林野庁,2005),最近では伐採などにより,
森林の衰退がおこっている.林床が露出されると,表層 土壌の流出や樹木からの落葉の供給が途絶え,土壌表面 の乾燥にともなう表層土壌の流出は,酸性降下物(酸性 雨)の渓流水への直接流入を促進し,pHの低下をもた らすことが懸念されている.
欧米諸国においては,酸性雨による湖沼の酸性化や森 林の衰退等が報告されているが,わが国においても,同 程度の酸性雨が確認されているものの,現時点では,湖 沼等陸水への極度な影響は現れていないとされている.
これらの問題に関しては,近年,集水域の生物地球化 学的な側面から,大気沈着物の森林生態系への影響およ び水質形成に大きな影響を及ぼしていることが明らかに なりつつある.最近の研究の一例として,楊(
2004
) による集水域の生物地球科学的な課題,大手(2004
) による森林流域における水質特性などがある.酸性降下物は,さまざまな環境に影響を与えているが,
土壌の酸性化はその中でも最も深刻な問題の一つにあげ られる.わが国にはもともと酸性の土壌が多いが,ここ でいう酸性化とは,土壌が本来もっている酸緩衝能が低 下した状態を指している.雨は酸性にもかかわらず,地 表水と呼ばれる河川や湖沼の水が中性を呈しているの は,土壌のもつ緩衝作用により中和されるためである.
しかしながら,土壌の緩衝能力がほとんど使い尽くされ,
酸の供給に対して緩衝作用が追いつかなくなると,そこ に生息する植物の成長を阻害し,根枯れが生ずる.また 酸性の雨が土壌により中和されないまま直接流入するこ とにより地表水は酸性化し,魚類などに悪影響を及ぼす ことが考えられる.
日本では,酸性降下物による環境破壊の歴史は短く,
二酸化硫黄の排出規制も行われているため,土壌の酸性 化は起こっていないといわれてきた.奈良市においては,
1994年〜2003年の調査結果からpH 4.6〜5.0,平均値は 4.7
であり,酸性雨が降り続いていることが確認されて いる(奈良市の環境,2004
).このまま酸性雨が降り続 いた場合,陸水への影響が危惧される.このため陸水の水質について調査を行う場合,多くの 集水域において源流である森林は渓流水,河川水量や水 質形成に重要な役割を担っている.
そこで本研究では,人為的影響が比較的少ない春日山 内の小河川において,酸性降下物による河川水質への影 響を明らかにすることを目的とする.
2.調査地点および調査方法
2.1.調査地概要
春日山原始林は,
298.6haの面積を占めており, 1955
年に特別天然記念物に指定され,また1998年に世界遺 産に登録された.春日山原始林は,文化財保護法の規定 によって奈良県が管理しており,人為的な自然破壊を防 止するための規制や,防火対策などを行っている.周遊 道路が自然探索路として解放され,自動車の通行が認め られている区間もあるが,森林内への立ち入りは一切禁 止されている.このように,比較的人為的影響が少ないと思われる春 日山内の河川に4ヶ所(St.1〜St.4)および対照地点と して能登川(St.5),奈良教育大学内のビオトープの計6 ヶ所を調査地点に選定した(Fig.1.).
0 0.5km
Fig.1. Location of study area and sampling points.
2.2.調査方法 2.2.1.酸性雨調査
降水の捕集は,2005年6月〜12月にかけて行った.降 水の捕集場所は,奈良教育大学理科棟裏の外敵影響を受 けない百葉箱が設置してある気象観測地点を選定した.
降 水 の 捕 集 に は , 開 放 型 採 水 器 と レ イ ン ゴ ー ラ ン ド ( 堀 場 製 作 所 製 ) を 用 い た(P h o t o 1
)
. レ イ ン ゴ ー ラ ン ド は , 酸 性 雨 測 定 で 重 要 な 初 期 降 雨 の 採 集 が 可 能 で あ り ,5m l
( 雨 量1m m
に 相 当 ) 毎 に8
つ の カ ッ プ に 分 割 採 集 が で き る . 降 水 試 料 は , 降 雨 後 ま た は 装 置 が 満 水 と な っ た 後 に 回 収 を 行 い , 降 水 試 料 の 電 気 伝 導 度 (E C
) ・ 水 素 イ オ ン 濃 度(p H) の 測 定 後 , 試 料 を 実 験 室 に 持 ち 帰 り , 溶 存 イ オ ン 濃 度 の 分 析 を 行 っ た .p H の 測 定 に は , 堀 場 製 作 所 製
p H
計D - 5 1
( 測 定 精 度 : ±0 . 0 1
), 電 気 伝 導 度 の 測 定 に は , 東 亜 電 波 工 業 株 式 会 社 製 ポ ー タ ブ 電 気 伝 導 度 計C M - 1 4 P
( 測 定 精 度 : ±0. 5 %
) を 用 い た . し か し , 採 水 量 が 少 量 の 場 合 に は , こ れ ら の 測 定 器 で は 測 定 が 不 可 能 な た め ,p H
の 測 定 に は , 堀 場 製 作 所 製 コ ン パ ク トp H
計B - 2 1 2
, 電 気 伝 導 度 の 測 定 に は , 堀 場 製 作 所 製 コ ン パ ク ト 電 気 伝 導 度 計B - 1 7 3
を 用 い て 行 っ た . 溶 存 イ オ ン 濃 度 の 分 析 は , レ イ ン ゴ ー ラ ン ド に よ り 採 取 し た 試 料 を ろ 過 し た 後 , 陽 イ オ ン (N a
+, N H 4
+, K
+, M g
2 +, C a
2 +), 陰 イ オ ン (P O43−, C l
−, N O
3−, S O
42 −) の 濃 度 を 島 津 製 作 所 製 高 速 液 体 ク ロ マ ト グ ラ フL C - V Pを 用 い て 分 析 し た .2.2.2.河川水質調査
河川水質調査は,
2005
年6
月〜12
月にかけて,降雨後 および定期的に月1〜4回行った.人為的影響の少ない 春日山内の河川および湧水を利用して造られた奈良教育 大学内のビオトープを調査地として選定した.Fig.1.に 示すように春日山内の河川4ヶ所(St.1〜4
),能登川1 カ所(St.5)およびビオトープ1ヶ所(St.6)の計6ヶ 所で行った.現 地 で は , 電 気 伝 導 度 (
E C
) ・ 水 素 イ オ ン 濃 度(pH)・溶存酸素濃度(DO)・水温(Temp)を測定後,
採水を行い,その試料を実験室に持ち帰り,イオン分析,
アルカリ度の測定を行った.電気伝導度,水温およびpH の測定には,降水の測定と同様の方法で行った.また,
溶存酸素濃度の測定には,YSI社製 溶存酸素濃度計
550A(測定精度:±0.3mg/l,0.2%)を用いて行った.
溶存イオン濃度の分析は,同様に島津製作所製高速液 体クロマトグラフLC-VPを用いて分析した.
アルカリ度の測定には,ドロップテスト(共立理化学 研究所製)を用い,簡易滴定により分析を行った.
3.結果と考察
3.1.酸性雨調査
3.1.1.電気伝導度(EC)の変化
わが国の清浄地域の降水のECは,
1.0
〜1.5mS/m程度
で あ る ( 玉 置 ら ,1991
; 第3
版 水 質 調 査 法 ,1995
).Fig.2(a).に示すように,今回の調査全体を通してECは,
0.301〜12.1mS/mの範囲であり,1.0〜1.5mS/mの範囲の
値を示したのは,34
回の測定のうちわずか4
回であっ た.また,大部分が1.5mS/m以上の値を示していること
から奈良市内の降水や大気の汚染が進行している可能性 が示唆される.Fig.2. Change in Electric Conductivity (EC) and pH.
春日山小河川の水質特性
11
Photo 1 Rain sampler.
(a)open type, (b)rain-go-round by Horiba Co. Ltd.
Electric Conductivity (mS/m)
1 11 21 1 1121 31 10 20 30 9 19 29 9 19 29 8 18 28 8 18 28
June July August Sept. Oct. Nov. Dec.
1 11 21 1 11 21 31 10 20 30 9 19 29 9 19 29 8 18 28 8 18 28
June July August Sept. Oct. Nov. Dec.
(a)
(b)
(a)
(b)
また,Fig.3.に示されるようにECと降水量の関係は,
降雨強度が小さいとき,つまり雨量が少ないときにはEC が高く,降雨強度が大きいときに低く,指数関数的に減 少していることが分かる(相関係数r=0.48).これは,降 水中に含まれる各種電解質成分が同量であると仮定する と,水分量が少量の方が濃縮作用により,濃度が高くな ったと考えられる.このように,近似的には雨量とECに は相関性があることがわかる.ただし,同じ降雨であっ てもその降り方や,その周辺環境の変化に左右されるた め,降雨との関係を明らかにするためには様々な降雨パ ターンを解析し,長期的に調査を実施する必要がある.
Fig.3. Correlation between rain intensity and EC.
3.1.2.水素イオン濃度(pH)の変化
奈良市においては,前述したように過去
10
年間の平 均値は4.7
と報告されている.この調査では,降水を1
週 間連続して採取した後測定されている(奈良市の環境 平成17年版,2005).Fig.2(b).に示されるように,今回 の わ れ わ れ の 大 学 構 内 で 採 取 し た 酸 性 雨 調 査 で は ,pH3.8
〜7.25
を得た.したがって,酸性雨といわれるpH5.6以下の降水は,奈良市内においても降り続いてい
ることが確認された.また,10月18日の降水について は,平均的な降水だけでなく,レインゴーランドから採 取された降り始めから5mmの降水のpHも測定した.こ
の結果によれば,降り始めの降水のpHは3.9と低い値を 示していたのに対し,降雨継続期間の平均的なpHは4.6 であり,降り始めよりも高い数値を示していた.通常降雨のpHは二酸化炭素の溶解などによって,pH が6.0付近の値を示すが,調査日によってはpH7.0以上の アルカリ性を示す日も確認された.これは,中国などか ら運ばれてくる黄砂や大気中の乾性降下物が設置期間中 に混入したためと考えられ,また,NH4+などが降雨中 に含まれためと考えられる.しかしながら,黄砂の化学 組成や大気中の乾性降下物の化学分析は行っていないの
ではっきりしたことはわからない.また,Fig.4.に示さ れるように,相関係数は低いが,降雨強度が高いとpH が高くなり,降雨強度が低いとpHは低くなる傾向が見 られた(相関係数r=0.27).また,Fig.5.に示す電気伝 導度とpHとの関係を見ると,電気伝導度が低いとpHが 高く,電気伝導度が高いとpHが低くなる傾向を示して いた(相関係数r=0.45).
これらのことは,降り始めの降水の方が,大気中に浮 遊する乾性降下物を初期降雨によって洗い流す効果(ウ ォシュ・アウト効果)があり,大気汚染物質を降雨とと もに高濃度の雨水として地上に降らせていると考えられ る.また前述したように,降り終わりでは,全体的に大 気中の各種イオン(乾性降下物)が雨によって希釈され ることから相対的にpHを高めているものと考えられる.
これらについては,雨の降り方(強度,晴天日数,降雨 前後の気象)や気象条件(とくに風)が重要であるため 総合的な調査を行い,考察する必要がある.
Fig.4. Correlation between rain intensity and pH.
Fig.5. Correlation between EC and pH.
Electric Conductivity (mS/m)
Rain Intensity (mm/hour) EC = 1.9 RI r = 0.48
-0.42
0 0 2 4 6 8 10 12 14
1 2 3 4 5 6 7
Rain Intensity (mm/hour)
0 1 2 3
3 4 5 6 7 8
4 5 6 7
pH
pH = 5.8 RI r = 0.27
-0.05
Electric Conductivity (mS/m)
0 2 4 6 8 10 12 14
3 4 5 6 7 8
pH
pH = -0.15 EC + 6.12
r = 0.45
3.1.3.降雨のイオン組成
今回行った調査結果の降雨の平均化学組成と日本の降 水の平均化学組成を比較してみると,日本の平均よりも
Cl
−,Na
+,Mg
2+は低い値を示しているが,NO
3−,SO
42−, NH
4+,K
+,Ca2+は高い値を示していた(Table 1).とくに着目 すべき点はNO3−が高い値を示しており,奈良市内にお いても降水の各種成分の平均値が調査された1986〜1988年よりも,化石燃料の燃焼,排気ガスなどにより NO
Xが増加したためと考えられる.また,NO3−の増加 は,近年問題視されつつある土壌の窒素飽和を引き起こ す可能性も考えられ,渓流水や地下水へNO3−が直接流 出する原因となるため,今後も引き続きモニタリングを 行う必要がある.また,初期降雨(0
〜3mm)の方が,
降り終わりの降水(
3mm以上)よりも全成分濃度が高
い値を示していた.これは,前述したようにウォシュ・アウト効果によるものと考えられる.
Table 1. Ion composition of rain at the observation point in Nara University of Education.
次にFig.6.は,陽イオンと陰イオンの降水中のイオン バランスとpHとの関係を示した図であるが,この図か らpHが高い場合は,陽イオンと陰イオンのバランスが 同程度か,陽イオンの方が多い.その一方で,pHが低 い場合は,陰イオンが陽イオンよりも上回っていること がわかる.もう少し詳細に検討するために,陰イオン/
陽イオン比とpHとの関係を見ると,相関係数はr=0.23 と低いものの,比が大きくなるにしたがってpHが低下 する傾向が見られる(Fig.7.).
Fig.6. Change in cation, anion and pH.
Fig.7. Correlation between Anion/Cation ratio and pH.
3.2.河川の水質特性
3.2.1.電気伝導度(EC)の変化
Fig.8(a)に示される電気伝導度の地点別変化をみる と,春日山原始林内の河川は,上流から下流に向かうに つれてECの値が高くなっており,下流に向かうにつれ 表層水および土壌水などが河川に流れ込み,溶存イオン が増加したものと考えられる.St.6の奈良教育大学内の ビオトープでは春日山内の河川および能登川とは大きく 異なっていることが分かる.これは,湧水を利用してつ くられているため,教育大周辺の地下水の影響を大きく 受けていることがわかる.
3.2.2.水素イオン濃度(pH)の変化
Fig.8(b)に示されるpHの地点別変化をみると,若干で はあるが下流に向かうにつれて低下する傾向が見られた が顕著なものではなく,降雨後の河川流量の増減が大き く影響を及ぼしていると考えられる.
3.2.3.アルカリ度の変化
アルカリ度は,水中に含まれる炭酸水素塩,炭酸塩又 は水酸化物等のアルカリ分の量をこれに対応する炭酸カ ルシウム(CaCO3)の濃度で表したもので,酸を中和す る能力の指標となるものである.アルカリ度が0.2meq/l 以下であると,感受性が弱く酸性化されやすいことが知 られている.Fig.8(C)に示すとおり,どの調査日におい
ても
0.2meq/l以上を示しており,上流よりも下流で増加
する傾向が見られた.これは,下流に向かうにつれ,土 壌中から溶出された炭酸塩などの流入と考えられる.
St.6
は,他地点より非常に大きな値を示していた.これ は,湧水であるため周辺の土壌地質の影響を受け他地点 よりも値が大きくなったと考えられる.したがって,現 段階では調査地点の河川では酸性雨に対する強い感受性春日山小河川の水質特性
13
0 3 4 5 6 7 8
0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 Anion / Cation ratio (mg/l)
pH
pH = -0.5 R + 6.3 r = 0.23
411 11119 22 24 45 710
11 1214 26 2631 142834 56 121518 317 14 306 18 July
June August Sept. Oct. Nov. Dec.
Anion
Cation pH
を持っていることがわかった.また,Fig.9.に示すアル カリ度とpHとの関係について考えると,アルカリ度は
0.2meq/l以上であり,アルカリ度が高くなるにつれて,
pHが高くなっていた.このことからも春日山内の河川
あるいは能登川において,酸性化は見られないと考えら れる.Fig.8. Change in EC, pH and Alkalinity at the each observation points.
Fig.9. Correlation between alkalinity and pH.
3.2.3.河川水のイオン組成
Fig.10.〜Fig.11.は夏季と秋季の河川水のイオン組成 を示したヘキサダイアグラムである.調査は,降雨があ った後に調査を行っており,降雨のpHが5以下のもの と,
7.0
以上の場合のイオン組成を示している.この図 に示されるように陽イオン(Na+, NH
4+, K
+, Mg
2+, Ca
2+) 濃度は,Ca2+が最も大きな値を示し,次いでK+がしめて い た . 陰 イ オ ン (HCO
3−, Cl
−, NO
3−-, SO
42−) で はHCO
3−が高い値を示していた.St.1〜St.5については,調査日によって,多少の濃度の増減はあるが,ほぼ同じ パターンを示していた.一方で,St.6は,湧水であるた め他地点とは,全体量,パターンともに全く違う傾向を 示している.したがって,春日山内および能登川の水質 形成は,ほぼ同様な特性を示していることが分かった.
また,St.6は他地点に比べ,HCO3−が高い値を示して いた.これは,湧水を利用していることから地下水流動 の過程で,岩石や土壌の炭酸塩が地下水によって溶け,
二酸化炭素と反応してHCO3−となっており,一般に,地 下水や温泉水を含め多量に含まれている.Fig.12.に示 すように,奈良市高畑町の井戸水のヘキサダイアグラム と比較すると同様のパターンを示しており,ビオトープ は地下水の水質に大きく影響を受けると考えられる.
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 5
6 7 8 9
pH
Alkalinity (meq/l)
pH = 0.67 AL + 7.0
r = 0.48
春日山小河川の水質特性
15
Fig.10. Hexadiagram at the each observation points in summer.
Fig.11. Hexadiagram at the each observation points in autumn.
Fig.12. Hexadiagram of well water at Takabatake-cho, Nara City.
3.3.酸性雨との関連性
Fig.13.に示す模式図のように,河川の起源として,
雨水が地表を流れ,あるいは地下に浸透して,再び地表 に現れたものが合わさって河川水を形成する.したがっ て河川水は,雨水に含まれている成分,地表にあって水 に取り込まれやすい物質,地下で浸透水に溶け込んでく る物質を含んでいる.地表で雨水に取り込まれやすい成 分は,主として岩石の主成分をなすものである.河川や 地下水の陽イオンについての主成分K+
, Mg
2+, Ca
2+などは 一般の場合土壌由来である.また,地表の植物が枯れて 分解して生じた有機物質は,河川水に供給される.土壌 粒子に吸着されるため,普段は水中にあまり溶出するこ とはないが,多量の雨が降った場合,洗い出され水中の 有機物濃度を増加させる.このように,河川には降水だ けでなく,表層水,土壌を浸透する浸透水,地下水など さまざまなものが流れ込むことによって形成されている のである.しかし,最近降水の酸性化が進んでおり,正 常の場合であると降水中に含まれるNO3−, SO
42−が樹幹 流として運ばれ,土壌に浸透し,森林中に吸収されたり,土壌で中和,脱窒されたりし,それらが表層水,中間流 出,地下水として河川へと流れこむため,例え降水が酸 性化していても河川が酸性化することはなく中性または アルカリ性となっていたのであるが,近年降水の酸性化 が進み酸性雨中に含まれるNO3−
, SO
42−が増量し,また 長年にわたって降り続いた結果,上記のような中和,脱 窒が正常に行われず,降水中に含まれるNO3−, SO
42−が そのまま河川へと流れこみ,河川や湖沼などの陸水の酸 性化が起こるようになった.河川の酸性化は,塩基性陽イオンと供給量と酸性物質 降下量のバランスにより,陰イオン量の溶け込みに対し て陽イオン量が不足することにより起こる.森林の場合
傾斜地が多く,流出水は降雨後短時間で発生する.炭酸 イオンは,有機物分解や根系の呼吸により起こる.また,
炭酸イオンは陽イオンの溶出をうながす.
前述した調査結果より,奈良市においても酸性雨が降 り続いていることが確認された.しかしながら,今回の 調査地域では河川の酸性化はおこっておらず,森林土壌 の緩衝作用が正常に働いていることがわかった.
また,アルカリ度においても酸性雨における感受性が 現在では強いことが確認できた.
Fig.13. Schematic diagram of process of runoff at the forest catchment area.
4.まとめ
奈良市の降水調査,春日山原始林内の河川,能登川,
奈良教育大学内のビオトープの河川調査により以下のこ とが明らかになった.
a
調査結果より,pH4.1〜7.25の降水が見られ,奈
良市でも酸性雨が降り続いていることが確認でき た.s
降水は,降り始めの方が降り終わりの降水よりもpHは低く,ECや全イオン濃度は高くなる傾向が
見られた.このことから,大気中に浮遊する乾性 降下物を初期降雨によって洗い流す効果(ウォシ ュ・アウト効果)があり,大気汚染物質を降雨と ともに高濃度の雨水として地上に降らせていると 考えられる.また降り終わりでは,全体的に大気 中の各種イオン(乾性降下物)が雨によって希釈 されることから相対的にpHを高めているものと 考えられる.春日山小河川の水質特性
17
NH
4SO
4NO
3input:acid deposition (acid rain)
nitrogen saturation
mountain stream output: high NO
3surface runoff
soil penetration
ground water stem flow
dry depositon
wet depositon
d
降水のイオン組成は,日本の平均よりもNO3−,Ca
2+がとくに高い値を示していた.近年,降水の 主成分はNO3−ではなく,SO42−に変わってきてい ると言われているが,今回の調査では,NO3−が 主となっていた.f
河川下流に向かうにつれて,EC,全イオン濃度 とも高くなる傾向にあった.g
今回調査した地点におけるアルカリ度から酸性雨 に対する感受性が強いことが確認され,酸性雨 による河川の酸性化は進んでいないことが確認 できた.以上のことから,酸性雨による奈良市内の森林集水域 の酸性化は進行していないことが確認できたが,依然と して酸性雨は降り続いていることが明らかになってお り,このまま酸性雨が降り続いた場合,将来的には河川 の酸性化が発生することが危惧される.そのため,今後 も調査を継続し,長期的なモニタリングをするこが重要 であると思われる.また,今回の調査では,降水と河川 の調査を中心に行ったため,降水から河川に至るまでに 土壌浸透水の緩衝作用についての調査を行っていないた め,どれほど土壌が降水に対して緩衝作用が働くかにつ いては不明である.今後は,土壌の緩衝作用についても 明らかにする必要があり,土壌浸透水の緩衝作用におけ る実験的研究も重要な課題としてあげられる.
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