Title コメットアッセイを用いた膀胱上皮における遺伝毒性評価法の開発( 本文(Fulltext) ) Author(s) 和田, 邦生 Report No.(Doctoral Degree) 博士(獣医学) 乙第141号 Issue Date 2016-03-14 Type 博士論文 Version ETD URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/54519 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。
コメットアッセイを用いた膀胱上皮に
おける遺伝毒性評価法の開発
2015 年
岐阜大学大学院連合獣医学研究科
コメットアッセイを用いた膀胱上皮に
おける遺伝毒性評価法の開発
1 【目次】 序 論 --- 2 第1 章 肝臓と胃を用いたコメットアッセイの基礎検討 --- 6 諸 言 --- 7 材料および方法 --- 9 結 果 --- 16 考 察 --- 20 小 括 --- 26 第2 章 膀胱における DNA 損傷評価のための膀胱上皮細胞の回収方法の 比較検討 --- 27 緒 言 --- 28 材料および方法 --- 31 結 果 --- 35 考 察 --- 38 小 括 --- 43 第3 章 膀胱発がん関連物質 7 剤を用いた遺伝毒性物質と非遺伝毒性物質の 鑑別 --- 44 緒 言 --- 45 材料および方法 --- 47 結 果 --- 51 考 察 --- 54 小 括 --- 61 第4 章 酸化損傷認識酵素を用いた改良コメットアッセイによる 2-ニトロアニソールの膀胱における酸化的 DNA 損傷の検出 --- 63 緒 言 --- 64 材料および方法 --- 66 結 果 --- 70 考 察 --- 73 小 括 --- 77 結 論 --- 79 謝 辞 --- 82 要 旨 --- 83 Abstract --- 86 Figures --- 89 Tables --- 95 文 献 --- 107
2 序 論 農薬,医薬品,一般化学品など新規化学物質が開発される際に,その安全性に ついて数多くの動物を用いて評価する必要がある。特に,発がん性試験について は,一つの化学物質に対し2 年以上の試験期間とそれに伴う多額の費用が発生す ることから,すべての物質に対して発がん性試験を行うことは不可能である。そ こで,発がん性の懸念を軽減するためのスクリーニング試験として遺伝毒性試験 が利用されている。すなわち,遺伝毒性試験は遺伝子や染色体に傷害を起こす物 質を短期間で評価し,発がん性,催奇形性および遺伝病を引き起こす可能性のあ る物質を開発早期に検出するために用いられる。遺伝子突然変異は一度固定され ると,正常な元の遺伝子に戻ることができないので,生体内で幹細胞の重要な遺 伝子に遺伝子突然変異が起こった場合,生体にとってがんや奇形などの非常に重 篤な影響をもたらす可能性がある。したがって,遺伝毒性の検出,すなわち「陽 性」の結果は,安全性の評価に多大な影響を及ぼすことから,新規化学物質のみ ならず既存化学物質の再評価においても,遺伝毒性試験は極めて重要な試験法と して位置づけられる。 しかしながら,遺伝毒性試験は限定的な異常を検出するために単純化されたス クリーニング試験であり,一つの試験法のみでは多種多様な遺伝毒性物質をすべ て検出することが出来ない(46)。したがって,通常はいくつかの試験を組み合わ せて行われ,一般的には,細菌を用いる復帰突然変異試験(3),哺乳類培養細胞を 用いる染色体異常試験(41)またはマウスリンフォーマアッセイ(12),ならびに小核 試験(86)が汎用されている。これらの試験系の中で生体を用いた試験は,げっ歯 類の骨髄における染色体分裂異常を指標とする小核試験だけである。小核試験は,
3 通常,マウスまたはラットに被験物質を単回あるいは反復投与した後,骨髄また は末梢血を採取し,造血細胞由来の小核の出現を指標に遺伝毒性を評価するもの で,造血細胞が遺伝毒性物質に対する感受性が高いため,古くから利用されてき た試験法である。しかしながら,投与された化学物質は肝臓で代謝され活性化す ることで,遺伝毒性物質として肝臓あるいはその他の臓器に発がん性を示す場合 も多いが,造血細胞を用いる小核試験では陰性を示す例が少なくない(105)。これ は,代謝物が十分な濃度で骨髄に到達できない事が理由として挙げられる。した がって,生体における遺伝毒性を骨髄のみで評価する小核試験では臓器特異的な 遺伝毒性を見逃す恐れがあると考えられる。 In vivo で遺伝毒性を評価できる試験として,小核試験以外にもトランスジェニ ック動物を用いた遺伝子突然変異試験(24)があり,各臓器での遺伝子変異の検出 が可能な試験法として,発がん性との関連性を明確にできる点など有用性が非常 に高いことが知られている。しかしながら,遺伝子改変動物を利用するため,カ ルタヘナ法に対応した施設が必要な事と,実験工程が他試験と比べやや複雑で, 試験期間も若干長い事からスクリーニングには適しておらず,現時点では試験が 実施できる大学,企業あるいは研究施設が限られている。この他,特定の臓器に おけるDNA 修復を評価できる遺伝毒性試験として,不定期 DNA 合成試験(75)が 知られているが,感度が低いことから,近年,その使用頻度は減少してきている。 そこで,動物種によらず簡便に短期間で,かつ,臓器別に DNA 損傷を評価で きる可能性のある方法として,単細胞ゲル電気泳動法(90)に注目が集まった。単 離した細胞の細胞膜を溶かし,アルカリ条件化で DNA を電気泳動することによ り,アルカリ不安定部位,DNA 除去修復途中の DNA 鎖切断,DNA の一本鎖切
4 断,二本鎖切断などの断片,あるいは一ヶ所の切断によりスーパーコイルからほ どけた DNA が核から電気的に泳動漕の陽極側に泳動される。この状態が蛍光顕 微鏡下でFig. 1 (a) に示すように,あたかも彗星(コメット)のように見えるた め,コメットアッセイと呼ばれるようになった。コメットアッセイは単細胞のみ ならず,生体内の臓器をとりだし,単一にした細胞または核も利用することがで きることから,近年,「in vivo コメットアッセイ」として応用されるようになっ てきた。In vivo コメットアッセイは,感度が低いとされる不定期 DNA 合成試験 に変わる試験法として,また,臓器別に評価できる短期の遺伝毒性試験として, 国際的なガイドライン化が待ち望まれていた。そこで,国際的な毒性試験法の合 意の場である経済協力開発機構(OECD)におけるガイドライン化を最終目標と して,コメットアッセイを評価するための国際共同研究(111,112)が開始された。 第1 章では国際共同研究の一部として,コメットアッセイが未知の物質の遺伝毒 性を正しく評価することが可能か否かの検討を行った。化学物質名を伏せた条件 下で試験を行い,試験データが出た後に名称が明らかになった物質の遺伝毒性と 得られた試験データの関係について考察した。第2 章では臓器別に評価できるコ メットアッセイの利点から,発がん性の標的となりやすい膀胱に着目し,膀胱に おけるコメットアッセイを検討した。実験に先立ち,膀胱に発生するがんの多く は移行上皮細胞由来であるため(13),移行上皮細胞をコメットアッセイ用に回収 する検討を行った。コメットアッセイは DNA 損傷を検出する方法ゆえに,壊死 やアポトーシスなどの細胞毒性に起因するDNA 損傷を誤って検出する(偽陽性) 可能性がある。したがって,第3 章では膀胱発がん関連物質 7 剤を用いて,病理 組織学的検査による細胞毒性を評価した上で,遺伝毒性物質と非遺伝毒性物質を
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区別できるか否かを検討した。第3 章で用いた 2-ニトロアニソールは遺伝毒性物 質として報告されているが,標準的なコメットアッセイで遺伝毒性を検出する事 ができなかった。そこで,第4 章では 2-ニトロアニソールによる DNA の酸化損 傷を疑い,主たる酸化損傷である8-OH-dG (8-hydroxydeoxyguanosine) を認識する 修復酵素 Human 8-oxoguanine DNA-glycosylase 1 (hOGG1) の前処理により, 8-OH-dG を修復するため一時的に切断された DNA を電気泳動するコメットアッ セイの変法を導入して,2-ニトロアニソールによる酸化的 DNA 損傷の検出を検 討した。
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7 諸 言 Singh ら(90)によって開発された細胞個別単位で DNA 損傷を検出する方法は, その後,コメットアッセイとしてin vivo 遺伝毒性を検出するために応用されてい る。現在,in vivo コメットアッセイは,遺伝毒性物質によって誘発される DNA 損傷を検出するために世界中で使用されている。日米EU 医薬品規制調和国際会 議 (ICH) は,ICH-S2(R1)ガイダンス(38)において,現在用いられている骨髄お よび末梢血小核試験に加えて,コメットアッセイが第2 の in vivo 遺伝毒性アッセ イとして推奨されることを明言している。In vivo コメットアッセイでは,まず, 組織から単一細胞/核懸濁液を得るために,酵素的な単離(85),鋭いハサミで刻む (103),ホモジナイザーを用いる(57)などの種々の方法が報告されている。膀胱な どの中空臓器は上皮から腫瘍の多くが発生するため,in vivo コメットアッセイで それらの臓器を評価する際,上皮から単一になった細胞/核懸濁液を得ることが重 要である。コメットアッセイの実験方法や結果の解釈について,いくつかの総説 (10,26,104)が発表されているが,コメットアッセイにおける試験方法は標準化さ れておらず,国際的に統一した試験方法で様々な物質の遺伝毒性を評価する必要 がある。そのため,日本動物実験代替法評価センター(JaCVAM)は,in vivo コ メットアッセイの国際バリデーション試験を開始した。先行する試験施設が,ま ず第1〜第 3 段階として事前に検証を行った後,著者は第 4 段階の試験 1(予備 検証試験)と試験 2(本試験)に参加した。本試験においては,日米欧カナダの 施設が 40 化学物質を評価した。この検証研究の目的は,げっ歯類の発がん性の 予測因子となりうる遺伝毒性物質を検出する in vivo コメットアッセイの妥当性 を評価することであった。第4 段階の試験 2,すなわち本試験の一部として,著
8 者は,塩化カドミウム,クロロホルムおよびD,L-メントールの遺伝毒性を調べた。 これらの被験物質は,JaCVAM から物質名が伏せられた状態で配布され,それら は実験終了後に開示された。塩化カドミウム,クロロホルムおよびD,L-メントー ルは,それぞれ,遺伝毒性発がん物質,非遺伝毒性発がん物質および非遺伝毒性 非発がん物質として分類されている(60,111)。第 1 章では,肝臓と胃(腺胃)を 用いて,in vivo コメットアッセイが物質名が伏せられた条件下で各剤の遺伝毒性 を正しく判定することが可能か否か評価した。同時に,in vivo コメットアッセイ で陽性の結果が出た際に,細胞毒性による DNA 損傷の一因となる可能性のある 壊死およびアポトーシスの程度を病理組織学的検査(10)により確認した。
9 材料および方法 被験物質等 塩化カドミウム(CAS 番号 10108-64-2),クロロホルム(CAS 番号 67-66-3), D,L-メントール(CAS 番号 15356-70-4)は物質名が伏せられた被験物質として JaCVAM から配付され,試験結果が出そろった後に被験物質名が開示された。陽 性対照物質としてメタンスルホン酸エチル (EMS,和光純薬工業株式会社,大阪 府) を用いた。 試薬等
SYBR Gold およびハンクス平衡塩溶液(HBSS,Ca2+およびMg 2+ 不含,pH 7.5, はInvitrogen Corp.(カリフォルニア,米国),通常融点アガロース(NMP, Normal melting point, GP-42)は,ナカライテスク株式会社(京都府),低融点(LMP, Low melting poing)アガロース(NuSieve GTG)は Lonza(Bazel,スイス)から購入し た。NMP および LMP アガロースをダルベッコリン酸緩衝液(DPBS, Ca2+,Mg2+ およびフェノールレッド不含,Invitrogen)に溶解した。ジメチルスルホキシド (DMSO)は東京化成工業株式会社(東京都)から購入した。水酸化ナトリウム, 塩化ナトリウム,トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris),エチレン ジアミン四酢酸二ナトリウム塩(Na2-EDTA),10%中性緩衝ホルマリンおよびエ タノールは和光純薬工業株式会社から購入した。 供試動物 日本チャールス・リバー株式会社(神奈川県)で生産されたSprague-Dawley (SD)
10 ラットの雄動物を用いた。7 週齢にて試験動物を購入し,6-10 日間試験環境に馴 化させた後,供試した。動物は温度22 ± 3C,湿度 50 ± 20%,換気回数 10 回以 上/時間(オールフレッシュエアー法),照明時間12 時間/日(午前 7 時点灯, 午後7 時消灯)に設定された動物飼育室で飼育した。基礎飼料には標準的な固型 飼料である MF(オリエンタル酵母工業株式会社,東京都)を用い,ステンレス 鋼製給餌器に入れて動物に自由に摂取させた。飲料水は,市上水(茨城県常総市) をプラスチック製給水びんに入れて動物に自由に摂取させた。なお,動物の取り 扱いに関しては一般財団法人残留農薬研究所(茨城県)に定める動物実験倫理規 定に従い実施した。 投与方法 塩化カドミウムとEMS は生理食塩液 (日本薬局方 大塚生食注,株式会社大塚 製薬工場,徳島県) に溶かして用いた。クロロホルムと D,L-メントールはコーン 油(和光)に混和した。生理食塩水およびコーン油は,溶媒対照物質として使用 した。被験物質および溶媒対照物質は,10 mL/kg の容量で強制経口投与により 24 および 21 時間間隔(2 回目の投与は初回投与 24 時間後,3 回目の投与は,2 回目投与21 時間後)で 3 回投与した。コメットアッセイは単回投与で DNA 損傷 を検出できるが,本研究では使用動物数削減を目的とした 3 回投与を用いた。3 回投与を用いるとコメットアッセイと同じ動物で小核試験が実施可能となる。す なわち,1 試験につき数十匹の動物数削減が可能となるため,本研究において 3 回投与を用いるコメットアッセイの妥当性を評価した。EMS は動物の安楽殺 24 時間前および3 時間前に強制経口投与法を用いた。これは,2 回の投与で遺伝毒
11 性を十分に検出できるためであった。被験物質投与後は動物の臨床症状および体 重の変化を記録した。すべての動物を最終投与3 時間後に二酸化炭素吸入により 安楽死させ試験に用いた。 被験物質の投与用量は,用量設定試験の結果に基づいて決定した。塩化カドミ ウムとクロロホルムは,最大耐量(それ以上の用量で死亡例あるいは重篤例が認 められる用量)を用いた。D,L-メントールは死亡例が認められなかったため,急 性経口毒性試験や小核試験などの短期試験において,OECD ガイドライン 425 や 474 で定められている上限の用量である 2,000 mg/kg を用いた。EMS は 200 mg/kg を用いた。用量設定試験は各群3 匹を用いた。本試験では,溶媒対照群および陽 性対照群を含め各群5 匹を用いた。 体重の測定 投与初日,二日目,三日目の体重を測定し,3 日間の体重増加量を計算し,被 験物質投与による動物への影響を調べた。 コメットアッセイ(ヘッジホッグ解析を含む) 肝臓の外側左葉の一部を切り出し,4C に冷却したミンス液 (20 mM Na2-EDTA, 10% DMSO 含有ハンクス平衡塩類溶液(Ca および Mg イオン不含,pH 7.5)で洗 った後,数十分間4C でインキュベートした。その後,組織片を 4C の冷却した ミンス液の中で眼科鋏により30 秒間刻んだ。得られた細胞/核懸濁液は数十秒間 静置した後,上清をコメットアッセイに用いた。また別の肝臓外側左葉の一部は 10%中性緩衝ホルマリン液で固定し,病理組織学的検査に用いた。
12 胃を切開し,4C の冷ミンス液を使用して胃内容物を洗浄した。前胃を取り出 し廃棄した後,腺胃を半分に切断し,胃体部を含む半分は4C の冷ミンス液に入 れ15~50 分間 4C でインキュベートした。インキュベーション後,スクレーパー を使用して腺胃の表面を2 回穏やかにかきとり,それらは廃棄した。露出した胃 上皮を4C の冷ミンス液で洗浄した。次に,胃上皮細胞を採取するため,胃の表 面をスクレーパーで数回かき取りサンプルを得た。サンプルをミンス液に浮遊さ せた懸濁液は大きな細胞塊が沈降するように数十秒間静置した。その後,上清を コメットスライド作製に用いた。腺胃の幽門側の残りの部分は,病理組織学的検 査のために10%中性緩衝ホルマリン液に保存した。 コメットアッセイはアルカリ条件下で行った(90)。上清(細胞/核浮遊液)と 0.5% 低融点アガロースDPBS 溶液を 1:10 の割合で混和し,予め 1.0%通常融点アガロ ースDPBS 溶液でコーティングしたスライドグラス(松浪硝子工業株式会社,大 阪府)に80 µL 滴下し,カバーグラスを用いて寒天を広げた。 寒天を固化後,4C に冷却した細胞溶解液(2.5M NaCl, 100 mM Na2-EDTA, 10 mM Tris, 1% Triton X-100, 10% DMSO, pH 10)に浸した。1 動物あたり 2 枚のスラ イド標本を作製し,暗号化したコード番号を記載した。細胞溶解液に浸したスラ イドは3 日以内に電気泳動に用いた。4C の純水(Simpli Lab,メルク株式会社(東 京都)を用いて製造)で細胞溶解液を洗い流した標本を,サブマリン型電気泳動 槽(BE-540,株式会社バイオクラフト,東京都)に並べ,予め 4C に冷えた電気 泳動液(300 mM NaOH, 1 mM Na2-EDTA, pH>13)を標本が完全に浸るまで静かに 注いだ。20 分間静置した後,25 V (0.7 V/cm) , 300 mA で 20 分間,4C 暗所の条 件下で電気泳動を行った。電気泳動が終了した標本は中和液(400 mM Tris-HCl,
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pH 7.5)に 5 分間中和した後,エタノールで 5 分間脱水し乾燥させた。TE 緩衝液 (10 mM Tris-HCl, 1 mM Na2-EDTA, pH 7.5)で 10,000 倍に希釈した SYBR Gold を 標本に滴下し 10 分間染色後,純水で洗浄し,カバーグラスをかぶせた。スライ ド標本は B 励起のミラーユニットを備えた落射蛍光顕微鏡(BX51,オリンパス 光学株式会社,東京都)で観察した。電気泳動によって得られた各組織からのサ ンプルの泳動像(コメット像)は CCD カメラを通して,コメットアッセイ解析 装置(Komet 5.5, Andor Technology plc, Belfast, UK)に取り込んだ後,画像解析を 実施した。スライド標本1 枚当たり 50 個(1 動物 1 臓器あたり 100 個)のコメッ ト像を解析した。計測したパラメーターは,DNA 損傷の検出において信頼ある 測定指標である% tail DNA (像全体に対するテールで検出される蛍光の割合) (48) とした。非特異的DNA 損傷の指標となる 90%以上の% tail DNA を示した細胞, すなわちヘッジホッグ Fig. 1 (b) はコメットアッセイにおける画像解析から除外 した。ヘッジホッグの原因は不明であるが,激しい DNA 損傷を示しており,自 動画像解析の妨げとなるため,一動物一組織あたり200 個の細胞(スライドあた り100 個)を目視によってカウントし出現頻度を求めた。 病理組織学的検査 病理組織学的検査は,常法に従ってパラフィン包埋切片を作製し,ヘマトキシ リン・エオジン染色(H&E)を施して,光学顕微鏡を用いて実施した。 試験結果を判定する上で,細胞毒性の有無の判断を行った。肝臓において,溶 媒対照および投与物質による細胞毒性の影響が最も大きいと考えられる各被験 物質の高用量のサンプル,および% tail DNA が高用量とほぼ同じ値を示したクロ
14 ロホルムの中用量のサンプルについて病理組織学的検査を実施した。胃において は,溶媒対照,% tail DNA が高用量群より高い値を示した塩化カドミウムの中用 量,細胞毒性の影響が最も大きいと考えられるクロロホルムおよびD,L-メントー ルの高用量のサンプルについて病理組織学的検査を実施した。病変は,+(軽度), ++(中程度),+++(重度)に分類してスコア化した。 統計処理 各個体から得られたデータ (% tail DNA) は,スライド一枚 (50 個のコメット 像) を観察した値の中央値を採用した。2 枚のスライドから得られた中央値の平 均を1 サンプル(一匹・一臓器)の値とし,それを用いて各群の平均値および標 準偏差を算出した。被験物質処理群の% tail DNA は Dunnett の多重比較検定 (Dunnett 検定) を用いて,溶媒対照群と統計学的に比較した。さらに用量相関性 について直線回帰分析を行った。 各臓器において,Dunnett 検定を用いて少なくとも一つの用量群で溶媒対照群 と比較して% tail DNA の統計的有意な変化と,直線回帰分析による統計学的に有 意な用量相関性の両方が得られた場合に陽性と判定した。一方,Dunnett 検定と 直線回帰分析の両方で有意差が認められない場合は陰性と判定した。Dunnett 検 定または直線回帰分析のいずれかの統計的に有意な変化が認められた場合は「不 確か (Equivocal) 」と定義した。 最終的な試験の判定は以下の3 つとした。肝臓または胃のいずれかで,Dunnett 検定および直線回帰分析による統計学的に有意な差が認められた場合は,その物 質の遺伝毒性は「陽性」であると判断し,2 つの臓器とも Dunnett 検定および直
15 線回帰分析による統計学的有意差が認められなかった場合は「陰性」とした。そ れ以外の場合,すわなち,一つの統計学的検定のみで有意差がつき,陽性とも陰 性と判断がつかない場合は,「不確か (Equivocal)」とした。なお,いずれの検定 法も有意水準を5%以下に設定した。 溶媒対照群と陽性対照物質投与群の% tail DNA について,等分散性の F 検定を 実施し,データが等分散の場合はStudent の t 検定(片側,P <0.025)を用いて群 間の有意差の有無を調べ,等分散でない場合は Aspin-Welch の t 検定(片側,P <0.025)を行った。 体重増加量については,Dunnett 検定を行った。有意水準は 5%以下に設定した。 病理組織学的検査の結果に対して統計学的処理は行わなかった。
16 結 果 用量設定試験 本試験における用量設定の目的で予備的な用量設定試験を実施した。各物質の 結果を下に記載した。 塩化カドミウム 18.8, 37.5, 75, 150 および 300 mg/kg の用量を用いて塩化カドミウムの用量設定 試験を行った。その結果,初回投与45 時間以内に 300 mg/kg 群の全例が死亡した。 150 mg/kg 投与群は腹部膨満,自発運動低下,立毛,被毛の汚れが認められた。 他の用量で臨床症状は認められなかった。すべての用量で体重減少が認められた。 以上の結果より,塩化カドミウムの本試験の用量は20, 40 および 80 mg/kg とした。 クロロホルム 125, 250, 500, 1,000 および 2,000 mg/kg の用量を用いてクロロホルムの用量設定 試験を行った。その結果,2,000 mg/kg 群において 3 匹中 2 匹の動物が初回投与 45 時間以内に死亡した。1,000 mg/kg 群における全例と 500 mg/kg 群における 1 例に削痩を含む激しい臨床症状が認められた。以上の結果より,クロロホルムの 本試験の用量は125, 250 および 500 mg/kg とした。 D,L-メントール 125, 250, 500, 1,000 および 2,000 mg/kg の用量を用いてD,L-メントールの用量設 定試験を行った。その結果,全群で死亡例は認められなかった。2,000 mg/kg 群に おいて3 匹中 1 匹の動物に自発運動低下と被毛の湿潤が認められた。以上の結果 より,D,L-メントールの本試験の用量は 500, 1,000 および 2,000 mg/kg とした。
17 本試験における動物の体重変化と臨床症状 Table 1 に本試験における体重変化と臨床症状を示した。塩化カドミウムおよび クロロホルムを投与した全群のラットに有意な体重増加量の抑制が認められた。 一方,D,L-メントールを投与した動物に有意な体重増加量の抑制は認められなか った。臨床症状は,すべての被験物質の高用量群のラットとD,L-メントールを投 与した中用量の1 匹のラットに認められた。 コメットアッセイ Table 2 に 3 剤の肝臓と胃におけるコメットアッセイの結果を示した。以下に各 剤の詳細な結果を記載した。 塩化カドミウム
肝臓において,Dunnett 検定を用いて,溶媒対照(% tail DNA:1.16)と処理群 (% tail DNA:1.43~1.63)を比較した場合に有意差は観察されなかった。一方, 直線回帰分析を用いた場合,統計学的に有意な増加が認められた。
胃において,Dunnett 検定を用いて,溶媒対照群(% tail DNA:4.58)と処理群 (% tail DNA:21.57~25.30)を比較した場合,統計学的に有意な差が 40 および 80 mg/kg 群に認められた。一方,直線回帰分析を用いた場合,有意差は観察され なかった。
EMS を投与した陽性対照群の% tail DNA は肝臓と胃でそれぞれ 24.20%および 53.34%であり,Student の t 検定により有意な増加が認められた。
クロロホルム
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DNA:1.57)と処理群(% tail DNA:1.42~1.76)を比較した結果,% tail DNA の 有意な差は観察されなかった。
胃において,Dunnett 検定を用いて,溶媒対照群(% tail DNA:14.45)と処理 群(% tail DNA:7.74~13.60)を比較した場合,統計学的に有意差は認められな かった。一方,直線回帰分析を用いた場合,統計学的に有意な減少が認められた。
EMS を投与した陽性対照群の% tail DNA は肝臓と胃でそれぞれ 16.61%および 40.22%であり,Student の t 検定により有意な増加が認められた。
D,L-メントール
肝臓において,Dunnett 検定と直線回帰分析の両方を用いて,溶媒対照群(% tail DNA:1.54)と処理群(% tail DNA:1.48~1.61)を比較した場合,統計学的に有 意な差は認められなかった。
胃において,両検定を用いて,溶媒対照群(% tail DNA:11.57)と処理群(% tail DNA:12.32~23.49)を比較した場合,統計学的に有意な差は認められなかった。 EMS を投与した陽性対照群の% tail DNA は肝臓と胃でそれぞれ 23.88%および 43.16%であり,Student の t 検定により有意な増加が認められた。 ヘッジホッグ Fig. 1 (b) にヘッジホッグを図示し,Table 2 にヘッジホッグの頻度をまとめた。 肝臓において,各物質投与群と陽性対照群のヘッジホッグの頻度は,クロロホル ム投与動物を除いて2.7%以下だった。クロロホルム投与群における頻度は,250 および500 mg/kg の用量でそれぞれ 5.5%と 5.3%であった。胃におけるヘッジホ ッグの頻度は,各被験物質投与群で 6.7~21.8%の範囲であり,溶媒対照群の 3.9
19 ~21.7%の範囲と概ね一致した。 病理組織学的検査 Table 3 に病理組織学的検査の結果を示す。各溶媒対照群において,肝臓または 胃で異常は観察されなかった。各剤における低用量群の検査は肝臓および胃で実 施していない。250 と 500 mg/kg のクロロホルム投与群で,炎症性細胞浸潤およ び出血に続く空胞化を伴う小葉中心性部の限局性の肝細胞壊死あるいは単一細 胞壊死など,いくつかの病理組織学的変化が観察された。その他,コメットアッ セイの結果に影響を与えないと考えられる細胞死に関わらない病理組織学的変 化をTable 3 に示した。
20 考 察 本章では,塩化カドミウム,クロロホルムおよびD,L-メントールを用いて肝臓 と胃(腺胃)由来の細胞を用いてコメットアッセイを行った。肝臓は化学物質が 代謝され遺伝毒性を示す臓器として,胃は化学物質に直接曝露される臓器として 重要であるため標準的にこれら2 臓器を対象として試験が行われる(111)。以下に, 各剤について既知の遺伝毒性と発がん性との関連について考察し,コメットアッ セイで得られた結果が妥当であったかどうか検証した。 塩化カドミウム 塩化カドミウムを投与した動物における臨床症状と有意な体重増加量の抑制 から (Table 1) ,試験に用いた用量は適切と判断した。 塩化カドミウムは,肝臓・胃ともにDunnett 検定と直線回帰分析の二つのうち 一 つ の 統 計 結 果 の み で 有 意 差 が 認 め ら れ (Table 2) , 結 果 は 「 不 確 か (Equivocal) 」と判定された。塩化カドミウムは肝臓の壊死やアポトーシスを誘 発するが(4,61,108,109),本試験条件ではこれらの異常を含む病理組織学的変化は 肝臓および胃に観察されておらず (Table 3),それら「不確な」DNA 損傷の増加 は細胞毒性に起因するものではないことが確認された。 これまでの塩化カドミウムを用いたラットの発がん性試験においては,肝臓お よび胃は発がん標的臓器ではなく,大顆粒リンパ球性白血病,精巣腫瘍,前立腺 腫瘍の発生率が増加すると報告されている(37)。カドミウムの遺伝毒性について は様々な結果が得られており,共通した結論は得られていない。既存の報告によ ると,細菌において変異原性は陰性であるが(50),in vitro では染色体異常を誘発 することが報告されている(71)。In vivo でのマウス小核試験では矛盾する結果が
21 得られており,反復腹腔内投与 (48 時間間隔) による 18 週間の曝露により骨髄 において陽性結果(11)が得られているが,1, 3,もしくは 7 日間の飲水投与試験か らは骨髄において陰性の結果(53)が得られている。また,これまでに報告されて いるコメットアッセイの結果にも不整合がみられる。塩化カドミウムの吸入曝露 後のマウスの骨髄を含む複数臓器で陽性結果(113)が得られているが,腹腔内投与 を用いると骨髄を含む複数臓器で陰性であった(83)。Waalkes ら(114)は,多くの 研究の結果から,カドミウムの変異原性は不十分であり,発がんにはおそらく, 間接的なDNA 損傷または DNA に直接的な変異のないエピジェネティックなメカ ニズムが関係していると考察している。また,塩化カドミウムによる発がんメカ ニズムには酸化ストレスが関連する可能性が指摘されている。カドミウム投与に よりグルタチオンおよびタンパク質結合スルフヒドリル基が枯渇し,その結果, 活性酸素種が生成されることが知られている(98)。 コメットアッセイを遺伝毒性のスクリーニング試験として用いる場合は,一般 的に肝臓と胃が選択される。塩化カドミウムの遺伝毒性が「不確か」であった今 回の結果は,本剤の変異原が不十分であるとする過去の報告と一致したことから, スクリーニング試験としてのコメットアッセイは,塩化カドミウムの遺伝毒性を 正しく評価したと結論した。 クロロホルム クロロホルムを投与した動物における臨床症状と有意な体重増加量の抑制か ら (Table 1) ,試験に用いた用量は適切と判断した。 クロロホルムは,本実験条件下では肝臓における DNA 損傷を誘発しなかった (Table 2)。クロロホルムは in vitro および in vivo 遺伝毒性において,Ames(59),染
22 色体異常(42),小核(23),コメットアッセイ(83),およびトランスジェニックげっ 歯類の遺伝子突然変異試験(49)で陰性である。クロロホルムの反復投与により, 発がん臓器である肝臓に細胞傷害とそれに伴う再生性の細胞増殖が誘導される ことが知られている(35)。今回の病理組織学的検査で,炎症性細胞浸潤および出 血に続く空胞化を伴う小葉中心性部の限局性肝細胞壊死や単一細胞壊死が認め られており (Table 3) ,明らかな肝臓での細胞毒性が検出された。非遺伝毒性物 質の四塩化炭素投与の肝臓では,肝細胞壊死に伴い,コメットアッセイで非特異 的なDNA 損傷が増加する結果が得られ,「偽陽性」と判定されている(82)。本研 究ではこの点を考慮して,病理組織学検査を併用したコメットアッセイを行った。 クロロホルムの場合は,細胞毒性を示唆するこれらの病理組織学的所見は,ヘッ ジホッグ出現頻度増加と関連性があった可能性があり,中用量および高用量でヘ ッジホッグの出現頻度が5%以上と高い値であった (Table 2) 。しかしながらこれ らはDNA 損傷計測時に測定対象とならないため,% tail DNA に有意差は認めら れなかった (Table 2) 。したがって,細胞毒性はコメットアッセイの結果に影響 を与えなかったと判定した。
一方,胃においてはコメットアッセイにより「不確か」な結果が得られた。す なわち,Dunnett 検定では陰性であったが,直線回帰分析では有意な減少を示し た (Table 2) 。DNA 同士を架橋するような作用を持つ化学物質は,DNA 断片を みかけ上減少させる事により,コメットアッセイにおける測定値 (% tail DNA) の減少を誘発すると考えられるが,クロロホルムにそのような作用の報告は無い。 また,病理組織学的検査では細胞毒性は確認できなかった (Table 3) 。したがっ て,この DNA 損傷の低下は意味のある生物学的な反応とは考えられず,また,
23 これまでの遺伝毒性試験の陰性の結果も考慮し,今回のコメットアッセイの結果 は「陰性」と判定した。 まとめるとクロロホルムの投与により,肝臓と胃で有意な DNA 損傷は認めら れず,コメットアッセイはラットに対するクロロホルムの遺伝毒性を正しく「陰 性」と判定した。 D,L-メントール D,L-メントールを投与した動物において有意な体重増加量の抑制は認められな かった (Table 1) 。しかしながら最高用量において臨床症状が認められ (Table 1) , また短期試験で一般的な上限用量である2,000 mg/kg を用いていることから,試 験に用いた用量は適切であった。また,肝臓の病理組織学的変化 (Table 3) は, D,L-メントールが標的臓器である胃および肝臓に到達したことを示していた。 適切な用量で投与された D,L-メントールは,肝臓や腺胃の細胞に DNA 損傷を 引き起こさなかった (Table 2) 。D,L-メントールの遺伝毒性は,Ames 試験で陰性 (120)であったが,代謝活性化のための肝ホモジネート (S9) を加えない条件下で の染色体異常試験で陽性であったことが報告されている(31)。また,動物を用い たin vivo 遺伝毒性試験では,マウスの小核試験(47)とコメットアッセイ(83)にお いて陰性であった。このマウスのコメットアッセイでは,今回の試験と同様に肝 臓と腺胃が検査臓器として評価されている。2 年間の D,L-メントール摂取におい てラットまたはマウスのいずれにも発がん性は認められていない(68)。これらの 結果によりD,L-メントールは,非遺伝毒性非発がん物質として分類されているこ とから,コメットアッセイの結果はD,L-メントールの遺伝毒性を正しく判定した と結論した。D,L-メントールによって細胞複製(すなわち,有糸分裂)の増加が
24 報告されており(119),今回の試験においても病理組織学的検査において肝細胞有 糸分裂像として観察されたが(Table 3),それはコメットアッセイの結果に関連 していなかった。 本研究において,塩化カドミウムにおいて「不確か」な結果,クロロホルムおよ びD,L-メントールでは「陰性」の結果が得られた。これらの結果は,過去の研究に よる遺伝毒性の報告と一致しており,標準化されたコメットアッセイは物質名が 伏せられた状態においても3 剤の遺伝毒性を的確に検出できると結論した。 コメットアッセイが適切に行われたことの指標となる% tail DNA の許容範囲が 報告されており,溶媒対照群の肝臓では1〜8%,胃では 1〜20%である(111)。こ の値は,スライド平均値の群平均から算出されたものであり,本章で得られた結 果を同じ計算式にあてはめて値を算出した結果,3 物質において肝臓では 2.75〜 3.01%,胃では 10.16〜18.33%の範囲であった(Table には示さず)。よって,そ れぞれ許容範囲内であることが確認された。一方,EMS で処理した陽性対照群の 肝臓,胃における% tail DNA の平均値は,それぞれ% tail DNA が 16.61~24.20% および 40.22~53.34%であり,有意な増加(P <0.025)を示し,明らかな「陽性」 の結果が得られた(Table 2)。したがって,塩化カドミウム,クロロホルムおよ びD,L-メントールを用いたコメットアッセイは有効と判断した。 国際バリデーション試験に参加した各国の研究施設においても,肝臓と胃を検 査臓器とした場合,概ね適切な検査結果が得られたことが示され,コメットアッ セイが未知の物質の遺伝毒性を正しく評価できると結論されている(111)。今回の バリデーション試験では3 回投与を採択したことにより,将来,小核試験と併合 してコメットアッセイを行うことにより,同一試験内で複数の遺伝毒性が評価可
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能となり,また,試験数を少なくすることにより動物数の削減にも繋がることが 期待できる。コメットアッセイの国際バリデーション試験をまとめた結果は, OECD ガイドライン(No.489)の採択へ寄与し,本研究はその一部として貢献し た。
26 小 括 ラットを用いたコメットアッセイの国際バリデーション試験の一環として, JaCVAM により物質名が伏せられた状態で配付された塩化カドミウム,クロロホ ルムおよびD,L-メントールについて,肝臓と胃を用いたコメットアッセイを実施 し,コメットアッセイの信頼性を評価した。コメットアッセイの結果,塩化カド ミウムの遺伝毒性は「不確か」であった。これは,塩化カドミウムが不確かな変 異原性を示すこと,肝臓と胃に対しては発がん作用がないという過去の報告と一 致した。非遺伝毒性発がん物質であるクロロホルムは,肝臓と胃において DNA 損傷を引き起こさず,その遺伝毒性は「陰性」と判定された。クロロホルムによ り壊死や変性などの一部の病理組織学的変化が肝臓で観察されたが,それらはコ メットアッセイの結果に影響を及ぼさなかった。非遺伝毒性かつ非発がん性物質 である,D,L-メントールは,肝臓および胃でDNA 損傷を引き起こさず「陰性」と 判定された。なお,各剤に対する陽性対照物質である EMS については「陽性」 の結果が得られ,試験が適正であった事が示された。これらの結果より,コメッ トアッセイは,物質名が伏せられた条件下で化学物質の遺伝毒性を適切に評価で きていることを示した。コメットアッセイの国際バリデーション試験をまとめた 結果は,OECD ガイドライン(No.489)の採択へ寄与し,本研究はその一部とし て貢献した。
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第2 章 膀胱における DNA 損傷評価のための膀胱上皮細胞の回収方法の 比較検討
28 緒 言 第1 章にて肝臓と胃を対象に,遺伝毒性試験としてのコメットアッセイの妥当 性を検証した。肝臓は化学物質が代謝され遺伝毒性を示す臓器として,胃は投与 した化学物質に直接曝露される臓器として重要であるためである。しかしながら, 多くの遺伝毒性物質は様々の臓器に発がん性を示すため,肝臓と胃以外の臓器に ついても検討を加える必要がある。 個々の細胞レベルでDNA 損傷を検出するための単純な方法として,Singh らに よって単細胞ゲル電気泳動法が開発された(90)。本アッセイでは,DNA の二本鎖 切断,一本鎖切断,アルカリに不安定な部位,酸化的塩基損傷,不完全切除修復 部位,およびDNA の DNA またはタンパク質との架橋を検出することができる。 動物を用いた単細胞ゲル電気泳動法,いわゆるin vivo コメットアッセイには,3 つの利点がある。まず,他のアッセイを用いて評価することが容易でない臓器(例 えば膀胱)に対し,臓器特異的な遺伝毒性を評価するためのツールとして利用で きることである。第二に,コメットアッセイは,臓器特異的な検査ができるが, 検出感度が劣るin vivo 不定期 DNA 合成試験の代替として特に有用である(8)。第 三にin vivo コメットアッセイは,げっ歯類の長期試験において腫瘍性の変化が観 察された化学物質について,標的臓器を用いて,その発がんメカニズムに遺伝毒 性が関与するのか,あるいは関与しないのかを判断するために使用することがで きる。In vivo コメットアッセイによって得られた「陰性」の結果は,化学物質が DNA に直接作用しないことを示しており,化学物質の生体影響に閾値の存在を 示唆することができる。新規に開発された化学物質において,閾値の存在の有無 は,化学物質の登録上(例えば,無毒性量による1 日摂取許容量の算出をする上
29 で)極めて重要である。 古くから皮革,ゴム,塗料,染料等の化学工業従事者における職業曝露が膀胱 発がんの疫学的要因であることが指摘されている。現在のところ,労働衛生環境 の改善により,これらによる危険度は減少傾向にあるものの,膀胱は米国成人男 性におけるがん罹患率が高く,日本においても男性,女性ともに発がん死亡数が 年 々 増 加 し て お り , 今 後 も 増 加 す る 予 測 値 が 示 さ れ て い る (http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/yosoku/japan/c_blad_m/)。遺伝毒性物質の多くが, げっ歯類の膀胱発がん物質として同定されており,これらのうち,芳香族アミン, ニトロソアミン,シクロフォスファミドなどはヒトにおける発がん物質である。 (13)。膀胱における遺伝毒性を検出するために,不定期 DNA 合成アッセイ(100) および32P ポストラベリング(115)等のいくつかの試験が試みられている。コメッ トアッセイは,敏感,迅速,かつ安価な方法であるため,膀胱についても方法論 の確立が望まれる。膀胱は移行上皮,平滑筋,結合組織,血管など様々な組織成 分から構成されるため,膀胱全体をアッセイに供すると非特異的な反応(偽陽性 や偽陰性)が検出されることが懸念される。また,膀胱の悪性腫瘍の多くは移行 上皮細胞から生じるため(13),膀胱に対する遺伝毒性を評価する場合は効率よく 上皮分画を回収する必要がある。しかし,膀胱の細胞を採取するための最良の方 法,すなわち,上皮細胞を効率良く回収する方法については,国際的に合意され た方法はない。 いくつかの研究で膀胱の細胞を用いてコメットアッセイが実施されているが, それぞれ異なる細胞採取法を使用しており,それらは以下の3 つのタイプに大別 することができる。膀胱から消化酵素により移行上皮細胞を回収する方法(消化
30 酵 素 法 )(76,116) , 摘 出 し た 膀 胱 か ら 物 理 的 に 粘 膜 細 胞 を か き 取 る 方 法 (51,66,80,87,106)(スクレイピング法)あるいはハサミでそのまま膀胱を刻んで得 られたサンプルを用いるもの(ミンス法)(78,103)である。上皮細胞を選択収集 することができる消化酵素法は,in vivo コメットアッセイにおいて有用な方法と 考えられるが,消化酵素を膀胱内に注入し上皮細胞を剥離すると,細胞毒性を評 価するための標準的な手段である病理組織学的検査(10)の実施が不可能となる。 また消化酵素によりDNA 損傷が増加するとの報告がある(91)。したがって,スク レイピング法またはミンス法が,病理組織学的検査を併用するコメットアッセイ には適切であると考えられる。しかし,これまでこの2 つの方法を同一の膀胱組 織で比較・検討した報告はなく,どちらの方法がより簡便で,適切に結果が検出 されるかは不明である。本章では,膀胱を用いてミンス法とスクレイピング法を 同時に行い,得られたデータを比較した。ラットに3 つの既知の発がん物質(N-メチル-N-ニトロソウレア,メタンスルホン酸エチルおよび o-アニシジン)を投 与し,ミンス方法については,得られたサンプルを用いて,膀胱の構成細胞を形 態学的に定量解析した。本研究において,上皮成分の回収方法の簡便さを検討す るとともに,病理組織学的検査に適した組織を得ることについても合わせて考察 を加えた。
31 材料および方法 化学物質 メチルニトロソウレア(MNU,CAS 番号 684-93-5),2-メトキシアニリン (o-anisidine,OA,CAS 番号 90-04-0)および 3,3'-ジアミノベンチジンは和光純 薬工業株式会社から,抗サイトケラチン抗体と Envision キット (二次抗体, Envision + System-HRP Labelled Polymer Anti-Rabbit) は Dako(Glostrup,デンマー ク)から,4%ブロック・エースは大日本製薬株式会社(大阪府)から入手した。 メタンスルホン酸エチル (EMS), SYBR Gold,ハンクス平衡塩溶液,通常融点ア ガロース,低融点アガロース,ダルベッコリン酸緩衝液,DMSO,水酸化ナトリ ウム,塩化ナトリウム,Tris,Na2-EDTA およびエタノールは第 1 章と同様のもの を使用した。 供試動物 動物の取り扱いに関しては一般財団法人残留農薬研究所に定める動物実験倫 理規定に従い実施した。日本チャールス・リバー株式会社(神奈川県)で生産さ れた雌雄SD ラットを用いた。試験動物は 7 週齢にて購入し,ランダムに 4 匹に 群わけ後,7 日間試験環境に馴化し,8 週齢で試験に用いた。基礎飼料と水は第 1 章で用いたものと同等であった。動物飼育室は温度22 ± 3℃,湿度,50 ± 20%, 12 時間の明/暗サイクルの条件に維持された。動物の体重は雌で 185~232 g,雄 で277~320 g であった。
32
実験スケジュール
MNU および EMS は,生理食塩水(株式会社大塚製薬工場)に溶解した。OA はコーン油(和光)に混和した。生理食塩水およびコーン油は,溶媒対照として 使用した。これらの化学物質または溶媒対照を,各群 4 匹の動物に 21 時間間隔 で2 回強制経口投与した。投与用量は予備検討から以下のように設定した。MNU およびEMS の用量は,それぞれ,41 mg/kg と 200 mg/kg を用いた。これらの用 量は,臨床症状なしにDNA 損傷が得られることが予想される用量であった。OA の用量は予備検討より最大耐量の700 mg/kg を用いた。すべての動物について, 化学物質の2 回目の投与後 3 時間に二酸化炭素吸入により安楽死させた。 サンプル採取 膀胱は,安楽死直後のラットから取り出して,コメットアッセイおよび形態学 的分析のために下記のように処理した。OA を投与したラットの尿は,尿試験紙 (Uriace®-Kc,テルモ株式会社,東京都)を使用して血尿を調べた。 採取した膀胱は4Cのミンス液(20mM の Na2-EDTA,10% DMSO 含有ハンク ス液[Ca2+,Mg 2+不含],pH 7.5)に 20〜40 分間インキュベートした。袋状の曲面 の膀胱上皮をかきとるため,薄く平らなステンレス製の棒を膀胱の頭側から挿入 することにより裏返し,平面として粘膜を露出させた。上皮細胞を単離するため に,小さなスクレイパーで粘膜の片側を数回こすり取り,単離された少量の粘膜 を4C の冷ミンス液に入れた (スクレイピング法) 。かきとった後の組織は眼科 鋏で切り取り廃棄し,残った未使用の面を含む膀胱はマイクロチューブに入れ, 30 秒間ハサミで刻んだ。大きな塊が沈降した後に,組織ホモジネートの上清をミ
33 ンス法で得られた細胞/核とし,コメットアッセイおよび形態学的分析のために使 用した。 コメットアッセイ スライド作製から観察まで,第1 章で用いた方法と同様の材料と方法を用いて 行った。 形態学的検査 ミンス方法によって得られた上皮細胞の割合を調べるために,サンプルを遠心 (5 分間,70 × g)し,塗抹標本を作製し,メイ・グリュンワルドおよびギムザ染 色液(メルク株式会社,東京都)により染色を行った。雌雄それぞれの群におい て計400 個の細胞を光学顕微鏡下で計数し,核の形状(7)によって下記 5 種類に分 類した。1)複数ある円状の核(被蓋細胞),2)大きな楕円形の核を有する上皮 細胞,3)小さな丸い核を有する上皮細胞,4)紡錘状の核を有する間葉系細胞, 5)他の形状の核を有する間葉系細胞。さらにサイトケラチン免疫染色により上 皮細胞の確認を行った。標本をリン酸緩衝液 (pH 7.2) で洗浄し,その後,4%ブ ロック・エースによる処理を室温で 20 分間行った。一次抗体反応は,希釈済み 抗サイトケラチン抗体を用いて 4℃で一晩行った。一次抗体反応後,二次抗体を 用いて室温で1 時間反応させ,最後に 3,3'-ジアミノベンチジンを用いて陽性反応 を可視化(黄土色)し,ヘマトキシリンで対比染色(水色)した。スクレイピン グ法により得られた細胞は少量であったため,形態学的検査を行うことができな かった。
34
統計処理
個々の動物の平均% tail DNA から求めた 1 群の平均値±標準偏差を Table 4(雌) およびTable 5(雄)にまとめた。各化学物質の DNA 損傷誘発性を評価するため に,各投与群の平均% tail DNA を統計学的に各溶媒対照群と比較した。投与群ご とに大きく損傷を受けた細胞(ヘッジホッグ)の頻度を,同時対照群と統計学的 に比較した。データは,最初に F 検定を用いて分散の均一性について分析した。 分散が均一であった場合,Student の t 検定を用いて評価した。分散が均一でなか った場合は,Aspin-Welch の t 検定を用いて評価した。0.05 未満の p 値を統計学的 に有意であると判断した。
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結 果 雌ラットの結果
雌ラットのコメットアッセイの結果をTable 4 に示す。各化学物質投与群を溶 媒対照群と比較した場合,MNU および EMS の投与群の% tail DNA に統計学的に 有意な増加が認められた。一方,細胞回収方法に関係なく,OA 投与群では統計 学的に有意な増加は認められなかった。 各投与群で大きく損傷した細胞(ヘッジホッグ)の頻度は,スクレイピング法 に比べミンス法で低かった (Table 4) 。大きく損傷を受けた細胞の統計学的に有 意な増加が,スクレイピング法のMNU 投与群と,ミンス法およびスクレイピン グ法におけるMNU および EMS の投与群に認められた。 臨床症状および肉眼所見の異常は,MNU および EMS 投与群のいずれの動物で も観察されなかった。一方,OA の投与群のいくつかの動物において,自発運動 低下,自発運動消失,および流涙などの臨床症状が認められた。加えてOA で投 与した動物で赤褐色の尿が観察されたが,尿試験紙により血尿ではないことが確 認された。この異常着色尿は,色調が OA の色に類似していたので,OA または その代謝物の排尿に起因するものと考えられた。解剖時の肉眼的変化は観察され なかった。 雄ラットの結果 雄ラットにおけるコメットアッセイの結果をTable 5 に示す。雌ラットと同じ プロトコールを使用したが,溶媒対照群における DNA 損傷のバックグラウンド レベルは,雌ラットに比べ,雄ラットで明らかに高かった。MNU 投与群は,溶
36 媒対照群と比較したとき,細胞回収方法にかかわらず% tail DNA に統計学的に有 意な増加が認められた。EMS の投与群は,溶媒対照群と比較した場合,スクレイ ピング法で% tail DNA に統計学的に有意な増加が認められなかったのに対して, ミンス方法で有意な増加が認められた。OA の投与群は,溶媒対照群と比較した とき,細胞回収方法に関係なく% tail DNA に統計学的に有意な増加は認められな かった。 各投与における大きく損傷した細胞の頻度は,スクレイピング法に比べミンス 法で低かった (Table 5) 。大きく損傷した細胞の頻度は,両方法のいずれの投与 群においても統計学的に有意な増加は認められなかった (Table 5) 。スクレイピ ング法におけるOA 投与群において,一動物あたり 200 個,大きく損傷した細胞 をカウントし,出現頻度を求めた結果,33.9%であったが (Table 5) ,それらはコ メットアッセイにおける陽性反応に影響を与えなかった。 OA の投与群の動物で自発運動活性の低下が認められた。一方,MNU および EMS の投与群における動物のいずれにおいても臨床症状および剖検所見の異常 は観察されなかった。雌と同様にOA 投与群において,剖検所見は認められなか ったが,赤みがかった褐色尿が観察され,尿試験紙により血尿ではないことが確 認された。 ミンス法で得られた細胞 ミンス法により得られたサンプルをFig. 2 に示す。大きな楕円核を有する上皮 細胞は,サイトケラチンの免疫染色に陽性反応を示したが (Fig. 3 (a) ) ,小さな 紡錘形の核を有する間葉系細胞 (Fig. 3 (b) ) は陰性であった。細胞の形態によっ
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て分類された上皮細胞の頻度は,雌ラットで 82.6%であり,雄ラットで 87.4%で あった(Table 6)。これらの結果は,ミンス法によって上皮細胞が優先的に回収 されたことを示していた。
38
考 察
本章では,ラットに3 つの既知の発がん物質(MNU,EMS および OA)を投 与し,ミンス法とスクレイピング法で採取したサンプルを用いてコメットアッセ イの結果を比較した。ミンス法で採取したサンプルでは,スクレイピング法で採 取したサンプルと同様に,MNU あるいは EMS を投与したラット膀胱で DNA 損 傷が検出され,ミンス法が DNA 損傷を十分に検出する能力を持っていたことを 示した (Table 4, 5) 。ミンス方法は,臓器をハサミで刻むだけなので,作業の単 純さでは,上皮をかきとって回収しなければならないスクレイピング法よりも優 れている。通常,遺伝毒性を評価するためのin vivo コメットアッセイは,片性あ たり少なくとも20 匹の動物(溶媒および陽性対照を含む 5 つの用量レベル,1 用 量当たり最低4 匹の動物)を用い,安楽死後できるだけ早く標的組織を一定時間 内に採材し,単一細胞/核に分離する必要がある。このため,細胞の回収手順が技 術的に単純であり,かつ短時間で処理できることが重要なポイントである。ミン ス法ではコメットアッセイ用に採取したサンプルは担当者間のばらつきも少な くわずか数十秒でミンスすることができる。ミンス法によりコメットアッセイお よび病理組織学的検査の両方を行うために,膀胱を半分に切断し,片側をコメッ トアッセイ用に,残りの半分を病理組織学検査用に使用する事が可能である。一 方,スクレイピング法は,膀胱を反転させる際に病理組織学的検査で組織を観察 する場合の障害になることが懸念される。本実験における異なる方法,すなわち, 膀胱を反転させずにかきとる場合でも,半分に分けた膀胱組織は薄くて,かつ, 小さく,作業中に簡単にカールするため,作業に習熟した熟練技術者でないと粘 膜をかきとることが難しい。作業における担当者間の手技のばらつきも懸念され,
39 作業時間もミンス法のように数十秒で終了することは極めて困難である。よって, ミンス方法がスクレイピング法よりも明らかに優れたサンプル採取方法である と結論した。 MNU 投与の雌雄ラットでは,ミンス法あるいはスクレイピング法のいずれの 細胞回収法に関係なく,コメットアッセイで「陽性」の結果が得られた (Table 4, 5)。この結果は,後述する EMS に比べて,MNU が膀胱で非常に強力な遺伝毒性 物質であるためと考えられた。アルキル化剤であるMNU をラットあるいはマウ スに経口投与すると,膀胱を含む多くの臓器にがんが発生し,ラットの膀胱内に MNU を直接投与すると膀胱がんが引き起こされる(95)。今回の結果は,MNU に よる膀胱がんの原因は,本剤によって直接誘導される膀胱内 DNA 損傷であるこ とを示しており,過去に報告されたMNU の膀胱内投与によりラット膀胱内に検 出されたDNA 損傷の結果(17)と一致した。 EMS 投与群の雌ラットにおいて,ミンス法とスクレイピング法の両方でコメッ トアッセイの結果は陽性であった (Table 4) 。しかし,雄ラットにおいては,ミ ンス法で陽性結果が得られたが,スクレイピング法では陰性の結果となった (Table 5) 。これは,スクレイピング法の対照群において,バックグラウンドレベ ル(31.68%)が極めて高いことが原因であり,処置群の値がそのレベル幅に含ま れてしまったため,DNA 損傷の検出感度が低下した可能性が推察された。スク レイピング法により得られたEMS 投与群における雄の平均% tail DNA は,ミン ス法の値とほぼ同等であったため,EMS により膀胱における DNA 損傷が誘発さ れたと結論した。EMS は染色体異常誘発物質(18)であり,トランスジェニックマ ウス試験において骨髄や肝臓に遺伝子突然変異が検出され(99),マウスのコメッ
40 トアッセイにより経口投与により肝臓,腎臓および肺など種々の臓器に DNA 損 傷が誘導される(79)。ラットの発がん性試験では,乳腺の腺がん,腎臓の間葉系 腫瘍,子宮の平滑筋肉腫が誘発され(110),膀胱には尿路上皮過形成を誘発したが, 腫瘍は認められなかったという(107)。佐々木らによると,コメットアッセイによ り DNA 損傷の増加を示すマウスまたはラットの臓器は,必ずしも発がん性の標 的臓器ではなかったことを報告しており(83),本研究における陽性所見は,膀胱 上皮に対する本剤の弱いDNA 損傷を反映した結果であると考えられた。 OA を雌雄ラットに最大耐量まで投与したが,いずれの細胞回収法においても 陰性の結果が得られた (Table 4, 5) 。OA は,国際的な発がん物質の評価機関であ る国際がん研究機関(IARC)においてグループ 2B に分類され,ヒトに対する発 がん性が疑われており(36),マウスとラットの雌雄ともに膀胱の移行上皮がんを 引き起こすことが知られている(33)。その明確な膀胱に対する発がん性にもかか わらず,これまでのほとんどすべてのin vivo 遺伝毒性試験では,OA を遺伝毒性 物質として検出することができていない(5)。しかしながら,Ashby らは膀胱にお いて明らかな OA-DNA 付加体は検出できなかったが,遺伝子突然変異頻度のわ ずかな増加を報告している(6)。また,佐々木ら(81)は,雄 CD-1 マウスのスクレ イピング法による膀胱コメットアッセイで陽性反応を報告している。今回の結果 は,佐々木らの研究結果と矛盾しており,使用される動物種間の代謝活性化系の 違いや試験条件によってこの不一致が説明されるかもしれない。以前の研究では, OA は代謝活性型の遺伝毒性物質と報告されており,OA を遺伝毒性物質へ代謝活 性化する酵素として,数種のペルオキシダーゼ酵素種の関与が示唆されている (96,101)。この酵素種のヒトとげっ歯類の種差等は明らかになっていないが,OA
41 の遺伝毒性メカニズムについては,酵素種の種差や臓器における発現の違いなど を考慮にいれて,今後,さらなる解明を進める必要があろう。 ミンス法により約80%の上皮細胞を含むサンプルが回収できた (Table 6) 。上 皮細胞はサイトケラチン染色で確認され (Fig. 3 (a)) ,単離された単一細胞になる 傾向があったが,間葉系細胞は集塊状に認められる傾向にあった。Fig. 3 (b) にミ ンス法により得られた間葉系細胞の塊を示す。これらの塊は,マイクロチューブ の底に速やかに沈殿し,コメットアッセイに使用されなかった結果,単離した上 皮細胞がミンス法で高頻度に得られたと考えられた。スクレイピング法では,上 皮細胞を含む組織成分を物理的に効率よく収集することができたと考えられる ため,組織損傷を考慮にいれなければ,DNA 損傷を検出できる感度はミンス法 よりスクレイピング法が優れているかもしれない。しかし,前述のように,サン プリングの過程で人工的な組織傷害を誘導してしまうスクレイピング法は,国際 的な統一手順には不向きと考えられた。 本研究では雌雄差について興味深い知見が得られた。「大きな損傷を受けた細 胞」は,画像解析装置による自動的な解析が困難であったため,マニュアル操作 により出現頻度を計測し,両回収法による雌と雄の出現頻度をTable 4 および 5 にそれぞれ記載した。その結果,雄において,ミンス法に比べてスクレイピング 過程に由来すると考えられる大きな損傷を受けた細胞が高い出現頻度で認めら れ,サンプリング操作による組織傷害が雌に比べて雄では強くでることが明らか となった。雄の組織は雌に比べて脆弱な可能性が示唆され,サンプリングの際は, より繊細な作業が必要と考えられた。さらに,雌雄ともに同一の細胞回収方法を 使用したにもかかわらず,各溶媒対照群の平均% tail DNA は雌ラットに比べ雄の
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方が高値を示した (Table 5) 。理由は不明であるが,同様の傾向が,本実験の前 に行われた予備実験でも認められた(データは示さず)。Fischer 344 (F344) ラッ ト,Wistar Hannover GALAS ラットの背景データにも類似の雌雄差があることを 確認している(未発表)。 結論として,ミンス法ではスクレイピング法に比べて,組織損傷が少なく,ま た,より簡便に膀胱上皮細胞が単離でき,国際的な標準手順として推奨できると 考えられた。本結果は OECD ガイドライン(No. 489)の参考文献の一つとして 掲載されたため,将来的にミンス法を利用した膀胱コメットアッセイが国際的に 実施されると予想される。
43 小 括 第1 章でバリデートされたコメットアッセイを,膀胱を用いた遺伝毒性評価に 応用するにあたり,膀胱発がんの発生母地となる上皮細胞を効率よく回収する必 要がある。しかし,膀胱は小さく薄いため,短時間で膀胱上皮細胞をかきとり, コメットアッセイを実施することは技術的に困難であると考えられる。そこで膀 胱をハサミで刻む単純なミンス法により得られたサンプルでコメットアッセイ を行い,スクレイピング法を用いて得られたデータと比較した。既知の発がん物 質であるMNU,EMS または OA をそれぞれ雌雄の SD ラットに 2 回投与 3 時間 後に,各ラットの膀胱を二つに分割し,ミンス法とスクレイピング法からそれぞ れサンプルを得た。両サンプルで遺伝毒性物質MNU および EMS による DNA 損 傷が検出された。すなわち,ミンス法は DNA 損傷剤を検出するのに十分な能力 を持っていた。ミンス法により得られたサンプルを形態学的に観察すると,回収 した細胞の80%以上は上皮由来であり,サイトケラチン免疫染色により上皮細胞 の存在を確認した。ミンス法は膀胱の半分のみを利用するので,残り半分は細胞 毒性の評価が必要な場合,病理組織学的検査に使用することができる。スクレイ ピング法よりも簡単に実施できるミンス法は,膀胱コメットアッセイにより適切 な方法と結論した。OA による DNA 損傷は検出されなかったため,さらなる試験 法の改良が必要と考えられた。本結果はOECD ガイドラインの参考文献の一つと して掲載された。
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第3 章 膀胱発がん関連物質 7 剤を用いた遺伝毒性物質と非遺伝毒性物質の 鑑別
45 緒 言 第2 章の結果から,コメットアッセイ用の上皮回収方法として,より簡便なミ ンス法が膀胱にも応用できることを明らかにした。一方,コメットアッセイは DNA 損傷を感度よく検出するため,壊死またはアポトーシスなどの細胞毒性の 影響に起因する偽陽性反応が生じることが懸念されている(26)。実際,非遺伝毒 性物質である四塩化炭素を投与されたマウスの肝臓において,病理組織学的検査 により小葉中心性肝細胞壊死が認められ,それに起因すると考えられるコメット アッセイ偽陽性反応が誘導されることが報告されている(82)。そのため,in vivo コメットアッセイで陽性の結果が得られた場合,病理組織学的検査が壊死および アポトーシスによる偽陽性反応を否定するための標準的方法と位置付けられる (10)。 第 1 章の成果を含めたコメットアッセイの国際バリデーション試験において, 肝臓と胃に生じる病理組織学的変化と DNA 損傷の関連データが蓄積されてきた (111)。しかし,その他の臓器のデータは十分でなく,現在のところ,膀胱におけ るコメットアッセイの結果と病理組織学的検査の関係を精査した報告は皆無で ある。膀胱がんは,米国男性の間で最も一般的に診断されるがんの一つである(89)。 いくつかの化学物質はラットにおける膀胱がんを誘導することが知られており, それらは遺伝毒性または非遺伝毒性発がん物質に分類されている(13)。本章では, ラットに遺伝毒性または非遺伝毒性膀胱発がん関連物質を2 日間投与し,第 2 章 で確立した簡便なミンス法を用いる膀胱コメットアッセイが,遺伝毒性と非遺伝 毒性物質を区別する事が可能か否かを検討した。 本研究では,膀胱発がんを誘導または促進することが知られている以下の7 物