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哲 学 と は 何 か

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Academic year: 2021

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(1)

哲学とは何か一(1)       哲学とは何か

        海老澤  善  一

  悲しみ   感情   生誕   始原   弁証法   悲しみ  哲学の始まりは何であろうか。哲学することへと私を誘ったものは何であったか。

  プラトンは驚き 00

thaumazein

がそれだと言い『テアイテトス』

155D

アリストテレスも

驚くことによっ

・・・

(『

982b12

る。 で、る、ぬ、

に、

れ、「な「た、う。は、

き、に、て、「

らんがために」、宇宙の

最高善

の探求のきっかけを与える、というものである。

(2)

二(2)   し、か。きではなかった。私は悲しみ 000に沈められて哲学を始めた。プラトンやアリストテレスの言う驚きという感情は、

て、る。

全なるものを一者 00と呼びたいのだが、この一者を知ろうとする純粋な願望が、驚きを生むのであろう。しかし、

驚きほど私にとって無意味なものはない。私のまわりに存在しているものはあるがままに在るのであって「あい、)、

い。は、者、に、

うに憧れる態度であって、哲学する者自身が不完全な存在であるという足下の事実を覆い隠している。

  る。く、

く、る、る。西が、う。西

い。い。

い。く、る。き、

る。り、む。は、く、の、

悲しみであり、それはいわば形而上学的な悲しみである。

(3)

哲学とは何か三(3)   る。の『しみを歌うものである。  かなしみのつよくせまらぬ  さびしさよ  わが兒のからだ冷えてゆけども 

い。 て、

る。

る。は、西い。

立ちの感情である。感情は反省 00されて、喪失の確認として、ひたひたと悲しみが啄木に迫ってくるのである。

  は、に、に、 00る。て、は、い。

さ、は、し、い。ろ、の、る。

が悲しみを生む。

(4)

四(4)   窓硝子

  塵と雨とに曇りたる窓硝子にも   かなしみはあり   かなしくも

  夜明くるまでは残りゐぬ   息きれし兒の肌のぬくもり   子、

だ、分、に、く「は、く、

のような亡骸に、その存在していることの違和に、ようやく悲しみを覚えるのである。

  は、く、て、 か。が、に、て、たのは、感覚の内で唯一、嗅覚 00を通してであった。

  新しきインクのにほひ

(5)

哲学とは何か五(5)   栓抜けば  餓えたる腹に沁むがかなしも  水のごと  身體をひたすかなしみに  葱の香などのまじれる夕べや「り、く。

り、い。る。く、る。は、

た。 00

た、啄木は「かなしみ」とよんだのである。

感情  幸福は みじかい。ルソーは二十四歳の夏の終わりから秋にかけてヴァランス夫人と過ごしたシャルメットでの「短 しあわせ」について語っている(『告白』第六巻)。

(6)

六(6)    ここに私の生涯の短い幸福のときが始まる。真に生きたと言いうる資格を授けてくれた、平和なしかし束の間の時がやっ

てくる。現実にはあっという間に流れ去った時間よ、できることなら私の記憶のなかでもっとゆっくり繰り返しておくれ。

が、う。た。

散歩をして幸福だった。ママンを見て幸福だった。そばを離れて幸福だった。

  い。

表現できないのである。「短い幸福」とは重言である。幸福は短い。短いからこそ幸福なのだ。永い幸福など、

い。ら、う。か。

り、り、に、である。逆ではない。われわれは、不幸は幸福ではないことだ、と逆さに考えることに慣らされている。つまり、

と、る。し、ず、

る。は、り、り、り、る。て、

て、て、間、い。し、幸が消えるならば、幸福もまた消えるであろう。私の日常は不幸であり、不幸が私を作ってきたのであるから、

ば、う。う。

ものを消してしまうのである。

(7)

哲学とは何か七(7)   00に、り、る、て、い。は、

ず、い。そ、

る。る。を、

が、物、を、 00い。て、は、遍をではなく、個物をつかむ能力なのである。

  は、く、て、

て、た(『)。

状態であると定義している(『エチカ』第三部定義三)。

 

  

affectus

し、

Corporis

 

affectiones

  の、が、は、然、る。はただ一つである。自然の内に存在する個物は実体ではなく、実体の変化した一つの様相にすぎない。感情は、

その様相の受動的な、つまり身体的な変化の一状態と見なされるのである。その感情として、スピノザは、欲望、

び、態(「」)る。て、て、「

(8)

八(8)

」(ら、萎縮させ阻害するものであるから、他の感情にもまして、悲しみは人間にとって端的に悪しきものとされる。

  し、か。う。

る。し、て、る。眼、は、て、る。が、「

は、り、は、て、

界を溶かすのである。

  る。る。

を、「と「る。

passion

る。に、 念を原因として、その観念を内省 00することによって生まれる新たな印象である『人性論』第二巻)したがっ

て、は、に、に、

ではない。それは私の内部に生まれるのである。感情とは私の自己関係を通して生まれてくるのである。

  た。が、は、

に、い。る。は、

のであることを、私の内には私自身にも理解できぬものがあることを、悲しみを通して知るのである。

(9)

哲学とは何か九(9)   る、は、 00る。い。い。り、

ないからである。普遍を知ることは犬でもできる。自分たちと猫とを見分けることはできるのだから。しかし、

彼らは私というものを知らず、貴方も知らない。散歩の途中に出会った相手の犬は、彼には、メリーではなく、

う。は、り、る、い。り、

る。が、い。で、

に、る。く、

領域にあって、この 0を生み出すのである。

  し、は、を、を、

知らざるをえない。なぜであろうか。

生誕  が「」(『る。

は、き、る、る、

(10)

一〇(

10

る。る。は、い。て、も、か。

る。は、は、

く、か、て、

う。しかし、私の時間 00は死によってもたらされるものではない。時間は生誕 00とともに始まったのである。

  は、う。は、

が、た。に、を「

」(『』)る。を「

る。は「

事」(『エセー』第二巻第六章)の一つにすぎなかった。

  た。

に、る。後、ろ、

た。か、と、た。

う。日、て、た。は、に、幼虫の身分にとどまるべきだったのだ。死は必然であるが、それがいつであるかは分からない。

  い。闇、が、

参照

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[r]

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