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新刊紹介 吉田仁美著『高等教育における聴覚障害者の自立支援-ユニバーサル・インクルーシブデザインの可能性』

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Academic year: 2021

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(1)

私事で恐縮だが、著者の指導教員であった伊藤 セツ先生の研究室は、私の研究室のひとつ下の階 にあった。夜遅く帰るとき、ふと眺めると先生の 研究室によく明かりがともっていた。私用でお伺 いすると、きまって院生がいた。それが著者であ る。そのときに取り組んでいたのは、博士論文で あった。その内容を部分的に加筆、修正したのが 本書である。 本書の内容を著者は下のような図で表している。 ここでは、少し違った視点から本書を紹介した い。それは、研究とはどういうものなのか、そし てそれはどのように進めていけばよいのかについ てである。本書を読みながら筆者の真摯な態度に 触れ、改めて研究者の原点を思い知らされたから である。 まず、研究の動機である。どのような研究であ れ、自分の興味関心が大切である。そして、研究 者自身がどれだけその研究の必要性 (切実性) を 感じているか、によって研究の深まりが左右され る。 本書の場合、研究の動機は明確である。著者自 身が聴覚障害者であること。まさに自分自身が研 究対象なのである。 「当事者視点からの研究を進 めることでユニバーサルデザインの思想を社会に 根づかせたい」という著者の思いが、高等教育に そのフィールドを求めたととらえられる。そして 目指すのは、女性聴覚障害者の自立支援である。 それは、とりもなおさず著者自身が自立して生き ていくことと重なる。研究の追究の姿勢において、 研究者としてのあり方を堅持し、その方向性にお いて自らの興味関心と信念を貫く、そのことが見 事に一致している。だからこそ、最後まで読者を ひきつける。 さて、フィールドを決めた後どうするか。関連 分野の研究のレヴューである。著者の文献探索は 徹底している。その中から、関連の深い著書や論 文を丁寧に読む。そして、そこから本研究の独自 性と方向性を明確にしていく。したがって、本研 ― 46― 2010年 6月 30日発行 ミネルヴァ書房 A5判 320頁 定価 6500円(本体) 学苑 第八五〇号 四六~四七(二〇一一 八)

押谷由夫

『高等教育における聴覚障害者

の自立支援



ユニバーサル



インクルー

シブデザインの可能性

吉田仁美著

新刊紹介

(2)

究は、国際的にも高い評価の得られるものになっ ている。 その後「本書で使用する概念と用語の定義」を 行う。その定義の仕方は、本書全体の内容に関係 する。例えば、 「障害自体が発展する概念である」 「障害者は環境との障壁との相互作用で発生する 概念である」 「障害学生とは、 人と人、 人と環境 の相互作用に何らかの障壁をもつ学生」と定義す る。 さらに、 「自立」 は 「障害者が他の手助けに より多く必要とする事実があっても、その障害者 がより依存的であることには必ずしもならない」 という米国の自立生活運動が提唱する概念を採用 する。 そ して、 「自立支援」 とは、 「『私たち』 と いう相互依存のパラダイムによって成り立つ『自 立』 の状態」 であると定義する。 さらに、 「自立 生活」 とは 「『生活自立』 と同義であり」 、「生活 自立は、何らかの状況によって自分の力では生活 を営むことの困難な人が、社会的援助を得て生活 が出来るようになり、自己決定、自己選択、自己 実現が満たされる状態におかれること、さらには その範囲を拡大すること」という伊藤セツ先生の 定義を使用する。 著者が求める「聴覚障害者の自立支援」は、単 に外的条件をそろえるだけではない。むしろ、そ のことを生かすことができる聴覚障害者の内的発 達を促すものなのである。それは、聴覚障害者の 新しい生き方を拓いていくことにもなる。この視 点から本書を見ていくといっそう理解を深めるこ とができる。 そして、いよいよ本論へと向かう。ユニバーサ ル インクルーシブデザイン (著者の最も主張した いことであり、 分かりやすくいえば 「あらゆる人のた めの」 「あらゆる人を巻き込んだ」 デザインというよう にとらえられる) を求めて、 アメリカと英国の大 学におけるさまざまな障害者支援システムの紹介 と検討、分析を行う。文献だけではなく、実際の 体験者や当事者へのインタビュー、現地視察や研 究会への参加等をもとに展開される。そこからI CT (情報コミュニケーション技術) を活用した障 害者支援に注目する。 そして、わが国における聴覚障害学生支援の検 討に入る。大学としての取り組みの分析はもとよ り、聴覚障害学生個々人へのインタビュー、支援 学生へのインタビュー、そして聴覚障害学生を含 む演習 卒論指導の参与を通して、 ユ ニバーサル  インクルーシブデザインのあり方について考察す る。 本研究のテーマから考えると、ここまでで一応 の完結を見るように思えるが、第4章が加えられ ている。ここでは、高等教 育 を 終 えた先にある 女 性 聴覚障害者の生 涯 にわたる自立について取り 上 げ る。その際、依 拠 するのが生活 経 営学的手 法 で ある。生活自立を 柱 に生活 経 営と生活主体 形 成に ついて分析 検討 考察する。その後、まとめに なるわけであるが、この第4章が加わることによ って、本研究の 独 自 性 がいっそう際立つ 形 になっ ている。本書は、第 三回 昭和 女 子 大学 女性 文 化 研 究 奨励賞 を 受賞 している。 全体を概 観 して、著者が求めているのは、ユニ バーサル インクルーシブデザインの グ ラン ド デ ザインを 描 くことよりも、そのための ポ イン ト を 示 し、 各ポ イン ト を ど う実現していくかに 興味 が あるように思えてならない。著者は本書を 上 梓 し て後、 DVD (「 昭和 を 切 り拓いたろう 女性 からあな たへ」 ) 製 作に取り組んでいる。 ろう 女性 たちの 体験や 真 摯 な生き方が 描 かれており、思わず目 頭 が 熱 くなる。ユニバーサル インクルーシブデザ インの実現した社会とは、このようなろう 女性 た ちとともに生きることなのかと実 感 をもってとら えることができる。著者のますますの活 躍 を 期待 する。 (おしたに よしお 初 等教 育 学 科 ) ― 47―

参照

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