政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴 : 日本医療制度改革の特徴から示唆
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(2) 66. 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). (362). 表 1 ロウィの 3 つの政治過程と 3 つの政策類型. 馴合い 相互不干渉 利益の非共通性. 紛争 の な い エ リート と支持団体. 連合 共通利益 バーゲニング. 多 元 主 義 的,多 中 心 的均衡理論. 頂上団体 階級・イデオロギー. エ リート 間 の 紛争 す な わ ち エ リート と 対 抗エリート. 安定. エ リート 中心的 な 政 治過程. 権力の仕組み. 不安定. 再分配政策. 連合組織. 多元的な 政治過程. 政治主体間の関係. 安定. 規制政策. 安定性. シャ ット シュナ イ ダー型の政治過程. 個人企業法人 団体. 分配政策. 政治主体. 政策類型と政治過程. 権力機関. 権力の行使. 議会 の 委員会 な い し 行政機関 に お け る 主 は行政機関 要機能単位への集権. 古典的役割 に お け る 行政機関における「委 議会 任」に よ る 分権,混 合的コントロール 行政政府と頂上団体. 行政機関 に お け る トップ(部局長以上) への集権,詳細な基準. 出所:Lowi 1964, p. 713;小池 1984, p. 39;大河原 1996, pp. 68~72 より筆者作成. と論じた.それに対して,R. ダール(Robert. することもできない.. Dahl)は,ニューヘ イ ブ ン を 調査 し,そ の 著. こうした観点から,政策を類型化し,政策類. 書 ‘Who Governs?’(1961)に お い て,地域 の. 型ごとに政策決定過程の特徴を表そうとしたの. 権力構造が多元的であることを主張した.この. が T. ロウィである.. 地域権力構造論争は,アメリカの政策決定過程 についてのエリート主義モデルと多元主義モデ. 2 ロウィの政策類型論. ルの対立を生みだした(ポルスビー 1981) .そ. ロ ウィが,①分配政策,②規制政策,③再. して 1960 年代以降,アメリカの政治学者は地. 分配政策という政策の 3 分類を提示したのは,. 方だけでなく連邦政府における政策決定過程に. 1964 年 の 書評論文「ア メ リ カ の 産業界,公共. ついても多くの事例研究や実証研究を行うよう になった.. 政策,事例研究及び政治理論」においてである (Lowi 1964).ロウィの独創的な点は,分配政. しかし,政策決定過程の事例研究は,政策の. 策,規制政策,及び再分配政策について,それ. 個別性から,単一政策のケース・スタディが分. ぞ れ の 政治過程 に お け る 対立構造,参加 ア ク. 析の基本的な手法とならざるを得ない.した. ターのタイプ,権力構造等の固有の性格を,表. がって, 個別政策の事例をいくら積み上げても,. 1 に示したように,3 つのパターンに分け,政. そこから政策決定過程における権力構造の全体. 策類型ごとに政治過程が違うことを主張したこ. 像やパターンを描き出すことは困難である.ま. とにある.ロウィは,分配政策はシャットシュ. た,あるモデルを仮定して,その検証のために. ナイダーが合衆国の関税政策に関して描写し. 一つ政策事例を分析したとしても,その結果を. た 政治過程 で あ り,規制政策 は 多元的政治過. もってして,仮説モデルが十分に検証されたと. 程,そして再分配政策はエリート中心の政治過.
(3) 政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴(李). (363). 67. 程 で あ る(Lowi, T1964, pp. 678~679;大河原. 単一のエリートは存在せず,同盟関係であり,. 1996, pp. 68~70;大 嶽 1990:21~23) .以 下,. 権力は高度に分散され,流動的で,状況依存的. それぞれの政策類型について詳しくみていく.. である.ロウィはこの多元的政治過程に対して. ①分配政策―シャットシュナイダ―型の政治過程. 「規制政策」という類型を設定した(Lowi 1964,. ロ ウィは,分配政策 に つ い て は,シャット. pp. 690~691, 大河原 1996, p. 68).. シュナイダーの研究を引き合いに出している.. ロウィによれば「規制政策」も,その影響に. シャットシュナイダーの観察によれば,分権的. おいて特定的,個別的であるが,分配政策典型. で交渉・取引の行われるアリーナには多数の集. 的に見られるようなほとんど無限の分割は行う. 団が存在したが,参加者間の関係の性格は,厳. ことができない.つまり,法律は一般的な文言. 密な意味では,多元的ではなかったという.ま. からなり,規制に関する決定の影響は短期的に. た,共有された利益を中心に組織された集団や. は受益者と被害者が直接選択されるという点. 連合の間の,交渉・取引によって紛争は解決さ. で分配政策と区別され,分配におけるように個. れている.政治のアリーナは分権化され多中心. 人あるいは単一企業のレベルにまで分割されな. 的であるが,参加者間の関係は共有されていな. い.個別の諸決定は一般的な法的基準の下で関. い諸利益の間の「相互不干渉」に基づいていた. 係づけられなければならないため,一般的ルー. という.ロウィはこのシャットシュナイダーが. ル の 適用 に よ り 為 さ れ る.通常,「規制政策」. 描いた政治過程に対して「分配政策」という類. は特定の産業レベルで,ある集団に利益を,他. 型を設定した(Lowi 1964, p. 689, 大河原 1996,. の集団に損失をもたらすような政策の登場をめ. p. 68) .. ぐって争われる政治対立の場である.そこで,. ロウィによれば「分配政策」は利権・利益の. 利益を同じくするグループ同士が,同盟を組み,. 個別的分配をめぐるもので,ある種の政府決定. 多数派の形成が図られるが,新しいイシューが. によって,有限な資源に関わりなく下され得る. 登場するごとに,同盟の組み合わせが変わる.. 政策 で あ る. 「分配政策」は,決定の分割可能. したがって,安定した支配的グループという意. 性を前提とし,容易に小さな単位に分割され,. 味でのエリート・グループは存在しない.そし. 相互 の 対立・調整を欠いた個別的決定の積み. てこうした対立は,議会では委員会から離れて. 重ねにすぎないという特徴をもつ(Lowi 1964,. 本会議での対立に移行し,そこで最終的な決着. p. 689, 大河原 1996, p. 70) .そこでは決定権限. が付けられざるをえない(Lowi 1964, pp. 690. を持つ者たちは相互にかかわりなく,一般的. ~691,大河原 1996, p. 71, 大嶽 1990, p. 22).. ルールにもかかわりなく分配を行いうることか. ③再分配政策―エリート中心的な政治過程. ら,対抗エリートの登場を未然に防ぎ,無原則. 第 3 は,エリート中心的な政治過程であり,. な「野合」によってエリートの座を守る.こう. ロウィはこれについて「再分配政策」という類. して,対立を回避ないし抑制して安定的なエ. 型を設定している.. リート 的支配構造 が維持されるとロウィは論. ロウィによれば,「再分配政策」は,「広範な. じ る(Lowi 1964, pp. 689~691,大嶽 1990, p.. 範囲の私人間の関係を含み,したがって個々の. 21) .そして政治過程においては,このエリー. 決定が相互に関連性を持たなければならないと. トへのアクセスをめぐって, 個人や個別企業が,. いう意味で,規制政策に似ている.しかし,影. 特権的な取り扱いを求めるわけである(Lowi . 響対象のカテゴリーは,はるかに大きく,ほぼ. 1964, p. 691, 大嶽 1990, p. 21) .. 社会の諸階級に等しい.典型的には,福祉政策. ②規制政策―多元的な政治過程. をめぐる「持つ者」と「持たざる者」の対立に. 第 2 の規制政策は多元的な政治過程であって. 見られる階級闘争型政治である(Lowi 1964, p..
(4) 68. (364). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). 707,Yunwang 2008, p. 116) .ここでは,個別. ではアメリカ医師会(AMA)が強力な圧力団. 企業や業界団体,或いは特定産業の労働組合に. 体として存在し,アメリカの医療制度改革に大. 代えて,全国商工会議所や全国工業者連盟のよ. きな影響力を及ぼしている.そのためアメリカ. うな頂上団体が活躍する.また,政策が関わる. では,貧困層が利用できる国民医療保険制度が. のは,財産の使用ではなく財産自体,平等な処. いまだに確立されていない.これは政治過程が. 遇ではなく平等の所有であり,行動ではなく,. 政策の内容を決定するというオーソドックスな. そうであること(being)である(Lowi 1964,. 政策決定論の説得力を高めるものである.. pp. 690~691,大河原 1996, p. 80) .ど の 政策. 第 2 は,政策の変化や転換における構造的な. が再分配的であるかどうかの判断基準について. 要因に対する視点の欠落である.これは政策決. は論争があるが,再分配政策に関しては再分配. 定過程の事例研究一般に言えることであるが,. を実現する最終的目標の追及過程が最も重要で. 事例研究では政策決定過程の特徴の分析に力点. あ る と す る(Lowi 1964, p. 691) .同論文 の 中. が置かれるため,現在の政治システムの存在を. でロウィは 1930 年代のアメリカにおける「福. 前提とすることになる.しかしながら,政策決. 祉国家」論争を取り上げ,福祉関連立法をめぐ. 定の過程は,歴史的に形成された国家の政治制. るやりとりはもっぱら大統領が設置した経済安. 度によって規定されており,政策決定過程の特. 全保障委員会(CES)と財務省の間で行われ,. 徴を論じるためには,政治制度の形成にかかる. 政策決定は行政府のトップと産業界そして労働. 歴史的な経緯や社会文化的な特徴についても考. 団体の指導者の交渉の中で原案が作成されたと. 察する必要がある.これは政策決定過程の分析. 指摘している(Lowi 1969, p. 703) .. に歴史や文化の視点を取り込む必要性を示唆す. 以上,ロウィの政策類型論に基づいて再分配. るものである.もっとも,ロウィは,政策類型. 政策の経緯,再分配政策の特徴及び政策決定過. は機能別であると同時に歴史的なものであると. 程の特質をみてきた. 再分配政策の政治過程は,. も述べている.すなわち,1789 年から 1890 年. 表 1 に示したように,エリート中心の政治過程. までの国内政策は,ほとんどが分配政策であっ. であり,そこでは比較的に安定的なエリート団. た.一方,規制政策と再分配政策に対する要請. 体が権力をめぐって対峙している. 逆に言えば,. は同時期に生じたのであるが,再分配政策が考. 再分配の政策が作成されるためには,階級ライ. え出されるのは,規制政策が確固たる基盤を築. ンに沿って団体が組織化され,その頂上団体が. いた後であった(小池 1984, p. 38).. 政府の政策決定過程において大きな影響力をも. もっとも,ロウィの政策類型論に対しては,. ちうる政治システムが存在する必要がある.ロ. 上のような批判も可能ではあるが,他方で政策. ウィの再分配政策についての分析は,再分配政. 類型論が政策決定過程の国際比較に道を開いた. 策の形成において,再分配を必要とする人々の. ことの意義ももっと評価されてよいであろう.. 政策決定過程への参加が政治的にきわめて重要. ロウィの政策類型論がアメリカの政治構造を前. であることを示している.. 提とした研究であることは言うまでもないが, そこには当然ながら他の先進諸国と共通する考. 3 政策類型と国際比較. 察も多く含まれている.例えば,再分配政策で. ロウィの政策類型については,さまざまな観. は労働組合の頂上団体の影響力が論じられてい. 点からの批判も可能である.その第 1 は,政策. るが,労働組合の政治力はヨーロッパの方が強. ごとに政治過程が異なるというロウィの基本枠. い.先進国 で は,民主主義 の 発達 と と も に 労. 組みに対するものである.例えば,医療保険政. 働者階級の組織化と政治参加が進み,頂上団体. 策は典型的な再分配政策といえるが,アメリカ. を組織して政府の政策決定に影響力を行使する.
(5) 政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴(李). (365). 69. ようになった.その結果,先進諸国では労働者. 能が重視されるようになった.この時期は再分. の生活を守るための社会福祉政策が政府によっ. 配政策の構築段階といえる(李宣 2013, pp. 87. て積極的に講じられるようになり,再分配政策. ~91).. は国ごとに多様な発展を遂げ,多様なバリエー ションが生まれている.このように政策類型を. 1 毛沢東思想―直接的な医療行政 . 設定することで,研究者は政策の事例研究を国. 戦争直後の中国は,麻薬中毒と伝染病に追わ. 際比較に結びつけ,その特徴をマクロ的に分析. れ,また西洋医学を学んだ医師は全国に 2000. することが可能になったのである. . 人と限られ,医療制度の構築が極めて困難な状. Ⅱ ロウィの政策類型からみる中国医療行政の 特徴. 況であった.計画経済の平等主義の下で毛沢東 は国民経済を復興し,社会主義経済建設を進め ると同時に,国民の医療環境の改善と向上を非. 中国において,医療制度改革の推進は衛生部. 常に重視した(崔義田 1964, p. 24).衛生部は. の主な職責である.衛生部は 1949 年に新中国. 毛沢東の方針に従い,医療制度を構築する困難. が成立した際に中央省庁の一つとして設置され. さとたたかい「迷信打破,多数の医師の養成,. た.その後衛生行政は,国家主席の交代及び経. 医療衛生施設の普及,医師の思想の革命化,医. 済体制の変遷等の影響を大きく受け,衛生部の. 療衛生行政の正しい指導…労働者・農民・兵士. 役割分担も医療制度改革に伴い, 変化してきた.. に重点をおく,予防を主とする,漢方と西洋医. したがって,中国の医療制度改革の政治過程を. 学を団結させる,衛生活動と国民運動を結びつ. 分析する際には衛生部をはじめ労働部等の役割. ける等の方針を打ち出した(新島 1969, p. 1,. の検討が重要である.中国にとって最も相応し. 崔義田 1964, p. 24)」.ま た 衛生部 に よ り「麻. い再分配の社会保障モデルを考えるためには,. 薬厳禁 の 通例」「四害(鼠・南京虫・蟈・蚊). ロウィの再分配理論に基づいて中国の歴史や現. の予防方針」「薬品の管理の条例」「病院の管理. 状に鑑みながら中国の医療制度の特徴を分析す. の条例」などが制定され,中国医療制度の最初. る必要があると考えられる.以下では,政治学. の 形態 が 整 え ら れ た(川城 2004, p. 54).「計. における再分配理論に基づいて中国の医療制度. 画経済に基づいて行われた中国の衛生行政は,. の政治過程を分析し,衛生部などの関係諸部門. すべての医療機関の財政,人事などについては. の役割の変化及び中国医療制度改革の特徴を明. 行政機関の管轄権に属していたため,間接的な. らかにする. . 行政ではなく,直接的な行政であると指摘され. 中国の医療制度の発展段階は 3 段階に分ける. ている(川城 2004, p. 63).」. ことができると考えられる.第 1 段階は,1949. また,毛沢東は農村医療についての方針を強. 年から毛沢東の計画経済体制の下で,平等主義. く 主張 し「農民 こ そ 現段階 の 中国文化運動 の. の原則によって,全国的に公費の医療制度が作. 主要な対象であり…いわゆる国民衛生も 3 億 6. られた時期であり,格差がほぼなく平等的な政. 千万の農民を離れたら大半空話」という徹底的. 策で あった.第 2 段階は 1978 年の改革開放後. な農民重視の思想であった(新島 1969, p. 1).. の鄧小平時代であり,農村部の人民公社の崩壊. この方針のもとで衛生部,労働部,人民公社が. に伴い,農村では医療保険制度がなくなり,都. 連携して,1950 年代から 1978 年の改革開放ま. 市部のみの医療保険制度となった.言い換えれ. で,中国の医療保険制度は都市部の公費医療制. ば,都市部に偏重した政策であった.第 3 段階. 度と労働保険医療制度及び農村部の農村合作医. は,胡錦濤時代 の「和諧社会」の 構築期 で あ. 療制度の三本柱から構成され,主な特徴は「無. り,国民皆保険の目標が掲げられ,再分配の機. 料医療」であった(羅 2011, p. 19, p. 52)..
(6) 70. (366). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). 衛生部の方針の下で農村部では人民公社を単. 績評価を行う」 (王隴徳 1999, p. 5).要するに,. 位 と し て 農村合作医療制度 が 実施 さ れ,1950. 「政府の衛生行政部門の役割は『衛生に取り組. 年代から 1978 年にかけての発展を通じて,中. む』から主に『衛生を管理する』方向へとシフ. 国の農村住民の健康の保障,医療条件の改善,. トしている」(王隴徳 1999, p. 5).. 病気リスクの軽減及び農村免疫と疾病予防ネッ. 1998 年 の 改革 に 対応 し て 衛生行政部門 は,. トの確立に大きく歴史的な役割を果たした.. 都市や町の医療機関に対し,相応の管理改革を. 第 1 段階の中国の医療制度では毛沢東の社会. 行った.すなわち, 「①地域の衛生プランを実. 主義の平等主義の下で,農民は国家の主人公で. 行し,都市や町の医療機関に対し,構造調整を. あることが強調され, 人民公社が活躍していた.. 行い,既存の衛生資源の合理的配置とその活用,. 医療制度の政治過程において部門から反対意見. 衛生資源の利用効率の向上に努める.②医療機. がなく,国内及び世界中で高い評価を受けた.. 関の内部管理システムの改革を行う.医療機関. この段階の中国の医療制度は社会主義の色彩が. に対し,行政指導責任制を実施し,組織の内部. 濃く,どこでもいつでも皆平等な医療を享受で. 構造と専門的な構造の最適化を求め,質の高い,. きるものとして,医療制度を通して格差がほぼ. 効率的な,省力化かつ規範化された管理制度を. なく平等的であった.. 確立する」(王隴徳 1999, p. 5). 日本の厚生省(厚労省)に相当する中国衛生. 2 鄧小平理論―間接的な医療行政 . 部は「1 庁(弁公庁)八司(人事司,企画財務司,. 第 1 段階 の 計画経済及 び 無料医療制度 の 下. 衛生法制 お よ び 監督司,医政司,疾病抑制司,. で,まず一部の国有企業では,生産性の低下と. 末端衛生 お よ び 婦幼保健司,科学技術教育司,. 財務状況の悪化が進行し,それにより従業員に. 国際合作司),二局(保健局,離,退職幹部局),. 対す る 医療保障制度が形骸化する傾向にあっ. 一 委(直 属 機 関 党 委)」(川 城 2004, p. 56)で. た.1978 年の鄧小平による改革開放指針の下. 構成されている.各部署の主な権限は,国務院. で, 「先富論」が発表されたが,これは一部の. が発布した「衛生部職能配置内設機構及び人員. 人がより早く富み,残りの人が後に続くことを. 編成規定」 (国弁発(1998)代 74 号)にしたがっ. 許容するものであった.このような指針のもと. て,定められている(川城 2004, pp. 53─77).. で,都市部を中心に医療改革を実施したが,農. 鄧小平時代の医療保険制度を実施するための. 村部の医療制度は人民公社の崩壊に伴い,消失. 具体的な指導文書は,中国労働・社会保障部よ. した.. り 1999 年 4 月から 6 月にかけて公布,通知さ. 1998 年 に 衛生部 は,国務院 の 機構改革案 に. れた.それぞれの指導文書は以下 6 つに分けら. 基づき内部の機構や人員の大幅な削減を行っ. れる.①指定医療機関管理暫定規則に関する「都. た.衛生活動の組織管理システムは,中央と地. 市職員基本医療保険定点医療機構管理暫定方. 方の職権を合理的に区分し,級別責任制,級別. 法」が労働・社会保障部・衛生部・国家中医薬. 管理を実施している.中央政府は衛生活動を指. 管理局より,②「都市職員基本医療保険用薬範. 導し,衛生に関する法規の制定,衛生事業の立. 囲管理暫定方法」が,労働・社会保障部,国家. 案,政府間や地域間の重大な衛生問題の解決,. 発展計画委員会,国家経済貿易委員会,財務部,. また地方の様々な衛生事業の支援などに取り組. 衛生部,国家薬品監督管理局,国家中医薬管理. んでいる. 「一方,各級の地方政府は,その地. 局より,③「都市部職員基本医療保健定点小売. 域の衛生活動に責任をもち,衛生活動の任務達. り薬店管理暫定方法」が労働・社会保障部,国. 成の状況に基づいて指導幹部の任期の目標と業. 家薬品監督管理局よりそれぞれ交付された.ま.
(7) 政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴(李). (367). 71. た,④「都市部職員基本医療保険診療項目管理. 性は下から 4 番目であった(WHO 2000) .中国. の意見」が労働・社会保障部,国家発展計画委. の 13 億の人口のうち,今なお 8 億人余りは農. 員会,財政部,衛生部,国家中医薬管理局より,. 民1)で あ る(国家統計局 2010) .2004 年 の「中. ⑤「医療サービス施設の範囲および支給基準決. 国農村住戸調査年鑑」によると,経済的な理由. 定に関する意見」が労働・社会保障部,国家発. から 35%~40% の農民患者は治療を受けたくて. 展計画委員会,財政部,衛生部,国家中医薬管. も受けることができず,60% の農民患者は入院. 理局より,⑥「費用決定管理に関する意見」が. したくても入院できないとされている(国家統. 労働・社会保障部,財政部,衛生部,国家掲示. 計局農村社会経済調査署 2004, p. 56) .2005 年. 貿易委員会,国家中医薬管理局よりそれぞれ交. に 中国国務院発展研究 セ ン ター2)と WHO は,. 付 さ れ た.2000 年 2 月,国務院 と 関係 8 部門. 「中国の医療衛生の改革は全体を通して失敗に. で共同決定された都市医薬衛生体制改革の指導. 終わった」という評価を下している(中国医療. 的意見にもとづき,2000 年 8 月には関連する. 衛生体制改革 2005) .ま た,2006 年 の 中国国家. 意見,法規が発布された.. 統計局の調査によれば,中国国民が深刻と考え. 鄧小平時代においては,医療機構は行政から. ている社会問題のなかでも「看病難・看病貴」. 独立し,中国の衛生行政は徐々に直接行政から. が第 1 位となっており,医療制度の不備は大き. 間接行政に移行すると指摘されていた(川城 . な社会不安の要因となっている3).. 2004, p. 62) .しかし,先富論の指針のもとで,. このような背景を踏まえ,中国政府は農民を. 都市部を中心に医療改革が実施されたが,農村. 対象とした新型農村合作医療制度を 2003 年から. 部の医療保険制度は人民公社の崩壊に伴い,消. 実施し,2006 年には「和諧社会」を目標とした. 失した.農村部は無医療保険のままである.医. 社会保障制度の再構築を宣言した.衛生部は 「和. 療問題や社会保障の不備からみると間接行政も. 諧社会」の方針のもとで,2008 年 3 月 5 日の第. 結局うまくいかなかった.. 11 期全国人民代表大会第 1 回会議で承認された. 中国の各歴史段階においてエリート中心であ. 国務院機構改革案と「機構設置に関する国務院. る政治過程は変わってない. 第 2 段階において,. の通知」により改めて設置された.衛生部は中. 鄧小平の先富論の思想のもとで,農村部は人民. 央省庁の一つとして新中国建国から絶えず存在. 公社の崩壊に伴い,農民の利益を代表する団体. したが, 「和諧社会」の方針のもとで,2008 年. がなくなり,人口の多い農村が無視され,都市. 3 月 5 日の第 11 期全国人民代表大会第 1 回会議. 部の従業員のみに偏った医療制度となった.し かし,都市部においても医療制度の問題点から 医療保障の再分配機能には限界があった.その 結果,医療制度における再分配の機能は第 1 段 階よ り 急落 し, 「看病難・看病貴」の医療問題 は全国に広がっていったのである. 3 胡錦濤時代における新医療制度改革:再分配 機能の限界 2000 年に世界保健機構(WHO)は,世界 191 カ国を対象に衛生体制の比較調査を実施してい るが,それによると中国の保険財政配分の公平. . 1)中国では,農民とは,従事している職業に基 づく呼称ではなく,農民戸籍を有する者を指す,い わば身分上の概念である(鎌田 2008, p. 136) . 2)中国国務院発展研究 セ ン ターは,1981 年 に 設立された,国務院に直属する政府コンサルティ ング機関である.同センターは,マクロ政策の実 施状況や長期的な発展を視野に入れた経済政策の 策定,対外貿易政策 や 産業構造 の 調整,投資体制 の改善など,中国の経済全体をカバーする形で分 析・研究を行っている. 3)中国社会科学院(2006)による.調査対象は, 全国 28 省都市・農村住民世帯(2006 年 3─7 月実施, 有効回答 7061 世帯) . 『人民日報日本語版』2006 年 12 月 25 日..
(8) 72. (368). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). で承認された国務院機構改革案と「機構設置に. て「課題研究グループ」が設立され,様々な研. 関する国務院の通知」により改革された4).. 究・評価が実施されてきた.また,当グループ. また,衛生部は職責により弁公庁,人事司,. は,2005 年 に『中国医療体制改革 へ の 評価及. 企画財務司,政策法則司,衛生応急弁公室(突. び提言に関する報告』を政府に提出した.2006. 発公衆衛生事件応急指揮 セ ン ター) ,疾病予防. 年 6 月 30 日,国務院 の 下 で,中国衛生部,中. 抑制局(全国愛国衛生運動委員会弁公室) ,農. 国保障部,財政部,中国発展改革委員会,食品. 村衛生管理司,女性子ども保健・コミュニティ. 薬品監督局,中医薬局 と いった 16 部門 が 協力. 衛生司,医政司,医療サービス監督管理司,食. し合い,各種調査を通じて形成した『意見』を. 品安全総合調整・衛生監督局,薬物政策・基本. 作 り 出 し た.国務院 は,2008 年 10 月 14 日~. 薬物制度司,科学技術司,国際協力司(香港・. 11 月 14 日の間に,この『意見』の初稿を全国. マカオ・台湾弁公室) ,保健局など 15 の機関を. 民に公表した.そして,4772 件にのぼる各地. 設けている.ほかには,機関共産党委員会,離. 方政府,各人民団体,及び国民からの提案に基. 職休養・定年退職幹部局 も あ る(王文亮 2010,. づ き,『意見』を 修正 の う え,『重点実施 プ ラ. p. 435,中国衛生部 HP) .. ン(2009─2011 年)』を 制定 し た(LexunDu・. 2003 年 の 初 め,国務院研究機構 は WHO と. WenmingZhang 2009, p. 102).. 協力 し, 「中国医療衛生体制改革」と い う 目標. 第 3 段階 の 胡錦濤時代 に お い て,中国政府. を定めた.その目標実現に向け,国務院発展研. は 農民 を 対象 と し た 新型農村合作医療制度 を. 究センター社会発展研究所をはじめとする多. 2003 年 か ら 実施 し,2006 年 に は「和諧社会」. くの公的機関や大学に在籍する研究者によっ. を 目標 と し た 社会保障制度 の 再構築 を 宣言 し. . . 4)衛生部の主な職責は以下の通りである.「① 医薬衛生体制改革 の 推進.具体的 に は,衛生改革 の 戦略的目標,計画 と 方針政策 の 立案,衛生,食 品安全,薬品,医療機器の関連法律法規草案の起草, 衛生,食品安全,薬品,医療機器 の 関連規則 の 制 定,関連基準と技術ガイドラインの作成.②国家 基本薬物制度 の 構築 と 実施,薬品法典 と 国家基本 薬物目録 の 作成,国家薬物政策 の 制定,国家基本 薬物の購入,配送,使用に関する政策と措置の立案, 国家基本薬物目録内薬品政策 の 奨励支援政策 の 提 出,国家基本薬物価格政策 に 関 す る 提案.③食品 安全 の 全体調整,食品安全 の 重大事故 の 責任所在 に関する調査と処分,食品安全基準の制定,食品 や関連製品の安全面のリスクに対する評価と予告, 食品安全検査機関 の 資格認定条件 と 検査,マ ニュ ア ル の 制定,食品安全 に 関 す る 重要情報 の 公表. ④全国 の 医療資源配分 の 統一企画,地域医療計画 の制定と実施に対する指導.⑤農村医療の発展計 画 と 政策 の 制定,新型農村合作医療 の 統合管理⑥ コミュニティの医療,女性・子ども医療の発展計 画と政策の制定,コミュニティ医療サービス体系 構築の企画と指導,女性・子ども保健の総合管理 と 監督.⑦疾病 の 予防 と 抑止,重大疾病予防治療 の計画と対策の制定,国家免疫計画と政策の制定, 関係部門 に よ る 重大疾病予防抑止 の 調整,法定報 告 の 伝染病情報 の 公表.⑧医療緊急対策 の 制定,. 突発公衆衛生事件に対する監視観測,予告,リスク の評価,突発公衆衛生事件の予防抑止と緊急対応に 対する指導,突発公衆衛生事件の緊急対応情報の公 表.⑨中国医学・漢方薬事業の発展に関する法律法 則の草案の起草,関連の規則と政策の制定,中国医 学・漢方薬の長期発展計画の制定.⑩医療衛生行政 の法律執行に対する指導,公共の場と飲用水の衛生 安全に対する監督管理,伝染病の予防と治療に対す る 監督.⑪医療業界 の 監督管理,医療機関 の 医療 サービ ス と 技術,血液採取提供機関 の 管理 に 関 す る政策や基準の制定,医療分野の職業倫理の制定, 医療機関の医療サービスへの評価と監督のシステ ム構築.⑫医薬衛生科学技術の発展計画の制定,国 家重点医薬衛生科学技術研究プロジェクトの実施, 医学教育の発展計画の制定,医学の継続教育と卒業 後の医療学教育の展開.⑬医療衛生分野の人材の養 成に対する指導,国家医療衛生人材の発展計画の立 案,関係部門と共同での医療衛生分野技術者資格基 準の制定と実施.⑭医療衛生分野の国際交流,国際 協力と国際支援に対する指導,香港・マカオ・台湾 との協力の展開.⑮中央政府部門保健対象者の医療 保健,中央政府部門幹部の医療管理,国家の重要会 議と重要活動の医療保健保障.⑯全国愛国衛生運動 委員会と国務院エイズ予防治療委員会の業務担当. ⑰国務院から指示されたその他の仕事(王文亮 2010, pp. 432~435;中国衛生部 HP) 」 ..
(9) 政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴(李). (369). 73. た.衛生部も改革され,新医療制度において政. と農村の格差は依然として存在するということ. 府の各部門との連携だけではなく,有識者の意. であった.農村の基本保険である新農村合作医. 見および各層の国民の意見も重視するようにな. 療制度に対する財政の投入は増加しており,保. る.しかし,各層の国民は団体として存在する. 障内容の範囲も年々広がっている.しかし,制. わけではなく,さまざまな国民の意見が参照で. 度の基本的な枠組みが修正されていないため,. きるようになったものの,政府機関の各部門の. 地域ごとの医療保障水準が異なる.よって,農. 意見が中心であることに変わりない.また,国. 村地域間の医療格差も依然として存在している. 民の意見はインターネットから収集されるが,. (李宣 2012, p. 48).. コンピュータが普及していない農村地域の国民. 以上に述べたように,第 3 段階では,中国政. の意見は少ないと考えられる.ロウィによれば. 府は再分配の構築を重視し,医療保険がなかっ. 再分配政策の特徴はエリート中心の政治過程で. た農村に医療制度を整備していった.医療保険. あり,そこでは比較的に安定的なエリート団体. の給付範囲も拡大し,医療サービスの利用率も. が権力をめぐって対峙している.逆に言えば,. 増えてきている.農村の医療問題はやや緩和さ. 再分配の政策が作成されるためには,階級ライ. れ,農民の健康状態も回復してきている.しか. ンに沿って団体が組織化され,その頂上団体が. し,医療格差・健康格差は依然として存在して. 政府の政策決定過程において大きな影響力をも. おり,大きな問題であり続けている.したがっ. ちうる政治システムが存在する必要がある.ロ. て,医療保障制度の再分配機能の強化は依然と. ウィの再分配政策についての分析は,再分配政. して大きな課題であり続けている.. 策の形成において,再分配を必要とする人々の 政策決定過程への参加が政治的にきわめて重要 であることを示している.したがって,新医療. 4 ロウィの政策類型論による中国医療制度改革 の特徴. 制度改革の政策決定過程はエリート中心の政治. 上記において考察してきたように,中国では. 過程となるが,権力をめぐって対峙している団. 各歴史段階においてエリートの指導思想によっ. 体が存在しないため,再分配政策であるとは言. て医療制度が大きく変化してきた.したがって,. い難く,国民の政策決定過程への参加が重要な. どの歴史段階においても,中国はエリート中心. 課題となっている.. 的な政治過程が存在し続けている.この共通の. 2009 年 の 新医療制度改革 に つ い て,筆者 は. 政治過程のもとで,各段階では多様な政策が実. 医療保険制度の資源の分配および保険の分配と. 施されてきたが,ロウィの再分配政策モデルと. いう二つの視点から,中国政府の調査及び筆. は大きく異なっている.中国にはアメリカのよ. 者の調査に基づいて詳細に分析を行う(李宣. う な 政策類型 ご と の 政治過程 が 存在 せ ず,エ. 2012) .. リート中心の政治過程による TOP─DOWN 方. すなわち,都市部と農村部は医療資源,医療. 式の医療政策が一貫して存在し続けている.し. サービス,公衆衛生,健康素養などの格差が明. たがって,再分配政策を構築段階における中国. 白であり,また都市部医療保険と農村医療保険. はロウィの政策類型論からの示唆の価値がとて. の保険制度間の分配がなく,さらに高齢世代と. も高いと考えられる.. 現役世代の世代間の分配もないため,農民の「看. また,中国はエリート中心的な政治過程にお. 病難・看病貴」が 依然 と し て 大 き な 医療問題. いて,衛生部の役割は十分機能せず,農民を代. として存在している(李宣 2012, pp. 40~41) .. 表する頂上団体が依然存在しなく,農村利益を. また,中国の医療保障体系においては都市と農. 守ろうとする力は限定的なものにとどまってい. 村の二重構造が改善されないままであり,都市. ることがわかる.したがって,中国の医療制度.
(10) 74. (370). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). 改革を分析する際には先進諸国,特に類似点が. 厚生行政,特に医療・介護といった社会保障. 多い日本の医療制度改革における厚生省(厚労. をめぐっては,多くの関係者,および関係団体. 省)の役割を研究することも重要である.. が存在する.審議会の委員も,こうした関係団. Ⅲ 再分配の視点からみた日本の医療制度改革. 体の代表が多いが,具体的な議論のなかでは, 互いの利害が絡むため,三つ巴四つ巴の論争に. 1 日本の医療政策と制度. なることもしばしばである.特に,最近の政策. ①日本の医療政策にかかわる組織. 決定過程で大きな影響力を持つのが日本医師会. 日本の医療政策の特徴の分析にあたっては,. である(上坂 2001, pp. 120~121) .小選挙区制. 厚生省(厚労省)と医師会の歴史的経緯を考察. 度が導入されて以降は,さらに力を増し,自民. することが重要である.厚生省(厚労省)が創. 党の厚生関係の部会,社会部会や医療基本問題. 設されたのは日本が戦争の道を歩み始めた頃で. 調査会などにも,日本医師会の応援団といえそ. あり,陸軍の強い要望により国民の体力を向上. うな議員が多く参加している.2002 年小泉改. するためである(水巻 1993, p. 13) .陸軍省は. 革では,厚生省(厚労省)は日本医師会の応援. 国民の健康増進,国民体力向上,国民の精神力. 団である厚生族義員の反対を克服して,サラ. 及び活動力の充実は日本産業経済と国防の根本. リーマンの医療費自己負担を 3 割に引き上げた. であると強調し,厚生省(厚労省)は衛生行政. が,これは厚生行政に新しい頁を開くもので. だけではなく,社会政策をも担当する国家機関. あった(原 2003, p. 77).. として設置された(水巻 1993, pp. 17~18) .. 一方,日本医師会 は 1916 年 に 医療学界 の 重. そして,1945 年に戦後の厚生行政は占領軍. 鎮 で あった 北里柴三郎 に よ り 創設 さ れ,1947. 当局の指令によって運営され,その主な仕事は. 年占領軍の民主化政策のもとで再出発し,社団. 生活困窮者 の 救助 や 浮浪者対策,伝染病 の 予. 法人とされた.日本医師会は任意加入の全国組. 防,民主化による労働運動への対応などであっ. 織であり,開業医はほぼ全員が加入した(結. た(水巻 1993, p. 26) .戦後の厚生行政が方向. 城 2006, p. 38).. 転換したのは憲法 25 条が実施されてからであ. 日本医師会の政治的影響力にはかなりの裏づ. る.憲法 25 条は「すべて国民は,健康で文化. けがある.日本医師会は全国の開業医を主とす. 的な最低限度の生活を営む権利を有する. 国は,. る団体として,自民党の有力支援団体であり,. すべての生活面について,社会福祉,社会保障. 同党議員の選挙区の後援会長を,地元の医師会. 及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければな. 長が務めていることも少なくない.地方では,. らない」と規定している.憲法 25 条のもとで,. 開業医は地元の名士であることが多い.「われ. 厚生省(厚労省)は社会保障制度審議会設置法. われは議員を当選させる力はなくても,落とす. 案を提出し, 「社会保障制度に関する勧告」を. 力はある」(上 坂 2001, p. 120)と は,医 師 会. 内閣総理大臣にたいして行い,重要な地位を確. の幹部の口癖である.ここには「第 1 に,医師,. 保した.次の高度成長期においては,財源の配. 特に開業医師は,自分たちの生活に政府の政策. 分に関して官僚統治制は大きな影響力を行使で. が大きな影響を与えることをよく知っており,. きた.こうした官僚統制的な考えは,戦後占領. 又経済的にも豊かである.第 2 に,医師の存在. 軍によって一旦は否定されたものの,水面下で. は医療システムが機能するために不可欠であ. はいまなお厚生省(厚労省)に根強く残ってい. る」という背景がある(池上 1996, p. 8).特に,. る(坂田 2003, p. 81) .厚生行政は国民の生活. 1957 年武見太郎 が 日本医師会 の 会長 に 就任 し. に深く関わり,社会の大きな関心事になること. たことにより,医師会は診療報酬改定の引き上. が多い.. げを中心に大きな発言力を持つようになり,全.
(11) 政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴(李). (371). 75. 表 2 日本の医療制度の内容と流れ 段階. 第 2 段階 1961 年~ 1973 年 再分配機能の形成期. 第 3 段階 1973 年~ 2008 年 再分配機能の転換期. 第 4 段階 2008 年~現在 再分配機能の改革期. 公的保険 被用者保険: の種類 1922 年健康保険法 1938 年国民健康保険法. 1961 年国保: 市町村国民保険 国民健康保険組合. 高齢者医療: 1973 年福祉元年 老人医療無料化 1983 年老人保健制度. 高齢者医療: 2008 年 後期高齢者医療制度. 対象者. 労働者. 農業者・自営業者 無職者 被用者保険の退職者. 75 歳以上高齢者 75 歳以上の高齢者 65 歳以上の寝たきりの高齢 者. 保険料. 事業主と 被保険者 両者負担. 世帯ごとに 応能負担 応益負担. 世帯ごとに 応能負担 応益負担. 世帯ごとに 応能負担 応益負担. 財源. 保険料 一部負担金 国庫負担金 国庫補助金. 保険料 一部負担金 国庫負担金 国庫補助金. 公費 3 割; 各医療保険の拠出金 7 割. 公費 5 割; 現役世代 4 割; 高齢者保険料 1 割. 成立当時 5 割負担 現在 3 割負担. 1 割負担. 1 割負担. 項目. 第 1 段階 1922 年~ 1961 年 再分配機能の萌芽期. 窓口負担 3 割負担. 出所:島崎(2011) ,pp. 255~299,野村(2003),p. 20,徐(2008),p. 125 より筆者作成. 盛期を迎えた(結城 2006, p. 39) .. p. 125).今日 の 制度 は 一連 の 医療制度改革 を. 以上において,日本の医療政策の決定におい. 通じて構築されてきた.再分配の視点から日本. て重要な位置を占める厚生省(厚労省)と厚生. の医療制度改革は医療保障の再分配機能の変化. 行政の変遷を論じたうえで,重要な利益団体で. に基づいて,4 段階に分けられると考える.第. ある日本医師会の政治力について論じてきた.. 1 段階は 1922 年から 1961 年まで,医療制度に. しかし,医療制度改革に関しては,主な提言や. お け る 再分配機能 の 萌芽期 で あ る.第 2 段階. 意見等を提出するのは, 国家機関だけではなく,. は 1961 年に国民階保険の成立によりほぼ国民. 各種審議会及び関係諸団体さらには有識者の意. 全員に保険が適用されるようになった時から. 見等も影響を与えてきた.関係団体には日本医. 1973 年までの医療制度における再分配機能の. 師会以外に健康保険組合連合会(以下は健保連. 形成期である.第 3 段階は 1973 年の老人医療. という) ,経済団体連合会(以下は経団連とい. の 無料化 の 実現 か ら,2008 年後期高齢者医療. う) ,日本経営者団体連合会(以下 は 日経連 と. 制度の実施までの医療制度における再分配機能. い う) ,日本労働組合総連合会(以下 は 連合 と. の転換期である.第 4 段階は 2008 年の後期高. い う) ,経済同友会,国民健康保険中央会,全 国市長会,全国町村会などが挙げられる.引き 続き,日本の医療制度改革の経緯を検討しなが ら,厚生省(厚労省)のリーダーシップと関係 諸団体との関係を検討する. ②日本の医療制度の内容と流れ 表 2 の通り,現在の日本の公的医療保険制度 は 大 き く 被用者保険5),国民健康保険6),高齢 者保険の 3 つに分けることができる(徐 2008,. . 5)被用者保険 と は,同 じ 職業 の 人 が 保険集団 を 作 る 医療保険 の こ と を 指 し,①健康保険組合, ②船員保険,③共済組合がある(徐 2008, p. 125) . 6)国民健康保険 に は,「市町村国民健康保険」 と「国民健康保険組合」が あ る. 「市町村国民健康 保険」は,農業を営んでいる人及び自営業と無職 の人を対象とするが, 「国民健康保険組合」は,医 師,弁護士,理容師など特定の職種の自営業者が 加入し,全国単位及び都道府県別に運営されてい る(徐 2008, p. 127) ..
(12) 76. (372). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). 齢者医療制度改革から現在までの医療制度にお. 北地方等 の 大凶作 も あ り 農村 の 窮乏 が 深刻化. ける再分配機能の改革期である.第 1 段階と第. し,治療費を支払えないために身売りするなど. 2 段階は国民皆保険の形成過程であり,第 3 段. 悲惨 な 事態 も 生 じ て い た(島崎 2011, p. 42).. 階と第 4 段階は高齢者医療制度の改革過程とと. 国民健康保険法は都市部の自営業者も対象とし. らえることもできる.. ていたが,劣悪な状態の農民の救済が中心で あったのである.. 2 国民皆保険制度の形成過程. この第 1 段階においては, 「官」である厚生. ① 1938 年健康保険法 第 1 段階 医療制度に. 省(厚労省)が「民」である医師会の反対を乗. おける再分配機能の萌芽期. り越え,健康保険制度の実施を通じて労働者間. 日本は昭和初期から医療への国家的な関与が. の医療リスクを分散するとともに,1938 年国. 強 まって き た(野村 2003, p. 20) .ま ず,1922. 民健康保険法を通じて農民の劣悪な健康及び衛. 年にドイツの社会保険モデルに従い,健康保険. 生状態の緩和に乗り出したという点で,医療制. 法を制定し労働者だけを対象に事業主と被用者. 度における再分配機能の萌芽期ということがで. の双方で保険の運営をする制度を導入した(池. きるであろう.. 上 1996, p. 105) .それによって,労働者の疾病. もっとも,この時期に日本政府が医療保険の. 及 び 労災 に 対 す る 保険給付 が な さ れ,労働者. 拡大 に 熱心 で あった 最大 の 理由 は,日中戦争. 人口 の 保全 と 労働運動 の 抑制 が 図 ら れ た(野. 遂行に要する兵力・労働力の確保と国民の体. 村 2003, p. 20) . だが, 健康保険法の実施にあたっ. 力増強を求める陸軍からの圧力があった(野. て事業主と被用者は保険料の負担に反対し,医. 村 2003, p. 20, 池 上 1996, p. 107). し か し,. 師会も診療報酬がより低くなることから強く反. 1943 年に 70% に達していた保険加入率は,敗. 対した.しかし,厚生省(厚労省)は,工業の. 戦後は大きく低下し,国保組合がある市町村の. 生産性を高め労働争議を未然に抑えるという国. 数 は 大幅 に 減少 し た(池上 1996, p. 108).そ. 家主義的な動機から,こうした勢力からの反対. こで厚生省(厚労省)は経済の復興とともに国. を封じこめようとした(池上 2011, p. 45) .そ. 保組合の再開に尽力することとなった.. こで大企業対象の健保組合だけでなく,中小企. ②厚生省(厚労省)の努力と 1961 年国民皆保険. 業の労働者に対しても政府が介在する政府管掌. の実現―第 2 段階 医療制度における再分配. 健康保険がつくられたのである(池上 1996, p.. 機能の構築期. 105) .その結果,日本では政府が保険者の間の. 戦後の医療政策では,「日本国憲法第 25 条に. 調整役に留まらず,自らが最大の保険者となっ. おける健康権の規定と,それに立脚した社会. た.それ以降今日にいたるまで,日本では厚生. 保障審議会 の 勧告 に 基 づ き,何 よ り も 医療保. 省(厚労省)が医療政策において指導的な役割. 障制度の構築が急がれた(野村 2003, p. 20).」. を果たし続けている(池上 1996, p. 106) .. 1950 年代 に な る と,被用者以外 の 一般国民 に. 次いで,1938 年には,農村の疲弊の救済を. ついては,政府が国民健康保険制度を設立し,. 目的として,デンマーク・スウェーデンの健康. 強制的にその対象とすべきであるとの提言が盛. 保険制度を参考に,国民皆保険をめざした国民. んになされるようになった.また,国民健康保. 健康保険法が制定された(徐 2008, p. 113,島. 険制度の財源を確保するため厚生省(厚労省). 崎 2011, pp. 41~42,野 村 2003, p. 20) .こ の. は 1954 年に新医療費体系の第 1 次案を発表し,. 当時,医療施設の偏在もあって農民の健康,衛. 国会に報告したが,医師会から「強制医薬分業. 生状態は劣悪を極め,また,農業恐慌に加え東. と新医療費体系に絶対反対する」,「医界の意思.
(13) 政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴(李). (373). 77. を無視して実施される場合は保険医総辞退を. 3 再分配の視点からみる高齢者医療制度改革. 決行する」という決議のもとに反対された(有. ―第 3 段階 と 第 4 段階 医療制度 の 再分配. 岡 1997, p. 77) .厚 生 省(厚 労 省)は 医 師 会,. 機能の転換期. 健保連,連合等の関係諸団体からの反対にもか. ①老人医療制度の形成―厚生省(厚労省)の役割. か わ ら ず,1955 年 に 厚生省(厚労省)は 新医. 1960 年代から 70 年代末にかけて,厚生省(厚. 療費体系 の 第 2 次案 を 発表 し,1956 年 に 建保. 労省)は医療を拡充する政策を展開し,国保の. 法改正案を提案した(有岡 1997, p. 88) .. 保険給付率引き上げ,低所得被保険者への保険. さらに 1956 年 1 月 30 日鳩山一郎首相の施政. 料の免除等,主に国庫負担の投入を財源に,医. 方針演説で掲げられた「将来,全国民を包含す. 療保障の充実を図った(野村 2003, p. 21).. る総合的な医療保障を達成することを目標に,. そのため,実際に国保を救済するために国庫. 計画を進める」という政策のもとで 1957 年に. 負担が一方的に拡大し,それを阻止するために. 厚生省(厚労省)は 国民皆保険推進本部 を 設. 接ぎ木のような形で老人保健制度や退職者医療. 置し, 「国保全国普及四カ年計画」の大綱を定. 制度が導入された.その後,1960 年代に岩手. め た.こ れ は 1957 年 か ら 1961 年 ま で に 毎年. 県の沢内村は 65 歳以上の高齢者に対して 10 割. 500 万から 600 万人の被保険者を増やし,1961. 給付を行うという老人医療費の無料化を実現. 年まで 2000 万人以上と見られるすべての未適. し,その影響は僚原の火のごとく全国に広がっ. 用者を国保に加入させるという計画であった.. ていった(及川 2009).. 1959 年には新しい国民健康保険法が制定され. これを背景に厚生省(厚労省)は 1972 年に. 1961 年には日本の全ての市町村において国保. 老人福祉法 を 改正 し て「老人医療費支給制度」. 事業が実施され,こうして国民皆保険制度は実. を 創設 し た(河野 2004, p. 128).翌年 の 1973. 現されたのである(島崎 2011, p. 60) .1961 年. 年は健康保険法改法案が成立し,自己負担の最. の皆保険は,被用者保険制度は従来のまま存続. 大割合が 3 割に引き下げられると同時に,高. させつつ,それまで任意設立であった国民健康. 額医療費に対しては各保険に共通な自己負担額. 保険を市町村単位で強制設立とし,あるいは農. の上限が設定され,さらに 70 歳以上の高齢者. 業者,自営業者のための国民保険制度を創設す. に 対 す る 医療保険 の 自己負担分 が 公費 で 負担. ることにより皆保険が達成された(日本社会保. さ れ る よ う に なった(池上 1996, p. 109).こ. 障法学会 2008, p. 157) .. の 1973 年 は 日本 の 医療保障 の 頂点 を 築 い た. 第 2 段階の国民皆保険に導入に際しては医師. 年 と し て,「福祉元年」と 呼 ば れ て い る(野. 会や健保連等の関係諸団体は条件闘争の色彩が. 村 2003, p. 21).日本の医療保障が頂点に達し. 濃かった.分析してきたように,厚生省(厚労. た 大 き な 要因 は,1960 年代 の 高度経済成長期. 省)は全国民をカバーする国民皆保険の実現の. に厚生省(厚労省)が関係諸団体の利益をうま. ため,関係諸団体間及び関係諸団体と政府間の. く調整したからであると考えられる.. 利益調整に重要な役割を果したといえる. (池. 「福祉元年」において老人医療費無料化の実. 上 1996, p. 108) .し か し,こ の 国民皆保険 は. 現など世代間の再分配は頂点に到達したが,そ. 被用者保険と国保が分立する形での医療保険制. の寿命は短かった.1971 年のニクソン・ショッ. 度を前提にして実現したが,実施直後から様々. ク及び 1973 年の第 1 次オイルショックにより. な問題や不備,不均衡が明らかとなり,その是. 国家財政が急激に悪化したため,政府は倍増す. 正と制度全体の調整をはかるための抜本改正が. る 高齢者医療負担 に 耐 え ら れ な く なった.ま. 必要となった(吉原・和田 2000, p. 188) .. た,少子高齢化により日本の人口構成が大きく.
(14) 78. (374). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). 変わり,無職の高齢者が増えるなど医療保険の. 施されたが,その後保険間の財政調整をめぐり. 実態が大きく変わり,医療保険制度改革が必至. 審議会と関係団体は激しい議論を続けてきた. と なった(池上 1996, p. 110) .1980 年代 に な. が,そのなかで厚生省(厚労省)は調整に苦労. ると,戦後政治の総決算を謳った中曾根政権が. しながらも後期高齢者医療制度の実施に漕ぎ着. 7). 強力に推し進めた臨調行革路線 の一環として. けた.しかし,後期高齢者医療制度が実施され. 医療政策の見直しが開始された(野村 2003, p.. る前の 2007 年 7 月に参議院選で反対の狼煙が. 22) .実施された一連の医療制度改革は,行政. 上がり,2008 年に制度が実施されると,皮肉. 改革によって政府の財政負担を削減することが. にも僚原の火のごとく全国を駆け巡った(小. 主な目的であった(野村 2003, p. 21) .このよ. 林 2009, p. 18).後期高齢者医療制度の評判は,. うな改革の下で 1982 年に老人保健法が制定さ. 「伝統的な家族の絆を壊す,現代の姥捨て山だ,. れ,その翌年「老人保険制度」が施行された.. 名前が機械的で冷たい,保険料が上がった,滞. 1983 年に新設された老人保健制度を実施し. 納すると保険証を取り上げられる,終末期の医. てから 10 年以上にわたって抜本的な改革をめ. 療を制限し早く死ねというものだ,等,散々で. ぐって議論が行われ,財政運営の責任主体を明. あった(小林 2009, p. 18)」.こ う し た 反発 に. 確化するとともに,これまで支えられる側で. 対して,厚生省(厚労省)と関係諸団体は医療. あった高齢者に一層の負担が求められ,高齢者. 費用の負担及び医療制度の改革などの議論を行. の人数比率が高まるにつれて高齢者の負担割合. い,反発の強い事項や軽減措置の不十分なとこ. はたまかっていくような仕組みである後期高齢. ろを見直し,新たな制度を構築するための議論. 者医療制度が 2008 年 4 月に導入されたのであ. を続けてきた.. る(西村 2006, p. 37) . ②後期高齢者医療制度の実施と改革―第 4 段階 医療制度の再分配機能の改革期―. 4 日本の医療制度改革の特徴 これまで考察してきたように,日本の医療制. 関係団体は各々意見を主張し合ったが,結局. 度改革においては,各歴史段階において国家機. 後期高齢者医療制度 の 4 つ の 提案8)に つ い て. 関である厚生省(厚労省)に加えて,医師会や. 関係者が全面的に賛同する案を出すまでには至. 健保連,労働組合(連合)の関係諸団体も大き. らなかった.その結果,4 つの提案の妥協,す. な影響を与えてきた.とりわけ官である厚生省. なわち,リスク構造調整と独立型の組合せであ. (厚労省)と民である医師会及び健保連などが. り,前期高齢者医療制度と後期高齢者医療制度. 交渉を行いながら合意に達するまで議論を行っ. の 2 つからなる案に落ち着いた(島崎 2011, p.. てきたことが,日本の医療制度改革の特徴とし. 286) .. てあげられる.歴史的段階のところで見たよう. 第 3 段階において,老人保健制度は順調に実. に,1930 年代から 60 年代は国民皆保険制度の 構築に際して財源と権力をめぐり激しく対立し. . 7)臨調行革路線 と は,「歳出削減,国営企業 の 民営化,そして規制緩和など,市場競争の促進と 小さな政府を目指す経済政策である.医療も含め た社会保障全体にたいしては,税及び保険料の形 で過大な負担を強いることは国民経済の停滞を招 くと攻撃し,社会保障給付の抑制を要求した(野 村 2003, p. 22)」. 8)4 つの提案とは,リスク構造調整方式,独立 方式,突き抜け方式,一元化方式である.. ていたが,厚生省(厚労省)という調整役のも とで関係諸団体の利益がコントロールされ,国 民皆保険が実現した.また,1970 年代になると, 制度間格差の是正が至上命題になり,厚生省(厚 労省)と関係諸団体にとって財政調整,医療費 抑制が共通の中心課題となった. その過程で,厚生省(厚労省)はエリート政 治を構成する頂上団体の利益を調整し,官僚主.
(15) 政策類型論にみる中国の医療制度改革の特徴(李). (375). 79. 導で政策形成を行った.したがって,日本の医. る.また,社会保障制度の再分配機能は十分に. 療制度改革の政治過程は,頂上団体が権力に対. 効いておらず,再分配の効果は極めて小さいと. 抗する政治過程であるが,そこでは厚生省(厚. いわねばならない.医療問題はつねに社会問題. 労省)が主導的な役割を果たしたといえる.こ. のトップにあげられるが,中国の都市部の基本. れはロウィが提示した再分配的政策の政治過程. 医療保険制度にしても,農村部の合作医療制度. の 特徴 と 一致 す る.し た がって,衛生部 の 役. 及び新医療制度にしても,いずれも再分配の機. 割が弱く,頂上団体がない中国のような TOP─. 能に限界があることがわかる.. DOWN 型の国にとっては,日本の医療制度改. したがって,ロウィの理論に基づいて,上述. 革の政治過程における頂上団体の存在や厚生省. した中国の医療制度における再分配機能という. (厚労省)が主導的役割を果たすという特徴は. 問題を解決するためには,都市部と農村部等の. 参考にする価値があるといえる. Ⅳ 中国の展望 1 再分配の理論からの示唆―頂上団体の構築. 各層の国民それぞれが頂上団体を構築し,そう した団体が政府に圧力をかけ,自らの利益を実 現できるよう,政策決定において重要な地位を 確保していくことが必要である.. ロウィの政策類型モデルでは,再分配政策の 政治過程はエリート中心の政治過程であり,そ こでは比較的安定したエリート団体が権力をめ. 2 日本からの示唆―日本の医療制度の特徴から 厚生省(厚労省)の調整役機能. ぐって対峙している.逆に言えば,再分配の政. 中国における医療政策の制定のプロセスにお. 策が作成されるためには,階級ラインに沿って. いては,まず国民から意見や要望を募り,その. 団体が組織化され,その頂上団体が政府の政策. うえで学者がフォーラムで議論を行うというか. 決定過程において大きな影響力をもちうる政治. たちがよくとられる.しかし現実には,国民の. システムが存在する必要がある.ロウィの再分. 意見は都市部の住民のものが中心であり,学者. 配政策についての分析は,再分配政策の形成に. フォーラムも国家機関の関係者が多く,日本の. おいて,再分配を必要とする人々の政策決定過. ような各団体の代表がなく,有識者も少ない.. 程への参加が政治的にきわめて重要であること. 現実的には,中国の医療政策は基本的に中央の. を示している.. 政策機関が制定した政策が衛生部を通じて各地. 中国は建国当初,エリート中心的な政治過程. 方政府に公布され,政策の実施は各地方政府に. で完全に平等な再分配政策を実施したことで世. 任せられている.地方の流行語ともなっている. 界から高い評価が得たが,持続可能性がなかっ. 「上有政策,下有対策(上では政策,下では対策)」. たため続かなかった.1978 年の改革開放後は. の言葉が表わすように,中央政府が公布した政. 都市部中心となり,医療保障における再分配機. 策に対してどのように対応するかは地方政府の. 能は大きく損なわれた.現在では「和諧社会」. 自由,という事態に陥ってしまっているのであ. の構築に伴い,社会保障の再分配機能が再び重. る(徐 2008, pp. 150~151).地方 の 政府部門. 視されるようになっている.しかし,今日の中. と医療機関による医療保険資金の流用,医療経. 国ではエリート中心的な政治過程であり,衛生. 費の不正申告,診療報酬の混乱などの問題が発. 部は調整機能としての働きを十分発揮できてい. 生しており,「中央政府の監督から遠く離れた. ない.農民を代表する頂上団体は存在せず,農. 地方政府の持つ権限の大きさが計り知れない」. 村利益を守ろうとする力は限定的なものにとど. (徐 2008, pp. 150~151)と いった 状況 が 生 ま. まり,政治参加を通じて政策の作成に対して影. れているのである.その主な原因は衛生部が調. 響力を行使することは容易ではないと考えられ. 整役として十分に機能していないことにあると.
(16) 80. (376). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 4・5 号(2014 年 1 月). 考える.. る衛生部の調整のもとで,医療政策に関して農. 政策過程 は エ リート 中心 の TOP─DOWN 方. 村と都市のそれぞれの住民を代表する頂上団体. 式ではあるが,地方の政策実施に対する統制は. の構築が必要である.特に,人口の 70% を占. 不十分である.病院に対する統制がなされてい. めている農民の利益を代表し,政府から独立し. なければ,農民の受診行動に悪い影響を及ぼす. た頂上団体の構築がきわめて重要であろう.衛. 結果となる.また新医療制度改革に一部の国民. 生部の調整のもとで関係諸団体が国民各層から. しか参加していないため,多くの人々の声が政. の要望や意見を集約できれば,中国の医療制度. 策に反映されない.このため政府や政策に対す. 改革の方向や対策等に対して大きな影響力をも. る国民の関心や信頼度は低下する傾向がある.. つことができると考えられる.. したがって,衛生部が調整役として十分に機能 するようにするとともに,医師や農民を代表す. 終わりに 本論文の統括と今後の課題. る頂上団体を構築し,国民の利益を守る力を結. 本論文ではロウィの政策類型論に基づいて中. 集して議論を引き起こし,政策に反映させるこ. 国の医療制度の歴史段階の特徴及び衛生部の役. とが極めて重要である.. 割の変化を分析し,政治過程から中国の医療制. 一方,日本の医療政策の大きな特徴は,医療. 度改革の問題点を検討した.今日の中国におい. 制度改革に関する主な提言,意見等のとりまと. ては,エリート中心的な政治過程のもとで衛生. めにおいて厚生省(厚労省)が調整役を果たし. 部が調整機能を十分に果たしておらず,また,. て い る こ と と,関係省 や 各審議会,関係諸団. 農民を代表する頂上団体がなく,農村利益を守. 体,有識者が大きな影響力をもっていることで. ろうとする力は限定的なものにとどまってい. あ る.ま た,日本 で は 医療制度改革 に お け る. る.筆者は,これからの中国の医療制度の再分. 保険制度間 の 再分配 と 世代間 の 再分配 の 議論. 配機能を強化していくためには,先進諸国とり. が 1960 年代から現在に至るまでずっと行われ. わけ中国とは類似点が多い日本からの示唆が重. てきた.この議論が持続的に進められてきたの. 要になると考えている.そこで日本の医療制度. は,厚生省(厚労省)の調整や医師会や労働組. 改革を事例に取り上げ,再分配の視点から日本. 合など公共利益を代表する関係諸団体の努力で. の医療制度改革の政治過程及び医療制度の特徴. あると考えられる.関係諸団体は国民各層の代. を明らかにした.すなわち,日本の医療制度改. 表として,さまざまな国民の各歴史段階のニー. 革の政治過程は,厚生省(厚労省)という調整. ズに合わせて, 政策の作成に関して提言を行い,. 役のもとで関係諸団体の頂上団体が政策形成に. 国民各層の利益の合意が得られるまで議論を続. 参加するエリート中心型の政治過程であること. け,より公平で平等な医療制度の構築や制度間. を特徴として導き出した.日本と中国の医療制. の格差の是正,世代間の格差の是正に向けて努. 度改革の違いとして,日本では医療制度の構築. 力してきた.. や改革における厚生省(厚労省)の自律性,つ. 要するに,日本と中国の医療制度改革の違い. まり積極的にステークホルダー間の利害調整を. として,日本では保険医療制度の構築や改革に. 行いながら再分配政策を推進している一方,中. おける厚生省(厚労省)の自律性,つまり積極. 国の衛生部は国家主席の思想や国務院に対して. 的にステークホルダー間の利害調整を行いなが. 従属的である.医療保障制度の再分配機能の強. ら再分配政策を推進している一方,中国の衛生. 化が求められる中国では衛生部の役割の変革も. 部は国家主席の思想や国務院に対して従属的で. 必要である.. ある.これを踏まえると,中国の医療政策の推. しかし,本論文ではロウィの政策類型論に基. 進においても,日本の厚生省(厚労省)に当た. づいて,毛沢東時代,鄧小平時代そして胡錦濤.
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