寺本 実
第15回 パラリンピック
連載
ブラジルのリオデジャネイロで夏期パラリン
ピック︵リオパラリンピック︶が二〇一六年九
月
七
日
か
ら
一
八
日
ま
で
開
催
さ
れ
た︵
以
下、
tuổi
trẻ
online,
Tin
tức
Báo
Thanh
Niên,Thể
thao
&
Văn
hóa,
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ikipedia
tiếng
V
iệt
掲
載
記
事
等
に
基
づ
き
記
す︶
。
ベトナムからは重量挙げ、水泳、陸上に一一
選
手
が
参
加
し
た。
ベ
ト
ナ
ム
が
初
め
て
パ
ラ
リ
ン
ピックに参加したのは二〇〇〇年のシドニー大
会でのこと。アテネ大会では倍の四人、北京大
会で八人、ロンドン大会では一一人の選手が参
加している。
ベトナムのパラリンピック協会副会長兼事務
局長ヴ・テェー・フィェット氏によれば、今回
派遣された選手のほとんどは困難な家庭事情を
持ち、ベトナムの南部から参加している。
これまでの大会ではベトナムのメダル獲得者
はゼロであったが、リオパラリンピックでは快
挙が相次いだ。
男子重量挙げ四九キロ級でレー
・
ヴァン・コン選手が金メダル、女子重量挙げ五
〇キロ級でダン・ティ・リン・フォン選手が銅
メダル、男子五〇メートル自由型S5︵肢体不
自由︶でヴォ
・
タイン
・
トゥン選手が銀メダル、
男
子
や
り
投
げ
F
5
6
/
5
7︵
車
い
す
︶
で
カ
オ・
ゴック・フン選手が銅メダルと、計四人のメダ
リストが誕生した。さらに金メダルを獲得した
重量挙げのコン選手にいたっては、一八三キロ
を持ち上げて自身の持つ世界記録を一キロ更新
した。
本稿では、重量挙げのコン選手と競泳のタイ
ン・トゥン選手について少し紹介したい。
コン選手はベトナム中部ハティン省の出身で
一九八四年六月二〇日生まれ。母親が妊娠中に
デング熱に罹り、
両足に障害を持って生まれた。
家庭の生活が苦しく、一九歳の時に一人ホーチ
ミ
ン
市
に
移
り
住
ん
だ。
木
材
の
研
磨、
入
力
作
業、
電
子
機
器
の
修
理︵
職
業
学
校
に
も
通
っ
た
︶、
宝
く
じの販売など、さまざまな生きる術を持つ。コ
ン選手がホーチミン市内の障害者スポーツクラ
ブ
で
重
量
挙
げ
に
出
会
っ
た
の
は
二
〇
〇
五
年
の
こ
と。友人に紹介されたのがきっかけだった。そ
の数カ月後に開かれた全国大会でコン選手はす
ぐに二位に入った。
奥さんのチュー・ティ・タームさんはコン選
手
の
出
身
地
ハ
テ
ィ
ン
省
に
隣
接
す
る
ゲ
ア
ン
省
出
身。タームさんは二〇〇六年に南部に移り住ん
だ。
出
会
い
の
後
二
人
は
互
い
に
惹
か
れ
あ
っ
た
が、
タームさんの両親から猛反対にあった。
しかし、
二人は思いを貫いて二〇〇八年に結ばれた。夫
妻は二人の子どもに恵まれ、二〇一四年にホー
チミン市の隣省ロンアン省に新居を構えて移り
住んでいる。
九
月
二
一
日、
朝
の
ホ
ー
チ
ミ
ン
市
タ
ン
ソ
ン
ニャット空港には、他の選手とともに帰国した
コン選手を迎える妻と子ども達の姿があった。
国家オリンピック委員会は、コン選手の功労
に対し一万ドル︵約二億二三〇〇万ドン︶の報
奨金を贈ることを決定した。これは、リオ五輪
の射撃一〇メートルエアピストルでベトナム史
上初めての金メダル、五〇メートルピストルで
銀メダルを獲得したホアン・スアン・ヴィン選
手に対する報奨金と同額である。
次のタイン・トゥン選手は、一九八五年七月
二六日にメコンデルタに位置するアンザン省で
生まれた。三人兄弟姉妹の長男。幼少時に悪性
のポリオに罹り、両足が発育不全となった。親
が漁業を営む関係で川とともに育った。その後
アンザン省の隣に位置するメコンデルタの中心
地カントーに移り住んだ。二〇〇五年に拡声器
が伝えるカントー市文化・スポーツ・観光局か
らのお知らせを耳にして障害者競泳大会の開催
を知り、出場。大活躍したことが競技生活に入
るきっかけとなった。
タイン・トゥン選手は高校卒業後、電子機器
関係の専門中級学校で学び、大学の場で電子機
器・通信部門の勉強を積んでおり、水泳だけで
なく、電話修理などの生きる術を身に付けてい
る。
伴侶との出会いにも偶然が作用しており、二
〇一一年に練習から帰るバスの中で、たまたま
ホーチミン市に服の買い出しに来ていた、カン
トー市内で小さな洋服店を営むチュック・フォ
ンさんに出会ったとのなれそめが、一部で伝え
られている。
リ
オ
パ
ラ
リ
ン
ピ
ッ
ク
開
催
前
の
報
道
に
よ
る
と、
夫妻は九月に誕生予定の第一子にリオパラリン
ピック出場を記念して﹁リオ﹂と名付けること
を決めており、ベトナムのリオちゃんが既に誕
生しているのではなかろうか。
ベトナムには約七〇〇万人超の障害者が暮ら
す︵二〇一四年末時点、人口の約七・八%︶
。
筆者は何度か障害者のリハビリ施設を訪問し
たことはある。
しかし、
障害を持つ人達がスポー
ツに取り組む現場に伺ったことはまだない。筆
者の見聞の狭さを示すものと反省している。
リオパラリンピックを契機として、さらに新
たな才能が発掘され、育てられて、二〇二〇年
の東京パラリンピックでは、ベトナム選手のさ
らなる飛躍、
活躍がみられることを願っている。
︵
て
ら
も
と
み
の
る
/
ア
ジ
ア
経
済
研
究
所
東
南
アジア
Ⅱ
研究グループ︶
49
アジ研ワールド・トレンド No.255(2017. 1)
16_ベトナム歩道_寺本実.indd 49 16/12/05 11:09