4
アジ研ワールド・トレンド No.225(2014. 7)
●序論
世界貿易機関︵
W
T
O
︶
におけ
るドーハラウンドは、農業や非関
税障壁などにおいて
W
T
O
加盟国
間の利害が対立し、行き詰ってい
る。二〇〇一年にドーハにおいて
開始された交渉は
、主要な合意
に到達できず現在に至っている
。
ドーハラウンドにおいては農業問
題などが脚光を浴びているが、実
は同ラウンドの焦点のひとつは
開発問題であった
。そのことは
、
﹁ドーハ開発ラウンド﹂という呼
称が示してもいる。開発の観点に
おいて、ドーハラウンドが達成し
た事項に無税無枠措置がある。こ
れは、二〇〇五年一二月の香港閣
僚会議にて発表されたもので、後
発開発途上国︵
LDC
︶からの輸
入に対して無税無枠措置
︵
Duty
Free
Quota
Free
︵D
F
Q
F
︶
を
講じることを先進国およびそうす
るに相応しい立場にあると考える
発展途上国々が約束する、とした
ものである。
●無税無枠措置概観
現在一五九カ国が
W
T
O
に
加盟
しているが、その内三四カ国が国
際連合の定義による後発開発途上
国である
。よって
、
L
DC
は五
分の一以上の投票権を有してお
り、ドーハラウンドの通称がドー
ハ開発ラウンドであるように開発
の側面が打ち出されているのも不
思議ではない。
W
T
O
の前身であ
る
﹁
関税および貿易に関する一
般
協
定︵
General
Agreement
on
Tariff
s
and
Trade
G
A
T
T
︶﹂
において、
LDC
諸国に対する優
遇措置として
﹁特別のかつ異な
る
待
遇
︵
Special
and
Diff
erential
treatment
︶﹂が設けられており
、
DF
Q
F
措置はその一環として実
施されたものである。二〇〇五年
一二月の香港閣僚会議にて先進国
加盟国は二〇〇八年までに最低
九七
%
の関税品目のゼロ関税化
を実施することで合意がなされ
た
。本稿では
、アメリカ
、欧州
共同体
、オーストラリア
、カナ
ダ、日本、および
W
T
O
に
おける
発展途上国ではあるものの近年に
なって
LDC
諸国に対しての優遇
税率措置を始めた韓国および中国
について、それぞれの
LDC
諸国
に対する無税無枠措置について概
観する。これらの先進国は、一九
七〇年代から遅くとも一九八〇年
までには、
LDC
諸国への優遇措
置を始めていたが
、二〇〇〇年
代に入り優遇措置の強化を進め
てきた
。アメリカはアフリカ成
長
機
会
法︵
African
Growth
and
Opportunity
Act
︶に基づくアフ
リカ諸国︵主には
LDC
諸国︶に
対する優遇措置強化を二〇〇〇年
に開始し、欧州共同体は二〇〇一
年に
﹁武器以外の全て
︵
Everything
But
Arms
︶イニシアティブ﹂に
より、
LDC
諸国に対する無税無
枠措置を更に推し進めてきた。ま
た、日本も二〇〇〇年代初頭より
既に
LDC
諸国に対する無税無枠
措置を拡大してきた。これらの動
きを完遂させたのが香港閣僚会議
における
DF
Q
F
合意である。一
方、韓国は
LDC
諸国に対する優
遇措置を二〇〇〇年に開始し、対
象国を先進国と同様に全
LDC
諸
国としているが、二〇一三年時点
にて無税無枠としている品目が全
品目数の七五
%
である。中国も二
〇〇六年に
LDC
諸国に対する無
税無枠措置を開始しているが、対
象国は二〇一三年時点で三七カ国
であり全ての
LDC
諸国を対象と
はしていない。また、品目カバー
率も六割に留まっている。このよ
うに、韓国および中国の
DF
Q
F
措置はいまだ限定的といえよう
。
表
1
∼
3
は関税ライン︵日本は九
桁、アメリカは一〇桁、欧州共同
体は一二桁︶の素データから各国
のゼロ関税品目数を年毎に数え上
げその推移を示したものである
。
日本のケースで説明しよう。日本
の九桁の全品目数は、約九〇〇〇
品目で推移している
。
G
A
T
T
、
W
T
O
が推し進めてきた貿易自由
無税・無枠措置は後発開発途
上国に利益をもたらしたのか
伊
藤
匡
WTOドーハラウンドは
後発発展途上国に
何をもたらしたか
特 集
5
アジ研ワールド・トレンド No.225(2014. 7)
無税・無枠措置は後発開発途上国に利益をもたらしたのか
化を反映して最恵国待遇
︵
M
F
N
︶のゼロ関税の品目数が一九八
八年時点での約二〇〇〇品目から
二〇一一年には約四〇〇〇品目に
増加している。日本を始め先進国
は発展途上国に対して︵殆どの場
合、中国、インドなども含む︶一
般特恵関税︵
Generalized
System
of
Preferences
G
SP
︶と呼ば
れる優遇関税を与えてきた。
GS
P
の
ゼロ関税品目数は、六〇〇〇
品目近辺で推移している。
LDC
へのゼロ関税品目数は、二〇〇〇
年に上昇を始め二〇〇七年以降に
更に増え、ほぼ一〇
〇
%
を
達
成
し
て
い
る。一方で表
2
に
み
られるように、アメ
リカのカバー率は九
〇
%
に
至
っ
て
い
な
い。
LDC
諸国は一
般的に他の発展途上
国
と
競
争
し
て
い
る
為、
GSP
関税との
差異が具体的な優遇
となる。よって、図
に挿入した矢印
︵⇔︶
の部分が
LDC
諸国
に与えられた優遇と
考えてよい
。︵表か
らは読み取ることは
出来ないが︶例えば日本の無税無
枠措置の場合、
GSP
関税に対し
て
L
DC
への優遇関税率︵
GSP
関税からゼロ関税率との差︶が一
〇
%
を超える品目数は約一〇〇〇
品目に上る。このことより、関税
率の観点からは、
LDC
諸国は多
くの優遇を得ているといえる。
●計量分析
これらの優遇措置は実際に
LD
C
諸国からの輸出を増やしている
のであろうか。プログラム評価の
手法に則って分析する。詳細は技
術的になり、且つ多くの紙面を割
く必要があるため省略するが、基
本的な考え方は
、もし無税無枠
措置がなかった場合の仮想現実
における輸出を想定し
、それと
現実の輸出との差をみるもので
ある
。差の差の差
︵
Diff
erence
in
Diff
erence
in
Diff
erence
︶と呼ば
れる手法を用いた結果、日本およ
び欧州共同体については正の効果
が確認できず
、アメリカについ
て
は
先
行
研
究
︵
Frazer
and
Van
Biesebroeck
︵
2010
︶︶が扱う期間
︵二〇〇六年まで︶では正の効果
が現れるが期間を二〇一一年まで
延ばすと正の効果はみられなかっ
た。
こ
れ
ら
の
結
果
は
、
L
D
C
諸
国
の輸
出
を
促
進
する
には
、
関
税
撤
廃
だけでは不
十
分
で
貿
易の為の援
助
︵
Aid
for
t
rade
︶な
ど
そ
の
他
の
施
策
が必要
である
こ
と
を
示
唆
し
て
い
る
。
︵いとう
ただし/アジア経済研究
所
技術革新・成長研究グループ︶
︽参考文献︾
①
F
razer
Garth,
and
Johannes
Van
Biesebroeck,
2010.
Trade
Growth
Under
the
African
Growth
and
Opportunity
Act,
The
Review
of
Economics
and
Statistics,
February, 92
︵
1 ︶
: 128‒144.
0
1,000
2,000
3,000
4,000
5,000
6,000
7,000
8,000
9,000
10,000
1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
関
税
品
目
数
関税品目全数
MFN
GSP
LDC
(出所)筆者作成。
表1 ゼロ関税品目数の推移―日本
0
2,000
4,000
6,000
8,000
10,000
12,000
1989 1990 1991 1992 1993 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
関
税
品
目
数
関税品目全数
MFN
GSP
LDC
AGOA
AGOA plus
(出所)筆者作成。
表2 ゼロ関税品目数の推移―アメリカ
0
2,000
4,000
6,000
8,000
10,000
12,000
14,000
16,000
18,000
1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
関
税
品
目
数 関税品目全数
MFN
GSP
LDC
(出所)筆者作成。
表3 ゼロ関税品目数の推移―欧州共同体