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古典學者の雇用理論(1) : 雇用理論の學史的研究の 一部

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(1)

古典學者の雇用理論(1) : 雇用理論の學史的研究の 一部

その他のタイトル Classical Theories of Employment

著者 三谷 友吉

雑誌名 關西大學經済論集

巻 1

号 1

ページ 1‑31

発行年 1950‑11‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/15890

(2)

古典学者の種用理論

履用理論の学

史的研究において

もまず

若干

の重要な種用問題に

ついてあらま

し考えておかなければならない︒蓋

スミスの安本理論 リカアドウ

本蓄稜論 マルサスの過少消喪設

の労働需要論

とリカアドウの機械論

ックの補償設

およびミルのこれに対する批判と査本に関する根本命題

`  . 

︐ 

ー 雇 用 理 論 の 學 史 的 研 究 の

學 者 の 雁 用 理 論

( I )  

友 吉

(3)

̀ ̀ r  

古典学者の雇用華論 し多数の学者の種用に関するさまざまな論逃を網羅的に取扱うことは出末ないのであって`若干の重要問題を中心 ケインズがその著﹁濯用の一般理論﹂のなかで有孜需要の理論によつて不完全雇用均衡を骰明せんとして以木`

有放需要の問題が最近の種用理論の前景に押しだされた︒しかしケインズの糧用珊論の重点ば`シュムペークーな

一定の査本設備と生産技術のもとに有放需要によって雇用の定まる事儒を明かに するにある︒この意味において短期的である︒これに対して・古典学派の人々は賓本量や生産技術の変化が雇用に 及ぼす影蓉を餓明せんとしたのである︒綽済発展の見地よ

b

すれば`査本量の噌加および生産技徽の遜歩︑とくに 新機械の探用と種用との関係は重大な糧用問題となる︒そして有放需要の問題も︒これらの問題との関聯において 考察せられなければならたい︒もちろん以上をもつてすぺての雇用問題をつくしたということばできないのであっ

て︒その外に独占と嘱用との関係の如きも問題となるであろう︒

諸学者がいかなる問題に重点をおき`これに対していかなる解答をあたえるかば`かれらの脊景をなす賓本主議 経済の発展段階やかれらのとる理論的立場によって異る︒かくて今日までに多数のさまざまな雇用理論が現われて いるのである︒われわれは上述の如き賭雇用問題をかへりみつつ古典学者の雇用理論をもつばら理論的発展の撼点

から考察するであろう︒

どのすでに指摘しているように︑ としてわれわれの考察の対象を限定せざるをえないからである︒

(4)

た関係をみとめる古典学派の正統的た雇用理論の基礎をあたえた︒彼れの資本理論はUれを雇用理論として考察する

ととができる︒

スミスはその著﹁國富論﹂

( 1 )

の﹁序論および本書の構成﹂のなかですでに厭用に関する根本見池をしめしている︒

彼れは同書第二篇の主題について語る際に︑

﹁有用にして生産的なる労働者の数は

. . . . . .  

いかなる場合に姦いても︑かれらを働かせるために使われると

U

ろの資

本的資財の量と︑それが使用されるところの特殊た方法とに︑比例するものである︒﹂

( 2 )

と述べている︒かくて一國に姦ける生産的労働者数はます資本量によつて限定されるのである︒

しかしたがら︑安本量と生産的労働者数との関係は決して簡皐たものではたい︒Cの関係については資本の構成を

考慮にいれたければたらたい︒︱つの資本量は種々の構成部分より成り立つている︒

= 

ーつの資本量があたえられてい

るとしても︑その諸構成部分の相対的な大さのいかんによって︑生産的労働者数はあるいは大とたり︑あるいは小と

たりうる

0

それ故に︑資本の構成を分析して︑それと生産的労働者数との関係を明かにする必要がある︒

ます資本の構成に関するスミスの見解について見ょう

0

スミスは第一篇第八章﹁労働の賃銀について﹂のたかで女

のように述べている︒

﹁賃銀によつて生活する人に対する需要は︑賃銀の支彿に充当される基金の増加に比例してしか増加しえたい

U

は︑明かである

ou

の基金は二穏のものから成り立つている︒第一は︑生活維持に必要たもの以上の牧入︑

は︑雇主の使用に必要である以上の資財である︒

古典学者の雇用珊論 l

. . . , ̲  

(5)

 

はおのすから彼れの日傭職人の数を増加するであろう︒﹂

( 3 )

古典学者竺雇用璃論

地主︑年金受領者または資産家がかれ自身の家族を維持するに十分と考える以上の牧入を有つているときには︑

彼はその剰余の全部または一部分を一人または数人の僕婢を維持するために用いる︒この剰余が増加するたらば︑

彼はおのすから僕婢の数を増すであろう︒

織工または靴屋のようた独立の職人が︑かれ自身の仕事の原料を買い︑かつ彼がその製品を賣却しうるようにた

るまでかれ自身を維持するに十分である以上の資財を得たときには︑彼はおのすからこの剰余をもつて一人または

数人の日傭職人を雇い︑もつてその労働によつて利潤を獲得せんとするであろう︒この剰余が増加するたらば︑彼

iでスミスは労働者に対する需要を決定すると

C

ろの﹁賃銀の支彿に充当される基金﹂は剰余の牧入と剰余の賽

財より成ると考えているのであるが︑剰余の牧入は僕婢など︑

るから︑しばらくおく︒しかるときは︐ いわゆる不生産的労働者の雇用に向けられるものであ

スミスによれば︑剰余の資財`換言すれば︑資本によつて賃銀基金が定ま

とれによつて労働者に対する需要が決定さねるととにたる°右においてスミスが織エまたは靴屋のようた手工業

者の場合について述べているととに注意すべきである︒しかしそれにしても資本として賃銀基金のみを考え︑それ以

外の資本部分を全く無親するスミスの見解は︑はたはだ素朴であるといわなければならたい︒

Uろで︑第二篇第一章に姦いて﹁資財の分類について﹂論する場合には︑

﹁ある人の所有している賽財が︑彼を数日間または数週間維持するに足るだけにすぎたいときには︑彼は稀にしか

それから牧入を得ようとは思わたい︒彼はできるだけ節約しつ上それを消費し︑それが消費じつくされるまでにそ

(6)

本はこれを流動資本と呼ぶのが頗る適当であろう︒ れの代

b

となるようなものを自分の労働によって得ようと努める︒との場合においては︑彼の牧入は彼の労働のみ

から得られる︒

u

れがすべての國々における労働貧民の大部分の朕態である︒

しかしたがら︑彼が数ヶ月または数年自己を維持するに足る資財をもつているときは︑自然︑彼はその大部分か

ら牧入を得ようと努める︒そして彼の直接の消喪のためには︑たゞこの牧入がはいつてくるようになるまで自分を

維持するに必要ただけを留保するにとゞめる︒そUで彼の全資財は二つの部分にわかたれる︒

C

の牧入を彼にあた

えると彼が期待する部分は彼の資本と呼ばれる︒﹂

( 4 )

と述べた後に︑資本を流動資本と固定資本に分類している︒彼は言う︑

それを用いる人に牧入または利潤をもたらすように使われる方法は︑次の二穏である︒

第一に︑それは財貨を育成し︑製造

L

︑または購入し︑そして利潤を得てふたiび賣るために使われる︒かくの

如くに使われる査本は︑それが彼の所有に属する間︑または同一形態のま上で存続している間は︑その使用者に牧

入または利襴をもたらさたい

0

商人の財貨は︑彼がそれを貨幣に対して賓るまでは︑彼に少しも牧入または利潤を

もたらさたい︒同様に貨幣もまたそれがふた4び財貨と交換されるまでは彼に牧入または利調をもたらさたい︒彼

の資本はたえナある︱つの形態で彼から離れてゆき`

れが彼に利潤をもたらしうるのはたゞかくの如き流動乃至は継続的交換のおかげである︒それ故に>かくの如き資

第二に︑それは︑あるいは土地の改良に︑あるいは有用た事業上の機械器具の購入に︑もしくはその所有者を換

古典学者の雇用理論 そして他の形態をとつて彼のと

U

ろに還つてくる︒そしてそ

(7)

作品の債格によつて利潤とともに償還されるのである︒﹂

( 7 )

古典学者の福用理論

えることなくして︑言いかえれば︑それ以上流通することなくして牧入または利襴をもたらすような物に︑使われ る°そこでそういう資本は固定資本と名すけるのが頗る滴当であろう︒﹂

( 5 )

この場合には資本が循

スミスの右の叙述ははたはだ不明瞭であるが︑彼が流動資本という場合には︑資本がその循環中に相異った形態︑

すなわち貨幣資本.生産資本︑商品資本

( 6 )

という形態を蓮過することを考えているのであろう︒これに対して︑

固定資本という場合には︑資本が生産資本の一部分として投下されることが考えられている︒だからスミスのいう流 動資本と固定資本とはまったく異った観点によって区別されているのである︒

スミスはさらに﹁職業が異れば︑それに要する固定資本と流動資本との割合もまた異る﹂とし︑商業︑

工業︑鉱業︑農業の資本における両者の割合について論じ︑例えば工業の資本については次のように述べている︒

﹁すべての親方工匠または製造業者の資本の或る部分は彼の事業上の要具に固定されなければならたい︒しかした この部分は`事業によりあるいは非常に少いとともあり︐

あるいは非常に多いこともある︒例えば︑裁縫師

は一包の縫針以外には事業上の要具を少しも必要としたい

0靴屋の要具は︑

が︑少し高くつく0織工の要具は︑靴屋に比べれば これに比べれば︑非常にわすかである

はるかに高い0

それにしても︑

こういうすべての親万エ匠の

資本の大部分は︑あるいはかれらの職工に対する賃銀として︑あるいはかれらの材料の債格として流通し︑その製 ことでスミスは固定資本として要具を︑流動資本として賃銀や材料の債格を挙げているが︑

環中に相異った部分に分割することが考えられている︒つまり生産資本そのもの

4分割が予想されているのである︒

. ,

, 

,  

(8)

によつてまた労働者の数が増加するのである︒

( 9 )

ところで︑資本の構成と扇用との関係に関するスミスの見解をみるに︑彼は︑

﹁︱つの資本が使用しうる勤労の量は`明かに︑その資本がその仕事の性質に適した材料と逍具と生活資料を供給

しうべき職工の数に等しくなければたらない︒﹂

( 8 )

かし彼の直実の牧入はその貨幣に存するのではなくして︐

と述べている︒これによつて当面の問題に関するスミスの見解を知りうるのである︒すたわち資本が供する生活査料

によつて雇用が決定されるのである

0

スミスがこ4で流動資本としての労働者の賃銀をかれらの生活資料としてとら

えていることに注目すべきであろう︒彼によれば︐労働者の賃銀は晋通は貨幣によつて支挑われるものであるが︐し

それによつて獲得しうる生活資料に存するのである︒それ

故に︑資本の供する生活資料こそは生産的労働者の維持に使われる基金である︒そしてこの基金が増加すれば︑それ

さて最後にスミスの資本蓄積論について簡単に考察しよう︒彼は﹁資本は節倣によつて増加し︐浪費と不始末によ

つて減少する﹂と主張し︑

﹁人はその牧入のうちから貯蓄したものはこれを彼の資本に附加する

0

そしてそれをあるいは自ら生産的労働者の

追加数を維持するために使い︑もしくは利子すなわち利襴の一部をもらつてこれを貸付け︑他人をして同様のこと

をたさしめる°個人の資本は︑彼の年々の牧入もしくは年女の利得のうちから貯蓄するところのものによつてのみ

増加しうるものであるが︑註会を構成している個人全部の資本と同一物たる註会の資本も`同様の方法によつての

み︑これを増加することができるのである︒﹂

( 1 0 )

古典学者の雇用踵論

(9)

そのものは同一であるが︑消費者が違うのである︒﹂

( 1 1 )

古典学者の雇用理論

と迄べ︑かくて﹁節倹は生産的労働者を維持するのに使われる基金を増加し︑それによつてまた労働者の数を増加す

つゞいて次のように論じている︒

﹁年及貯蓄されるものは︑年ぷ消費されるものと同様に︑規則たゞしく︑しかもほゞ時を同じくして消費される︒

たゞこれを消費する人が違ってくるだけである°富裕たる人の牧入の一部にして年

2

費消される部分は︑多くの場

合に姦いて︑怠惰な賓客や僕婢やによつて消費され︑かれらはその消費の代りに何物をもあとに残さたい︒ところ

が︑この人が年々貯蓄するその部分は︑利襴を得るためにたゞちに資本として使われるのであって︑その消贄され

る方法も等しく︑その消費される時期もほゞ同じであるが︑消費する人々の種類は別で︑すなわちそれは労働者︑

製造工およびエ匠たどであり︑こういう人々はかれらの年女の消費の債値をば利潤を加えて再生産するのである︒

いまわれわれはこの富者の牧入が貨幣で彼に支彿われると仮定しよう︒彼がその全部を費消したたらば︑その全部

をもつて購入しえたであろう食料︑衣服︑住居はすべて前種の人々の間に分配されたであろう︒もしも彼がその一

部分を貯蓄するたらば︑その部分は利潤を得るためにたゞちに資本としてかれ自身または他人によって使われるの

であるから︑それをもつて購入される食料︑衣服︐住居は必然に後種の人々のために留保せられる︒すたわち消費

これによつて見ればスミスは節倹︑すなわち富裕た人の消費の減少によつてのみ資本が増加しうると考えている︒

しかしそういう節倹は必すしも資本の増加に必要たものでなく︑前者がたくても後者は生じうるものであるが︑

点はしばらくおく︒ともかくもスミスによれば︑富裕た人の牧入のうちから貯蓄されるもの︑すたわち資本の追加分

(10)

( 1 1 )

古典学者の雇用珊論  

I b i d . ,   p p.  

3 2 0 ‑ 3 2 1 .  

訳奪

( ‑

D ‑

︱八ー︱︱九頁︒

( 1 0 )  

( 9 )  

( 8 )  

( 7 )  

( 6 )  

( 5 )  

( 4 )  

I b i d . ,   p .  

2 6 1 .  

訳書

( J l )

1 0

頁 ︒

( 3 )  

( 2 )  

されてしまう︒その結果として資本蓄積の過程はあまりにも単純化され︑

る問題も︑まった<看過されること4たるのである︒

( 1 )  

Ad am   Smith, 

An 

In qu ir y  i n to   th e  N at ur e  a nd   Ca us es f   o   th e  W ea lt h  o f  N a ti o n s,  

1 7 7 6 .  

Sm it h 

̀ 

o p

c i t ,   . ,   Ca nn an

 

̀ 

e di t i on ,  v o l .  

i

p .

2 .  

大内兵衛訳﹁國宦論﹂

I bi d

̀ 

.  

pp . 

70

71

、訳書(一)――

-l 九— 1mo 頁。

he ra us ge ge be n  v on r i   F e dr i c h  E n g <

: l l s ,   S .

 

f f .  

Sm it h.   o p c i t .  

.

p .

2 6 2 .

 

(

[

Ibid••

P ・ 2 7 9 .  

C f.   i b i d

.

p . 32  0

.訳書︵二︶︱‑八頁︒

Ibid••

p .  

3 2 0 .  

訳書︵二︶︱一七ーl

はけつきよく食物︑衣服︑住居︑換言すれば生活資料として消費されるのである︒たゞそれらは不生産的に消費され

る代りに生産的労働者によつて消費されるのである︒しかしスミスのこの見解は資本においてたゞ生活資料だけしか

考慮にいれたいものである︒かLる考え方によれば︑生産手段の存在は無脱され︑流動資本と固定資本の区別も抹殺

この過程の複雑た諸條件は等閑に附せられ

る︒そしてまた資本蓄積にともたつて必然的.に生するとUろの︑新機械の採用が︑労働者の扉用に及ぽす影響に関す

( l )

I b i d

. ,   pp. 

2 6 1

2 6 2 .

訳書

( ‑

D ‑

l

ー︱二頁︒

貨幣賓本`生産賓本︑商品安本はいうまでもなく︒マルクスの用語である︒

V g l . Ma rx ,  D as   Ka p i ta l

2

,  

.  

Ba nd , 

(11)

古典学者の雇用躙論

リ カ ア ド ウ の 資 本 蓄 積 論

( 3

)

考察したかった諸問題をとりあげて︑その解明に努めた︒例えば資本蓄積論︐機械論たどにおいてそうである︒

c : : .  

リカアドゥはスミスの資本理論から大きな影響をうけたが︑しかし後者のまったく不問に附し︑またはまだ十分に

リカアドゥの資本蓄積論は彼れの﹁経済原論﹂

( 1

のたかで隧所に述べられているが︑とくに第二十一.章﹁利潤おX

よび利子に及ぽす蓄積の結果﹂のたかでは資本の蓄積と雇用との関係がかなり詳しく論じられている

0

彼の議論は労

働債値脱に基礎をおいているのであるが︑4でこの学説に立ちいることはできたい︒たゞその資本蓄積論を考察す

る前に資本の構成︑それと厖用との関係に関するリカアドウの見解に或る程度ふれておかたければならたい︒

第五章﹁労賃について﹂のたかでリカアドゥは﹁資本は一國の富のうち︑生産に使用される部分であり︑そして食

料︑衣服︑逍具︑粗生原料︑機械など︑労働を実行するに必要たるものより成る﹂

( 2 )

と述べ︑労働者の消費する食

料や衣服を資本として道具︑機械など4同列においている︒

またリカアドウは﹁労働を支持すべき資本﹂と﹁逍具︑機械および建物に放下される資本﹂とを区別し

れを流動資本と固定資本との区別と同一親しているようである︒すたわち︑彼は言う︑

そしてしばしば再生産されることを要するか︑あるいは遅女として消費されるものである﹁査本が速かに消滅し︐

かに応じて︑それは流動資本または固定資本という項目のもとに穏別される︒その有する建物や機械が高債であり

1 0

 

(12)

ち ︑ 者の雇用が定まるということにたる︒ 且つ耐久的た間造業者は︑固定資本の大たる分兼を使用するといわれ︐これに反して︑その有する査本が主として

労賃ーー建物や機械よりも消滅しやすい貨物たる食物および衣服に支出されるところのーーーの支彿に用いられる製

靴業者は︑彼の査本の大なる割合を流動資本として使用するといわれる︒﹂

( 4 )

かくてリカアドウによれば︑資本のうち食物や衣服︑または労働を支持すべき資本︑または流動資本によって労働

リカアドゥは資本の増加の結果について説明する場合に︑

新しい生産的労働者の雇用に向けられ︑ しばしば食物や衣朋の増加︐あるいは﹁労働

維持のための基金﹂の増加のみを仮定して論を進めている

( 5 )

︒そしてある箇所では貯蓄による資本の増加はすべて

したがつてかれらによつて泊喪されるということが主張されている︒すなわ

﹁一國のすべての生産物は消費される︒しかしそれが別の憤値を再生産する者によつて消費されるか︑あるいはこ

れを再生産したい者によつて消痰されるかは想像しうる最大の相違を生するものであることを︑理解しなければな

らたい︒牧入が貯えられ︑そして資本に加えられるとわれわれがいうとき︑われわれの意味するところは︑資本に

加えられるといわれている牧入の部分が︑不生産的労働者によつてゞはなく︑生産的労働者によつて消喪されると

いうことなのである︒資本は非消費によつて増加されると想像することよりも大なる誤謬はありえない︒﹂

( 6 )

右の範囲においてはリカアドウは前述の如きスミスの資本理論における見解の城をはるかに出するものとは言いえ

たいのである︒

古典学者の雇用理論

(13)

古典学者の種用理論

さてリカアドウの資本蓄積論に移ることにしょう︒資本の蓄積に関する彼れの見解の要点は﹁必要品の騰貴の結果

として労賃が甚だ騰費し︑したがつて資本の利潤として甚だ少ししか残らないようにたり︑そのために蓄積に対する

動機が停止するにいたるまでは︑生産的に使用されえないほどの或る資本額が一國に姦いて蓄積されることは︑まつ

たくありえたい﹂

( 7 )

というにある︒

ます右の命題の後半について考察しよう︒こ上でリカアドウは有名たセイの販路説に依拠しているのである︒彼は

﹁生産物は常に生産物によつて或いは勤労によつて購買される°貨幣はそれによつて交換が行われる媒介物にすぎ

たい︒あるいは特定貨物のあまりに多くが生産され︑それに支出された資本を償わたいほどの供給過剰が市場に起

るかも知れたい︒しかし︑すべての貨物に関して︑こういうことはありえない

0

穀物に対する需要は︑それを食う

べき口の数によつて制限され︑靴や上衣に対するそれは︑これらの物を着用すべき人の数によつて制限される︒し

かしたとえ一社会︑あるいは一社会の一部分が︑それの消費しうる程度の︑あるいは消費せんと欲する程度の︑穀

物の輩および帽子や靴の数をもつていることがありうるとしても︑自然によつてまたは人為によつて生産されるあ

らゆる貨物について同じことを言うことはできたい︒ある人々は︑もしもかれらが葡萄酒を得る資力があるなら

ば︑そのより多くを消費するであろう

0

十分の葡萄酒をもつている他の人女はかれらの家具の分量を増しまたはそ

の品質を良くせんと望むであろう︒他の人々はかれらの地面を飾り︑あるいはかれらの家屋を広くせんことを望む

かもしれたい︒これらの事柄のすべて或いはその若干をたさんとの願望は︑各人の胸に植えつけられているのであ

(14)

需要は生産によつてのみ制限されるのであるから︑一國において使用されえたい資本額はまったくたいということを る︒たゞその手段が要求されるのみである︒そして生産の増加以外には何物もこの手段を供することはできたい︒もしもわたくしが食物や諸々の必要品をわたくしの自由になしうるたらば︑わたくしは遠からざるうちに︑わた<

L

をしてわたくしの最も有用た物あるいは最も望ましい物の若干を所有せしむべき労働者にことか4た<たるであ

( 8 )

かくてリカア

F

ウによれば︑貨幣は畢たる交換手段であって︑結局︑すべての交換は物父交換である︒生産が増加

するたらば︑それだけ需要も増加することょたる

0

供給と需要とは同一である°需要の不足というととはありえな

い︒だから一般的た︑あらゆる貨物の供給過測は生じえたいのである︒しかしリカアドウのこの見解は貨幣を皐に交

換手段と考え`貨幣の保蔵手段および支彿手段としての作用をまったく無親している︒それ故に彼の所説は決して決

定的なものではたいのである︒

それはともかくとして︑リカアドウは右の如き見地にしたがい資本の過剰をも認めたい︒すたわち彼は﹁セイ氏は

競も十分に説明した﹂

( 9 )

つゞいて次のように説いている︒

﹁人が或る欲する満足を得せしめられたい間は︑彼はより多くの貨物に対して需要をもつであろう︒そして彼がそ

れらと引換えに提供すべく或る新しい債値を有する間は︑それは一つの有効需要であろう︒もしも年々一

00

0

00

謗を得つ4ある人に一万謗が輿えられるならば︑彼はそれを金庫のなかにしまい込またいで︑

だけ彼の支出を増加するか︑

古典学者の雇用理論

1 0

000

それをかれ自身で生産的に使用するか︑或いはその目的のためにそれを或る他人に貸

(15)

古典学者の雇用珊論

付けるかであろう︒いづれの場合に姦いても︑需要は異つた目的物に向うであろうが︑とにかく需要は増加される

であろう︒もしも彼が彼の支出を増加するたらば︑彼の有効需要は恐らく︑建物︑家具またはCれに類した或る享

業品に向うであろう︒もしも彼の一

0 ̀

00  0

謗を生産的に使用するたらば︑彼の有効需要は︑新しい労働者たち

を仕事につかしむべき食物︑衣服および粗生原料に向うであろう︒しかもなおこれは需要たるに変りはないであろ

(

lo

v

これによって見れば︑資本家が資本を増加する場合︑有効需要が﹁新しい労働者を仕事につかしむべき食物︑衣服

および粗生原料﹂に向うというだけで︑その不足は生じたいのである︒リカア︑ドウがこ4で労働者の消費する食物`

衣服と粗生原料とを同列に取扱っていること︑および生産手段として粗生原料のみを挙げ道具︑機械などを無親して

いることに注意すべきである︒しかしこれらの点はしばらくおき︑

されること︑したがつてかれらの消費すべき生活資料と︑その外に生産手段とが必要であることは事実である︒しか

しまたその資本蓄積の過程において右の両者の生産の間に︑それから一般に消費財生産部門と生産財生産部門との間

に︑均衡がたもたれなければたらない

U

とも明白である︒その均衡の條件はいかたるものであり︑またそれはいかに

してみたされうるか︒そしてそれがみたされたい場合にはいかたる結果が生ナるであろうか

0

これらはまさに当面の

重大間題である︒

﹁いかたる方法で一資本が使用さるべきかは︑ とにかく資本の蓄積に際して新しい労働者が雇用

・しかるにリカアドウはこの問題を重要親したい︒そしてひたすら資本の過剰を否定する︒その際に彼の論拠は単に

つねに選択の問題である︒それ故に︑或る長い期間にわたつて或る貨

(16)

物の剰余が存することは決してありえたい︒蓋しもしもそれがあるとすれば︑

1

その貨物はそれの自然債格以下に下落

すべく︑そして査本は或るより有利た用途に移されるであろうからである﹂

( 1 1

というにすぎたい︒これによってリ)

カアドウがいわゆる自動的調節作用をいかに信頼していたかがわかるのである︒

もちろんリカアドゥも生産上の偏見や錯誤を認めるのであるが︑しかしそれらの結果を重大親したいのである︒例

﹁貴下が挙げていらっしやる國父において︑資本のために用途を発見することが難しいという事実は︑そこの人*

がよつてもつて資本の旧くからの用途を墨守するところの偏見と頑冥とから来るものであります︒この人たちは日

々好韓を期待していて︑それ故に十分たる需要の存したい商品を生産しつゞけているのです︒襴沢たる資本と低い

債格の労働とがあるのですから︑たんらかの豊かた利澗をもたらすところの用途が存在したいわけはたいのです︒

またもしも優れた天才がいて︑その國の資本の調整を誤掌していたたらば︑彼はほど経すして営業を従前と同様に

旺盛たらしめるでしよう

0

人たちは生産を営むにあたつて誤りをおかしているのです°需要の鋏如ということがあ

るわけではありません

0

わたくしが羅紗を求めて居︑貴下が綿製品を求めていらっしやるとすれば︑われわれが相

亙の間の交換を目的として︑

在このようた愚行をやつているのです︒わたくしはこの穏の錯誤が持続する期間の長いのをほとんど説明すること

ができません︒結局は弊害は外見上のそれほど大きくたいでしよう︒﹂

( 1 2 )

すなわち︑ 一方がどロードを生産し︑他方が葡萄酒を生産するのは愚行でしよう︒われわれは現

リカアドゥによれば︑資本が豊富であっても︑同時に労働が豊富であって︑労賃が低く︑したがつて利

古典学者の雇用理論 えば﹁マルサスえの手紙﹂のたかで彼は言う︑

(17)

潤が高い場合には︑資本の用途が存在したいわけがない

0

豊富た資本によつて豊富た労働が雇用される︒たゞ偏見と

錯誤によつて若干の資本が適当に使用されたいことがあるかもしれたい︒しかしそれは一時的たものにすぎたい

0

くてリカアドウは︑資本の過剰と労働の過剰とが同時に存在することを否定する︒

( 1 3 )

資本主義的経済恐慌において.

はその二つが同時に発生するという事実は彼のまだ認識しえざるところであった。もっとも'•カアドウは、査ポの相

対的過剰︑すたわち資本が労働に比してあまりに豊富たる場合には︑利潤が一時はたはだしく低下するということを

承認しているのであるが︑これについては後にふれるであろう︒

さて上述のようた見地からして︑リカアドウは︑資本の蓄積に対して究極の制限をたすものは﹁必要品の騰貴の結

果として労賃がはたはだ高く騰貴し︑したがつて資本の利潤としてはたはだ少しょか残らないようになり︑そのため

に蓄積に対する動機が停止する﹂ことであると考えたのである︒

( 1 4

次にこの命題について考察しよう︒)

必要品が騰貴するのは︑リカアドウによれば﹁増加する労働者の人数に対して食物姦よび諸大の必要品を支給する

ことの困難が増加する﹂

( 1 5

からであるが︑)

に説明している︒

﹁かりに︑穀物は︑

この場合に労賃が騰貴し︑︑利潤の低下する必然性について彼は次のよう

それを生産するによ

b

多くの労働が必要であるから︑債格において臆貴するものとせよ

0

その生産にたんらの附加的労働量も要求されたい製造財の債格を︑高めたいであろう︒しからば︑もしも

労賃が引きっゞき同一であるたらば︑製造業者の利潤は依然として同一であろう︒しかしもしも労賃が穀物の騰貴

とともに脆貴するたらばーー'このことは絶対に確かであるがーーーしかるときは︑かれらの利潤は必然的に下落する 古典学者の雇用珊論

‑ 1

^  

(18)

もしも一製造業者が︑常に彼の財貨を同一の貨幣︑例えば一︑

0 0

謗に対して賓るものとすれば︑彼の利潤は.

0

これらの財貨を艘造するに必要た労働の債格によつて定まるであろう︒彼の利澗は労賃が八

00

謗に上ったときに

は︑彼が六

00

碗しか支彿わたいときよりも︑より少いであろう︒かくて労賃が腕貴するに比例して︑利潤は下落

するであろう︒しかし︑もしも粗生々産物の債格が増加するたらば︑少くとも農業者は.︑たとえ彼が労賃として附

加額を支彿わなければたらたいとしても︑同一率の利潤を得たいであろうかということが︑問われるかも知れた

0

確かに︑得たいであろう︒苦し彼は︑たゞに製造業者と同様に彼の雇用する各労働者に労賃の増加を支挑わた

ければならたいばかりでたく︑彼は同一生産物を取得するために地代を支彿うことを余鍍たくされるか︑あるいは

労働者の附加数を雇うことを余儀たくされ︑そして粗生々産物の債格における騰貴はその池代またはその附加数に

比例するにすぎす︑労賃の騰貴に対して彼に補償を輿えないであろうから︒﹂

( 1 6 )

もっともリカアドゥは右の如き食物の債格の騰貴︑労賃の上昇︑利測の低下という傾向を妨げる技術的進歩の影響

を看過してはいたい︒彼は言う︑

われわれをして以前に要した労働の一部分を廃することを得せしめ︑それ故に労働者の第一次的必要品の債格を低

下することを得せしめるところの︑農業科学における諸発見によつて︑再々防止される︒﹂

( 1 7 )

すなわち必要品の生産に関連ある技衛的進歩によつて必要品の債格が下落し︑したがつて労賃は低下し︑迎に利潤

古典学者の雇用嘩論

いわば利澗のこの重力は︑幸にも︑必要品の生産に関連せる機械の諸改良によつて︑たらび七

(19)

りの間隔がなければたらない︒﹂

( 2 0 )

古典学者の雇用瑾論

は増加すること上なるのである︒

リカアドウは︑右の場合とは別に︑資本が人口に比してあまりに豊富であるために利潤がはたはだしく低下

﹁食物の債格が低いにもかょわらす︑資本の蓄積が利欄の下落によつて伴われるかもしれたい唯一の場合がある︒

そうしてそれは一時的であろう︒すなわちそれは労働維持のための基金が人口よりもはるかに速かに増加する時で あるーその時には労賃は高く︑そして利潤は低いであろう︒﹂

( 1 8 )

しかし︑右の章句によつて明かたように︑リカアドウはこの場合における労賃の騰貴と利潤の低下は一時的である

と考える︒彼によれば︑労賃の騰貴によつて﹁労働者の境遇は繁栄し且つ幸醐にたり︑彼は生活の必要品および享業

品のより大たる割合を支配することができ︑したがつて健康にして数多い家族を養育することができる︒﹂﹁しかした

がら︑人口の増加に対して高い労賃が典える奨励によつて労働者の数が増加されるときは﹂労賃はふた上び食物︑必

要品の債格によつて定まる水準にまで下落し︑利潤は騰貴するであろう︒

( 1 9 )

しかしまたリカアドゥはかようた効果が現われるには相当の時間がかよるという︒すなわち︑

﹁諸君は︑資本の増加があるときに人間の数を一年や二年で増加することはできたいし︑また資本が減退的瓶態"に

あるときにその数を速かに減少することもできたい︒それ故に︑労働維持のための基金は速かに増減するのに︑働 き手の数は徐々に増減するから︑労働の債格が穀物および必要品の債格によつて正確に左右せられるまでに︑かた

することを認める︒日く︑

一 八

(20)

かくてリカアドウによれば︑当面の場合において︑資本の増加が労賃を騰貴せしめ︑その結果として生する人口増

加への刺戟が労働者の数を増大し︑かくして労賃が穀物姦よび必要品の債格によつて定まる水準にまで下落するに

は︑かなり長い時間を要するのである°労働年齢を考えるならば︑十数年の長期間を必要とするであろう︒その間に

姦いて新機械の採用たどにより一部の労働者が失業し︑ちょうど人口増加と同一の結果が生するであろうが︑

とはリカアドゥによつてまった<考慮されていたい︒もっとも彼は後にいたつて彼の機械論のなかで機械の使用が人

ロを過多たらしめ労働者の朕態を悪化せしめることがあることを認めるようになった︒この影轡については︑

当然これを問題としなければならないのであるが︑しかしそれに関する考察は後の機会にゆすること4

それはともかく︑以上によつて︑

こ上で

リカアドウが資本蓄積の雇用に及ぽす影響に関していだいていた根本的な見解を

知ることができるのである︒いまその見解の特徴についていうならば︑それは或る程度の利濶が得られるかぎり︑資

本苦積に対してたんらの制限も存在したい︑そして査本蓄積にともなって雇用はますます増加するというにある︒そ

こで或る程度の利潤茄得られるかどうかゞ問題であるが︑リカアドゥによれば︑

んに依存するのである︒か4る特徴はかれ自身の左の言葉によつて明白に示されている︒すなわち︑

﹁或る特定量の富の生産に雇用された者によつて惹起された消費および需要は︑もしかれらが生産された貨物の全

部を取得し︑そしてこれに対して凱にそれを生産せる労慟を典えるにすぎないとすれば︑それを生産するための十

分た誘因では決してありえたい︒しかしかれらがその八分の七を取り︑そしてかれらの雇主が八分の一を保留し︑

この雇主がこれで再び五人または一

0

人の追加労働者を雇用し︑

古典学者の雇用理論 この労働者が再びその生産する貨物の八分の七を この問題はまった<労賃水準のいか

(21)

( 9 )  

( 8 )  

( 7 )  

( 6 )  

( 5 )  

I bi d . ,  p . 

2 7 3 .

 

t i

I bi d . ,  pp. 

2 7 5

2 7 6 .

眼書下巻――――九—――

1110 頁。

E i d ̀  

p .   2 7 4 .

 

1 ‑

i d . , p . 

1 3 2  

fo ot no te . 

( 4 )  

( 3 )  

I bi d . ,  p . 

2 4 .  

謁書上巻二八頁︒

( 2 )  

︵改造選書︶上巻八六頁︒

1

理論における調和論的な思想を最も素朴に表示せるものであろう︒

この点まで進行しうるであろう︒﹂

( 2 1 )

古典学者の麗用理論 取って︑雇主に翌年追加労働を雇用する能力を奥えると仮定しよう︒競後に耕作された土地が耕作者によつて消費 されるよりもより多くの食物を産出する間は︑か上る蓄積は進行しえたいであろうか︒ーー'最後に耕作された土地

がそうでなくたる時には︑

いかたる制度にもとづいてもすべての蓄積は終りをつげる︒

L

かしもし社会が地主︑農 業者︑必要品の製造業者および労働者のみから成るたらば︑蓄積は︑人口が十分に念速に増大することを唯一の條

リカアドウはこ上で雇主添貨物でもつて獲得した利潤の全部を追加労働者の雇用に用いる場合を仮定している︒こ のようた考え方はあまりに県純であって︑前に述べた彼の資本蓄積論と比べてもはるかに皐純であるが︑しかしその

Da vi d  R ic ar do , 

On 

th e  P r in c i pl e os   f  P ol i t ic a l   E co no my ,  a nd   Taxation, 

1 8 1 7 .  

Ri ca rd o 

̀ 

op. 

cit••

Go nn er

 

̀ 

e di t i on ,   p . 

7 2 .  

堀経夫訳﹁経済原論﹂

I bi d .  

pp.

24 

│ 

2 5 .  

訳書上巻二八ーニ九頁︒

Ibid••

p . 

7 2 ,  

p . 

2 7 2 .

 

(22)

( 2 1 )  

( 2 0 )

  n

id p p.

2

 

7 4

2 7 5 .

l l

nid

p .

2 7 5  

f oo t n ot e .  

I=五頁註゜

L et t e rs   of   Da vi d  Ri ca rd o  t o ': : . Th o m as   Ro be rt   Mal th us . 

1 8 1 0

‑ 1 8 2 3 ,  

E di te d  b y  J am es

Bonar•

 

1 8 8 7 ,  

p . 

1 7 4 .  

, a .  

眠 ‑ 正 車

t

Fウのマルサ

K

えの手紙﹂

﹁農業者や製造業者ば`恰も労働者が労賃なくして生活できないと同様に︑

利潤がなければ生活ができない︒蓄積に対する役等の動機は.利潤の減少する毎に減少するであろう

0さうして`それは︑

かれらの利潤があまりに低くて`かれらの煩労に対し︑およびかれらの査本を生産的に使用するに際し必然的に遭遇しなけ

ればならない危険に対して.適当な報償をかれらに奥えないときには︒まった<停止するであろう︒﹂

( Ri c a rd o ,P r i nc i p le s ,  

a rd o ,

Principles•

p .  

28  0

.訳書下巻I

I b i d . ,   p . 

8 8 .  

課書上巻一0

d . ,

P P ・ 9 8 ‑ 9 1 .

課書上巻︱︱七頁︒

 

I b i d . ,   p .  

2 7 6 .

 

l

=0 頁 ︒ I b i d . ,   p . 

1 4 7 .  

i ' l

Da vi d  R ic ar do ,  N ot es   on a  M lt hu

s 

`••

P ri n c ip l e s  of   Po l i ti c a l  E co no my

Ed it ed wi th   a n  i n t r o d u c t i o 1 ; 1   a nd  n o t es   Ja co b 

H•

Ho ll an de r  a nd

 

T•

E . 

Gregory•

1 9 2 8 ,  

pp. 

1 5 8 ‑ 1 5 9 .  

古典学者の雇用理論

( 1 9 )  

i d . , p .  

7 1 ‑

課書上巻八五頁︒

( 1 8 )  

( 1 7 )  

( 1 5 )   ( 1 6 )

 

1

pp. 

0 0

1 0 1 .

訳書上巻l

( 1 4 )  

賓本蓄積の動機についてリカアドウは口<畜

( 1 3 )

Ibid••

 

p .  

1 7 4 .  

訳書下巻

100

C 1 2 )  

( 1 1 )  

( 1 0 )  

︵岩波文庫︶下巻九九ー

lo

0頁 ︒

by  

(23)

( 3 )

古典学者の種用理論

J V

サ ス の 過 少 消 費 説

マルサスはスミスをもつてはじまる古典学派の正統的た履用理論に対して批判的た態度をとり︑特にリカアドゥの

資本蓄積論の基礎をたしている販路説的見地に反対して︑

その根本的見地についてみるに︑彼は言う︑ いわゆる過少消費説を主張したので有名である︒

マルサスの見解は彼の債値論すたわち支配労働説と関係があるのであるが︑こ上ではたゞちに彼の著書﹁経済学原 理 ﹂

( 1

第七章﹁富の増進の直接原因について﹂のたかに現われている彼の思想について考察することょする︒)

﹁一般に生産物の増大と債値の増大とは手をたすをえて進む︒そしてこれが︑富の増進に最も好都合た︑自然的且

つ健全な事態である︒生産物の分彙の増大は主として生産力に依存し︑そして生産物の債値の増大はその分配に依

存する

0

生産と分配とは富の二大要素である︒﹂

( 2 )

しかしまたマルサスは生産力にもとすいて生産物の分批が増大しうるとしてもこのことはそれ自体において富の増

進を保証するものでたいことを指摘する︒すなわち︑

﹁生産力がいかなる程度に存在しようとも︑それはそれのみでは︑

b

. . . . . .  

その外の何物かが︑

この力を十分に発揮せしめるために︑必要であるやうに思はれる︒そしてこれ

は︑全量の交換債値を絶えす増大する如き`生産物の分配︑

ます

それに比例する程度の富の増進を確保するに足

およびそれを消費せんとする者の欲望へのこの生産物

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