• 検索結果がありません。

音楽科の授業改善のための授業分析 : 音楽科特有の教授行為に着目して

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "音楽科の授業改善のための授業分析 : 音楽科特有の教授行為に着目して"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

†教科教育専攻 音楽教育専修 指導教員:杉江淑子 原 著 論 文

音楽科の授業改善のための授業分析

―― 音楽科特有の教授行為に着目して ――

あ ゆ み

Analysis of the Process of Music Classes for Improvement

―― Paying Attention to the Specific Teaching Style for Music ――

Ayumi KITASAKI

1.は じ め に 音楽科の授業について,「従来の授業方法で は通用しない」という声を耳にすることがある。 その一方,子どもの姿を的確に把握し心に響く 指導を行っている教師の元では,子どもは意欲 的に活動し音楽的にも高まっている。それら音 楽科の熟練教師と授業が成立しない教師はどこ が違うのか,音楽科の教師としてどういう力を つけることが必要なのかという問題意識から, ①複数の視聴者による授業のビデオ記録視聴の 分析,②同一授業者による 2 授業の比較による 授業分析,③音楽科特有の非言語的教授行為の 分析を行い,それらの結果を元にして,音楽科 授業の改善案の設計と検証を行った。 2.複数の視聴者による授業の ビデオ記録視聴の分析 2. 1 目的 授業中の予想のつかない「出来事」1)に対応 するためには,授業者が,授業を多元的・多角 的に見る力を養うことが必要である。そこで, 経験や専門分野の異なる複数の協力者 (以下 「視聴者」とする) に同じ授業のビデオ記録の 視聴を依頼し,視聴時の発話記録から音楽科の 授業の捉え方について多様な観点を引き出すこ とにした。 2. 2 方 法 2. 2. 1 視聴に選んだ授業 ・低学年の歌唱の授業 近畿圏内の D 小学校 2 年生。授業者は音楽 専科。 視聴者は,授業者,担任,音楽教育専攻の大 学院生 (幼少時からのプライベートな音楽学 習経験が豊富にある院生 1 人と,少ない院生 1 人),特別支援教師,熟練音楽教師 ・高学年の和楽器を使った創作の授業 近畿圏内の K 小学校 5 年生。授業者はその 学級の担任。 視聴者は,授業者,作曲家,音楽教育専攻の 大学院生,特別支援教師,熟練音楽教師 2. 2. 2 授業のビデオ記録2)の視聴の方法 ビデオ記録の視聴は,佐藤 (1996)3)を参考 に,下記のような手順で進めた。 ①授業のビデオ記録を,視聴者 1 人ずつ別々 に,1 度だけ視聴してもらう。 ②視聴しながら,感じたことや考えたことの すべてを発話してもらう。

(2)

③発話のために一時停止することは認める (巻き戻しはしない)。 ④その視聴の様子をビデオカメラで記録する。 そ の と き,授 業 の ど の 場 面 で の 発 話 か がわかるように,テレビ画面が写るように 録画する。 授業を行うときと同様の即時的思考の様子を 知るため,巻き戻しは認めないことにした。さ らに佐藤は,ビデオ視聴をしてもらう際に一時 停止することも認めていない。しかし音楽科の 場合は,ビデオを停止しないで発話すると,そ の間の子どもの音楽表現を聴き取れない恐れが あるため,本研究では発話のために一時停止す ることは認めることにした。 2. 2. 3 分析の方法 まず,それぞれの視聴者の発話命題4)をカテ ゴリーを設け量的に分析するとともに,視聴者 別に特徴を整理した。また,同一場面について の発話を取り上げ分析を行った。 2. 3 分析結果 2. 3. 1 発話のカテゴリー分類から見た視聴 者による相違 次に,それぞれの視聴者の発話命題を分析す るため,表 1 のようなカテゴリーを設けた。紙 面の都合で,本項ではこのうち③と④について 取り上げ記述する。 (1)どのような視点で状況を捉えているか それぞれの視聴者が,何に関心を持って授業 を見ているかがよく現れる結果であった。音楽 専攻院生は,「4 分音符と 8 分音符の違いを手 拍子で表現するには無理がある」「授業者が伴 奏で表現することで,子どもが雰囲気をつかみ やすくなっている」等,音楽の専門的な立場か らの意見であった。特別支援教諭は多岐の内容 にわたって発話していた。授業クラスの担任は 「関心・意欲・態度に関する視点」についての 比率が目立って高かった。 (2)発話命題は,事実か,印象か,推論5) 現職教員は推論の割合が非常に高かった。音 楽専攻院生は音楽的内容に関して推論の割合が 高く,特別支援教師は,「音楽」や「指導者の 音楽の指導力」,「学級経営」に関する推論の割 合も高かった。熟練音楽教師は他の視聴者では それほど高くなかった「関心・意欲・態度」や 「曲・教材」についての「推論」も高かった。 また,高学年の授業者は,授業者という特別な 立場で視聴を行ったにもかかわらず「推論」が 高めであった。 2. 3. 2 複数の視聴者による同一場面の発話 分析 同一場面を視聴していても,視聴者によって 発話の視点が異なり,授業の見方には多面的な 捉え方があることが示された。ここでは,それ ぞれの視聴者の立場や専門性の違いが表れた特 徴的な 2 場面を取り上げて考察する。 表 2 では,授業者の発話から,子どもから 「もう 1 回」という言葉が出るように意図的に ① 着眼している対象 ア 子ども全体・全員 イ 子ども個人 ウ 子ども個人と子ども個人のつながり エ 授業者 オ 授業者と子ども全体 カ 授業者と子ども個人 キ 曲・教材 ク その他 ② ①の何に着眼しているか ア 音・音楽そのもの イ 音・音楽に付随した活動 ウ ア,イ以外 ③ ①②の事実を元に,どのような視点で状況を捉えているか ア 音楽に関する視点 イ 関心・意欲・態度に関する視点 ウ 学級経営に関する視点 エ 子どもの発達に関する視点 オ 子どもの生活環境に関する視点 カ 指導者の音楽の指導力・音楽の指導の工夫に関する視点 キ 曲・教材に関する視点 ク その他 ④ どのような立場に関する命題か ア 教授に関する命題 イ 学習に関する命題 ウ 担任に関する命題 エ 演奏家・音楽指導者に関する命題 オ その他 ⑤ 発話命題は,事実か,印象か,推論か ア 誰が見ても確認できる事実だけを語ったもの (事実) イ その事実の印象だけを語ったもの (印象) ウ その事実の意図や原因,次の展開の予測をして語ったもの, (推論) 表 1 発話命題の分析カテゴリー

(3)

仕組んだ活動であったことがわかる。担任は, 最初は観察者の立場で話していたが,子ども たちが活動し出すとまるで目の前に子どもがい るかのように話す様子が印象的であった。ビ デオで子どもたちが歌を歌う場面では一緒に 口ずさむ様子も見られた。また発話から,気に なる子どもの様子を注視していることがわか る。特別支援教師は子どもの思いや授業者の意 図を見抜き多様な立場から見ている。日頃から, 配慮を要する子どもにとって無理のない学習 内容になっているか,改善できる点はないか等, 振り返りながら授業を行うことにより,佐藤 (1996) のいう多元的思考を身につけたのでは ないかと思われる。 また表 3 では,音楽専攻院生と作曲家は音楽 的な立場から共通した意見を述べている。さら に作曲家の発話からは,創作経験がほとんどな い子どもがわずかな長さのリズムづくりをした 活動においても,その活動を尊重する視点を持 ち合わせていることが感じられる。熟練音楽教 師は集中力が持続しにくい子どもや音楽的技能 の未熟な子どもを指導してきた経験から,目の 前で起こる子どもの様子を見て即時的に指導法 を探る力が備わっていると思われる。また授業 者は,先にも述べたように「推論」の割合が高 めであった。授業者が自分の行った授業ビデオ を視聴しながら推論を行うのは,豊富な経験や 高い専門性が必要だと考えられる。授業者は特 別支援学校小学部の勤務経験に加え大学院で音 楽教育を学んだ経験から,自分の授業を客観的 な立場から見つめたり個々の子どもを細やかに 見取ったりする点において優れた力を持ってい るのではないかと思われる。 このように,同じ授業の同一場面であっても, 視聴者によって多様な捉え方をされることがわ かった。つまり授業は多面性を持ったものであ るといえる。そこで次に,授業者が 1 人で多元 的・多角的な視点を持つためにはどうしたらよ いかを考察していく必要があると考え,第 3 節 の課題を設定した。 14.新しい歌と 出会う (両手を使って一生懸命数えている。途中でわ からなくなった様子の子も) では,ほんとに 4 回かどうか,聴いてもらうか ら,心の中で数えてよ。 15.CD を 聴 い て「ア イ ア イ」 の数を数える (曲が終わると) えー!? 10 回!? 17!? もう 1 回! 17?おー。ややこしいみたいやね。 もう 1 回?じゃあもう 1 回行きます。 16.CD を も う 1 回聴いて,回 数を確かめる 特別支援教師 「鑑賞の場合は,「もう 1 回」って言ってくれると,とってもうれしいんです」と発話。 子どもから「もう 1 回」という言葉が出るように意図的に仕組んだことがわかる。 授業者 授業者の働きかけ (声,歌声,表情,動き,発問等) (声,歌声,表情,動き,つぶやき,反応等)児童の様子 活動内容 表 2 「もう 1 回 (CD をかけて)」という子どもの発言の場面の授業記録と,その場面における主な視聴者の発話 記録 (低学年授業)〔抜粋〕 まるで目の前に子どもがいるかのように興奮して話す様子が印象的だった。気になる子が授業に 参加できているか,意欲的かを絶えず気にかけ,CD を 1 回目聴くときと 2 回目聴くときには, 同じ子を目で追っていた。 (1 回目)「○○君は,なんだこれって,問題がいっこもわかってない」 → (2 回目)「やりました!今度○○君,変身や。数えました!」 (1 回目)「××君は,わからんわっていう表情」 → (2 回目)「××君頑張った。おっしゃ合ってるわ」 担任 1 回目を聞き終わったあとの子どもの様子を見て,「「もう 1 回聴きたい」って言うん違う?」と 発言。「もう 1 回」という子どもの発言を受け,「やっぱり。もう 1 ぺん聴きたいという聴かせ方 や。さすがやな」と授業者の指導を高く評価。また,「もう 1 回聴きたいって,なるよな。意外と 難しいもん」と子どもの立場からの見方になり,そのあと前奏が始まると「「今度こそ!」って 思ってはるんやで」と子どもの立場での発話が続く。 新しい歌?音だけ聴かせて。 知ってる! アイアイアイアイ (と歌いながら指を折って数 える)。4 回。(真剣に数えている) 今から新しい歌をやります。 (黒板に〈アイア イ (題名)〉張る) 知ってる? では知ってる人に聞きます! 「アイアイ」は 1 番に何回出てきますか?

(4)

3.同一授業者による 2 授業の比較 による授業分析 3. 1 目 的 筆者が参観した授業の中で,同一の授業者が 同じクラスを対象に同じ題材で行った授業であ りながら,子どもたちの様子が大きく異なる印 象を受けた 2 つの授業があった。筆者だけでな く授業者自身も,1 つの授業については「よい 授業」,もう 1 つについては「よくない授業」 という感想を持ったようであった。印象レベル とはいえ,このような感想を持つのには何らか の理由があると思われた。その理由を明らかに し,そこから音楽科の授業を活性化させるため の条件を見つけることを目的に,2 授業の比較 分析を行った。 3. 2 方 法 授業クラスは近畿圏内の K 小学校 6 年生。 このクラスの担任による歌唱の授業である。 筆者の主観で「よい授業」という印象を受け た「授業 2」,「よくない授業」という印象を受 けた「授業 1」の 2 授業について,主観的・客 観的両方の視点から比較分析を行った。 3. 3 主観的視点による比較分析 3. 3. 1 子どもの授業評価による 2 授業の比 較分析 授業を受けた子どもたち自身の 2 授業に対す る感じ方にも違いが見られるのではないかと考 え,子どもの「授業の振り返りカード」を比較 した。 図 1 に示されるように,「授業 2」は,目当 ての達成について,「授業 1」と比べると格段 に評価が上がっている。感想を見ても,「周り の人につられないように歌えた (4 人)」「きれ いに重ねられて気持ちよかった (2 人)」「1 時 間で 3 部合唱ができた (3 人)」等,副旋律が 歌えるようになったことに満足していることが わかる。「つられそうになった」と答えた 6 名 も,「気持ちよく歌えましたか」の質問には全 音楽専攻院生 「思いつきで手を挙げたなって,先生読み取らはったと思うんやけど,ここはやりきらしてあげ んと,5 年生の場合は,というのがあったと思うわ」 特別支援教師 「(○○児のつくったリズムを,授業者がドドンドカカドンと受け取ったのを受けて) おそらく あの子は,ドドンドカッカドンにしたかったのかなって。彼のプライドのためには,つっこん であげてもよかったかな」「「さんはい」っていうのだと考えてる最中のイメージが彼にもあっ たし,「123 はい」っていうふうに,1 から考える,2 拍だけ多くなるだけなんだけど,息をさ せてあげてリズムを打つ方が…」 作曲家 「あせるんやな,教師は,ここで。早くやってもらいたいから」「1 つ目の目当て,先生と合わ せてやろうっていうことか」「そろそろ飽きだしてきゃはるで」 熟練音楽教師 授業者の働きかけ (声,歌声,表情,動き,発問等) (声,歌声,表情,動き,つぶやき,反応等)児童の様子 活動内容 表 3 即興でつくったリズムを発表する場面の授業記録と,その場面における主な視聴者の発話記録 (高学年授業)〔抜粋〕 (○○児立つ) (○○児,入れない) まだ考えてる (○○児ようやくたたく) (全員で) ドドンドカカドン リズムやってみようという人,いる?○○さんど うぞ。 さんはいで,やってください。さんはい。 じゃあ,考えてからやりましょうか (手で座りま しょうという合図をしながら)。 あ,今考えてる?やりましょうか? これ,口で (リズムを) 言うたらどうなるやろ? (○○児のリズムを,口と手で再現) ドドンドカ カドン。一緒にやっておこう。 5. 即興でつくっ たリズムを発表 「子どもらに,あんまり考えないで,「やってみ」っていったんだけど,今見てると,結構難し かったかもしれんなと思って」 授業者 「自分の好きなときに出させたらダメなんですか。「うっ」てなったんで。自分が考えたものの ときは,自分のタイミングじゃないと出られない」「なんか,楽譜に起こせないリズムのような 感じもするんですよ。つくったリズム。先生がいわれたリズムと微妙に違うような」「楽譜には 表せないなって。でもそれでいいような気もするんです。創作って」

(5)

員が「♪♪♪」と答えていて,音を重ねること についてはまだ十分とは言えないが,この時間 にできるようになったことに手応えを感じてい る様子がうかがえる。 つまり,子どもによる授業評価では「授業 2」の評価が高くなっており,子どもの授業評 価の結果は授業者の印象と一致するものである ことが示された。 3. 3. 2 比較視聴者による 2 授業の比較分析 音楽教育専攻の大学生・大学院生 8 名に,2 つの授業のビデオ記録を視聴してもらい,それ ぞれについて「授業評価のチェックシート6) への記入を求めた。 その結果,比較視聴者による授業評価も授業 者の印象と一致していることが示された。 3. 4 客観的視点による比較分析 3. 4. 1 授業場面の時間量による 2 授業の比 較分析 筆者の経験から,授業中教師の指示や説明が 多くなったり,実技を伴う教科で活動時間が短 くなったりすると,子どもの意欲が減退しオ フ・タスク行動7)が増加することを実感してい る。そのためこの 2 授業でも,授業場面8)の時 間的な比率に違いがあるのではないかと考えた。 図 2 のように,「授業 2」の方が「音・音楽 を伴う活動」の時間量が随分多かった。ところ が 2 授業の比較視聴者である大学生・大学院生 の中には,「授業 2」においてもまだ十分では ないと考える者もあった。従って,「音・音楽 を伴う活動」時間量が授業全体の半分くらいは 確保されていないと,「よい授業」とは感じに くいのではないかと思われる。加えて「マネジ メント」時間9)を最小限にとどめることも必要 である。 3. 4. 2 授業者の範唱の時間量による 2 授業 の比較分析 授業者は,音・音楽による働きかけを巧みに 行っていた。例えば,〈星の世界〉の中音パー トを聞いて「同じ音が多い」と発言した子ども を受けて,「♪ラーララララーシーシー (ア・ カペラで 1 段目を音名範唱)。おんなじのが多 いって,どういうことか,わかった?何が多 い?」と実際に歌って示すというようにである。 範唱の時間量を比較すると,表 4 のようになる。 「授業 2」において多くの範唱を行っており, その行い方も大変効果的であった。さらに, 音・音楽による支援も効果的に行っていた。 3. 4. 3 その他の視点からの 2 授業の比較分析 その他の比較分析から上記以外に引き出され たことを記述しておく10) 「音・音楽を伴う活動」は消えてしまうため, 「音・音楽を伴う活動」の過程と並行して承 認・否認などの評価を行うこと,「音・音楽を 図 1 子どもの「授業の振り返りカード」による 2 授業の比較 図 2 「授業 1」「授業 2」における 4 つの授業場面の 時間量による比較

(6)

伴う活動」における個人への承認・否認を増や すこと,「音・音楽を伴う活動」の過程と並行 して個人への承認・否認を行うために,アイ・ コンタクトや手振り,うなずき等の非言語によ る承認・否認を効果的に行えるようにすること である。 以上のことから,音楽科の授業においては他 教科にはない重要な鍵となる教授行為が存在し, その 1 つが,「音・音楽を伴う働きかけ」を含 む非言語的教授行為であると考えた。 4.音楽科特有の非言語的教授行為の分析 4. 1 目 的 篠 原 (2000)11)が,「経 験 豊 富 な 教 師 は,音 (音楽) で子どもたちに働きかけることが多く ある」(p. 11) と述べているように,第 3 節の 授業者同様,音楽科を専門とする教師の授業で は,例えば「○○のように歌ってみよう」と言 葉で説明する代わりに,正しい音楽的モデルや 誤った音楽的モデルを実際に示すことにより, 授業者の意図を正しく速く子どもに伝えると いったことがよく行われている。また上述した ように,音楽科の授業においては「音・音楽を 伴う活動」が重要であり,そこでは活動の過程 と並行して指導・評価しないと意味をなさない ことが多いため,非言語による指導・評価が非 常に重要になると考えられる。そこでここでは, そういった音楽科特有の非言語的教授行為12) について明らかにすることを目的とした。 4. 2 方 法 音楽科の授業においてどのような非言語的教 授行為がよく行われているのか,どのような非 言語的教授行為が重要だと捉えられているのか についての概要をつかむために,表 5 のような 調査対象者に対して質問紙調査を行った。表 5 の対象者のうち,基本的には音楽科を専門とす る教師と音楽科以外を専門とする教師の回答を 分析した。 4. 3 調査内容 「オフ・タスク行動場面における非言語的教 授行為」「授業で重要な非言語的教授行為の種 類」「音楽科の授業が難しいところ・魅力的な ところ」「発達段階に応じた効果的な非言語的 教授行為」等の観点から質問紙を作成した。音 楽教育専攻の大学生・大学院生,音楽科を専門 とする教師,音楽科以外を専門とする教師とで, 必要に応じて調査内容を変えた。 4. 4 非言語的教授行為についての教師の認識 4. 4. 1 オフ・タスク行動場面における非言 語的教授行為 図 3 のように,音楽科を専門とする教師,音 楽科以外を専門とする教師のいずれもが,「教 子どもが「この曲の好きなところ」と発表した部分を歌って示す。「次は「輝 く夜空の」からいくよ」と歌い始めの部分を示す。歌うとき発音を間違えや すい箇所の,正しいモデルと誤ったモデルを示す。 3 場面 8 秒 36 授業 1 9/26 出だしの音の出し方を歌って示す。三部合唱の中音パートと低音パートの特徴 に気づかせるため,1 段ごとに音名範唱をして聴かせる。「次はマで歌ってみよ う」と指示を出したあとで見本を示す。旋律を覚えられるように,1 段ずつ見本 を示しては子どもにまねをさせる。「次は「まばたくあまたの」からいくよ」と 歌い始めの部分を示す。正しい音が取りにくい部分を歌って示し,練習させ る。三部合唱で合わせるとき,中音パート,低音パートの最初の音を示す。 10 場面 1 分 51 秒 65 授業 2 9/28 範唱の時間量 範唱の場面 授業者が範唱を行った具体的場面 授業 表 4 授業者の範唱の時間量による 2 授業の比較 有効回答者数 配布数 有効回答率 調査対象 表 5 有効回答者数と割合 77.1% 35 27 音楽教育専攻の大学生・大学院生 69.6% 46 32 音楽科を専門とする教師 60.8% 79 48 音楽科以外を専門とする教師

(7)

師や他の子どものモデルを見る」「全員が演奏 や実技等の活動を行う」といった活動について は「オフ・タスク行動が起こりにくい」と考え ていることがわかった。その中で音楽科を専門 とする教師は全員が,「教師の範唱や範奏を聴 く」活動は「オフ・タスク行動が起こりにく い」と回答した。 他にも,「目当てや見通しを持たせること」 「配慮を要する子どもへの見取りをしっかりす ること」「子どもが主体的に取り組めるように すること」等でオフ・タスク行動を防ぐことが でき,そのためにはまず「学級づくりが基盤」 と考える教師が多かった。また,「空白をつく らない」ことがオフ・タスク行動を防ぐために 大事だと考える教師が多かったが,特に音楽科 を専門とする教師の自由記述からは,活動の種 類や話をするタイミング,CD がスムーズに流 れるようにするといった事前準備,教室配置等 に関わる様々な工夫をしている様子が伝わって きた。 4. 4. 2 授業で重要な非言語的教授行為の種類 図 4 のように,音楽科を専門とする教師が音 楽科の授業で重要だと考える非言語的教授行為 の種類について上位 5 つを順番にあげると,① 表情 ②範唱 ③正・誤モデル ④アイ・コン タクト ⑤指揮の通りであった。これらについ ては,教師たちは現在も授業でよく行っている と答えており,さらに今以上に行うことが必要 だと捉えているということである。教師の立つ 位置や視線といった,音・音楽を伴わない非言 語的教授行為の重要性について意識している音 楽科を専門とする教師も多く見られた。 5.授業分析を生かした音楽科授業 の改善案の設計と検証 5. 1 目 的 ここまでに述べてきた音楽科授業を活性化す るための条件を取り込みながら,筆者が過去に 行った音楽科授業の改善案を設計するとともに, その改善案に沿って実際に授業を行い検証する ことを目的とした。 5. 2 改善の視点と指導計画 筆者が 2006 年度に担任をしていた 5 年生を 対象に行った授業と,同一学年,同一題材,同 一教材で 2008 年度に授業を行い,比較分析す ることにした。 2008 年度の授業においては,2006 年度の授 業で引き出された課題から特に, 図 3 オフ・タスク行動が起こりやすい活動について ―音楽科を専門とする教師,音楽科以外を専門とする教師の回答―

(8)

①教師の範唱・範奏 ②教師の歌唱や演奏による正しいモデル・ 誤ったモデルの提示 ③演奏中の非言語による指導・評価 ④一人ひとりの子どもと信頼関係を築くため の非言語的教授行為の効果 の 4 点に絞って授業の改善を試みた。表 6 に は,2006 年度と 2008 年度とで,改善のために 変更した点を示す。 5. 3 改善した指導計画の実践と検証 改善した指導計画による授業の詳細について は,筆者の論文 (北﨑 2009) に記している。 ここでは,改善した指導計画に基づいた実践結 果と課題を略述する。 ①教師の範唱・範奏の効果 効果の 1 つ目は,教師が範奏を行っていると きはオフ・タスク行動が見られないだけでなく, 子どもが緊張感を持って聴くことができたこと, 2 つ目は,美しい音色にこだわって演奏できる ようになったこと,3 つ目は,子どもの「やっ てみたい」という気持ちを引き出すことに役 立ったことである。例えば表 7 の第 8 時に示す ように,より高い音楽表現を目指す様子が見ら れた。範唱・範奏の効果をさらに高めるために は,範唱・範奏を聴いたあとで,子どもが自分 たちの音をじっくり聴くことのできる環境を整 えることが必要であると感じた。 ただし,範唱・範奏の質が重要なことは言う までもない。第 4 節の音楽科を専門とする教師 を対象にした調査でも,「専門的な技能が必要」 なところが「音楽科の授業の難しいところ」と 考える教師の割合が非常に高かった。このこと は,音楽の専門的な技能が比較的備わっている と思われる音楽科を専門とする教師でさえ,専 門的な技能はまだまだ不十分だと考えていると いうことである。音楽科の教師は,子どもが憧 れを持てる範唱・範奏ができるように資質を高 める努力をすることが必要だと思われる。 ②教師の歌唱や演奏による正しいモデル・誤ったモ デルの提示の効果 教師の正しいモデルや誤ったモデルを実際に 見たり聴いたりすることは,子どもの理解を深 めたり理想の音色を把握したりする上で,大変 効果があることが感じられた。さらに子ども自 身が,教師の投げかけにより正・誤の 2 つのパ ターンの演奏を実際に行うことで,より実感を 伴って理解できると思われる。これは表 7 の第 9 時で,同じ CD でも聴き方が変わってきたこ とからも示される。 ③演奏中の非言語による指導・評価の効果 音は消えてしまうため演奏の直後に指導・評 価することが必要であるが,演奏中には言葉に よる指導・評価がしにくいことから,うなずき や身振り・手振り等の非言語的教授行為を用い ることが必要である。改善案に基づいた授業で 図 4 音楽科の授業における非言語的教授行為の種類別の重要性について ―音楽科を専門とする教師の回答―

(9)

は演奏中の非言語による教授行為についても意 識的に行うように努めたが,自然に行うことが 難しく,その効果をはっきりと確認することは できなかった。このような演奏中の非言語的教 授行為を自然に行うことができるようになるた めには,最初は,教師がこういった行為を普段 から意識的に行うことが大事だと思われる。 ④一人ひとりの子どもと信頼関係を築くための非言 語的教授行為の効果 ある程度は無意識のうちに行ってきたと考え ている。しかし,多様な非言語的教授行為を用 いることにより,さらに効果を高めることがで 学習教材 自動伴奏の音源は使用しない。無伴奏または教師のピア ノ伴奏とする (注 1)。リズム打ちのモデル。 教師が子どもと同じ楽器を使用して,範奏を行ったり, 正しいモデル・誤ったモデルを示したりする。 マレットの奏法についても,教師の範奏を交えながら子 どもが正しく理解できるようにする。 自動伴奏の音源を使用する。 リズム打ちのモデル。 楽器を使用した範奏はなし。 音・音楽を ともなう非 言語的教授 行為 演奏中は,できるだけアイ・コンタクトや身振り・手振 り等非言語的教授行為を用いて指導・評価を行う。 ブレスを行うべき部分では大げさに息を吸う。行うべき ではない部分では行わない。 休符を手振りでも示す。 アイ・コンタクト。表情。身体的接触。沈黙・間合い。 演奏中に言葉で指導・評価を行う。 表情や身体的接触は効果的に行っていた。 沈黙・間合いは効果的に行っていた。 音・音楽を ともなわな い非言語敵 教授行為 2 台のビデオカメラで録画する。1 台は子ども用。1 台は教師用。 録画の方法 2006 年度の授業 2008 年度の授業 (注 1:下線部が,本研究に関わって変更を行う点) 観 点 表 6 2006 年度の授業と変更する点と変更しない点〔抜粋〕 ・楽器の特徴を生かしながら演奏するよさや楽しさを味わう。 ・曲想を感じ取って音楽を聴いたり,曲想を生かした表現を工夫したりすることができるようにする。 題材目標 ・〈キリマンジャロ〉(ウォルフシュタイン・ウォルフガング ヤス 作曲/橋本祥路 編曲) 他 教 材 第 1 次にリコーダーと鍵盤ハーモニカを使って全員で主旋律演奏をすることや,グループに分かれ て演奏を工夫するところ等,基本的な流れは変えない。 指導計画 9 人× 2 グループ 8 人× 3 グループ 活動形態 子ども用の楽譜については同一の教科書を使用する。ホワイトボードの楽譜についても,教師手作 りの同じ楽譜を使用する。 使用楽譜 学習カードによる学習の目当ての確認や自己評価,アドバイスカードによる相互評価。 N 小学校 2008 年度 5 年生 18 名 N 小学校 2006 年度 5 年生 24 名 対 象 曲想を生かして演奏しよう 題 材 前時では「間違えないように」演奏することで精一杯であったが,本時では「合わせたい」という次の段階の 目当てを持って取り組むことができた。さらに,本時の最後には自分たちの演奏が平面的であると感じ,「殺風 景」だという感想を持つようになった子どもが出てきた。音楽表現への子どもの要求水準がさらに高まったの は,第 1 時の段階から美しい音色にこだわって学習を進めてきたことと無関係ではないと考える。 第三次 第 9 時 さらに演奏を高め合奏を仕上げる学習の時間 前時の「殺風景」というコメントを受け,子どもたち自身がその原因を考え,少しでも〈キリマンジャロ〉の 魅力が表れる合奏にしていけるようにしたいと考えた。「このような意見が出るのは,子どもの耳が育っている 証拠」という参観者の意見を伝え,やる気を高めたいと考え授業を始めた。 また指導用 CD をかけた途端,「うわあ,すごい」という声があがった。それまでにも同じ CD を聴く機会が 何度もあったが,耳が育ったことで,それまでと違う聴き方ができるようになったのであろう。 CD では,自分たちにはできていないことが実現されていることを感じたのではないだろうか。 第三次 第 10 時 学習を生かして原曲の CD を聴く学習の時間 原曲の魅力について具体的に何項目もあげることができた。楽器の音色や種類に関する意見,速さに関する意 見,曲想に関する意見,リズムに関する意見,曲の構成に関する意見等である。合奏曲〈キリマンジャロ〉を最 初に聴いたときと比べ,音楽の要素に着目して具体的に特徴をあげることができるようになっており,学習の成 果が表れていることを感じた。 第三次 第 8 時 グループ合奏の中間発表の時間 表 7 改善した指導計画に基づいた実践結果と課題

(10)

きるのではないかと考える。そのために,この 点についても最初は意識的に用いることが大事 だと思われる。 6.お わ り に 本研究では下記のことが見出された。 ① 1 つの授業でも多元的・多角的な見方があ ることがわかったこと。従って,授業者 が授業を固定的に見るのではなく,立場 を変えながら見ていくことが大事である こと。 ②音楽科授業において,音・音楽を伴う活動 時間を保障すること。教師が質の高い範 唱・範奏を行うことが重要なこと。 ③音・音楽を伴う活動の時間量とその質を保 障するために,非言語的教授行為を多様に 行っていくことが重要なこと。 しかしながら,十分に明らかにできなかった ことや,新たな課題もある。 その第 1 は,教師の範唱・範奏,正しいモデ ル・誤ったモデルの提示を意識的に行うことに より,子ども全体の演奏の力や意欲は高まった が,子ども個々人の技能や意欲の高まりについ ては,授業中の筆者の主観的な判断にとどまっ ていることである。1 時間の授業の初めと終わ りで,1 題材の初めと終わりで,1 年の初めと 終わりでというように,個々の子どもの変化を 段階的に追っていく研究が必要である。 第 2 の課題は,音楽科の教師としての資質を 一層磨くことである。子どもの歌唱を引き立た せることのできるピアノ伴奏,子どもが憧れを 持てる範唱・範奏,子どもの演奏を聴き分ける ことのできる聴取の能力を高めることである。 第 3 に,演奏中の非言語による指導・評価と, 一人ひとりの子どもと信頼関係を築くための非 言語的教授行為の力を高めることである。その 必要性を感じながらも,意識的に,十分に行え たとは言い難い。これらについては,無意識に 行えるようにすることが大事だと思われるため, 日々の授業の中で実践していきたい。 本研究で得られた成果を生かしつつ,新たな 課題についても追究し続け,音楽科の教師とし て,より「深まりのある喜びを感じることので きる授業」ができるよう,今後も授業改善に向 けた授業分析を続けていきたいと考えている。 注 1 ) 佐藤 学は,稲垣忠彦・佐藤 学『子どもと教 育 授業研究入門』(岩波書店,1996) の中で, 「あらかじめ予期したり意図して起こる事柄は 「結果」であって「出来事」ではない。「出来 事」は,教師や子どもの意図や計算を裏切っ て,そこに新しい状況と関係を現出させる事 件」(p. 83) と説明している。 2 ) ビデオ録画にあたっては,奥村志迪「授業記録 の作成法」(全国教育研究所連盟編『学校にお ける授業研究』東洋館出版,1980,pp. 33-41) と浦野弘「ベテラン教師が録画した授業記録 から授業観と教育技術を抽出する研究」(秋田 大学教育文化学部教育実践総合センター,科 学研究費補助金研究成果報告書,2002) を参 考にした。 3 ) 稲垣忠彦・佐藤 学の前掲書 (1996,p. 102) を参考に,音楽科の授業であることを考慮し た。 4 ) ここで,「命題」とは,1 つの意味のまとまり を持った発話とする。着眼している対象,捉 えている状況,事実を述べているのか推論か 等の視点が変わらないまとまりとする。2 文で 1 つの命題のこともあるし,1 文の中に,2 つ の命題があることもある。 5 ) その事実の意図や原因,次の展開の予測をして 語ったもので,高度な判断を要する意見であ る。授業者が活動を行った意図を説明してい るような場合には「事実」に,自分の指導の 是非を確かめるような場合は「推論」に分類 する。 6 ) 第 2 節の授業分析結果に基づいて,教師が大事 にしなければならない教授行為をリストアッ プし,それを元に 16 項目のチェックシートを 作成した。 7 ) 吉富功修他は,『音楽教師のための行動分析― 教師が変われば子どもが変わる』(北大路書房, 1999) の中で,「課題から離脱すること」と説 明している。 8 ) 高橋健夫(「子どもが評価する体育授業過程の特 徴―授業過程の学習行動及び指導行動と子ど もによる授業評価との関係を中心にして―」 体育学研究 45(2),2000)の研究を元に,音楽 科の授業であることを考慮し,授業場面を 4 つに区分した。 9 )「CD や自動伴奏オルガンを流す準備をする」 「ピアノに移動する」「歌が終わった後次の活

(11)

動に移る」といった学習成果につながらない 活動にあてられている場面のこと。 10) 詳しくは,筆者の論文 (北﨑あゆみ「音楽科の 授業改善のための授業分析―音楽科特有の教 授行為に着目して―」滋賀大学大学院教育学 研究科 2008 年度修士論文,2009) を参照され たい。 11) 篠原秀夫「音楽授業における教授行為に関する 研究―教授行為研究の役割と課題を中心に―」 日本音楽教育学会編『音楽教育学 2 音楽教育 の実践研究』音楽之友社,2000,p. 11. 12) 教授行為とは,藤岡信勝は「教材を見直す」 『岩波講座 教育の方法 3 子どもと授業』(岩 波書店,1987) で,「発問,指示,説明から始 まって,教具の提示や子どもの討論の組織に およぶ,現実に子どもと向き合う場面での先 生の子どもに対する多様な働きかけとその組 み合わせ」(pp. 178-179) と説明している。

参照

関連したドキュメント

今回の SSLRT において、1 日目の授業を受けた受講者が日常生活でゲートキーパーの役割を実

指導をしている学校も見られた。たとえば中学校の家庭科の授業では、事前に3R(reduce, reuse, recycle)や5 R(refuse, reduce, reuse,

は,コンフォート・レターや銀行持株会社に対する改善計画の提出の求め等のよう

﹁地方議会における請願権﹂と題するこの分野では非常に数の少ない貴重な論文を執筆された吉田善明教授の御教示

施設設備の改善や大会議室の利用方法の改善を実施した。また、障がい者への配慮など研修を通じ て実践適用に努めてきた。 「

2013

現状の 17.1t/h に対して、10.5%の改善となっている。但し、目標として設定した 14.9t/h、すなわち 12.9%の改善に対しては、2.4