IASBの「法人所得税」プロジェクト : 利害関係者か
らのフィードバックを中心に
著者
中島 稔哲
雑誌名
商学論究
巻
66
号
4
ページ
317-332
発行年
2019-03-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/00027939
はじめに
アメリカ財務会計基準審議会 (Financial Accounting Standards Board:
FASB) と国際会計基準審議会 (International Accounting Standards Board:
IASB) は、 2006年2月に、 「法人所得税 (Income Tax)」 を短期コンバージェ
ンス項目の1つに位置づけ、 一時差異アプローチ・資産負債法という基本原
則のもと、 例外の削減という方針で作業を進めたが、 コンバージェンスは達
中
島
稔
哲
IASB の 「法人所得税」 プロジェクト
利害関係者からのフィードバックを中心に
− 317 −
要 旨 本稿は、 「法人所得税」 について FASB と IASB が短期コンバージェン スの達成にはいたらなかったがその根本的な見直しの必要性については了 解していたという点を踏まえ、 その後の IASB の 「法人所得税」 プロジェ クトに対する利害関係者からのフィードバックなどを整理、 検討したもの である。 根本的な見直しに対するニーズは高いものとはいえないことなど から、 IASB は同プロジェクトについて今後の作業を予定していないが、 企業の税務行動に関する開示の充実を求める財務諸表利用者の意見からは、 「法人所得税」 に関する財務情報と税務情報の相互関係の探求の検討が、 新たな課題となる可能性が示唆される。キーワード:法人所得税 (Income Tax)、 国際会計基準第12号 (Internation-al Accounting Standards No. 12)、 欧州財務報告諮問グルー プ (European Financial Reporting Advisory Group)、 アジェ ンダ協議 (Agenda Consultation)、 投資家からの意見聴取 (Investor Outreach)
成されず、 また、 この作業のなかで IASB が単独で公表した公開草案 「法人
所得税」 も基準化には至らなかったけれども、 FASB と IASB は、 法人所得
税の会計の根本的な見直しの必要性について了解していた。 しかし、 IASB
は、 2016年11月に公表した 「IASB 作業計画2017
2021年:アジェンダ協議
2015に関するフィードバック・ステートメント」 において、 「法人所得税」
プロジェクトを 「今後の作業が予定されていないプロジェクト」 の1つに位
置づけた。 本稿は、 短期コンバージェンス作業後に実施されたアジェンダ協
議 、 欧 州 財 務 報 告 諮 問 グ ル ー プ (European Financial Reporting Advisory
Group :EFRAG) とイギリス会計基準審議会 (UK Accounting Standards
Board:UKASB) による取組み、 IASB スタッフよる投資者に対する意見聴
取 (アウトリーチ) を概観し、 IASB が、 どのようなフィードバックを踏ま
えて 「法人所得税」 プロジェクトをこのような位置づけにしたのかを取り上
げたものである。
短期コンバージェンス
FASB と IASB は、 2006年2月に、 「覚書 (Memorandum of Understanding:
MoU)」 (FASB and IASB 2002) に基づく短期コンバージェンス項目の1つ
に 「法人所得税」 を位置づけた。 短期コンバージェンスは、 アメリカにおけ
る一般に認められた会計原則 (U.S.GAAP) と国際財務報告基準
(Internation-al Financi(Internation-al Reporting Standards:IFRS) との間の一定の差異 (焦点を限定し
た領域での主要な差異) を、 2008年までを目標として、 1つ以上の短期の基
準設定プロジェクトを通じて解消すべきかどうかについて結論を出し、 解消
すべきと判断した場合には、 完全なもしくは実質的に完全な作業を実施する
ものである (FASB and IASB 2006, p. 1)。
2008 年 9 月 に は 、 IASB が 、 国 際 会 計 基 準 (International Accounting
Standards) 第12号 「法人所得税」 (IAS 12) の改訂案を公表する計画をたて
(FASB and IASB 2008, p. 2)、 2009年3月に、 公開草案 「法人所得税」 (IASB
2009a) (ED) を公表した。 FASB と IASB は、 当初、 この ED を共同で公表
する予定としていたが (IASB 2007)、 FASB は、 次の事情により、 公表を見
送ることとした。 すなわち、 FASB は、 2008年の後半に、 将来において一部
のあるいは全てのアメリカの公開会社に IFRS の適用を容認または要求する
可能性に照らして、 短期コンバージェンス・プロジェクトの戦略をレビュー
することを予定し、 そして、 このレビューの結論を踏まえ、 IFRS の採用に
よって法人所得税、 投資不動産および研究開発費に係る差異を解消するプロ
ジェクトを実行するかどうかを決定するものとしていた (FASB and IASB
2008, p. 2)。
そして、 2009年10月の FASB と IASB の合同会議で、 ED に対するコメン
トの分析結果として
1)、 その多くが2011年6月までに他のより重要な MoU
プロジェクトを完成しなければならない状況下で 「法人所得税」 プロジェク
トをこのまま進めることに対して疑念を示していることが報告された (山田
2010、 29頁)。 そこで、 FASB と IASB は、 現行の形で 「法人所得税」 プロジェ
クトを進めるべきではないという点で合意をしたが (FASB and IASB 2009,
p. 15)、 将来において法人所得税の会計を根本的に見直すことが必要である
点については了解していた (山田 2010, 29頁)。
このような事情を受けて、 同年11月に、 「法人所得税」 プロジェクトにつ
いて、 ①当初の予定どおり進める、 ②中止をする、 ③狭い範囲の修正を行う、
という3案がスタッフから提示され、 IASB は、 議論の結果、 ③の採用を暫
定的に決定するとともに、 スタッフに対して取り上げるべき項目の検討を指
示した (IASB 2009c ; 山田 2010, 29頁)。 2010年3月の IASB 会議のスタッ
フ・ペーパーは、 IAS 12 の基本原則を変更せず、 また、 U.S.GAAP との差異
を増大させずに、 実務上の問題点を解消することを目的として、 次の項目を
リストアップしていた (IASB 2010a, par. 3)。
(1) 実務上の問題
①
法人所得税の税務処理に関する不確実性 (ただし、 IAS 第37号 「引
1) なお、 IASB によるコメントの分析結果については、 竹村 (2009) において紹介され ている。
当金、 偶発負債及び偶発資産」 (IAS 37) の改訂完了後)
②
資産再評価に係る繰延税金
2)(2)
ED で提案した改善項目
①
資産の回収または負債の決済が課税所得に影響を及ぼすかどうかを
判定する当初判断の導入
3)②
繰延税金資産を全額当初認識したうえで、 必要な範囲で評価性引当
額を設定する方法 (繰延税金資産の認識に関する二段階アプローチ)
③
評価性引当額の必要性の判断に関するガイダンス
④
実質的に施行された税率に関するガイダンス
⑤
連結納税集団内の各企業への当期税金と繰延税金の配分
「アジェンダ協議2011」 と 「法人所得税」 プロジェクト
2011年7月に、 IASB は、 アジェンダ設定プロセスの広範な側面において
正式で公式なインプットの経路を設け、 公的説明責任と正当性をさらに高め、
もって IFRS への関心と IFRS の可視性を国際的に深めることを目的とした
2) 2010年9月に、 公開草案 「繰延税金:原資産の回収 (IAS 12 の修正案)」 (IASB 2010b) が公表され、 繰延税金負債および繰延税金資産の測定は、 企業が資産および 負債の帳簿価額の回収または決済を見込んでいる方法から生じる税務上の帰結を反映 しなければならないという原則に対する例外措置の設定が提案された。 この意図は、 見込まれる回収方法を決定することが困難かつ主観的になる場合に、 繰延税金負債お よび繰延税金資産を測定する実務的なアプローチを設けることにあった。 具体的には、 IAS 40 「投資不動産」 における公正価値モデルを適用している投資不動産、 IAS 16 「有形固定資産」 および IAS 38 「無形資産」 における再評価モデルを適用している有 形固定資産および無形資産から生ずる繰延税金負債および繰延税金資産に関しては、 これら原資産の帳簿価額はすべて売却によって回収されるという反証可能な推定のも と測定することが提案されていた。 この推定は、 経済的耐用年数にわたって資産の経 済的便益を消費するという明確な証拠があるときのみ反証可能である (Introduction)。 同年12月に公表された 「繰延税金:原資産の回収 (IAS 12 の修正)」 (IASB 2010c) では、 コメント提出者の多くが、 例外措置の範囲を IAS 40 の公正価値モデルで測定 されている投資不動産に限定することを提案していたことから、 この提案が採用され ている (IAS 12, BC. 14)。 なお、 本稿では、 IFRS に関する日本語訳は IFRS 財団編 (2017) に依拠している。 3) なお、 この項目は、 ED での税務基準額 (tax basis) と一時差異の定義に関係するも「アジェンダ協議2011」 (IASB 2011) を公表した
4)。 アジェンダの設定にお
いては、 利用可能な資源と時間が限られていることを踏まえ、 次の点に関す
る選択が必要であるとされている (IASB 2011, p. 6)。
(1)
アジェンダの全体的な戦略的方向性およびバランス (財務報告の開
発と IFRS の維持管理をどのようにバランスさせるかが含まれる。)
(2)
世界中での財務報告ニーズ (どのプロジェクトを加えるべきかおよ
びそれらのそれぞれの範囲の考慮が含まれる。)
そして、 ①何を戦略的優先事項とすべきだと考えるか、 また、 今後3年間
にわたりそれらをどのようにバランスさせるべきか、 ②基準設定行動に対す
る最も緊急の財務報告ニーズは何だと考えるか、 という主たる質問に対する
意見を、 資源の配分、 どのプロジェクトを優先すべきか、 およびそれらのプ
ロジェクトをどのような形で今後3年間にわたるアジェンダに加えるべきか
の議論の方向付けと形成に役立てることが示されている (IASB 2011, pp. 6,
11 and 15)。
「アジェンダ協議2011」 では、 「法人所得税」 プロジェクトを、 「以前にア
ジェンダに追加されたが延期された項目」 であり、 「相当の作業が行われた
プロジェクト」 に位置づけていた (IASB 2011, p. 14)。 また、 同プロジェク
トで取り組むべき論点の中には法人所得税の税務処理に関する不確実性があ
ること
5)、 そして、 ED へのコメントに対応して、 将来のある時点で法人所
得税の会計の根本的な見直しを検討することを明示していた (IASB 2011, p.
23)。
2012年12月に公表された 「フィードバック・ステートメント:アジェンダ
協議2011」 (IASB 2012) では、 「法人所得税」 プロジェクトを、 「専門的作
業プログラム」 のうち 「より長期のもの (その性質と複雑性のため、 ディス
4) アジェンダ協議は、 IFRS 財団の第二次の定款見直しの間に寄せられたコメントに対 応して、 評議員会が2010年に3年ごとに実施するものとして導入されたものである (IASB 2011, p. 6)。 5) この論点の解決には、 まず非金融負債の会計処理の改訂 (IAS 37 の修正) のプロジェ クトの完了が必要とされていた (IASB 2011, p. 23)。カッション・ペーパーまたは調査研究文書の公表を今後3年以内に予定して
いない事項)」 に位置づけていた。 また、 他の基準設定主体が IASB に代わっ
て調査することを推奨するとともに、 プロジェクトの進展に役立つ情報の収
集にあたるスタッフを割り当てることを示していた (IASB 2012, p. 13)。 そ
して、 ここにおいても、 IASB と FASB によるコンバージェンスは達成され
ず、 また、 基準の簡素化にも成功しなかったが、 法人所得税の会計の根本的
な見直しは重要なプロジェクトになるということが示されていた (IASB
2012, p. 13)。
EFRAG と UKASB は、 「法人所得税」 の問題点に関する議論を刺激し、
IASB の 「法人所得税」 プロジェクトの進展を支援する目的で、 2011年12月
に、 討議資料 「法人所得税の財務報告の改善」 (EFRAG et al. 2011) (DP)
を公表した。 DP は、 「アジェンダ協議2011」 の 「世界中の財務報告ニーズ」
に呼応するように、 利用者のニーズに焦点を合わせて IAS 12 の改善を図る
という方針のもと作成されたものである。
具体的には、 まず、 投資者と債権者にとっての目的適合性を高める可能性
のある開示項目として、 ①税務戦略と目的、 ②税務に関するリスク・ポジショ
ンの明確化、 ③現金での税金支払額 (cash tax) と将来の税金キャッシュ・
フロー、 ④納付税額と損益計算書上の当期税金費用との差異に関する明瞭な
説明、 ⑤当期税金費用が会計上の利益に法定税率を乗じた額と一致しない理
由についての明瞭な説明、 ⑥実効税率に関する理解を改善する方策、 ⑦繰越
欠損金 (または他の繰延税金資産) の合理的な価値、 という7項目を識別し
ている (EFRAG et al. 2011, par. 1.7)。 また、 利用者のニーズをより充たす
よう IAS 12 を修正する項目として、 以下の項目を挙げている。 さらに、 法
人所得税の会計の根本的な見直しに通ずるものとして、 一時差異アプローチ、
納税額方式、 部分適用、 価値修正アプローチ、 発生アプローチのレビューを
欧州財務報告諮問グループとイギリス会計基準審議会による
取組み
行っている。
(1)
表示・開示
①
実際の税金費用と税引前利益に実効税率を乗じた額との数字的調
整
6)②
将来税金キャッシュ・フローに関する情報
(2)
認識・測定
①
繰延税金の割引計算
②
法人所得税の税務処理に関する不確実性
EFRAG と UKASB は、 DP に対する29のコメント (作成者から10、 国内
基準設定主体から8、 会計事務所から6、 職業専門家団体から4、 会計士か
ら1、 財務諸表利用者からはゼロ) と2012年に実施した5回の意見聴取をふ
まえ (EFRAG et al. (2012a)・(2012b)・(2012c)・(2012d)・(2012e))、 2013
年2月にフィードバック・ステートメント 「法人所得税の財務報告の改善」
(EFRAG et al. 2013) を公表した。 コメントの概要は次のとおりである。
ほぼすべてのコメントが、 ① IAS 12 には概念レベルおよび適用レベルに
おいて取り扱うべき欠点はあるけれども根本的な欠陥はなく、 ②現行のモデ
ルは財務諸表の作成者と利用者に一般的に十分理解されており、 これを根本
的に変更することは更に複雑性を高め、 利用者のニーズを充たさない可能性
があることを指摘していた。 また、 多くのコメント (主に基準設定主体と会
計団体) が、 利用者ニーズの理解には更なる作業が必要であることを強調し
ていた (EFRAG et al. 2013, pars. 12
13)。 なお、 DP の提案に対して支持の
多かった項目は、 ①数字的調整、 ②繰延税金資産と税務上の欠損金に関する
開示の改善、 および③法人所得税の税務処理に関する不確実性の認識と測定
6) IAS 12 では、 次の様式のいずれかまたは両方による、 税金費用 (収益) と会計上の 利益との関係の説明を要求している (par. 81(c))。 (i) 会計上の利益に適用税率を乗じて得られる額と税金費用 (収益) との間の数 字的調整 (適用税率の計算根拠も併せて開示) (ii) 平均実際負担税率と適用税率との間の数字的調整 (適用税率の計算根拠も併 せて開示)であった。 これに対して、 支持の少なかった項目は、 ①納付税額と当期税金
費用との数字的調整、 ②繰延税金の割引計算、 ③法人所得税の税務処理に関
する不確実性の開示、 ④将来指向的で企業の機密に係る情報を含む開示であっ
た (EFRAG et al. 2013, pars. 17
18)。
このように、 DP に対するコメントは、 IAS 12 の根本的な見直しについて
は否定的であり、 開示の充実という点についても利用者のニーズの把握には
更なる作業が必要であるといった慎重な姿勢を示すものであったが、 財務諸
表利用者からのコメントはゼロであった点に留意が必要である。 なお、 これ
ら一連の内容については、 IAS 12 の改善に向けて IASB に提供されることと
なっていた (EFRAG et al. 2013, par. 23)。
「法人所得税」 に関するリサーチ・プロジェクト
IASB は、 2015年8月に公表した意見募集 「アジェンダ協議2015」 (IASB
2015a) において、 新しいアプローチ (証拠に基づく基準設定に対する IASB
のアプローチ) に基づき、 作業計画にあるプロジェクトを、 基準設定活動の
3つの主要なフェーズを反映して、 ①リサーチ・プロジェクト
7)、 ②基準レ
ベルのプロジェクト、 ③維持管理および適用に関するプロジェクト、 という
3つの主要区分に分類した (IASB 2015a, par. 13)。 「法人所得税」 プロジェ
クトは、 2015年7月31日現在、 リサーチ・プロジェクトにおける評価段階
8) 7) リサーチ・プロジェクトは、 20112012年アジェンダ協議に対応して導入されたもの であり、 その目的は、 生じる可能性のある高い財務報告上の問題を分析することであ り、 これは認識されている欠点の内容と程度に関する証拠の収集や、 財務報告の改善 または欠陥の矯正のための考え得る方法の評価によって行われる。 リサーチ・プログ ラムの主要なアウトプットは、 ディスカッション・ペーパーやリサーチ・ペーパーを 一般のコメントを求めるために公表することである。 それらのペーパーにおける分析 は、 関心を有する人々からのコメントとともに、 基準レベルのプロジェクトを開始す べきかどうかについての IASB の決定を支援するものとなる (IASB 2015a, par. 14)。 8) 評価段階のリサーチ・プロジェクトは、 実務上の適用論点の識別と評価のために行われるものであり、 財務報告上の問題があるかどうかを理解し、 どのような追加の対応 (もしあれば) が必要なのかを検討するためのものである。 IASB はリサーチの進捗状 況に関してアップデートを受け取るが、 この段階ではプロジェクトは IASB の時間を ほとんど要しないものである。 評価段階が完了すれば、 プロジェクトは、 通常、 開発
に位置づけられていた (IASB 2015a, par. 32)。
「アジェンダ協議2015」 では、 IASB が IAS 12 に基づく情報の一部につい
て意思決定有用性を疑問視するフィードバックを受けているとともに、
IASB と解釈指針委員会が IAS 12 の適用上の質問を多く受けている状況であ
ること (IASB 2015a, par. A9)、 さらに、 「フィードバック・ステートメント:
アジェンダ協議2011」 で示した方針に基づき、 スタッフが財務諸表利用者お
よび他の利害関係者を対象としたアンケート調査の結果を分析しており、
2015年の終盤には、 アンケート調査の分析結果を IASB が検討する予定であ
ることが示されていた。 これらフィードバックと分析結果が、 ① IAS 12 の
根本的な見直しに取り組むべきか、 ②現行の要求事項について狭い範囲の修
正を検討すべきか、 それとも、 ③更なる作業は行わない、 という判断の材料
になるとのことであった (IASB 2015a, par. A10)。
2016年5月18日に、 IASB は、 財務諸表関係者のニーズをより適切に理解
したうえで、 「アジェンダ協議2015」 の前に、 上記①∼③に関する議論を促
進する目的で、 「法人所得税」 リサーチ・プロジェクトを検討する教育セッ
ションを開催し、 次の項目について検討を行った (IASB 2016g, p. 9)。
(1)
IASB の 「法人所得税」 プロジェクトの経緯、 IAS 12 の適用上の問
題点とその主要な原因
(2)
法人所得税に関して過去に他の基準設定主体が検討した代替的な会
計モデル
(3)
スタッフが実施した投資者に対する意見聴取からのフィードバック
(4)
「アジェンダ協議2015」 からのフィードバック
投資者に対する意見聴取では、 アナリスト、 ポートフォリオ・マネージャー
などからの87の意見に基づく次の結果が報告された。 まず、 ほとんどの利用
者は、 繰延税金情報を含む税金情報を有用なものと考えており、 根本的な変
更によって現行の情報の一部が開示されなくなるかもしれないという懸念か
段階に移行するか、 中断されるか、 リサーチ・プログラムから削除されるかのいずれ かとなる (IASB 2015a, par. 34)。ら、 一般的に現行の会計モデルの根本的な変更を支持していない
9)というこ
とであった (IASB 2016d, par. 6)。 また、 多くの利用者が、 法人所得税に関
する既存の開示には透明性が欠如していると考えていることが報告された
(IASB 2016d, par. 7)
10)。
「アジェンダ協議2015」 からのフィードバックでは、 119の意見のうち70
が 「法人所得税」 リサーチ・プロジェクトに言及し、 そのほとんどは適用レ
ベルもしくは根本的なレベルでの問題を識別していたが、 優先順位に関して
は一様ではなかった (IASB 2016f, par. 7)。 また、 「アジェンダ協議2015」 を
補完するために実施されたオンライン調査では、 169の回答のうち利用者6
を含む13の回答が、 「法人所得税」 を優先順位の上位3位に含めていた
(IASB 2016f, par. 8)。
上記2つのフィードバックで示された具体的項目等の概要をまとめたもの
(狭い範囲の修正を除く。) が【図表1】である (O は 「投資者からの意見聴
取」 からのフィードバック、 A は 「アジェンダ協議2015」 からのフィードバッ
クであることを示す)。
【図表1】 「法人所得税」 リサーチ・プロジェクトに対するフィードバック Ⅰ1. 根本的な見直し A (1) 概念フレームワークとの不整合性 A (2) 不適当な結果の出現 (例えば、 未実現損益の消去に係る税効果) A (3) 狭い範囲の修正では諸問題の効果的な解決には不十分 Ⅰ2. 根本的な見直しのうえ、 次の問題点に対処すべき 1. 基準間の整合性 A (1) IFRS 第2号 「株式に基づく報酬」、 IFRS 第3号 「企業結合」11)、 および IFRS 第13号 「公正価値測定」 との関係の整理 9) また、 利用者は、 採用すべき会計モデルに非常に関心があるというわけではなかった (IASB 2016d, par. 6)。 10) なお、 この他、 一部の利用者は、 繰延税金の認識・測定が利益を平準化し、 ボラティ リティーを覆い隠すメカニズムと捉えているとのことである (IASB 2016d, par. 7)。 11) 資産および負債の当初認識により生じる繰延税金資産または繰延税金負債は、 企業結 合の場合には取得日に認識されるが、 資産の取得の場合には認識されない (IFRS 3, par. 18 ; IAS 12, par. 15)。O (2) 公正価値会計と法人所得税の会計12)
2. 基準の対象範囲
A すべての強制的課税支出 (mandatory fiscal payments) を含むべき 3. 認識・測定
A・O 繰延税金の割引計算 Ⅲ. 狭い範囲の修正 Ⅳ. 開示の充実
A (1) 経済開発協力機構 (OECD) と G 20 による 「税源侵食と利益移転 (the Base Erosion and Profit Shifting:BEPS)」 プロジェクトによる税務に対す る公衆の関心 (public interest) の高まり13)
A・O (2) 透明性・理解可能性の確保
A ① 税務戦略、 税務リスク、 税金キャッシュ・フロー (tax cash flow) O ② 数字的調整に関する開示 ・ 「外国税率との差異」 として総額で記載するのではなく、 鍵となる税務 戦略と企業の競争優位/劣位の強調 ・適用税率を親会社所在地の税率から加重平均税率に変更 ・会社間の負債 (intercompany debt) とその実効税率に対する効果に関す る情報14) また、 企業結合において、 識別可能資産・負債の公正価値が税務基準額を上回る場 合に生じた将来加算一時差異に対して繰延税金負債を認識する結果として、 識別可能 資産・負債の正味の額と移転された対価との差額であるのれんが増加することになる。 EFRAG は、 この増加にともなうのれんの 「企業結合日時点での減損問題 (day one impairment issue)」 を検討していたが、 当初測定時における繰延税金負債の認識が実 務において現実的な問題であるという強い証拠は得られていないとして、 IFRS 13 の 適用後レビューにおいて問題提起することとした (EFRAG 2017a ; EFRAG 2017b)。 12) 公正価値で測定される負債性金融商品に係る繰延税金資産の認識の明確化に対応する
ために、 2014年8月に公開草案 「未実現損失に係る繰延税金資産の認識 (IAS 第12号 の修正案)」 (IASB 2014) が、 2016年1月に 「未実現損失に係る繰延税金資産の認識 (IAS 第12号の修正)」 (IASB 2016a) が公表され、 次のような明確化が図られた。
可能性の高い将来の課税所得の見積りには、 企業の資産をその帳簿価額を超過して 回収することが含まれる場合がある。 これは企業がこれを達成する可能性が高いとい う十分な証拠があることが条件となる。 例えば、 資産が公正価値で測定されている場 合には、 企業は、 企業が資産をその帳簿価額を超過して回収する可能性が高いと結論 を下すための十分な証拠があるかどうかを検討しなければならない。 これに当てはま る可能性があるのは、 例えば、 企業が固定金利の負債性金融商品を保有して契約上の キャッシュ・フローを回収すると見込んでいる場合である (par. 29A)。 13) この意見は、 財務諸表利用者、 オーストラリア経済団体連合会、 オーストラリアとイ ギリスの会計団体からのものである (IASB 2016f, par. 14)。 なお、 イギリスにおける 税務戦略の開示義務化、 オーストラリアにおける税務情報の自主的開示については、 白崎・中原 (2016) を参照されたい。
以上を踏まえ、 IASB スタッフは、 ① IAS 12 の主要原則の根本的な見直し
を行う、 ②実務上の問題に対処する狭い範囲の修正を行う、 ③開示の改善を
行う、 ④教育マテリアルの開発を行う、 ⑤更なる作業は行わない、 という選
択肢を IASB に提示し (IASB 2016b, pp. 5
6)、 2016年5月19日の会議で、
IASB は、 ① IAS 12 の根本的な見直しは行わない、 ②狭い範囲の修正で進め
る価値のあるものはないとして、 「法人所得税」 プロジェクトを作業計画案
には含めないことを決定するに至った (IASB 2016g, p. 9 ; IASB 2016h, p. 30)。
したがって、 2016年11月に公表された 「IASB 作業計画2017
2021年:アジェ
ンダ協議2015に関するフィードバック・ステートメント」 (IASB 2016h) で
は、 「法人所得税」 プロジェクトは、 「今後の作業が予定されていないプロジェ
O ③ 情報の追加 ・法人所得税の税務処理に関する不確実性15) ・会社に与えられた特別な税制上の優遇措置 (tax incentives) ・税務上の繰越欠損金その他の項目 (将来の税金支払額に影響を及ぼす可 能性) ・税金に作用する要因 (tax drivers) の詳細 (税務リスクや税率の持続可 能性の評価に非常に重要)O ④ 国別分析 (Country by Country Analysis) (企業が積極的 (aggressive) 方針を採用しているかの検討において重要) ・税金に関する方針とアプローチ ・子会社をタックス・ヘイブンに所在させている目的 ・主要な子会社の納税額と関連する財務情報 (出所:IASB (2016d) と IASB (2016f) に基づいて筆者が作成。) 14) 「関連法人間の取引においては、 課税所得の計算上、 支払利息が損金に算入されるこ とを利用して、 関連者間の借入れ利率を恣意的に設定することにより、 関連者全体の 資金移動には影響させないで、 税負担を軽減する租税回避行為が可能となり得る」 (富岡 2018、 307頁)。 15) 2015年10月に、 IFRIC 解釈指針案 「法人所得税務処理に関する不確実性」 (IASB 2015b) が公表され、 2017年6月に、 IFRIC 23 「法人所得税の税務処理に関する不確 実性」 (IASB 2017a) が公表され、 法人所得税の税務処理に関する不確実性がある場 合に、 IAS 12 の認識および測定の要求事項をどのように適用すべきかが明確化され た (IFRIC 23, par. 4)。 なお、 「不確実な税務処理」 とは、 関連する税務当局が税法に 基づいてその税務処理を認めるかどうかに関して不確実性がある税務処理をいう (IFRIC 23, par. 3(c))。
クト」 とされている。 なお、 IASB は、 特に繰延税金の会計処理における
「一時差異」 アプローチにより提供される情報の性質を説明するために、 教
育マテリアルを開発する価値があるかもしれないことに留意していることを
付記している (IASB 2016h, p. 30)
16)。
おわりに
FASB と IASB の短期コンバージェンス項目の1つであった 「法人所得税」
プロジェクトは、 他の重要なプロジェクトを進めるという目標のもと、 その
達成には至らなかったが、 FASB と IASB はともに、 法人所得税の会計の根
本的見直しの必要性については了解をしていた。 しかしながら、 その後の
EFRAG・UKASB の取組み、 IASB の 「アジェンダ協議」、 そして、 IASB ス
タッフによる投資者に対する意見聴取では、 IAS 12 の根本的見直しに関し
て、 財務諸表の作成者・監査人からは IAS 12 は根本的な欠陥はないという
認識と見直しにともなう複雑性の増大に対する懸念が、 投資者からは根本的
な見直しにより現行の開示情報が失われる懸念が寄せられた。 開示の充実に
関しては、 基準設定主体や会計団体から利用者のニーズについての更なる作
業の必要性が指摘される一方、 投資者からは、 現行の開示には透明性が欠如
しているといった意見が寄せられた。 IASB は、 これらのフィードバックと
これまでの狭い範囲での修正も踏まえ、 「法人所得税」 プロジェクトを 「今
後の作業が予定されていないプロジェクト」 に位置づけることとなったが、
企業の税務行動に対する関心の高まりをみるに、 IFRS と統合報告との相互
16) なお、 2017年12月に公表された 「IFRS 基準の年次改善20152017年サイクル」 (IASB 2017b) では、 IAS 12 について、 次の狭い範囲の修正が行われた。 すなわち、 会社は、 配当支払いの法人所得税への影響のすべてを同じ方法で会計処理する (IASB 2017b, p. 11) という明確化がなされた。 年次改善は、 維持管理のためのプロセスの一部であり、 軽微または範囲の狭い解釈 を含んでいる。 このプロセスの一部として行われる修正は、 IFRS 基準の文言の明確 化または比較的軽微な見落し若しくは IFRS 基準の既存の要求事項の間の矛盾点の訂 正のいずれかである (出所:企業会計基準委員会、 「国際会計基準審議会が IFRS 基 準の年次改善を公表」 2017年12月12日、 https : // www.asb.or.jp / jp / ifrs / press_release / y2017 / 2017-1212.html)。関係の探求 (IASB 2011, p. 9) の1つとして、 財務情報と税務情報の相互関
係の探求がその対象となる可能性もあろう。
(筆者は関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科准教授)
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