273 岩本 隆×池見幸浩 対談─これまでの HR Tech と 2018 年からの HR Tech ─
1.は じ め に
HR(Human Resource)×Technology の造語である「HR Tech」.すでに採 用・育成・評価や従業員のリテンショ ンなどさまざまな分野に関わるサー ビスが生まれているが,本稿では HR Tech分野における研究の第一人者であ る慶應義塾大学大学院経営管理研究科 の特任教授である岩本 隆先生と,HR Techサービスの第一人者である株式会 社 grooves 代表取締役池見幸浩氏の二 人による対談形式で,「これまでの HR Tech」 と「2018 年 か ら の HR Tech」 について議論した内容を寄稿する. 内容の取りまとめについては,これ まで人材派遣ビジネスや人材紹介ビジ ネスを経験し,その知見を生かしつつ 企業誘致施策や地域産業復興など地方 自治体向けの地方創生コンサルティン グも手掛けてきた grooves HRTech 研 究所の主席研究員の梨子田が実施した. 対談の臨場感を出すため口語表現をそ のまま記載している点はご容赦いただ きたい.
2.これまでの HR Tech
対談は「これまでの HR Tech」とい うテーマで議論をスタート.HR Tech の市場規模,海外の動向や日本の位置 付け,資金調達のスタンスなどについ て議論した. 池見:最初に「これまでの HR Tech」 を振り返ってみましょう.まさに岩 本先生の手によって近年の HR Tech にはさまざまな賞が生まれたり,政 府からの支援を受けられたりと,非 常に大きな盛り上がりを見せつつあ りますが,日本における HR Tech は すでに産業として成ったと見てよい のでしょうか? 岩本:HR Tech の市場規模は世界で 2 兆円といわれています.日本はまだ 100億円程度と見られていますが, 今後も成長性のある分野であるのは 間違いなく,すでに産業だといえる 市場規模になっているのは間違いな いでしょうね. 池見:でも,世界から見たら日本の市 場規模はずいぶん少ないですよね. 岩本:そもそも人工知能分野において まだまだ日本はシリコンバレーには 大きく水をあけられています.中国, インド,イスラエルも大きく伸びて きていますよね. 池見:確かに中国は人工知能の特許の 取得数ではシリコンバレーをすでに 抜いたといわれています.中国は国 内 で Facebook や Google な ど の 使 用に規制をかけていますが,その おかげというべきかテンセントの 「WeChat」が出てくるなど,政策的 には大成功したともいえますよね. 一方,技術的見地から見た場合,日 本の位置付けや最近のトレンドとして はいかがでしょうか? 岩本:インプット面でのバラエティが 増えたと感じています.画像や音声 のほか,最近では JINS MEME など に代表されるようなウェアラブル端 末による身体データの活用など,イ ンプット面での技術革新において 日本は進んでいますね.ただ,HR Techに限らず,それをどう分析する のか,という点がもう一つ弱い,と いう印象です. 池見:日立製作所研究開発グループが 開発したハピネス計測もその走りで岩本 隆×池見幸浩 対談
─これまでの HR Tech と 2018 年からの HR Tech ─
Takashi Iwamoto × Yukihiro Ikemi Interview
─ Conventional HR Tech and HR Tech from 2018 ─
岩本 隆
慶應義塾大学
Takashi Iwamoto Keio University.
iwamoto@a8.keio.jp, http://www.tiwamoto.jp/
池見 幸浩
株式会社 grooves
Yukihiro Ikemi Grooves Inc.
yukihiro.ikemi@grooves.com, https://www.grooves.com/
梨子田 光宏
grooves HRTech
研究所
Mitsuhiro Nashida grooves HRTech institute.
m.nashida@grooves.com, https://www.grooves.com/
Keywords:
social problem, decrease of population, HR Tech 2.0. 「人工知能と人材」274 人 工 知 能 33 巻 3 号(2018 年 5 月) すよね.しかし,どう分析をするの かという点も含めて日本はまだそう した技術をどうサービスに転化する のか,という部分が弱いと. これまでのトレンドについて,僕 なりに次のように分類しています. 2000年からは Yahoo! の登場による ポータルの時代,2005 年には Google の台頭によるサーチの時代,2010 年 からは Facebook に代表されるソー シャルの時代.そして 2015 年から AIの時代です. HR Tech に関してもこれまではソ フトウェア系の企業が勝ち組となっ てきましたが,AI 時代の勝ち組は もうソフトウェアの領域を超えて NVIDIAなどのハード側になるので はないでしょうか.こうした状況下 ではどうしても,「AI を活用した○ ○!」,「××の技術を用いた○○!」 などのように技術ありきのサービス や PR が注目される. 特に資金不足のベンチャー企業で は,まずベンチャーキャピタルから お金を集める必要があるため,そう した注目が集まる PR を行ってベン チャーキャピタルの目を引いていた. つまり,ソーシャルの時代では考え られないくらいハード寄りの時代に なったことで技術ありきのトレンド になり,ベンチャーキャピタル側を 向いたサービス設計をしていたよう な気がしています. 岩本:おっしゃるとおり技術偏重になっ ている部分はありますね.もちろん HR Techとしては勃興期でもあり致 し方ない部分もありますが,サービ スの在り方として本質的ではないで すよね.
3.2018 年からの HR Tech
HR Techは勃興期にあったとはい え,これまでは技術偏重のサービスが 多かった.では,今後の HR Tech はど うなっていくのか,あるべき姿や今後 想定されるサービス,研究側が意識す べきことなどについて意見を交わした. 池見:先ほどに引き続き,「2018 年か らの HR Tech」と題して今後のある べき HR Tech を考えたいと思うので すが,その前に,岩本先生は政府も 巻き込みつつ AI 技術を使って民間主 導で HR Tech を推進する,といった ことにも関わられてこられたと思い ますが,これはどういった手法をと られるのでしょうか? 岩本:私が 2008 年からやっているこ となのですが,そもそも使える技術 というのは数多あるので,そうした 技術から入るのではなく,まずは解 決したい課題や問題の設定から入り ます.そこで設定した課題に対して, それにまつわる技術や企業のマップ をつくり,仮説ベースでビジネスモ デルをつくります.ただ,技術があ るのに今そうしたビジネスモデルが ないまたは成功していない,という のは何か民間で乗り越えられないボ トルネックがあるはず,ということ になります.これを政府の力,公的 な機関を使って解消しましょうとい う形ですね.そしてそこからさらに 民間でできることとできないことを 整理して,できないことは政府がや るべき,として政策提言につなげて います. 池見:まず課題ありきで考えて,それ を解決できる技術とビジネスモデル を考える,ということですね.これっ てビジネスとして基本に立ち返るも のでもあって,軸をつくるというこ とですよね.「WHY」の重要性,ゴー ルデンサークルの考え方と同じで す.例えば Apple 製品があんなに売 れている理由は,「どんな性能・商品 なのか= WHAT」ではなく,「どん な効果があるのか・どう使うのか= HOW」でもなく,「なぜこの製品を つくったのか・どんな社会を実現し たいのか= WHY」にフォーカスした 商品設計や PR,ブランディングをし ていて,それに共感した人達が最初 のファン層としてムーブメントを起 こしているからだ,という仮説です. この仮説にはもちろん賛否はある かと思いますが,このような側面は ビジネスには当然あって,一度こう した基本に立ち返って「なぜやるの か,どういう社会を実現したいのか」 を考えることがこれからの HR Tech には必要な気がしています. 岩本:そうですね,これからはまず社 会課題に目を向けて,なぜやるのか, どれだけ社会に貢献するのか,とい う軸で考えるべきかもしれませんね.4.HR Tech 2.0 とは
ここまでの対談の中で,今後の HR Techは「WHY?」にフォーカスし,社 会課題の解決を担うべきだという話が あった.では,それを実現するための 考え方のフレームワークは何なのか, 既存サービスではどういったものがあ るのか,grooves での取組み事例なども あげたディスカッションの模様と,二 人から新たな提言として出された「HR Tech 2.0」についてお届けする. 池見:当社の話で恐縮ですが,grooves が展開しているサービスは社会課題 の中でも非常に大きなテーマである 「人口減少」というところにフォーカ スをしています. 2050 年の世界人口は現在の 74 億 人から大きく伸び 98 億人になると いう統計予測があります.一方,日 本の人口は現在 1 億 2 700 万人から 9 500万人へ減少していく.さらに東 京メガリージョン構想による東京へ の人口一極集中によって地方の人口 減少は全体の数字以上に深刻な状態 で,500 を超える地方自治体が人口 減少に伴う消滅可能性都市といわれ ています. 当社ではこの大きな社会課題に対 して東京から地方への人口移動を実 現する転職プラットフォームをサー ビ ス と し て 展 開 し て い ま す.HR Techと う た う こ と も で き ま す が, HR Techをうたわず,社会課題の解 決を軸にサービス設計しており,こ れが軸となり,社内的にも社外に向 けても強く興味喚起できるサービス となったと実感しています. 岩本先生のご存じの範囲で構いま せんが,ほかにもこういった社会課 題の解決にフォーカスした HR Tech は何かありますでしょうか? 岩本:HR Tech と呼べるかどうかは置275 岩本 隆×池見幸浩 対談─これまでの HR Tech と 2018 年からの HR Tech ─ いておいて,社会課題解決にフォー カスした HR サービスというところ では,地方の人材紹介フランチャイ ズ事業を展開されている会社は面白 い発想だと思いましたね.また,最 近ではリクルートさんが地方創生に 関わるアイディアに対して社内ファ ンドで投資をするという取組みをさ れていて,EdTech 領域で私の知人が これを利用して事業にチャレンジし ています.この事業は経済産業省の 補正予算も取り付けようと動いてい ます. 池見:リクルートさんの社内ファンド のお話はかなり面白そうですが,経 産省の予算がつくという点は岩本先 生が動かれたのでしょうか? 岩本:そうですね.経産省は以前から 生産性向上に資する IT ツールの導入 に補助金を支給してきましたが,こ れに HR Tech の導入を含めるという 動きが始まっています.もともとは 500億円の予算があった補助金なの で今年もそのくらいの規模になるの では,と考えています. 政府の動きとしては,上記以外に も,大企業のサラリーマンが中小企 業に転職した場合に年収の差額の一 部を補助するなどの制度を考えてい ます.この動きも採用や育成という 部分に大きく関わっていきそうです. 池見:その制度はすごいですね! 今当 社でも取り組んでいる社会課題に後 継者問題というものがあります.実 は 2025 年には国内中小企業の経営者 の 60%が 70 歳以上になると予測さ れています.しかもそのうちの 6 割 は後継者が決まっていない.こうし た企業の中には技術力もあり財務状 態も黒字の優良企業が多数あります. こうした企業が黒字倒産となれば, 技術の喪失,雇用の喪失,GDP の減 少など,日本の国力低下につながる 非常に大きな損失になってしまいま す.先ほどおっしゃっていただいた 中小企業への転職の際の年収差額負 担という制度はここにも一石を投じ ることができるかも,と思いました が,何かこうした事業承継問題に対 してほかにも HR Tech として考えら れるサービスモデルはないでしょう か? 岩本:例えば米国のサーチファンドモ デルにテクノロジーを加えてみるの も面白いかもしれません.サーチファ ンド自体は 1980 年代に米国で誕生 した投資モデルで,MBA を卒業した 30歳前後の若者を投資先の社長とし て派遣するというシンプルなモデル ですが,そこにテクノロジーを組み 込むとするなら,全国の中小企業情 報と MBA 学生のデータマッチング などは考えられますよね. 池見:地方銀行のもっている情報をも とに「より詳細な企業情報を算出す る」こともできるかもしれませんね. ほかにも先ほどの人口減少にも関係 しますが,俗にいう U ターン・I ター ン・J ターン,これも地域を超えた 転職になるため,通常の「企業と人」 のマッチングだけでなく,地域特性 や移住者向けの補助施策などをひも 付けてどういう人が移住しやすいか を分析してマッチングに生かして, 今後の移住促進を図るようなサービ スも面白いですね. 岩本:社会心理学のデータをもとに採 用候補者のパーソナリティや志向性 を見極めて,組織とのカルチャー フィットを確かめるツールなども出 てきているのでそれを応用できるか もしれませんね. ほかにも,直接人口減少問題を解 決するものではありませんが,人口 減少を海外人材で補うということを 後押しする HR Tech もあります.海 外の学生データをたくさんもってお り,ここに企業情報をひも付けてマッ チングするといったサービスモデル です. 池見:海外人材の活用促進はマッチン グの領域以外でもさまざまな取組み がありますよね.例えば,飲食店や 小売店の業務マニュアルを簡単に動 画で作成できるサービス.これは日 本語ができない方々への業務説明に 非常に効果があるので海外人材の活 用に一役買っています. こうして考えていくと,新たなサー ビスもいろいろ考えられるかもしれ ませんね.ただ,最近出てきている, 退職者予測やアセスメントチェック, このあたりのサービスの場合は会社 側の視点・人事側の視点が強すぎる. もちろん人事部の工数を削減するこ とも非常に重要なことではあるので すが,もう少し従業員向け・個人向 けだったり,もっと大きく社会課題 に目を向けたサービス設計が必要な んでしょうね. ところで,もう少し読者の方々の 視点で考えて,自分の研究をもっと 使ってもらいたいとなった場合,ど うすればよいのでしょうかね? も ちろん岩本先生に相談しろみたいな 話はあるんですけれど……(笑). 岩本:社会課題を解決して,こういう 世の中をつくるんだ,というイシュー を意識することがまず必要ですね. もちろんそうはいわれてもなかなか 難しいので,例えば,日頃から社会 課題を意識して,「この課題には自分 の研究がどう生かせるのか?」など と考えてみる.もう少し組織的に取 り組むならば,社会課題を抱えてい る方々,日々そうした課題に直面し ている方々と研究者の方々とのディ スカッションをする場があってもよ いかもしれませんね. 池見:課題を抱えている組織が悩みを 研究者に伝え,その解決策に自分の 研究がマッチするかを考える場をつ くるということですね.面白いです ね. い ず れ に し て も こ れ ま で の HR Techが技術ありきの勃興期だとする と,これからの HR Tech は社会課題 を解決することに主眼を置く.これ は HR Tech が今後世の中にもっと受 け入れられるために必要なことだと 思いますね. grooves としても今後岩本先生を HRTech研究所のフェローとしてお 迎えして,今まで以上にテクノロジー の力も使って社会課題の解決に向 かっていく考えです. これまでの HR Tech は,岩本先 生がその勃興期を支援するうえでさ まざまなイベントや賞の企画に参画 されて政府への働きかけも行い,ま
276 人 工 知 能 33 巻 3 号(2018 年 5 月) ずは日の目に当たるようにしてくだ さった.しかし,今大きな転換期に きていると.これはもう HR Tech の定義を変えてしまってもよいかも しれません.2018 年の HR Tech は 日本や世界が抱える社会課題を解決 するテクノロジーを用いた HR サー ビスである,と.なんかこれ,HR Tech 2.0とでも呼びましょうか! 岩本:HR Tech 2.0,いいですね! 2017 年までの HR Tech は,企業の中だ けで使われていたものがほとんどで, それを HR Tech 1.0 とすると,2018 年からの社会課題の解決にフォーカ スした HR Tech を HR Tech 2.0 とす る,ということですね. 池見:HR Tech 1.0 から HR Tech 2.0 へ. すごくしっくりきました! どんどん 使っていきましょう! さて,キレイにまとまったところ でちょうど時間となりました.先生, 本日はどうもありがとうございまし た. 岩本:ありがとうございました.