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棲神 第60号

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Academic year: 2021

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(1)

研 究 紀 要

60

昭 和

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(2)

研 究 紀 要

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昭 和

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3月

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仁3 法華律の名僧本覚院日英はかの寂照乾・心性遠ニ師ならびに飯高の禅那忠師をしてその持律堅固、博学高才を讃 嘆、敬重せしめた人である。一日、学識をほこり天下に敵なしと豪語する学人に﹁予、昔講場にあってまず暗請を専 らにす。暗諦よく熟してのも工夫図案して漸ゃく一義を得たり﹂と述懐し、﹁我いま老いたりと雄も少しく余残あり、 子それこれを聞け﹂と天台、妙楽及び末師註出の書に至るまで懸河無碍、飛屑綿々と暗請しその学人をして報然・漸 悌、感謝して辞せしめたという。 現今は往々にしてまず理解させることが第一で、意味をよく知らせなければならぬ。意味もわからぬのに暗記させ ても役に立たぬといわれる。たしかに一理はあるがそれは一往の片理で、幼童より無意識に覚えた知識が理解の基礎 となっていることは何人も否定できぬ所であろう。日英が暗請を先とするというのは反復暗諦することはいわゆる読 お ら 書百適、義白から見わることを教えているのである。 仏教の最要は成仏得道にある。成仏得道の教えは大別して大綱と網目に分けられ、大綱は成仏の法、法華経であ り、網目は補説の諸の大小乗経である。宗祖はこの大綱の教法を弘めんためには一代の聖教をそなえ、八宗の章疏を 習学せねばならぬと厳誠されている。 さて本学々閣の図書館建設も昨年着工以来魔障なく順調に進捗しこの三月十七日上棟式を挙行する運びとなった。 完成は目前である。本学の学生、本化門下の学人は新装の成った図書館において大綱・網目・八宗の章疏、関連諸学 の資料を自由に手にとり研究する至便を得ることが出来るのである。願くは我等能所の学人、倶に四海帰妙の顕業成 就にむかつて精進、行学二道の学是に遁進せんことを。 昭和六十三年三月十三日 学 頭

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棲 神

次 巻 頭 言 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 宮 法 華 経 に お け る 生 命 観 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :

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− − : 望 智鎮の二十五三昧についてハ円・

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− − : : : : ・ : 若 生 死 観 の 種 々 相 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 町 ||生死観研究のアプローチとして

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| 日蓮聖人初期の憂茶羅について

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− − − 上 日 蓮 聖 人 の 機 悔 観 : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : ・ ・ ・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : ・ ・ : ・ ・ ・

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・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 奥 ﹁ 数 々 損 出 ﹂ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 高 ||教典史学への試論 l

n u ノ l ト H H ﹁社会福祉﹂における一考察::::::

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ト H H 箕面忠魂碑・慰霊祭訴訟について:

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資料

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西谷檀林先聖録・西渓学校妙玄庵歴世録:・−

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− − : : : : : ・ : : : : : 秋 言 論 小 論 ⑪ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 大 学 園 紫 報 後 記 崎 回 杉 月 橋 野 田 辺 里 森 山 是 見 海 英 修 淑 ︿ 2 ﹀ 龍︿

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海 淑

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人間の生命がどこから来たって、どこに赴くものであるのかは、誰にも答えられないものであると、考え来たって いる。しかも、近ごろの科学万能主義的な考え方には、ややもすると、この問題について、近い将来に結論をだすの ではないか、と錯覚するむきを発生せしめているような気配すらある。しかし、私はここでこのような在り方につい て、とかくの論を展開しようとは思わない。 何故ならば、仏教のもののとらえ方は、もっと別のところにあると考えるからである。 仏説傭喰経は、人は死んだ後、どこへ行くのか、どこから来たったのか、と、仏弟子が釈尊に質問をした、しかし 釈尊は答えなかった。答えがないので、仏弟子はさらに質問を繰り返した。何度目かの質問の後に、釈尊はその仏弟 子に対して、無記と答えたのみで、真の答えをしなかった、という故事を示してい勺この説話は単に阿含経の中の 説示だとかたずけて、すましてしまうべきものではないであろう内容をもっていると思われる。 仏 は

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” を 訳 し た も の で あ る か ら 、 そ れ は 倍 っ た 人 を 意 味 す る 。 したがって仏は天地創造 の 神 の よ う に 、 一切の物を作り出したわけではなく、物や人が様々一集まり、織りなしている関係模様についての、人 法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀

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法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀ の 処 し か た 、 Jありかたについて悟ったものであり、悟りの内容について語ったものが吋教えとなったと理解をするこ とができるであろう。 2 法華経は一仏乗と久遠実成を説いたといわれるが、実はこの両者はともに、 一 つ の も の を 別 の 立 場 に 立 、 っ て 表 現 し てみたにすぎないものであるう。その一つのもの、それは人の生命というテ l マであろう。そこで以下、人の生命巴 ついて、法華経の言葉の中に道を尋ねてみたいとおもう。 方便品は一仏乗を説くことが、仏の出世の本懐であることを述べているが、この説示をうけた瞥喰品は、仏と舎利 弗 , と の 関 係 に ふ れ て 、 我 背 曽 於 − 三 万 億 仏 所 − 。 為 = 無 上 道 − 故 常 教 = 化 汝 − 。 汝 亦 長 夜 随 ν 受 学 。 我 以 = 方 便 − 引 − − 導 汝 − 故 生 = 我 法 中 − 。 舎 利 弗 。 我 昔 晶 子 − レ 汝 志 − − 願 仏 道 − 。 汝 今 悉 忘 。 而 便 自 謂 レ 得 − 一 減 度 − 。 我 今 還 欲 悶 令 − Z 汝 一 憶 = 念 本 願 所 行 道 −

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と述べて、今こそ法華経を説くのだとしている。この箇所での正法華経は、 曽 以 供 − − 奉 三 十 二 千 億 仏 − 。 而 為 コ 諸 仏 之 所 レ 教 一 化 。 当 z 成 無 = 上 正 真 道 、 吾 身 長 夜 亦 開 − 一 導 汝 − 以 − 一 菩 薩 誼 − 。 爾 縁 レ 此 故 興 在 = 吾 法 − 。 如 来 威 神 之 所 = 建 立 − 。 亦 本 − 一 願 行 s 念 菩 薩 教 − 。 未 ν − − 滅 度 − 自 調 − − 減 度 − 。 舎 利 弗 。 汝 堕 て 本 行 − 欲 ν ν 識 − 一 念 無 央 数 仏 − 。 と説いている。しかして、発文法華経のこの箇所には、 自 宅 伽 守 管 官 印 仰 江 一 吉 伸

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︿舎利弗よ、私によって汝は、二十、百千万億那由佑の仏のもとで、無上等正覚に達するように成熟された。舎利 弗よ、汝は長い間私の弟子であった。舎利弗よ、汝はかの菩薩の計画、菩薩の神秘によって、この世で私の教えの 中に生まれた。舎利弗よ、汝はかの菩薩の立場によって、前世の所行と本願を、菩薩の計画と菩薩の神秘を思いお こさないで、私はさとったと考えている。舎利弗よ、私は汝に前世の所行と本願と智恵の回想を思いおこさせよう と 欲 し て ・ ・ ・ ﹀ と 示 さ れ て い る 。 この三本の説示は、表言には違いがあるとしても、内容においては大差はないものと思われる。すなわち、舎利弗 は前世において、沢山の仏につかえ、そのもとで行をつみ、教えをうけ、その功徳によって、もう一度来世に仏のも とに出現したい、と願をおこし、仏がその願を受けとめられたので、舎利弗の現世の生命がある、それなのに舎利弗 は、そのことに気づかず、むしろ自分の前世のことを忘失してしまっているから、仏は今、法華経を説くのだとして い る 。 こ の と き の 願 は 、 官 制

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という言葉で表現されるもので、前世は

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母 語 は 、 法 華 経 に お お る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀

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法 華 経 に け け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀ 一年二年の先のことではなくて、はるかな昔のことを意味する言葉であるから、それは久遠の昔とつながる意味あい をもっていると、捉えることが出来るであろう。 そこで注意しなければならないことは、前世の行いと本願︿本顧所行道・因本行﹀を思いおこさせるために法華経 を説くのだ、という一句があるということであろう。 法華経が説かれるのは、単なる偶然なことではなくて、仏と法華経を聴聞する人とは、前世からのつながりがある ということを、意味している、と受けとめるあり方が求められているからである。 したがって、舎利弗という名前を一人の固有名詞ではなくて、人間一般を意味すると受けとめる時、響喰品のこの 一旬は生きてくるであろう。現世において法華経にお会いした人がおるならば、その人ははるかな前世において、釈 迦牟尼仏にお会いし、縁を結んだ人であり、その縁の故にこそ現世の生命がある、と捉えることが大切であるう。久 遠の昔とのつながりというのは、このような意味あいをもっている。 し か し て 、 法 師 品 の 官 頭 の と こ ろ に も 、 防 官 轍 品 の 説 示 に か か わ る も の を み る こ と が 出 来 る 。 妙法華経は、薬王菩薩によせて仏は八万の菩薩たちに語った、として、法華経の一偏一句を聞いて一念随喜する者 には、仏は授記を与えるとし、更に、如来の滅後に法華経の一侮一句を聞いて一念随喜する者には、無上等正覚の授 記を与えるとして、法華経の一句を受持・読・諦・解説・書写し、この経巻をうやまいみること仏にたいするごとく に し 、 様 々 な 供 養 を な す 人 は 、 己 曽 供 = 養 十 万 億 仏 − 。 於 = 諸 仏 所 − 成 = 就 大 願 − 。 感 − − 衆 生 − 故 生 − 一 此 人 聞 な としており、この個所に該当する正法華経の文は、

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前 己 奉 − 一 侍 億 百 千 仏 − 。 従 − − 億 百 千 仏 − 発 意 立 願 。 是 等 傍 類 。 感 − 一 傷 衆 人 一 故 来 生 L M ︾ であり、両本ともに、沢山な仏につかえ、そこで顕をおこし、衆生をあわれむがための故に、世に出現したものであ ることを示している。そこで党文法華経をみると、 回 出 弘 司 回 同 包

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︿薬玉よ、かの善男子善女人等は、百千万億那由倍にみちる仏等に仕えるものとなるであろう。薬王よ、彼らは百 千万億那由倍の仏のもとで、本願をたてたものとなるであろう。 ︵彼らは﹀衆生たちへのあわれみのために、この 閤浮提において人間違の聞に再生したと、知るべきである。︶ とあって、両漢訳経典と同様の意をしめしている。 更に法師品は、この説示につづいて、どういう人々が未来世において仏になりうるかについて、法華経の一傷一句 に対して五種法師の行をなし、仏に対するように法華経に相対する人は、大菩薩にして、未来世に仏となる人だと述 べ た 上 で 、 成 − 一 就 阿 縛 多 羅 三 貌 三 菩 提 − 。 哀 − 一 感 衆 生 − 願 生 − − 比 間 − 。 広 演 分 別 妙 法 華 経 M V と述べ、このような人は、仏となるべき人であるから、人間として生まれ出なくてもいいのに、自分から願ってこの 世に生まれ出た人であることを示している。 法 華 経 に お け る 生 命 観 ︵ 望 月 ﹀

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法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀ こ の 箇 所 で の 正 法 華 経 は 、 則 普 感 − − 傷 諸 天 世 人 − 。 従 コ 其 所 願 − 而 得 − − 自 恋 − 。 常 生 − 一 人 間 − 欲 レ 演 = 斯 経 − 。 と述べ、妙法華経と同様な意をのペ、党文法華経もまた、

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に よ っ て い る こ と を 示 し て い る 。 これらの説示によって知られることは、法華経がとらえている人聞は、現世の一場面だけでとらえるべきものでは なくて、前世とのつながりの中で理解すべきだ、ということであろう。それ故、法師品は、法華経を説く人は、自ら 清浄なる業のむくいを捨てて、仏の滅後に衆生をあわれむ故に、この世に出現した人であることを明示し、この人は 如来の使であり、如来によって遣わされたひとであり、如来の事を行ずる人であるとしめしてさえいる。 すなわち、人の生命は五十年、八十年というような、動物的な長さで考えるべきものではないということを、意味 していると思われる。この仮説がお認めいただけるならば、人の生命の長さも心のあり方とかかわっていることが、 いや、心のあり方とかかわったとらえ方がなされなければならないというべきだと思われる。

3

見宝塔品の後をうけて従地涌出品が説かれているが、この両品の聞にも、考えてみなければならない問題がある。

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見宝塔品は大地の下から七宝塔が涌出してきて、虚空の中に浮かんだとしているが、この所の表現は、妙法華経に よ る と 、 従 ν 地涌出住=在空九百 と 超 な ー っ 在 て 虚 ぉ 空 ー り自 、 然 正 而 法 立Q華 o~ 経 は となされて、妙法華経が空中としているのに対して、正法華経は虚空としているのがわかる。

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裟婆世界之下。此界虚空中−住 0 ・ ・ ・ 是 諸 菩 薩 従 レ 地 出 己 。 各 詣 − − 虚 空 七 宝 妙 塔 多 宝 如 来 釈 迦 牟 尼 仏 所 − 。 ・ ・ 爾 時 四 衆 亦 以 = 仏 神 力 − 故 。 見 s 菩 薩 遍 コ 満 無 量 百 千 万 億 国 土 虚 空 − 。 と妙法華経は示し、正法華経は、 在 = 於 地 下 摂 護 土 界 − − − ・ 従 レ 地 涌 出 。 或 従 = 上 下 − 。 或 四 方 来 。 至 − 一 忍 世 界 − 悉 住 エ 空 中 − 。 見 = 子 滅 度 多 宝 世 尊 能 仁 大 聖 − 0 ・ ・ ・ 爾 時 世 尊 。 即 如 − 一 色 像 − 現 − 呆 神 足 − 。 令 室 四 部 衆 − 悉 得 申 普 見 占 。 中 一 。 各 各 摂 護 百 千 仏 土 占 。 叉 使 ν念下知此忍世界。諸菩薩衆於=虚空 となして、妙法華経の虚空の訳にたいして、摂護土界なる訳をしていることがわかる。党文法華経は、 法 華 経 に お け る 生 命 観 ︵ 望 月 ﹀

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(13)

く、どのように果てしないものであるかは、捉えようはないであろう。その意味では、空は無限の広がりということ は出来るであろうが、しかし我々は青空、母り空とかいうように、この空を物として、形があり、色があり、姿があ るものと同じように捉えているということが出来るであろう。すなわち、空は有限なものであるということになる。 こ れ に 対 し て 、 仰 W 脚官は、三千世界を包みこんでしまうような無限な広がりであるが、同時にこの広がりは、心の 中の広がりと差がない、というふうにさえいわれるから、それは観念的・唯心的なもので、心によって自在に思い描 ける広がりということが出来るであろう。 こ う 考 え て み る と 、

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仰釘虚空との聞には、大変に大きな隔たりがある、といわなければならな ぃ。空中は即物的な広がりであり、虚空は唯心的な広がりだといえよう。それ故、妙法華経が両者を同じ語で訳出し た の は 何 故 か 、 わ か ら な い 。 正法華経は包拘ぽ仰を摂護土界と訳しているが、先に引用した経文によると、裟婆世界にいる菩薩達は空の中におい て摂護百干の仏土を念知した、とあるから、これは裟婆世界でありながらも、同時に、そこが諸仏に護念せられる場 所である事を意味しているであろう。 このことは、摂護土界と訳出された仰 W 恕仰の語は、信仰の立場に立つての心の広がり、仏と私とのつながりの世界 を意味すると、受けとめるべきことを示した、と理解すべきことを意味するであろう。したがって、主円仰曾は地下の 虚空にも存在することが出来るし、空中にも存在することが出来るし、この人間世界にも存在することが出来るし、 心の中にも存在することが出来るわけである。すなわち時間と空間をとび越えた世界、それが仰

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の世界だという こ と に な る で あ ろ う 。 法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀

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法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀ 法華経はこの地下の虚空から沢山の菩薩達が、涌き出してきたことを示しているが、この時、地下の虚空を形ある ものとして理解しようとすると、法華経はたわごとを説く経だということになってしまうであろう。信仰の世界、心 の領域として捉える時、それは生きて、聞く人の心に響くものとなるであろう。 したがって、弥助菩蕗を初めとする沢山な菩謹逮にとって、このことが信ぜられなかったのは、この人達には、虚 空包内仰釘の真の捉えかたが出来ていなかったことを意味しているであろう。白髪の老人が父親で、黒髪の青年が息子 だというのは、まったく世間一般の通念に外ならない。信仰の世界、法華経が思い描く人聞の在り方は、この世のあ たり前な通念を飛び越えたところにあるのであろう。 地 涌 の 菩 薩 の 名 前 が 、 経典の他の名前とちがって、 行い一般の在り方にたいしてつけられたものだ、 と い う こ と は、すでに知られているところである。 このように考えて来る時、現実の場面である裟婆世界と、観念の世界たる心の領域、信仰の世界とのつながりが、 重大な問題としての意味を持ってきていることに気づかされるであろう。それは現在と過去を結び付けるものであ り、現実と未来を結び付けるものでなければならない。そして、その鍵をにぎるものとしての説示の一つが、先述し た 本 願 ハ 普 願 ﹀ 同

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仰 包 一 一 に か か わ る と こ ろ の 、 人 間 の 捉 え 方 で あ る と い え よ う 。 何故ならば、現実の人聞が過去・未来と結びつくのは、自己の心の在り方にのみかかわることがらである、と思わ れるからである。自己の心の中での過去・未来との結びつき、それは自己の生命を己が立てた本願によるものとして とらえることにあるとおもわれる。 しかして妙法華経は、この会に集まっている人々は、釈尊を悩ませることはないか、との地涌の菩麓達の質問を挙

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げている。これに対して釈尊は安楽だとした上で、 是 諸 衆 生 世 世 己 来 常 受 = 我 化 首 ︾ と述べている。これは地涌の菩薩だけが、仏と前生からのつながりをもっていたのではなくて、法華経に縁をもって いる人々は、全てが仏と前生からの縁においであることを示したものであるう。正法華経は、 斯之品類。乃於往古諸平等覚 o v としているが、往古とは前生のことを意味するから、内容は妙法華経と同様である。党文法華経は、 円 四 V

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であるとなしている。この言葉は前の世をな味し、先祖からのつながりを意味するから、 それは漢訳の両経と全く同じ意味あいを示しているといいうるであろう。 すなわち、法華経は経典に縁をもちえた人を、すべて同様に扱っていることを知りうる。しかして、その扱いの鍵 は前生からのつながりということであるから、前生からのつながりを、如何に心に捉えているか、ということが大切 な要素となるであろう。 4 従地涌出口聞における弥勤菩躍の、白髪の老人と黒髪の青年の関係を挙げての質問にたいして、釈迦牟尼仏は如来寿 量品で、解答をあたえている。 法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀

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法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀ それによると、第一は伽耶裁をさること速からざるプ γ ダガヤで、釈尊は生まれたと人々は考えているけれども、 実はそれは真実ではなくて、釈尊の出世は久遠の昔であるとし、第二は衆生を教化するために方便をもって、滅度を 示して見せたにすぎないとするものであった。 この説示の根底にあるものの見方は、 我 成 仏 己 来 甚 大 久 遠 。 寿 命 無 量 阿 僧 紙 劫 常 住 不 レ 滅 。 : : : 我 本 行 = 菩 薩 道 一 所 ν 寿 命 。 今 猶 未 レ 尽 倍 = 上 数 − 。 然 今 非 − − 実 滅 度 − 。 という一句であろう。この語句に対応する正法華経は、 成 = 平 等 覚 一 己 来 大 久 。 寿 命 無 量 常 住 不 − 議 度 − 。 又 如 来 不 = 必 初 始 所 p 。 前 過 去 世 時 行 − − 菩 薩 法 − 。 以 為 成 就 寿 命 限 也 。 又 如 来 得 仏 己 来 。 復 倍 ニ 前 轍 一 。 と示しており、仏が悟りを聞いたのは久遠の昔のことであるとして、我本行は過去世の時であることをしめしてい る 。 そ し て 党 文 法 華 経 は 、

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ω u 目 出 比 司 回 同 包 容 詳 一 ハ久しい久遠の以前に覚った無限の寿命の長さの如来は、常に存している。如来は入滅せず、教え導くために浬架 を示す。しかも善男子よ、今も私は前世における菩瞳の行を成就していないし、寿命の量を満たしてはいない。実

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に又、善男子よ、私の寿命が満つるまでは、今なお百千万億那由位劫の二倍もあるのだ。︶ として、如来は前世からのつながりの生命をもち、その時に積んだ功徳が果てしなく続くことをしめしているから、 意志においては漢訳両経と差異はなく、我本行、過去世、前世宮

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を、同一内容を示す語として受けとめるこ と が で き る 。 すなわち、法華経がもっている生命観として、我々はここで、前世宮

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という一句を、度外視してい くわけにはいかないであろう。言い換えると、人の生命は前世と仏とのつながりで捉えようとする時、久遠の生命に 転換されるものであることを知ることが出来ないのは、人をもまた物としてしか捉えようとしないあり方によるから であろう。人には姿形のみではなくて、気質・心の伝承もあることは見逃すことはできない。この心・気質は外部か らでは、目にすることは出来ないものである。してみると、我々がものをありのままに捉えるということは、この目 に見ることが出来ないものまでをも、提えるということでなければならない。 そのようなものの見方、それが前世とのかかわりの中で、仏と私とのつながりを、わが心に思い定めておく、とい うあり方ではなかろうか、とおもわれる。したがって、そのあり方を明向ならしめるために、虚空帥 W 忠 仰 の 場 面 に 説 法の舞台を移しておくことが、必要な事柄であったと考えられる。 すなわち、法華経は仏と人間とのかかわりあいを、説示しようとした経典であり、この説示のために、方便品の一 仏乗、警喰品での前世からの仏にたいして立てた本願によって現世の生命があること、法師日間の現世の生命は前世の 願業によってあること、従地涌出品での地涌の菩薩とその住所、如来寿量品での久遠の生命の展開とが説き示された ものであるう。したがって、それら各品はたがいに孤立したものではなくて、それぞれつながりあっているものとし 法 華 経 に お け る 生 命 観 ︿ 望 月 ﹀

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法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ︶ て、関連づけて捉えられていなければならない。それゆえにこそ、仏の生命が久遠実成だという時、それはわが身の 生命の無限性を説いたものとして、受けとめられるのであろう。 日蓮聖人は、その著﹁関目抄﹂の中で、 普に付け悪につけ法華経をすつる、地獄の業なるべし。本願を立。 と 述 べ 、 更に、﹁観心本尊抄﹂の中では、 J ナ p s a 毛 セ Z 暗 セ テ ナ リ 今 本 時 裟 婆 世 界 離 三 ニ 災 − 出 − − 四 劫 − 常 住 浄 土 。 仏 既 過 去 不 レ 滅 未 来 不 ν 。 所 化 以 同 体 。 此 既 己 心 三 千 具 足 三 種 世 間 也 。 と述べて、ともに﹁本﹂に言及している。 上来見てきたところによると、この本は前世にかかわるものの捉え方を意味しており、仏と人とのつながりあいを 意味しているから、ここで﹁本﹂といわれた日蓮聖人の御意図は、釈尊と私・日蓮とのかかわりのあり方を示すこと にあった、ということが出来るであろう。すなわち、本願を立、といわれた本願は、前世において日蓮聖人自らが釈 尊のもとで立てられた顕であり、今本時といわれた本時とは、前世において釈尊におあいをし、その時に釈尊ととも にすごされた、その時を意味する言葉として、受けとめられていなければならないであろう。 このように、法華経に示される﹁本﹂という言葉の使われかたを、子細に検討してみる時、そこには仏と人との無 限のつながりを示す意味合が、こめられていることを知ることが出来るであろう。そして日蓮聖人における﹁本﹂の 円以叫︾ 使用のしかたにもまた、同じような意味合を、認めることが出来るように思われる。 すなわち、法華経をこのように捉える時、人の生命もまたこの延長上で、捉えられなければならないことを意味す るであろう。そして、それが認められる時、初めて、仏の久遠実成の生命と我々凡夫の生命とが、お互いにかかわり

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あうものとして、理解されることになるであろう。法華経が久遠の生命を説くことが出来るのは、この点にゆらいす るということができよう。 ︹ 註 ︺ ハ 1 ︶大正一・八四上

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法 華 経 に お け る 生 命 観 ハ 望 月 ﹀ ハ 幻 ︶ 大 正 九 ・ 一 一 三 下 ハ

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﹀ ω ω a ・ 三 一 九 ハ お ﹀ 目 蓮 聖 人 遺 文 ・ 六

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︵ M m ﹀日蓮聖人遺文・七一二 ハ お ﹀ 拙 著 ﹁ 観 心 本 尊 抄 に お け る ﹁ 本 時 ﹂ 考 ﹂ ︿ ﹃ 野 村 輝 昌 博 士 古 稀 記 念 論 集 仏 教 史 仏 教 学 論 集 ﹄ ︶ 三 四 = 一

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三 五 八 、 拙 著 ﹁ 本 願 を立考﹂ハ﹃棲神﹄五六

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(21)

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付 若 杉 見 龍 ここでいうこ十五三味とは法界二十五有を破する二十五の三味という意味であるが、智鎖の説述についてみるに、 次の二箇処が挙げられる。その一は﹃法華玄義﹄巻第四上の迩門の十妙を述べる中、行妙を説く段で、別教の五種の 行、即ち聖行・党行・天行・嬰児行・病行の次第行を明す箇処であり、その二は﹃四教義﹄ ︵ 大 部 四 教 義 ・ 大 本 四 教 義﹀巻第十の別教の十地を明す段の中の初地即ち歓喜地を明す箇処である。 二十五三味は﹃法華玄義﹄についていえば、豊行を戒・定・慈に分けて説く中の慧聖行の観成じて行願等を具する ことを述べる中の第三段に説かれているのであるが、慧聖行の観成の初段と、発行等の他の四行を述べる箇処も﹃四 教義﹄と深い関連があるように恩われるので、二十五三味と併せて両者を対比し、考察してみたい。それは文献とし ての﹃法華玄義﹄の成立に当っては、智顕親撰の﹃四教義﹄を重要な参考書としていることは既に先学によって指摘 さ れ て い る が 、 v その﹃法華玄義﹄の天台教学に果した役割等の究明はこれからの課題かと思われるからである。叉因 みに﹃法華玄義﹄の観成の第二段、即ち五怖畏を離れる段については﹃四教義﹄にはこれに対応する記述は見当らな い。これについては本稿の末で検討したい。 智 顕 の 二 十 五 三 味 に つ い て 付 ハ 若 杉 ﹀

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智 額 の 二 十 五 三 味 に つ い て 付 ハ 若 杉 ﹀ 最初に﹃法華玄義﹄の懇聖行の観成の初段と﹃四教義﹄の別教の初地即ち歓喜地を明す前段の部分とを比較対照し てみよう。都合により上段に﹃四教義﹄下段に﹃法華玄義﹄を掲げる。 四 教 義 巻 第 十 ︿ 大 正 蔵 四 六 巻 ﹀

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日上十五三昧。破二十五有。顕二十五有之我性。我性 マ 4 P 業名我。不受二十五有報名楽。無二十五有生死名 即是実性。是名慈行成就。得五三味即五行成就。 常。常楽我浄。名為仏性顕。即此意也。 住於無畏之地。即得初地之名也。 右の引用文中、直線を付した部分は両番のほぼ一致する部分、波線を付した部分は主旨は一致するものの、表現を 異にする所、閤点を付した部分は相違する所である。以下同様である。引用文に①①①と数字を付した部分について 検 討 し て み よ う 。 ① ﹃ 四 教 義 ﹄ で は ﹁ 初 発 − 一 真 中 道 − 。 見 − 一 仏 性 理 一 。 ﹂ と あ る が 、 ﹃ 法 華 玄 義 ﹄ で は ﹁ 開 = 仏 之 知 見 − 発 真 中 道 ﹂ と 表 現 を 変え、又﹃四教義﹄では﹁断=無明見惑こ と な っ て い る の に 対 し 、 ﹃ 法 華 玄 義 ﹄ で tま ﹁ 断 = 無 明 惑 こ と な っ て い る。これは右の﹃四教義﹄の引用の初めに﹁初歓喜地名=見道−者﹂と書き出しているように、 ﹃ 四 教 義 ﹄ は 別 教 の 初地を大乗教の﹁見道位﹂二地から六地までを﹁修道位﹂七地以後を﹁無学道位﹂と名づけ、三蔵教の行位の名目 を 利 用 し て い る の に 対 し 、 ﹃法華・玄義﹄はかような名目をここでは使用していないからである。ただし、別教の初 地を大乗の﹁見道位﹂と見立てる立場を﹃法華玄義﹄が全く捨てているかどうかは今後の検討に侠ちたい。 ①﹃四教義﹄では﹁法身常命。 以 顕 ν 一 − 不 活 畏 − 。 ﹂ と 説 く が 、 ﹃法華玄義﹄では﹁実相智慧常命立。無=不活畏こ と い う 。 ﹁法身﹂と﹁実相智慧﹂を同一にみているのであろう。 ①﹃四教義﹄は﹁離五怖畏﹂を説明して、 ﹁ 無 − 一 死 長 − 。 無 − − 不 活 畏 − 。 無 = 悪 道 畏 − 。 無 − − 悪 名 畏 − 。 無 = 大 衆 威 徳 畏 乙 と 述 べ て い る の に 対 し 、 ﹃法華玄義﹄では﹁離五怖畏﹂を﹁調エ不活畏、悪名畏、死畏、悪道畏、大衆威徳畏一。﹂と 説き﹁離−一五怖畏この中の﹁五怖畏﹂の名目を挙げている。これは恐らく﹃四教義﹄の如く、 ﹁ ・ 無 ﹂ し と 一 一 説 く 智 顕 の 二 十 五 三 味 に つ い て 付 ︵ 若 杉 ﹀

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智 顕 の 二 十 五 三 昧 に つ い て H ︵ 若 杉 ︶ に 及 ば な い と 考 え た か ら で あ ろ う か 。

次に二十五三味を説く筒処を掲げ、これについて検討してみたいと思う。 ﹃ 四 教 義 ﹄ の 文 は 前 掲 文 に 続 く の で あ る ﹃法華玄義﹄の文は前言したように、前掲文の次に﹃地持経﹄等を引いて、広く五怖畏を離れることを論ずる文 段があるが、今はこれを除いて掲げる。 四 教 義 巻 第 十 ︵ 大 正 蔵 四 六 巻 ﹀ 崎 ① 花上就此即為五意。 P 一明得二十五三味忠行成。二明党 行。三明天行。四明嬰児行。五明病行。 一 明 得 二 十 五 三 味 聖 行 成 者 。 即 為 三 意 。 一 釈 二 十 五 三 昧 名 。 二 正 修 明 二 十 五 三 味 成 。 三 外 用 利 物 。 者随時趣立名。二随使立名。三随対治立名。四随 理立名。一随時立名者。警如人有ニボ五子。随時

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字。不可見大児名。此亦令第二者名此。如是則不 妙 法 蓮 華 経 玄 義 巻 第 四 上 ︵ 大 正 蔵 三 三 巻 ﹀ 沼 ① | I l l 1 1 1 1 1 1 1 − − − − −

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上今釈二十五三昧名。依四悉檀意。 P 一 随 時 趣 立 。 如 人多子各立一名。使兄弟不濫。二十五三昧亦復如 是 。 各 挙 一 名 令 世 一 諦 不 乱 。 豊 可 定 執 也 。 二 随 其 義 使。各従所以市立一名也。三随事対当。各有主治 制矧側斜出。困劇剣鮒刻耐倒瑚到明。雌有四意劉 用対治。約理以立二十五三昧也。通釈二十五。各 副謝樹湖劇。コ卵.京.滋城容ヨ鮒矧劇 為 四 意 。 三 味 。 四 慈 悲 破 有 。 一 一 皆 繭 。

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濫。此二十五名亦如是。各挙一名令世諦不乱。世 間名字皆爾。不可求定実也。二者随二十五有便而 立名。若作余名事義非不便。是故随便立名也。三 者随対治立二十五三味名。各治一有用。是故対治 立名。四者随理立名者。此二十五三味不出法性 理。理合於義。従義而立名。名義雄異理実無別。 約此四意故。得立二十五三味名也。詳経文意。多 有対治約理両義。以立二十五三味名。二正釈二十 五 三 昧 修 成 者 。 一 一 一 ニ 昧 中 皆 有 四 意 。 業 惑 障 。 二 用 三 昧 治 破 。 三 結 成 三 味 。 四 慈 悲 破 有 。 一 出 諸 有 行 一 一 悉 具 此 四 意 也 。 m w 明無垢三味破地獄有 o 即 為 四 意 。 一 明 業 結 者 。

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(26)

智 顕 の 二 十 五 三 味 に つ い て 付 ハ 若 杉 ﹀ 無作慧破無明垢。三明結成三味者。破見思垢故真 一 諦 三 味 成 。 破 悪 業 垢 及 塵 沙 垢 故 。 俗 一 諦 三 味 成 。 破 鮒明矧劇

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智 顕 の 二 十 五 三 昧 に つ い て 付 ︵ 若 杉 ﹀ 鮒捌剖。中道樹楽三昧成。以自修行証得三楽三謝 ヨ刷。以諸行中慈悲之力薫。現諸鬼形声。細制倒 剣淵而為説法。令破三種苦得三種楽。割劃副伺此 楽。又令他得楽。是故三昧名心楽三味也

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⑤ j 次 歓 喜 三 味 。 破 修 羅 有 。 修 羅 多 念 山 市 店 悪 業 怖 。 見 思 怖 。 塵 沙 怖 。 無 明 怖 。 菩 薩 為 破 是 諸 怖 故 。 持 戒 精 進 而修習諸行。不破歓喜破悪業怖。修禅悦喜伏見思 喜及無量恵破塵沙怖。修無作慧破無明怖。見思破 故真空喜悦三味成。悪業塵沙破故。一切衆生喜見 三味成。無明破故喜王三昧成。以自修行力。得如 此 三 一 諦 歓 喜 三 味 。 以 諸 行 中 慈 悲 之 力 。 薫 修 羅 有 而 下本行慈悲冥黒法界。彼餓鬼道。若有機縁与慈悲相 関。玉三味力不動法性而往応之。示所宜身。説所 宜法。若有善機。以持戒慈悲応之。手出香乳。捌 令飽満。有入空機。以生無生慈悲応之。令到無為 岸。有入仮機。以無量慈悲応之。令遊戯於五道。 有入中機。以無作慈悲応之。令浄於三毒根。成仏 道無疑。菩薩自既得楽。叉令他得楽。是故名為心 楽 三 味 也 。 @ 阿修羅有。用歓喜三味者。修羅多病疑怖畏。則有 悪業疑怖。見思疑怖。塵沙疑怖。無明疑怖。菩薩 為破是諸疑怖。而修諸行。修持於戒破怒業疑怖。 修諸禅定伏見思怖。修生無生態破見思怖。修無量 慧。破塵沙怖。修無作慧破無明怖。見思破故空法 喜三味成。悪業盛沙破故。一切衆生喜見三昧成。 無明破故。喜玉三昧成。以本諸行慈悲普願。冥窯 法 界 。 彼 修 羅 中 。 若 有 機 縁 関 於 慈 悲 。 以 王 三 味 力 。

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生其中。軟語調伏而為説法。破修羅有令得無怖。 自無三怖自証三喜。令他無怖。令他得歓喜。是故 三 昧 名 為 歓 喜 三 味 也 。 ⑤ 次日光三昧破弗婆提有者。日初出於東随便為名。

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q. . 磁 劉 創 業 迷 開 。 剣 劇 劇 釧 迷 悶 q 無明迷問。菩薩為照此諸迷閲故。修善業戒光。修 量道種智光。破塵沙闘。修無作一切種智光磁無明 司 t お 上 悶

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則 周 閥 制 斗 割 削 剥 ヨ 附 矧 制 覇 岡 喝 P 道種智日光三味成。破無明閥故。一切種智日光三 附刷。以修行力。自証如是三諦三味。以慈悲力議 智顕の二十五三昧について H ハ 若 杉 ﹀ 不動法性而往応之。示所宜身説所宜法。有善機 者。応以持戒身慈悲。令離悪業怖。有入空機。応 以生無生慈悲。令離見思怖。有入仮機。応以無量 慈悲。令離無知怖。有入中機。応以無作慈悲令離 無 明 怖 。 自 証 三 喜 令 他 無 復 三 怖 。 是 故 名 歓 喜 三 味 。 此 前 悉 用 対 治 立 名 也 。 @ 弗 婆 提 有 。 用 日 光 = 一 味 破 者 日 朝 出 於 東 。 随 便 為 名 耳

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智 顕 の 二 十 五 三 昧 に つ い て 付 ハ 若 彰 ﹀ 弗婆提有。応現説法破其三迷。顕三一誠智日故。比 三 味 名 為 日 光 三 昧 也 。 ⑦ 次月光三味破担耶尼有者。月之初生光現於西。此 随便立名也。月光亦韓日破問。釈三味四意。類日光 三 味 可 知 。 ③ 次熱焔三昧破欝単越有者。北方是陰地。氷結難消。 白 羽 菊 畑 剰 刺 淵 世 。 蹴 即 . 恥 . 捗 々 。 剃 劃 鮒 剣 劇 司 剣 町 似 劇 ﹁ 刻 割 刈 剣 劇 鮒 刻 刻 刑 制 州 制 . 京 一 市 . 減 。 . . . 磁 艇 税 我所。乃是妄計。無我我所理。実猶有性。人我之 惑 。 樹 制 斜 惑 蔚 刺 劉 惑 。 氷 塾 未 融 也 。 割 閥 剥 捌 州 諸 制 惑 氷 執 。 働 釦 州 側 鎖 叫 即 時 . 総 務 . 議 。 倒 倒 刈 剥 . 磁 σ 働 側 劃 四 諦 慧 。 破 法 我 惑 。 修 無 作 四 一 諦 慧 。 破 真 如 我 惑 。 若 伺 町 内 . 刈 劃 制 倒 。 磁 怯 . h N 誠 一 銭 。 調 剤 一 一 一 . 除 成 。 創 m真 樹 割 l l l 門 風 間 本 な し ﹀ 智 焔 。 破 法 我 惑 。 得 俗 一 諦 三 味 成 。 故 能 如 空 種 欝 樹 。 応 之 。 令 免 悪 業 問 。 有 入 空 機 。 以 生 無 生 慈 悲 応 之 。 令免見思闘。有入仮機。以無量慈悲応之。令免無 知閥。有入中様。以無作慈悲応之。令免無明問。 自既破閥亦令他破問。故税制剤ヨ附也。 ① 僅耶尼有。用月光三味破者。則夕刻刻附西。ホ悩 使 立 名 。 月 亦 照 悶 例 同 日 光 。 −

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。 ③ 鱒単越。用熱焔三味破者。北方是陰地氷結難鎖。 自非熱焔赫照終不融冶。北天下人。氷執無我難可 制 問 。 若 刻 矧 刈 到 倒 例 制 割 問 州 側 . 有 街 路 ω ・ ・ 従 . 無 . 総 . . 所 万 . 答 却 問 。 猶 制 自 一 樹 刈 剣 劇 劉 到 刺 割 引 割 劇 剥 破 清 副 司 創 出 掛 鯨 . 自 滅 一 帯 側 倒 刈 明 倒 鮒 劃 劃 ﹁ 制 法我。修無作議。破真如我。得人空成真諦智焔。 得 法 空 成 俗 一 諦 智 焔 。 得 真 如 空 成 中 道 智 焔 。 以 本 慈 悲冥窯法界。彼欝単越。若有機縁。関於慈悲。以 玉 三 味 力 。 不 動 法 性 而 往 応 之 。 示 身 説 法 。 有 善 機 。

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空 順 俗 以 化 物 也 。 剣 劇 剣 一 無 袋 智 焔 。 破 真 如 我 惑 。 知非我非無我。是真我義。無我法中有真我。即見 欝単越之我性。即有三味成。心心寂滅也。菩薩自 証 三 諦 三 味 。 慈 悲 力 故 . 環 . 齢 戦 域 政 誠 一 。 樹 相 対 鰍 謝 我 所 。 令 成 真 我 三 味 。 故 比 三 昧 斜 為 抽 剰 劉 コ 附 也 。 @ 次如幻三味破閤浮提有者。南方果報雑雑。寿命短 艇不.苓剃剣刻似

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凶 定 以 刻 出 凶 器 禁 . 零 幻 出 . 焼 悩幻出無知。幻出無明。一切衆生不知如幻。今菩 劃 剥 劃 定 割 刻 故 修 三 種 三 味 。 鮮 民 . 蘇 .

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提有。用如幻三昧破者。南天下果報雑雑。寿 剣 鋼 材 . 定 。 淵 刺 刻 似 q 凶 賊 . 給 制 刻 刷 剰 q 刻 削 民 感 句 幻 | 出 鮒 矧 対 出 鮒 捌 ﹂ 同 劇 剥 劇 翻 刻 則 l 従 於 持 戒 幻 出無作。破結業幻 o 従 於 禅 定 幻 出 背 捨 。 総 凶 出 . 無 刷 出 . 幾 刻 削 鮒 欄 。 従 鰯 一 盛 議 鉱 山 町 布 . 澱 q . . 徳 . 無 M m 幾 何 州 出 掛 . 織 # . 縦 滞 。 到 劇 刻 破 真 諦 幻 成 。 剣 矧 刻 破 俗 諦 幻 成 。 無明幻破中道幻成。故経言。如来是大幻師。彼閤 浮提。有諸機縁関於番願。以本慈悲随感応之。自 破 諸 幻 成 他 諸 幻 。 是 故 名 為 如 幻 三 味 。 余 如 上 説 。

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智 顕 の 二 十 五 三 味 に つ い て 付 ハ 若 杉 ︶ . ↓ . 叫 俄 一 番 . 示 . 蹴 q . . お . 候 箭 機 敏 . 不 . 駿 考 捌 柴 線 制 。 真 懇不動破見恩動。出仮懇不動破無知動。中道懇不 動 如 須 弥 頂 。 破 無 明 動 。 修 行 力 故 自 一 諮 ヨ 種 桐 劉 q l 慈悲力故。破他三動。故此三昧名為不動三昧。 ⑪ 次難伏三味破三十三天有者。此天居四天之頂。即 是果報難伏。見思難伏無知難伏無明難伏。菩醸為 破其高心。是故修戒定倒的硝果報賄側。修生滅無 生滅。故破見思難伏。自行力故成三難伏。慈悲力 故 破 他 三 難 伏 。 劇 此 ヨ 附 組 制 矧 伏 一 − . 一 . 騰 。 ⑫ ー ー

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− − 次悦意三昧破炎摩天有者。此天虚空無万杖畏。以 之為悦。実非是悦。未有不動業悦。未有無漏悦。 未 有 組 組 制 悦 。 未 有 刷 巡 . 悦 。 菩 | 閣 制 倒 此 . 故 。 倣 回 . 議 能 川 内 . 部 縦 断 ソ 跡 間 協 σ 破其動散不悦。生滅無生滅慈 破其有漏不悦。無量慈破其沈空不悦。無作慈破其 二 辺 不 悦 。 以 無 生 悦 故 真 一 諦 三 昧 成 。 出 仮 称 機 之 悦 故俗諦三味成。中道悦意故中道三味成。自行力故 倒 諮 到 。 成 三 昧 替 願 震 機 縁 感 。 以 本 劇 制 令 他 凶 町 田 動 。 成 三 不 動 。 是 故 名 不 動 三 味 。 委 悉 如 上 説 。 ヨ十三天有 o 用難伏三塁。附是雌.雲環。思 期 制 矧 矧 則 劇 劇 例 制 捌 矧 矧 側 叫 割 醐 一 襲 知 一 出 . 持 . 上。破諸難伏自成三味。普願黒他。若有機縁。以 本 慈 悲 令 他 得 証 。 是 故 三 昧 名 為 難 伏 。 余 如 上 説 。

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創 証 可 嗣 成 。 以 慈 悲 力 故 破 他 三 味 成 。 故 名 悦 意 一 昧 也 。 詐 官 三 昧 破 兜 率 天 有 者 。 要 量 調 。 脚 − 警 官 。 劃 劇 剥 倒 州 制 。 故 働 矧 刊 剥 吋 捌 割 問 真 見 青 真 。 下非青仮見背仮。故得中道。見背中道破其背有。義 掛 布 . 知 。 ⑬ ・ 次 黄 色 三 味 破 化 楽 天 有 。 ゆ 剥 到 副 割 自 制 天 有 o 焼 事 . 白 当 一 撃 . 穂 川 町 割 弱 酬 額 制 者 。 留 農 . 黙 認 護 霊 q . . 賊 選 定 以 . 議 由 。 但 剰 刺 周 到 劇 例 制 捌 矧 劇 。 菩 薩 為 劇 是 諸 黒 行 故 。 修 三 一 諦 白 法 。 破 戒 之 義 推 之 可 知 。 ⑪ 次種種三味破党王有者党主主三千大千。大千品類 智 顕 の 二 十 五 三 味 に つ い て 付 ハ 若 杉 ﹀ 一町率陀天有。用青色三昧破者。真諦三蔵云。封 劇 劉 剰 剖 。 額 脱 鵬 現 執 . 4 M 同 館 . 常 σ 割 劇 剥 耐 謝 罰 則 l 下働矧↓剥 q 剥 割 問 責 赤 白 。 而 見 背 黄 赤 由 。 第 一 義 非 戒定議。而戒定慈。以戒破果報青。以生無生慧破 見 思 青 。 非 真 見 真 。 非 仮 見 仮 非 中 見 中 。 亦 復 如 是 。 三 青 障 破 自 成 三 諦 三 青 三 昧 。 乃 至 感 応 成 他 三 味 。 側 主 税 緒 。 静 割 弱 制 調 君 。 一

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智頭の二十五三味について H ハ 若 杉 ﹀ 即 刻 。 故 新 観 樹 お 制 。 為 州 制 裁 組 制 御 故 倒 樹 樹 空 。 入 種 種 仮 o 見 種 種 中 道 。 一 知 彩 . 都 内 祭 町 一 笥 融 問 。 名 種 種 三 昧 也 。 義 推 可 知 。

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鍵照三味破二禅有者。二禅独有内浄喜岡刻故 0 . 受 . 銭 忽 . 0 菩薩為破此襲故。修劃劃劉倒劉刷。隻照 二 帝 。 義 推 可 知 。 ⑮

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− − − 次官音三昧破三禅有者。此禅受楽最為第一。著楽 深入剣剰刺劃到。菩躍為破比楽故 o 則ヨ縦割制凶 驚 骸 。 推 之 可 解 。 @

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− − − 次謹雨三味破四禅有者。四禅知大地具種種芽。若 不 得 雨 芽 則 不 生 。 一 切 善 根 。 在 四 禅 中 。 若 三 一 諦 雨 三 智 普 発 生 也 。 義 推 可 解 知 。 同州劇劃両副鮒制覇者。此是州−瑚天美 . . 鯨 鶴。而剖為無想劃劇。如小児夢尿。菩薩為破是有 故 。 以 三 一 諦 空 破 無 想 。 故 言 如 虚 空 三 味 。 榊 側 側 副 謝 割 者 。 候 穏 健 犠 毒 器 削 即 選 期 轍 鎖 倒 盤 。 未 見 種 種 空 種 種 仮 種 種 中 。 硯 比 組 種 修 種 種 行 。 自 成 種 種 亦 成 他 種 種 。 如 上 説 。 ず 用 鍵 三 味 者 。 二 禅 独 自 書 要 。 議 案 . 機 考 . . 必 峨 果 報 . 段 。 而 . 宋 . 昆 剣 劃 剣 劇 劉 刷 。 側 蝋 必 説 。 設 側 刷 劃 ヨ 閥 ・ 者 。 州 側 斜 劇 協 w o 州制鮒劉虫。是 果 報 著 楽 。 叉 著 空 楽 仮 楽 中 楽 。 縦 続 麟 誠 剣 円 以 隣 諸 雷音之行。余如上説 o

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