【新刊紹介】 林大樹・西山昭彦・大瀧友里奈 編
水と社会
水リテラシーを学ぶ 8 つの扉 A 5 判 160頁 発行所 東京大学出版会 2019年 2 月19日発行 定価 本体2,200円+税 ISBN978-4-13-033090-9 安 藤 茂 本書は,一橋大学において,2014年度から2016年度までの 3 年間,(複数の 講師がそれぞれの専門分野について講義を行う)オムニバス方式で行った全学 共通教育科目「水の社会科学」の講義をもとにしている。 本書は 8 人の編者によって取り纏められ,8 つの章で構成されており,主要 目次は以下のとおりである。 1章 日常生活から読み解く水の多様性 2章 水からみた江戸時代 3章 水の環境問題 4章 「水と社会」を捉える NGO の視点 5章 日本企業による今後の水ビジネスの国際展開 6章 水道事業について 7章 ビジネスとしての「水」 終章 環境経営と水のサステナビリティ 水利科学 No.371 2020 138ところで,本書の副題の「水リテラシー」とはどういう意味であろうか。編 者の一人である大瀧友里奈教授によれば,「水リテラシー」とは「人々が水を 身近に感じ,水と積極的に関わり,自らの問題として水と向き合うことができ るようになる意識と,それらを実現可能にする適切な知識」のことである。 1章では,1 人が使う水の量,その使い方,水源,その量を示し,多様性を 生かした水との使い方について紹介している。また,水の使用に関する海外の 事例を紹介しつつ日本と海外の状況をデータや実例に基づいて比較考察してい る。 そして,大瀧教授によれば,画一的な水供給システムが出来上がっていると ころでも,「水リテラシー」を育むことが真の意味での安全安心な社会につな がるという。 2章では,日本における水と社会との関わりを,歴史的な視点から捉えてい る。特に「大開墾時代」「人口爆発の時代」である江戸時代における治水工事 の目的・役割,用水路の建設,用水組合の組織化などについて紹介し,また, 江戸時代に繰り返された水争いについて,「水掛け論」「我田引水」という言葉 を引用しつつ,その原因,江戸幕府の基本方針などを紹介しながら,江戸時代 と現代の水の関わり方について比較考察している。 3章では,水の環境問題を主に水量と水質の 2 つの側面から取り上げてい る。まず,量からみた問題として世界のダム建設の推移,戦後日本のダム事業 費の推移を示すとともに,アメリカ及び日本におけるダム撤去と河川再生の動 きを紹介・考察している。また,質からみた問題として,商品としてのし尿, 厄介物としてのし尿などについてその背景や意味について歴史的に考察してい る。 4章では,NGO 活動を通して「水と社会」を捉える視点について考察して いる。そこでは,水に関わる具体的な NGO 活動として「井戸掘り」を取り上 げ,使われなくなった井戸の話,砒素に汚染された井戸の問題にも触れ,井戸 掘りの「美しい側面」ばかりが善意とともに広がっていることに目を向ける必 要があるという。また,メコン河流域の水資源開発を事例に,水資源開発をめ ぐって生じる対立は,私たちに個別の学問分野を超えて水と社会の関係を考え 直す機会を与えてくれているという。 139 水利科学 No.371 2020
5章では,水ビジネスという視点から,世界の水ビジネス市場規模について データを用いて紹介し,その構造と特徴を述べている。また,日本の水ビジネ スの現状と課題とともに,日本が技術優位のある分野・市場の明確化の例を示 している。そして,価格勝負に陥らない市場の明確化・需要開拓など,さらに は自治体の役割,政府の取り組みを紹介しつつ,日本の今後の海外展開の方向 性について考察している。 6章では,日本の水道事業,特に経営原則について,水道法及び地方公営企 業法という法制度面から紹介するとともに,東京都水道局を事例として取り上 げ,東京の水道の歴史,事業規模などについて具体的に解説している。また, 水源林の整備・維持管理,高度浄水処理を用いた浄水技術,配水段階でのきめ 細かな水量や水圧の調整などを解説している。そして,水道関連の国内組織, 民間企業,さらには事務系の業務内容にも触れている。 7章では,代替の利かない水というライフラインの提供を対象に,なぜ,ど のようにして民間企業が役割を担うようになったのか,その潮流などを解説し ている。また,水マネジメントの性質を踏まえた民間活力の導入,官民連携な どのさまざまな方式とそれらの特徴などを紹介している。そして,具体例を挙 げつつ,インフラビジネスにおける民間側の「効率化」,日本企業の付加価値 などについて考察している。 終章では,自然が育む水に育てられた企業の立場から,水のサステナビリテ ィ,すなわち,人間にとって非常に限りある資源である水,その持続可能性を しっかり追求していかなければ,事業そのものが成り立っていかないとし,水 サステナビリティの追求に貢献するさまざまな活動を紹介している。 以上,私なりの理解で各章の概要を紹介したが,おわかりのとおり,水問題 は多面性・多様性を有しており,各章の編者の視点,論点などもさまざまであ る。例えば,水は治水・利水という側面があるが,利水には農業用水・水道用 水・工業用水・水力発電など,利用後の生活排水・産業排水などがあり,水源 という視点でみると,地下水(浅井戸,深井戸)・伏流水・地表水(湖沼水, ダム水,河川水)・海水・再生水などに区分される。さらには,治水・利水の みならず,水環境(水質・水量)の側面もある。また,国内外における水ビジ ネスの展開,開発途上国の水問題や気候変動への対応など,さらには本書では 水利科学 No.371 2020 140
触れられていないが,水は公共財か商品かという議論もある。 日本人,特に若い人々にとっては,「水」は蛇口をひねると出てくるのが常 識となっている中,本書で大瀧教授が指摘している「⽛水リテラシー⽜を育む ことが真の意味での安心安全な社会につながるといえるでしょう」という言葉 をしっかりと嚙みしめてみてはどうだろうか。 (公益財団法人水道技術研究センター理事長) 141 水利科学 No.371 2020