昭和女子大学の月刊学術雑誌 紀要の『学苑』 という誌名を聞くと、きまって思い出されること がある。私が卒業論文を書いた昭和四五年をさら にさかのぼる四〇年ごろには、日記文学の泰斗玉 井幸助氏の『とはずがたり』注釈の連載があり、 『源氏物語』 の歌語や注釈をめぐって石田穣二氏 の論文がしばしば掲載されていたりして、旺盛な 研究活動を支援する場の存する羨ましい大学があ るなという感懐に耽ったものである。そのころ、 私が徒歩で二〇~三〇分ほどしか離れていない世 田谷区の野沢に住んでいて、 『とはずがたり』 に 取り組んでいたことからすれば、素直な憧れであ ったことはご理解いただけようか。 日記文学の研究者としてとみに知られる大倉比 呂志氏もまた『学苑』誌を一つの跳躍台にして、 平安後期物語から中世王朝物語までにわたる考察 を重ね、さながら各論を積み上げて通覧するがご とき大部な、昭和女子大学ならではの学問環境に 適った一著をまとめられたことに、私は特別な感 慨を催さずにはいられない。 本書は三部から成り立っており、その壮観なさ まをお伝えするには、少々強引でも第一部、第二 部の目次を全覧してみる必要があると思う。 第一部 平安後期物語 ①狭衣物語、②夜の寝覚、③浜松中納言物語 ④とりかへばや、⑤堤中納言物語、⑥浅茅が露 ⑦有明の別れ、⑧松浦宮物語 第二部 中世王朝物語 ①あきぎり、②海人の刈藻、③石清水物語 ④いはでしのぶ、⑤風につれなき、⑥風に紅葉 ⑦苔の衣、⑧木幡の時雨、⑨恋路ゆかしき大将 ⑩小夜衣、⑪しのびね、⑫白露、⑬兵部 物語 ⑭松陰中納言物語、⑮むぐら、⑯八重葎 ⑰夢の通ひ路物語、⑱改 作 本『夜寝覚物語』 ⑲我 身 にたどる 姫君 ⑳ 続宇治十帖創 作 の 形 成 基 盤 女すすみ の文学 史 しかし、このように目次を一 見 しただけでは、 物語 史 の 展望 とか 系譜 とかいった 創 作 と 享受 の 現 場を 顧慮 しない、 作 品内 部にのみ 沈潜 する 閉ざ さ れた 視点 に立った論文 集 であると 誤 解しかねない ところであるが、 早呑 み 込 みしてはいけない。 じ つは、どの物語を取り上げるにあたっても、 それ ぞ れの 創 作 の 秘密 に 迫 り、 個性的 な 相貌 と 類 型的 な 設定 の 双方 を 見 据 えて、 作 品 の 評 価 へと 筆 を 進 めていくという 点 では、 『 竹 取物語』 『源氏物 ― 150― 2013年 2月 20日発行 新典社 A5判 576頁 定価 16500円(本体)
三
角洋
一
『物語文学
集
攷
平安後期から中世へ』
大倉比呂志著
語』をはじめとする史的脈絡の中でおさえるとい う本筋をはずしていないことを、まず強調してお きたい。 そのことの端的な現れは、物語名を冠していな い末尾の二論文、 「散逸物語 『 心高き春宮宣旨』 『左も右も袖ぬらす』 『朝倉』 『川霧』からの照射」 と副題する⑳ 「 続宇治十帖創作 の形成基盤」 や、 「女の男に対する積極的な恋情を示す」 物語 の系譜をたどる 「 女すすみ の文学史」 に、 明確にうかがえるところである。 次に、それぞれの物語の特質とともに、本質的 といってよい根幹のところを鷲づかみにして示そ うとする、名人芸といってもよい気迫に満ちあふ れた論述態度が印象に残る。二、三の例を挙げる ならば、 『浜松中納言物語』 の 「 中納言をめぐる 異界 の女達」 、『風に紅葉』 の 「男主人公大将 を取り巻く人間達」 、『松陰中納言物語』 の 「 欺 瞞 と 寛容 を中心に」などの副題として刻ま れる概評は、それだけでみごとに作品世界の成り 立ちや主題的状況、作者得意の手法を説明し尽く しているように私には思われる。 とりわけ興味深いものに、その一例として『堤 中納言物語』 を読み解いた五 が挙げられる。 「 末法 への挑戦」はこの短 物語集の幾 かを 『更級日記』 や藤原明衡 「 新猿楽記」 な どと同じ 時代相において把握しようとしており、そのまま 「第三部 『とはずがたり』と物語文学」の三 に そなわる視座へと がっていくのであろう。 「暗 示の重層化」を読み取る「花桜折る少将」 、「大人 の世界の 遠景化 の意味」を問う「貝合」の論 など、共感するところが多い。 副題をそなえていない『石清水物語』の論は、 『蜻蛉日記』 『更級日記』 や 「 坂越えぬ権中納言」 「花桜折る少将」 からの影響を指摘し、 主 人公伊 予守の内面を対秋の君、対木幡の姫君の心理と絡 めて追 究 した 後 、 出 家 の 際 、姫君に 宛 てて 片仮 名 で 歌 を 送 ったことを問題にし、 全体 的には 「 失 踪 ないし 喪失 」で 閉 じられる物語の系譜論 の 序 説とする。 四方向 からの アプローチ はどれも 妥当 といえ、 和 歌 を 片仮 名で 書 くことをめぐる 考 察 からは一 つ の示 唆 をいただいた。 いきなり本質をおさえるという大倉 氏 の論法が 裏目 に 出 たのではないかと 不 満をお ぼ えた論文も あって、女 性 向 けの 仏教 書 『三 宝絵 』にもとづく かとする 『 兵 部 物語』 、 雑居ビル 的作品で 『し の びね 』への 反逆 と評する『 小夜衣 』を 扱 う二 がそれである。感 想 だけ 書 き つ けて 済 ま せ るのは 失 礼 であるが、 前 者は短絡的に 過ぎ 、 後 者はまだ 核 心にふれていないと感じた。 両 作品とも成立が 南北 朝 期 ないし文明 年 間 ( 一 四 六九~八七) にまで 降 るのではないかと 疑 う説が 優勢 なので、どうや ら 我 われはまだ物語史の ロ ング テ ー ル の部 分 を 評 定 するところまで 研 究 の水 準 が 到 達していない のかもしれないと、私 自身 も 反 省 さ せ られた。 「 後 記」によれば、 「 ① 平安 後 期 物語の特 色 ② 平 安 後 期 物語から中世 王 朝物語への 変遷 過 程③ 中世 王 朝物語の特 色 という三 つ の大きな 課 題を残した こと」 と、 今 後 は 「日記文学との相 関関 係 を追 究 」 する論 考 を「 徐々 に 増 やしていきたい」という 抱 負 が語られている。 早 くも次なる 著 書 が楽しみに 待 たれるわけで、その 点 では本 書 は大倉 氏 にして みれば、次から次へと一 里塚 を立てて 歩ん できた 足跡 そのものであり、 我 われは 氏 によって 据 えら れた 道 しる べ ごとに、 めども尽きぬ木陰の清水 の 湧 き 出 ているところに学 び たいと 改 めて思う次 第である。 ( みすみ よういち 大 正 大学特 命 教 授 ) ― 151―