水晶の人工ツインを利用した波長変換デバイスの作製に成功
平成15年8月26日 独立行政法人物質・材料研究機構 [概 要] 独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)物質研究所の栗村直主任研究 員は、株式会社ニデック山田毅研究員、株式会社ニコン原田昌樹研究員らと共同で、水 晶のツイン(双晶)1)を微細制御することにより、波長変換デバイス2)の作製を実現 した。紫外レーザーや高出力レーザー、さらには携帯電話のフィルターなどへの応用が 期待される。 当機構物質研究所光学単結晶グループでは、従来より強誘電体3)単結晶を用いて、 分極反転構造4)による波長変換デバイスの材料とデバイス開発で世界を先導してきた。 しかしながら従来の強誘電体単結晶であるタンタル酸リチウム系材料を用いた紫外波 長変換デバイスでは、最短出射光波長は 300nm とされてきた。一方、水晶は光学的に優 れた特性を持ち、熱的、化学的に安定で、紫外 150nm まで透明な材料であり、従来より 光学フィルターや波長板として広く利用されているが、位相整合5)がとれないため、 これまで波長変換には用いられてこなかった。 強誘電体の分極反転構造と同様な構造を水晶に作製できれば位相整合が可能になり、 波長 300nm 以下の紫外領域にも対応できる波長変換デバイスとなる。 今回、栗村らは、水晶に人工的にツイン構造を作製することにより、強誘電体の分極 反転構造と同様な構造を形成することに成功した。強誘電体では電界を印加するのに対 し、水晶では応力を印加させて反転構造を作製しているのが特徴である。水晶のツイン は、地震の際に断層ずれなどで生じる応力の影響を調査するために研究されてきたが、 全く異なる視点から新たな「技術」としての切り口を開拓している。また、この構造を 用いたレーザーの波長変換デバイスを世界で初めて実現した。 従来、デバイス用材料として使用する場合には、結晶のツインはその特性を劣化させ るものとして抑制すべき対象であった。今回の成果はデバイス作製の障害とされていた ツインを積極的に利用して新規デバイスを実現する逆転の発想と言える。 なお、本研究成果は、8月30日の応用物理学会にて発表される予定である。 1.研究の背景・経緯 レーザー角膜手術の分野では、従来紫外光が使用されており、その光源として希ガス とハロゲンガスを用いたエキシマレーザーが角膜の手術に用いられてきた。このエキシ マレーザー(波長 193nm)は、出力を一定に保つためにガス交換が必要である。200nm 帯の紫外レーザーが固体材料のみで実現できれば、装置の小型化、メンテナンスフリー化に大きく寄与できる。 一方、半導体の微細加工などに利用される光リソグラフィでも上記エキシマレーザー が利用されている。これは光源の短波長化により高分解能を得るためであるが、同一波 長での光学素子評価などに小型のメンテナンスフリー光源が求められている。 また上記紫外レーザーにかかわらず高出力レーザーの波長変換では、レーザーによる 波長変換デバイスのダメージが出力の制限要因となっている。変換効率としては既に飽 和の域に達しているものの、ダメージのために高い出力が得られない。このためレーザ ーに対する損傷しきい値が高く、安定性の高い材料が求められていた。 当機構物質研究所光学単結晶グループは、強誘電体単結晶をもちい、分極反転構造に よる波長変換デバイスの材料とデバイス開発では世界を先導しており、すでにベンチャ ー会社を2社起業している。なかでも栗村直主任研究員らのチームは、従来から波長変 換デバイスを研究してきており、強誘電体の分極反転光デバイスでは草分けである。し かし、従来の強誘電体タンタル酸リチウム系材料では紫外 260nm 程度に吸収端が存在す るため、紫外波長変換デバイスとしては波長 300nm までの変換が限界であった。 一方、水晶は光学的に優れた特性を持ち、熱的、化学的に安定で、紫外 150nm まで透 明な材料であり、これらの紫外光源の候補として水晶による波長変換デバイスの開発が 期待されている。ところが水晶は位相整合がとれないために、これまで波長変換デバイ スとして用いることができなかった。歴史的に古い材料で既に量産技術が確立している にもかかわらず、また光学素子として優れた特性が実証されているにもかかわらず、波 長変換デバイスとしての応用が省みられてこなかった。 2.今回の研究成果 これら波長変換の効率を上げるために、波長変換材料の自発分極(磁石の自発磁化 N、Sに対応する電気の+、−)を反転させる方法が、近年栗村らのグループを中心と して報告されてきた。電極を任意のパターンに加工した後高電圧を印加する方法で、こ れは栗村らが1992年に世界で初めて提案した方法である。波長変換材料に周期的に 分極反転構造を施すことで、変換効率を格段に向上させることができる。しかしこの電 界印加法は強誘電体(電気の+、−をもつ材料)材料にしか適用できなかった。 そこで栗村らは、電界の代わりに応力を用いることで常誘電体である水晶にツイン構 造を作成することに成功した。ツインは通常周辺部と屈折率が等しいため観察できない が、偏光子を用いた光学系を構築することにより可視化を実現し実時間観察を行ってい る。この方法は腐食によるツイン観察法を非破壊化する手法であり、生産技術の発展に も格段の寄与が予想される。これにより、ツインの発展過程を検出できるようになり、 適切な基板方位を選択することでツインの精密制御が可能になった。ツインの成長過程 が解明されたことで、基礎科学へのインパクトも大きい。
ツインの形成方法を図1、2に示す。ツインは応力により生成されるため、周期ツイ ンを形成するためにウェハの上面に周期的な段差を形成する(図1)。上部よりヒータ ーブロックで昇温しながら加圧するが、この際にツインの核成長を段差面に限るために、 段差面側を高温にする。図2は応力印加装置の図であり、ヒーターにはさんだ水晶に応 力を印加することで、周期的ツインが誘起される。本装置は緑色発光ダイオードからの 直線偏光を水晶に入射し、応力印加時の光弾性による偏光面の回転を検光子で検出する ことによりツイン形成の実時間観察を実現している。図3はツイン形成の過程を実時間 観察したものである。印加応力の増大とともに成長ツインの数が増えることがわかる。 本方法により周期 125μm の微細構造が実現できた。 この周期ツイン構造にレーザー光を入射し第二高調波発生6)による波長変換実験を 行った(図4)。波長変換素子では変換可能な波長は周期と対応し、本周期では波長 1.06 μm の赤外レーザーを 0.532μm の緑色レーザーに波長変換できた。波長変換の出力は デバイス長とともに増大し、ツインによる変換効率の増大が確認できた(図5)。この 構造を用いたレーザーの波長変換デバイスを作製したのは、世界で初めてである。 3.今後の研究の展開 ツインの微細加工が可能となったことで、位相整合のとれない水晶においても波長変 換デバイスが実現できるようになった。地震研究のために研究対象とされてきた水晶の ツインが、最先端のハイテクデバイスに姿を変えた。ツイン制御の技術は、これまで周 期反転構造をなしえなかった他の誘電体結晶においても、波長変換デバイスの可能性が あることを示している。今後はさらなる微細化を進め、紫外領域でも作動する波長変換 デバイスの作製を目指していく。またツインパターンによる表面弾性波デバイス7)な どの高機能化も期待でき、波及効果の大きい技術といえる。ツインの成長方向などは従 来の報告と異なっているため新しいタイプのツインである可能性もあり、固体物理にお いても新たな発見が期待される。
<用語解説> 1)ツイン(双晶) 一つの物質の単結晶が二つ以上、互いに特定の対称関係に従って結合している 1 固体 のことを言う。鏡映、回転などの対称操作で自分自身に重ね合わせることができる。水 晶のツインは屈折率が等しいため、通常光学的に観察できない。 2)波長変換デバイス レーザー光の波長を非線形光学効果により異なる波長に変換するデバイス。レーザー ディスプレイや光通信では次世代技術として重要視されている。ツインを周期的に整列 させることで、変換効率を格段に向上させることができる。 3)強誘電体 磁石の電気版。外部電場を印加しなくても、自発的に電気分極を持つ材料。一般に電 界によって自発分極の方向を反転できる。非対称性が強いため、一般に光第二高調波発 生の特性が高くなる傾向にある。 4)分極反転構造 強誘電体の自発分極を反転した構造。周期的な分極反転構造を作製すると、レーザー の波長変換デバイスとして動作する。水晶は自発分極をもたない常誘電体であるため、 分極反転という言葉はあたらないが、周期ツイン構造が分極反転構造と同様に波長変換 を実現することが、今回初めて示されている。 5)位相整合 結晶の各点で発生する微小な波長変換光の、位相をあわせる方法。つまりすべての波 がそろって伝搬するように波の山と谷をあわせる方法で、これにより、高効率の波長変 換が可能になる。
6)光第二高調波発生(SHG:Second Harmonic Generation)
非線形光学効果※の一種。入射したレーザ光の2倍の振動数(波長半分)をもつ光(第 二高調波)を放射する現象。レーザの短波長化に利用される。発生する光の位相や強度 が物質の非対称性に敏感なため、探針としても有用である。 ※空気中などではお互いに影響しない、光同士および光と電場の相互作用を可能にする。ここか ら光の波長変換や位相制御が実現できる。 7)表面弾性波デバイス 結晶表面に音波のような粗密波を発生させて、電気的な高周波フィルターとして用い るデバイス。テレビや携帯電話のフィルターとして用いられている。
問い合わせ先 独立行政法人物質・材料研究機構 広報室 〒305-0047 茨城県つくば市千現1−2−1 電話:029-859-2026 研究についての問い合わせ先 独立行政法人物質・材料研究機構 物質研究所 光学単結晶グループ 〒305-0044 茨城県つくば市並木2−1 主任研究員 栗村 直(くりむら すなお) 電話:029-860-4365 E-MAIL:[email protected]
+X
水晶
油圧ピストン
発光ダイオード
偏光子
偏光子
+Y
+Z
θ
θ
+X
レンズ
カメラ
T=T
1T=T
2 図1 段差加工水晶への応力印加による周期ツイン形成法 図2 高温下応力印加によるツイン形成装置ヒーターブロック
T
2=100-200
℃
T
1=325-375
℃
負荷
水晶
負荷
ヒーターブロック
0.79kN 0.82kN 0.87kN 0.9kN 1.0kN 1.1kN