都市内緑地における落葉広葉樹の樹液流速
とその環境要素への依存性
桐越仁美*
, †・中野智子**
*首都大学東京大学院都市環境科学研究科 **中央大学経済学部
Sap flow velocity of deciduous broad-leaved trees in urban area and its dependence
on environmental factors
Hitomi KIRIKOSHI*, †
, and Tomoko NAKANO**
*Graduate school of urban environmental sciences, Tokyo Metropolitan University, Tokyo, 192-0397, Japan **Faculty of economics, Chuo University, Tokyo, 192-0393, Japan
Abstract
To examine the dependence of sap flow velocity (SFV) on the environmental variables in an urban wooded area, diurnal and seasonal variations in SFV of deciduous broad-leaved trees (Quercus acutissima Carruthers) and meteorological and soil parameters were measured from April to November 2009 in Mi-nami-osawa campus, Tokyo metropolitan university. The SFV values were determined by a Granier method. On a sunny day, SFV increased rapidly in the morning and decreased rapidly in the evening, but it was rela-tively stable at midday. On cloudy and rainy days, the SFV values followed the changes in global solar ra-diation and vapor pressure deficit. The result of lag correlation analysis for all of the study period indicated that the diurnal variation in SFV was highly related to solar radiation with a time lag of 1-2 h and moder-ately related to vapor pressure deficit and air temperature without a time lag. Seasonally, the daily values of SFV fluctuated sharply depending on the weather conditions. SFV on sunny days increased during April and May, and reached its maximum value in June, and decreased rapidly in November. The seasonal varia-tion in SFV was strongly affected by daily solar radiavaria-tion and daily vapor pressure deficit, and the relavaria-tion- relation-ship between SFV and solar radiation were well expressed by a rectangular hyperbolic function. But data of April and May indicated a significantly low value relative to other months. These results suggest that sea-sonal change in the SFV may depend on not only meteorological parameters but also the phenological stage of the tree. The SFV residuals of the solar radiation model did not show strong correlation with vapor pres-sure deficit, air temperature, wind speed, or soil water content. The daily values of SFV depended on the meteorological parameters especially on cloudy days and rainy days. In addition, it was shown that SFV without data of vegetative stage and exfoliation stage clearly depends on meteorological parameters.
Key words: Diurnal variation, Granier method, Sap flow velocity, Seasonal variation, Urban wooded
area. キーワード:季節変化,Granier 法,樹液流速,都市内緑地,日変化
1.はじめに
日本の国土の約70%を占める森林は水源涵養,国 土保全といった公益的機能を有しており,特に水源 涵養機能についてはその重要性は高く,社会的にも 注目されている。一方で森林はその生長のために水 を蒸散という形で消費し,水源涵養機能に対して負 の機能を併せ持つ(飯田ら,2006)。また,佐藤ら (2005)は樹木の蒸散は樹木周辺の温熱環境に気温低 減効果をもたらすことを実測から明らかにしている。 このように植物の蒸散は大気,植物,土壌間の水循 環を担うだけでなく熱交換に対しても重要な役割を もっており,蒸散の過程を定量的に理解することは 2010 年 12 月 21 日 受付,2011 月 8 月 25 日 受理重要であると考えられる。 樹木の蒸散過程は葉の表面と外気との水蒸気圧勾 配にかかわる環境要因の影響を受ける。一般的に空 気の乾燥,温度の上昇,強い光は蒸散速度を増加さ せることが知られている(Larcher, 2003)。こういっ た蒸散速度の変化は植物の葉の裏面に多くみられる 気孔の開閉によって引き起こされる。気孔の開き具 合を表す気孔コンダクタンスは,CO2濃度,大気飽 差の変化に反応して増減すると考えられており,光 合成と蒸散という二つの作用を制限する要因となる ことが小杉ら(1994)によって報告されている。 葉の外部環境である風は,葉の表面付近にある 湿った空気の層を取り除くため蒸散速度を増加させ る。しかし,密生した植物群落や樹冠が密集してい る状態では空気の流れがなくなり,湿度も高くなる た め 境 界 層 抵 抗 が 増 大 し 蒸 散 は 弱 ま る (Larcher, 2003)。また,蒸散は土壌中の水分にも大きく依存す る。Kosugi et al. (1997)や上田・吉川(1994)は,降雨 がなく土壌が乾燥した場合に,植物はそれを感知し て蒸散を抑制するようになると報告している。 植物の蒸散に関する研究はGranier et al. (1996), Kume et al. (2008) に よ る 熱 帯 林 の 研 究 , 梶 谷 ら (2005),Komatsu et al. (2007)による針葉樹林の研究, Wang et al. (2004),田中ら(2008)による乾燥地の研 究など,様々な地域でおこなわれている。しかしな がら,都市内によくみられる開けた林地での蒸散に ついての研究は数少ない。都市内で行われた研究の ひとつである梅田ら(2006)の研究も夏季晴天日の蒸 散量に注目しており,季節変化や気象要素の変化に 対する樹木の応答には触れていない。 そこで本研究では,都市内の緑地に生育している 落葉広葉樹に注目し,樹液流速の日変化・季節変化 の傾向,および環境要素と樹液流速との関係を明ら かにすることを目的として,観測を実施した。
2.観測方法
2.1 期間・場所 首都大学東京南大沢キャンパス内の造成された緑 地内に生育しているクヌギ(Quercus acutissima Car-ruthers)の木を対象とする。観測地は北緯 35°37′,東 経139°23′,標高 126 m に位置している。対象とする クヌギの樹木は地下部では 1 本であるが,地上で 2 本に分かれており,それぞれTree A,Tree B とした。 Tree A の樹高は 13.0 m,Tree B の樹高は 11.0 m で あった。樹冠の上部を構成しているのはTree A であ り,その下部にTree B の樹冠が広がっていた。Tree A の胸高直径は 22.5 cm,Tree B の胸高直径は 14.5 cm であった。また,樹液流速の測定高度はいずれも 1.5 m,測定高度における辺材幅はそれぞれ 45 mm, 25 mm であった。 測定は2009 年 4 月 23 日から 11 月 30 日の 7 ヶ月 間おこなった。4 月 23 日は樹木が葉を出し始めた時 期であり,11 月 30 日にはほとんどすべての葉が落 葉していた。 2.2 測定項目と測定方法 2.2.1 樹液流速の測定 樹液流速は樹冠での蒸散の大きさに強く連動する ため,蒸散速度の短期的な変動を反映する(Larcher, 2003)。広葉樹の蒸散は,根系から吸水された水分が 樹液流として導管を通って葉に達し,気孔から蒸発 する一連のプロセスから成る。よって本研究では樹 木の蒸散の指標として樹液流速を用いる。樹液流速 は4 月 23 日にサップフローセンサー(TDP50, Dyna-max, Inc.)を対象木の地上高 1.5 m の位置に取り付け, 11 月 30 日まで 30 分間隔でデータロガー(CR1000, Campbell Scientific, Inc.)に自動記録した。樹液流速の測定は幹へ垂直に挿入した 2 本の温度センサーのう ち,上部のセンサーに内蔵されているヒーターで微 量の熱を常時与え,2 本のセンサー間の温度差から 樹液流速を測定する Granier 法を用いた。ヒーター から与えられる熱は微量なので樹木へ与えるダメー ジは小さい。 樹液流速 u は次式を用いて算出する(Lu et al., 2004;梅田ら,2006;Steppe et al., 2010)。
(
)
(
)
1231 0 4 10 19 1. T T T . u= × − ×Δ
−Δ
Δ
ここでu は樹液流速[cm3 cm-2 h-1],ΔT 0はu=0 に おけるセンサー間の温度差[℃],ΔT はセンサー間の 温度差[℃]である。この式はおがくずから作成した 人工的な樹幹のほかに,ヨーロッパナラ(Quercus robur),ヨーロッパグリ(Castanea sativa),サクラ属 の樹木(Prunus malus)で成り立つことが実験的に証明 されている(Granier et al., 1996)。しかし,上式で求 める樹液流速 u はΔT0の定義によって大きく異なる。 飯田ら(2003)は,このΔT0の決定方法について, Granier 法センサー間温度差の日最大値(ΔTMAX)を基 準とした3 つのΔT0の決定法(①全解析対象期間にお ける最大ΔTMAXをΔT0とする,②ΔTMAXがΔT0である とする(すなわち u=0 となる温度差が毎日変わると 仮定する),③10 日間以上の期間でΔTMAXに対して線 形回帰を行い,ΔT0を内挿する)を設定して検討して いる。この結果,ΔTMAXに長期トレンドがみられる 場合は,ΔT0の値としてΔTMAXを用いることでそのト レンドが取り除けるということが明らかとなってい る。本研究ではTree A と Tree B のΔTMAXは9 月まで は徐々に増加し,その後徐々に減少するという長期的な傾向がみられた。そのため,ΔTMAXをΔT0の値と して用い,樹液流速の算出をおこなった。ΔTMAXは Tree A と Tree B についてそれぞれの値を用いた。 本研究では樹液流速の測定にセンサー長 50 mm のTDP50 を用いたが,通水器官の存在する辺材の幅 がTree A は 45 mm,Tree B は 25 mm とセンサーよ りも小さく,計測された樹液流速が過小評価されて いる可能性がある(Clearwater et al., 1999)。そのため, Du et al. (2011)と同様に,全データの値を観測期間 中に得られた最大樹液流速値で除すことで相対樹液 流速を算出し,解析に用いた。また,本研究で用い たサップフローセンサー(TDP50)は,夜明け前に樹 液流速が数時間停止する間にヒーターの熱がリファ レンスセンサーに伝わることが懸念される。ヒー ターの熱がリファレンスセンサーに伝わった場合, ΔTMAXおよび樹液流速が過小評価される可能性があ ることが指摘されている(Clearwater et al., 1999;Lu et al., 2004;Iida and Tanaka, 2010)。TDP50 のリファ レンスセンサーへの熱の伝導が生じた場合,4:00 から6:00 頃にかけてセンサー間の温度差が 0.02~ 0.1℃低くなる現象がみられる(Iida and Tanaka, 2010)。 本研究では,4:00 から 6:00 の間にセンサー間の 温度差の 0.01~0.2℃の増加はみられたが,低下はみ られなかったため,測定されたΔT は過小評価されて いないと判断した。 2.2.2 環境要素の測定 環境要素として気温,相対湿度,風速,全天日射 量,降水量を対象木から30 m 離れた気象観測タワー で,また土壌水分を対象木の根元で測定した。気象 観測タワーでは地上高 1.5 m において気温と相対湿 度を強制通風筒の中に設置した温湿度センサー(MH-011PS,英弘精機)を用いて測定した。解析の際は相 対湿度から飽差を算出して用いた。地上高14.5 m で はプロペラ式風向風速計(MA-110, 英弘精機)を用い て風速を測定した。また,地上高14 m では全天日射 計(MS-802,英弘精機)を用いて全天日射量を測定し た。佐藤ら(2005)は, 日の当たる南向きの枝では蒸 散速度は全天日射に,日の当たらない北向きの枝で は拡散日射に追随していると報告している。本研究 で観測の対象としたクヌギは樹冠が他のものに日射 を遮蔽されることなく,日に当たっている枝が多い ため,日射量として全天日射量を用いた。降水量は 3 月 27 日から転倒ます型雨量計(RA-1, 大田計器製 作所)を用いて測定し,データロガー(Rainfall Ob-server RF-3, T&D)に 10 分間隔で自動記録した。土壌 水分は4 月 15 日に土壌水分センサー(EC-TM, Deca-gon Devices, Inc.)を対象木の根元に設置し,データロ ガー(Em50, Decagon Devices, Inc.)に 10 分間隔で自動
記録した。土壌水分センサーは 2 地点に設置し,そ れぞれ5 cm 深,10 cm 深の土壌水分を測定した。な お,本研究では土壌水分として体積含水率を用いた。
3.結果および考察
3.1 樹液流速の日変化 3.1.1 天候別の日変化の特徴 樹液流速の日変化は天候によって異なっていたた め,ここでは天候別に結果を述べる。観測期間中, 日降水量が 0.5 mm 以上であった日を雨天日とし, それ以外の日について日積算全天日射量が大気上端 における日射量の 60%以上の日を晴天日,60%未満 の日を曇天日とした。観測期間中の全日数 221 日の うち,晴天日,曇天日,雨天日はそれぞれ45 日,97 日,79 日であった。 晴天日を代表する日として,2009 年 8 月 16 日の 樹液流速と全天日射量,飽差の日変化をFig. 1a に示 す。樹液流速は 6:00 に全天日射量が増加するのとFig. 1. Diurnal changes in relative sap flow velocity,
solar radiation and vapor pressure deficit. (a) fine day (August 16), (b) cloudy day (July 20), and (c) rainy day (August 10). Precipitation is also shown in (c).
ほぼ同時に増加し始めた。その後,全天日射量は 12:00 に最大値に達するが,相対樹液流速はこれに 遅れてTree A では 13:30 に最大値 0.98,Tree B で は 12:30 に最大値 1.00 に達した。その後,18:00 頃の全天日射量の減少に伴い,樹液流速は急速に減 少した。しかし,Tree A では 10:00 から 16:00 頃 まで,Tree B では 8:00 から 17:00 頃まで,日出時 や日没時にみられるような急激な変化は示さず,緩 やかな変化を示した。こういった樹液流速の日中の 緩やかな変化は上田・吉川 (1994)や梶谷ら(2005)で も報告されている。飽差もまた 6:00 頃から増加し たが,最大値(20.9 hPa)に達したのは 13:30 であり, 全天日射量より1.5 h ほど遅れていた。飽差が最大値 に達した時間はTree A と一致しており,ピークに達 した後は夜半までかけて緩やかに減少した。森川 (1971),上田・吉川(1994)は晴天日の蒸散量の日変 化は,飽差の日変化と同様の変化を示すと述べてい る。また,森川(1974)は,樹体内の水分条件が比較 的好適な午前中は樹液流速度が環境変化に依存する が,蒸散が激しくなってくると樹体内の水分バラン スが崩れるために,樹液流速度は必ずしも環境変化 に依存しなくなると報告している。本研究では,午 後の全天日射量の減少に 3 h ほど遅れて樹液流速が 減少し,その後飽差が夜半までかけて緩やかに減少 した。このように午後における樹液流速の減少が, 全天日射量や飽差の変化とは異なっていたことから, 森川(1974)が指摘しているように,午後の樹液流速 の変化は,外部の環境変化ではなく樹体内の水分バ ランスが崩れたことにより引き起こされていた可能 性がある。日没後の樹液流速の値がすぐに 0 になら ないのは,樹木の体内に水を充填しているためだと 考えられる。このとき全天日射量は 0 W m-2になっ ているが,植物は水を吸い上げ続けているため樹液 流速と全天日射の間に時間差が生じる(森川,1971; 森川,1974;Larcher, 2003)。 曇天日を代表する日として2009 年 7 月 20 日の樹 液流速と全天日射量,飽差の日変化の様子を Fig. 1b に示す。7 月 20 日は 9:00 まで厚い雲に覆われてい たため,全天日射量が 150 W m-2以下と小さな値を 示した。その後,全天日射量は増加し,12:00 と 14:30 に極大値を示した。朝に小さな値を示してい た樹液流速は,全天日射量に約 1 h の遅れをもって 10:00 に増加し始めた。相対樹液流速が最大値 (Tree A:0.85,Tree B:0.75)に達したのは,全天日 射量が最大値を記録した 14:30 であった。飽差は 10:00 まで小さな値を示していたが,その後徐々に 増加し,15:00 に最大値に達した。全天日射量は 14:30 にピークに達した後,急激に減少したが,樹 液流速はその後18:00 まで高い状態が続き,飽差は さらに19:00 まで高い値が維持されていた。このよ うに全天日射量,樹液流速,飽差の順に減少がみら れた点は晴天日と同様であった。 雨天日を代表する日として2009 年 8 月 10 日の樹 液流速と全天日射量,飽差,降水量の日変化を Fig. 1c に示す。この日の場合,降雨のみられた午前中は 樹液流がほとんど生じておらず,降雨終了後,全天 日射量の増加に遅れて樹液流速は大きくなり始めた。 しかし,その後再び降雨があると樹液流速は小さく なり,降雨終了後の全天日射量の増加の後に再び増 加した。しかし回復がみられてもその値はTree A で 最大0.52,Tree B で最大 0.50 と晴天日のそれぞれの 最大値に比べると 50%程度の値であった。梶谷ら (2005)は,降雨および全天日射量と樹液流速の間に このような結果がみられるのは,降雨の樹冠遮断で 生じた樹冠付着水分が日射により蒸発した後に蒸散 が開始するためと述べており,全天日射量の増加に 遅れて樹液流速が増加したものと考えられる。
Table 1. Correlation coefficients between
environ-mental factors and sap flow velocity with time lags (0.5 h, 1.0 h, 1.5 h, and 2.0 h). (a) days without pre-cipitation. (b) days with prepre-cipitation. SFV, sap flow velocity. SR, solar radiation. VPD, vapor pressure deficit. AT, air temperature. WS, wind speed. VWC, volumetric water content.
a Lag (h) of SFV Environmental factors 0 0.5 1 1.5 2 SR VPD AT WS VWC 0.73** 0.71** 0.44** -0.08** -0.09** 0.78** 0.69** 0.42** -0.08** -0.08** 0.82** 0.65** 0.39** -0.08** -0.07** 0.83** 0.60** 0.35** -0.08** -0.06** 0.82** 0.54** 0.32** -0.08** -0.05** b Lag (h) of SFV Environmental factors 0 0.5 1 1.5 2 SR VPD AT WS VWC 0.61** 0.30** 0.29** -0.12** -0.06** 0.66** 0.30** 0.28** -0.12** -0.06** 0.70** 0.30** 0.27** -0.11** -0.05** 0.72** 0.30** 0.25** -0.11** -0.04* 0.72** 0.28** 0.23** -0.10** -0.04* *P<0.05, **P<0.01.
3.1.2 樹液流速の日変化と各環境要素との関係 樹液流速の日変化に対する環境要素の影響を,時 間の遅れも含めて検討するために,各環境要素に対 する樹液流速のラグ相関を求めた(Table 1)。ここで は全データを無降水日(a)と降水日(b)に分類した。 まず,全天日射量に対しては,無降水日,降水日と もに,1~2 h 前の値との相関が強く,樹液流速は降 水の有無に関わらず,全天日射量に対して1~2 h 遅 れて応答している可能性が示唆された。また,飽差 に関しては無降水日において時間差の無い場合の相 関係数が 0.71 であり最も相関が強かったが,降水日 においては時間差による違いはみられなかった。気 温は,無降水日,降水日ともに時間差のない場合の 相関係数が 0.44,0.29 と最大値を示した。風速,土 壌水分との間ではいずれの時間差でも相関係数が-0.1 程度 となっており,特に強い相関は認められなかった。 また,どの環境要素との関係においても降水日にお いて相関が弱くなる傾向がみられ,特に飽差との関 係において,降水日の相関が弱まることが明らかと なった。飯田ら(2003)は,高度 1 m において観測さ れたΔT (センサー間の温度差[℃])が増加し始めるの は,短波放射の増加の1~2 h 後であり,蒸散と高度 1 m の樹液流速との間にはタイムラグが存在する可 能性があると報告している。本研究でも樹冠からセ ンサー設置位置までに距離があることから,全天日 射量と樹液流速の間にタイムラグが生じた可能性が 示唆される。 3.2 樹液流速の季節変化 測定期間中の相対樹液流速(日積算),全天日射量 (日中積算),気温(日中平均),飽差(日中平均),風 速(日中平均),土壌水分(日中平均),日降水量,日 可能蒸発量の時系列変化を Fig. 2 に示す。ここでの 日中とは,短波放射が0 W m-2以上になる時間帯を 示す。Tree A と Tree B は樹液流速の大きさは違って いたが,その変動の傾向は同様であったため,ここ では欠測の少なかったTree B の値を用いる。なお本 節では日積算樹液流速の観測期間中の最大値を基準 値として,相対樹液流速を算出した。可能蒸発量は 観測で得られた気象データを用いて,ペンマン式に よ り 計 算 し た 。 ペ ン マ ン 式 の 計 算 は 三 浦 ・ 奥 野 (1992)の方法に従った。 樹液流速は天候の影響を強く受けるため,日によ る変動が非常に大きく,季節によらず大きな変動が みられた。したがって晴天日の樹液流速を抽出して 変化の傾向をみると,展葉期である 4 月中旬から 6 月まで徐々に増加し,6 月 12 日に観測期間中の最大
Fig. 2. Seasonal changes in (a) relative sap flow velocity (SFV), (b) solar radiation (SR), (c) vapor pressure deficit
(VPD), (d) air temperature (AT), (e) wind speed (WS), (f) volumetric water content (VWC), (g) precipitation, and (h) potential evaporation (ETpen).
値を記録した。7 月から 10 月の間は,相対樹液流速 は0.6 から 0.9 程度の値をとり,葉のほとんどが紅葉 を終えた 11 月上旬以降は徐々に低下した。11 月後 半は対象木がほとんどの葉を落としたため,樹液流 速は急激に小さくなり,11 月 30 日に最小値を記録 した。飯田ら(2006)は落葉広葉樹であるミズナラ (Quercus crispula)を対象に樹液流速を計測し,蒸散 量の算出をおこなっている。その結果,蒸散量は 6 月 下 旬 の 晴 天 日 に 最 大 値 を 記 録 し て お り , 舘 ら (2005)も樹種によっては 5・6 月に蒸散速度が最大と なるものがあると報告している。6 月に最大値を記 録した本研究はこれらの結果と一致する。 環境要素は樹液流速の季節変化を引き起こす要因 になると考えられるため,樹液流速と各環境要素と の順位相関を調べた(Table 2)。またそれぞれの環境 要因間の関係をみるために各要素間の順位相関係数 (rs)も併せてTable 2 に示す。樹液流速は,全天日射 量,飽差,可能蒸発量に対してそれぞれ rs=0.71, 0.64,0.62 と強い正の相関を示し,気温との間では rs=0.45 と有意な正の相関を示した。土壌水分との 間ではrs=-0.47 と有意な負の相関がみられたが,風 速との間には有意な相関は得られなかった。以上の 結果から,樹液流速は季節変化においても全天日射 量と飽差の影響を強く受けていたことがわかる。こ のように樹液流速と全天日射量,飽差の相関が高く なることはGranier et al. (1996)でも報告されている。 可能蒸発量は気象条件の結果として決まる大気側の 蒸発要求度であるが,樹液流速と可能蒸発量の間に は比較的高い正の相関があり,樹液流速の季節変化 のある程度の部分は大気側の蒸発要求度で説明でき ることを示している。一般に気温と気孔開度の相関 は強く,これは葉温と気孔開度の間に相関がみられ るためだと考えられる(島田,1992)。本研究でみら れた樹液流速と気温との間に確認された相関は,気 温と気孔開度との間の関係が反映された可能性があ ると考えられる。しかし,気温と全天日射量,飽差 との間にも弱い相関がみられるため(Table 2),この 2 つの気象要素の影響を受けていた可能性も考えら れる。乾燥した土壌においては,蒸散速度と土壌水 分との間に正の相関があることが報告されているが (Wang et al., 2004;梅田ら, 2006;田中ら, 2008),本 研究では土壌水分との間に有意な負の相関が見られ た。これは観測期間中の土壌水分の値が常に 40%以 上であり比較的湿潤であったため土壌水分による制 限が生じなかったこと,また気温と土壌水分との間 に負の相関(Table 2)があることに起因すると考えら れる。Granier et al. (1996),Larcher (2003)は,密生 した植物群落や樹冠が密集している状態で風が弱ま ると,湿度および境界層抵抗が増大し蒸散は弱まる と報告している。本研究で対象としたのは開けた林 地であるが,樹液流速と風速の間に有意な相関は得 られなかった。齋藤(1996)は,本研究と条件の似た 落葉広葉樹の人工林における樹冠内の風速は,着葉 期間中では樹冠上の風速の 20~70%程度にまで減少 すると報告している。本研究で観測された風速は平 均1.1 m s-1であり,樹冠内では 0.2~0.7 m s-1程度に なっていたと考えられる。これは境界層抵抗に大き な影響を及ぼす値ではなく(Larcher, 2003),本研究 では風速との間に相関がみられなかったと推察され る。 樹液流速と全天日射量との相関係数が最も高かっ たため(Table 2),Fig. 3 に日射量に対する樹液流速 の散布図を示す。また,観測期間中の全データに対 して,直角双曲線関数で近似した場合の回帰曲線を 併せて示す。回帰の結果は r2=0.73 と高い値となっ た。樹液流速は全天日射量が15 MJ m-2 d-1程度まで Table 2. Spearman’s rank correlation coefficients (rs) among sap flow velocity
and the environmental factors. SFV, sap flow velocity. SR, solar radiation. VPD, vapor pressure deficit. AT, air temperature. WS, wind speed. VWC, volumetric water content. ETpen, potential evaporation.
SFV SR VPD AT WS VWC ETpen SFV SR VPD AT WS VWC ETpen - - - - - - - 0.71** - - - - - - 0.64** 0.86** - - - - - 0.45** 0.29** 0.33** - - - - -0.18** -0.08** -0.11** -0.25** - - - -0.47** -0.26** -0.29** -0.75** -0.38** - - 0.62** 0.74** 0.71** 0.70** -0.07** -0.45** - *P<0.05, **P<0.01.
は急速な増加を示すが,15 MJ m-2 d-1を超えると増 加が緩やかになる傾向がみられる。このような応答 は光に対する光合成の応答と同様である。日本の都 市内に植栽されたケヤキ(Zelkova serrata)とサクラ (Prunus yedoensis)を対象に樹液流速の測定をおこ なった梅田ら(2006)は,1 h の積算全天日射量がある 値を超えると 1 h の積算樹液流速がほぼ一定になる と報告しており,日積算量を扱った本研究でもこれ と同様の傾向がみられた。しかし,全天日射量と樹 液流速との関係については,線形相関を示すという 観測結果も報告されている。Dragoni et al. (2009)は アメリカ・インディアナ州の森林内のシュガーメー プル(Acer saccurum),ササフラス(Sassafras albidum), ホワイトオーク(Quercus alba),ウォーターオーク (Quercus nigra)を対象として,Pereira et al. (2007)は ニュージーランドの果樹園で栽培されているリンゴ (Malus domestic Borkh),オリーブ(Olea europaea L. cv. Barnea),クルミ(Jugans spp.)を対象として樹液流 速を測定し,全天日射量との間に強い線形相関がみ られることを報告している。このことから,樹液流 速と全天日射量との間にみられる関係は,研究対象 とする樹種やその周辺環境によって結果が異なる可 能性が示唆される。 Fig. 3 において,樹液流速の値を期間別に異なる 記号で示した。本研究では,フェノロジーの観測を 行っていなかったため厳密な区分はできないが,4・ 5 月は展葉が進行した期間,6・7・8 月は葉の成熟期, 9・10 月は紅葉期,11 月は落葉期と考えることがで きる。時期によって樹液流速の値に違いがあるのか を調べるために,日射の制限のかかっていない日 (SR≧15 MJ m-2 d-1)について,二標本t 検定を用い て有意差の有無を調べた。その結果,6・7・8 月と 9・10 月の樹液流速の間には有意差はないが,4・5 月の値はこれらの 2 期間に比べて有意に小さくなっ ていた(p<0.01)。樹液流速と同様に可能蒸発量につ いても二標本t 検定をおこなったところ,4・5 月と 6・7・8 月に有意差は見られないが,9・10 月はそれ らに比べて有意に小さくなり(p<0.01),樹液流速と は異なる結果となった。11 月については,全天日射 量が15 MJ m-2 d-1に達した日がなかったため,10~ 15 MJ m-2 d-1の日について解析したところ,樹液流 速,可能蒸発量ともに他のいずれの期間よりも有意 に小さいという結果となった(p<0.01)。11 月の樹液 流速の低下は,明らかに落葉の影響を受けたためと 考えられる。4・5 月において,可能蒸発量が盛夏期 と同程度であるにもかかわらず樹液流速の値が小さ くなっていたことは,樹液流速の低下が大気側の蒸 発要求度とは異なる要因の影響を受けていたことを 示唆している。Larcher (2003)によると,樹液流速を 決定する要素として①樹木の通水組織の性質②樹木 の生理状態③気象などの環境状態の 3 つがあげられ る。本研究で測定対象としたクヌギはコナラ属の落 葉樹であり,木部の形状から環孔材に分類される。 環孔材の通水組織の寿命は1~2 年であり,冬の間に 導管内の水切れ(cavitation)が起こり機能を失うため, ほぼ毎年新しい通水組織に移行していると考えられ る(小見山,1991)。近藤・大賀(2000)は,コナラ属 の頂芽の活動再開と形成層の活動開始時期とは極め て同時的であるとしている。また,コナラ属などの 落葉樹は4 月に展葉し,展葉後 1 か月程度はクロロ フィル濃度が増加していき,6~10 月の期間はクロ ロフィル濃度が安定,11 月に入ると落葉によりクロ ロフィル濃度は急激に低下する(吉川ら,1994)。4・ 5 月は通水組織や葉面積,クロロフィルの発達状態 が十分でない時期であり,その影響が樹液流速に出 ていたと考えられる。一方で,9・10 月は可能蒸発 量が有意に低下していたにもかかわらず,樹液流速 は盛夏期と同程度の高い値を維持していた。9・10 月の樹液流速が高い値を示したことについて,この 時期は紅葉の開始時期であり,クロロフィル濃度は 安定した時期または低下し始めた時期と考えられ, 植物の生理学的にみても明確な説明ができない。 よって,今後気孔コンダクタンスやクロロフィル濃 度についての測定もおこなうことで,さらに考察を おこなう必要があると考えられる。 Table 2 において環境要素間の相関をみると,全天 日射量と飽差との間に rs=0.86 と強い正の相関がみ られた。このため,どちらが樹液流速により大きく
Fig. 3. Relationship between relative sap flow velocity
影響を与えているのかを明らかにするためには,こ の 2 要素の影響を分離して考察する必要がある。そ こで,Fig. 3 の回帰曲線の式に毎日の全天日射量を 代入して推定した樹液流速の値と実測値との残差を 算出し,全天日射量以外の各要素との関係をみた。 この際,展葉期であった 4・5 月と落葉期であった 11 月のデータは除いた。Table 3 に飽差・気温・風 速・土壌水分と残差との順位相関を示す。残差と環 境要素との関係をみると,気温との間には rs=0.23 と弱い正の相関,土壌水分との間にはrs=-0.26 と弱 い負の相関がみられた。飽差および風速との間には 有意な相関はみられなかった。舘ら(2005)は,落葉 広葉樹の蒸散の季節変化に飽差の変化が大きく影響 していると報告しているが,本研究において残差と 飽差との間に関係がみられなかったのは,日射量と 飽差の相関が非常に高く,樹液流速に対する影響を 分離できていないためと考えられる。野外での観測 結果からは,日射量と飽差の変動を分離して考察す ることは難しいため,今後,実験的な手法を取り入 れるなどして評価していく必要があると考える。 天候ごとに樹液流速の環境要素への依存の様子が 異なるかどうかを調べるため,天候別にみた各環境 要素との相関図を示した(Fig. 4)。この際,展葉期で あった4・5 月と落葉期であった 11 月のデータを除 いた6~10 月のデータを使用した。Fig. 4 から,晴 天日においては全ての樹液流速のデータが 0.7 以上 の値を記録し,どの要素とも有意な相関は得られな かった。晴天日では,ほとんどの日が全天日射量 15 MJ m-2 d-1以上であり,光飽和の状態になっていたと 考えられる。それに対し,曇天日も雨天日も全天日 射量,飽差との間に有意な正の相関がみられ,特に 雨天日においてその相関は強く現れていた。可能蒸 発量については,曇天日と雨天日の間には相関に差 がみられなかったが,全天日射量,飽差と同様に, 晴天日に比べ曇天日と雨天日の相関が強くなる傾向 がみられた。気象要素との関係をみると,曇天日と 雨天日のデータが晴天日よりも強い相関を示したこ と,雨天日においては全天日射量と飽差に加えて気 温との間にも有意な相関がみられたことから,晴天 日よりも曇天日,曇天日よりも雨天日の方が気象要 素への依存が高まっていたと考えられる。しかし, 可能蒸発量に関しては,樹液流速が光飽和状態に達 していない曇天日,雨天日の双方に対して,同程度 に可能蒸発量の影響がみられたと考えられる。また, 観測地は温帯に位置し湿潤な気候を有しており,土 壌水分も常に 40~60%と高い水準が保たれていたこ とからも,水ストレスにより気孔の閉鎖が誘導され ることはなかったと考えられ,樹液流速が植物の生 長状態を反映していたと考えられる 4・5・11 月の
Fig. 4. Relationship between relative sap flow velocity and the environmental factors(SR, solar radiation. VPD, vapor
pressure deficit. AT, air temperature. WS, wind speed. VWC, volumetric water content. ETpen, Potential evaporation) in each weather (top: sunny days, middle: cloudy days, and bottom: rainy days).
Table 3. Spearman’s rank correlation coefficients (rs)
between sap flow velocity residuals of a solar radia-tion model and the environmental factors. SFV, sap flow velocity. VPD, vapor pressure deficit. AT, air temperature. WS, wind speed. VWC, volumetric wa-ter content.
VPD AT WS VWC
Residuals of SFV 0.13 0.23** -0.06 -0.26** *P<0.05, **P<0.01.
データを除けば,樹液流速の変化に気象条件の変化 が非常によく反映されていた。
4.結
論
都市内緑地に生育するクヌギを対象として,樹液 流速の日変化および季節変化の観測をおこない,そ の環境要因について検討した。 樹液流速の日変化は,午前中に増加,午後に減少 し,全天日射量,飽差の変動と同様の変化を示した が,そのタイミングはそれぞれ異なっていた。また, 樹液流速の日変化は全天日射量のような明瞭なピー クを持たず,緩やかな変化を示した。各環境要素と 樹液流速とのラグ相関をみたところ,飽差,気温と 樹液流速との間にはタイムラグが認められなかった。 一方,全天日射量に対しては,無降水日,降水日と もに1~2 h 程度の遅れをもって樹液流速が変化して いることがわかった。 また,本研究では,樹液流速の季節変化の様子を 明らかにし,その変化を引き起こす要因を検討した。 樹液流速は 4 月から徐々に増加し,6 月に最大値を とった。また,11 月に入ると急激に低下した。樹液 流速と各環境要素間の順位相関を調べた結果,樹液 流速と全天日射量,飽差,可能蒸発量との間に強い 相関が確認できた。その中でも,樹液流速と全天日 射量との間には強い相関があり,その関係は直角双 曲線関数で近似することができた。しかし,4・5・ 11 月の樹液流速は 6~10 月の樹液流速に比べて有意 に小さかった。可能蒸発量は 9・10・11 月が他の期 間に比べて有意に小さかったことから,可能蒸発量 では4・5 月の樹液流速の減少は説明できなかった。 測定対象のクヌギは,4・5 月は通水組織,葉面積, クロロフィル濃度などが不安定な時期であり,それ が樹液流速に反映されたと考えられる。各気象要素 の中で,全天日射量と飽差への依存が大きいことが 明らかとなったが,全天日射量と飽差との間に強い 相関がみられたため,2 つの要素のうち,どちらが より樹液流速に大きな影響を及ぼしているのかは, 本研究では明らかにならなかった。この点について は今後,実験的な手法を取り入れるなどして評価し ていく必要がある。天候別に樹液流速の各環境要素 との関係をみたところ,晴天日においては樹液流速 と各環境要素の間には相関はみられなかった。曇天 日と雨天日においては樹液流速と全天日射量,飽差, 可能蒸発量との間に有意な相関がみられ,全天日射 量と飽差については特に雨天日において強い相関が 確認されたことから,晴天日よりも曇天日,曇天日 よりも雨天日の方が樹液流速の気象要素への依存が 強まっていたことが明らかとなった。また,生長期 と落葉期のデータを除くと,樹液流速と全天日射量, 飽差,気温,可能蒸発量との間に明瞭な関係がみら れることから,通水組織や葉面積,クロロフィル濃 度が安定していたと考えられる 6~10 月では,樹液 流速が気象条件によく対応していることが明らかと なった。謝
辞
本研究は首都大学東京都市環境学部地理環境コー スの卒業研究としておこなったものであり,同コー ス気候学研究室の皆様には貴重なご意見をいただき ました。また,担当編集委員と査読者の皆様には丁 寧かつ的確なご指摘をいただきました。本研究の一 部は平成20 年度首都大学東京都市環境学部傾斜的研 究費を使用しておこないました。ここに記して感謝 いたします。引用文献
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