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世界の壊滅と再生─中国神話における自然災害

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(1)

世界の壊滅と再生─中国神話における自然災害

著者

楊 利慧

雑誌名

東北宗教学

15

ページ

47-70

発行年

2019-12-31

URL

http://hdl.handle.net/10097/00127437

(2)

世界の壊滅と再生──中国神話における自然災害

1

楊  利慧

山田 仁史 訳

キーワード 自然災害、中国神話、災害倫理、災害叙事 はじめに  「災害」は疑いなく、現代社会におけるキーワードの一つである。自然環境 が変化し、また人類の自然に関与する能力が高まるにつれて、関与の程度は絶 えず深化し、各種の天災や人災はこの世界上で、ますます頻繁に出現している。 洪水や旱魃や地震から、大気汚染・温室効果や放射能漏れに至るまで、災害の 発生は世界各国の人々の心を動かし、災害に関する知識への渇望および対応策 への要求は、日ましに高まっている。この現実的要求に応じて、学術界におけ る災害研究も次第に顕著となってきた。特にここ半世紀以来、自然科学以外に も災害社会学・災害人類学および災害民俗学といった分野があいついで出現し、 関連した検討を不断に推進することで、災害の認識と人類社会・文化・経済と の相互関係に対して、積極的に貢献してきた。筆者は一人の神話学者・民俗学 者として、このたび日本で「東北アジアにおける地質の安定化と人類の適応」 (Geologic Stabilization and Human Adaptations in Northeast Asia)という多分 野にわたるフォーラムのうち「自然災害と宗教/神話」(Natural Disaster and Religion/Mythology)のワークショップに参加し、心から喜びをおぼえた。と いうのも、人類の自然災害に対する記憶と災害への対応策を最も早く記録した ものが神話であり、それは後世の関連する知識や行為に対して源泉と典拠を提 供しているので、「人類の自然災害や災難への適応・対応に関する既成知識と 1 本稿は、筆者が東北大学の招きに応じ、ワークショップ「自然災害と宗教/神話」(2018 年6月5日、仙台)にて行なった基調講演にもとづく。

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はどのようなものか」2について、神話学は裨益するところ大なるものがあり、 この視点は災害にかかわる多分野の研究において不可欠だからだ。  神話が語るのは主として神々、始祖、文化英雄や神聖な動物、およびそれら の活動にかかわる物語であり、神話は宇宙・人類(神々や特定の民族を含む) や文化の最初の起源を解釈するとともに、現世界の秩序を最初に措定する3。神 話において、災害の発生はしばしば局地的なものにとどまらない。すなわち洪 水・地震・旱魃など頻出する災害の類型において、その範囲は広大な宇宙、全 世界・全人類に及ぶ。よって、災害神話がふつう語るのは世界の壊滅と再生で あり、主な内容は宇宙の秩序と人類生活の秩序の破壊・恢復・調整と再建であ る。  中国の56民族において、災害神話は形式が多様で数が多いのみならず、その 分布もかなり広く、また災害の形式、発生原因、避難方式、対応および災害後 に世界の秩序を恢復する過程などにもかかわっている。こうした神話は伝承に よって──すなわち物語ることで──、太古の時代、世界で起きた壊滅的な災 難および世界秩序が壊滅後に恢復し再建されたことを述べる。中国の災害神話 には、この土地で生活していた初期人類の災難に対する深い記憶と、その災害 に対峙した経験と倫理とが刻み込まれている、と言えよう。後世の長い歳月に おいて、こうした記憶・経験・倫理は代々伝えられ、後の中国人の生活世界に も影響を及ぼし続けている。指摘すべきなのは、中国の災害神話中には多くの 国々と似た類型とモチーフもあるが、特殊な形式および精神的核心も少なくな いことだ。  本稿は『中国神話モチーフ・インデックス』(以下『索引』と略称)4を頼りに、 まず中国諸民族の災害神話にみられる主要な神話モチーフを整理し、そこに表 された人々の災害に対する認識と感覚とを分析し、中国の学者が関連する問題

2 D. S. Mileti, T. E. Drakek and J. E. Hass, Human System in Extreme Environments: A

Sociological Perspective, Institute of Behavioral Science, University of Colorado, 1975を参照の こと。

3 楊利慧『神話与神話学』北京:北京師範大学出版社、2009年、5頁。

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について出してきた見方と論争を示す。次に、中国の災害神話における主要な 特徴およびそこに顕れた災害倫理(ethics of disaster)を考察するとともに、さ らに一歩を進め、災害神話はいかにして中国人の災害観に影響を及ぼし続け、 現代中国の災害伝承を深く形作っているかを見てみたい。 1 災害の主要形式  中国諸民族の神話において、比較的よく見られる自然災害の形式は洪水、天 地の崩壊、複数の太陽(および月)の出現、火災および地震である。 1 大洪水(『索引』番号900)

 多くの諸国におけると同様、世界的な洪水(world flood or cosmic flood)が 中国神話中で最もよく見られる災難の形式だ。著名な中国学者のダーク・ボッ ド(Derk Bodde)はかつて「中国神話の種々の題材を通観するに、発生が最 も早く、分布が最も広いのは洪水に関する題材である」と指摘したが5、確かに そうである。分布の最も広い4種類の災害神話──女媧の天地補修、禹の治水、 羿の射日、兄妹婚型洪水神話──のうち、射日以外はどれも洪水と関係する。 神話学者・陳建憲の統計によれば、中国40余りの民族に、ひとしく洪水神話が 伝わっている6  神話の中では、洪水が引きおこした世界と人類の壊滅における惨状が、しば しば生き生きと描かれる。中国古代文献の中では、禹とその父の鯀の時代に発 生した洪水が、ほとんど人類全体の生活秩序を破壊した。つまり「堯の時に当 り、天下猶お未だ平かならず。洪水横流し、天下に泛濫す。草木暢茂し、禽獣 繁殖し、五穀登らず、禽獣人に逼る。獣蹄鳥迹の道、中国に交わる」という7 また雲南省楚雄の彝族に伝わる創世叙事詩『梅葛』では、洪水の描写が次のよ 5 D・博德「中国古代神話」塞・諾・克雷默(編)『世界古代神話』魏慶征(訳)北京:華 夏出版社、1989年、371頁。 6 陳建憲『論中国洪水故事圏:関于568篇異文的結構分析』華中師範大学博士学位論文、 2005年。 7 『孟子』滕文公上。

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うに非常にヴィヴィッドである。  狂風と暴雨が辺りを浸し、水の音も激しく波は翻り、天下はあまねく水 におおわれた。……洪水はぐんぐん天に迫り、海の魚は天上の星を食らい、 蟹たちも天上を駆け、昼夜の別もわからず、ただ水と風と波の音だけ。洪 水は77昼夜つづき……人間はいなくなった、人間はみな死んでしまった8    こうした描写は、洪水が人間の骨身に刻みこんだ恐怖と心痛との記憶を、明 らかに反映している。 2 天地の崩壊(961)  神話の中で発生する災難には、洪水・地震・火災(その程度や規模は誇張さ れているが)などのように現実世界に散見する形式もあるが、天地の崩壊がも たらした、さらに広範囲にわたる宇宙の壊滅という、神話中に特有の災害もあ る。『淮南子』覧冥訓には、こうした世界破滅型の災害が「往古の時、四極廃れ、 九州裂け、天は兼覆せず、地は周載せず、火は 炎として滅えず、水は浩洋と して息まず、猛獣は顓民を食い、鷙鳥は老若を攫む」と記される。このくだり には、宇宙を壊滅された一大事件が生き生きと描写されている。はるか遠い古 代、天地の間に巨大な災難が発生した。天を支えていた四本の天柱は倒れ、大 地は裂けた。天は大地を覆いつくすことができず、地はあまねく万物を載せて おくことができず、大火が燃え広がり、洪水が氾濫して、各種の凶暴な禽獣が この機に乗じて害をなし、人々を攫い食っては命をうばった。こうして宇宙は 秩序ある状態から、大混乱に陥ったのである。吉林省長春地区に伝わる「女媧 の天地補修」神話には、この災難を次のように描写する。「地は東南に沈み、 海水はグイグイと上昇した。天は西北に崩れ、大小の穴があいて、星々も張り ついていられず、一個また一個、パラパラと下に落ちた」9 8 雲南省民間文学楚雄調査隊『梅葛』昆明:雲南人民出版社、2009年、33 34頁。 9 陳建憲(選編)『人神共舞:中国各族民間神話精品』武漢:湖北人民出版社、1994年、93頁。

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 この種の神話はしばしば、古代中国人の宇宙観を鮮明に体現している。すな わち第一に、天空は石のような物質でできている。第二に何本もの(4本、8 本、12本など)柱が天地の間を支えている。第三に天空は大地を覆っている。 天柱が倒れることで、天地も崩壊して洪水や火災や猛獣の害をもたらす。これ は疑いなく世界規模の大災害である。 3 複数の太陽の出現  複数の太陽が出現して甚大な旱魃をもたらすというのも、中国神話に最もよ く述べられる災難類型の一つである(No. 232. 1. 1, 887, 952)。太陽の数は2 つから12個などいろいろで、最も多いのは72個である10。このモチーフが比較 的早く記録されたものは『淮南子』本経訓、王逸注『楚辞』天問などで、どれ も次のように言う。堯の時代、十個の太陽が同時に出て穀物を焦がし、草木を 枯らしたため、民衆には食べ物がなくなったと。黒竜江省同江県に伝わる赫 哲 族の神話にはこう言われている。「初め天に三個の太陽があった。天の中間 にぶらさがり、悪辣なやつらで、火鉢のようだった。ひどい目にあったのは民 衆で、照りつけられて息もつけず、暑さのあまり飯ものどを通らず、ろくに眠 れもしない。地上の穀物は芽を出すやいなや枯れてしまい、川の水はみな涸れ てしまい、山の樹は焦げて死んでしまった。飛ぶ鳥に走る獣、みな海辺に集まっ て洞穴に隠れ、出てこようとはしなかった」11。こうした神話はみな、複数の太 陽が出たことによる旱魃が、人類にもたらした巨大な災難を生き生きと描写し ている。 4 火災(951)  浙江省一帯に伝わる現代の民間口承神話において、世界の壊滅を引きおこす 巨大な災難はしばしば火災である。天から降る油の雨が大火を起こすとか、時 にはこの火災に旱魃が伴うこともある。たとえば浙江省湖州地区に伝わる「油 10 前掲『中国神話母題索引』213 214頁。 11 馬昌儀(編)『中国神話故事』北京:中国広播電視出版社、1996年、596頁。

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の雨が畑に降り注ぐ」では次のように言う。  昔々のこと、天下はそれまでなかったような大干魃に見舞われ、九ヶ 月と九日間にわたって雨が一滴も降らなかった。……九ヶ月めの十日め、 天の神様は顔色を変えると、黒雲がもくもく湧き、稲妻は光り雷鳴はと どろき、ザーザーと大雨が降ってきた。ところが、あろうことか降って きたのは油の雨だ。油の雨は熱く乾いた畑に落ち、パチパチと炎が上がり、 青白い煙が立ちのぼる。油の雨が落ちたところは、そこらじゅう大火事だ。 あっという間に、至るところ炎うずまく火の海だ。人々は狂ったように 走り回って逃げ惑う12  時に、火災の発生形式は天からまず綿花が落ち、次に油の雨が降り、最後に 火種が落ちて、全世界を壊滅させる巨大な火災を引きおこすというものもある。 5 地震(958)  古代中国人の宇宙観においては、天空が天柱で支えられていた他、大地もそ れに対応する地柱で支えられているのが常だった。このため大地は陥落するこ とがないというのだが、より頻出するのは、大地が地下にいる何らかの神聖な 動物により支えられている、というものである。この種の神聖な動物は牛、亀、 魚、蛇、象、鯨、竜、鶏などである。この神聖な動物が身を翻したり、まばた きをしたり、呼吸したり、あるいは休憩したりすると、地震が発生するという。 たとえば新疆カザフ族の神話によれば、初め大地は揺れて安定しなかった。創 世主ジャサガンは一頭の青牛を引いてきて、大地を牛の角の上に固定した。牛 は一本の角だけで支えている。この大きな青牛が片方の角からもう一本の角へ 大地を載せ換えるたびに、地震が起きるのである13  上述した災害の他、中国神話に述べられた巨大な世界災害としては、うち続 12 鍾偉今(主編)『浙江省民間文学集成 湖州市故事巻』杭州:浙江文芸出版社、1991年、58頁。 13 前掲『人神共舞:中国各族民間神話精品』104頁。

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く極寒の冬(953)、大雪(954)、熱風(955)、疫病(956)などもある。これ らの自然災害も世界と人類の壊滅を引きおこす。  では、神話に描かれたこうした災害は過去、本当に発生したのだろうか。中 国の多くの学者の考えでは、神話とはある民族が口伝してきた神聖な歴史であ り、戦争、宗教変革、自然災害といった集団生活における重大事件が、常に特 殊な形式により神話の中に反映していて、これにより共同体の集合的記憶の中 に保存されている。災害神話が生みだされたのは、自然界で実際に発生した災 難(洪水・旱魃・地震・火災など)が神話中に複雑に反映されてのことであり、 「実際に発生した災害に対する記憶」から発していて、一定の真実性を具えて いる。ただし、この災害が地域的な洪水・地震・津波なのか、それとも第四氷 河期の世界的な洪水の氾濫なのかについては、諸説一致を見ない14。一部の学 者たちは、こうした災害が確かな歴史的起源を持っていると力説する。たとえ ば民族学者・考古学者の宋兆麟によると上述の災害神話にみえる洪水の氾濫は 真実味を帯びており、「これは人類が一万年前の後氷期に終わった自然環境に 対する追憶」である。当時は気温が寒冷から温暖へと転化し、積雪も溶け始め、 降雨量もたえず増加したため、引きおこされた洪水は大地を覆い、人類の生存 に巨大な災難をもたらしたという15。また、ある地震研究の専門家によれば、女 媧が天地を補修した神話に言う天地陥落の大災難は、実際太古に隕石雨が衝突 した事件をさし、おそらく完新世(今から約一万年前の地質時代)中後期、今 の河北平原一帯に起きたものという16。しかし大部分の中国神話学者は、神話 は幻想の産物であり、それらは真実の核心部分を具えてはいるが、歴史と一対 一対応すると見るのは難しい、と考えている。 2 災害の発生原因  災害はなぜ発生するのか。中国神話では、単に自然の大雨や地震などが引き 14 この問題を検討した更に多くの資料については、鹿憶鹿『洪水神話:以中国南方民族与台 湾原住民為中心』台北:里仁書局、2002年、1 7頁を見よ。 15 宋兆麟「洪水神話与葫蘆崇拝」『民族文学研究』1988年第3期。 16 王若柏・謝覚民「 女媧補天 源自史前一次隕石雨撞撃」『光明日報』2004年6月18日。

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おこした災害というように、特別な解釈のない場合もある。しかし多くの神話 は災害の発生した原因を詳細に解釈しており、そのうち最もよく見られるもの として、一つは神々の間の戦争(853)、もう一つは人類の罪悪への懲罰(851, 908)がある。  神々の間の戦争が大災難を引きおこす神話について、最も著名なものは「共 工怒って不周山に触れる」話だ。『淮南子』天文訓に記すところでは「昔者、 共工は顓 頊 と帝たらんことを争い、怒りて不周の山に触る。天柱は折れ、地 維は絶え、天は西北に傾く、故に日月星辰は移る。地は東南に満たず、故に水 潦塵埃は帰す」。つまり共工は顓頊と天帝たろうとして争い、失敗した後、怒 りのあまり天柱の一つとされる不周山を撞き倒した。それで天を支えていた柱 は折れてしまい、地をつないでいた縄も切れてしまった。天は西北方向に傾斜 したため、日月や星々はみな西北へ運行・移動する。地は東南方向に陥没した ため、水流や塵埃はみな東南の方へ流れ沈澱するのである。異伝によれば、共 工と帝位を争って宇宙的災難を引きおこした神は祝融とされる。  もう一つよく見られる原因は、人類に対する天神からの懲罰である。人類が 食糧を浪費したり、怠惰だったり、あるいは神を崇めなかったりなど義に背く 行いをしたため、神の処罰に遭ったというものだ。たとえば浙江省東陽県の「兄 妹婚」伝承によれば、今を去ること一万年も前、世界には至るところ人間がい た。人が増えすぎ、しのぎをけずって争い合い、奪い合うありさまとなって、 天下には安寧がなくなった。ある日、女神女媧は化婆という女に化け、人間の もとへ来て食べ物を求めた。ところが東へ行っても、西へ行っても、恵んでく れる者はいない。九九・81日間も乞い続けたが、一滴の水、一粒の飯も得られ なかったため、女神女媧はがっかりした。この時、丁と冬という名の兄妹が、 なけなしの食物を差し出し、女媧に食べさせた。このため女神は、災難が訪れ る時にこの「良心ある」兄妹に予告し、災難から逃れさせたのである17  天神が人類の不正に対して懲罰を与えるというのは、世界的なモチーフであ 17 前掲『人神共舞:中国各族民間神話精品』35 36頁。

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り、中国の文献中にも古くから現れている。たとえば『尚書』呂刑、『国語』 楚語下、『山海経』大荒西経にはいずれも、「絶地天通」の物語が記される。す なわち、初め天地の間はもともと相互に交通可能だったが、後に蚩尤が苗民を 率いて下界で乱をなしたため、人々は互いに騙し合い、信義を重んじず、刑罰 を濫用し、神と人の間の制約に違背したため、天帝顓頊は重という大神に命じ て天を上へ挙げさせ、黎という大神には地を下へ抑えさせた。これより天地間 の交通は絶え、人はもう天へ昇ることはかなわず、神も地へ降ることはできな くなった。ここからも、「人類の不正な道徳と行為に対し、上天(天神)が懲 罰を与えることに災難が由来する」観念が古くからあることが見てとれる。こ の種の観念は、中国人の「天人合一」という宇宙観を反映している。つまり人 と自然の万物とは相互に通じ、感応しており、天は災祥を予示して人事に関与 しうるのであり、人の行為もまた上天を感応しうるのである。今日に至るまで、 こうした観念は中国人の災害倫理における重要な内容をなしている。つまり人 の不当な行為は上天の感知するところとなり、災害を下して懲戒を示す。人は 自らの身を修め正すことで、災禍を晴らし、災難を吉祥に変えることができる。 心の善良な人だけが、大災難の中で救われうるのである(969. 1)。 3 災害の予告  災害発生の前には、ふつう予兆や予告がある(870)。神話では、人類に災害 が起きると告げるのはしばしば神(872)またはカラス、牛、亀などの動物(871, 873)である。災難の予兆としては石製の獅子が汗をかく、石亀または石(鉄) 獅子の目が出血したり赤くなる、城門が出血する、臼が水を出すなどがあるが、 とりわけ石亀や石獅子の目が出血したり赤くなるというのが最も多い。たとえ ば河南省南陽地区の神話によれば、むかし兄妹二人がいた。彼らが勉強してい た所に廟があり、廟には和尚がいて、門のそばに鉄獅子があった。和尚は兄妹 に告げて言うに、毎日獅子の腹にマントウを詰めてやりなさい、そしてもし鉄 獅子の目が赤くなったら、急いでその腹の中にもぐり込みなさい、と。その後 ある日、彼らは獅子の目が真赤になっているのに気づき、急いでもぐり込んだ。

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二人が出て来てみると、なんと天が崩れて来て、人々はみな死んでいたのだっ た18  石亀や石獅子の目が赤くなって(あるいは口から出血して)災難の降臨を予 示するというモチーフは、古代文献中にも早くから出ているが、これに関連す るのはしばしば地方的な災難であり、通常は町が陥没して湖になるというもの だ。たとえば南朝梁の任昉が著した『述異記』巻一に陥没湖の伝説が一つ、記 載されている。「ある書生が老婆に遇った。老婆はこれを厚くもてなしたので、 書生は老婆に『この県の城門にある石亀の目から血が流れたら、この地方は陥 没して湖になります』と言った。老婆はその後しばしばこれを見に行った。門 番が老婆にわけを訊ねると、老婆はくわしく教えてやった。さて門番は石亀の 目に朱を塗っておいた。老婆はこれを見て北山の上へ逃げた。すると城は陥没 した」と。学者たちの中には、この種のモチーフはもともと陥没湖の伝説と関 連することが多かったが、後に兄妹婚型洪水神話と結合して、その中の地方的 災害が変化し、宇宙を壊滅させる大災害になったものと推断する者もいる19 4 災害からの避難  人々は世界的災難からどう避難するのか。うまく避難する方式にはどんなも のがあるのか。また失敗する方式はどんなものなのか。『中国神話モチーフ・ インデックス』が示すところでは、洪水から避難する方式(920–939)はかな り豊富にあり、そのうちうまく避難する方式としては、たらい(または石臼な ど)に入って洪水から避難する(921)、水甕に入って洪水から避難する(922)、 亀(または獅子)の腹に入って洪水から避難する(923)、石獅子(または石人・ 鉄牛など)の腹に入って洪水から避難する(924)、瓢簞または瓜に入って洪水 18 張振犁・程健君(編)『中原神話専題資料』中国民間文芸家協会河南分会内部発行、1987年、 139 141頁。 19 これにかかわる観点について、以下を参照のこと。鍾敬文「洪水后兄妹再殖人類神話:対 這類神話中二三問題的考察、并以之就商于伊藤清司・大林太良両教授」鍾敬文(著)『鍾敬 文学術論著自選集』北京:首都師範大学出版社、1994年、233–235頁;鹿憶鹿前掲『洪水神話: 以中国南方民族与台湾原住民為中心』;Lihui Yang & Deming An, with Jessica Anderson Turner, Handbook of Chinese Mythology, New York: Oxford University Press, 2008, p. 116.

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から避難する(925)、神樹に登って洪水から避難する(926)、船に乗って洪水 から避難する(927)、籠に入って洪水から避難する(928)、木の家(木の棚) に入って洪水から避難する(929)、桶に入って洪水から避難する(931)、太鼓 に入って洪水から避難する(932)、高山に登って洪水から避難する(939. 2)、 岩窟に入って洪水から避難する(939. 3)、がある。そして洪水から「避難に 失敗する」方式としては、鉄の棚(または鉄の家)に入って避難に失敗する (939. 1. 1)、銅の棚に入って避難に失敗する(939. 1. 2)、金銀製の棚に入っ て避難に失敗する(939. 1. 3)、豚皮の袋に入って避難に失敗する(939. 1. 4)、 太針と太糸で縫った牛皮の袋に入って避難に失敗する(939. 1. 5)、土の家に 入って避難に失敗する(939. 1. 6)、樹上で避難に失敗する(939. 1. 7)、が ある。  「天地の崩壊」という世界的災難から避難する方式としては、石獅子(石亀・ 鉄牛など)の腹に入って天地崩壊の災いを逃れる(961. 1)、山上に避難して 天地崩壊の災いを逃れる(961. 2)、山中の洞穴に隠れて天地崩壊の災いを逃 れる(961. 3)、廟に隠れて天地崩壊の災いを逃れる(961. 4)、がある。  「複数の太陽(月)の出現」がもたらした災難から避難する方式としては、 人類の始祖が大樹の上に隠れて焼死を免れる(952. 1)、人類の始祖が地下洞 穴に隠れて焼死を免れる(952. 2)、がある。  神話に語られた上述の各種避難方式は明らかに、人類が現実生活において経 験した、自然災害への対応を反映している。そのうち学者たちの注目を比較的 集めてきたのは、洪水神話における瓢簞での避難である。中国の漢族、瑶族、 壮 族、彝族、布依族など多くの民族にはいずれも、兄妹(または姉弟)が瓢 簞の中に入り、あるいは瓢簞の上に乗って大洪水を逃れるモチーフがある。歴 史文献および民族学・民俗学の資料から見て、瓢簞は古代の重要な水上交通用 具であり、長江流域と黄河の南北とを問わず、ひとしく瓢簞を腰舟とする現象 があったので、洪水伝説中の兄妹が瓢簞に乗って生きのびようとした事実には 信憑性があり、遠古人類が瓢簞を用いて洪水を克服した真実の記録と見るべき

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だ、と考える学者もいる20。多くの洪水神話では、瓢簞は人類始祖が洪水から 避難する重要な道具であるのみならず、洪水後の新しい人類や部族の始祖もま た瓢簞中から出生する。アメリカの学者ヴィクター・メア(Victor H. Mair) は中国内外における多くの学者の研究成果をまとめて、南方民族の瓢簞神話お よび関連する瓢簞文化では、瓢簞は母性崇拝の象徴であり、母性的で繁殖力に 富む子宮の象徴でもあり、創造力に富んだ宇宙の象徴でもある──その内部は 暗く空虚だが、一切の事物は皆この中から産み出される──と考えた。この象 徴を後には道教が直接に借用し、新たな文化的意義を付与することにもなっ た21。まさに瓢簞は豊富な文化的意義を含むがゆえに、鍾敬文が指摘したごと く、瓢簞は一種の文化的果実といえる22 5 災害への対応  中国の多くの神話学者によれば、ヘブライやギリシャおよびその他の西洋諸 民族における神話は、災害(たとえば洪水)の発生が人類に対する懲罰であり、 災害からの避難は神の意図と指導に従わねばならないが、中国の災害神話にお ける語り方はこれと異なり、その主旨はしばしば災害の対応に焦点をあててい る23。災害は巨大なので、たとえ神々であっても、対応の過程ではしばしば深 刻な代価を支払わざるをえない。  中国神話における災害対応の方式は、主に以下の三種である。 1 治水(1000)  中国における各種の洪水神話では、しばしば治水が物語叙述の核心をなす。 20 前掲、宋兆麟『洪水神話与葫蘆崇拝』。

21 [美]梅維恒、 Southern Bottle-Gourd (hu-lu 葫蘆 ) Myths in China and Their Appropriation

by Taoism. 台湾漢学研究中心(編)『中国神話与伝説学術研討会論文集』台北:漢学研究中心、

1986年、上、185 228頁。

22 鍾敬文「葫蘆是人文瓜果」『鍾敬文文集 民俗学巻』合肥:安徽教育出版社、2002年、658 659頁。

23 前掲、鹿憶鹿『洪水神話:以中国南方民族与台湾原住民為中心』9 12頁;Lihui Yang & Deming An, with Jessica Anderson Turner, Handbook of Chinese Mythology, pp. 116 117.

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たとえば鯀と禹の神話で強調されているのは、災難を前にして消極的・受動的 に神の命令に服従することではなく、自己の努力によって積極的・能動的に水 害を治める点の方である。鯀は埋め立てという仕方で滔々たる洪水を征服しよ うとしたが、洪水を塞き止めるため天帝のもとにある息 壌 という土を盗むこ とも厭わなかった。しかし埋め立ては成功せず、鯀は天帝に殺されて、後にそ の腹の中から禹が生まれた(一説では禹の母が薏苡の実に似た神珠を呑みこみ、 胸を切り開いて禹を産んだ)。息子の禹は父の遺志を承け、後につづいて治水 に励んだ。彼は父の治水経験における失敗から教訓をくみとり、「埋め立て」 という方法に代えて、洪水に対し浚渫を続け、「力を尽くして溝を掘り、流れ を変え、山を崩した。禹の前を黄竜が尾で地面に線を引き、その後ろを玄亀が 黒い土を背負って従った」(『拾遺記』巻二)。この任務は並大抵ではなく、彼 は治水に13年をかけ、三たび自宅の門を通りすぎたが入ることなく仕事を続け て、ついに地上の洪水を平定した。彼はこの偉大な功績により、人々から「大 禹」「禹王」と尊称され、夏人の始祖ともなった。今日に至るまで、大禹治水 の神話は中国の人口に膾炙し、浙江省や四川省などの地には今も、大禹を専門 に祀る廟宇があり、関連の儀式活動が行われている。  治水にかかわるモチーフとしては他に、1001葦を燃やした灰で洪水を塞ぐ、 1002土で洪水を塞ぐ、1002. 1息壌で洪水を塞き止める、1003文化英雄が洪水 を浚渫する、がある。 2 天地補修(990)  天地の崩壊というタイプの宇宙的災害に対し、これを治めた最も著名な神話 は女媧の天地補修である。大女神の女媧は、天柱が倒れ、大地が裂け、大火が 広がり、洪水が溢れ、凶暴な禽獣たちがこの機に乗じ人々を攫い食って命を奪 うという、危急の瀬戸際にあたり、身を挺して乗り出し、五色の石を熔錬して 天空にあいた穴をふさぎ、大亀の脚を斬り取って四つの極を立てなおし、悪さ をしていた黒竜を殺し、葦の灰を積み集めて洪水を塞き止めた。こうした一連 の行動により、ついに災害の征服に成功し、宇宙の秩序を再び正常に戻したの

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である。  天の補修方式(992)としては、五色の石を錬成して天を補修するという他 にも中国各民族の神話には、石で天を補修する(992. 1)、鉄を練って天を補 修する(992. 3)、土で天を補修する(992. 4)、雲で天を補修する(992. 5)、 雪で天を補修する(992. 6)、氷塊で天を補修する(992. 7)、天空を縫い繕う (992. 8)、などなど多様な方法がある。  天空の補修のほか、神話の中では時に大地の補修を語るものもある。 3 射日(232)  複数の太陽(複数の月ということも)が同時に出て旱魃を引きおこすという 災害を治めた、最も有名な神話は羿が十の太陽を射た話である。この話は『淮 南子』本経訓や王逸注『楚辞』天問などに記されている。すなわち堯の時代、 天下に十個の太陽がいっしょに出たため草木は焦げて枯れ、民衆は食べ物がな くなった。そこで堯は羿に命じて十個の太陽を射させた。結果、九つの太陽を 射落としたので、太陽中の九羽の金烏はみな死に、その羽毛が紛々と落ちてき た。以来、世の中には一個の太陽だけが残ったのである。太陽を射るという他、 河南・広西・四川などの神話中には「文化英雄が余分な太陽を竹竿で叩き落と す」モチーフ(232. 3)もある。 6 災害後における世界秩序の恢復と再建 1 自然秩序の恢復と再建  人類の始祖が災害から避難するとともに、文化英雄がこれを治めたのを経て、 災難はついに克服され、壊滅した世界は再生された。神話では、災難後の自然 界は時に元来の正常な秩序を完全に回復したとされるか、またはより頻出する ように、改めて新たな秩序が打ち立てられ、これが現今人類の日常生活まで規 定し続けているとされる。前者としてはたとえば『淮南子』覧冥訓に言う、女 媧が石を練って天を補修し、亀を斬って極を立て、黒竜を殺して洪水を止めた 後、元来の天地が崩壊し、水火が氾濫し、凶暴な禽獣が人類を攫って食うとい

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う大災難は平定されて、ついには「地平かに天成りて、旧物を改めず」、宇宙 間の正常な秩序は恢復されたのである。しかし神話中により多く反映されてい るのは、大災難後に宇宙秩序は新たに打ち立てられるというものだ。たとえば 元来は多くの太陽や月があった天にはそれ以来一つずつの日月のみが残ったと か、太陽や月が射られた後、砕けた日月の残片が天上の星に変じたとか、治水 の後で大地上に九の地方が画定されたとか、許多いる動植物の習性も新たに規 定されたという。たとえば四川省宜賓地区の異伝によると、羿が九つの太陽を 射落とした後、残った太陽は驚いて地上へすべり落ち、水葉菜の下に隠れてよ うやく射殺される不運から逃れた。その後、太陽は命を救ってくれた恩に報い るため、天気がいくら暑くても水葉菜はいつも青々とし、枯れることがないよ うにしてやったという24 2 人類の新たな繁栄と集団の起源  大災難の後、人類の生活も秩序の恢復と再建を経る。洪水後に兄妹が再び人 類を繁殖させる神話は、中国の洪水神話中で最も広く分布するタイプであり、 その主要な語り方は、大洪水の後に人間として残された兄妹(姉弟、母子など) 二人が近親婚をしたり(972、結婚に失敗する場合もある)、泥を捏ねて人を 作ったり育てたりすることで、再び新たな人類が繁栄するという話である。た とえば筆者が1993年に河南省淮陽県の人祖廟会で採録した神話によれば、天地 が崩壊した時、兄妹二人がスッポンの腹の中に隠れて難を逃れ、出て来てみる と、天下には人煙も絶えていた。兄妹は石臼を転がして天意を占ったところ、 上下の臼は分かれたため、二人は夫婦にはならなかった。これ以後、世間では 兄と妹が夫婦になることはできないのである。そこで兄妹二人は、泥を捏ねて 新たに人類を繁殖させることとした。二人はたくさんの泥人間を捏ねたが、運 び出して乾燥させているうちに雨が降り出したので、二人は箒で泥人間を一つ 一つ洞穴の中へ掃き入れた。このため、世間にはその後、目が見えなかったり、 24 侯光・何祥 (編選)『四川神話選』成都:四川民族出版社、1992年、294 295頁。

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脚を引きずっていたりする人ができた。これは箒で掃き出されたためなのだと いう25。この神話は大洪水後における人類の新たな起源を説明し、とくに障害 をもつ人々の由来を説明している。また兄妹が結婚すべきか占って結婚しな かったというプロットは、この種の神話の大多数とは異なるが、これもまた、 兄妹がその後なぜ近親婚できずタブーとなったのか、その原因の説明に用いら れているのである。  民族によっては、洪水後に人類が再び繁栄する神話は、しばしば同時に異な る集団の由来の説明をともなっている。たとえば雲南省羅平県・宣成県などの 彝族に伝わるのは、次のような神話だ。  洪水がやって来て、世界の人々をすべて絶滅させたが、ただ老三だけが 瓢簞の中に隠れて助かった。天人は三番目の娘たる三仙女を地上に遣わし、 老三の伴侶にしてやった。三仙女は妊娠し、一個の肉袋を産んだ。老三は 天人の助言に従い、袋を割り、中にあった肉団子を切って幾千幾百もの塊 にして、幾百幾千もの所にすてた。ある肉団子は柳の樹の上にすてられ、 地上に落ちて柳という姓の一族になった。あるものは木の葉の上にすてら れ、人に変じた後、葉を姓とした。……また、一つの大きな肉塊が竹の上 にすてられ、地に落ちて男子四人、女子四人に変じた。四対の子供たちは 老三について家へ帰ったが、言葉が話せなかった。老三と三仙女は天人の 教えた仕方に従い、竹を一本伐ってきて大きな火を起こし、四対の子供に これを囲ませ、火に当たらせた。竹は突然ポンポンと弾けて、火花が四方 に飛び散った。火花が長男と長女の身に落ちると、二人は「アヤヤ」と叫 び声を上げた。火花が次男と次女の身に落ちると、二人は「アチャチャ」 と叫び声を上げた。火花が三男と三女の身に落ちると、二人は「アベベ」 と叫び声を上げた。火花が末息子と末娘の身に落ちると、二人は「アヨヨ」 と叫び声を上げた。長男と長女は漢族になり、次男と次女は彝族のもとを 25 この神話について更に詳しいテキストおよび語りの状況については、前掲の拙著『神話与 神話学』150 155頁を参照されたい。

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忘れず彝族になり、三男と三女は納西族になり、四男と四女は 苗 族に なった26  この種の洪水神話では、大災難後に残された男女(または男性と天女)が結 婚して肉団子、肉球、瓢簞といった畸形の胎児を生むことがあり、これは近親 婚に反対している証明だと考える人もいる。つまり近親婚により畸形胎児が生 まれたというのだ。ただし神話においては肉球や瓢簞の中から、または肉団子 を切り砕いて撒き散らした後から、世界に「民衆」または多くの民族が出現す る。よってここでの畸形胎児とは実際には「集団」の象徴であり27、始祖の近 親婚における非尋常性と神聖性を表している。瓢簞や肉球の中から出てきた子 供たちが各民族の祖先となったというのは、実のところ民族の同源性および種 族間の相互関係、さらには種姓の純正さをも強調しているのである28 3 文化の起源  大災難の後には、しばしば新たな文化秩序の出現がともなう。たとえば四川 省走馬鎮の神話によれば、大禹の治水時、治水に参加した人々に合理的に休息 させかつ体力を分配するために、一年間を春夏秋冬の四季に区切り、さらに四 季を二十四節気に分けたという29。普米族の「洪水滔天」神話によれば大洪水 の後、人間で残された一人の男子が山神の三女を娶った。彼女は天上から牛・ 馬・豚といった家畜と五穀など食料の種子をもたらし、これ以後、人の世には これらの動物や農作物ができた30。鹿憶鹿は、「中国洪水神話中の治水モチーフ と農耕文明獲得のモチーフは、世界洪水神話において唯一無二のものである」 と考えている31 26 前掲『人神共舞:中国各族民間神話精品』44 52頁。 27 拙著『女媧的神話与信仰』北京:中国社会科学出版社、1991年、42頁。 28 前掲、鹿憶鹿『洪水神話:以中国南方民族与台湾原住民為中心』365 366頁。 29 楊利慧・張霞(等)『現代口承神話的民族志研究:以四個漢族社区為個案』西安:陝西師 範大学出版社総社、2011年、63 75頁。 30 谷徳明(編)『中国少数民族神話』北京:中国民間文芸出版社、1987年、下、503 509頁。 31 前掲『洪水神話:以中国南方民族与台湾原住民為中心』19頁。

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7 中国災害神話の特徴およびそこに含まれた災害倫理  災害神話は中国だけのものでは決してない。たとえば大洪水の神話は世界に 広く分布し、その主な中心はバビロニア、アメリカインディアン、東南アジア を中心とし太平洋に及ぶ地区、の三つである32。しかし中国の災害神話には明 らかに独自の特徴がある。西洋の有名なヘブライ神話やギリシャ神話では、洪 水の発生はみな人類の罪業に対する神の懲罰であり、人も神の意図に従って洪 水から逃れ、新たに人類を繁栄させる。たしかに中国の洪水神話にも類似の観 念があるが、その物語の核心は、すでに述べたように、神への服従を強調する ことにはなく、洪水の征服にある。鹿憶鹿は世界の洪水神話とそれに関わる研 究を整理した後、中国の洪水神話と西洋その他の民族における洪水神話とを比 較し、前者に独自性があると指摘した。すなわち洪水の原因を語る際に多少な りと罪悪を懲罰するようなくだりはあり、ユダヤ人その他西洋民族のように上 帝が人類の罪悪を懲罰するために洪水を下し、人類を殲滅する神話の主旨と似 た点もあるが、中国洪水神話の特徴は「治水と農耕文明の獲得を主旨とする」 ところにあり、「中国洪水神話中の治水モチーフと農耕文明獲得のモチーフは、 世界洪水神話において唯一無二のものである」33。D・ボッドも、洪水というプ ロットは中国独特のものではないが、中国洪水伝承は『聖書』中で洪水が世界 を滅ぼす物語および近東その他の民族において洪水が世界を滅ぼす伝承との間 に、顕著な違いがあるという。すなわち伝説はけっして洪水そのものに重きを 置いているのではなく、「洪水をいかに治め、民衆の生業を安楽ならしめるか 説明することに、重きを置いている」34。実のところ、治水に限らず中国の災害 神話中における天地補修や射日のモチーフも、西洋諸国の災害神話にはあまり 見られず、中国の災害神話が対応に重きを置くという特色を際だたせている。  この特徴は、鯀と禹の治水神話中にあざやかに表れている。この物語の核心 は消極的・受動的に神の命令に服従したり、神の救助を待つことにはない。自 32 大林太良『神話学入門』林相泰・賈福水(訳)北京:中国民間文芸出版社、1989年、61頁; 前掲『洪水神話:以中国南方民族与台湾原住民為中心』9 12頁。 33 前掲『洪水神話:以中国南方民族与台湾原住民為中心』18 19頁。 34 前掲、塞・諾・克雷默(編)『世界古代神話』375頁。

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己の努力に依拠し、たとえ巨大な代価を支払うことになろうと、能動的に自然 災害を克服するところにある。鯀は天帝の息壌を盗み洪水を埋め立てようとし、 結局殺されてしまった。禹はその事業を受け継ぎ、不撓不屈の精神で多年にわ たり治水を続け、三たび自宅の門を通りすぎたが入ることなく仕事に勤しみ、 ついに水難を平定した。女媧の天地補修神話では、女媧は神聖な女神ではある が、壊れた天空を造作なく修復することは不可能で、やはり自ら艱苦して働い てはじめて、ついには任務を完成させた。現代の民間口承神話では、女媧は辛 労を辞さず各地に赴いて五彩石を採集し、あるいは自己の唾液と精気とを錬成 して天を補修する材料とするなど、いくたの辛苦を尽くすことが少なくない。 最終的には天上にあいた穴を修復したとはいえ、彼女自身は過労のため死んで しまったり、あるいは石が一個足りないという肝腎な時に毅然として我が身で 天を補修し、その五彩の衣装も天空に五彩の雲霞として永遠にとどまった、と もいう35。兄妹婚神話の場合も同じである。物語の核心は洪水ではない──洪 水は兄妹始祖が近親婚を結ぶ前提条件にすぎず、その中心は宇宙的災難の後に 人類が新たに繁栄し、新たな社会文化の秩序を確立して、農耕文明を開始した のを説明することにある。  よって、中国災害神話に含まれた観念と行為のモデルとは、自己の力量に能 動的に頼り、堅忍不抜の努力を通して災害を克服することにあり、受動的に神 意や運命に従うことにはない。この主題は鯀と禹の治水、女媧の天地補修、羿 による十個の太陽射落とし、兄妹婚型洪水神話、およびその他、災害神話では ないが精衛による海の埋め立て、夸父による太陽追いかけ、刑天による盾と斧 を持っての舞など、幾多の神話中にいずれも鮮やかに際だって現れており36 これにより災害神話を含む中国神話に、鮮明な倫理道徳的な教化という基調を 与えている。ボッドがかつて指摘したように、中国の古代神話はたいてい教え 諭すスタイルを持っており、倫理道徳に注意を払っていて、他の民族の神話体 系によく見られる残忍暴虐な行為、劇的な衝突、粗野な諧謔や人を戦慄させる 35 前掲、拙著『女媧的神話与信仰』170 171頁。 36 前掲、拙著『神話与神話学』191頁。

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ような災厄、性愛その他生理機能と緊密にかかわる赤裸々な表出などは、中国 古代神話の中では大いに後退するか、その痕跡もない。こうした特徴を形成し た原因は、早期文献の記録者が神話に対し倫理的な選択を行なったことと関連 するかもしれない37。筆者の考えでは、どんな原因からこの特徴が生まれたに せよ、中国神話の中では「自己の力量に能動的に頼り、たとえ巨大な代価を支 払うことになろうと、堅忍不抜の努力を通して災害を克服する」という災害倫 理観が際だっており、これが後世に源泉と典範を提供して、人々の観念と行為 に深く影響してきた。今日に至るまで、「倫理化された災害の語り」は依然と して中国で広く流行しており、その語りの核心はしばしば災害自体ではなく、 我が身を顧みず懸命に被災者救助にあたる道徳精神の高揚にある。たとえば 2008年5月12日、四川汶川地震が起きた時、テレビでは連日、被災者救助の英 雄の物語を放送しては、全国および世界の人々の心を揺り動かした。ニュース 報道では、当時8歳半だった小英雄・林浩君は二度も廃墟へ戻って同級生を救 出し、5・12汶川大地震における最年少の救命英雄となって、後に震災救助英 雄少年の栄誉ある称号を授けられた。2018年5月、汶川地震十周年の際、メディ アには追憶の文章が多く現れたが、たとえば「人民解放軍兵士たちは自らの肉 体によって命の道を築き、進歩的な模範が多数現れ、感動的な事蹟が無数に見 られた。最初に被災地の状況を探り 自殺的 にパラシュート降下した15名の 勇敢な兵士らもいれば、被災者救助のため妻一人だけに結婚式を挙げさせた降 下兵○部指導員○○○もいた……」38。こうした語りはいずれも、公のために私 を忘れて力を尽くし、我が身を顧みず奮闘して被災者を救出した道徳精神を高 揚するものであり、災難に直面した際「自己の力量に能動的に頼り、たとえ巨 大な代価を支払うことになろうと、堅忍不抜の努力を通して災害を克服する」 という倫理観を鮮やかに示していて、神話中、大禹の治水における三たび我が 家の門を過ぎて入らなかった話や、女媧が破損した天空を補修するため自らの 37 前掲『世界古代神話』377頁;『女媧的神話与信仰』170頁。 38 「銘記/汶川特大地震10周年,英雄不該被遺忘」   https://baijiahao.baidu.com/s?id=1600160813719454622&wfr=spider&for=pc。2018年9月1 日閲覧。

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生命を犠牲にすることを惜しまなかったなどの話と、その基調には一脈通ずる ものがある。  これら以外にも上述したように、神話中に含まれる災害倫理観としては「災 難は人類の不正な道徳行為に対する上天(天人)の懲罰に由来する」というも のや、人間は己の身を修めることで災禍をなくすことができ、善良な人は大災 難の中でも救われうる、などといったものもある。こうした災害倫理観も連綿 と絶えることなく、現代中国人の災害観念における重要な内容を構成している。 たとえば旱魃、長時間の大気汚染なども、自らの道徳の腐敗、行為の失当が引 きおこした結果に帰せられることが多いのである。 おわりに  本稿は『中国神話モチーフ・インデックス』をたよりに、災害の形式、発生 の原因、避難の方式、災害の対応、災害後における世界秩序の恢復と再建など、 中国諸民族の災害神話に挙げられた主要なモチーフを系統的に整理した。そこ に見られるように、中国の災害神話中には、この土地で生活していた初期人類 の災害に対する深刻な記憶とそれへの対応の経験および倫理が刻みこまれてい る。中には世界の他の民族とよく似たプロットもあるが、独自のモチーフや特 徴もある。すなわち治水、天地補修、射日、兄妹婚などのモチーフ中には、中 国災害神話の語りの核心が神に対する受動的服従にはなく、能動的に災害を克 服することにあることが、鮮明に現れている。神話中で強調された「自己の力 量に能動的に頼り、たとえ巨大な代価を支払うことになろうと、堅忍不抜の努 力を通して災害を克服する」という精神、および「災害の発生は人類の不適当 な道徳と行為に対する懲罰だ」という観念は、いずれも中国災害神話に道徳を 教え諭す基調を具えさせており、中国人の災害倫理観の基礎を定めたものであ る。これは後世に源泉と典範を提供し、後世の人々の観念と行為に深く影響し てきた。今日に至るまで、こうした災害倫理観は依然として広く行われ、現代 中国における災害の語りを形作っているのである。

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訳者付記  著者の楊利慧氏は中国の北京師範大学教授で、国際的に著名な神話学者・民 俗学者である。脚注1にも述べられているように、氏は2018年6月、仙台で開 催されたワークショップにて基調講演を行われ、それにもとづき本稿を著され た。中国の学術雑誌『民俗研究』2018年第6期(総第142期)に、「世界的毀滅 与重生:中国神話中的自然災害」と題してすでに発表された論文ではあるが、 日本の読者にも大いに興味深い内容と思われるので、ここに訳出した次第であ る。翻訳を快く許された楊教授、および拙訳の草稿を検討し適切な修正を加え てくださった上海華東師範大学民俗学研究所の中村貴先生に、あらためて感謝 申し上げたい。

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Destructions and Reconstructions of the World:

Natural Disasters in Chinese Mythology

Lihui Yang

 Myths about universal disasters in remote past are abundant, multiform, and widely spread in China even today. Among them, the most popular disaster myths include the goddess Nüwa repairing the broken sky, the semigod and cultural hero Yü controlling the flood, the hero Yi shooting down the surplus suns, as well as the brother-sister ancestors recreating humans after a world flood, and so on. The main natural disasters happened in these myths primarily refer to flood, collapse of the sky and the earth, falling down of the sky pillar(s), multiple suns or moons appearing in the sky, earthquake, drought, fire, severe winter and hot wind, and so forth. Like in many myths of other counties, the reasons of the disasters in Chinese mythology are often attributed to battles between gods, divine animals turning over under the earth, and especially, the punishments of god(s) or Heaven to the wicked human being. However, different from the well-known flood myths of Greek and Hebrew in which the re-establishment of the universal order and recreation of humans were achieved by obeying the god(s) and following their directives, the narrative core of Chinese disaster myths usually focuses on conquering the disasters by making tremendous efforts. All the gods, goddesses, semigods and human ancestors had to work very hard to control the flood, mending the broken sky, even finally sacrificed their own lives. This ethics of disaster still deeply influences people s world view and their conception of disaster in contemporary China.

 Based on examining Motif Index of Chinese Mythology (composed by Lihui Yang and Chengfu Zhang, Shaanxi Normal University Press, 2013) as well as the author s ethnographic field research in Northern China, this paper will depict the primary natural disasters happened in Chinese mythology, describe their causes, presages,

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the ways of escapes and conquests, as well as the reconstructions of the world(s) and the restarts of new universal order. In addition, it will reveal how the ethics of disaster existed in mythology greatly shape people s conception of disaster in China today.

参照

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