在宅ケアの質・経済的評価とケア法の開発
内
田
陽
子
は じ め に わが国は 2000年 4月に介護保険制度が始動し, これ に伴い在宅ケア機関が量的に拡大した. また, 2005年に おける介護保険制度改正では, 介護予防に焦点をあてた 案が可決された. その背景には, 軽度の要介護者の急増, 介護予防の効果が上がっていない, 高齢者の状態像に応 じた適切なアプローチが必要である等の要介護者の特徴 やケアの質に関することが, 本制度の課題として明確に された. このようにわが国では, 在宅ケアにおける量的 整備からケアの質保証をしていくための課題に対する早 急の対策が求められている. 本論は, 筆者の研究領域である在宅ケアにおける質評 価法 (特にアウトカム評価)及び経済的評価法,そして要 介護者のアウトカムを高めるケア法について紹介し, 今 後のわが国の研究課題を明確することを目的とした. アウトカム評価を焦点にあてた評価法について ケアの質評価法には「構造 (structure)」, プロセス (process)」, アウトカム (outcome)」の 3視点で けられ る. 構造評価では, 主に 物や物品, 人員, 組織体制の評 価を行い, プロセス評価ではケアの方法や内容を評価す る. そして, アウトカム評価はケアの結果, 成果である対 象者の状態改善や満足度等の効果を評価する. わが国に 先駆けて在宅ケアを進めているアメリカ合衆国の状況を みると, ケアの質評価の焦点はすでに構造・プロセス評 価からアウトカム評価に移行している. 1999 年政府はメ ディケアを適用する在宅ケア機関にアウトカムを測定す るツールである OASIS (The Outcome and Assessment Information Set)を って,アウトカム評価を義務づけて いる. そして, その結果を在宅ケア機関に通知し, アウト カムを高めていく質改善案 (アクションプラン) を作成 してサービスの質改善を推進している. このシステムは 経営学や企業領域においてすでに確立されている品質管 理システムが基盤になっている. アウトカムに評価の焦 点があてられることは, ケア領域においても成果や生産 性を重視されることを意味する. 筆者を含む研究チーム (主任研究者:東京医科歯科大 学大学院 島内節) は OASISを翻訳し, わが国に 用で きるように一部を改良し, さらに渡米し開発者に直接 会って評価方法, 析方法を確認した. そして, 数々の討 議を重ね, わが国の要介護者を対象にアウトカム評価を 行う研究に取り組んだ. これらの研究結果から, わが国 においてもアウトカムに影響する要介護者の条件を調整 した各機関のアウトカム値を比較することによって, 各 在宅ケア機関のアウトカム値が客観化され, 評価の精度 が高まることが明らかになった. また, ケアによって改 善をもたらしやすいアウトカムの項目は移動, 自立度の ADL (Activities of Daily Living), 食事の準備などの IADL (Instrumental Activities of Daily Living), 介護者 のアウトカムであるなどの特徴が明確になった. さら に, ケア実施だけでなく, それに伴って評価行為が加わ るとアウトカムは向上することがわかった. したがっ て, これらを含むアウトカム評価法の研究がさらに進め られ, あらゆる在宅ケア機関にアウトカム評価法が適応, 普及すれば, わが国における在宅ケアの質保証システム の確立に大きな前進となる. 155 Kitakanto Med J 2006;56:155∼157 1 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学医学部保 学科看護学専攻臨床看護学 平成18年1月23日 受付 論文別刷請求先 〒371-8514 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学医学部保 学科看護学専攻臨床看護学 内田陽子経済的評価法について アウトカムは 2時点の対象の状態変化として示され, それらを比較して「改善」, 維持」, 悪化」と判定される. アウトカムの具体的な項目にはケア提供者やケアマネ ジャー等が測定する客観的なアウトカムと要介護者・家 族が評価する主観的なアウトカムがある. 前者は要介護 者の IADL, ADL, 精神状態, 臨床症状, 介護者の状況が あり,後者には要介護者・家族の主観的満足度・幸福感な どが含まれる.筆者はこれらの項目に加えて,費用 (cost) も重要なアウトカムと捉えた. それは, 高齢社会の進行 に伴い要介護者が増大し, 医療や介護の 費用が増加す る中, 費用削減及び効率性の追求は必ず直面する重要課 題となるからである. 筆者は, 介護保険制度が始動した 後 の 要 介 護 者 の ア ウ ト カ ム と し て の ADL を Barthel Index (完全自立で 100点満点) で評価し, 2ヶ月間で ADL 1点あげるためにどのくらいの費用が必要か,それ を算出し要介護レベル別に明らかにした. その結果, 要 支援・要介護 1群は 13,130円, 要介護 2・要介護 3群は 21,965円,要介護 4・要介護 5群では 34,188円であり,Ⅰ 群の段階で早期に費用を投入しサービス利用を高めてい くことが効率的であることを明確にした. 介護保険制度 の効果及び効率性を高めるためには要介護者のアウトカ ム評価とともに, コストを算出し費用対効果 析をして 経済的評価を行っていく必要がある. 2006年度から軽度 要介護者 (要支援・要介護 1)に対して介護予防サービス が実施される予定であるが, この事業についてアウトカ ム評価とともに経済的評価が求められるのはいうまでも ない. アウトカムや効率性を高める 在宅ケアクリニカルパスの開発 高齢であったり, 慢性疾患をもったり, 障害をもつ要 介護者は長期にわたって費用を必要とする. これらの要 介護者は, 病院からの退院直後から 2ヶ月間は問題が発 生しやすく, 良くも悪くも生活パターンが確立するとい われる. 筆者はこの時期に着目して, 退院して 2ヵ月後 に安定したアウトカムが得られるよう必要なサービスに 費用を投じサービス量を高め, それ以降は費用を減少さ せることが, 全体からみれば費用の効率的な 用法にな ると えている. 一般的な企業が新たな製品を売り出す 時に製品のライフサイクル戦略を うことが多い. 製品 のライフサイクルは, 導入時, 成長期, 成熟期, 衰退期に けられ. 導入期と成長期の前半は投資の時期とされ る. その後は市場拡大,収益を搾り出す過程と続くが,こ の前半期の投資こそが収益, つまり, 企業にとってのア ウトカム達成の重要な要素となる. 同様に, 在宅ケア領 域でも要介護者が退院してきた直後から 2ヶ月間は必要 なサービスに費用を投入することが重要と える. その 準備として要介護者が入院しているときから退院時のこ と, さらに在宅ケアにむけての調整を図るための退院計 画, クリニカルパスのシステムを整備していく必要があ る. つまり, 医療と介護保険制度の連動して短期で要介 護者のアウトカムをあげるシステムをつくりあげること が求められる. 筆者は在宅酸素療養者に注目し, 退院後から 2ヶ月間 に実施すべきケアプログラム, つまり在宅ケアクリニカ ルパス (以下,パス)の開発,実施,評価を行った. このパ スには 2ヵ月後に期待するアウトカムを定め, それに向 かって必要で最高レベルのケアを組み入れ, 時間経過と ともにケア量が減少していくよう定めていた. このパス に基づいたケア実施群と非実施群を比較した結果, 2ヶ 月間の費用には両群の差はみられなかったが, 実施群は コントロール群に比べて疾病経過, セルフケア, 排泄, 清 潔, 理学療法のアウトカムが高かったために, 費用対効 果は実施群のほうがよい結果が得られた. これより, 退 院直後の早期の段階に要介護者に必要なケアに費用を投 じて実施すれば, 2ヶ月後にはある程度のアウトカムが 改善され, 長期にみれば費用の節約につながると える. したがって, 現在, わが国では病院におけるパスの実施 率は高まっているが, 在宅ケアにおいても開発し普及さ せていく必要がある. 包括的ケアの必要性 2006年度から介護予防サービスとして, エビデンスが 明確になっている運動器機能向上 (筋力トレーニング 等), 口腔ケア, 栄養改善を中心に実施される予定である. 筆者は, 要介護者のアウトカムを高めるには単に機能訓 練だけというような単発的なケアでなく, その他の要素 が加わった包括的ケアが必要であると えている. 要介 護者 299 人を対象に, 筆者が 2ヶ月間に IADL, ADL, 意 欲が改善した事例が受けていたケア内容の特徴を 析し た結果, ①自立を促す見守り部 介助, ②在宅でのリハ ビリ, ③他者との 流, ④服薬管理などの包括的ケアで あった. また, 筆者が在宅ケア利用者 533人を対象に転 倒した者の特徴を 析した結果, 転倒既往, 要介護 1レ ベル, 意思疎通に中等度の障害者の他に, 介護者の 康 状態が悪い, 時間的余裕がないこと, サービスの利用金 額が低いことなど, 要介護者を取り巻く環境因子も影響 していることが明らかになった. したがって, 転倒予防 をしながらかつ, 要介護者の介護予防をはかるには, 単 に転倒予防体操を行うだけでなく, 精神面や介護者に対 するケアも含んだケアプログラムの実施が必要となる. 筆者は, このプログラムを開発し, 現在, 1件 1件訪問し 在宅ケアの質・経済的評価とケア開発の紹介 156
ながら実施, 評価を行っているが, ある程度の効果を実 感している. 効果の要因としては, 要介護者と家族とと もに多方面 (身体面・精神面・社会面)からリスクアセス メントを行い転倒の可能性を自覚させていること, 訪問 して実施しているので具体的で実際に役に立つ自宅環境 や生活, サービス利用の助言ができること, 継続的にモ ニタリングすることで要介護者も忘れずに実践している こと, 個別に関わってくれているという気持ちが自立の 意欲を向上させるなどが えられる. アウトカムを高めるケアマネジメント法の開発 在宅ケアをマネジメントする要となる者は介護支援専 門員 (以下, ケアマネジャー) である. マネジメントとは, ある目的を達成するために,今ある資源 (ヒト,モノ,カ ネ,情報)を最大限に活用していくプロセスである.」と筆 者は捉えている. 企業なら, その目的は利益を得ること, 社会的貢 献 を す る こ と な ど が あ げ ら れ る. ケ ア マ ネ ジャーは要介護者がその人らしく自立した生活を送るこ とができるようにすることを目的として, 今あるサービ ス, 人材, 物品, 制度等をうまく組み合わせてケアプラン を組み, 実施, モニタリング, 評価をしていくプロセス実 践が要求される. 今後, 在宅ケアの質保証をしていくた めには, このケアマネジャーが行うケアマネジメント法 の研究が求められる. 筆者は群馬県のケアマネジメント リーダーを対象に, 自立支援・介護予防ができた条件を 析した. その結果,ケア提供者 (サービス事業者)のケ アの工夫,要介護者・家族の意欲や協力の他に,ケアマネ ジメントの条件も明確になった. ケアマネジメントの条 件には, ケアマネジャーが要介護者・家族及びケア提供 者と連絡を密にするだけでなく, ①早期にマネジメント するなどのタイミングのよいマネジメントの実践, ②要 介護者の課題解決のためのサービスの効果的な向きあわ せとサービス量の調整をするなどがあがった. 今後は早 急に①②についての具体的な方策を開発し, 介入, 評価 研究をしていく必要があると える. 以上, わが国の在宅ケアの質保証をしていくためには, アウトカム評価法・経済的評価のシステムの確立や短期 にアウトカムを高めるケア法の開発, 自立促進・介護予 防をはかるケアマネジメント法の開発が研究課題である と える. 文 献 1. 三浦 嗣. 介護予防と老人保 事業の見直し. 衆衛生 2005; 69 : 620-625. 2. 内田陽子,島内 節.在宅ケア効果の評価方法とケアの質 改善方法. 訪問看護と介護 2001; 6: 49-56. 3. 島内 節, 大賀英 , 山口亜幸子ら. 利用者のケア効果か らみた在宅ケア機関の評価方法. 日本地域看護学会誌 2001; 3: 76-85. 4. 島内 節, 清水洋子, 友安直子ら. 在宅の利用者アウトカ ムに影響するケア項目と実施度. 日本地域看護学会誌 2002; 4: 26-33. 5. 横山純一. 介護保険の見直しと財源問題. 衆衛生 2005; 69 : 644-649. 6. 内田陽子. 在宅ケア利用者の要介護レベル別 ADL 変化 からみた費用の効率的な 用法. お茶の水医学雑誌 2002; 50: 145-156. 7. 島内 節,友安直子,木村恵子 : 在宅ケアクリニカルパス マニュアル. 東京 : 中央法規,2000: 16, 143-145. 8. 日本経済新聞社 (編): 経営入門. 東京 : 日経文庫,1994: 62-65. 9. 亀井智子,内田陽子.在宅酸素療法実施者におけるパス法 を用いた訪問看護内容・頻度の標準化枠組みの開発と評 価. 日本地域看護学会誌 2002; 5: 43-49. 10. 内田陽子. ケアマネジャーからみた在宅ケア利用者の自 立支援・介護予防の条件. 北関東医学 2006; 56: 105 -111. 157