序 文
Human immunodeficiency virus(HIV)感染症 は生体に様々な免疫異常を引き起こすことが知ら れているが,T 細胞系だけでなく,B 細胞系にも異 常が認められる.B 細胞系の異常としては特に,高 ガンマグロブリン血症,高頻度の B 細胞リンパ腫
の発生が注目されている
1)2).
大多数の HIV 感染者は無症候期から高ガンマ グロブリン血症を認める
3).これから HIV 感 染 後,慢性的に B 細胞が活性化されていると考えら れ,その機序としてサイトカインの影響など
4)5)が 考えられているが,正確なメカニズムは分かって いない.最近,高ガンマグロブリン血症の持続が B 細胞リンパ腫の発症率と相関することが示され
HIV 感染者に対する多剤併用療法による 高ガンマグロブリン血症の改善についての検討
1)九州大学大学院感染環境医学(総合診療部),2)医療法人原土井病院臨床研究部
3)国立九州医療センター,4)福岡県保健環境研究所保健科学部ウイルス課
鄭 湧
1)池松 秀之
2)山本 政弘
3)千々和勝己
4)有山 巌
1)李 文
1)林 純
1)白井 洸
2)柏木征三郎
3)(平成 13 年 1 月 29 日受付)
(平成 13 年 3 月 21 日受理)
原 著
HIV 感染者における HIV の増殖と高ガンマグロブリン血症との関連について検討するために,多剤併 用療法前後の高ガンマグロブリン血症の程度の変化について検討した.HIV 感染者にて,未治療群 34 人,多剤併用療法後ウイルス消失群 21 人,及び多剤併用療法後ウイルス残存群 12 人における末梢血中 HIV-RNA 量,ガンマグロブリン分画(%),及び IgM,IgG,IgA,IgE 値を測定した.未治療群とウイ ルス残存群における HIV-RNA 量の平均はそれぞれ 1.6×104copiesml,0.4×104copiesml であった.未 治療群,ウイルス残存群,ウイルス消失群におけるガンマグロブリン分画(%)の平均はそれぞれ 24.4
%,21.8%,17.9% で消失群において有意に低かった(p<0.01).IgG 値は,それぞれ 2,489 mgdl,1,947 mgdl,1,618 mgdl で同様に消失群において有意に低かった(p<0.001).IgA 値は未治療群の一部の患 者において上昇を認め,消失群にて低値となったが群間に有意な差はなかった.IgE 値は未治療群,残存 群の一部の患者にて上昇を認めたが,3 群間に有意な差はなかった.ガンマグロブリン値が未治療群で上 昇しており,ウイルス消失群で改善していることから,HIV の増殖と高ガンマグロブリン血症は密接に 関連すると考えられた.各イソタイプの産生亢進は,それぞれ特有の上昇機序が存在する可能性が示唆 された.
〔感染症誌 75:535〜540,2001〕
要 旨
別刷請求先:(〒813―8588)福岡市東区青葉 6 丁目40―8
原土井病院臨床研究部 鄭 湧
HIV, hypergammaglobulinemia, highly active antiretroviral therapy, B cell activation
Key words:
Table 1 Demographic data and HIV-RNA levels of patients
CD4 + T cells
(/ul)
HIV-RNA levels
(copies/ml)
Gender
(M : F)
Mean age
(years)
Number of patients
252 1.6 × 104
33:1 42
34 Non-Therapy
382 0.5 × 104
20:0 40
20 Asymptomatic
67 5.0 × 104
13:1 46
14 Symptomatic
372 29:4
36 33
After Therapy
252 0.4 × 104
11:1 35
12 Partial response
452
< 4.0 × 102 18:3
36 21
Complete response
ている
6).
HIV 感染後のウイルスの増殖が,高ガンマグロ ブリン血症と関連しているかは分かっていない.
現在,多剤併用療法によって HIV の増殖を長期に 渡って抑えることができるようになった.我々の 施設においても,多剤併用療法有効例が多く見ら れるようになった.今回,HIV 感染者における高 ガンマグロブリン血症の成因について検討するた めに,多剤併用療法前後のガンマグロブリン値の 程度の解析を行った.ここに若干の考察を加えて 報告する.
対象及び方法
1.対象
九州大学医学部総合診療部及び国立病院九州医 療センターを受診した HIV 感染者 59 人を対象と した.患者の平均年齢は 39 歳,男性 55 人,女性 4 人であった.多剤併用療法として,逆転写酵素阻 害剤 2 剤及びプロテアーゼ阻害剤 1 ないし 2 剤が 用いられた.逆転写酵素阻害剤は AZT,3TC,ddI,
ddC,及び d4T の 5 剤から 2 剤が投与された.プ ロテアーゼ阻害剤は NFV,IDV,RTV,SQV,及 び EPV の 5 剤から 1 ないし 2 剤が投与された.
多剤併用療法後,HIV-RNA 量が検出感度(400 copies ml)以下であった患者をウイルス消失群,
検出感度以上であった患者をウイルス残存群とし た.未治療群,ウイルス消失群,及びウイルス残 存群はそれぞれ 34 人,21 人,12 人であった.51 人はいずれか一群のみに属しており,8 人につい ては治療前後の両群について検討された.未治療 群 34 人 は,1993 年 CDC 分 類 に て,無 症 候 群
(stage A)20 人,症候群(stage B,C)14 人に分 類された.
2.方法
多剤併用療法前後における末梢血中 HIV-RNA 量,CD4 陽性細胞数,ガンマグロブリン分画 (%) , 及び IgM,IgG,IgA,IgE 値を測定した.HIV- RNA 量 は Amplicor HIV-1 Monitor Assay(日 本 ロシュ)にて測定された.CD4 陽性細胞数はフ ローサイトメトリーにて測定された.ガンマグロ ブリン分画 (%) ,及び IgM,IgG,IgA,IgE 値は 三菱化学にて測定された.正常上限値は以下の通 りである.ガンマグロブリン分画(%),20.0%;
IgM,230 mg dl;IgG,1,800 mg dl;IgA,400 mg dl;IgE,240 IU ml.
すべての測定値における 2 群間の比較は Ma- nn-Whitney の U 検定,3 群間の比較 は Kruskal- Wallis の検定が使用された.
成 績
1.未治療群及び治療群における末梢血中 HIV- RNA 量,CD4 陽性細胞数
各群における HIV-RNA 量及び CD4 陽性細胞 数の平均値を Table 1 に示す.未治療群における HIV-RNA 量の平均は,1.6×10
4copies ml であっ た.未治療群の中で,無症候群及び症候群ではそ れ ぞ れ,0.5×10
4copies ml,5.0×10
4copies ml となり,症候群では無症候群に対してウイルス量 が有意に高値であった (p<0.05) .未治療群におけ る CD4 陽性細胞数の平均は 252 ul で,無症候群 及び症候群ではそれぞれ,382 ul,67 ul となり,
症候群では無症候群に対して有意に低値であった
(p<0.05) .
多剤併用療法後,ウイルス残存群及びウイルス
消失群における CD4 陽性細胞数の平均はそれぞ
れ 252 ul,452 ul であった.
Table 2 Ig levels of patients before and after antiretroviral therapy
IgE IgA
IgG γ-globulin IgM
% of over the normal upper limit Mean
(IU/ml)
% of over the normal upper limit Mean
(mg/dl)
% of over the normal upper limit Mean
(mg/dl)
% of over the normal upper limit Mean
(mg/dl)
% of over the normal upper limit Mean
(%)
38.7 459
44.1 433
76.5 2,489 41.1
211 61.8
24.4 Non-Therapy
35.3 352
25.0 305
70.0 2,401 40.0
217 55.0
22.8 Asymptomatic
42.9 589
71.4 616
85.7 2,614 42.9
200 71.4
26.6 Symptomatic
33.3 391
15.2 332
36.4 1,749 0.0
131 42.4
19.4 After Therapy
50.0 690
33.3 428
50.0 1,947 0.0
138 58.3
21.8 Partial response
23.8 191
4.8 268
28.6 1,618 0.0
126 33.3
17.9 Complete response
2.未治療群における末梢血中ガンマグロブリ ン分画,IgM,IgG,IgA,IgE 値
未治療無症候群と症候群における各測定値を Fig. 1 に示す.また,各群における測定値の平均値 と正常上限を越えている患者の割合を Table 2 に 示す.ガンマグロブリン分画は,無症候群及び症 候群でそれぞれ 22.8%,26.6% となり,症候群は無 症候群に対して高値であったが,有意な差はな かった.IgM 値は,無症候群及び症候群でそれぞ れ 217 mg dl,200 mg dl となり,有意な差はな かった.IgG 値は,無症候群及び症候群でそれぞれ 2,401 mg dl,2,614 mg dl となり,症候群は無症候 群に対して高値であったが, 有意な差はなかった.
IgA 値は,無症候群及び症候群でそれぞれ 305mg
dl,616 mg dl となり,症候群は無症候群に対し て有意に高値であった(p<0.001) .未治療群 31 人における IgE 値の平均は 459 IU ml であった.
正常上限(240 IU ml)を越えた人数は 12 人で,
未治療群の約 4 割を占めた.さらにこの内の 5 人 は 1,000 IU ml 以上であった.無症候群と症候群 との間に有意な差はなかった.
3.未治療群及び治療群における末梢血中ガン マグロブリン分画,IgM,IgG,IgA,IgE 値の比 較
未治療群及び治療群における各測定値を Fig. 2 に示す.また,治療群における各測定値の平均値 と正常上限を越えている患者の割合を Table 2 に 示す.ウイルス残存群,ウイルス消失群における
Fig. 1 Serum Ig levels in untreated patients. Horizontal dotted lines represent theupper limit level of the normal range in each measurement.
ガンマグロブリン分画の平均はそれぞれ 21.8%,
17.9% となり,ウイルス消失群は未治療群に対し て有意に低値であった (p<0.01) .ウイルス残存群 は未治療群と比べて低値であったがその差は有意 ではなかった.ウイルス残存群,ウイルス消失群 における IgM 値の平均はそれぞれ 138 mg dl,
126 mg dl となり,ウイルス消失群は未治療群に 対して有意に低値であった(p<0.01).ウイルス残 存群は未治療群と比べて低値であったがその差は 有意ではなかった.ウイルス残存群,ウイルス消 失群における IgG 値の平均はそれぞれ 1,947 mg dl,1,618 mg dl となり,ウイルス消失群は未治療 群に対して有意に低値であった (p<0.001) .ウイル ス残存群は未治療群と比べて低値であったが有意 な差はなかった.ウイルス残存群,ウイルス消失 群における IgA 値の平均はそれぞれ 428 mg dl,
268 mg dl となり,両群共に未治療群に対して有 意な差はなかった.ウイルス残存群,ウイルス消 失群 に お け る IgE 値 の 平 均 は そ れ ぞ れ 690 IU ml,191 IU ml となり,未治療群と有意な差はな かった.ウイルス残存群 12 人中,正常上限を越え た人数は 6 人で,全体の 50% を占めた.さらにこ の内の 4 人は 1,000 IU ml 以上であった.ウイル
ス消失群で正常上限を上回ったのは 21 人中 5 人
(23.8%)であった.
考 察
高ガンマグロブリン血症は HIV 感染に伴う免 疫異常の一つとして知られている.今回,未治療 無症候群の 7 割の患者において,IgG 値は正常上 限を越えていた (Table 2) .これは多くの患者にお いて病初期より IgG 値の上昇を認めることを意 味し, これまでの報告と一致していた
3).これに対 して,IgA 値では,無症候期には上昇者は少なく,
症候期において 7 割以上の患者で上昇しており,
その平均は無症候群に対して有意に高値となって いた.この成績は他の報告と一致しており
7),IgA 値は病態の進行との関連が強いと考えられた.こ れから,IgA は IgG とは異なる上昇の機序を有す る可能性が示唆された.
HIV 感染者における血中 IgE 値について,報告 により結果に相違が認められている.大多数の HIV 感染者にて無症候期から高値を示し,病期の 進行に伴い上昇するとの報告がある
3).一方,約 8 割は正常上限以下との報告もある
8).今回, 我々の 成績では,未治療群にて IgE 上昇者は全体の約 4 割であり,その内の約半数が 1,000 IU ml 以上で
Fig. 2 Serum Ig levels in untreated and HAART-received patients. Horizontal dot-ted lines represent the upper limit level of the normal range in each measurement.
あった (Table 2,Fig. 2) .IgE が上昇していた患者 において IgG や IgA は必ずしも上昇しておらず,
IgE 値とガンマグロブリン分画やその他のイソタ イプ値との相関も見い出されなかった事より,
IgE も他のイソタイプとは上昇の機序が異なる可 能性が示唆された.
多剤併用療法後,ウイルス消失群におけるガン マグロブリン分画の平均は,未治療群に対して有 意に低値であった.さらに,ウイルス残存群にお いても,ガンマグロブリン分画は未治療群に対し て低値であった.同様に,IgM や IgG 値も,多剤 併用療法後,ウイルス消失群では未治療群に対し て有意に低値であった.したがって,HIV 感染者 における高ガンマグロブリン血症は,有効な治療 により改善すると考えられ,HIV の増殖と高ガン マグロブリン血症は密接に関連することが示唆さ れた.一方,ウイルス消失群における IgA,IgE 値は未治療群に対し有意に低値とならず,IgG 値 及び IgM 値とは異なる結果となった.この結果か らも,IgA,IgE 値の上昇については,IgG や IgM とは異なる産生亢進の機序を有する可能性が示唆 された.
一般的な免疫応答における B 細胞の抗体産生 では,まず IgM が上昇し,その後サイトカインに よる刺激などによって IgG や IgA,IgE にクラス スイッチが起こると考えられている.今回の検討 では,IgM 値は未治療群に対してウイルス消失群 で有意に低値であったことから,HIV 感染者で は,B 細胞での免疫グロブリンの産生が慢性的に 亢進していると考えられた.血中レベル上昇の機 序がそれぞれのイソタイプにおいて異なる可能性 も示唆されることから,HIV 感染者では,B 細胞 の抗体産生において,一般的な免疫応答における 制御機構が乱されていると考えられた.この機序 については,サイトカインの影響
4)5)などが言われ ているが, 確定的なメカニズムは示されていない.
IgE 値については,他のイソタイプと異なる機序 が存在する可能性が指摘されており
3)9),その作用 機序の解明が進められている
10).
最近,高ガンマグロブリン血症の持続が B 細胞 リンパ腫の発症率と相関することが報告されてい
る
6).また,AIDS リンパ腫と B 細胞の clonal ex- pansion との関連についても報告されている
11). 多剤併用療法による HIV の増殖の抑制と高ガン マグロブリン血症の改善は,B 細胞リンパ腫の発 症を減少させる可能性があり,ウイルスの消失が 得られなくても,多剤併用療法を継続する意義は 高いと思われた.
謝辞:統計解析について御教示頂きました九州大学医 学部附属病院医療情報部の絹川直子氏に深謝いたします.
この研究は医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構の 援助を受けた(ID 96―1).
文 献
1)Line HC, Masur H, Edgar LC, Whalen G, Rook AH, Fauci AS:Abnormalities of B-cell activation and immunoregulation in patients with the Ac- quired immunodeficiency syndrome . N Engl J Med 1983;309:453―8.
2)Ng VL, McGrath MS:The immunology of AIDS- associated lymphomas . Immunol Rev 1998 ; 162:293―8.
3)Israel-Biet D, Labrousse F, Tourani JM, Sors H, Andrieu JM, Even P:Elevation of IgE in HIV- infected subjects:A marker of poor prognosis. J Allergy Clin Immunol 1992;89:68―75.
4)Emilie D, Fior R, Llorente L, Marfaing-Koka A, Peuchmaur M , Devergne O , et al .: Cytokines from lymphoid organs of HIV-infected patients:
Production and role in the immune disequilibrium of the disease and in the development of B lym- phomas. Immunol Rev 1994;140:5―34.
5)Fakoya A, Matear PM, Filley E, Rook GA, Stan- ford J, Gilson RJ,et al.:HIV infection alters the production of both type 1 and 2 cytokines but does not induce a polarized type 1 or 2 state . AIDS 1997;11:1445―52.
6)Grulich AE, Wan X, Law MG, Milliken ST, Lewis CR, Garsia RJ,et al.:B-cell stimulation and pro- longed immune deficiency are risk factors for non-Hodgkin s lymphoma in people with AIDS.
AIDS 2000;14:133―140.
7)Pahwa SG, Quilop MTJ , Lange M , Pahwa RN , Grieco MH:Defective B-lymphocyte function in homosexual men in relation to the acquired im- munodeficiency syndrome . Ann Intern Med 1984;101:757―63.
8)Rancinan C, Morlat P, Chene G, Guez S, Baquey A, Beylot J,et al.:IgE serum level:A prognos- tic marker for AIDS in HIV-infected adults? J Al-
lergy Clin Immunol 1998;102:329―30.
9)Wright DN, Nelson RP, Ledford DK, Fernandez- Caldas E, Trudeau WL, Lockey RF:Serum IgE and human immunodeficiency virus(HIV)infec- tion. J Allergy Clin Immunol 1990;85:445―52.
10)Patella V, Florio G, Petraroli A, Marone G:HIV-1 gp120 induces IL-4 and IL-13 release from human FceRI cells through interaction with the VH3 re-
gion of IgE. J Immunol 2000;164:589―95.
11)Ikematsu H, Cerutti A, Zan H, Knowles DM, Ike- matsu W, Casali P:Ongoing hypermutation in the Ig V(D)J gene segments and c-mycproto- oncogene of an AIDS lymphoma segregates with neoplastic B cells at different sites:implications for clonal evolution. Human Immunol 2000;61:
1242―53.
Effect of Highly Active Antiretroviral Therapy(HAART)on Hypergammaglobulinemia in HIV Infected Patients
Yong CHONG
1), Hideyuki IKEMATSU
2), Masahiro YAMAMOTO
3), Katsumi CHIJIWA
4), Iwao ARIYAMA
1), Wen LI
1), Jun HAYASHI
1), Takeshi SHIRAI
2)& Seizaburo KASHIWAGI
3)1)Department of Environmental Medicine and Infectious Diseases, Internal Medicine, Medicine and Surgery, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University
2)Department of Clinical Research, Hara-Doi Hospital
3)National Kyushu Medical Center
4)Virology Division, Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences