彦根の100年×4
4 しがだい 特集 しがだい 5 今年2007年の3月21日から11月25日にかけて、「国宝・彦根城築城400年祭」 が開催されます(http://www.hikone-400th.jp/about/)。彦根に住んでいたり 働いたりするわたしたちにとって、この町の象徴でもあるお城の400年祭は、 もうきっと体験することのない、おおきな出来事となります。みわたしてみると、○○城築城400年記念 という催事は、あちこちにあるようです(熊本などなど)。彦根だけの特別な催しではないにしても、わ たしたちにとって400年記念という1回かぎりのこのイヴェントを(300年のときにはいませんでしたし、 500年のときには確実にいませんから)、おもいっきり楽しんでみましょう。 今回の広報誌では、このビッグ・イヴェントにさいして、彦根キャンパスに集う多くのひとに、またこ こを訪れるたくさんの方々に、わたしたちのキャンパスと彦根を披露する特集を組むこととしました。こ のページでは、わたしたちのキャンパスの華といってよい講堂のさまざまな姿をお見せします。つづくペー ジで、彦根観光とも連動するキャンパスツーリズムについて解説し、そして、かつての彦根の珠玉であっ た湖東焼の美にひたる、そうした特集がこの「彦根の100年×4」です。 滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高等商業学校講堂)は、 2001年4月24日に登録有形文化財(建造物)として原簿に記 載されました。旧制高等商業学校をその母体とする国立大学 法人の経済学部は、小樽商科大学(旧制小樽高商)、横浜国 立大学経済学部(旧制横浜高商)、山口大学経済学部(山口 高商)、長崎大学経済学部(旧制長崎高商)などがありますが、 旧制高商の建造物で登録有形文化財となっている講堂は、こ の彦根キャンパスにあるただ一つだけです。もっとも、ほか の旧制高商では、元の場所から移転してしまったり、あるい は焼失してしまったりしたため、新制大学にかつての講堂が 受け継がれなかった例がほとんどとなります。 文化庁の国指定文化財等データベースでは、つぎのように この講堂が解説されています―「彦根城西部の堀に接する滋 賀大学敷地内にある。木造2階建の講堂に、平屋建の大教室講堂という華
阿部 安成
(経済学部助教授)
しがだい25号.indb 4 2007/02/23 16:24:584 しがだい しがだい 5 が接続し、外装ほぼ全体を下見板貼とする。講堂妻面に柱型付玄関を設 け、上下階で連続性をもつ矩形窓を側面に配し、半円形屋根窓、瀟洒な 小塔を冠す。文部省建築課の設計」―このように、滋賀大経済学部とい えば、それを囲む外濠と中濠を持つ彦根城との組み合わせで紹介される ことがしばしばです。そしてまた、滋賀大学経済学部といえば、この講 堂がかならずといってよいほどとりあげられます。 彦根キャンパスでは、1970年代に大改築がおこなわれるまで、建造物 はそのほとんどが木造でした。彦根高商開校時の建物としてただ一つ 残ったこの講堂は、彦根高商で最初の入学式がおこなわれたその翌1924 年にできあがりました。この講堂は、彦根高商開学以来ほぼすべての学 生と教職員にみられた建物となります。彦根高商から滋賀大学経済学部にいたるまで、卒業アルバムには この講堂の写真が載っています。北海道にある小樽高商はその土地柄でしょうか、雪景色のキャンパスが よく撮影されていました。彦根高商のばあいは、桜や紅葉といった彩りの季節が好まれたようです。でも、 わたしは、雪景色の講堂も好きです。 木造という質感が、雪の色とその感触のイメージとうまく合うのでしょうか。講堂のなかには、ずっし りとした重量感のある演台や長椅子もあります。卒業式や開校式といった学校の節目となる行事は、この 講堂が会場となりました。このキャンパスで勉学を始めようとするものたちも、ここから去って仕事に就 くものたちも、学校生活のその区切りをこの場所でつけたのです。また、かつてはここでよく、弁論大会 や、演奏会や映画の上映会がおこなわれました。そうした ときには、地元彦根の人びともたくさんこの講堂に来てい ました。彦根にとっての、まさに文化と娯楽の殿堂という わけでしょう。 滋賀大学経済学部は、彦根高商創立からかぞえて80年以 上を経ました。彦根も築城から400年。こうした区切りの 一つのときに、講堂を拠点としながら大学を地域に開いてゆくことは、わたしたちの知恵のみせどころと なるでしょう。 しがだい25号.indb 5 2007/02/23 16:25:02