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戦後幼稚園復興の研究

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Academic year: 2021

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21 研究実績の概要  戦後の幼稚園はその惨状からどのように立ち上 がり、再構築していったのか。また、学校教育法 の1条校としての意識と内実を確立していく過程 において、「保育要領」、「幼稚園設置基準」など による幼稚園の標準化はいかにして形成され、実 態化したのか。特に後者(「幼稚園設置基準」)に ついては、施設環境をめぐる基準化の過程を丁寧 に追うことが必要であり、本研究はその一部とし ての史料収集をもとに、幼稚園施設設備・環境に 関わる動きを探ろうとするものである。  1950年代の幼稚園再構築に関わった文部省初等 中等教育局初等教育課事務官玉越三郎の残した文 書等の一次史料を用いて国側の計画をさぐるとと もに、公立のなかでもいち早く再建の動きを起こ した名古屋市立第三幼稚園の取り組みに着目し て、幼稚園側と国側との関わりをも含めて上記の 研究目的にアプローチした。新制中学校整備をめ ぐって地方財政も混乱する中で、財政の根拠とな る法令制定が喫緊の課題となり、「学校施設基準 法案」、「学校の教育課程及び編成の基準に関する 法律案」が文部省内で検討されていく。幼稚園、 高等学校も例外ではなかった。そこで、学校教育 法上に位置づいた幼稚園が内実をともなうよう に、国側はいかに短期間に教育課程、指導要録、 施設設備に至るまでの基準を作成しようとしたの か、また、園側も消失した園舎の復旧のために、 文部省に対していかに熱意をもって説得力ある陳 情をしたのか、そして国と園とはどのようにつな がっていたのかを具体的に検討した。  分析の1点目は、文部省内部文書である「昭和 25、26年度事業計画予定表」の内容と具現化にむ けた動きとの照合、第三幼稚園への依頼文書にみ る国側の意図の検証である。  分析の2点目は、幼稚園再構築の財源確保に腐 心する中、方策のひとつとして示された文部省モ デル幼稚園候補校に関する史料の読みとりであ る。今回入手した史料によって、モデル候補校制 度を利用するに至った背景とともに、その後の研 究活動の変遷を明らかにすることが可能になる。  国は、学校としての幼稚園の指標を急ぐととも に、急激な増設が予測される新設園舎建築に対し ても具体の提示が急務であったと考えられる。本 研究では、その具体化の動きを捉えるとともに、 各市町村においては新制中学校の整備によって幼 稚園増設に手がまわらない中、国側、園側双方が いかなる折衝を続けたのかを探った。  研究成果については、保育学会(2019)にて発 表(「戦後期の幼稚園構築について~ 1950年代の 国の計画から~」)、WERA(2019)のシンポジ ウムにおいても一部の史料を使用する。

戦後幼稚園復興の研究

髙田 文子

 

参照

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