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社会的責任論の動向について

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桜井克彦

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社会的責任論の動向について I

経営理念論と社会的責任 経営理念論としての責任論 ii  理論と技術論

責任論と理論的展開 責任の実践 理論的展開の勤向 町責任論と技術論的展開

最近の劫向 ii  実践論の課題 :1:fの木1'1と立任論

I

295 

企業が合理的に行到していくためにはそれは経営理念によって導かれねば ならない。現代の企業が依るべき経営理念は,所有者への利潤追求を至高と する古典的理念ではなく,社会的責任を肯定し企業の主体的努力による公益 の実現の必要を強調する,社会的責任の理念である。今日の経営環境は企業 に対し,いやしくもそれがその存続と成長を望まんとするならば,それは社 会の期待を無視しえないことを認識せしめつつあり,現代の企業はかかる社 会的責任理念を不可避的に受け入れつつあるのである。

ところで,社会的責任の問題をめぐっての経営学的観点からの論議は一般 に経営理念論として展開される傾向にあり,それはしばしば,企業あるいは 経営者による責任の受け入れの必‑要性を強調するという形をとるD 経営学が 実践科学である以上,経営理念論としての社会的責任論が政策論ないし技術 論として展開されて差し支えないことは当然であり,またそのように展開さ るべきであろうが,そのような責任論が単なる規箱論に終らず社会科学の理 論として;古味をもちうるためには,それは社会的責‑任なる現象の事実性によ ってN付・けられねばならない。また, it任論が経営政策論として実践性をも ちうるためには,それは責任の実践のための手引きに関して具体性を有する

(3)

ことを必要とするO

経営理念論としての社会的責任論は,従来,ややもすれば,責任の事実性 に関する論議の点で,また,責任の具体的な実践方策の展開の点で,必ずし も十分な理論的掘り下げを行なっていなかったといえようD しかしながら,

社会的責任をめぐって近年さまざまな角度からなされつつある探究は,より 包括的な経営理念論としての社会的責任論の展開のための手掛りを提供しつ つあると忠われるO 木稿では,社会的責任に関する理論的探究の動向および 支任の本質について簡単に眺めることで,経営学としての社会的責任論の確 立のための一助としたい。

経営理念論と社会的責任

経営理念論としての責任論

経営理念は経営イデオロギー,経営哲学,経営信条,等の名でも呼ばれる が,それは企業の存在と行動を正当化するとともに,企業が追求すべき理恕 を提示するo それはまた,企業の組織と方針に関する評価基準を確立するD

企業がその環境に迎応しつつ存続・発反するためには,それは経営Jill念の存 在を不可欠とする1)

企業ないし経営者のいわゆる社会的責任が学界および実務界で論ぜられる に到ったのは,主として第二次大戦後であり,それも米国において始まった

とみてよい 2) 。かかる社会的責任論は,それが企業,ことに大規i~~~株式会社

企業の経営理念の新しいあり方を問題にしてきているという志味では,明ら かに経営理念論である。すなわち,責任に関する論議は一般に,大企業が広 範にして強大な権力を保持しており,この権力の責任ある行伎が社会のため になされるべきこと,されば企業の経営者は公平な利害調整者として,企業 に集中するさまざまな利害関係者の利益のバランスに努めるべきであり,企 業の白根はむしろ多元的であること,また,企業の業結は伝統的な利潤の大 きさによってのみならず他の尺度によっても測定さるべきことを強調してお り,社会的責任主義が企業によってとらるべきことを主張するD

むろん,社会的責任をめぐる論議はこのような責任肯定論に尽きるもので

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社会的責任論の劫向について 297 

はなく,伝統的な企業視に立脚しての社会的責任否定論も存在する。また,

責任肯定論にあっても責任の容認の程度に関して,さまざまなニュアンスが みられるD しかしながら,これらの責任論はそれがおしなべて経営の担念の あり方を問題としている点では,軌をーにしており,経営浬念ζl関する論議 として扱いうるのであるO 最近において,社会的責任の問題を企業をめぐる 客観的現象のーっとしてポジティブな観点から分析的に把えんとする傾向も みられるが,一般的にいって,責任論は経営理念論として経営政策論的1rJ!点 から展開されてきているといえようO

ii  理論と技術;合

企業にとって経営記念が不可欠である以上,理念のあり方を説くところの 経営理念論は企業の経営にとり大きな;立去を有するO そして経営学の担論が,

企業をめぐる諸現象の説明と分析としての単なる理論にとどまらず,詰現象 における法則の実践論的反問たる技術論として展開さるべきであるとすれば,

経営理念論もまた,経営理念をめぐる担論を根底としつつ技術論として反閃 されねばならない。

ところで,既に触れたように,社会的責任に関する論議は経営理念論とし て展開される傾向にある。そして,かかる経営理念論が去に実政治として反 閲されるためには,それはまず,社会的立任に関する理論をもつことを必要 とするであろうO すなわち,経営理念論は,まず,社会的責任が企業の論理 もしくは必然法UiJとして作用するに到っていることを明らかにしていなけれ ばならないのであるO さもなければ,それは社会科学の理論としての経也'理 念論というよりは,規切論としての経営理念論となり,規範倫理学の箱路l 属することになるo従来の72任論はこの点で,ともすると欠けるところが存 在するように忠われるD すなわち,それはしばしば,論者による立任概念の 怠志的規定を伴うところの,かなりに規範治的色彩の強いものであったので あるO しかしながら,社会的立任に閃する近年の理論的動向は,企栄をめぐ る容在日IY:r現象として社会的立任を把握・分析することを試みており,そこで の成果は社会的主任理念の理論的側面の強化に貢献しつつあるO 経済学,企 業行劫科学,等の;在分野での成果は,社会的に立任ある行動への配応が企業

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に作用しつつあり,企業についての伝統的な概念が修正を余儀なくされてき ていることを明らかにしているのであるO

経営理念論としての社会的責任論が実践的立義をもちうるためには,それ はまた,責任の履行の必要性をただ主張するにとどまってはならない。責任 の内容,責任実践の方法,等について具体的に述べられる必要があるのであ O 従来の責任論は,粉々,責任についての簡単なリストを示すにとどまり,

この点でもそれは十全な経営理念論からは速かったといえよう口しかしなが ら,倫理学,企業寄付論,成果分配論,等の諸分野での近年の貢献は,責任 論におけるそのような欠陥を修正する方向にあるD

経営理念論としての社会的責任論は,その理論的側面と技術論的側面とを 有するとともに,最近の理論研究の動向は両側面から責任論を強化する傾向 にあり,いずれは,現実の経営政策の形成のための指針として有効であるよ うな社会的責任理念論の出現をみることになるであろう。つぎの二つの節で はより適切な責任論の民聞を可能にしつつあるところの,近年の理論的貢献 の一端を簡単に眺めることにしたい。はじめに,責任論の理論的展開につい てみていこうO

1) 経営理念の特質に関しては,拙稿 iHH'J:な企業環境への現代経営理念の適用可 能性l乙関する予viIi的考察J,長崎大学来日1アジア研究年報, 15集を参照の乙と。

2)  例えば, Harwood F, Merri11 ed., The Responsibilities of  Business  Leadership, 1949

支任命と理論的展開

責 任 の 実 践

社会的責任なる概念は,経営者による単なる提唱のための題目としての段 階を去って現実に企業行動のうちに作用しつつあるといえよう。企業あるい は経営者の公式的なステーツメントをはじめさまざまな証拠は企業による責 任の実践への傾向を明らかにする。

スクイナーは,より多くの経営者が社会的責任に関心を寄せそれを実践し

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社会的責任論の動向について 299 

つつあるとみ,かかる情況をもたらした理由として,企業における新しい社 会的意識の出現,事業家の開明的手Ij己心,政府の拡大の阻止と企業権力の維 持,長期的思考を行なう専門経営者集団の存在,従来と異なる見解をもっ ヨリ若い経営居の登場,所有なき経営者によるその地位の正当化,社会的 費用の引き受け,企業の生産性の向上,および社会問題の解決に対する経 営者の知識を挙げている1)が,責任実践の基本的な原因はなによりもまず,

一方での,企業の大規模化と寡占化とを背景としての企業権力の増大と,他 方での,かかる企業権力に対する社会の反作用の強化とのうちに求めうるで あろうD 企業権力の増大は,権力の責任ある行使が保障されない場合,必然 的に権力への対抗的権力の増大をもたらすのであり,その結果は企業権力の 中立化と消失とである。されば企業はその権力と自律性とを保持せんとする ならば,権力に照応する責任の自主的引き受けを長期的には不可避とするの であるO

いずれにしても,企業は所有者以外のものに対する責任をも認識しつつあ り,法もまた企業によるそのような責任の履行を容認しつつあるのであって,

企業により認識される責任の領域は拡大の傾向にあるO イーノレズらも米国の 場合について,法の劫向に関しては1953年に米国弁護士協会の会社法委員会 による、モデノレ事業会社法グ (それは、nablingact"理論に立脚し,企業 の意志決定の自由裁呈の領域を拡大せんとする)の起草,およびA.P.スミ ス事件の判決(それは企業の慈善的寄付の範囲を拡大せしめるニュー・ジャ ージィ州法を支持する)がみられた乙と,また, 1944年にCEDが古典的な経 営イデオロギーに対する挑戦を行ない,民間セクターにおいても社会的責任 の容認への劫きがみられたことを指摘するとともに,第二次大戦後,企業は ますます社会的責任を実践の方向にあることを指摘する2)。かれらによると,

立‑任の引き受けは単なるポーズではなく,また,責任の内容も社会問題の解 決という広いものであり,のみならず国際権支や国際的共同体に関する責任 の如き,内国的な立任以上のものも実践されつつあるとされる3)

社会的責任の実践に対する証拠の増大が,経営理念論としての社会的責任 論の理論的側面を強化せしめることは明らかであるO

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ii 理論的展開の動向

企業あるいは経営者による社会的責任の実践が事実であることを肯定する ような理論が出現しつつあるo また,社会的立任なる現象の特質を説明せん とする試みもなされつつあるO 経済学や社会学等の諸領域で近年,企栄行動 に関して加わえられつつある分析は,それが社会的立任なる現象を企業の本 質的特質として認識せしめ,経営理念論としての社会的立任論に対しその理 論的側面を強化せしめる点で,甚だ有志誌である。

、~~;1:J~/T¥ Ir;rf  ...;~y. 、 4) 、事

責任論の確立へのそのよう私以臥の例セ与ける た り ば , 例 え ば , 経 済 学 の 領 域 で は , ジ ョ ン ソ ン は , 社 会 が 望 ま し い と み る も の と 一 致 す る 変 数 が 経 営 者 の 選 好 関 数 に 存 在 す れ ば , 社 会 的 責 任 は 実 在 す る こ と を 指 摘 する5)。また,行動科学者は企栄を利潤最大者でなく,満足の追求者とみ る の で あ り , 社 会 学 お よ び 人 類 学 の 領 域 で は , ペ テ ィ ッ ト は , 社 会 的 支 任を経営者による役割の遂行として理解し,社会による経済コントローノレ の一方法として把握する6) O 吏には,エノレビングらは,社会的責任を社会の 価値として認識するD そこでは,社会的責任は程々の社会集団の相互作用か ら生ずるのであり,かかる価値は変化するとともにそれは市場や法,社会の イデオロギーに表明されているとされるの。

以上のような社会的責任への諸接近では,責任を価値分析の角度から考察 せんとしており,社会的責任を科学的分析に耐える概念であるとするD この ような実証的接近の傾向が近年,有力となりつつあり,責任論の理論的側面 に貢献しつつあるのであるD

1) George A. Steiner, Business and Society, 197 1 pp.  144146.  2)  Richard  Eells  and  Clarence  Wa1ton, Conceptual  Foundations  of 

Business, Third Edition, 1974, PP.  244250.  3)  Ibid., PP.  250256. 

4)  この点についてはイーノレズらの苫物のうちに詳しい(R.Eells and C. Wa1ton,  op.  cit., PP. 263~267) 。なお,拙市「現代企業の目的について一一社会的立

任目的と利潤目的一一J,経営と経済, 138号を参照。

5)  Harold  L.  ]ohnson, Graphic  Analysis  of  Mu1tipleGoal  Firms: 

Development, Current Status, and Critique, 1966. 

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社会的責任論の劫向について 301 

6)  Thomas A. Petit, The Moral Crisis in Management., 1967. 

7)  Alver  O.  Elbing, Jr., and Carol  J.  Elbing, The Value  Issueof  Business, 1967. 

責任論と技術論的展開

最近の傾向

社会的責任に関する最近の理論化傾向に関して,イーノレズらは,社会科学,

倫理学,および芸術の諸分野における論議をとりあげているO 社会科学の領 域での勤向については既に前節で触れてきた。伶理学および芸術の分野にお ける動向は,責任論の技術的論展開における動向として示すことができると 思われるのであり,つぎに,この点をイーノレズらに従って簡単に眺めること

にするo

まず,倫理学の傾城での:rm治的展開についてイーノレズ、らは,社会的立任へ の実証分析的抜近の傾向がみられるが,しかしながら,伶理学的角度からの 接近も必要であるとするo すなわち,かれらは,社会のJ慣習としての道徳の 次元を超える伶辺が社会には作用しており,企業は行動に際し倫理的判断の 問題に直面せざるをえないとみるO 社会のひとびとが社会的ならびに宗教的 な存在でもある以上,千rl1学的安来も経営理念において必要となるのである。

そして,かれらはそのような倫理的もしくは神学的問思への手引きを,変の 倫理たる情況倫理に求めうるであろうとしている1)

つぎに,芸術の分野についてイールズらは,社会的責任の担論の展開が芸 術への企業による寄付ならびに係わり合いの問題をめぐって存在するとみ oすなわち,かれらによると,企業と芸術界との問には,商業(llデザイン 等に関する伝統的な閃係以外の問述も存在するのである。つまり,芸術は社 会の現われであり,企業と芸術家はいずれも自由社会の維持を願うとともに,

芸術はそのことに貢献するD かくて道徳的な普と容美とは企栄政策の多目棋 のーったるべきことになるのであるD 芸術は個性と創造性を強調することで 臼由社会の位持に宍ii比するとともに,それは経!民的知識の明示,社会傾向の 先駆的 1111~q , {合理の促進, および芸術?丘公者の精神の鼓舛を行なうのであ

(9)

2)

社会において倫理的価値が作用することは否定しえず,その限りにおいて 倫理学的見地からの責任への接近は,経営者に有力な手引きを捉供するであ ろうし,それはまた複雑な価値対立下の↑古況での経営決定をも多少は助けう るかもしれない。また,芸術と企業との閃述をめぐる上述の論議は企業寄付 のための新たな理論的根拠を捉供し,企業の存続のための環境の形成への手 引きとして経営者に幾ばくかの貢献をなしうるであろうD されば,イーノレズ、

らによって示された上述の理論助向は,経営理念論の技術論的側面を強化す るものといえようO

ii  実践論の諒j

責任実践について倫理学や企業寄付論において展開されつつあるところの 進化は,よりワーカブ、ノレな責任命の確立へと向って僅かながらも理論面で前 進がみられることを示しているO それにも拘らず,立任論の実践論ないし技 術論的側面に関しては,未だ十分な理論が存在しないといっても過言ではな い。企業が責任を負うべき環境主体,ならひ、にかかる主体に対する責任の内 容,また,責任の測定基準,等,いずれも必ずしも明確ではないのであるO

スタイナーは,社会的責任の引き受けに関する,より明確な限界が企業に とっても社会にとっても必要であるとみ,引き受けへの総括的なガイドとし て幾つかを示唆するO かれに従ってそれらを示すなら,つぎのようになる3)

第ーに,すべての企業のための,もしくは特定の企業のための公式は存在 しない。各企業の第一容目の社会的責任は行為の前に,自らがその社会的責 任と考えているものについて思考することである。その際,各会社は,主要 な社会問題の処理に含まれる仕事の大きさを過少評価してはならない。

なにを行なうかを決めるに際しては最高経営者の価値と関心は,支配的な 考察事項であるD 会社の権力は,社会的支‑任に関する最高経営者の価値と関 心を満足さすべく用いられうるし,用いられるべきであるO 会社にあてられ ていると最高経営者が考えるところの,公共の期待の水準と方向もまた,支 配的な考察事項であるO なんらかの程類の大ざっぱなコスト・ベネフィト分 析が社会的責任の考察に際して会社に助けとなるはずである。

(10)

社会的責任論の動向について 303 

第二に,企業はなによりも,強い利潤動機をもっ経済的制度であると考え られねばならない。企業は,金銭的誘因なしに主要な形で社会の非経済的目 的を充すように用いられるべきではない。企業は,手JI潤を挙げることを通じ て社会問題の解決にその最大の貢献を行なうと期待さるべきである。企業に よる利潤機会の追求は過去に多くの困難な社会問題の減少もしくは除去を行 なってきたのであり,将来もそう行ないうる。

第三に,企業は長期的展望をとり,一時的には純益を減ずるが長期的には 会社の利益となるかもしれぬと乙ろの社会的に責任ある行為を遂行すること を期待されるべきである。企業の長期的利己が失業,環境汚染,犯罪,等の 如き問題の是正のうちに存在することは,明らかであるD

第四に,個々の企業はその社会的権力と同呈の社会的責任をもっ。権力と 責任が相携えていくことは文明と同じ程度に古い概念であって,このことは,

行為への大ざっぱなガイドではあるが,有用なそれであるo

第五に,第四と密接に関述するが,会社の規校とタイプであるO 企栄が大 きくなるにつれ,それはより多くのひとびとに現実的ならびに治在的影響を もっ。されば社会はその行為により大きな閃心をもち,そこから会社はその 責任についてより注芯深く考えるのであるO 小企業もそれが程力を有する状 況では責任をもつが,しかしながら社会は一般に小企業には,法と正直およ び統合性の規範との中で財と用役を捉供すること以上の責任を期待しない。

社会的責任は会社のタイプに関して具なるD

第六にだれも企業に株主の投資を誘引するその能力を任芯に危くすること を期待すべきではない。社会的目的へと大きな支出を行なうことは資本利益 率を減少せしめ,そのことは成長率や株価を減少せしめるのであって,かか

る事態は永続きしえない。

第七に,社会のどの機関が社会問題の処理を最もよくなしうるかを決める 努力がなされるべきであり,適切な責任が機関に割当てられるべきであるD

何々の企業は,それが最も良く管理しうるような責任のみを選ぶべきであるO

伝統的に企業は,任'Jf.が最少の政治的係わり合いをもち,民主々義的政治プ ロセスに直接に入り込まず,~:日化と測定が可能な物質的問題を扱い,ならび

(11)

に自身が経E免をもつようなそれであるとき,よりよい仕事を行なうのである。

以上がガイドと限界についてのスタイナーの指摘であるが,かれは乙の点 に関し,最後に,一般論としてつぎのことをのべる針。

まず,会社が社内における社会的正義の如くコストを全くか殆んど伴わな いで社会的責任を引き受けることができるときには,それはそうする義務を もっ。賀用を殆んどもしくは全く伴わないで高いペイオフが可能である一つ の領域は,ビジネス・システムの倒きと社会的価値をパブリックに知らせる ことであり,これは企業が未遂行たる重要な社会的責任であるO つぎに,平 均利潤を越える会社は,付加的な社会的責任の受け入れは義務づけられない かもしれないが,望むならばそうする余地をもっ。しかし,基本的には,会 社の主要な社会的責任とは,手IJ?閏をえて活動し,その処分下にある資源を効 率的に利用することであって,国家的目椋や従業員の厚生等の促進のために 会社の資源を用いることに関述するような他の活動は,この目的にとり第二 次的であり,それは短期ならびに長期に最初の目的達成に貢献するために追 求されるのである,とo

責任実践の手引きについての,以上のようなスタイナーの所説は,実践に 適用可能な社会的責任論の展開に幾ばくかの怠誌を有すると思われるO しか しながら,それは依然として余りにも多くの判断の余地を経営者に残したま まであるD また,企業の第一次的目的を営利の観点、から把握している点に対 しても疑問が存在するのである。

責任論の技術論的側面に関するイーノレズらやスタイナーの所説は,ワーカ ブ、ノレな経営理念論の確立への努力が着実になされつつあることの一例を示す ものであり,責任論の確立に向つての同様の努力がいわゆる成果分配論,等 の領域でもなされてはいるが,現在のところ,十全な理念論の確立のために は,未だ努力がなされねばならないといわざるをえない。

注1) R. Eells and C.  Wa1ton, op.  cit., PP.  267271.  2)  Ibid., PP.  271275. 

3)  G. A. Steiner, op.  cit., PP.  159162.  4)  Ibid., P.  163. 

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社会的責任論の動向について 305 

V責任の本質と責任論

企業ないし経営者の社会的責任なる概念は本来的には,企業による利潤追 求と対比される概念であり,それは企業活動の非営利的側面に主として関連 してきた。社会的責任に関しての学界および実務界における詰の伝統的な用 法は,このことを哀書している。しかしながら,営利が企業の多元的目的の ーっとして後退するにつれ,また,所有者が企業環境の構成要素のーっとな るにつれ,企業ないし経営者の社会的責任は,企業環境を形成するさまざま な人間主体が企業に対して有する期待ないし要求に応えることとして定義し うるようになっているのであり,責任のリストに所有者への責任を加えんと する近年の理論的傾向は責任についてのそのような定義ないし概念を支持し ているといえようo

それはともかく,かかる責任の本質は,企業による責任の自発的引き受け の側面に存在するO イーノレズらはいう。今日注目を集めている会社の社会的 責任における木質的要素は,企業が強制的義務(imposedob1igations)から 自発的責任 (assumed res ponsi blli ties)へと進むところの点である1) 企業は,その権力の故に社会から種々の対抗的圧力に直面するのであり,

それはその自律性を維持するためには,権力に見合う責任を絶えず自発的に 引き受ける必要に直面する。そして,現在のところでは,社会の価値の動向 は,企業が絶えず責任を自発的にとり込んでいく限り,企業の存在を容認、せ んとするD この志味では現代の企業をめぐって存在する社会的立任なる現象 は,資本主義的経済体制における辺途的現象に過ぎないかもしれない。世論 の価値判断は,企業による社会的責任の引き受けに依存する社会経済秩序に 代えるに,他のなんらかの秩序を選好するに到るかもしれないのである。

しかしながら,さしあたり社会の価佑の動向は,社会責任の引き受けを企 業に期待しており,かかる立任の内容はますます広範となる傾向にあるo 代の企に作用する基本的法則として社会的責任が存在するのであり,この ことは,径営理念論としての社会[巾立任論が担論的にも政策論的にもより一 回の深化を遂げることを現代のl契緊

m :

たらしめているのであるO

il 1)  R.  Eel1and C.  Wa1ton, op.  cit., P. 260. 

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