資本の不良化を考慮したC-CAPMの推計
著者
森澤 龍也
雑誌名
経済学論究
巻
66
号
1
ページ
69-88
発行年
2012-06-20
URL
http://hdl.handle.net/10236/10772
資本の不良化を考慮した
C-CAPM
の推計
An Estimation of the C-CAPM
Considering Bad Capital
森 澤 龍 也
This paper presents empirical evidence on the Consumption-based Capital Asset Pricing Model (C-CAPM) taking the bad capital into consideration. I consider the following two cases about the representative agent’s utility function. One is the standard case of “consumption in utility.” The other is the case of “effective consumption (exclusive of the work of bad capital) in utility.” The empirical evidence shows that these models are capable of fitting the Hansen and Jagannathan (1991) bounds in the case of stock return, however bad capital doesn’t substantially improve the model’s ability to fit Japanese asset returns in these models.
Tatsuya Morisawa
JEL:E21, E44, G12
キーワード:不良資本、不良債権、過剰債務、C-CAPM
Keywords: Bad Capital, Non-performing Loans, Excessive Debts, C-CAPM
1. はじめに
本稿は、「資本の不良化」が生産および消費活動に対して及ぼす影響を組み込
んだ「消費に基づく資産価格決定モデル(Consumption-based Capital Asset
Pricing Model: 以下、C-CAPMと表記)」について、日本のデータを用いて
計量分析を行う。
通常、C-CAPMでは、不良債権や過剰債務の発生は考慮されない。という
よりもむしろ、無限視野をもつ代表的家計の効用最大化(最適貯蓄)モデルに おいて、過剰な貯蓄や資本蓄積が起こる可能性は横断性条件によって排除され
る。しかし、資産価格決定において、不良債権や過剰債務の発生は全く影響し ていないのであろうか。 森澤(2011a)は、このような素朴な疑問に基づき、C-CAPMに「不良債 権・過剰債務の発生」を組み込むための工夫として、「資本の不良化」という アイデアを提示した。その概要は次の通りである。消費主体である家計にとっ て、不良債権や過剰債務の発生は「保有資産の劣化」が起こることである。ま た、生産主体である企業にとって、不良債権や過剰債務は「資本の不良化」で ある。これらは資産価格付けに際して、その価値評価を押し下げる要因になる と考えられる。ただし、不良資本の発生を組み込むのみでは、資産価格決定モ デルにおける安全利子率パズル[Weil(1989)]やエクイティ・プレミアム・ パズル(リスク・プレミアム・パズル)[Mehra and Prescott(1985)]を解 消できないことが示された。 そこで、森澤(2011b, 2012)では、資本の不良化が家計の効用に負の影響 を及ぼす状況を考慮することによって、資産価格決定モデルのパズルが解消さ れる理論的可能性について考察した。家計が企業に資本をレンタルした後、当 該資本の不良度が明らかになる。このような「資本の不良化」は家計の保有資 産が劣化したことを意味し、家計効用に対してマイナスの心理効果を及ぼす。 このような不良資本が効用に与えるマイナスの効果を、「不良資本の逆厚生効 果」と呼ぶ。このモデルでは、通常の標準的なモデルと比較して、資産価格決 定モデルに関するパズルを緩和する可能性が示唆されている。 本稿では、先の素朴な問題意識に基づき、不良債権や過剰債務の発生を C-CAPMに組み込み、この拡張モデルを計量分析する。基本的な枠組みとして は、北村・藤木(1997)の「生産側情報を利用したC-CAPM」に基づき、資 本の不良化が資産価格に与える影響を分析する。なお、資本不良度を計測する に際して、森澤(2010)で推計した過剰債務系列を利用する。 本稿の構成は次の通りである。第2節では、資本の不良化を組み込んだ C-CAPMを定式化する。第3節では、本稿の分析に用いるデータについてみて いく。第4節では、これらのモデルを日本のデータによって推計し、その実証 結果について検討する。第5節では、本稿の議論をまとめる。
2. 不良資本を考慮した C-CAPM
2.1 資本の不良化と生産活動 この経済において、家計は資本(Kt)と労働(Nt)を保有しており、所得 のうちの消費(Ct)と貯蓄の割合を決定するものとする。一方、企業は家計か ら調達した資本(Kt)と労働(Nt)を生産要素として生産活動(Yt)を行う。 企業は当期の生産(Yt)にあたって、前期末(=当期初)に家計からレンタ ルしてきた資本(Kt)を使用する。ストック変数である資本については、t期 初(t− 1期末)の資本ストックをKtと表記する。このKtはt− 1期末に借 りられた直後に、資本減耗とは別に一定割合µt(ただし、µt∈ [0, 1))で劣化 していることが判明するものとしよう。ただし、一旦レンタルしないことに は、どれだけ資本の不良化を起こしているか分からないものとする。 そうすると実際に生産に使用可能な資本ストックは、 e Kt≡ (1 − µt)Kt (1) と定義される。この資本Kte を「有効資本ストック」と呼ぶことにする1)。 以上のような不良資本が発生するもとで、生産活動は1次同次性を満たす 次の生産関数で表されるとしよう。 Yt= F ( eKt, Nt) (2) ただし、∂F ∂ eK > 0, ∂2F ∂ eK2 < 0, ∂F ∂N > 0, ∂2F ∂N2 < 0.すなわち、この経済では、 不良化している部分以外の有効資本および労働が投入されることによって、生 産物が産出されるものとする。 この生産関数を1人当たりの表示に書き換えた関数は次式で与えられる。 yt= F (˜kt, 1)≡ f(˜kt) (3) ただし、f0(˜k)≡ df d˜k > 0, f 00(˜k)≡ d2f d˜k2 < 0. ytはt期における1人当た 1) 本稿のように有効資本を定義している先行研究に脇田(2007)がある。ただし、脇田(2007) は µtを単に「過剰融資、あるいは不良債権比率」ととらえているのに対して、本稿では生産側 情報に基づく C-CAPM に不良債権・過剰債務を組み込むという意図のもとで、本節で展開し ているような「資本の不良化」というアイデアを提示している。り生産水準(yt≡ Yt/Nt)である。˜ktはt期における1人当たり有効資本ス トックであり、 ˜ kt≡Kte Nt = (1− µt)kt (4) と表される。ktはt期における1人当たり資本ストック(kt ≡ Kt/Nt)で ある。 マクロ経済的な観点から、生産物は消費、設備投資に支出される。 F ( eKt, Nt) = Ct+ Kt+1− (1 − δ) eKt (5) ただし、Ct:t期における総消費、δ:資本減耗率(定数)、である。 支出項目の合計式(5)式を1人当たり表示に変換すると、 f (˜kt) = ct+ nt+1kt+1− (1 − δ)˜kt (6) となる。ただし、ctはt期における1人当たり消費(ct≡ Ct/Nt)、kt˜ はt期 における1人当たり有効資本ストック(kt˜ ≡ ˜Kt/Nt)、nt+1はt + 1期の人口 成長率(対前期比:nt+1≡ Nt+1/Nt)、である。 2.2 代表的家計の最適化問題①:基本モデル 前節での設定に基づき、家計と企業の行動を統合して、代表的家計モデルの 枠組みのもとで、資産価格の決定問題を考察しよう。すなわち、予算制約のも とで、代表的家計は現在(0期)から将来にかけての消費から得られる期待効 用の割引現在価値が最大になるように消費と資産を選択する、としよう。これ を定式化すると、次の数学的問題になる。 max ct,kt+1 E0 ( ∞ X t=0 βt· u(ct) ˛ ˛ ˛ ˛ ˛Ω0 ) subject to f (˜kt) = ct+ nt+1kt+1− (1 − δ)˜kt (6) ˜ kt= (1− µt) kt (4) ただし、ρ(∈ (0, ∞)、定数):時間選好率、β≡ 1/(1 + ρ) (β∈ (0, 1)、定 数):主観的割引率、Ωt:t期において利用可能な情報集合、Et{·|Ωt}:条件 付期待値、である。
このとき、この最適問題における一階の条件は以下のようになる。 ct: u0(ct)− λt= 0 f or t∈ [0, ∞) (7) kt+1: Et n λt· nt+1− β · λt+1(1− µt+1)“1 + f0(˜kt+1)− δ”˛˛˛ Ωt o = 0 f or t∈ [0, ∞) (8) ただし、λtはラグランジュ乗数である。 ここで、人口は一定(nt+1= 1)であり、家計保有資産である資本の実質収 益率rt+1は有効資本の純限界生産性に等しい、としよう2)。 rt+1= f0(˜kt+1)− δ for t ∈ [0, ∞) (9) このとき、(7)式と(8)式から、 Et βu 0(c t+1) u0(ct) (1− µt+1) (1 + rt+1)− 1 ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt ff = 0 f or t∈ [0, ∞) (10) が得られる。(10)式はオイラー方程式と呼ばれる関係であり、均衡資産収益 率rt+1の決定式である。この式が本稿での推計モデルの一つとなる。 この(10)式をct+1, µt+1, rt+1, ρについてテイラー展開すると、次のよ うな実質資産収益率の決定式を導出することができる3)。 Et( rt+1| Ωt) ∼= ρ + Et( µt+1| Ωt) + γt· Et „ ∆ct+1 ct ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt « −εt· γt 2 · V art „ ∆ct+1 ct ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt « f or t∈ [0, ∞) (11) ただし、∆ct+1≡ ct+1− ct、V art{·|Ωt}:条件付分散、 γt≡ −u 00(c t)· ct u0(ct) (12) εt≡ −u 000(c t)· ct u00(ct) (13) 2) 定常均衡のもとでは、人口成長率は一定であり、かつ、家計保有資産である資本の均衡実質収益
率は資本の純限界生産性に等しくなる。例えば、Barro and Sala-i-Martin(2004, § 2.2) を参照されたい。
3) (11) 式の導出にあたって、µt+1, rt+1, ρ については原点周りで 1 次の展開を行い、ct+1につ
いては ctの周りで 2 次の展開を行っている。詳細は森澤(2011a)を参照されたい。なお、こ
である。γtはArrow(1951)とPratt(1964)の相対的危険回避度(relative risk aversion)、εtはKimball(1990)の相対的慎重度(relative prudence)で ある4)。 森澤(2011a)ですでに指摘されているように、(11)式から分かることは、 資本不良度µtを生産過程に組み込むだけでは、エクイティ・プレミアム・パ ズルや安全利子率パズルの解消に貢献できないということである5)。そこで、 森澤(2011b)は、家計効用に不良資本が負の影響を及ぼす場合を考察した。 次節では、このモデルを定式化する。 2.3 代表的家計の最適化問題②:不良資本の逆厚生効果 通常、「今期の消費財は来期まで保存できない」という「交換経済の仮定」6) のもとで、t期における時点効用関数はu(ct), du(ct)/dct> 0というように、 t期における消費支出の増加関数として定式化される。 これに対して、森澤(2011b)では、資本の不良化は家計保有資産である資 本の価値減価を意味することから、これが家計効用にマイナスの心理効果を及 ぼす可能性を考慮し、時点効用関数を次のように定式化した。 u(˜ct) = u [(1− µt)ct] (14) ˜ ct≡ (1 − µt)ct (15) ただし、 u0(˜ct)≡ du(˜ct) d˜ct > 0, u 00(˜ct)≡ d2u(˜ct) (d˜ct)2 < 0, u 000(˜ct)≡d3u(˜ct) (d˜ct)3 > 0. (16) という符号条件を満たしているものと仮定する。上の関係とµt∈ [0, 1)とい 4) 相対的危険回避度に関する詳細は、齊藤(2006, § 3.6.1)を参照されたい。相対的慎重度に関 する詳細は、Kimball(1990)、および、齊藤(2006, § 3.6.4)を参照されたい。また、予備 的貯蓄と効用関数の形状(3 階の導関数)との関係については、Romer(1996, § 7.6)の説明 がわかりやすく有用である。 5) この点については、森澤(2011a, pp.9-10)を参照されたい。また、安全利子率パズル、および、 エクイティ・プレミアム・パズルに関する解説として、齊藤(2006, § 3.5.8-9)や Campbell (2003)を参照されたい。 6) 交換経済の仮定については、齊藤(2006, § 3.2.3)を参照されたい。
う仮定のもとで、時点効用関数(14)式は、消費ctに関する導関数について、 u0(ct)≡ ∂u(˜ct) ∂ct = (1− µt)u 0(˜ct) > 0, u00(ct)≡ ∂2u(˜ct) (∂ct)2 = (1− µt)2u00(˜ct) < 0, (17) u000(ct)≡ ∂3u(˜ct) (∂ct)3 = (1− µt)3u000(˜ct) > 0. という符号条件を満たす。 このモデルでは、資本不良度でウェイト付けした消費の負値(−µtct)が 「資本の不良化」に伴う一種の逆資産効果として作用すると考えている。森澤 (2011b)では、このような不良資本による家計効用へのマイナス効果を「不良 資本の逆厚生効果」と呼び7)、 (15)式で定義されているct˜ については時点効 用にプラスの厚生効果を与えるという意味で「有効消費」と呼んでいる。要す るに、このモデルでは時点効用関数を有効消費に関する関数として定義する。 時点効用関数(14)式のもとで、(17)式の関係から、相対的危険回避度と相 対的慎重度は次のように表すことができる。 e γt≡ −u 00(c t)· ct u0(ct) =−u 00(˜ct)· ˜ct u0(˜ct) (12 0) e εt≡ −u 000(c t)· ct u00(ct) =−u 000(˜ct)· ˜ct u00(˜ct) (13 0) 前節と同様に代表的家計モデルの枠組みのもとで、資産価格決定問題を考察 しよう。すなわち、予算制約のもとで、代表的家計は現在(0期)から将来に かけての消費から得られる期待効用の割引現在価値が最大になるように消費と 資産を選択する、としよう。これを定式化すると、次の数学的問題になる。 max ct,kt+1 E0 ( ∞ X t=0 βt· u(˜ct) ˛ ˛ ˛ ˛ ˛Ω0 ) subject to f (˜kt) = ct+ nt+1kt+1− (1 − δ)˜kt (6) ˜ kt= (1− µt) kt (4) ˜ ct= (1− µt) ct (15) 7) この効果は筆者がみたところ、拙稿独自のアイデアであり、適当な用語が存在しない。そこで、 ここでは仮に「不良資本の逆厚生効果」と呼んでいる。この他には、「不良資本の逆資産効果」 という用語も候補の一つである。
このとき、この最適問題における一階の条件は以下のようになる。 ct: (1− µt)· u0(˜ct)− λt= 0 f or t∈ [0, ∞) (18) kt+1: Et n λt· nt+1− β · λt+1(1− µt+1)“1 + f0(˜kt+1)− δ”˛˛˛ Ωt o = 0 f or t∈ [0, ∞) (19) ただし、λtはラグランジュ乗数である。 ここでも前節と同様、人口は一定(nt+1= 1)であり、かつ、(9)式が成り 立つ、としよう。このとき、(18)式と(19)式から、 Et βu 0(˜ct+1) u0(˜ct) (1− µt+1)2 1− µt (1 + rt+1)− 1 ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt ff = 0 f or t∈ [0, ∞) (20) が得られる。(20)式はこの問題におけるオイラー方程式であり、均衡資産収 益率rt+1の決定式である。この式がいまひとつの本稿での推計モデルとなる。 この(20)式をct+1, µt+1, rt+1, ρについてテイラー展開すると、次のよう な実質資産収益率の決定式を導出することができる8)。 Et( rt+1| Ωt) ∼= ρ + µt 1− µt +eγt· Et „ ∆ct+1 ct ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt « − eγt· eεt 2 V art „ ∆ct+1 ct ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt « − (eγt− 2) µt 1− µtEt „ ∆µt+1 µt ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt « (21) − eγt(eεt− 4) + 2 2 „ µt 1− µt «2 · V art „ ∆µt+1 µt ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt « +eγt(eεt− 3) µt 1− µtCovt „ ∆ct+1 ct , ∆µt+1 µt ˛ ˛ ˛ ˛ Ωt « f or t∈ [0, ∞) ただし、∆µt+1≡ µt+1− µt、Covt{·|Ωt}:条件付共分散、である。 8) (21) 式の導出にあたって、rt+1, ρ については原点周りで 1 次の展開を行い、ct+1については ctの周りで 2 次の展開、µt+1については µtの周りで 2 次の展開を行っている。詳細につい ては森澤(2011b)を参照されたい。なお、この導出に当たっても、先の (11) 式の導出と同様、 齊藤(2006, 第 3 章)における導出過程を参考にしている。
(21)式に関して、①µtが一定期間上昇する、②消費と資本不良度の各変化 率間に負の相関がある、③「右辺第2項<右辺第5∼7項の合計」が成り立つ、 などの条件が満たされる場合、(21)式から予測される平均実質利子率は、(11) 式や標準的なC-CAPMから予測されるそれと比較して、幾ばくか低く抑えら れた値になる9)。つまり、 (21)式のもとでは、資産価格決定モデルのパズルで ある選好パラメータの非現実的な値について、ある程度は緩和される可能性が ある。以下では、以上のモデルを日本のデータによって実証的に分析する。
3. データ
本節では、次節の計量分析で用いられるデータについて解説する。使用デー タの期種は四半期であり、データは1980年第1四半期から2009年第1四半 期までの期間で用意されている。 実質家計消費データについては、「家計の形態別最終消費支出(非耐久財+ サービス)」[出所:内閣府HP10)]が用いられている。93SNAデータを使用 しているため、最も過去に遡及できる系列は1980年となっている。実質変数 の使用に当たって、連鎖方式・2000暦年連鎖価格の確報値を採用した。家計 消費については、「労働力人口(全国)」[出所:総務省統計局HP11)]を除す ることで1人当たり系列に変換している。 資産収益率については、株式収益率として「JSRI第一部市場収益率」[出 所:『株式投資収益率2010年CD-ROM』(日本証券経済研究所)]、短期利子 率として「コールレート12)」[出所:日本銀行 HP13)]、長期利子率として「長 期国債(10年)新発債流通利回り」[出所:日本相互証券調べ14)]を採用して 9) 詳細は森澤(2011b, 2012)を参照されたい。 10) 国民経済計算 HP(http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html)。 11) 労働力調査・調査結果 HP(http://www.stat.go.jp/data/roudou/2.htm)。 12) コールレートについては、無担保翌日物レート(1985 年第 3 四半期∼)をベースとして、有担 保翌日物レートの変化率による遡及系列(∼1985 年第 2 四半期)と接続した系列を用いてい る。ちなみにこの他にも、宮尾(2006, p.45n)における接続方法と比較したところ、目立った 違いはなかった。 13) 時系列統計データ検索サイト(http://www.stat-search.boj.or.jp/index.html)。 14) 景 気 動 向 指 数・先 行 系 列 デ ー タ よ り 2 次 引 用 し て い る 。内 閣 府 の 景 気 動 向 指 数 HP (http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/menu di.html)よりデータを抽出した。いる。これらの資産収益率はいずれも、「消費者物価指数(全国、生鮮食品を 除く総合)」[出所:総務省統計局HP15)]で計算されたインフレ率を減ずるこ とで実質化されている。 なお、本稿で用いるデータのうち季節変動が観察された家計消費、労働力人 口、CPIの各系列については、米商務省センサス局の季節調整法X12-ARIMA によって季節調整を行った。 資本不良度µtについては、次のような代理変数を用いた。森澤(2010)に おける全産業・全規模の過剰債務の推計値を利用して、 µ0,t=過剰債務/(短期借入金+長期借入金+社債) µ1,t=過剰運転資金/短期借入金 µ2,t=過剰設備資金/(長期借入金+社債) という定義に基づいて、3種類の資本不良度系列のデータを作成した16)。ここ では、µ0,t:過剰債務比率、µ1,t:過剰運転資金比率、µ2,t:過剰設備資金比率、 と呼ぶ。次節での実証分析に当たって、(10)式と(20)式のµtについては上 記の各系列が用いられる。 図1は、µ0,t∼µ2,tの動きを図示したものである。平成バブル崩壊(1990年 頃)以降、過剰債務比率および過剰設備資金比率は2000年代前半まで長らく 改善されなかった様子がうかがえる。これらの系列は2000年代半ばにかけて 改善したかにみえたが、2007∼8年頃から再び上昇し始めており、両系列とも 2009年現在かなり高い水準に達しようとしている。これらの統計指標の動き から判断するに、日本経済において今後、不良債権や過剰債務の問題が再び深 刻化することが懸念される。 15) CPI ・時系列データ HP(http://www.stat.go.jp/data/cpi/historic.htm)。 16) 過剰運転資金については、森澤(2010)・第Ⅳ節の系列を、過剰債務・過剰設備資金の両系列に ついては、同論文・第Ⅴ.2 節の系列を用いた。各系列作成の詳細については、同論文を参照さ れたい。
図 1 過剰債務比率・過剰運転資金比率・過剰設備資金比率 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 1 9 8 0 1 9 8 1 1 9 8 2 1 9 8 3 1 9 8 4 1 9 8 5 1 9 8 6 1 9 8 7 1 9 8 8 1 9 8 9 1 9 9 0 1 9 9 1 1 9 9 2 1 9 9 3 1 9 9 4 1 9 9 5 1 9 9 6 1 9 9 7 1 9 9 8 1 9 9 9 2 0 0 0 2 0 0 1 2 0 0 2 2 0 0 3 2 0 0 4 2 0 0 5 2 0 0 6 2 0 0 7 2 0 0 8 2 0 0 9 ㆊௌോᲧ₸ ㆊㆇォ⾗㊄Ყ₸ ㆊ⸳⾗㊄Ყ₸ (出所)財務省『法人企業統計季報』等により筆者推計[森澤(2010)]
4. 実証結果
4.1 不良資本モデル①:基本モデル 本節では、第2.2節で導出されたオイラー方程式(10)式を計量分析し、その 結果を検討する。第2.2節の最適化モデルに関して、時点効用関数を相対的危険回避度一定(Constant Relative Risk Aversion: 以下、CRRAと表記)型 効用関数と呼ばれる次式に特定化しよう。 u(ct) = 8 > < > : c1t−γ 1− γ f or γ > 0 and γ6= 1 log ctf or γ = 1 (22) ただし、パラメータγは定数である。 この効用関数のもとでは、(12)式の相対的危険回避度γtと(13)式の相対 的慎重度εtは、
γt= γ > 0 (const.) and εt= 1 + γ > 1 (const.) (23)
となる。(23)式で表されているように、CRRA型効用関数(22)式のもとで は、相対的危険回避度および相対的慎重度は定数となることがわかる。
程式(10)式は、 Et ( β „ ct+1 ct «−γ (1− µt+1) (1 + rt+1)− 1 ˛ ˛ ˛ ˛ ˛Ωt ) = 0 f or t∈ [0, ∞) (24) となる17)。 以下では、この(24)式を日本のデータについて推定し、その実証結果をみ ていこう。表1は(24)式の推定結果である。推定法は一般化モーメント[積
率]法(Generalized Method of Moments:以下、GMMと表記)を用いた。
誤差項については2期の移動平均過程(MA(2))に従うとして、ウェイト行 列においてこの点を考慮して推定した。推定期間は1981年第1四半期∼2008 年第4四半期である。推定に用いる操作変数については、実際の推定に際して どの操作変数を用いるかによって、次の2つの群を考える。なお、消費データ は1人当たり換算の系列を用いている。 ①I1:定数項、トレンド項、2期前の消費成長率、2期前の当該実質資産収益 率、2期前の過剰債務比率 ②I2:定数項、トレンド項、2期前の消費成長率、3期前の消費成長率、2期 前の当該実質資産収益率、3期前の当該実質資産収益率、2期前の過剰債務 比率、3期前の過剰債務比率 (1) 過剰債務比率(µ0,t)を用いた場合 Jテストについては、各収益率に関する推定では、過剰識別制約条件は成立 していないと判断される。収益率間で連立推定を行った場合、10%有意水準の もとで、操作変数群I2のケースのみで過剰識別制約条件は棄却されない。J テストの結果から判断するに、モデル全体の当てはまり具合はあまり良好では ない。 17) (24) 式 お よ び 後 述 の (26) 式 の 計 量 分 析 に 当 た り 、各 系 列 の 単 位 根 検 定( 拡 張 Dickey-Fuller(ADF), Phillips-Perron(PP), 一般化最小二乗法(GLS)に基づくトレンド除去を 行った Dickey-Fuller (DF-GLS))を行った。実質家計消費成長率(対前期比)、実質株式収 益率については、各検定において単位根仮説が棄却される。それ以外の系列では、PP 検定のみ で単位根仮説が棄却される。
表 1 オイラー方程式 (24) 式の推定結果 収益率 操作変数 パラメータ 推定値 標準偏差 t 値 J−TEST H−J (1) 株式 I1 β 1.366 0.065 21.154 22.494 0.014 γ 5.125 12.870 0.398 [0.000] I2 β 1.347 0.030 44.202 22.975 0.003 γ 1.905 3.892 0.489 [0.001] 国債 I1 β 1.316 0.065 20.151 21.927 0.0002 γ 0.678 12.498 0.054 [0.000] I2 β 1.311 0.025 51.996 22.961 −0.077 γ 0.743 2.385 0.312 [0.001] コール I1 β 1.338 0.058 22.992 22.022 0.007 γ 2.682 11.360 0.236 [0.000] I2 β 1.326 0.025 52.118 23.378 −0.081 γ 1.540 2.439 0.632 [0.001] 株式 I1 β 1.254 0.032 39.302 32.523 −2.697 国債 γ −5.527 6.795 −0.813 [0.027] コール I2 β 1.270 0.012 108.810 33.852 −2.432 (連立) γ −2.423 1.895 −1.278 [0.475] (2) 株式 I1 β 1.051 0.065 16.193 1.363 0.075 γ −30.324 9.913 −3.059 [0.714] I2 β 1.114 0.035 32.053 6.762 0.026 γ −17.205 5.348 −3.217 [0.343] 国債 I1 β 1.014 0.053 19.279 4.904 0.083 γ −32.571 8.703 −3.742 [0.179] I2 β 1.083 0.032 33.516 14.761 −0.014 γ −17.646 5.525 −3.194 [0.022] コール I1 β 1.018 0.055 18.382 5.166 0.079 γ −34.262 8.897 −3.851 [0.160] I2 β 1.089 0.035 30.961 14.734 0.026 γ −19.441 5.914 −3.287 [0.022] 株式 I1 β 0.912 0.048 19.110 31.534 −2.822 国債 γ −44.709 8.528 −5.242 [0.035] コール I2 β 1.094 0.018 61.132 35.432 −1.720 (連立) γ −15.308 2.904 −5.271 [0.401] (3) 株式 I1 β 1.464 0.065 22.582 21.286 −0.331 γ 25.142 19.595 1.283 [0.000] I2 β 1.409 0.050 28.226 23.181 −0.489 γ 7.172 6.140 1.168 [0.001] 国債 I1 β 1.415 0.057 24.920 21.668 −8.551 γ 25.795 19.517 1.322 [0.000] I2 β 1.354 0.039 34.554 24.123 −10.453 γ 4.823 4.662 1.035 [0.000] コール I1 β 1.427 0.057 25.217 21.614 −6.409 γ 26.944 20.513 1.313 [0.000] I2 β 1.363 0.038 35.912 24.496 −8.634 γ 6.200 4.954 1.251 [0.000] 株式 I1 β 1.371 0.029 47.681 32.079 −15.358 国債 γ 16.837 9.144 1.841 [0.031] コール I2 β 1.335 0.016 85.112 34.510 −13.815 (連立) γ 2.879 2.793 1.031 [0.443] 注 (1) 推定期間:1981 年第 1 四半期∼2008 年第 4 四半期 (2) J-TEST:過剰識別制約テストの検定統計量、[ ] 内は p 値。 (3) H-J:Hansen-Jagannathan Bound
ただし、確率的割引要素に関するHansen and Jagannathan(1991)の変 動範囲(Hansen-Jagannathan Bound:以下、H-J)については、株式収益率 に関する推定においてH-Jを満たしている。国債利回り、コールレートに関 する推定では、操作変数群I1の場合のみ、H-Jを満たしている。収益率間で 連立推定を行った場合、H-Jを満たしていない。よって、株式収益率ケースの みで、H-Jを満たしていると判断される。この結果は、標準的なCRRA型効 用関数を考慮したC-CAPMの推定結果との比較で改善されている点である。 選好パラメータの推定結果は次の通りである。主観的割引率(β)について は有意に計測されるものの、いずれも1以上の値に推定されており、時間選 好率(ρ)は負値をとってしまう。相対的危険回避度(γ)については、各収益 率に関する推定では正値に計測されるものの、有意に推定されない。選好パラ メータの推定結果についても、あまり良好とはいえない。 (2) 過剰運転資金比率(µ1,t)を用いた場合 Jテストについては、10%有意水準のもと、多くのケースで過剰識別制約条 件は棄却されない。Jテストの結果から判断するに、モデル全体の当てはまり 具合は比較的良好である。 H-Jについては、株式収益率およびコールレートに関する推定においてH-J を満たしている。国債利回りに関する推定では、操作変数群I1の場合のみ、 H-Jを満たしている。収益率間で連立推定を行った場合、H-Jを満たしていな い。よって、株式収益率、コールレートのケースで、H-Jを満たしていると判 断される。この結果は、標準的なCRRA型効用関数を考慮したC-CAPMの 推定結果との比較で改善されている点である。 選好パラメータの推定結果は次の通りである。主観的割引率(β)について は有意に計測されるものの、株式・国債・コール連立・I1ケースを除いて、い ずれも1以上の値に推定されており、時間選好率(ρ)は負値をとってしまう。 相対的危険回避度(γ)については、有意に計測されるものの、過大な負値に 計測されてしまう。選好パラメータの推定結果については、あまり良好とはい えない。
(3) 過剰設備資金比率(µ2,t)を用いた場合 Jテストについては、株式・国債・コール連立・I2ケースを除いて、10%有 意水準のもとで過剰識別制約条件は成立していないと判断される。また、H-J についてはいずれのケースでも負値となっており、H-Jを満たしていない。J テスト、H-Jの結果から判断するに、モデル全体の当てはまり具合はあまり良 好ではない。 選好パラメータの推定結果は次の通りである。主観的割引率(β)について は有意に計測されるものの、いずれも1以上の値に推定されており、時間選好 率(ρ)は負値をとってしまう。相対的危険回避度(γ)については、いずれの ケースでも正値に計測されるものの、有意に推定されない。選好パラメータの 推定結果についても、あまり良好とはいえない。 4.2 不良資本モデル②:不良資本の逆厚生効果 次に、第2.3節で導出されたオイラー方程式(20)式を計量分析し、その結 果を検討する。(14)式の時点効用関数について、有効消費˜ctに関するCRRA 型効用関数を次のように定式化する。 u(˜ct) = 8 > < > : ˜ c1t−γ 1− γ f or γ > 0 and γ6= 1 log ˜ctf or γ = 1 (25) この時点効用関数(25)式のもとでは、(120)式および(130)式より、相対的 危険回避度と相対的慎重度はそれぞれ、(23)式と同じものになる。したがっ て、(25)式の時点効用関数は通常のCRRA型効用関数と同じように取り扱う ことができるという利便性をもつ。 時点効用関数を(25)式に特定化した場合、オイラー方程式(20)式は、 Et ( β „ ct+1 ct «−γ (1− µt+1)2−γ (1− µt)1−γ (1 + rt+1)− 1 ˛ ˛ ˛ ˛ ˛Ωt ) = 0 f or t∈ [0, ∞) (26) となる。 以下では、この(26)式を日本のデータについて推定し、その実証結果をみ
表 2 オイラー方程式 (26) 式の推定結果 収益率 操作変数 パラメータ 推定値 標準偏差 t値 J−TEST H−J (1) 株式 I1 β 1.287 0.039 33.263 11.121 0.071 γ −5.648 2.925 −1.931 [0.011] I2 β 1.297 0.031 42.183 14.763 0.008 γ −3.970 1.989 −1.996 [0.022] 国債 I1 β 1.258 0.037 34.454 5.468 −0.167 γ −7.247 2.751 −2.635 [0.141] I2 β 1.250 0.031 40.058 8.954 0.109 γ −6.872 2.255 −3.048 [0.176] コール I1 β 1.270 0.037 33.997 5.539 −0.055 γ −7.301 2.682 −2.723 [0.136] I2 β 1.269 0.029 43.737 10.435 0.064 γ −5.988 1.946 −3.077 [0.107] 株式 I1 β 1.241 0.023 54.791 32.410 −1.884 国債 γ −5.536 1.705 −3.247 [0.028] コール I2 β 1.251 0.015 84.455 34.089 −2.397 (連立) γ −3.964 0.807 −4.912 [0.463] (2) 株式 I1 β 1.179 0.032 36.796 4.679 0.007 γ −2.739 2.118 −1.293 [0.197] I2 β 1.191 0.025 47.148 8.222 −0.007 γ −1.738 1.770 −0.982 [0.222] 国債 I1 β 1.164 0.020 56.863 14.913 −0.294 γ −0.642 1.004 −0.639 [0.002] I2 β 1.164 0.020 59.184 16.444 −0.098 γ 0.037 0.658 0.056 [0.012] コール I1 β 1.176 0.021 55.792 14.301 −0.384 γ −1.224 1.185 −1.033 [0.003] I2 β 1.177 0.021 56.900 15.203 −0.385 γ −1.143 1.144 −0.999 [0.019] 株式 I1 β 1.163 0.012 99.108 32.900 −2.654 国債 γ −0.416 0.735 −0.565 [0.025] コール I2 β 1.161 0.008 139.067 35.377 −2.086 (連立) γ 0.340 0.405 0.840 [0.403] (3) 株式 I1 β 1.211 0.128 9.480 6.445 0.228 γ −10.279 3.712 −2.769 [0.092] I2 β 1.340 0.054 24.824 17.298 −0.345 γ −4.100 2.065 −1.985 [0.008] 国債 I1 β 1.189 0.124 9.617 4.008 0.274 γ −10.888 3.630 −3.000 [0.261] I2 β 1.315 0.049 26.811 16.797 −4.287 γ −4.540 1.864 −2.436 [0.010] コール I1 β 1.218 0.120 10.171 5.273 0.097 γ −10.190 3.431 −2.970 [0.153] I2 β 1.323 0.046 28.506 17.589 −4.560 γ −4.020 1.726 −2.329 [0.007] 株式 I1 β 1.300 0.028 46.402 32.615 −10.864 国債 γ −3.472 1.203 −2.886 [0.270] コール I2 β 1.317 0.021 61.554 33.890 −13.369 (連立) γ −1.271 0.436 −2.917 [0.473] 注 (1) 推定期間:1981 年第 1 四半期∼2008 年第 4 四半期 (2) J-TEST:過剰識別制約テストの検定統計量、[ ] 内は p 値。 (3) H-J:Hansen-Jagannathan Bound
ていこう。表2は(26)式の推定結果である。推定に当たって、GMMを用い ている点を含め、推定期間や操作変数についても、前節と同様の設定で行う。 (1) 過剰債務比率(µ0,t)を用いた場合 Jテストについては、株式収益率のケースを除いて、10%有意水準のもとで、 概ね過剰識別制約条件は棄却されない。Jテストの結果から判断するに、モデ ル全体の当てはまり具合は良好である。この点は、先の表1と比べて改善した 点である。 H-Jについては、株式収益率に関する推定においてH-Jを満たしている。国 債利回り、コールレートに関する推定では、操作変数群I2の場合のみ、H-J を満たしている。収益率間で連立推定を行った場合、H-Jを満たしていない。 よって、株式収益率ケースのみで、H-Jを満たしていると判断される。この結 果は、先の表1の結果とほぼ同様である。 選好パラメータの推定結果は次の通りである。主観的割引率(β)について は有意に計測されるものの、いずれも1以上の値に推定されており、時間選好 率(ρ)は負値をとってしまう。相対的危険回避度(γ)については、表1とは 異なり、有意に計測されるものの、負値に計測されてしまう。選好パラメータ の推定結果については、あまり良好とはいえない。 ただし、表1と比較して、過剰債務比率に関する推定では、不良資本の逆厚 生効果を考慮した方がモデルの当てはまり具合は改善する。 (2) 過剰運転資金比率(µ1,t)を用いた場合 Jテストについては、株式収益率に関する推定、および、収益率間での連立 推定において、10%有意水準のもとで、過剰識別制約条件は棄却されないが、 その他のケースでは棄却されてしまう。表1の結果と比べて、Jテストの結果 はかえって良好ではなくなってしまう。 H-Jについては、株式収益率・I1ケースのみでH-Jを満たしているものの、 それ以外のケースではH-Jを満たしていない。この結果は、表1の結果より
も当てはまり具合が良好でなくなっていることを示唆している。 選好パラメータの推定結果は次の通りである。主観的割引率(β)について は有意に計測されるものの、いずれも1以上の値に推定されており、時間選好 率(ρ)は負値をとってしまう。相対的危険回避度(γ)については、表1と比 較して有意に計測されなくなっているばかりか、ほとんどのケースで不安定に 計測されてしまう。選好パラメータの推定結果についても、あまり良好とはい えない。 以上の結果から判断するに、過剰運転資金比率に関する推定では、不良資本 の逆厚生効果は働いていないと考えていいだろう。 (3) 過剰設備資金比率(µ2,t)を用いた場合 Jテスト、H-Jについては、表1と比較して、多くのケースで改善している。 これらの結果から判断するに、モデル全体の当てはまり具合は表1と比べて改 善している。 選好パラメータの推定結果は次の通りである。主観的割引率(β)について は有意に計測されるものの、いずれも1以上の値に推定されており、時間選好 率(ρ)は負値をとってしまう。相対的危険回避度(γ)については、いずれの ケースでも有意に計測されるものの、負値に推定されてしまう。選好パラメー タの推定結果については、あまり良好とはいえない。 ただし、表1と比較して、過剰設備資金比率に関する推定では、不良資本の 逆厚生効果を考慮した方がモデルの当てはまり具合は改善する。
5. おわりに
本稿の実証結果をまとめると、次のようになる。第1に、資本不良度とし て過剰債務比率および過剰設備資金比率を用いた場合、不良資本の逆厚生効果 を考慮したモデルの方がモデル全体の当てはまり具合において改善している。 これに対して、過剰運転資金比率を用いた場合はこの効果を考慮すると却って モデル全体の当てはまり具合において良好でなくなってしまう。 第2に、主観的割引率および相対的危険回避度などの選好パラメータの推計結果については、いずれの場合でも標準モデルの実証結果を符号条件の点で改 善することはできなかった。この結果は、選好パラメータの設定に際して、不 良資本の家計効用に対する影響を識別していなかったことに起因していると現 時点では推察している。ただし、過剰債務比率および過剰設備資金比率を用い た場合、相対的危険回避度のパラメータは有意に計測されるようになっている。 以上から判断するに、短期性資金の性格が強い運転資金の過剰度については 家計効用に対する影響が弱く、不良資本の逆厚生効果が働きにくい。これに対 して、長期性資金の性格が強い設備資金の過剰度については家計効用に対する 影響が比較的強く残るため、不良資本の逆厚生効果が幾ばくか機能している。 いうなれば、過剰債務指標の動きが効用段階で家計に影響を与え、ひいては消 費や資産価格付けに影響を及ぼしている。このような意味で、不良資本モデル を拡張する意義および余地が残されていると考えられる。 本稿の実証結果から、今後のモデルの改善点としては、次のような方向が考 えられる。第1に、主観的割引率および相対的危険回避度の推計結果を改善す るために、これらとは別個に不良資本の家計効用に対する影響を表すパラメー タを識別する形でモデルを拡張する方向である。第2に、設備資金のような長 期性の性格が強い資金に関する過剰度指標については、過去の不良資本の影響 が残るように定式化したモデルで分析する必要がある。第3に、C-CAPMの 推計において比較的パフォーマンスが良好な習慣形成効果を同時に考慮するこ とも一案である。これらの拡張については、稿を改めて取り組みたい。 参考文献 北村行伸・藤木裕(1997)、「サプライ・サイド情報を利用した消費に基づく資本 資産価格モデルの推計」、『金融研究』(日本銀行金融研究所)、第 16 巻第 4 号、 pp.137-154。 齊藤誠(2006)、『新しいマクロ経済学(新版)』、有斐閣。 宮尾龍蔵(2006)、『マクロ金融政策の時系列分析』、日本経済新聞社。 森澤龍也(2010)、「日本における過剰債務の推計と分析─『法人企業統計季報』に よる各種推計の比較検証─」『流通科学大学論集 経済・経営情報編』、第 18 巻 第 2 号、pp.53-77。
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