Bulletin of Faculty of Liberal Arts, Nagasaki University Natural Science Vol. 7
九州北東部の古第三系にみられる斜層理
高橋清
(昭和41年9月13日受理)
Diagonal bedding of Paleogene sediments in northeastern Kyushu
Kiyoshi TAKAHASHI
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Abstract
The author has studied some diagonal beddings of the Paleogene sediments distribut- ing at Tsuyazaki and in the Wakamatsu-Ashiya area of northeastern Kyushu.
The orientation of the diagonal bedding has been measured mainly on the strata of the planar type. The transport directions estimated from the diagonal beddings in
the A Member of the IInd Sub formation show the influence from the eastern or
northeastern upheaval zone which consists of mostly the Shimonoseki Subgroup,
rhyolitic or quartz-andesitic clastic rocks etc. The diagonal beddings of the B Member of the IInd Sub formation, the IIIrd Sub formation, and the B Member of the IVth Sub formation indicate the transport direction of clastics from the southwestern upheaval zone.
In the Wakamatsu-Ashiya area, the diagonal beddings of massive sandstones (nos. 2, 4. and 8) show diverse directions of water current. The transport direction of sedi- ments decided from the diagonal beddings of the Waita Formation (nos. 5, 6, and 7) is southeast. This direction is not different in east and west sides of the syncline axis.
1.まえがき
さきに,筆者(1966)は遠賀沈降について述べた。遠賀層およびその相当層は海退期に形 成された地層ではなく,新しく芦屋海進によって形成される堆積盆地えの前駆的な沈降を示す
本研究は日本地質学会,日本岩石鉱物鉱床学会,日本鉱山地質学会,日本鉱物学会連合学術大会(1966 年10月7日‑9日,金沢大学)において講演。
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高橋fiJ'地層であり,遠賀層から新しい堆積輪廻が始まると考えられる。九州北東部地域の遠賀層およ びその相当層が堆積した地域は現在の海岸線附近に点在しており,その堆積盆地の周縁の形は 可成り轡曲しているようであり,堆積時の水の動き,すなわち堆積物の運搬方向が判明すれ ば,古地理を解明するのに手助けになり,さらに,地史的解釈をなす場合,より適格な解釈を なすことが出来ると思う。
この報告では福岡県宗像郡津屋崎町の海岸に露出する古第三紀津屋崎層(遠賀相当層)およ び北九州市若松区およびその以西,福岡県遠賀郡芦屋町にかけて露出する芦屋層群および一部 遠賀層の斜層理を取扱ったO筆者は斜層理の観察・測定に関しては,まだごく限られた地域の ものしか当っておらず,したがって,長浜(1965)が示した斜層理の定義および分類に一応従 って作業を進めた。この報告で取扱った斜層理の測定数は非常に少なく統計的処理による判断 は出来ないが,個々の測定結果を述べ,それにもとずいて解釈し,判明したことについて説明 する。
この研究について卸助言および卸便宜を計って下さった九州工業大学開発土木工学教室村田 茂雄教授,日本炭砿株式会社高松鉱業所企画課長岡部実氏,原泰治氏,同石炭科学研究所坂本
陸泰氏に深く感謝しますOとくに原氏は野外調査に同行,便宜を計って下さったO
2.測定方法
斜層理は一般に紐礫々岩(granule conglomerate)から細粒砂岩(fine sandstone)に至 る問の粒度の岩石によく発達しており,長浜(1965)によれば,斜層理は平面型,谷型および 峯型の3つの基本型に分けられているOこれらの型のうち,とくに今回多く観空'/,'測定出来た のは平面型であり,その他若干の谷型, 1の峯型9 (または谷型と谷型77,:横に並列したも の,第2図版1, 2図参照)を観察出来た。しかしこれらについては1断面の露頭においては 立体的に観察し解析することが困難なものもあり,谷型斜層理では,水流方向は,軸の方向が 求められない限り,推定の城を脱することは出来ず,その中の礫の排列の仕方,基底部と下位 の層理との問の関係および平面型斜層理より測定された方向を加味して,その水流方向を推定 するにすぎない(第1図版1図参照) O平面型斜層理は上下が一般の層理面で切られ,その間 に斜層理面が一定方向に傾斜している.このような斜層理をもつ単層をそれぞれ単層ごとに測 定したO測定値の正確を期するため出来る限り斜層理の明瞭なものを選んだが,しかし,あま
り明瞭でないものも,測定数が少いので測定せざるを得なかった場合もある。
斜層理の走向・傾斜は,同一層準の数ヶ所の測定の値の平均値をもってすればよりよいであ らうが,必ずしも算術平均値にもとずいてなされていない。
一般に地層が水平またはそれに近く堆積したとき斜層理の方向は,その地点における水の流 れる方向を示し,したがって,その傾斜方向は堆積物の運搬方向を示すと解釈される。したが って,地層の一般の走向・傾斜を堆積時の状態,すなわち,水平に復元してその時の斜層理の
九州北東部の古第三系にみられる斜層理 35
走向・傾斜を求め,水流の方向を決定した。これにはウルフのネットを用いて走向・傾斜を求 めた。瀕度図表などで示すためには,ウルフのネット上で求められる点を傾斜方向を逆の方向 に向けて求められる点の位置に置き換えると便利な場合もあるが,こゝではそのような操作は
しなかった。
3.津屋崎層にみられる 斜層埋
福岡県宗像郎津屋崎町海岸に 平尾花尚閃緑岩,北崎花尚閃緑 岩を不整合に非海成層である津 屋崎層が分布している。その上 位に海成層である山鹿相当層が 整合関係で累重する。
砂岩の発達の著しいのは岡田
・小畠(1964)の第I亜層で, この砂岩には斜層理の発達が著 しい。第1亜層のA部層(25‑
47m)でを手,その基底部をなす 含小‑細礫砂岩には著LL・谷型 斜層理の発達が観察される(第 1図版1図) 。砂岩の一般走向
・傾斜はN70‑E 30つSである.
写真からも明らかなように,戟 察される断面から,谷型の向っ て左の下底は下位の地層を若干 侵蝕した形跡を残しており,向 って右側は礫の排列などから下 位の地層えの侵蝕の跡を示さず 普通の成層に移り変っている。
このような事実と下記の平面型 斜層理の方向を加味して判断す れば,写真の向ってほゞ左から 右の方に水の流れがあったであ ろうと予測される。この砂岩は
第1図福岡県宗像郡津屋崎町海岸に分布する古舞三系の斜膚理よ り求められた水流方向(矢印)
DA:第q亜層A部層 正B:第正亜層B部層 IVB:第I†亜層B部層
数字は露頭において観察した斜層理の番号を示す。
(地質図は岡田・小畠1964にもとずく)
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N65‑E40CSの別の砂岩の面によって模型に斜交している (第1図版2図)oA部層で観察・測定した最も下位の層準の 平面型斜層理(No.5)は20‑zbcmの砂岩にみられるもので, 一般走向・傾斜はN64JE30ウSで,斜層理はN74‑E40‑Sで ある(第1図版3図)o層理面をODにした時の斜層理はN74‑W 12‑Sとなり,第1図にN0.5で示す矢印の方向,すなわち, S16‑Wの水流方向を示すN0.7では含礫中粒砂岩に斜層理 がみられる(第1図版4図)。一般走向・傾斜はN65‑E44‑S であり,斜層理はN85‑E52‑Sを示す。堆積時に復元すると 斜層理はN47‑W17‑SWとなり,水流方向はS43‑Wの方向 となる。N0.5の場合よりも西に振れることとなる。さらにこ れより上位のNo.IOC第1図版5図)では下位に小磯CpebbleJ を含む租粒砂岩(小磯は斜層理面に沿って排列している)と上 位にあまり顕著でない斜層理を示す粗粒砂岩とが重なり,一般 走向・傾斜はN70つE45つSを示す。下位の粗粒砂岩中に発達 している斜層理はN85‑E46‑Sを示し,堆積時に復元すると 斜層理はN20‑Wll‑SWを示し,水流方向はS70‑Wの方向 を示す。上位の粗粒砂岩にみられる斜層理はN65‑W48‑Sを 示し,堆積時の斜層理はNIO‑W33‑Wを求めることが出来 る。したがって,水流方向はS80‑Wの方向となり,層準が上 位になるにしたがって南より西の方向に方向を変えていること が分る。これは第1図に示す矢印の方向と番号により容易に理 解される。水流の方向がNE‑‑SW方向であり,柏崎および その南に基盤岩である花簡閃緑岩類が露出しており,これより 西には隆起部の存在が予想されるのであるが,この隆起部から の影響は若干あるかも知れないが,あまり大きい影響はなかっ たようである。A部層では段々上位になるにつれて水流方向が 西に偏するのは,これら古第三系が露出している東側に古第三 系とは断層関係で北崎花翻閃緑岩の露出がみられ,むしろ東側 の隆起部よりの影響が大きいものと解釈される。しかし,津屋 崎層中には基盤の花樹閃緑岩が礫としてほとんど認められず, 古期火山岩に由来するものがきわめて優勢であるから,隆起部 は主に下関亜層群などより構成されていると考えられ,花尚閃 緑岩の露il1
111地域は比較的狭かったものと思われるO
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第I亜層B部層では第2図から分るように,斜層理の方向が変る。第2図では礫岩部を挟む 含礫粗粒砂岩中に斜層理がみられ,斜層理が互に斜交して重なっている部分もあるNo. 13の 細礫を含む粗粒砂岩では,一般走向・傾斜はN65‑E 50‑Sで斜層理はN25‑E 58oSEを示 し,復元後の斜層理はN24oW 33‑NEとなり,水流方向はN66‑Eの方向となる。これは No. 10の場合と全く逆の方向となる。この場合には西側の隆起部の影響を強く受けるように 隆起部の状態が変化したと解釈するのが妥当であろう。しかし,この場合も花商閃緑岩からの 物質の供給はあまりなかったようである。
恋の浦の浜の中間に露出する地層は第Ⅲ 亜層(No.14)に属すると考えられるが,
こゝで観察されるものは一般走向・傾斜は NIO‑W 20oE,斜層理N15‑W 22‑Eを示 し,復元後の斜層理はN50‑W 2‑NEとな る。したがって水流方向はN30‑Eの方向 であることが分る。これも前記A部層での 場合とは逆方向, B部層の場合とは類似し た方向となる。
No. 15は算Ⅳ亜層B部層にみられるもの で,谷型が2つ並んだもので,中間は峯型 を呈する。しかし,これだけでは適確に水 流方向を決定するのは困難である(第2図 版1, 2図)。 No.16は第2図版3図に
第3図津屋崎層における斜層理の投影
×印復元前数字は第1図の数字に‑致す
●印復元後る。
みられるように細疎を含む粗粒砂岩または細礫々岩に斜層理がみられ,斜層理の測定は出来な かったが,その大体の走向・傾斜からSWからNEの方向の水流が予測されうる。山鹿相当 層は純海成層であるが,斜層理は観察されなかった。
4.北九州若松‑芦屋地区の古第三系にみられる斜層理
口炭高松鉱業所の北方の梅ノ木において,遠賀層七尺炭層の下の塊状中粒砂岩(No. 1)に 小規模な谷型斜層理が観察された(第2版図4図) 。水流方向は決定されない。
正津ケ浜に露出する遠賀層七尺炭層の下20‑30mの塊状砂岩(No. 2;第2図版5図)では数 段にわたり斜層理が観察され,そのそれぞれの走向・傾斜を測定し,ウルフのネットで復元後の 斜層理の走向・傾斜を求めてみると, N36。W 5‑NE, N32‑E IOOSE, N7。E 10‑W, N52‑W 10‑SWであり,方向に‑定性はないようである。水流方向はN54‑E,S58。E, N83oW, S38‑W となり・塊状砂岩の層準,位置によって方向はまちまちであり,一定の方向性は示さない。こ のような塊状砂岩ですべてこのようであるなら大変興味深いことである。これは後述するよう
高橋清
第4図若松区‑芦屋地区の古第三紀芦屋層群および遠賀層の斜層 理より求められた水流方向(矢印) 0
×印観察・測定地点;数字は観察・測定地点番号 1. 2:遠賀層上部
3, 4:坂水層 5‑8:脇田層
に,この地区での塊状砂岩に はこのように一定の方向性を もたない傾向があるようであ る。
白岩の三角点(No. 3)の 白色砂岩に斜層理がみられる (第2図版6図) 。白色砂岩 は坂水層に属し,一般走向・
傾斜はNIOウW 30‑E,斜層理 はN34‑E18oSである。堆 積時え復元すると斜層理は N48‑W 21‑SWとなり,水流 方向はS42oWの方向とな る。これは厚い砂岩層中にみ られる斜層理であるが,これ が上記の一定の方向性をもた ない場合の1つの方向である かどうかは,この場合は不明 である。
岩屋の遠見鼻の燈台下に露 出する坂水屑の厚い細粒砂岩
層(No. 4‑4′′′)にみられ
る谷型斜層理(第3図版2図 谷型斜層理の一部) ,複合斜層理,平面型(?)斜層理(第3図版3図)などより測定された 結果は一定の方向性を示さないようであるN83‑W 24‑N, N72‑W 18‑N, N31‑E 5‑SEな どであり,前2者はいずれも北の方向に向きl類似した方向を示すO
江川小学校近くの露頭(No. 5)では,脇田層下部が露出し,一般走向・傾斜はN45‑W 22‑E で,斜層理はN20‑W 30つEである(第3図版1図)。堆積時に復元してみるとN23oE 14‑SE がウルフのネットより求められる。したがって水流はS67‑Eの方向を示す。
向斜軸の西側で,第一頓田・第二頓田貯水池の間に露出し,脇田層の基底(上石三尺炭層 の上)より約400m上位の細礫々岩,細粒砂岩,頁岩よりなる地層(No. 6)にみられる一般走向
・傾斜はN40‑W 21。Eで,斜層理はNS 30‑Eであり,堆積時の斜層理はN44。E 19‑SEが求 められる。したがって水流方向はS46oEで,上記のS67‑Eと大体類似した方向である。また 向斜軸の東側の砂岩,貢岩(No. 7)では一般走向・傾斜NIO‑E 41‑W,斜層理N20‑W 28。SW
九州北東部の古第三系にみられる斜層理
であり,求める斜層理はN50‑E 21‑SEと なる。したがって水流方向はS40‑Eとな る。これは上記のNo.5, N0.6のものと 類似した方向である。
この地区の芦屋層群は東側で,現在中生 層などの古期岩類と断層によって接してい る。この断層は筑豊炭田の古第三系が堆積 中すでに存在し,堆積物が累重するにつれ て断層の西側が沈降したと云う考えもある が,しかし,今回の調査結果からは何らこの 考えを支持する資料は得られず,脇田層に みられる水流の方向から得られた資料はむ しろこの考えを否定するような資料である かも知れない。もっと測定数を増して検討 すれば興味ある結果が得られるであろう。
脇田の八幡岬には脇田層上部の塊状砂岩
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〜
第5図芦屋層群および遠賀層における斜層理の投影
×印復元前数字は第4図の数字と一致
●印復元後する。
(No. 8‑8′′′)が露出している(第3図版4, 5 図) 。この砂岩に若干の斜層理がみられるが,上記の例にもれず,水流方向は一定していな い。 2‑3の測定例を挙げると,一般走向・傾斜N30‑E 25‑NW,斜層理N70‑E 37‑N,復元 後の斜層理N72‑W 23。NE;,一般走向・傾斜N20‑E 42‑W,斜層理N35‑E 25‑W,復元後 の斜層理NS 19‑E;一般走向・傾斜N23‑E 31‑NW,斜層理N4‑W 30‑W,復元後の斜層 理N73‑W 14‑Sなどである。
若松‑芦屋地区の観察結果を要約すれば,遠賀層は上部の七尺炭層下の塊状砂岩のみ観察 した。この塊状砂岩では水流方向は一定しない。山鹿層には斜層理が観察されなかった。坂水 屑では水流方向の傾向は決定出来なかったが,岩屋地区での厚い砂岩では水流の一定な方向性 は求められなかった。脇田層においては3地点においてS67‑EからS40oEの問の水流方向 を示し,規則性の存在を認めることが出来る。しかし脇田層上部の塊状砂岩ではやはり水流の 方向性は一定しない。
40 高橋清 文献
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第工図版
第工図版説明
(‑ンマ‑の長さ約33cm)
1)津屋崎層第∬亜層A部層,谷型斜層理.曽根ノ鼻北西海岸.
2)津屋崎層第Ⅱ亜層A部層,撰状斜層理.棋状斜層理を示す砂岩は1図にみられる砂岩と同一層.
曽根ノ鼻北西海岸.
3)津屋崎層第1[亜層A部層(No. 5). 20‑25cmの厚さの砂岩に平面型斜層理が発達.曽根ノ鼻 北西海岸.
4)津屋崎層第涯亜層A部層(No. 7).平面型斜層理.曽根ノ鼻北西海岸.
5)津屋崎層第Ⅲ亜層A部層(No. 10, 10′).一般層理面の上下の砂岩に平面型斜層理の発達がみら れる.曽根ノ鼻北西海岸.
6)津屋崎層第Ⅲ亜層A部層.撰状斜層理.恋ノ浦海岸.
簾I図版(高橋)
第Ⅱ図版
第Ⅱ図版説明
(ハンマーの長さ約33cm)
1)津屋崎層第IY亜層B部層(No. 15).谷型斜層理が横に2つ並んで発達.
2) 1図の右につらなるもの.谷型斜層理の1つを示す.
3)津屋崎層第IY亜層B部層(No. 16).細礫々岩に平面型斜層理が発達.
4)遠賀層七尺炭層下の塊状砂岩に発達する谷型斜層理.白炭高松鉱業所北方梅ノ木(No. 1) 5)遠賀層七尺炭層の下20‑30mの塊状砂岩に発達する斜層理.正津ケ浜(No. 2).
6)坂水層白色砂岩に発達する平面型斜層乱経年田西方海岸,白岩の三角点(No. 3).
第Ⅲ図版(高橋)
第Ⅱ図版
第Ⅱ図版説明
(ハンマーの長さ約33cm)
1)脇田層の平面型斜層理.江川小学校の西(No. 5).
2)坂水層の砂岩に発達する谷型斜層理の一部.岩屋の燈台より西側(No. 4).
3)坂水層の砂岩に発達する平面型(?)斜層理.岩屋の燈台より西側(No. 4) 4)脇田層上部の塊状砂岩に発達する斜層理.脇田海岸八幡岬(No. 8).
5)脇田層上部の塊状砂岩に発達する斜層理.脇田海岸八幡岬(No. 8).
第Ⅲ図版(高橋)
郡上.
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