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東北大学百年史編纂室に関する個人資料の紹介

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Academic year: 2021

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はじめに 本論考は、執筆者が保管していた、東北大学百年史編纂室に関する資料の内容を紹介するも のである。東北大学百年史編纂室とは、『東北大学百年史』を編纂するために設けられていた組 織であり、詳しくは後述するが、執筆者は数年にわたって勤務していた。 東北大学の百年史編纂事業については、『東北大学百年史』三「通史三」の巻末に掲載されて いる「編集後記」に、編纂室長であった今泉隆雄教授(当時)が基本的な経緯を記している1) また、事業が進められていた時期に年 1 回のペースで発行されていた『東北大学百年史編纂室 ニュース』などにも、さまざまな情報が掲載されている2) さらに近年では、東北大学史料館の加藤諭准教授が「東北大学史料館に移管された、東北大 学百年史編纂に関わる文書」に分析を加え、「東北大学百周年事業における大学史編纂構想と体 制整備」について論じている3)。その加藤准教授から「百年史編纂の資料」についての問合せを 受けたことが、資料の内容を確認し、この論考を執筆する大きな契機となっている。 本論考では、百年史編纂事業、および編纂事業と執筆者との関わりについて触れた上で、執 筆者が保管していた資料の内容や性質について紹介していくこととする。 1 .東北大学の百年史編纂事業 東北大学における百年史編纂事業は、1993年(平成 5 )に記念事業企画委員会が、東北大学 の百周年を祝う事業の 1 つとして百年史を刊行することを決定し、百年史編纂構想委員会が設 置されたことから開始された。さらに1995年(平成 7 )12月に百年史編纂委員会、翌1996年(平 成 8 )10月には編集委員会が設置された。そうした推移を経て、1997年(平成 9 ) 4 月に百年 史編纂室が設置された。 東北大学の百年史編纂室は、2010年(平成22) 3 月までに『東北大学百年史』全11巻を発行 した。内訳は、通史編が 3 巻、部局史編が 4 巻、資料編が 4 巻である。それらを発行順に並べ ると、以下のようになる。  2003年(平成15) 5 月、『東北大学百年史』四「部局史一」を発行。  2004年(平成16) 3 月、『東北大学百年史』八「資料一」を発行。  2005年(平成17) 3 月、『東北大学百年史』五「部局史二」を発行。  2006年(平成18) 3 月、『東北大学百年史』六「部局史三」を発行。  2006年(平成18)12月、『東北大学百年史』七「部局史四」を発行。  2007年(平成19)10月、『東北大学百年史』一「通史一」を発行。  2009年(平成21) 1 月、『東北大学百年史』二「通史二」を発行。  2009年(平成21) 3 月、『東北大学百年史』十「資料三」を発行。  2009年(平成21)11月、『東北大学百年史』十一「資料四」を発行。  2010年(平成22) 2 月、『東北大学百年史』九「資料二」を発行。

東北大学百年史編纂室に関する個人資料の紹介

伊 藤 大 介

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 2010年(平成22) 3 月、『東北大学百年史』三「通史三」を発行。 ここからは、長期間にわたって実施された百年史編纂事業のなかで、執筆者が携わった数年 間において作成・管理し、現在まで保管してきた資料の概要について述べることとする。 2 .現在までの経緯 ここでは、東北大学の百年史編纂事業と執筆者との関わり、および今回紹介する資料がたどっ てきた経緯について触れる。 1997年(平成 9 )、執筆者は東北大学大学院文学研究科に進学し、設置されたばかりの百年史 編纂室にアルバイトとして雇用された。約 3 年間にわたって勤務し、資料整理の補助作業のほ か、資料目録の作成などに携わった。 2007年(平成19) 5 月からは、教育研究支援者として百年史編纂室に雇用され、2010年(平 成22) 3 月に編纂事業が終了するまで勤務した。高橋禎雄助手(当時)の補助をするかたちで、 主に『東北大学百年史』二「通史二」と『東北大学百年史』九「資料二」の編集に携わった。 百年史編纂室が閉室した直後の2010年(平成22) 4 月、執筆者は東北大学史料館の協力研究 員として採用された。百年史編纂室は、1997年(平成 9 )に設置された時点から東北大学史料 館(設置当時は東北大学記念資料室)の一角に設けられていたので、執務場所は史料館内の部 屋移動で済んだ。しかし、それまで個人的に管理していた百年史編纂事業に関する資料につい ては、そのほとんどを自宅に持ち帰った。 すでに百年史編纂事業は終了しており、個人的な資料については、廃棄するという選択肢も あった。しかし、自分が関わった本が刊行されてから時間が経過していなかったこと、とくに 「資料二」は歴史資料を翻刻・転載した資料集であったため、問合せに対応する可能性などを考 えて、一時的に保管することとした。 自宅に持ち帰った時点では、 2 ~ 3 年程度の保管を想定していた。しかし、 1 年後の2011年 (平成23) 3 月11日に東日本大震災が発生したことによって、状況が大きく変化した。仙台市内 にあった自宅では、ほとんどの本棚が大きくゆがみ、本棚の上に積んであった段ボール箱も崩 れ落ちるなどして、多くの書籍や資料が散乱した。 また自宅の被害も大きく、水漏れなども発生したために転居を余儀なくされた。加えて、余 震も続いていた状況において、それ以前のように荷物を積み上げて管理することも難しくなっ た。そこで転居に伴い、資料の多くを山形市にある実家の物置で保管することとした。 東日本大震災の発生から間もない2011年(平成23) 4 月から、宮城県岩沼市で市史編纂専門 員として勤務するようになった。そうした事情もあって、これらの資料を整理する時間を、な かなか作れないでいた。しかし数年が経過した時点で、実家の物置で漏水被害などが確認され るようになった。そのため、岩沼市の市史編纂室が設けられている建物(旧・岩沼市図書館) に移動させた。 上記のような経緯によって、東北大学の百年史編纂事業で使用していた資料が、段ボール数 箱に入れられた状態で、保管場所を変えながら現在まで残されることとなった。なお、実家の 物置で漏水があったほか、岩沼でも雨漏りなどが発生したが、幸いなことにそれほど大きな被 害には至らなかった。

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3 .資料の分類 本論考で紹介する資料は、東北大学の百年史編纂室に勤務していた際に使用した資料を、段 ボール数箱に収納して保管していたものである。 百年史編纂室に勤務していた時に、作成したり、参照したりした資料は、用途や性質に応じ て分類した上で、封筒に入れて保管していた。今回紹介する資料は、原則として、その封筒ご との仕分けに従って整理した。 なお資料を入れていた封筒は、業務中に使用していた本棚に収納していたので、当時は意味 のある順番で並んでいたはずである。ただしその後、段ボール箱に収納したり、水損を確認す るための入れ替えなども実施したので、かつての秩序は残されていないと考えられる。そのた め今回の整理に際しては、資料の性質によって分類した上で、新たに資料番号を付した。 また当時使用していた封筒は、使用済みの封筒を再利用したものがほとんどであった。その ため当時から品質が良いわけではなく、封筒の表面に個人情報が記されている場合も少なくな かった。そこで、整理するのにあたって新しい封筒に入れ替えた。 さらに今回、改めて仕分けするのに際して、封筒ごとに新たに名前を付け直した。その際には、 それぞれの封筒に入れられている資料について、一見して共通点や相違点が理解できるような 名前を付ける(ネーミング)よう心がけた。 たとえば「通史二第七編第一章関係資料」とネーミングされた資料には、『東北大学百年史』 二「通史二」の第七編「大学院重点化と将来構想」の第一章「教養部の廃止と全学教育体制の 展開」を編集するのに際して使用された書類などが含まれている。また「資料二留学生の学生 生活関係資料」のように、編や章よりも小さい項目(この場合は「節」)を、巻名の後ろに直接 ネーミングしている場合もある。 なお封筒を入れ替えるのにあたって、可能な範囲で内容を確認して、百年史編纂事業と関わ りのない個人的な資料などを取り除いた。ただし、反古紙を再利用して作成した資料もあるた め、無関係の書類が紛れ込んでいる可能性は否定できない。 またこれらの資料は、原稿を編集する過程で作成・分類されたものである。そのため、編纂 事業が終了した時点から見ると、同じような性格を持つ資料が別々の封筒で保管されている ケースや、反対に性質の異なる資料が同封されているケースもあった。そうした場合は、もと もとの秩序を尊重しながらも、その用途など に応じて再編成した。 さらに編集作業を進めるなかで、 1 つの封 筒に入りきらない厚さ数センチに及ぶ書類を、 左端を切り取った封筒に挟み込んで保管して いるケースもあった【写真 1 】。このような 場合においても、原秩序を大きく変更しない 範囲で、複数の封筒に分割するなどして対応 した。そのほか、紙製のフラットファイルに 綴じて管理されていたものを、そのまま左端 を切った封筒に挟み込んだものもある【写真 2 】。 【写真 1 】左端を切った封筒

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以上のような基準で再編成を実施して、同じような性格の資料が複数の封筒に分割された ケースにおいては、それぞれの名前の末尾に①、②、③と番号を付した。①と②の 2 つに区分 された場合は 1 / 2 と 2 / 2 、①、②、③の 3 つに区分した場合は 1 / 3 、 2 / 3 、 3 / 3 、と分割 したことを意味している。 4 .資料の内容 ここまで述べてきたような方針で資料を整理して、【表 1 】のような目録を作成した。また、 その表にも記されているが、資料の性格などから 6 つのグループに分類した。それらのグルー プの内容は以下の通りである。  グループ A(資料番号 1 ~ 3 )百年史編纂室スタッフ会議に関する資料  グループ B(資料番号 4 ~16)百年史編纂事業の全体に関する資料  グループ C(資料番号17~36)『東北大学百年史』二「通史二」に関する資料  グループ D(資料番号37~51)『東北大学百年史』九「資料二」に関する資料  グループ E(資料番号52~62)「通史二」と「資料二」に関する資料  グループ F(資料番号63~66)そのほかの資料 ここからは、グループ A からグループ F まで分類した区分に従って、それぞれの内容につい て述べていくこととする。 A.百年史編纂室スタッフ会議に関する資料 グループ A(資料番号 1 ~ 3 )は、百年史編纂室スタッフ会議に関する資料である。百年史 編纂室スタッフ会議とは、編纂室のメンバーが月に 1 回集まって開催する会議のことである。 1 年に 1 回発行された『東北大学百年史編纂室ニュース』に掲載されている「百年史編纂室 日誌抄録」には、百年史編纂室スタッフ会議の開催日などが記されており、編纂室の基本的な 動きについては、そこで確認できる。なお、百年史編纂室スタッフ会議が最初に開催されたのは、 1997年(平成 9 ) 5 月19日である4) 【写真 2 】紙ファイルと封筒

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【表 1 】東北大学百年史編纂室に関する資料 グループ A 百年史編纂室スタッフ会議に関する資料 資料番号 資料名 1 スタッフ会議(二〇〇七年度) 2 スタッフ会議(二〇〇八年度) 3 スタッフ会議(二〇〇九年度) グループ B 百年史編纂事業の全体に関する資料 資料番号 資料名 4 通史一の校訂について 5 通史二の進め方について(二〇〇七年) 6 通史二進行表など 7 通史二平川部会長打合せ関係資料 8 通史三関係資料 9 資料二進行表など 10 資料二校正上の注意 11 通史研究会における討議のまとめ(二〇〇〇年) 12 新聞データベース関係資料(二〇〇一年) 13 『東北大学百年史』「通史」執筆のしおり(二〇〇四年) 14 『東北大学百年史』執筆マニュアル(二〇〇八年) 15 借用資料返却関係文書① 16 借用資料返却関係文書② グループ C 『東北大学百年史』二「通史二」に関する資料 資料番号 資料名 17 通史二第六編第一章関係資料① 18 通史二第六編第一章関係資料② 19 通史二第六編第一章関係資料③ 20 通史二第六編第二章関係資料① 21 通史二第六編第二章関係資料② 22 通史二第六編第二章関係資料③ 23 通史二第六編第三章関係資料① 24 通史二第六編第三章関係資料② 25 通史二第六編第三章関係資料③ 26 通史二第六編第四章関係資料① 27 通史二第六編第四章関係資料② 28 通史二第六編第五章関係資料① 29 通史二第六編第五章関係資料② 30 通史二第七編第一章関係資料 31 通史二第七編第三章関係資料 32 通史二原子核工学科問題関係資料 33 通史二大学本部封鎖事件関係資料 34 通史二大学予算関係資料 35 通史二付物関係資料① 36 通史二付物関係資料② グループ D 『東北大学百年史』九「資料二」に関する資料 資料番号 資料名 37 資料二学生生活関係資料 38 資料二留学生の学生生活関係資料 39 資料二滝川事件関係資料 40 資料二イールズ事件関係資料 41 資料二大学と戦争関係資料 42 資料二門戸開放と女性の入学関係資料① 43 資料二門戸開放と女性の入学関係資料② 44 資料二戦前期における教員の海外留学関係資料 45 資料二式辞・告辞関係資料 46 資料二付物関係資料 47 資料二第二編第一章掲載資料コピー 48 資料二第二編第二章掲載資料コピー 49 資料二第二編第三章掲載資料コピー 50 資料二第二編第四章掲載資料コピー 51 資料二第二編第五章掲載資料コピー グループ E 「通史二」と「資料二」に関する資料 資料番号 資料名 52 通史二資料二国際交流関係資料 53 通史二資料二自衛官入学問題関係資料 54 通史二資料二関係 CD ファイル 55 昭和四一年(一九六六)管理運営関係議事録 56 昭和四二年(一九六七)管理運営関係議事録 57 昭和四三年(一九六八)管理運営関係議事録 58 昭和四四年(一九六九)大学改革関係議事録 59 昭和四四年(一九六九)各部局の意見 60 昭和四五年(一九七〇)大学改革関係議事録 61 昭和四六年以降(一九七一~)大学改革関係議事録 62 昭和四七年以降(一九七二~)一革二革関係議事録 グループ F そのほかの資料 資料番号 資料名 63 農科大学(北海道)関係資料 64 黒田正典先生資料目録 65 服部栄太郎氏旧蔵資料目録 66 河北新報「東北大学物語」(一九六五年)コピーなど

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このグループには、2007年(平成19) 5 月から2010年(平成22) 3 月までに開催された、百 年史編纂室スタッフ会議の会議資料などが含まれている。執筆者が勤務していた最後の 3 年間 分に限られるものの、立て続けに 5 巻が発行された最終期において、どのような話し合いがお こなわれていたかを知ることができる希少な資料と考えられる。そのため稿を改めて、検討を 加える予定である。 B.百年史編纂事業の全体に関する資料 グループ B(資料番号 4 ~16)は、百年史編纂事業の全体に関する資料である。 執筆者が主に関わっていたのは、『東北大学百年史』二「通史二」と『東北大学百年史』九「資 料二」であることはすでに述べた。しかし百年史編纂室の中川学講師(当時)らの指示によっ て、他巻の編集に関わることも少なくなかった。「通史一の校訂について」(資料番号 4 )や「通 史三関係資料」(資料番号 8 )は、そうした場合に使用した資料である。 また「通史研究会における討議のまとめ(二〇〇〇年)」(資料番号11)や「『東北大学百年史』 「通史」執筆のしおり(二〇〇四年)」(資料番号13)のように、編纂室に教育研究支援者として 加わる以前に作成された記録も含まれる。これらの資料も、編集作業を進めていく上で参照す るなどしたものである。 そのほか借用資料の返却に関わる資料もあり、部分的ではあるが編纂室業務の実態を知るこ とができる資料といえる。 C.『東北大学百年史』二「通史二」に関する資料 グループ C(資料番号17~36)は、『東北大学百年史』二「通史二」に関する資料である。グ ループ B にも「通史二」の全体に関わる「進行表」や「校正上の注意」などに関する資料が含 まれているが、グループ C に含まれるのは「通史二」の各部分を作成する上で参照した資料の コピーなど、直接利用した資料である。 たとえば「通史二第六編第一章関係資料①」(資料番号17)には、以下のような資史料が含ま れている。ただし断片的なコピーなども含まれているので、詳細が不明な部分もある。 ・『日本近代教育史事典』(1971年)と『現代教育史事典』(2001年)の「大学管理法問題」部 分のコピー綴 ・「6-1 学生参加問題」に関する新聞記事(1968年~1969年)のコピー綴 ・畠山英高ほか「特集 研究費問題」(『日本の科学者』62号、1973年)のコピー ・久田邦明「全共闘運動と大学院大学構想」(『現代の眼』1974年 6 月号)のコピー ・「ヘルメットの系譜」(『スチューデント・パワー』毎日新聞社、1968年)部分のコピー ・中村忠一『大学紛争の中から』(東洋経済新報社、1969年)の一部コピー ・「「大学の管理運営に関する意見(案)」に対する東北大学の意見」(1966年 5 月、評議会議 事録ヵ)のコピー ・「大学の管理運営」などに関する新聞記事(1965年~1966年)のコピー綴 ・東北大学管理運営検討委員会審議関係資料(広中大学問題資料Ⅰ -22)などのコピー綴 ・「工学部の青葉山キャンパス移転(昭和42年~)」(『ANTENNA 東北大学電気情報系の歴

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史』1998年)部分のコピー ・紛争、管理運営(北村晴朗名誉教授寄贈資料)のコピー(表紙に「概算要求関係 山本修正 案・西田修正案」との朱書きあり) 以上からも明らかなように、歴史資料や論文のコピーなど、実際に原稿を作成・編集する上 で使用した資料である。 D.『東北大学百年史』九「資料二」に関する資料 グループ D(資料番号37~51)は、『東北大学百年史』九「資料二」に関する資料である。グ ループ C と同じように、「資料二」を作成する上で参照した資料のコピーなどが含まれている。 たとえば「資料二滝川事件関係資料」(資料番号39)には、以下のような資史料が含まれてい る。 ・「滝川教授問題」などに関する『艮陵』(1933年)などのコピー綴 ・「滝川事件」などに関する新聞記事(1933年)のコピー綴 ・「瀧川教授問題に関する各学校の情勢」(文部省学生部『彙報 別集』1933年 6 月(『文部省 思想局 思想調査資料集成』第28巻、日本図書センター、1981年))の「東北帝国大学」関 係部分のコピー ・「瀧川教授問題に関する各学校の情勢」(文部省学生部『彙報 別集(其ノ二)』1933年 9 月 (『文部省思想局 思想調査資料集成』第28巻、日本図書センター、1981年))の「東北帝国 大学」関係部分のコピー ・『国史大事典』ヵの「滝川事件」部分のコピー ・柳原敏昭「滝川事件を語り伝える一枚のビラ」(『東北大学百年史編纂室ニュース』第13号、 2008年)のコピー ・中川学「大学新聞の歴史(上)」(『東北大学百年史編纂室ニュース』第 8 号、2001年)のコ ピー ・中川学「大学新聞の歴史(下)」作成中の原稿ヵ ・桑島治三郎「「東北帝国大学新聞」創刊のころ」(『社会科学の方法』57号、1974年)のコピー ・柳原敏昭「滝川事件と東北帝国大学」(宮城歴史科学研究会大会報告レジュメ、2007年 9 月) ・「滝川教授問題ニ関スル件(内務省警保局保安課 一九三三・六―一〇)」(『現代史資料 (42)思想統制』みすず書房、1976年)部分と「資料解説」部分のコピー ・「滝川教授問題」(『編集復刻版 文部省思想統制関係資料集成』第 4 巻、2007年)部分と「解 説」(『編集復刻版 文部省思想統制関係資料集成』第 3 巻、2007年)部分のコピー これらの資料も、原稿を作成・編集する上で使用したものである。資料集である「資料二」 を作成する上で、復刻や翻刻された資料集を参照していた状況をうかがうこともできる。 そのほか、資料番号47から資料番号51にかけての 5 点は、「資料二」の第二編「東北大学の諸 相」の、第一章「管理運営」から第五章「社会との関わり」に収録した歴史資料のコピーを紙 ファイルで保管したものである。これらは編集作業を進めながら綴じていったもので、実際に

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原稿を作成する際に参照したほか、校正段階においても文字やレイアウトを確認するために活 用した。 『東北大学百年史』の資料編に収録された歴史資料は、巻末の「出典・所蔵先一覧」に明記さ れている情報から、その所蔵先や出典をたどることができる。しかし、博物館や図書館で所蔵 されている歴史資料や、場合によっては大学内の各部局にある資料であっても、それらを見る ために多くの手続きが必要となることが少なくない。それは文献などについても同様である。 記述内容を確認するために資料を実際に閲覧しなければならない場合は、当然ながら、上記 のような正式な手順を踏むこととなる。しかし人名や年月日の確認など、実際の資料を探索す る前に、これらのコピー類で簡単にチェックできるレベルの作業は少なくない。 歴史書の編纂事業に携わった責任というものが、どのくらいの期間にわたって存在するかに ついては、さまざまな見解があると思われる。しかし、今回紹介している資料を引き取った後に、 震災や転居があっても手放すことをしなかったのは、個人的には、このコピー綴を廃棄するこ とを躊躇し続けた結果であったと思う。 E.「通史二」と「資料二」に関する資料 グループ E(資料番号52~62)は、『東北大学百年史』二「通史二」と『東北大学百年史』九 「資料二」の両方に関する資料である。「通史二」と「資料二」は、昭和40年代に発生した管理 運営問題のほか、「国際交流」「自衛官入学問題」など、内容的に重なる部分がある。それぞれ の本を作成する上で参照した資料のコピーなどが含まれており、グループ C とグループ D と同 じような性質の資料といえる。 なかでも資料番号55から資料番号62にかけての 8 点は、昭和40年代の評議会議事録などのコ ピー(または撮影した上でプリントしたもの)を紙ファイルで綴じたものである。これらは「通 史二」の第六編「大学紛争の時代と大学改革」の各章を作成するための重要資料であったため、 ファイリングして保管していたものである。なお、これらの資料の一部は「資料二」の第二編 「東北大学の諸相」の第一章「管理運営」にも使用されている。 そのほか「通史二資料二関係 CD ファイル」(資料番号54)は、「通史二」と「資料二」を編 集する上で作成したり、受け取ったデジタルデータを入れた CD-R などをまとめて収納したも のである。 現在、デジタルデータの移動に際しては、USB メモリーや外付けハードディスクを使用する ことが多いと思われるが、百年史編纂事業が進められていた時期においては CD-R が多用され ていた。それらに残されているデジタルデータは、編集作業の途中過程を示すものである。作 成時期や作成者が記録されているデジタルデータを分析することで、より詳細な作業実態を明 らかにすることも可能と考えられる。 F.そのほかの資料 グループ F(資料番号63~66)は、上記の分類に含まれない、そのほかの資料をまとめた。 「農科大学(北海道)関係資料」(資料番号63)、「黒田正典先生資料目録」(資料番号64)、「服 部栄太郎氏旧蔵資料目録」(資料番号65)は、執筆者が1990年代後半にアルバイトしていた時期 に携わった作業に関する資料である。また「河北新報「東北大学物語」(一九六五年)コピーな

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ど」(資料番号66)は、1965年(昭和40)に『河北新報』で連載された「東北大学物語」という 記事などのコピーをまとめたものである。 執筆者が教育研究支援者として関わった時期の資料である、グループ A からグループ E まで の資料と比べると、独自性や希少性が高くないと思われる。しかし百年史編纂事業に関する資 料全体の保管状況については不明な点も多いので、グループ F としてまとめておく。 おわりに ここまで、執筆者が保管していた東北大学百年史編纂室に関する資料について述べてきた。 これらの資料は、東北大学史料館に寄贈する予定である。東北大学に関わる資料を集積・管 理している機関である史料館は、最も適切な寄贈先と考えている。また、2010年(平成22)に 百年史編纂事業が終了してから約10年が経過したことで、個人所有を終える時期としても適切 なのではないかと感じている。 こうした段取りに進めることができたのは、史料館の加藤諭准教授から百年史編纂に関する 問合せを受けたことがきっかけであったことは「はじめに」でも述べた通りである。その結果、 苦心しながら保管していた資料の寄贈や、『東北大学史料館研究報告』への寄稿などに結び付い た。改めてお礼申し上げる次第である。 また資料の内容を確認することは、百年史編纂事業に携わっていた時期のことを思い起こし ながらの作業であった。百年史編纂室で一緒に働いた方々、そして百年史の原稿を執筆いただ いた東北大学の先生方、さらに東日本大震災以降の荷物移動などにご助力いただいた方々、お よび資料を一時保管させていただいた岩沼市にも、この場を借りて感謝を伝えたいと思う。 なお本文中でも触れたが、自分が関わった2007年度以降における編纂事業の動向については、 本資料の一部を用いるなどして、稿を改めて紹介させていただく予定である。 ―― 注 1 )今泉隆雄「編集後記」(『東北大学百年史』三「通史三」、2010年)の835頁から838頁。 2 )『東北大学百年史編纂室ニュース』は、東北大学史料館の web サイトで閲覧することが可能である。 3 )加藤諭「東北大学百周年事業における大学史編纂構想と体制整備」(『東北大学史料館研究報告』第15号、 2020年)。 4 )1997年(平成 9 ) 5 月19日に「編纂室スタッフ会議」が開催されたことは、『東北大学百年史編纂室ニュー ス』創刊号(1997年12月)の 5 頁から確認できる。なお、本文中で『東北大学百年史編纂室ニュース』の 「百年史編纂室日誌抄録」で会議の開催を確認できると記したが、創刊号に限り「百年史編纂室日誌抄録」 ではなく「百年史編纂事業の経過」という部分に記されている。

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