消費財型準公共財の便益と評価 : 芸術・文化施設
を中心に
著者
林 勇貴
雑誌名
関西学院経済学研究
号
43
ページ
51-71
発行年
2012-12-20
URL
http://hdl.handle.net/10236/10807
消費財型準公共財の便益と評価
―芸術・文化施設を中心に―*
Benefits of Consumption-type
Impure Public Goods
and their Assessments
林 勇 貴
Most of goods and services that central and local governments provide are impure public goods (mixed goods), having simultaneously both private and public characteristics. Measuring the benefits associated with impure public goods because it is more difficult to use market values to place on the benefits. In order to evaluate the benefits of a museum, it is necessary to take into account values such as option value and bequest value. In this paper, I systematize the various benefits of museums by reviewing many studies that have been conducted on museums, heritage, historical and archaeological sites, libraries and theaters. I examine the ways in which the benefits of a museum may be assessed and reveal that the contingent valuation method is by far the most popular and straightforward way of valuing the benefits.
Yuki Hayashi JEL:H41
キーワード: 準公共財、芸術・文化施設、費用・便益分析、仮想評価法 Keywords: impure public goods, museum, cost-benefit analysis,
contingent valuation method
* 本稿を作成するに当たっては、林宜嗣関西学院大学教授、三浦晴彦奈良産業大学准教授、 林田吉恵島根県立大学准教授、林亮輔鹿児島大学准教授、関西学院大学の河野正道教授、 高林喜久生教授、前田高志教授の他、多くの方の助言をいただいた。もちろん、本稿にお ける誤り等の責任は筆者にある。
1. はじめに 国や地方自治体といった公共部門が提供する財・サービスは、非競合性、 非排除性を持つ純粋公共財だけではなく、その多くが、市場での供給も可能 であるが、外部性を発生することで「市場の失敗」が起こる準公共財である。 国や地方の財政状況が厳しい現在、準公共財への政府の関与のあり方が問わ れている。 準公共財であることが直ちに財の公的供給や公的支援を正当化するもの ではない。しかし、準公共財から生まれる目に見えない便益を含めること で、その財の価値は拡大され、公的な関与が正当化されるかもしれない。 Snowball(2010)が指摘するように、準公共財の価値の評価は利用者の直接 的な金銭的利益のみに結び付けられないのである。このように、準公共財の 研究の必要性は高いといえる。 準公共財は、企業活動に必要な資本財型と人びとの生活に関わる最終消費 財型に区分できる。前者については GDP や GRP(域内総生産)といった数 量化可能な指標が存在することから、産業基盤型社会資本の生産力効果に関 する研究が数多く行われている1)。しかし、後者については外部性との関連で の理論分析や事例研究は行われるものの、準公共財がもたらす便益や測定方 法に関しては、実証分析の前提として限定的にしか触れられていない。その 理由は、便益が多様であり、かつそれらを数量化することが困難だという点 にある。 本稿の目的は、最終消費財型準公共財(以下、単に準公共財とする)の便 益を明確にし、体系化するとともに、便益の測定方法に関する研究をサーベ イすることによって、準公共財の便益推計への道筋を付けることである。準 公共財の財政分析を総合的に行うためにも、便益の的確な把握と適切な計測 方法の確立が不可欠だからである。準公共財は多種多様であるが、本稿では 1) 社会資本が地域経済に及ぼす影響に関する研究としては、吉野・中島(1999)、林(2004) などがある。
芸術・文化施設(美術館・博物館等)を中心に取り上げることとする2)。しかし、 準公共財の多様な便益を把握するために、他の準公共財に関する研究も対象 とした。 本稿の構成は以下の通りである。第 2 節では先行研究に基づいて準公共財 の便益を抽出し体系化する。便益の計測には、これまで多くの方法が提示さ れているが、第 3 節ではこれらを検証し、前節で定義した芸術・文化施設の 便益を計測するのにふさわしい方法を探る。第 4 節では研究結果をまとめ、 今後の研究の方向性との関連を述べる。 2. 芸術・文化施設の価値 2.1 準公共財としての芸術・文化施設 まず、芸術・文化施設が準公共財としての特徴を持つことを示すことにす る。Throsby(2001)は、「美術館の経済的価値は、私的財と公共財と外部性 に分けられる」とし、公共財的性格を、「芸術・文化が存在することから生 じるコミュニティ一般の便益」と定義した。片山(2004)は、「芸術・文化 の領域における財・サービスは、公演のチケットや絵画などの芸術作品にお いて市場取引が可能である私的財の面と、芸術・文化の中には市場において チケットや作品を購入する消費者以外の人々にも様々な便益を生み出す公共 財の面を持つ準公共財」として捉え、Snowball(2010)は、「芸術や遺産が 与える経済的、金銭的な利益に加えて、非市場財として、供給される」とした。 このように、芸術・文化施設は私的財の面を持つ一方で、多様な外部性が発 2) 芸術・文化施設を取り上げたのは、単に準公共財の性格を持つだけでなく、近年、消費生 活において芸術・文化が「私的最終消費財」としてのウェイトを大きくしているからである。 有馬(2002)、Seaman(2011)等では、映画や舞台など芸術・文化に対する需要の分析が 行われており、様々な形で芸術・文化の必要性の研究が進んでいるといえる。また、木村 (2001)、村山(2001)は博物館による「地域の活性化」を紹介し、Bille & Schulze(2011)
が都市活性化に対する芸術・文化活動の役割を研究するなど、地域活性化やまちづくり、 経済や産業への貢献といった地域経済における文化的環境の注目度が高まっている。その 他にも、政府・企業・住民を結びつける Social Capital としての意義や、Human Capital の 改善(生産性の向上)を通じて経済に貢献する可能性があり、芸術・文化施設は様々な面 を持ち合わせた財といえる。
生することで「市場の失敗」が起こり、公共財の面を持つ準公共財(混合財) としての特徴を持っている。 次に、芸術・文化施設が持つ私的財としての側面と公共財としての側面を 検討する。芸術・文化施設がもたらす便益を広範囲に把握するために、映画、 歴史遺産、放送、図書館、イベント等を扱った様々な先行研究にも対象を広 げた。これらの先行研究を踏まえ、以下では、便益を体系化する。 Throsby(2001)、Snowball(2010)は芸術・文化施設の便益を使用価値・ 不使用価値(非使用価値)・外部性の 3 種類に分類し、Bille & Schulze(2011) は市場財・非市場財に分類している。Throsby(2001)の不使用価値とは、「① 文化的なアイデンティティを明示する価値、②将来に利用することを予想し て保持する価値、③将来世代への遺産としての価値、④異文化のつながり や、文化財がそこにあると知ることで得られる満足のように公共財の特性か ら得られる間接的価値」であり、外部性としての特徴が含まれている。政策 研究大学院大学(2006b)では、非使用価値は〈将来・本人〉と〈本人非使 用〉に分類され、〈本人非使用〉には、〈現在・他人〉、〈将来・他人〉、そし て、これらのカテゴリーに含まれない固有価値に分類されている。このよう に、「不使用価値」は、②、③のような「いずれ使うであろうが現時点では 使用していない価値」と「今後も使用することがない人にとっての価値」に 分けて考えることができる。本稿では、対象者が未だに使用していない価値 を「未使用価値」と定義し、「使用価値」と「未使用価値」が私的財の面の 価値であると考える。また、「今後も使用することがない人にとっての価値」 は外部性であるといえる。芸術・文化施設の外部性は「金銭的外部性」と「技 術的外部性」に分類できる。金銭的外部性とは、市場を経由することによっ て、経済主体の活動が相互に関連していることを示すものであり、市場経済 への帰結ともいえるものである。Throsby(2001)は、「都市部に美術館が存 在することで、雇用や所得を生み出すかもしれないし、他の経済にインパク トを与えるかもしれない」とし、芸術・文化施設には直接の利用者が意図し ない副次的な効果である金銭的外部性が存在するとした。 金銭的外部性はさらに短期的効果と長期的効果に区分できる。短期的効果
は、芸術・文化施設が存在することで観光客が増加し、周辺の商店の販売額 が増加するといった経済波及効果を示す。長期的効果は、芸術・文化施設が できることで、居住環境の向上や Human Capital の強化や、Social Capital を通じて地域経済のポテンシャルを強化することが考えられ、長期的に生じ る地域の副次的な経済的効果である。こうした金銭的外部性は芸術・文化施 設が生み出す経済波及効果ではあるが、その費用は市場を通じて負担される ことから、費用・便益分析を行う際には考慮すべきではない。 技術的外部性とは、公共財の特性から得られる間接的価値のことであり、 芸術・文化施設がその場所に存在することで、地域アイデンティティや景観 によって周辺の人々や地域にプラスの影響を持つ外部性を意味する。Martin (1994)、垣内・吉田(2002)、寺田・垣内(2007)、Bille & Schulze(2011)が「地 域の施設が地域のアイデンティティや誇り、威信をもたらす」とした威信価 値(Prestige value)は、技術的外部性に該当すると考えられる。前述の「今 後も使用することがない人にとっての価値」は技術的外部性に分類できよう。 これらの技術的外部性は市場で処理されない便益であり、芸術・文化施設の 費用・便益分析において計上すべきものである。 以上の先行研究をベースに、本稿では芸術・文化施設の便益を、①使用価値、 ②未使用価値、③外部性に分類することとする。使用価値は、直接利用され る財・サービスに対してなされる経済的評価であり、人びとが芸術・文化施 設を実際に利用することで得られる「既存使用」の価値を表す。未使用価値 は、将来的に人びとが芸術・文化施設を利用することで使用価値に変わる可 能性のある価値を意味する。例えば、一度その場所に芸術・文化施設を作り、 残すことで、将来世代や、自分も将来の時点で使うことができる価値を示す。 2.2 使用価値、未使用価値、外部性 芸術・文化施設が持つ準公共財としての特徴は、その供給や費用負担にお いて、政府が関与する必要性を示唆しているが、政策が失敗しないためにも 便益が正確に計測されなければならない。そこで、以下では本研究で設定し た便益の 3 分類、つまり使用価値、未使用価値、外部性にはどのような内容
が含まれるのかを明らかにし、便益の体系化を行うことにする。 政策研究大学院大学(2006b)では〈将来・本人〉はオプション価値、〈本 人非使用〉は存在価値として定義され、存在価値には〈現在・他人〉である 代理価値、〈将来・他人〉とした遺贈価値が含まれている。Throsby(2001)は、 訪問者はプロジェクトによって直接影響を受けるため、直接的な便益(直接 利用価値)を受ける人の測定が必要であるとする。本稿では、直接利用価値 を前節のように、人びとが芸術・文化施設を利用することで直接的に得る既 存使用の価値とした。しかし、価格(芸術・文化施設の入場料)は価値の直 接的な尺度ではないため、需要関数が供給関数と組み合わされた時の均衡は、 価値の真の尺度ではないことに注意しなくてはならない。
有川他(2000)、Throsby(2001)、Bille & Schulze(2011)等で提示され たオプション価値(Option value)とは、「本人にとって、将来の芸術・文化 施設利用を前提とした価値」、つまり、「将来訪れたいと思うために保持する ことを望む価値」である。Throsby(2001)、政策研究大学院大学(2006abd)、 Snowball(2010)では、オプション価値は不使用価値(もしくは非使用価値) に含まれ、Bille & Schulze(2011)では非市場財に含まれている一方で、有 川他(2000)や寺田・垣内(2007)のように利用価値に含まれている研究も ある。しかし本稿では、オプション価値を、「現在は使用していないが、将 来いずれ使うであろう価値」と考え、未使用価値に含まれるとする。 遺贈価値(Bequest value)は3)、「芸術・文化施設を次世代に残したいとの
動機から発生する価値」、つまり、「未来に引き継がれることを望む価値」で ある(有川他(2000)、Throsby(2001)、Bille & Schulze(2011))。Throsby (2001)、池内(2003)、Snowball(2010)では、遺贈価値は、不使用価値(非 使用価値)、Bille & Schulze(2011)では、非市場財に含まれているが、本稿 では、「対象者である将来世代が未だ使用していないが、いずれ使用する価値」 であると考え、「未使用価値」に含まれるとする。
代位価値は4)、有川他(2000)、寺田・垣内(2007)、横田他(2007)等によ
3) 横田他(2002)、池内(2003)、石井・垣内(2009)では、「遺産価値」と表現されている。 4) 有川他(2000)、政策研究大学院大学(2006b)では、「代理価値」と表現されている。
ると、「他人が美術館を利用することを期待することから発生する価値」で あり、同世代の他者の利用という「他者の効用」の増加を目的としている。 代位価値は、政策研究大学院大学(2006bd)等においては不使用価値(非使 用価値)に含まれているが、本稿では、他者がいずれ使うと考えられる価値 とし、「未使用価値」に含まれるとする。
威信価値は、Martin(1994)や Bille & Schulze(2011)では、「名声価値」 とも定義され、「地域の施設が、地域のアイデンティティや誇り、威信をも たらす価値」と示されている。威信価値は、前述のように技術的外部性に該 当する。 次に存在価値(Existence value)について見ていくこととする。存在価値 が、「芸術・文化施設が存在することで得られる価値」であることは、政策 研究大学院大学(2006abcd)や Snowball(2010)をはじめ、すべての先行 研究で共通しているものの、含まれる内容は研究によって少しずつ異なって いる。有川他(2000)や Bille & Schulze(2011)によると、存在価値は、「芸 術・文化施設を使用するつもりがなくても、特定の施設が存在するという情 報を知っていることで個人が得られる価値」を示しているが、横田他(2002)、 Throsby(2001)は、「その施設が、地域コミュニティにとって価値あるもの と見なされ、自分の住む街の魅力を向上させる価値」であると定義している。 本稿では、存在価値を「自ら使用するつもりがなくても、存在することで地 域にプラスの影響を与える価値」と定義する。したがって、存在価値は、遺 贈価値、代位価値、威信価値を包括するものと考えられる。 2.3 先行研究における固有の価値 以上が多くの先行研究で共通して取り上げられている価値をまとめたもの であるが、最後に、それぞれの先行研究で述べられている各研究固有の価値 に注目する。 富山県五箇山合掌造り集落を対象とした垣内・吉田(2002)は上記の価値 以外に審美的価値、教育的価値、文化的価値、レクリエーション価値が存在 するとした。このうち審美的価値は政策研究大学院大学(2006acd)でも取
り上げられているが5)、審美的価値は「建築物の美しさによって生まれる価
値」であり、世界遺産富山県の合掌造り集落や飛騨高山伝統的建造物群を実 例とした研究に特有の価値といえる。また、垣内・吉田(2002)、Maddison & Foster(2003)のレクリエーション価値は、体験することの楽しさを示し、 直接得られる価値であることから、「使用価値」に包含されると考えられる。 Maddison & Foster(2003)、政策研究大学院大学(2006a)、片山(2010)が 示す教育的価値は、芸術という一般教養による価値を示し、直接得られる使 用価値とも考えられるが、将来世代のための価値でもあり、使用価値と未使 用価値である遺贈価値(将来世代のために残すことを望む価値)の両者を包 含するものと考えられる。垣内・吉田(2002)が取り上げた文化的価値は 人びとが合掌造り集落を重要文化財と認識することで生まれるものであり、 Bille & Schulze(2011)等で定義されている「名声価値」に相当するとも考 えられる。 その他にも、有川他(2000)等の「鑑賞、創作活動以外で芸術・文化施設 を間接的に利用する時の価値」を示す「間接利用価値」、片山(2010)の「芸 術がもっている社会批判機能の便益」を意味する直接利用する人以外にも及 ぶ社会批判機能説、「実験の成果による多くのアーティストにとって利用可 能な便益」を意味するイノベーション説等、先行研究では、分析対象に沿っ た固有の価値が便益として取り上げられている。これらの価値について書か れている代表的な先行研究を表 1 にまとめた。 それぞれの先行研究では様々な価値を分析に用いているが、合掌造り集落、 宮島といった研究対象に固有の便益が含まれている。本稿では、今後の研究 において準公共財をより普遍的に対象とすることを計画しているため、芸術・ 文化施設に共通して該当する価値のみを選択したい。その結果、①使用価値 として「直接利用価値」、②未使用価値として「オプション価値」、「遺贈価値」、 「代位価値」、③技術的外部性として「威信価値」を芸術・文化施設から生ま れる価値とした。それらをまとめたのが、表 2 である。 5) 政策研究大学院大学(2006d)では、「景観価値」と表現されている。
表 1 先行研究における価値の種類 参 考 文 献 対 象 文 化 施 設 使 用 価 値 使 用 価 値 使 用 価 値 ・ 不 使 用 価 値 不 使 用 価 値 不 使 用 価 値 不 使 用 価 値 直 接 利 用 価 値 間 接 利 用 価 値 オ プ シ ョ ン 価 値 遺 贈 価 値 ( 遺 産 価 値 ) 代 位 価 値 ( 代 理 価 値 ) 存 在 価 値 威 信 価 値 ( 名 声 価 値 ) 審 美 的 価 値 文 化 的 価 値 教 育 的 価 値 レ ク リ ー シ ョ ン 価 値 そ の ほ か 石 井 泰 一 ・ 垣 内 恵 美 子 ( 2 0 0 9 ) 手 塚 治 虫 記 念 館 ○ ○ ○ ( 遺 産 価 値 ) ○ ○ 横 田 隆 司 他 ( 2 0 0 2) 仮 想 の 図 書 館 ・ 美 術 館 ○ ○ ○ ( 遺 産 価 値 ) ○ ○ 寺 田 鮎 美 ・ 垣 内 恵 美 子 ( 2 0 0 7) 大 原 美 術 館 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 垣 内 恵 美 子 ・ 吉 田 謙 太 郎 ( 2 0 0 2) 世 界 遺 産 ○ ○ ○ ( 残 っ て い る こ と に 対 す る 価 値 ) ○ ○ ○ ○ ○ 有 川 智 他( 2 0 0 0) 公 立 美 術 館 ( 2 施 設 ) ○ ○ ○ ○ ( 遺 産 価 値 ) ○ ( 代 理 価 値 ) ○ ( 調 査 に 含 ま れ な い ) 片 山 泰 輔( 2 0 10 ) な し ○ ( オ プ シ ョ ン 価 値 説 ) ○ ( 文 化 遺 産 価 値 ) ○ ( 国 民 的 威 信 説 ・ 地 域 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 説 ) ○ ( 一 般 教 養 説 ) 社 会 批 判 機 能 説 ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 説 政 策 研 究 大 学 院 大 学 ( 2 0 0 6) な し ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 広 島 県 宮 島 ○ ○ ○ ( 存 在 価 値 に 含 ま れ る ) ○ ( 存 在 価 値 に 含 ま れ る ) ( 代 理 価 値 ) ○ ( 本 人 非 使 用 全 般 を 示 す ) 固 有 価 値 ( 本 人 非 使 用 で 、 遺 贈 価 値 、 代 理 価 値 に 含 ま れ な い も の ) 飛 騨 高 山 ○ ○ ○ ○ 新 潟 市 民 芸 術 会 館 ( り ゅ ー と ぴ あ ) ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ( 景 観 価 値 ) 菊 地 信 輝( 2 0 0 7) 公 立 図 書 館 純 価 値 ・ 不 確 定 性 減 少 価 値 ・ 代 替 価 値 伊 藤 昭 男( 2 0 0 6) ア ル テ ピ ア ッ ツ ァ 美 唄 精 神 的 価 値 ・ 社 会 的 価 値 ・ 歴 史 的 価 値 ・ 象 徴 的 価 値 ・ 本 物 の 価 値 T h ro sb y ( 2 0 0 1) 遺 産 な ど ○ ○ ○ ○ B il le & S ch u lz e (2 0 1 1) 文 化 産 業 な ど ○ ○ ○ ○ ( 名 声 価 値 ) S n ow b a ll ( 2 0 10 ) 文 化 遺 産 な ど ○ ○ ○ ○ M a rt in ( 1 9 9 4 ) 博 物 館 ○ ○ ○ ○ ( 名 声 価 値 ) M a d d is o n & F o st er ( 2 0 0 3 ) 大 英 博 物 館 ○ ○ コ レ ク シ ョ ン ・ 混 雑 費 用 本 稿 の 分 類 公 共 の 芸 術 ・ 文 化 施 設 使 用 価 値 未 使 用 価 値 未 使 用 価 値 未 使 用 価 値 技 術 的 外 部 性
3. 便益の測定手法 3.1 金銭的外部性の測定 準公共財に対する政府の関与の仕方を見いだすためには、多様な便益の大 きさを測定する必要があり、これまで様々な測定方法が提示されてきた。筒 井(2011)では、①産業分野としてのマクロ経済に対する効果、②特定の地 域におけるミクロ的な経済効果、③特に個人に対する①、②以外の効果につ いて、費用対効果や地価の変化などを使い、それぞれの視点に合った測定方 法が紹介されている。このように、芸術・文化の便益の評価に際しては、便 益(価値)の種類によって異なった測定方法が必要である。 金銭的外部性の短期的効果を測定した先行研究の多くは、需要創出による 経済波及効果を産業連関表を用いて分析している。Bille & Schulze(2011) によると、①新たな消費が生産に及ぼす直接効果、②直接効果によって生産 が増加した産業で必要となる新たな原材料の需要によって起こる波及効果で ある第 1 次間接波及効果、そして、③雇用者所得が増加することで生じた消 費需要の増加によって新たに発生する誘発された生産効果である第 2 次間接 波及効果というように、経済波及効果の推計は段階に分けて捉えることがで きる。 松井(2005)は、福岡県内の A 会館をモデルとし、産業連関表を用いて 経済波及効果を明らかにしているが、その特徴は主催事業と管理運営の最終 表 2 芸術・文化施設の価値・便益 便益の種類 私的財 使用価値 直接利用価値 芸術・文化施設を利用することで得られる価値 未使用価値 オプション価値 将来訪れたいと思うため、保持することを望む価値 遺贈価値 芸術・文化施設を次世代に残したいとの動機から起こる価値 存在価値 代位価値 他人が芸術・文化施設を利用するであろう動機から発生する価値を示し、同世代の他人の利用 という他人の効用を目的としている 公共財 (外部性) 技術的外部性 威信価値 地域の施設が地域のアイデンティティや誇り、威信をもたらす価値 金銭的外部性 短期 需要面での 波及効果 周辺の店に表れる地域の副次的な経済波及効果 長期 供給面での経済効果 民間資本ストックや労働力の誘致、生産性の向上
需要の増加分の合計を求めた財団の視点と、自治体が A 会館に対して実質 的に負担している金額から自治体の視点という両面から経済波及効果をとら えていることである。国立民族学博物館を対象にした梅棹(1993)では、社 会的便益の分析に加え、最終需要を生む生産誘発効果など、産業連関表を使っ た経済効果計測が行われ、地域経済に及ぼす影響が書かれており、伊藤(2005) においても、芸術・文化資本整備が地方自治体に与える経済効果を考察して いる。安田(2004)では、劇場、興業団、ミュージアム、映画といった芸術・ 文化産業そのものの取引によって誘発される経済波及効果を見ており、芸 術文化産業が東京に立地する場合と全国に立地する場合の比較を行う立地分 析、年代毎で比較し、変化を見ている時系列分析を行っている。また、枝川 (2006)では、地域文化の経済波及効果の計測に加え、社会的波及効果6)の計 測の必要性が示されている。このように、金銭的外部性に含まれる短期的効 果は、地域産業連関表を用いて地域の所得や雇用創出効果を計測するものが 多い。 筒井(2011)では、短期的な経済効果以外の精神的な効果も、いずれ新た な経済活動を生み出す源泉になるとし、一定時間を経て現れる中長期的な効 果を考慮する必要性を指摘している。これは、金銭的外部性の長期的効果の 重要性を示しているといえる。 3.2 費用・便益分析 芸術・文化施設に対する公共部門のあり方を考える際には、費用・便益分 析が必要である。費用・便益分析とは、分析対象を貨幣タームで評価する事 によって費用と便益を比較し、その大小によってプロジェクトのコスト・パ フォーマンスを評価する分析手法である7)。 費用・便益分析を行う際にとくに重要なのは便益の推計を的確に行うこと である。前述のとおり、入場料といった、市場を通して測定できる金銭的な 6) 地域のイメージアップや環境整備など文化活動それ自体がもたらす効果と文化資源の発掘 や文化の創出など人と地域の交流をもたらす効果。 7) 費用・便益分析の考え方については、Nas(1996)や Bordman(2001)に詳しく書かれている。
価値のみを便益として評価することが、芸術・文化施設から発生する便益を 過小評価していることは明らかである。つまり、便益の推計をする際には、 オプション価値や遺贈価値など、非市場財としての経済的価値を含めた資本 の便益評価がなされる必要がある。したがって、これらの非市場財としての 経済価値を金銭換算し、入場料とともに便益に含めることで、芸術・文化施 設から発生する便益の正当な評価が可能となる。 このような非市場財に対する価値を金銭的に換算して計測する方法には、 Snowball(2010)が示すように様々なものがあり、大きく「顕示選好法」と「表 明選好法」に分類できる。表 3 はそれらをまとめたものである。顕示選好法 とは、個人の実際の行動結果に基づいた分析を行う手法のことであり、他の データから間接的に便益を評価する。(1)代替法、(2)ヘドニック・アプロー チ、(3)トラベルコスト法は顕示選好法に分類される。 代替法とは、対象を私的財で置き換えた時に必要となる費用から価値を評 価する手法であり、ヘドニック・アプローチとは、賃金や地代をもとに評価 する分析手法である。そして、トラベルコスト法とは、旅行費用、時間を個 人の厚生と関連させて便益を評価する手法であり、菊池(2007)では、トラ ベルコスト法を用いて公共図書館の利用価値を推計している。 表明選好法とは、個人が実際に行動していないが、仮に行動するとしたら、 どのような結果を想定するかを尋ねる手法である。表明選好法には、(4)仮 想評価法(Contingent Valuation Method)、(5)コンジョイント法などがあ る。仮想評価法とは、織田他(2001)、垣内・吉田(2002)、寺田・垣内(2007) のように、来館者などを対象にアンケート調査等の手段を通じて模擬市場取 引を行い、個人が支払っても良いと考える金額を提示させ、その額を財の価 値とする手法である8)。つまり、現状とある特定の財・サービスについて、現 状と仮想の状況とを比較させ、仮想の状況を達成するため、もしくは、現 状を保つために支払っても良い金額である「支払い意志額」(willingness to 8) 仮想評価法の考え方については、栗山(1997)、肥田野(1999)、国土交通省国土技術政策 総合研究所(2004abc)に詳しい。
pay、WTP)を尋ねる9)。 コンジョイント法とは、「評価対象となる未整備の事業等について、整備 状況を変化させた代替案と負担金の組み合わせの仮想状況(プロファイル) を複数個想定し、回答者にどれが良いかを選んでもらい、その結果をもと に WTP を推定しようとする方法」である(国土交通省国土技術政策総合研 究所(2004abc))。コンジョイント法の一種である選択実験法の先行研究に は、博物館について調査した Mazzanti(2001)や Snowball(2010)があり、 Snowball(2010)では、選択実験法の土台となる理論から、仮想評価法との 比較が具体的な研究を例に挙げられている。 実際に便益を評価する際には、表 4 のような各手法の長所と短所、分析の 実行可能性、便益の種類に応じた適切な手法かを見極める必要がある。 9) 有川他(2000)、池内(2002)、寺田・垣内(2007)は支払い意志額に加えて、サービスが 廃止されたとき支払って欲しい額を尋ねる「受け入れ補償額」があるとしている。これは 価格理論における等価変分と補償変分に相当する。しかし、受け入れ補償額は、住民に権 利があるときの環境悪化問題には適応できるが、本稿のように芸術・文化施設の維持のケー スに用いるのは適切ではない。 表 3 顕示選好法と表明選好法の各分析方法 顕示選好法 表明選好法 代替法 対象を私的財に置き換えたときに必要な費用 から価値を評価 仮想評価法 現状と仮想の状況を比 較させ、回答者に支払 い意志額を尋ねて評価 ヘドニック・ アプローチ 賃金や地代をもとに評価 コンジョイント法 整備状況を変化させた 代替案と負担金を組み 合わせたいくつかの仮 想状況(プロファイル) の中から、回答者に選 んでもらい評価 トラベルコスト法 旅行費用、時間をもとに個人の厚生を関連さ せ、評価 トラベルコスト法 事前評価時は表明選好法 出所)国土交通省 国土技術政策総合研究所(2004b)「外部経済評価の解説(案)」等より筆者作成。
3.3 仮想評価法とバイアスの除去 Throsby(2001)や Snowball(2010)が示しているように、仮想評価法は 公共的な文化財の集合的な消費に利用可能であることや、政策研究大学院大 学(2006c)等が指摘するように、非使用価値を包括的に貨幣タームで計測 することのできる数少ない手法の一つである。また、利用者の利用価値を示 すデータが存在しないこと、アンケート調査が可能であることから仮想評価 法が適した手法である(国土交通省国土技術政策総合研究所(2004ab))。さ らに、肥田野(1999)が指摘するように、トラベルコスト法といった顕示選 好法では利用価値しか評価できない。価値の多くが、将来世代のために残し ておく遺贈価値など、自ら利用するためのものとは限らないため、代理デー タを用いた間接的な計測が困難である。したがって、直接利用価値以外の、 表 4 各手法の長所と短所 手 法 長 所 短 所 顕 示 選 好 法 代替法 調査や分析を伴わないので容易に適用できる。 適切な代替市場材の選定が難しい。 ヘドニック・ アプローチ 地価データを基本とするため、データが集めやすい。 変数同士が密接な関係にある場 合(多重共線性がある場合)は、 安定性が損なわれる。 トラベルコスト法 レクリエーション施設の利用価値の評価に適する。 外部不経済が測れない。複数目的地での行動が含まれ、 過大評価になるおそれがある。 表 明 選 好 法 仮想評価法 最も適用範囲の広い手法で、原理的にはあらゆる効果を評 価できる。 適切な手順を踏まないとバイア スなどで推計精度が低下するお それがある。 調査の段階で効果の符号をプラ スの効果か、またはマイナスの 効果のどちらか一方に設定しな ければならない。すなわち、最 初に設定した符号の効果しか計 測できない。 コンジョイント法 同上。 効果のプラス・マイナスに関 係なく、複数の項目を同時に 評価できる。 適切な手順を踏まないと推定精 度が低下するおそれがある。 出所)国土交通省 国土技術政策総合研究所(2004a)「外部経済評価の解説(案)」より筆者作成。
市場行動から評価できない価値をあわせて評価できる点では、仮想評価法が 最も適した手法であるといえる。
仮想評価法に関しては、Mitchell & Carson(1989)、Snowball(2010)が 示すように、free rider の問題やバイアスの問題10)、データ解析によって需要 関数を推定するために恣意性が大きくなるといった問題が指摘されている。 しかし、仮想評価法に付随するバイアスの問題等は、栗山(1998)、肥田野 (1999)等が指摘するように、測定方法やアンケート方法によって小さくで きる。また、バイアス回避のために作成された合衆国の NOAA ガイドライ ン11)が存在する。このように、批判があるものの、仮想評価法は前節の遺贈 価値やオプション価値など、直接使用しない場合に生じる便益をあわせて分 析できる優れた手法であるといえる12)。 こうした利点を持つことから、仮想評価法は芸術・文化施設をはじめ、様々 な研究対象に使われ、着実に適用例を増やしている。有川他(2000)では、 公共美術館の持つ効用に関して用いられており、池内(2003)では、仮想評 価法を使いて図書館における非市場財の経済価値を測定し公共図書館サービ スの経済価値と費用を比較している。他にも、垣内・吉田(2002)の世界遺 産富山県五箇山合掌造り集落の研究、横田他(2002)の公共文化施設の建設 計画など、仮想評価法によって支払い意志額を求めた研究はいくつか見られ る。垣内・吉田(2002)では支払い意志額との相関から審美的価値や遺贈価 値等の重要性を導き出している。芸術・文化以外では、小竹(2002)が駐輪 場供給サービスについて仮想評価法を用い、栗山(1998)、肥田野(1999) は自然保護といった環境価値について研究している。 要するに、計測したい価値・便益によって望ましい分析手法は異なるので 10) ある時期に行われたすぐれた活動のみを取り上げ、その文化施設の活動を素晴らしいとい う解説を行い、その評価のみを提示させるという調査は適正といえない。また同じ回答者 に、同じ質問をしても、回答は人間の精神的・肉体的問題に依存するため、一致する保証 がないという評価値の頑健性の問題といった、様々なバイアス問題が存在する。 11) NOAA ガイドラインについては、栗山(1997)『公共事業と環境の価値− CVM ガイドブッ ク−』築地書館株式会社の 54 頁、付録 A に詳細が書かれている。 12) 仮想評価法の理論や分析方法については、肥田野(1999)、栗山(2000)、鷲田(2002)や 国土交通省河川局河川環境課(2009)等に詳しい。
あり、前節で体系化した便益(表 2)ごとに望ましい計測方法をまとめたも のが表 5 である。 4. むすび 本稿では、財政支出において大きな比重を占めているにもかかわらず、こ れまで限定的にしか触れられてこなかった最終消費財型準公共財の便益や価 値を、文献研究によって展望し、便益(価値)の内容を踏まえて体系化を行っ た。その結果、明らかになった点は以下の通りである。 第 1 に、わが国における多くの研究は、それぞれが対象としたプロジェク ト毎に便益が取り上げられ、最終消費型の準公共財に共通した便益が抽出さ れ、体系化されていない。 第 2 に、芸術・文化施設がもたらす直接効果・間接効果(外部性)は多様 かつ広範囲に及んでいるが、これらは、①使用価値、②未使用価値、③外部 性(金銭的外部性と技術的外部性)に分類できる。 第 3 に、芸術・文化施設の効果や影響を評価するため、それに適した計測 方法を選択しなければならない。芸術・文化施設は、需要面と供給面から地 域経済に影響を及ぼす。需要面では、産業連関表を用いた経済波及効果に関 する先行研究が数多く存在する。供給面では、芸術・文化施設の存在による 居住環境の向上が Human Capital の強化や Social Capital を通じて、地域経
表 5 便益の種類とその計測方法 便益の種類 私的財 使用価値 直接利用価値 費用・便益分析(CVM) 未使用価値 オプション価値 費用・便益分析(CVM) 遺贈価値 費用・便益分析(CVM) 存在価値 代位価値 費用・便益分析(CVM) 公共財 (外部性) 技術的外部性 威信価値 費用・便益分析(CVM) 金銭的外部性 短期 需要面での波及効果 産業連関分析 長期 供給面での経済効果 実証モデル(生産関数) 出所)国土交通省 国土技術政策総合研究所(2004a)「外部経済評価の解説(案)」より筆者作成。
済のポテンシャルを強化することが考えられる。これらの便益は金銭的外部 性に該当するものであり、費用・便益分析においては便益の対象から除外す べきである。 第 4 に、芸術・文化施設は、地域経済以外にも、各個人にあらゆる価値を もたらす。費用・便益分析を行うために必要な便益を推定する際、直接利用 価値、オプション価値、存在価値(遺贈価値・代位価値・威信価値)を幅広 く分析に組み込むためには、仮想評価法が適している。第 5 に、仮想評価法 にもバイアス問題等が存在するが、アメリカの NOAA ガイドライン等によっ て改善されている。 以上のように、芸術・文化施設への政府の関与のあり方を研究するために は、施設の利用者数や事業収支といった数量的、金銭的な面だけではなく、 目に見えない便益を含め、評価を正当化することが必要であり、これらを再 度確認することで、芸術・文化施設をはじめとした準公共財の公的支援や供 給のあり方の議論が成立するといえる。 しかし、課題も残されている。芸術・文化施設のような準公共財の場合、 利用者数が増加するにつれて消費に競合が発生する混雑現象によって使用 価値の変化が生じる。しかし、この点を考慮した先行研究は、Maddison & Foster(2003)のみであり、こうした変化を取り入れることによって、費用・ 便益分析を改善することが必要である。その際、混雑度を考慮した支払い意 志額を得るために、負の便益の計測が可能である選択実験法を用いて分析す ることが適切であると考えられる。 参考文献 ・有川智、工藤勝仁、三橋博三(2000)「仮想価値評価法による公共美術館の 評価−美術館施設の維持保全に関する調査研究 その 3 −」『日本建築学会 学術講演梗概集』、第 2000 巻、1127-1128 ページ。 ・有馬昌宏(2002)「文化経済学における実証研究の動向と課題」『文化経済学』、 第 3 巻第 1 号、11-16 ページ。 ・有馬昌宏(2006)「消費実態から見た芸術・文化の需要構造−平成 11 年度全
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