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民法と信義誠実の原則-2-最近の判例を中心として 利用統計を見る

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民法と信義誠実の原則-2-最近の判例を中心として

著者

鈴木 重信

著者別名

Shigenobu Suzuki

雑誌名

東洋法学

37

2

ページ

119-151

発行年

1994-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003494/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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民法と信義誠実の原則O

最近の判例を中心として

目  次 一 二 はじめに 最近の判例の検討

㈹㈲因国(照)日口H

契約締結準備段階における信義則の適用 弁済の提供と儒義則︵以上三六巻二号V 同時履行と信義則 留置権と信義則 契約解除と信義則 相殺と信義則 時効の援用と儒義則 継続的契約と信義則︵以上本号︶ 東 洋 法 学 一九 一

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民法と信義誠実の原則口  ㈹ 請求権の減額と信義則︵以下次号︶  ⑥その他の場合における信義則の適用 三 信義則を適用する判例の展開に対する私の見解 四 ま と め 二一〇  国 同時履行と信義則  双方の債務が弁済期にある双務契約においては、契約当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、 自己の債務の履行を拒むことができる︵銀融細︶。この規定は、公平の原則に基づく。弁済が目的を達するためには、 債権者と債務者の両者の協力が必要である。右の目的が達成されない場合に、債権者債務者の協力関係においてどち らに責任があるかによって、債務者の債務不履行責任及び債権者の受領遅滞責任を生ずることは前述した。そして、 この責任は信義誠実の原則によって判断されるべきであり、その信義誠実の原則の根本には公平の観念が存在するの である。その意味において、同時履行と弁済の提供とは、信義則という共通の基盤の上に立って考えられなければな らない問題である。  ⑫東京地判平成2・8・28金融・商事判例八七三号三六頁  この事件は、Yが、石油製品の売買に関し一切の条件を確定させた後に、Xに売買当事者として加わってもらい、 Xから手数料等の支払を受けるいわゆる﹁つけ商売﹂に関する。株式会社Yは、石油製晶の販売等を目的とする会社

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であるが、昭和五五年頃からXと﹁つけ商売﹂を行っていた。ところで、X商事会社は、同業のb会社との間で、油 種、数量、単価、支払条件等につき合意に達していた売買契約に、右両会社からの要請により、YがXに対する売主 として介入した。その結果、昭和六〇年三月一九日a会社からb会社へ、bからYへ、YからXへ、XからC会社へ、 Cからaへと、順次円環状に締結された売買契約が成立した。このような事実関係のもとに、XはYを相手に、売買 代金債務八億二二二九万六四〇円の債務の不存在確認を請求し、YはXに対し、反訴として、右代金九億五六四七万 六九六〇円等の支払を請求したものである。そして、Xは、Yの右反訴請求につき、Xはまだ目的物の引渡を受けて いないから、それまでは代金の支払を拒絶すると抗弁した。  判決は、右取引は、初めから意図されたオ⋮ダー整理である。この一環を構成する各売買契約の当事者には、目的 物の引渡という観念がない。換言すれば、売買契約上の目的物は存在しないことを相互に了解してなす契約である。 本来の意昧での売貿契約とは言い難いことは確かであるが、各当事者がこれを良しとして任意になした契約である以 上、契約自由の原則からその欲した意図どおりの法的効果は許容せざるを得ないであろう。そうだとすれば、この場 合、契約当事者には目的物の引渡の権利義務はなく、それ故にまた、代金の支払との同時履行という権利も発生する 余地がないのである。そのように各当事者は了解して契約に加わったとみるべきであろう。少なくとも、売買契約の 際に、Xは、Yに対し物品受領書︵乙三︶を交付している以上、同時履行の抗弁権を主張することは信義則に反し許 されないと判示し、Xの請求を棄却し、Yの反訴請求を認容した。  ﹁つけ商売﹂ないし﹁円環状の売買﹂とは、既に成立した売買契約の当事者間に、売主等の要請で信用ある商社が

    東洋法学       二二

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    民法と信義誠実の原則口      二二 介入し、商晶は当初の売買契約どおり売主から直接買主に引き渡すが、取引の形態として、商社が売主から目的物を いったん買い上げて、これを買主に転売する形態をとるものである。これによって、売主としては、買主の手形より も満期が早くしかも割引を受け易い信用ある商社の手形を取得して資金繰りの便宜を得ることができ、また商社とし ても、労せずして口銭を得るという利益を受けることができる。このような目的で﹁つけ商売﹂は行われる。  このような﹁つけ商売﹂は、これを禁止した規定もないのであるから、有効というべきであろう。そしてそれが右 のような目的で行われ、中間の当事者問では目的物の受渡しのないことは、関係当事者は承知しているのであるから、 それらの者の間に同時履行の抗弁の成立する余地はない。同時履行の抗弁の主張の排斥の根拠として信義則を持ち出 す必要さえない。当事者の合意の内容として同抗弁を排斥しているといえる。その意味では、この事件は、信義則を 適用した適切な事例とはいえないであろう。  これと同様の判例は、東京地判平成元・1・3 0判例タイムズ七一四号二〇一頁、大阪地判昭和59・9・27金融・商 事判例七三〇号一六頁等が散見される。いずれも、同時履行の抗弁を信義則に反し許されないとしている。 四 留置権と信義則  双務契約における同時履行の抗弁権と似ている制度として留置権︵眠酷紅︶がある。この留置権も公平の原則に立脚 する。留置権も同時履行の抗弁権と同様に、債務者が同時に債権を有する場合に、自分の有する債権の弁済を受ける まで自分の債務の履行を拒絶することが公平の原則に適するという事情があるときに、法律の認めた一種の履行拒絶

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の権能である。そして、同時履行の抗弁権にあっては、債権と債務とが一個の双務契約から生じて、互いに対価関係 をなして対立することが、公平の原則を作用させた根拠であるのに対し、留置権においては、一個の物についてその 返還債務とその物から生じた債権とが対立するものであることが、公平の原則を作用させた根拠であるとされる︵我 妻・新訂担保物権法二〇頁︶。従って、留置権の場合においても、留置権が認められるためには、当該債権者と債務 者との問に、実質的に公平の原則を作用させて救済する必要があるかが考慮されなければならない場合がある。  ⑬東京高判昭和56・9・30判例時報一〇二二号六〇頁  この事件は、X株式会社は自動車の販売会社であるところ、A及びBは、Xから所有権留保特約付の割賦販売契約 によって十数台のダンプカーを買い受け、仕事に使っているうちに倒産した。Aは協に右ダンプカーの保管を委託し て占有を移し、次いで猶はそのうち二台を漉に、二台をぬその他にそれぞれ保管を委託して占有を移した。A及びB は倒産直後に行方をくらまし、約定の割賦金の支払をしなくなった。Xは右ダンプカーの所在を探索した結果、前記 の事実が判明した。そこで、XはYらに対し、ダンプカーの所有権に基づきその引渡を請求する。これに対し、Yら は、Aとの間の委託保管契約に基づく保管料債権を有しているので、この弁済を受けるまでは占有中のダンプカーを 引き渡すことはできないとして、留置権の抗弁を主張したものである。  判決は、狛は昭和五三年一月二〇日ころAの代表者から本件ダンプカーの保管を委託され、これを占有するに至り、 ぬは右同日ころ本件ダンプカ⋮のうち第一のe口のダンプカ⋮の、ぬは同年七月一七日第二のe口のダンプカーの各 保管をいずれも協から委託され、その占有を取得したものと認められるが、繁らはいずれも、Xに対する関係におい

    東洋法学       一二三

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    民法と信義誠実の原則口      二一四 ては、AないしBに所有権留保特約付の割賦売買契約により本件ダンプカ⋮を売り渡したXから、右契約の約定に従 い所有権に基づく引渡請求を受ければ、これに対しては自己の占有権原を対抗し得ないことになるであろうこと及び 右引渡請求のなされることが必至の事態であったことを知り、かつ、右引渡請求権の行使を妨げることになることを 十分認識し、そのような結果の生ずることを目的として、あえて保管委託を受けてそれぞれ占有を開始し、Aが本件 ダンプカーの所在を隠す行為に加担したものと認めるべきであり、このような場合、Yらにおいて、右保管委託を受 けて保管を継続したことにょり保管料債権が生ずるからといって、該債権に基づき各占有ダンプカ⋮についてXに対 し留置権を主張することは、衡平の観念に基礎を置く留置権制度の趣旨に照らし、許されないものと解するのが相当 であると判示し、留置権の抗弁を排斥し、XのYらに対する引渡請求を認容すべきであるとした。  右判決の認定した事実関係によれば、積をはじめとしてYらは、その占有の開始において悪意であったというので あり、更に事実を調査すれば、YらはA及びBらと共同不法行為者であるともいえるのではないかと思われる。留置 権の制度が公平の原則に基礎を置くものであることは、前記説明のとおりであり、多数説によれば、不信者ないし悪 意者を右の原則上留置権者から排除すべきであるといわれる。このような多数説の考え方に立てば、右判決は正当で、 その結論はまさしく信義則によって根拠づけられるべきものと考える。 ㈲ 契約解除と信義則 土地・建物の賃貸借契約において、 賃借人が賃貸人の承諾を得ることなく、契約の目的物を他に転貸した場合にお

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いても、賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法六一 二条二項による解除権を行使することがてきないということに判例の見解は確定し、学説においても、これらの判例 に異論のないことは、冒頭に述べた。そこで、ここでは、土地・建物の賃貸借契約の民法六一二条二項による契約の 解除以外の契約の解除と信義則について述べる。  ⑭名古屋高判昭和58・10・27判例タイムズ五二一号一四〇頁  この事件は、XY間の土地賃貸借は明治初期以来続いてきたものであり、現在賃貸人Xは賃借人Yに対し、賃料を 年末払いとして土地を賃貸しているところ、Yが四か月間の賃料を不払にしている。そこで、XはYを相手に、これ を理由に賃貸借契約を解除し、同土地上に建築している建物を除去して土地を明け渡すことを請求する。  判決は、本件賃料不払が信頼関係を破壊するものといえないかどうかについて考えるに、右引用に係る第一審認定 の諸事情、ことに本件土地賃貸借は明治初期以来のものであって過去においてとりたてて相互の信頼関係を損なうよ うな事情もなかったこと、年払いの約定とされている本件土地の賃料不払期問が四か月程度であって、しかもYは、 その間これを放置していたというのではなく、本件土地の賃料が近隣の地代相場に較べて二倍以上になるため、その 減額を申し入れて交渉を継続していたものであって、右交渉中に契約解除の意思表示を受けるに及んで直ちにXの要 求する賃料額を供託していること等の事実が存在するのに対し、本件賃料不払が信頼関係を破壊するものと認めるに 足りるような格別の事情は当審においてX本人の供述によっても認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 してみれば、本件賃料不払においては、未だ賃貸借関係の基礎をなす信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特

    東洋法学      

一二五

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    民法と信義誠実の原則口      一二六 段の事情が存在するものというべきであるから、本件解除権の行使は信義則に反し許されないものといわなければな らないと判示し、Xの請求を棄却した第一審判決を相当とし、Xの控訴を棄却した。  継続的契約関係である賃貸借契約においては、賃料不払の事実があれば、約定に基づき、あるいは法律の規定に基 づき契約を解除することができる。しかし、貸借権の無断譲渡・転貸の場合と同様に、それらの事実が信頼関係を破 壊するに足りない特段の事情があれば、それらの事実があっても契約を解除することができないというのが判例の見 解である︵懸騨解珈詔ル恥瓢酬︶。信頼関係を破壊しない特段の事情の存在することについては、民法六一二条二項の場合 と同様に、賃借人にその主張・立証責任があると考えるべきである。判決が認定した右事情のもとにおいては、Xが 本件賃貸借契約を解除することができない特段の事情があるとの判断は正当であると思う。  ⑮東京高判昭和58・1・組判例時報一〇七二号一〇一頁  この事件は、Yが昭和五四年六月一一日その所有の土地・建物を代金三三〇〇万円でXに売却することを約し、代 金の支払方法は、手付金一〇〇万円を契約締結時、中間金二〇〇万円を昭和五四年六月二五日、残金三〇〇〇万円を 同年七月二六日と定められ、右手付金が支払われた。そして、右売買契約においては、代金支払のための銀行融資が 不調となったときは、中聞金支払期日である昭和五四年六月二五日までであればXは無条件で解除することができ、 その場合は手付金も無条件で返還される。当事者双方のいずれであるとを問わず契約条項の一つにでも違背したとき は、相手方は催告をしないで契約を即時解除することができ、その場合、Yの義務不履行のときは手付金の倍額を返 還し、Xの義務不履行のときは手付金の返還請求ができないことが特約された。Yは、Xがこの特約に違反したとし

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て、即時契約解除の意思表示をし、右土地・建物を第三者に売却して所有権移転登記をした。そこで、XはYを相手 に、本件売買契約はYの義務不履行にょり履行不能になったと主張し、右特約条項に基づき手付金の倍額の支払を請 求したものである。  判決は、本件売買契約においては、当事者のいずれであるかを問わず、その一方が契約条項の一つにでも違背した ときは、その相手方は催告をしないで契約を即時解除することができる旨の特約条項が存する。しかしながら、住宅 ロ⋮ンの手続が予定よりも遅れることがあることは一般に知られているところ、Yは、Xが残代金の支払について住 宅ロ⋮ンを利用することを知っており、住宅ローンを利用することを前提として本件売買契約を締結しているのであ って、しかも、契約締結に際し、Aがローン手続が多少遅れることがあり得る旨述べたのに対して、仕方がない旨答 えているのである。そして、Yは、銀行の担当者からも、手続が遅れてはいるが必ず実行する旨の連絡を受けたほか、 残代金支払期日の一週間ぐらい前に、訴外Bからまだロ⋮ンが下りてこないので待ってほしい旨の申入れを受けたが、 これを拒絶する意思を示さなかったのである。右のような事情の下においては、Xが期限の猶予を得たものと考える のも無理からぬことであり、だからこそ、Xは右期日を徒過した後も引き続き鋭意住宅ローンの手続を進めていたも のと考えられる。しかも、Yは、右の銀行の担当者の説明や訴外Bの返答から、Xが期日を徒過した後も住宅ローン の手続を進めていたことを知っていたというべきであって、昭和五四年八月八日に至るまでXからの連絡を待っては いたものの、その間、Xに対して右手続の進行状況を問い合わせることも残代金の支払を求めることもせず、突如と して契約解除の意思表示をしたのである。もしも、YがXに対し、相当の期間を定めて残代金の支払を催告していた

    東洋法学       一二七

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    民法と儒義誠実の原則口      二入 とすれば、Xは、住宅ロ⋮ンの手続を急がせて、本件契約解除の意思表示よりも前に残代金の支払をなし得たかも知 れないのである。現に、XがYを訪れ、関係書類を示してロ⋮ン手続を終った旨伝えたのは、Yが発した本件契約解 除通告︵内容証明郵便︶がXに到達するよりも前であったのである。以上のような事情を総合勘案すると、いかに催 告を要しないで即時解除をすることができる旨の特約があったとはいえ、YがXの履行遅滞を理由として、なんら催 告をすることなく本件売買契約を解除することは、信義則上許されないものと解するのが相当である。従って、本件 契約解除の意思表示は、その効力がないものといわざるを得ないと判示し、手付金の倍額である金二〇〇万円等の支 払を求めるXの要求を認容した。  この事件では、特約条項の文言では、条項の一つにでも違背したときは、これを理由に相手方は催告をしないで売 買契約を即時解除することができることになっている。この特約条項の趣旨がこの文言どおりであるのか。本判決は、 この点につき、売主Yは買主Xが残代金の支払につき住宅ローンを利用して支払うものであること、仲介人は売買に 際しローンの手続は多少遅れることがあり得ることを話され、Yはこれに対し仕方がない旨を述べ、Yは銀行の担当 者からも、手続が遅れているが必ず実行する旨の連絡を受け、これらのことからXが期日を徒過した後も、Xが住宅 ローンの手続を進めていたことを知っていた等々の事情を総合的に考慮すると、右特約条項の趣旨は、このような事 情のもとでは、売主は買主の履行遅滞を理由として、なんら催告をすることなく売買契約を解除することは、信義則 上許されないというのが当事者の意思であったと解釈したものである。信義則は、具体的な事情のもとに当事者の意 思解釈の基準となる。具体的な事情のもとに当事者の意思はどのようなものであったか。それを信義則によって合理

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的に解釈することこそ、現代社会において裁判官に課された責務であると思う。  ⑯東京地判昭和56・鴛・照判例時報一〇四二号一〇九頁  この事件は、土地を所有するXが、Yに対し右土地を建物所有の目的で賃貸した。Yは、Xから地代増額の意思表 示を受けたので、その増額の根拠を質しているうちに、二か月分の地代の弁済期が到来し、二か月分以上の地代不払 の場合は無催告で契約解除ができるとの特約条項があったので、供託原因のないまま、従前の額で二か月分を弁済供 託した。このような事実関係のもとに、XはYを相手に、右特約条項に基づき、賃貸借契約を解除し、建物を収去し て土地を明け渡すよう請求したものである。  判決は、Yが地代を供託するに至ったのは、Xの地代値上げ額について、税金の値上り分について疑問を持ち、都 税事務所に赴いて調査してもなお十分納得しかねたというのであるから、ひとまず、旧地代額を供託したYの態度は 無理からぬことともいえ、Xの増額が正当な額であると判ったときは差額を支払う意思もあったことからすれば、増 額請求と履行遅滞による解除について、増額が正当であるとする裁判確定まで、﹁相当ト認ムル地代﹂を支払うをも って足りるとして賃貸借契約存続する方向で立法された借地法一二条二項の趣旨からいって、供託に至る要件の欠鉄 をとらえ、地代二か月分不払の場合の無催告解除を認めるのは、いささか酷に過ぎ、一方、Yは昭和五四年六月分か らの地代の値上げにも調停の申立をする等Xの地代値上げに容易に応じない態度がみうけられることを考え併せても、 Yは前記地代債務の不履行につき賃貸借契約における当事者の信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情が あるというべきであり、従ってXの契約解除の意思表示はその効力を生じないといわなければならないと判示し、X

    東洋法学       二一九

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    民法と信義誠実の原則口       二二〇 の請求を棄却した。  この事件においては、Yが地代を供託するためには、弁済の提供をしたのにXがその受領を拒んだことが必要であ る︵娯酷細︶。このような手続をふまずに、Yはいきなり地代を供託したのであるから、この供託は供託の要件を欠き 無効である。そうすれば、特約条項により、Xは、Yが二か月分の地代を支払わなかったことを理由に無催告で契約 解除をすることができると、形式的にはいえそうである。しかし、この事件の場合には、Yが地代の弁済の提供をし なかったのは、XからYに対し地代の増額請求があり、Yとしてはその額に納得がいかず、都税事務所に赴いて調査 を続けているうちに、Yのした供託の要件の欠敏をとらえ、無催告で契約解除の意思表示をしたものである。無催告 契約解除の特約条項をこのような事情のもとでも有効であると解することは、信義則上当事者の意思解釈として、許 されない。私はこのような趣旨からして、この判決の考え方を支持する。  ⑰東京高判昭和56・9・24金融・商事判例六三七号三三頁  この事件は、本件土地の所有者Xは、本件土地をYに賃貸し、Yは同土地上に本件建物を建築して所有していた。 ところが、Yは昭和五二年一〇月分以降の賃料を支払わない。XはYに対し昭和五三年一月四日付内容証明郵便をも って、同書面到達後五日以内に延滞賃料三か月分を支払うよう、右期間内にその支払をしないときは賃貸借契約を解 除する旨の意思表示をした。Yは催告期問内に支払をしなかった。このような事実関係のもとに、XはYに対し、賃 貸借の終了を理由に、本件建物を収去して本件土地を明け渡すように請求する。ところで、Yの補助参加人であるZ は、自分は本件建物の抵当権者であり、借地権の存続につき重大な利害関係を有し、土地賃借人に代って地代の代位

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弁済をなしうる利益を有するから、XがYの賃料不払を理由に賃貸借契約を解除しようとする場合には、抵当権者Z に対しても、賃借人Yに対すると同様に、地代支払の催告をなすべき信義則上の義務がある。Xのした契約解除は、 この義務を尽さないでなされたものであるから、Zに対しては効力を生じない等と争ったものである。  判決は、借地権は借地上の建物の存立の基盤であり、借地上の建物に設定された抵当権の担保価値が借地権の存否 により大きく左右され、従って借地上の建物の抵当権者が借地権の存続につき重大な利害関係を有することは、Z主 張のとおりである︵昭和四一年法律第九三号によって追加された借地法九条ノ三の規定が、第三者が賃借権の目的た る土地の上に存する建物を競売により取得した場合にその第三者への賃借権の譲渡に対する賃貸人の承諾に代わる許 可に関する制度を設けたことも、借地権の建物に設定された抵当権の担保価値の強化を図る趣旨に基づくものという ことができる︶。しかし、借地の建物の抵当権者は、借地契約の当事者でないのはもちろん、土地の賃借人に代って 地代を弁済すべき義務を負うものでもなく、また、土地の賃貸人も、通常そのような抵当権者の存在を予定し、その 者から地代を収取し、ないしは地代の支払を事実上担保してもらうことを計算に入れて賃貸借契約を締結するわけの ものではなく、賃貸借契約締結後、賃借人が借地上の建物に抵当権を設定しても、賃貸人が借地上の建物の抵当権者 を完全に知ることは至難であるから、賃借人の地代不払を理由に賃貸借契約を解除しようとする土地の賃貸人に、賃 借人に対する催告のほかに借地上の建物の抵当権者に対する地代の支払の催告をなすべきことを求めることは相当で なく、信義則を根拠に催告義務を認める合理的理由はないと解するのが相当であると判示し、Xの請求を認容した。  建物所有のための土地賃貸借において、賃借人が賃貸人の承諾を得て右土地を転貸している場合に、賃貸人が賃料

    東洋法学       二二一

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    民法と信義誠実の原則口      一三二 延滞を理由に賃貸借契約を解除するには、転借人に対して右延滞賃料の支払の機会を与えなければならないかにつき、 最判昭和三七・三・二九民集一六巻三号六六二頁は、賃借人の賃料延滞を理由として賃貸借契約を解除するには、賃 貸人は賃借人に対して催告するをもって足り、賃借人が主張するように、転借人に対しても支払の機会を与えなけれ ば、信義則上解除は許されないとの抗弁は採用できないと判示している。  また、賃貸人が賃借人が一〇年近くにわたって賃料を延滞したことを理由に土地賃貸借契約を解除するには、地上 建物の借家人に対して右延滞賃料の支払の機会を与えることが信義則上の賃貸人の義務であるとの抗弁に対し、大阪 高昭和五一・三・二五判決が、賃料延滞は昭和三三年三月に遡るものであって、背信性は極めて高く、賃貸人に右の ような義務はないとして賃料延滞を理由とする解除を有効と判断した。これに対する賃借人の上告に対し、最判昭和 五一・一二二四金融・商事判例五一六号二三頁は、賃貸人が賃料延滞を理由として土地賃貸借契約を解除するには、 賃借人に対して催告すれば足り、地上建物の借家入に対して右延滞賃料の支払の機会を与えなければならないもので はない。また、原審が適法に確定した事実関係によれば、Xの契約解除権の行使が権利の濫用にあたるものというこ とはできないと判示している。  賃貸人が、前記のような地上建物の抵当権者、転借人、借家人等に対し延滞賃料の支払の機会を与えることが信義 則上要求される義務であると解することは、当事者の意思解釈としてはもちろん、法律の解釈としても認められるべ きではないと思う。

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㈹相殺と信義則

 民法五〇五条一項は、二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にある ときは、各債務者は対当額につき相殺によって債務を免れることができると規定している。相殺によって債務を免れ るためには、二人の間に相対立する債務の存在することが必要である。従って、乙の甲に対する請負代金債権の請求 に対し、甲が丙に対する貸金債権で相殺することは許されない。しかし、法人格否認の法理が働く場合には、右のよ うに許されない筈の相殺を許されると解すべき場合がある。法人格否認の法理とは、法人格が不正の目的のため、 ﹁隠れみの﹂として濫用された場合に、法人格を否認して、その背後にある社会的実体を把握する法理であるといわ れる。実定法上の根拠はないが、正義・公平の理念に基づく一般原則として発展してきた。これには、法人形式が濫 用される場合と法人格が形骸化している場合とがある。  ⑱大阪高判昭和59・5・24金融・商事判例七二号三一頁  この事件は、請負代金残額の請求をしたところ、相殺の主張がされたものである。すなわち、Xは建築工事請負を 業とする有限会社である。Xは、昭和五四年七月二九日Yの注文によりビルの改装工事を請負代金二六五〇万円で請 け負い、同年九月二〇日工事を完成した。このような事業関係に基づき、X会社はYに対し、請負代金二六五〇万円 から既に支払を受けた一五〇万九〇〇〇円を差し引き、残金二四九九万一〇〇〇円等の支払を請求する。  これに対し、Yは、昭和五一年四月一四日X会社の代表者Aに対し二五〇〇万円を貸与した。X会社はAの個人会 社でA個人と区別できず、両者は同一である。従って、法人格否認の法理によりAの債務につきX会社も支払義務を

    東洋法学       一三三

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    民法と信義誠実の原則口       二二四 負う。ほかに、YはX会社に対し立替金債権一五〇万円を有する。Yはこれらの債権を自働債権とし、請負代金債権 を受働債権とし、対当額で相殺すると抗弁したものである。  判決は、YのAに対する貸金債権は一〇〇〇万円であると認定し、Aは個人で建築請負業を営んでいたところ、昭 和四七年一一月一八日これを法人化してX会社を設立したが、その営業の実体は、個人のころと全く同一で、Aの居 宅を事務所とし、同人の個人財産とX会社の財産とを区別することはなかった。そして、X会社はAのYに対する右 一〇〇〇万円の借入金を支払うためYとの間で請負契約を締結したものである。以上の事実によれば、AとX会社と は、形式上個人と法人の別人格ではあるものの、実質は同一人格であるといわざるをえず、また請負契約締結の経緯 に鑑みれば、右契約に基づきX会社が請負代金の支払をYに請求する本件においては、右貸金債権をもってX会社の 右請求と相殺する旨のYの抗弁に対し、X会社は右貸金はA個人の債務であることを理由として右相殺が失当である ことを主張することは信義則上許されないと解するのが相当であると判示し、右一〇〇〇万円と一五〇万円を自働債 権とする相殺を容認すべきものとした。  X会社につき、法人格否認の法理により代表者A個人と同一人格であるといえる以上、X会社の請負代金残金の請 求に対し、YがAに対する貸金債権をもって相殺することのできることはいうまでもない。そもそも法人格否認の法 理は正義・公平の観念に基づくものであることは前述した。この観念は換言すれば信義則ともいえよう。個人と法人 とを場合場合によって使い分け、義務を免れることは、形式的には可能でも実質的にはこれを許すべきでないという のであるから、まさに信義則の適用されるべき場合であるといえるからである。実体法上明文の規定がない法人格否

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認の法理を認めるべき根拠として、信義則を掲げることは納得できる。しかし、この判決は、法人格否認の法理を適 用したあとに、請負契約締結の経緯︵YのAに対する貸金債権を支払うため、X会社とYとの間で請負契約を締結し た︶からみれば、YがAに対する貸金債権で、X会社のYに対する請負代金債権と相殺することにつき、当事者が違 うことを理由に許されないとX会社が主張することは信義則上許されないと判断している。XYA三者間で、右のよ うな相殺をする合意︵このような合意の有効であることはいうまでもない﹀がされていると事実認定することができ れば、それは信義則の問題ではない。本件はこの事実認定で解決できたといえる。本判決はその積りのように理解さ れる。しかし、そのように事実認定できないとすれば、判決が認定した事実関係のもとにおいては、Yの主張する相 殺ができないとすることは、信義則上許されないと二段構えをとったようにも思われる。そうとすれば、この部分は 蛇足的につけ加えられたものと解すべきであろう。  ㈹ 時効の援用と信義則  時効は当事者がこれを援用しなければ、裁判所はこれによって裁判をすることができない︵阪磁無︶。除斥期間との 根本的な相違の一つはここにある。除斥期間については援用を必要としない。この相違点に着目して、時効の援用に ついては、時効の援用権の性質とか、援用権者の範囲等について、学説が展開されてきた。つまり時効を援用するこ とは一つの権利行使なのである。そう考えれば、この権利行使が信義則に従ってなされなければならないことは、民 法一条二項の規定から当然である。

    東洋法学      

一三五

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    民法と信義誠実の原則口       一三六  そこで、先ず、時効の援用が信義則に反しないとされたものから見ることにする。       でゑ ⑲最一判昭和62・9・3判例時報;二六号九一頁  この事件は、YはAに対し買掛金債権を有していたが、昭和四九年二月三〇日BはAのYに対する右買掛金債務 の内金八六一万四六〇〇円を引き受ける。BはYとの閲で、同日、右引き受けた債務を金額を九〇〇万円とし、準消 費貸借契約を締結した。そして、Xは、Yとの間で被担保債権をYのBに対する右準消費貸借契約に基づく債権とし て抵当権設定契約を締結し、その所有の建物について昭和五〇年三月四日抵当権設定登記を経由した。Xは、YのB に対する準消費貸借契約上の債権は五年の商事消滅時効が完成したと主張し、Yを相手に、右抵当権設定登記の抹消 登記手続を請求する。これに対し、Yは、Xは右五年の期間経過前に﹁保証債務弁済通知書並びに抵当権抹消依頼 書﹂と題する内容証明郵便で、被担保債権の存在を承認した。Xは右の郵便で時効利益を放棄したというべきであり、 仮に時効の完成を知らなかったとすれば、信義則上以後時効の援用をすることは許されないというべきであると抗弁 したものである。この事件の第一審判決は、時効利益を放棄したものであり、そうでないとしても、信義則上爾後の 時効援用は許されないと判断し、Xの請求を棄却した。  第二審判決は、債権債務の存否は、債権者と債務者のみがこれを知っているものであり、債権者でも債務者でもな い物上保証人は、債務の承認をなすべき立場にないものであるから、右代位弁済の申込のうちに時効中断事由たる承 認と評価すべき債務承認の通知が包含されていると解することは相当ではない。BのYに対する準消費貸借契約に基 づく債務は、物上保証人たるXの消滅時効の援用により、Xに対する関係で消滅したと判断し、第一審判決を取り消

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し、Xの請求を認容した。  本件最高裁判所判決は、物上保証人が債権者に対し当該物上保証及び被担保債権の存在を承認しても、その承認は、 被担保債権の消滅時効について、民法一四七条三号にいう承認に当たるとはいえず、当該物上保証人に対する関係に おいても、時効中断の効力を生ずる余地はないものと解するのが相当である。そして、原審の確定した事実のほか、 記録にあらわれた原審におけるYの主張事実を含めて勘案しても、Xが本件抵当権の被担保債権についてした消滅時 効の援用が信義則に違反するものということはできないと判示し、Yの上告を棄却し、原審判決を維持した。  主たる債務者が時効を援用し債務が消滅すると、その保証債務は付従性の性質上当然消滅する。また、抵当権は被 担保債権が時効により消滅するときは、消滅する︵蝦酷矩︶。完成した時効の援用を保証人及び物上保証人が民法一四 五条によって援用することのできることについては、学説・判例とも争いない。しかし、右の者が時効を援用した場 合の効果は相対的で、主債務者には及ばない。この理は、右の者が主債務の承認をした場合の効果についても、同様 に考えるべきである。前記のとおり、主たる債務者が時効を援用し債務が消滅すると、その保証債務は付従性の性質 上当然消滅するし、同様に、抵当権は被担保債権︵主債務︶が時効にょり消滅すれば、付従性の性質上当然消滅する。 保証人及び物上保証人は、主債務の時効が完成したこと及び主債務者が時効を援用したことを主張・立証することに よって、保証債務・物上保証債務を免れることができる。この大原則を前提とする限り、物上保証人の主債務の承認 ということがあったとしても︵本件におけるXの行為が民法一四七条三号の時効中断事由としての承認にあたるかに ついては私は消極に考えるが︶、右主債務の時効が完成し、主債務者が時効を援用したことを主張して自己の債務を

    東洋法学      

二二七

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    民法と信義誠実の原則口      一三八 免れることを、信義則により許されないとするような事情は殆ど考えられないのではなかろうか。        ハら   ⑳札幌高判昭和59・10・22判例タイムズ五四五号一五五頁  この事件は、Xが、昭和二五年一〇月ころ弟Yとの間で、YがXから金六〇万円を受け取ることを条件として、将 来母親Aの相続が開始した場合、Aの遺産の一部となる本件建物について、Yが右相続により取得すべき持分をXに 対して譲渡ないし放棄する旨の本件契約を締結し、Yに対し六〇万円を交付した。ところが、Yはこの約束に反し、 同三五年にAが死亡して一七年後の同五二年から、右持分を有する旨の主張をはじめ、同年右持分権存在確認の訴を 提起し、訴訟は同五五年にY勝訴の判決が確定した。その後、この判決を前提とした遺産分割もされた。そこで、X はYに対し、右金六〇万円を現時点における貨幣価値に換算した不当利得金三〇〇〇万円の内金一五〇〇万円の返還 を請求する。そして、この事件では、最大の争点は相続開始前における将来相続財産となるであろう特定の財産に関 する持分の条件付放棄契約が有効であるかであるが、この点は本論稿の目的とは関係ないので省略する。  判決は、Xは、昭和二五年一〇月Yの要求に応じ、当時としては極めて高額と認められる金六〇万円をYの生活資 金として与えるに際し、先代から承継した事業に必要な本件建物を将来ともに確保すべく、Yとの聞で本件契約を締 結し、その後同五五年四月にYの本件建物についての持分権の存在が確定するまで本件契約が有効であると信じて本 件建物を右事業のために使用してきたこと、さらに、Xは、Y以外の三名の相続人からは、いずれも同三五年五月こ ろ、本件建物についての各相続持分権の譲渡を受けたりしたので、同年秋ころからは、本件建物が自己の単独所有に 帰したものと信じていたうえ、右三名の相続人からは勿論Yからも、その後約一七年間にわたり、なんら右持分権の

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主張をされることはなかったため、あえて本件建物をXの所有名義とする手続もとらなかったこと、従って、XがY に対して前記金六〇万円を不当利得として返還請求することは、Yの本件建物についての持分権の存在が確定した同 五五年四月ころまでは事実上期待しがたい状況にあったこと、Xは、その後間もなく同年一〇月二二日に至り、右返 還を請求する本訴を提起していること、他方、Yは、同五一年秋ころまで本件契約を有効と考えていたため、Xに対 して本件契約の無効であることや前記持分権の存在の主張をすることはなかったところ、同五二年に至り突如として 態度を変えて右主張をはじめるようになり、その結果最終的に本件建物及びこれに付随する借地権についての五分の 一の自己の持分権に見合う金六五八万五八○○円の代償金の支払も既にXより受けていること、右代償金の算定につ き、本件で交付された金六〇万円が斜酌されたものとは認められないこと等の事実関係に照らすと、Xの前記金六〇 万円の不当利得返還請求権の不行使は社会的に責めらるべき事情が少なく、権利の上に眠っていたものとはいえない から、Yがこれにつき消滅時効を援用することは信義則に反し許されないものというべきであると判示し、Xの請求 中、不当利得金六〇万円とこれに対するYが悪意になった日の翌日から完済に至るまで年五分の割合の金員の支払請 求部分を認容した。  相続開始前において将来相続財産となるであろう特定の財産に関する持分の条件付放棄をする契約が一般的には無 効であることは、争いのないところと思われる。しかし、そういう場合であっても、当事者がそういう契約を有効と 思って堅く守り、その上に長年の間法律関係を形成して行くことがある。本件の場合もそのような場合である。その ため、Xは相当の負担をし、Yはその法律関係を甘受して利益を得た。ところが、相当の期間経ってその契約が無効

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    民法と信義誠実の原則口       一四〇 であることを知ったYが、契約の無効を主張した場合には、Xが負担しYに対して与えた利益を、Yの右の主張をき っかけに不当利得の返還請求として認容すべきは理の当然であろう。確かに無効な契約に基づいて金銭を交付したX は法律の無知につき責を負うべきである。しかし、XがYに対しその無効な契約に基づいて交付した金銭を不当利得 として返還を請求したのに対し、Yがその請求権は消滅時効にかかっているとして右の返還を拒むことは、信義にも とる行為というべく、消滅時効の援用が信義則に反し許されないとしたことは、多くの支持を得られるものと思う。 なお、不当利得返還請求権の消滅時効の起算点は、右請求権発生の時であり、その時効期間は一〇年であるというの が判例の見解であるから、本件六〇万円の授受された昭和二五年一〇月から一〇年後の同三五年一〇月の経過をもっ て、その返還請求権は消滅時効にかかっているといえる。  ⑳東京地判昭和57・1・26判例タイムズ四六四号一〇八頁  この事件は、昭和四八年四月一五日午後五時過ぎころ、Yが埼玉県北足立郡伊奈町の道路を栗橋町方面から大宮市 方面に向って普通貨物自動車を運転して右側車線を走行中、左側車線を同一方向に進行していたX運転の普通貨物自 動車と衝突し、その後両車両とも対向車線に暴走し、折から対向車線を進行して来た自動車等と衝突して同乗者を死 亡させ、XYとも負傷するという三重衝突事故を起こした。右事故についてXは被疑者として取調を受け、業務上過 失致死傷罪で起訴されて昭和五二年二月第一審で禁固一年六月執行猶予三年の有罪判決を受けた。その第二審で、昭 和五三年二月無罪の判決を受け、同年三月一四日同判決は確定した。Xは、同年七月一一日、Xが被疑者・被告人の 地位に立たされたのは、Yが警察署、検察庁、裁判所において、本件事故はXがY運転の車を後方から追い抜こうと

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してX運転の車をY運転の車の左側後部に追突させたために生じたものであると故意に虚偽の供述をしたことによる ものであると主張し、Yの右行為は不法行為にあたるとして、Yに対し、刑事弁護費用二〇〇万円と慰藷料二〇〇万 円等の損害賠償を請求する。  これに対し、Yは、仮にYに虚偽の供述をしたことによる不法行為責任があるとしても、XにおいてYが加害者で あることを知った昭和五〇年六月一七日︵裁判所での供述の日︶より三年を経過したことにより消滅時効が完成した 等と争ったものである。  判決は、Xは本件事故の唯一の過失ある加害者として取調を受けたうえ起訴され、昭和五三年三月一四日無罪判決 が確定するまでの約五年問刑事事件の被疑者及び被告人の地位にあったものであり、右地位にあるものが刑事事件で 被害者とされているYに対し、民事上の損害賠償請求をすることは、その立場からみて実際上極めて困難であること、 Xが右の立場に立たされたのは、Yの故意による虚偽の供述という不法行為の結果であること、Xは右無罪判決確定 の日から四か月後の昭和五三年七月二日本件訴を提起していることを考え合わせると、YがXに対し消滅時効を援 用することは、信義則に反し、権利の濫用にあたるから、許されないというべきであると判示し、Xの請求の一部を 認容した。  交通事故の場合、加害者が捜査機関に対し被害者を加害者のように虚偽の供述をし、そのため被害者が加害者とし て起訴され、被告人の地位に立たされることになれば、虚偽の供述をした者は不法行為をした者として損害賠償責任 を負わなければならない。本判決は、Yの行為を不法行為と認定し、Yはそれに基づく損害賠償義務があると判断し

    東洋法学      

一四一

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    民法と信義誠実の原則口      一四二 た。Xは、Yが昭和五〇年六月一七日第一審裁判所で証人として供述した内容が虚偽の供述であることを知ったのだ から、それから三年を経過した昭和五三年六月一七日の経過によって、右損害賠償請求権は消滅時効が完成したとい うのがYの主張である。しかし、Xは第一審では有罪の判決を受け、第二審において、昭和五三年二月無罪の判決を 受け、同年三月一四日同判決が確定したのである。Xが右無罪判決を受けるまで身柄を拘束されていたとすれば︵本 件では執行猶予付であるから、実際には、第一審判法言渡により身柄は釈放される︶、第一審におけるYの供述によ りYが加害者であることを知ったとしても、その間権利行使をすることは非常に難しい状況におかれているものとい うべく、仮にその間に三年の期間が経過する場合には、時効により権利行使ができないとすることは、社会的納得を 得られないというべきであろう。そういうことを考えると、本件のようなXにつき、損害賠償請求権の消滅時効がい つ完成すると考えるべきかについては問題があるのかも知れない。現に、民法一五九条ノニは、夫婦の一方が他方に 対して有する権利につき、婚姻解消の時より六か月内は時効は完成しないと規定している。この規定は昭和二二年の 民法改正時に追加されたものであり、この規定の考え方は、本件事例について参考になるのではないかと思う。Xが 不法行為に基づく損害賠償請求をすることが実際上極めて困難であり、Xがこのような立場に立たされたのはYの故 意による虚偽の供述によるものであり、Xは無罪判決確定後四か月も経たないうちに右損害賠償請求訴訟を提起した ものであることを考えれば、右請求につき消滅時効が完成しているとしてYが消滅時効を援用することを信義則上許 されないとした本判決を支持すべきであると考える。

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(5) (6) この判決については、判例批評として、次のものがある。 半田吉信・判例評論三七三号二二頁 松冬嗣 榊西彦・民商法雑誌九八巻六号一三六頁 平井㎝雄・別冊法律時報一号⋮二頁 吉田光碩・判例タイムズ七二号七六頁 橋本英史・判例タイムズ臨時増刊七三五号三四頁 塩崎勤・金融法務事情一二四七号∼○頁 塚原朋一・ジユリスト九四〇号九照頁 この判決については、判例批評として、床谷文雄・法律時報五七巻一〇号︸五七頁、 五頁があるが、儒義則の点を批評したものではない。 右近健男・判例タイムズ五五八号二五 ㈹ 継続的契約と信義則  同時履行と信義則については前述した。同時履行の場合は、双務契約から生ずる対立する債務がともに履行期 にあるときは、契約当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまで、自己の債務の履行を拒むことが できる。このことを前提として同時履行と信義則の関係を述べた。ところが、双務契約において、一方の債務だ けが履行期に達したときは、右の関係とは異なる。実際の商取引においては、いわゆる継続的供給契約が締結さ れ、売主は、買主の注文に従って商品を供給し、その代金は後日決済される約束のされていることが普通である。 このような場合には、買主から目的物の移転を請求するのに対し、売主は同時履行の抗弁権をもたない。しかし、 東 洋 法 学 ︸四三

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   民法と信義誠実の原則口      一四四 契約の締結後に買主の資産状態が悪化し、期限到来後における売主の請求が実効を収め得ないような場合におい て、売主が無条件に買主の請求に応じなければならないとすることは、公平の原則に反する。買主の財産状態が 悪化し期日に代金の支払が期待できないのに、売主に先履行を強いることは信義則に反する。このような場合に は、買主が担保を供するとか、代金支払が確実に行われるとかについて保証が与えられない限り、売主は先履行 を拒むことができると考えざるを得ないであろう。双務契約の当事者の一方が先履行義務を負担している場合に、 相手方の債務の履行に不安があるときは先履行義務を否定する法理が、学者によって提唱され、不安の抗弁と言 われている︵鰍諜蝕権鷺発歌難騒饗聯贔約︶  ⑳ 東京地判平成2・⑫・20判例時報一三八九号七九頁  この事件は、医薬品、ベビー用品の卸売等を目的とするXは、ベビー用衛材商品の宅配販売を目的とするYと の間で、これらの商品を継続的に供給する契約を締結し、代金は月末締切り・翌月末日支払の約束がされた。X はこの契約に基づき平成元年五月一日から同月三一日までの問に金一九〇六万四五一五円相当の商晶を売り渡し た。そこで、Xは、本訴請求として、Yに対し、右売掛代金一九〇六万四五一五円及びこれに対する年六分の遅 延損害金の支払を請求する。  これに対し、Yは、Xは右継続的供給契約に基づく商晶の供給を一方的に中止し、これによってYは三九六一 万六〇〇〇円の損害を被ったとして、平成元年一一月二日の本件口頭弁論期臼において、右損害の内金一九〇六 万四五一五円をもって、Xの本訴請求にかかる売掛金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。そして、反

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訴請求として、Xに対し、右損害金中残余の二︸二五万一四五八円及びこれに対する年六分の遅延損害金の支払 を請求したものである。  判決は、本件において、XがYに対してベビ⋮用品を約定どおりの期日に出荷、納入せず、また、Yとの以後 の新たな取引も停止することとしたのは、Yとの継続的な商品供給取引の過程において、取引高が急激に拡大し、 累積債務額が与信限度を著しく超過するに至るなど取引事情に著しい変化があって、Xがこれに応じた物的担保 の供与又は個人保証を求めたにも拘らず、Yは、これに応じなかったばかりか、かえって約定どおりの期日に既 往の取引の代金決済ができなくなって、支払の延期を申し入れるなどし、Xにおいて、既に成約した本件個別契 約の約旨に従って更に商品を供給したのではその代金の回収を実現できないことを懸念するに足りる合理的な理 由があり、かつ後履行のYの代金支払を確保するために担保の供与を求めるなど信用不安を払拭するための措置 をとるべきことを求めたにも拘らず、Yにおいてこれに応じなかったことによるものであることが明らかであっ て、このような場合においては、取引上の信義則と公平の原則に照らして、Xは、その代金の回収の不安が解消 すべき事由のない限り、先履行すべき商晶の供給を拒絶することができるものと解するのが相当である。従って、 Xが右のとおりYに対して本件個別契約にかかる本件ベビー用品をその納入期日に出荷、納入せず、また、Yと の以後の新たな取引も停止することとして継続的供給を停止したことには、なんら違法性がないものというべき である。いわゆる不安の抗弁権をいうXの本訴請求についての再抗弁及び反訴請求に対する抗弁は理由があると 判示し、Xの本訴請求を認容し、Yの反訴請求を棄却した。

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一四五

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   民法と信義誠実の原則口      一四六  Xは継続的商品供給契約をYと締結した時は、Yの信用力を把握し、それを前提にして右契約を締結したもの と思われる。締結後の事情の変更にょり、Xが右契約に基づく商品供給をしても、Yは代金債務を履行できない 状態になったのである。それは既往の弁済期の到来した商品代金の支払期限の延期を要請していることからも明 らかであり、Yの履行してくれるかにつき不安をもったXが担保の提供等履行の保証を求めたのも当然であり、 Yはこれに応じなかった。こうみると、この商品供給契約に不安が生じたのは、一にかかってYの責任といわな ければならない。Xの主張した不安の抗弁が認められたのは納得できる。この判決は、理論構成のみならず、事 実認定も的確であり、何人にも異論はないものと思われる。        ハマ   ⑳東京地判昭和60・η・25判例時報一二二一号六七頁  この事件は、食肉、その加工晶の卸小売を業とするXは、株式会社脇との間で食肉等の継続的商晶売買契約を 締結し、右契約に基づく磧の債務を磧の代表取締役漉とぬが連帯保証した。積はぬの営む個人会社で、ぬはその 転売先である。Xは、右継続的商品売買契約に基づいて昭和五五年一〇月一日から同五六年三月一〇日までに売 却した売掛代金債権の残金として、積ぬぬに対し連帯して金六五八五万三七二円と約定遅延損害金の支払を請求 する。  これに対し、論は、X積間の取引限度額は当初七〇〇万円とする意思であったものが、ぬが右限度額を二〇〇 〇万円とするよう申し出たことにより、X磧間の右限度額を二〇〇〇万円とする本件継続的売買契約が締結され た。Xと論間の本件保証契約において、﹁売主・買主間の取引額が前記限度額を超えた場合でも、買主及び連帯保

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        証人は異議なく全債務の履行の責を負う﹂と約定されているが、この約定による連帯保証人としてのYの責任の 限度は、右のいきさつから信義則上制限されるべきである等と主張したものである。         判決は、X及びYは、YのXに対する連帯保証の範囲として、前記の﹁全債務の履行の責を負う﹂との約定よ りむしろ元本限度額である金二〇〇〇万円を重視して、これを一応の基準とする意思であったことが窺えるほか、 Yの資力、信用ないし食肉等の販売業界の取引慣行からは異常というほかない多額の繰越残代金債権を生じてい ること、これらの事情と前記認定諸事実に鑑みると、﹁全債務の履行の責を負う﹂との約定が信義則ないし公序良        ま 俗に違反するものとは解することはできないが、Yの保証責任の範囲は、信義則上、Yの負担する債務のうち金 二〇〇〇万円とその二割に相当する金四〇〇万円、以上合計二四〇〇万円とこれに対する約定遅延損害金を限度 とするものと認めるのが相当であると判示し、Xの請求中、売掛残代金と認定できた六三七六万二四三三円とこ       ヱ    れに対する約定遅延損害金につき、YYは連帯して支払うべきこと、右残代金の内金二四〇〇万円とこれに対す        る約定遅延損害金につきYは支払うべきことを命じた。  継続的供給契約に基づいて発生する不確定な債務について保証がなされた場合には、その保証責任は常に総て に及ぶというべきではなく、おのずと合理的な範囲に制限されると解すべきである。保証される債務が取引慣行 に反し、不合理に拡大したときは、保証の範囲は合理的範囲に制限されなければならない。この説は、継続的取 引から生ずる債務を保証した保証人の責任を信義則によって制限しようとするものである︵繊纐蘇座噺謝醸︶。身元保 証も不確定な債務についての継続的保証であるが、これについては、保証責任の限度が身元保証二関スル法律五

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一四七

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   民法と信義誠実の原則口      ︸四八 条によって定められている。ぬが本件保証によつて負う責任は、継続的保証に基づく責任である。このような保 証人の責任を制限する方法としては、右に説明したところから明らかなように、信義則による方法と身元保証二 関スル法律の類推適用による方法とが考えられる。本判決は、このうち信義則によったものであるので、ここに とりあげた。何故二四〇〇万円に制限されるべきかについては、一切の事情を考慮してきめるというしかなかろ う。慰藷料の金額と同様に、事案の積み重ねによって相場をつくって行くしかないであろう。  ⑳ 東京地判昭和57・10・珀金融・商事判例六七五号四八頁  この事件は、Xはグラビア印刷物の巻取、大断加工を業とし、Yは各種印刷を業とするものであるが、XはY の注文により、昭和三九年ころ、某洗剤商品のラベルのグラビア印刷の一工程である大断加工を請け負うことに なった。XとY間の右請負契約による取引量は漸次増大し、昭和四六年ころには、Xの売上の八割方がYから受 注した大断加工で占められるに至り、受注量は毎月ほぼ一定数量であった。このようにして、Xは昭和四六年こ ろからYに専属し依存する下請業者として定着し、Yの発注に対応するため大断加工の機械等の設備を整え、従 業員の確保などにつとめ、契約に則って請負加工を継続的に行ってきた。ところが、Yは昭和五三年七月ころ、 ラベル印刷の元の注文者であるA印刷より、注文を打切ることになる旨、その時期を明示されずに通告され、同 年末をもって、AからYへの発注が完全に途絶えた。Xは同年一二月末Yから右の経緯を知らされたが、突然仕 事がなくなることは死活問題であるとして、中継ぎに二、三か月余裕を与えるよう要請し、大断加工の代りにス リット加工の発注方を懇請した。しかし、同五四年一月以降YからXへの大断加工の発注は完全になくなり、ス

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リット加工の新たな発注もなく、同年三月一五日ころ両者の取引は完全に中止されるに至った。そこで、Xは、 Yに専属する大断加工業者として長年月にわたり大断加工に必要な機械器具を整備し、継続的にYの発注を受け、 その指示に従い右加工をし、製晶を納入してきたものであり、その経済的基盤は全くYに依存し、従属的立場に おかれている。このような元請、下請の間の継続的契約関係にある当事者間においては、公平の原則ないし信義 誠実の原則により解約権の行使は制限され、元請側は相当の予告期間を設けるか、相当の損失補償をしない限り、 やむを得ない特段の事由がなければ一方的に解約することは許されないと主張し、Yを相手に、被った損害一六 〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を請求したものである。  判決は、XとYの間には、昭和四六年ころからXがYのハミングラベル印刷加工の加工体制に組み込まれて専 属的にその一工程である大断加工を受持つ下請業者として、Yから継続的に毎月Xの売上の八割方を占めるほぼ 一定数量の発注を受け、納晶するという継続的な取引関係にあったものということができ、しかも、XはYの発 注に対応するため相当の投資をして大断加工に必要な機械設備、人員等の確保につとめてきたものということが できるが、右のような取引関係に立つ当事者問においては、右のように受注者側がその受注のための相当の金銭 的出摘等をしている場合は、注文者はやむを得ない特段の事由がなければ、相当の予告期間を設けるか、または 相当の損失補償をしない限り、一方的に取引を中止することは許されないと解するのが、公平の原則ないし信義 誠実の原則に照らし相当である。ところで、本件においては、大断加工の発注を中止するにあたって、YからX に対しなんら予告せず、損失補償したことも認められない。従って、Yが予告期間を与えず一方的にXに対する

   東洋法学       一四九

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   民法と信義誠実の原則口      一五〇 発注を取り止め取引を中止したことは不当であり、債務不履行として右取引を中止したことによってXの被った 損害を賠償すべき義務があると判示し、大断加工の純利益は一か月一〇万四〇〇〇円で、昭和五四年一月から六 か月問相当の金六二万四〇〇〇円の範囲でXの請求を認容した。  XY間の基本契約関係をどのように理解すべきかについては問題があろう。この基本契約関係に基づいて、Y がXに交付する材料につき大断加工をする個々の行為が請負であることは異存がないであろう。XY問に基本契 約として、XがYの交付する材料につきどれだけの期問どれだけの材料について大断加工をするという約束は 明確にされていない。本判決は、専属的基本的な継続的請負契約があって、これに基づき、YはXに対し継続し て材料を交付し、Xは大断加工をし、その仕事の結果に対し、Yに報酬請求権を有してきたと認定している。従 来継続的契約関係として問題にされてきたものは、売買、賃貸借、雇傭等であった。請負契約は、ある仕事につ きその回限りというように考えられてきた。これを本件についていえば、XはYから交付される材料につき大断 加工をする度毎に契約はされ終了すると考えられてきた。その加工の機械をいれて採算がとれるか、Yからの注 文よりも他の者の注文が採算上有利であれば、Yとの次の請負契約は締結せず、他の者の注文をとることができ る。まさに契約自由の原則である。しかし、この原則も、YがXに大断加工を継続的にしてもらうため、将来の 注文を約束し、その約束のもとにXが機械や人員を手当し、他からは同様の加工の注文が予想されないというよ うな状況にあれば、それは民法が定める請負契約ではなく、無名契約であり、もとよりその契約を無効とすべき 理由はない。元請と下請の関係では、経済的な力関係から、下請は元請と条件を明確にした継続的請負契約を締

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結することは困難で、下請は元請のいうままの条件で注文を受けるしかない場合が少なくない。このような場合 には、両者問に現状のままの継続的請負契約が黙示のままに締結されたと認定するしかないであろう。そうでな ければ、下請は元請のいうままに不利益を甘受するしかないことになるからである。この判決は、このような考 え方でなされたのかも知れない。しかし、それにしても、事実認定と判断において問題なしとしない。判決のい う取引の中止とは契約解除を意味するのであろう。そうだとすれば、継続的請負契約につき、民法六四一条を準 用し、その解除については、継続的特殊性から信義則により本判決と同様の結論を導き出すのがよいのではない か。 (7) この判決については、判例批評として、橋本恭宏・金融・商事判例七七五号四六頁がある。 東 洋 法 学 心五一

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