アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7)
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●
ベ
ト
ナ
ム
で
人
気
の
サ
ッ
カ
ー
、
で
も
国
内
リ
ー
グ
は
…
…
ベトナムではサッカーが人気の
スポーツ。ハノイの街中にもサッ
カー場、フットサルコートがあち
こ
ち
に
あ
り、
「
ボ
ン
ダ
ー(
サ
ッ
カー)カフェ」と呼ばれるカフェ
では地元の人が試合を観ながら大
いに盛り上がる。特に欧州リーグ
はイングランド・プレミアリーグ
をはじめ、独、伊、仏、スペイン、
最近は米メジャーリーグサッカー
も放映され、その充実ぶりは日本
にいるよりも世界のサッカーが断
然身近に感じられるほどだ。
ただ肝心の国内リーグといえば、
人気はあまり振るわない。多くの
ベトナム人が「サッカーは大好き、
でもVリーグ(国内リーグ)は観
ないよ」と答えるのが悲しい現状
だ。国内リーグが盛り上がらない
なか、代表チームの成績も振るわ
ず、さらにはサッカー賭博や八百
ベトナム
サ
ッ
カ
ー
と
「
民
と
官
」
今井
淳一
❖特集❖
途上国・新興国のスポーツ
長問題も頻繁に発覚する始末。
そんなベトナムサッカーの世界
だが、民間実業家の関与、干渉、
そして貢献度が、その未来を大き
く
左
右
し
て
い
る。
ベ
ト
ナ
ム
サ
ッ
カ
ー
に
お
け
る「
民
と
官
」、
そ
し
て
変化の兆しを紹介したい。
●
「
民
」
に
振
り
回
さ
れ
る
ベ
ト
ナ
ム
サ
ッ
カ
ー
ベトナムでもかつては国防省な
どの官のチームが人気と実力を博
し
て
い
た
時
期
が
あ
る
が、
今
で
は
リーグの各クラブとも大企業のス
ポンサー支援を支えに経営してい
る。その意味で民間経済がベトナ
ムサッカーを支えている面は否定
で
き
な
い
が、
長
期
的
視
点
の
な
い
サッカーへの投資が、選手と、そ
して何よりサポーターを置き去り
にしてしまっている面は否めない。
例えばホーチミン市のチームで
あ
っ
た
Xuân
Thành
Sài
Gòn
。
二
〇一三年シーズン最終盤、ベスト
メンバー規定に反し経験の浅い選
手ばかりを出場させ、試合でも無
気力なプレーを行ったとしてVF
F(ベトナムサッカー連盟)から
勝ち点四点没収という処罰を受け
た。
こ
れ
に
不
服
の
Xuan
Thanh
グループのオーナーは、何と最終
戦を待たずにVリーグを脱退して
し
ま
っ
た
の
だ
。
ベ
ト
ナ
ム
最
大
の
経済都市、ホーチミン市のチーム
があっけなく消滅してしまった。
さらに首都ハノイのクラブであ
るハノイT&Tは、多様な業種に
事業を展開する投資会社のT&T
グ
ル
ー
プ
が
メ
イ
ン
ス
ポ
ン
サ
ー
と
なっている。同社会長兼CEOの
ド
ー・
ク
ア
ン・
ヒ
エ
ン
氏
は
大
の
サッカー好きで知られているが、
実は同氏はサイゴンハノイバンク
(
S
H
B
)
の
会
長
で
も
あ
り、
し
か
も
そ
の
S
H
B
が
ダ
ナ
ン
市
に
あ
る
「
S
H
B
ダ
ナ
ン
」
を
所
有
し
て
い
る
ことから事情は複雑になる。この
「
一
人
の
オ
ー
ナ
ー、
二
つ
の
ク
ラ
ブ」問題は、日本でならばありえ
ない話だが、本人は二〇一二年の
インタビューで「二つの異なる会
社がそれぞれを経営している、問
題ない」と意に介さずの姿勢だ。
Vリーグの各クラブは地域のク
ラブというより、企業のクラブと
いう色彩が強く、企業名を冠しな
いクラブは少数派だ。そのためス
ポンサー、オーナーの意向や、ク
ラ
ブ
の
経
営
不
振
な
ど
で
チ
ー
ム
が
あっさり解散してしまう。その度
に地元サポーターは落胆し、選手
は
路
頭
に
迷
う。
一
昨
年
日
本
の
J
リーグ、コンサドーレ札幌に移籍
し
て「
東
南
ア
ジ
ア
初
の
J
リ
ー
ガー」と注目を集めた「ベトナム
の英雄」レ・コン・ビンも被害者
の一人。二◯一二年に所属してい
た
ハ
ノ
イ
F
C
が、
メ
イ
ン
ス
ポ
ン
サーである銀行の経営者逮捕(こ
れ自体もベトナム政争に巻き込ま
れたという見方もあるが……)に
より解散、所属先を失う憂き目に
あったのだ。もちろん彼ほどの実
力と知名度があれば拾ってくれる
チームもあるが、大抵の選手はそ
うはいかない。選手もサポーター
も振り回されるばかりだ。
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アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7)
●
V
F
F
の
「
官
」
体
質
これら民間経営者がやりたい放
題になってしまう背景には、リー
グを律するはずのVFFに対する
不信感も原因として挙げられる。
VFFの官体質は代表チケット
販売に非常によく現れている。二
○一四年一一月、フル代表が久々
に勝ち進んでのスズキカップ(東
南
ア
ジ
ア
の
ワ
ー
ル
ド
カ
ッ
プ
的
大
会
)。
ハ
ノ
イ
で
開
催
さ
れ
る
試
合
は
「
公
式
文
書
」
提
出
団
体
経
由
で
の
販
売が総チケット数の四〇%。つま
り政府機関や各種公的団体からの
レターで半分近くのチケットが配
られてしまっていた。これでは、
久々の躍進を地元で観たいと思っ
ていた一般市民は軽視されている
といわざるをえない。昨年九月、
これまた躍進著しい一九歳以下代
表(U―
19、後述)出場のハノイ
での大会では、チケットを買えな
いサポーターが怒りのあまり暴徒
化し、VFFの壁や門が破壊され
る騒ぎとなった。これなども、単
にチケットが買えないというだけ
で
な
く、
「
V
F
F
に
不
当
に
取
り
扱
われている」と感じる一般サポー
ターの怒りが根底にあるだろう。
飛び抜けた民間資本が大きく影
響力を持つと同時に、こうした官
優
位
の
発
想
も
根
強
い、
ベ
ト
ナ
ム
サッカー界の現状は現在のベトナ
ム社会を象徴しているようだ。
●
代
表
チ
ー
ム
を
作
っ
て
し
ま
っ
た
事
業
家
そういった官と民の対立関係の
なか、代表チームを作ってしまっ
た(
!?)事業家もいる。ホアンア
ンザライグループ(以下HAGL
と
略
)
の
会
長
ド
ア
ン・
グ
エ
ン・
ドュック氏だ。彼はベトナム有数
の資産家。昨年末段階の株式長者
番付ではベトナムで第二位の約三
億五〇〇〇万ドルの株式資産を誇
る。ベトナム国内サッカーに対し
て強い関心と情熱を持つドュック
氏は、ザライ省プレイク市に二〇
〇七年にサッカーアカデミーを設
立、イングランド名門アーセナル
と提携して選手を育成している。
ベトナム中から将来性のある子ど
もを集め、寄宿制学校も完備、す
べての時間をサッカーに費やすこ
とができる環境を作った。学費、
生活費などのほとんどが補助され
るということで数多くの応募者が
あるなか、ベトナム人コーチを選
手選抜に全く干渉させず、外国人
コーチなどの意見で選抜するとい
う、ベトナムでありがちな金・コ
ネ合格を避ける厳格ぶりだ。
その成果は現れ始めた。HAG
Lアカデミーの一期生などを中心
とした一九歳以下代表、U―
19が
東南アジアで、そしてアジアの舞
台
で
も
勝
ち
始
め
た
の
だ。
技
術
の
しっかりとした彼らのサッカーは、
ベトナム国内サッカーファンも魅
了
し、
フ
ル
代
表
を
凌
ぐ
人
気
者
と
なった。ドュック氏のビジョンが
国の代表チームを作ってしまった
といっても過言ではない。
●
変
化
の
兆
し
と
こ
れ
か
ら
の
ベ
ト
ナ
ム
サ
ッ
カ
ー
このHAGLが育てたU―
19世
代
が
い
よ
い
よ
V
リ
ー
グ
各
ク
ラ
ブ
(
と
い
っ
て
も、
主
に
は
同
じ
く
V
リーグのHAGLクラブ)に加入
したことから、Vリーグをみる観
客にも変化が現れ始めた。HAG
LはVリーグで初めてシーズンチ
ケットを販売、好調な売れ行きを
みせた。シーズンチケット購入者
にはチームユニフォームがついて
くるなど、経営としても単なるス
ポンサーからの資本注入だけでな
い、観戦してくれるサポーターか
らの収入を生む体制を築きつつあ
る。リーグの冠スポンサーにもト
ヨタが名乗りを上げ、リーグの注
目度が高まったことを印象づける。
また、JFA(日本サッカー協
会)とVFFの提携に基づき、二
◯一四年五月にベトナム代表監督
にJリーグで監督を務めた三浦俊
也氏が就任して以降、ベトナム代
表
チ
ー
ム
も
好
調
な
こ
と
が
サ
ポ
ー
ターの期待をさらに膨らませる。
フ
ル
代
表
は
ス
ズ
キ
カ
ッ
プ
で
決
勝
トーナメント進出、前記U―
19の
ホープも参加して編成された五輪
代表(U―
23)も、二◯一五年三
月の五輪予選を兼ねたAFC、U
―
23選手権一次予選で強豪日本と
同
組
な
が
ら
も
二
位
を
確
保
し、
カ
タールで行われる本選出場(リオ
五輪最終予選)を決めた。
企業スポンサー優位という現状
には変わりがないが、民間経営者
の先見の明から生まれた若い力と、
日本との交流がきっかけとなって
できた新風で、ベトナムサッカー
人気に追い風が来ていることは確
かだ。海外サッカーばかりでなく、
国内サッカーにも注目しようとも
う
一
度
目
を
向
け
て
く
れ
て
い
る
サ
ポーターに、これからは国内リー
グの各チームがどれだけ応えられ
るだろうか。
(
い
ま
い
じ
ゅ
ん
い
ち
/
J
I
C
A
専門家)