論 文
イオン・原子衝突による電荷移行と内殻励起断面積
内藤洋子 小池文博 藤間一美
(平成3年8月31日受理)Charge Transfer and Inner Shell Vacancy Production in
Ne+0+Ne+7 Collisions
YohkoNAITOH FumihiroKOIKE KazumiFUJIMAAbstract Inner shell vacancy production probabilities were calculated quantitatively for Ne+o十Ne+7 system. Perturbed Stationary State approximation was used to solve the time dependent Shr6dinger equation. Rotational and radial coupling matrices as well as potential energies were computed by the DV−Xαmethod. The results are consistent with experiment and support our previous model.
1.はじめに
Ne+7とNe+°の衝突にともなう内殻励起と電荷移行 の機構を解析することによって,衝突の後で放出され るK−X線の異方性が定性的に説明できることを,文 献1(以後1と略す)で示した。ここではその解析を さらに押し進めて,時間依存のシュレジンガー方程式 を解いて求められた結果について述べる。この研究の 意味や実験との対応については既に1で述べたので, それらについては省略する。 2.方 法 いくつか1と記述が重複するが計算法の全体を見直 しておく。衝突するイオンと原子の系の議論の出発点 は時間依存のシュレジンガー方程式 湯φ(r,R(t))−H(r,R(t))の(r,R(t))… (1)[12] である(口の中に付した式の番号は1の式番号に対応 する)。ここで波動関数φは電子の座標rと時間ととも に変化するイオンあるいは原子の座標Rの関数であ る。¢がRを通して時間に依存することを¢(r,R(t)) と書いた。方程式(1)の解として *電子情報工学科,Department of Electrical Engineering and Computer Science. **k里大学医学部,School of Medicine, Kitasato University ¢(r,R(t))=Σaゴ(t) U,(r,R)exp[一‘∫⇔4τ]…(2)[13] を仮定する。このPSS法と呼ばれる方法ではU」(r, R)は核の位置Rを固定した,つまり原子が動かないと したときのシュレジンガー方程式 H(r,R)U」(r,1∼))=e」Uj(r,R)・・・・・・・・・・・・・・・・・・… (3)[14] を満たす。(3)を(1)に代入すれぽ,時間に依存する係数 のについての方程式 昔・・(t)一一Σ<嶋1ひ> al(t)exp[−i∫(ε1−(ミグ)dt] ……・…・・(4)[15] が得られる。式(4)は緊密結合方程式と呼ばれる。二体 衝突の場合に結合行列要素〈U,1∂/∂tl U,〉が極座標 系にとると回転結合〈u、 1 iL。1[UJI〉と動径結合〈U, 1∂/∂Rl[』〉の行列要素に分けて考えられること,ま たそれらの物理的な意味については1で説明した。 そこで,問題は行列要素<[元1∂/∂τ1[1>とポテン シャルエネルギーεiを正しく計算すること,それを用 いて緊密結合方程式(4)を積分することに要約される。 前者については精度の向上のためにいくつかの改良を 行った。その変更点だけを簡単にまとめておく。 式(3)のejとU,を計算する手法の大筋は文献2と変わ らない。式(3)のU,は原子基底関数wの線形結合(いわ ゆるLinear Combination of Atomic Orbital−Molec− ular Orbital)で書き表されている。すなわち U」=Σ C」hWh……・…・…・………・……・……・………(5) で係数cは永年方程式平成3年12月 Hc=εSc, ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・… (6) を解いて求められる。ここでHとSはいわゆるハミル トニアン行列Hと重なり行列S 1了ガ==〈wllHIW」〉 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・… (7) sが=〈Wll W」〉 である。この疏,Si、’を求める数値積分を文献2の方法 は直交座標系を用い,モンテカルロ法に基づいた数値 積分法の一種であるDV法で行っている。これを我々 は,円筒座標系を用いて,積分にはDE型の公式を使 うように改良した。DE型の積分公式とそれによる精 度の向上については文献3と4にそれぞれ記述があ る。 2点目の変更は結合行列要素の計算である。式(5)の 係数cは核間距離の関数であることに注意して動径結 合の行列要素を求める微分演算子∂/∂tをUに施すと 貴σ一Σ☆・・%+Σ・融……・・………・(8) を得る。式(8)の第2項の計算は足立,安井ら(5)に従う。 第1項の係数c(R)の微分は数値微分を行う。ところで 永年方程式(6)を満たす固有値ベクトルの係数cは符号 の任意性があり,近接する2つの核間距離で計算され たcが同じ符号を持つとは限らない。cの符号を選び 直すためにある核間距離Rでのまわりでc(R+∠R)を 展開してARの2次の項までとる。すなわち C(R+aR)−C㈹+aRC’(R)+誓2ピ(R)・…・・(9) 算子(∂/∂t)を乗じた結果をこのようにして計算した 後,三次元の積分はHやSの積分と同様に円筒座標系 でのDE公式を用いる。 次にこのようにして求めた結合要素とエネルギーを 用いて緊密結合方程式を積分する。イオンの運動を電 子の運動と分離して考えるPSS法では,イオンの軌跡 をあらかじめ与える必要がある。実際にはイオンー原 子間に働く力はその系の電子状態によって変化する。 しかしこれをイオンの有効電荷q,q’,その遮蔽定数を αとしてq,q’exp(一αR)/Rのようないわゆる遮蔽さ れたクーロンカを感じながらイオンが古典的な軌道を 動くという近似をここでは用いる。Ne+7とNe+°の衝 突の場合,興味ある衝突エネルギー範囲は10∼30MeV と高エネルギーなので,q,q’,αの選び方によらずイオ ンはほとんど直線軌道を動く。計算ではq,q’に7と 3,α=0を仮定した。連立微分方程式(4)を解く手法は 小池による(6)。系の初期状態,すなわち2つの核が無限 に離れた状態での電子配置は1で述べたように原子基 底の表現でNe+7(1s)2(2s), Ne+°(1s)2(2s)2(2p)6であ る。この初期電子配置と衝突径数bによって決まる先 に述べたクーロン軌跡を運動すると仮定して,緊密結 合方程式を積分しaj(t=○。)を求める。1aj (t=∞)12を計 算すれぽ衝突の後,電子がj番目の軌道にいる確率巳 (b)が得られる。さらにPj(b)をbで積分した量 σ、・=2π∫P,(b)bdb・……・………・…・・………仙 が衝突の後に電子がjに残される断面積を与える。 3.結 果 とする。Rの近接する3点R,R+a,R+b(b>a)での係 数cの値が分かれば c’iR)一(2F_Sb).a{c(R+b)−c(R)}………’…’…⑩ 一( ba−b).b{・(R+・)一・㈹} ・,1iR)・=−s.多一。){・(R+b)−c(R)} 一。.(2b−a){c(R+a)一・㈹} が求まる。核間距離を変化させて計算をはじめる初め の3点ではc(R+a)とc(R+b)の符号を選び直してc” (R+b)を最小に,また4点目からはc(R+b)の符号だ けを反転させてc”(R+b)を最小にする符号でのc’(R +b)を求める。この前進型の微分公式を用いる方法は 後で述べるようにポテンシャル曲線に交差がない場合 には極めてうまく動作する。ただし,ポテンシャルが 交差するときには必ずしも正しい結果を与えない。演 Ne+7とNe+°の系で原子基底関数にNeの(1s)(2s) (2p)を用い,核間距離を5.Oa.u.から0.001a.u.まで59 点変化させて得られた断熱ポテンシャルを図1A,B に示す。H, S行列の積分方法の違いによって1に示 したものと多少の差異が認められるが,それはこのポ テンシャル曲線よりはむしろ次に示す行列要素に現れ る。 図2は2σと1πの回転結合の行列要素を示す。1 で述べたように2σ,1π軌道は核間距eeR= Oの極 限で融合原子の2p、と2Px軌道に近ずく。回転結合の演 算子によって2P。はy軸のまわりに回転して2p。に重な る。したっがてR=0で行列要素の値は一1に等しい。 実際の数値計算の値はR−0.001a.u.で行列要素の 値一1.14を与える。この14%の誤差はここで比較した い実験の精度に比べて十分よい。 さて次に動径結合に移る。図3に1σと2σの行列 要素を示した。核間距離約0.5a.u.で動径結合の値は
三 三 :; 三 口 一5 一10 一20 一50 ; : £ −1。o
o
一2咀o 0.5 1.0 1.5 1nteretomic Distence (o.u.⊃ 2.0 図1 Ne+7+Ne+°のエネルギー相関図 A:σ軌道, B’π軌道
『 三 : : 口 一5 一10 一20 一50 二 三 2 −1000
一2W.tl 0.5 1.0 1.5Interetomi c Di st ence {e. u. )
Fig.1 Calculated potential energies for Ne+7十Ne+o. A:σ一states and B:π一states. 2.0 こ :
E
:s
ε : 二 二 三 品 二 :t
2
9
8
一; ; よIn{era{omi o Di stance Ie・ u・ D
図2 核間距離に対する2σ一1πの回転結合行列要素 Fig.2 Rotational coupling matrix element between 2σand 1πstates against interatomic distance. lntCratomi C Di 3tenCe (e・U・ 】 図3 動径結合行列要素(1σ一2σ) Fig.3 Radial coupling matrix element between 1σand 2σ states versus interatomic distance. 山を持つ。それより小さな核間距離で行列要素の値が 増加しているのは波動関数を展開する基底が不十分な ためと考えられる。特に融合原子の1s軌道が正しく 表せるような基底が含まれていないためで,1σの波 動関数の精度の悪さに原因がある。 2σと3σ,4σの動径結合の行列要素の核間距離 依存性を図4A, Bに示す。得られた結果が妥当なも のであるかないかは,回転結合の場合のように容易に 判断がつかないが,2σと4σの軌道の間の行列要素 は核間距離0.5a.u.以下で異常と思える振動を示す。 図1Aに示したσ軌道のポテンシャルエネルギー曲 線を再び眺めてみよう。4σ軌道は0.5a.u.付近で3 σと,それより少し内側で5σ軌道とエネルギーが接 近し,あたかも交差しているかのように見える。この いわゆるavoided crossの前後では,分子軌道を表す 原子基底関数の重ね合わせの係数cが大きく変化する
平成3年12月 二 二
E
2
9
二 二 ; 差 .: ;E
ご9
8
一i; ; 三 2 1 80 1◆0 3. ↓.0 5 一1B
一2 一3 一4 一5 一6 0Interatomi c Di 3tance ⊂a. u. ) lnteretomic Di3tance le.u.}
図4 動径結合行列要素(A)2σ一3σと(B)2σ一4σ Fig.4 Radial coupling matrix elements between(A)2σand 3σstate and(B)2σand 4σstate. と予想される。ふつう“軌道の性質が変わる”という 言葉で呼ぼれる点で,式⑩で示した係数cの前進型の 微分公式はうまく働かない。これが2σと3σの行列 要素の値が核間距離に対して比較的なだらかに変化を みせるのにたいして2σと4σが大きく振動する理 由である。軌道が交差している点で軌道の名前を付け 変えることによって,このような振動を避けることが できる可能性が示されているが,まだ確立された技術 にはなっておらず数値的に不安定な結果を与える場合 も多いm。 さて,以上述べてきたような結合行列要素を用いて 緊密結合方程式を積分した結果を図5,6に示す。ど の結果も衝突径数0.2から2.5a.u.まで0.1刻みに分割 した点で計算を行った。 1で述べたようにNe+7+Ne+°の衝突の後で異方性
を持つX線が方出されるためには2σ空孔に1σか
ら電子が動径結合により乗り移って,衝突の最後に1 σに電子空孔が残って1πに1つ電子がいる状態が つくられる必要がある。そこでまず1σと2σの動径 結合でどのように電子が移動するかをみるために方法 の項で述べた初期状態に(1s)1の電子配置を仮定した 計算結果が図5である。衝突径数の変化に対して1σ と2σに電子がいる確率が振動する様子が2a.u.以下 の衝突で得られる。この振動の様子は2チャンネルの 緊密結合方程式を解析的に解いたモデルでよく知られ ているものである。軌道エネルギーがごく接近して動 径結合が大きな値を示す0.5a.u.近傍だけでなく1σ 0.9 ニ ニ ニ O.6三 工 : : 三 〇・3 : ノ・ 占 o・乱o 1.0 2.0 Imoact Paremeter b le.u.) 3.0 図5 衝突エネルギー20MeVのときの1πと、nσ(n=1,2,3, 4)の間の遷移確率。 Fig.5 Transition probabilities between lσand nσ(n= 2,3,4)and 1πstates against impact parameter. Each state is plotted by different line type: 各線は次のような軌道を表す。 1σ 2σ一一一一 36−− 4tr−一一一一 1π 一・一・一 一2σの遷移がかなり広範囲の核間距離で起こる可 能性を示している。 さて,1σに電子空孔が生ずる過程を時間を逆転させてながめると電子が1πから2σ,1σと移ること になる。そこで1πに電子がある初期状態から緊密結 合方程式を解いた結果が図6である。衝突エネルギー を10∼30Mevの間で変化させたいずれの場合でも1 πの存在確率が2a.u.以下でより小さくなる。すなわ ち1πから空孔が移動する確率は衝突径数が1a.u. 以下の衝突ではじめて大きくなる。これは回転結合の 行列要素が1a.u.より大きいときにほぼoに等しい 0.9 : 二 : 0.6 : 匹 ニ ニ ; o・3 二 ; o・£ iAN・,,/ ハ ’∼” ’ ’一、 A 、 、、、 、
/∼一’x・\
、 、A
、 ’一一一一 一一’ ’ s 0 1.0 2.0 ImPact paremeter b la・u.) 3.0 (図2を再び参照)ことから理解できる。 各衝突エネルギーごとに遷移確率を積分して最終的 な断面積に直したのが図7である。図の横軸の単位は 重心系での電子質量単位を用いた原子単位である。Ne とNeの衝突の場合実験室系で10Mevの衝突が1.8× 105a.u.に対応する。1σに空孔の生ずる断面積が衝 突エネルギーの増加とともにわずかではあるが,増大 する結果が得られる。放出されるX線の異方性を求め るためには,1σの電子が4σに励起される確率をさ らに求める必要があり,現在実行中である。この1σ 一4σの遷移確率の衝突エネルギー依存性は小さい と予想される。その場合,神原,粟屋らの実験8)で衝突 0.9c
3
: 0.6 : 匹 : :: 一; : ; 0.3 o・£oへ
0.9 二 二 二 〇.6 巳 」 : : ’a : ; 1 三 2.0 L5 / 1.0 / 一一’_
0.3 o・e. s ハ ノ・1/ 、
)1/ ’・・、 st, 、 、 ’ 0 1.0 2.0 ImPaet Paremeter b 【e.u.) 3.0 図6 1πとnσ(n=1,2,3,4)軌道の間の遷移確率 A:衝突エネルギー10MeV B:衝突エネルギー19MeV C:衝突エネルギー30MeV 各線の表す軌道は図5と共通。 Fig.6 Transition probabilities from 1πstate to nσ(n=1,2, 3,4)states at collision energy 10,19 and 30MeV in Lab System. : : : m : 20
1.0 0.5 2.0C
ImPect peremeter b le.u.) 3.0 IE卍.060.2ε.060.3E.060.↓E.06 lncident Energ7 図7 衝突エネルギーに対する内殻励起断面積 各線の表す軌道は図5と共通。 Fig.7 Total cross section against collision energy. 0.6E◆06平成3年12月 エネルギーの増加にともなって放出されるX線の異方 性が増す傾向と計算の結果は一致する。 4.まとめと今後の問題 時間依存のシュレジンガー方程式をPSS法を用い て解くことによりNe+7とNe+°の衝突で起こる内殻励 起と電荷移行の断面積を計算することが可能になっ た。数値計算上まだ改良の余地を残す問題もいくつか 存在する。たとえば数値解の不安定性を呼ぶために行 わなかった原子基底関数の最適化,ポテンシャルが交 差するときの原子基底関数の重ね合わせ係数の数値微 分といった問題である。 しかし,これでNe+7とNe+°の系に限らずに広範囲 の系に対して利用できる計算手法がほぼ確立されたと 考える。K−X線の異方性の問題に関しては神原らは 既に観測しやすいSiとArの系に実験の主力を移し ている。分離原子の極限で異核分子として扱えるこの 系の方が理論的にも扱いやすくただちにこの報告で述 べた方法を適用できる系である。また今後は分子,あ るいは表面とイオンの衝突の系にその応用を考える段 階にある。そのような系では多原子系を扱うことを得