印 度 學 佛 教 學 研 究 第 四 十 雀 第 二 號 卒 成 四 年 三 月 二 二 二
日
蓮
聖
人
と
人
法
本
尊
問
題
関
慈
謙
人 法 本 尊 問 題 は、 古 来 よ り 目 蓮 教 学 上 の 大 き な 問 題 で あ る が、 今 目 に お い て は、 人 本 尊 正 意 論 が 大 勢 を し め て い る。 人 本 尊 正 意 と は、 人 勝 法 劣 の 思 想 で あ り、 こ れ に 対 し て 法 本 尊 正 意 論 は、 法 勝 人 劣 の 思 想 で あ る。 こ の 小 論 で は、 目 蓮 に お け る 人 法 本 尊 問 題 に つ い て、 以 下、 題 目 の 意 味、 遺 文 及 び 行 儀 上 に お け る 人 法 本 尊 論 の 三 点 よ り、 私 見 を 述 べ て み た い。 一、 題 目 の 意 味 題 目 と は、 そ こ に 目 蓮 の 思 想 の す べ て が 集 約 的 に 込 め ら れ て い る。 題 目 と は そ う い う も の で あ る。 そ こ で、 題 目 の 意 味 を 考 え る と、 南 無 妙 法 蓮 華 経 は、 南 無 H 帰 依 妙 法 11 妙 な る 法 蓮 華 ・11 法 の 讐 喩 経 11 教 え と 分 析 さ れ る が、 こ れ に 明 ら か な よ う に、 題 目 の 意 味 す る と こ ろ は、 妙 法 帰 依 で あ る と い う こ と で あ る。 と い う こ と は、 言 う ま で も な く 目 蓮 に お い て は、 法 本 尊 が 正 意 で あ る と い う こ と で あ る。 素 朴 に 考 え て、 も し 人 本 尊 が 目 蓮 の 正 意 で あ れ ば、 題 目 は 南 無 釈 迦 牟 尼 仏 と な ら ね ば な ら な い。 二、 遺 文 に お け る 人 法 本 尊 論 目 蓮 の 遺 文 中、 人 法 勝 劣 論 は ど の よ う に 論 ぜ ら れ て い る か、 次 に こ の 問 題 に つ い て 論 じ て み た い。 こ の 問 題 は、 次 の 行 儀 上 の 問 題 が 具 体 的 本 尊 論 で あ る に 対 し て、 こ れ は 理 論 上 の 本 尊 論 と い う こ と が で き る。 そ こ で、 ま ず 法 本 尊 正 意 の 遺 文 に つ い て 論 ず る こ と に す る。 目 蓮 遺 文 に お け る 法 本 尊 正 意 の 思 想 は 遺 文 に 数 多 く あ っ て、 そ れ は 生 涯 通 じ て 一 貫 し て い る。 今 こ こ で は 逐 一 挙 げ ら れ な い が、 ﹃ 一 代 聖 教 大 意 ﹄ ﹃ 開 目 抄 ﹄ ﹃ 観 心 本 尊 抄 ﹄ ﹃ 兄 弟 抄 ﹄ ﹃ 撰 時 抄 ﹄ ﹃ 宝 軽 法 重 事 ﹄ ﹃ 四 信 五 品 抄 ﹄ ﹃ 下 山 御 消 息 ﹄ ﹃ 本 尊 問 答 抄 ﹄ 等 の 主 要 遺 文 を は じ め、 三 十 数 篇 が 挙 げ ら れ る。 こ の 内 二 十 数 篇 は 真 蹟 が 確 実 で あ る。 そ れ ら の 中 か ら、 二、 三 を 紹 介 す る と、 ﹃ 宝 軽 法 重 事 ﹄ ( 真 蹟 存) に、-738-( 1) ﹁ 人 軽 と 申 す は 仏 を 人 と 申 す。 法 重 と 申 す は 法 華 経 な り﹂ ﹃ 上 野 殿 御 返 事 ﹄ ( 目 興 写 存) に、 ﹁ 仏 は い み じ し と い え ど も、 法 華 経 に 対 し ま い ら せ 候 へ ば、 蛍 火 ( ) と 目 月 と の 勝 劣、 天 と 地 と の 高 下 也﹂ ま た、 ﹃ 窪 尼 御 前 返 事 ﹄ ( 真 蹟 存) に、 ﹁ 法 華 経 は 仏 に ま さ ら せ 給 ふ 事、 星 と 月 と、 と も し び と 目 と の こ ( 3) と し﹂ と、 こ こ に 明 白 に 法 勝 人 劣 の 思 想 が あ る。 そ こ で、 次 に 目 蓮 の 人 本 尊 論 を 検 討 し て み た い。 従 来、 人 本 尊 論 者 が 人 本 尊 遺 文 と 見 な し て、 そ の 根 拠 と し て き た 遺 文 の 中 で、 文 献 的 に 確 実 な も の は、 ﹃ 善 無 畏 抄 ﹄ ﹃ 善 無 畏 三 蔵 ( 4) 抄 ﹄ ﹃ 神 国 王 御 書 ﹄ ﹃ 報 恩 抄 ﹄ の 四 遺 文 の み で あ る。 こ れ ら の 遺 文 を 整 理 す る と、 次 の こ と が 言 え る。 (1) 目 蓮 に は、 人 勝 法 劣 の 文 言 は な い。 (2) 日 蓮 は 佐 渡 以 前 に お い て は、 釈 迦 像 を 本 尊 と し て い た が、 以 後 は 釈 迦 像 を 本 尊 と し た 事 実 は な い。 以 上、 目 蓮 遺 文 に お け る 人 法 本 尊 論 を ま と め る と、 目 蓮 に は、 人 勝 法 劣 の 思 想 は な く、 生 涯 法 勝 人 劣 の 思 想 で 一 貫 し て い る。 た だ、 目 蓮 は、 佐 渡 以 前 は 釈 迦 像 を 本 尊 と し て い た が、 以 後 に は そ れ は 認 め ら れ な い、 と い う こ と に な る。 こ こ に 一 つ 問 題 が あ る。 そ れ は ﹃ 報 恩 抄 ﹄ の、 ﹁ 本 門 の 教 主 釈 尊 を 本 尊 と す べ し。 所 謂 宝 塔 の 内 の 釈 迦 多 宝 ・ 外 ( 5) の 諸 仏、 並 び に 上 行 等 の 四 菩 薩 脇 士 と な る べ し﹂ の 文 に つ い て の 解 釈 の 問 題 で あ る。 そ こ で、 こ の 文 は 人 本 尊 論 者 が 主 張 す る よ う に、 釈 迦 本 尊 と 解 釈 す べ き か と い う と、 そ う は 言 え な い。 な ぜ な ら、 こ れ を 通 常 の 人 本 尊 正 意 論 と は 解 釈 で き な い か ら で あ る。 特 に、﹁ 教 主 釈 尊﹂ と﹁ 宝 塔 の 釈 迦﹂ と の 関 係 が 不 明 で あ り、 こ の 文 を 以 て 直 ち に 人 本 尊 正 意 の 文 と い う わ け に は い か な い。 私 は、 こ の 問 題 は ﹃ 観 心 本 尊 ( 6) 抄 ﹄ の﹁ 此 時 地 涌 千 界 出 現、 本 門 釈 尊 為 脇 士﹂ の 文 と の 関 連 の 中 で 考 え る べ き だ と 思 っ て い る。 そ し て、 結 論 の み を い う な ら ば、 こ の 文 は 人 本 尊 正 意 の 文 で は な く、 む し ろ そ の 逆 で、 法 本 尊 正 意 の 文 で あ る と い う こ と で あ る。 い ず れ に し て も、 こ の 文 は 古 来 よ り 議 論 の 集 中 し た と こ ろ で、 こ こ で は、 こ の 文 が 釈 迦 正 意 の 文 で は な い こ と だ け を 指 摘 し た い。 三、 行 儀 上 の 人 法 本 尊 論 目 蓮 の 本 尊 観 が 基 本 的 に 法 本 尊 正 意 で あ る と し て、 で は 具 体 的 な 本 尊 は 何 で あ っ た の か と い う と、 目 蓮 の 生 涯 の 中 で、 具 体 的 本 尊 と し て は っ き り し て い る の は、 釈 迦 仏 と 曼 茶 羅 で あ る。 こ の 両 者 が 矛 盾 の な い も の で あ る な ら、 問 題 な い が、 こ の 両 者 は 最 終 的 に は 矛 盾 す る も の で あ る。 と 同 時 に、 目 蓮 自 身 に お け る 法 本 尊 正 意 論 と も 矛 盾 が あ る。 即 ち、 釈 迦 仏 は 人 本 尊・ 人 勝 法 劣 を 表 わ し、 曼 茶 羅 は 法 本 尊 ・ 法 勝 人 劣 を 意 目 蓮 聖 人 と 人 法 本 尊 問 題 (関) 二 二 三
-739-目 蓮 聖 人 と 人 法 本 尊 問 題 (関) 二 二 四 味 す る か ら で あ る。 釈 迦 仏 が 人 本 尊 を 表 わ し て い る こ と は い う ま で も な い と こ ろ で あ る。 ま た、 曼 茶 羅 が 法 勝 人 劣 を 意 味 し て い る と い う こ と に つ い て は、 そ の 相 貌 か ら し て も 言 え る が、 そ の 賛 文 か ら も 知 る こ と が で き る。 即 ち、 目 蓮 の 曼 茶 羅 は、 文 永 八 年 十 月 九 目 の 通 称﹁ 楊 子 御 本 尊﹂ と 称 さ れ て い る も の が 初 見 で、 こ れ 以 降 多 数 の 曼 茶 羅 が 書 写 さ れ る が、 そ れ ( 7) ら の 中 に﹁ 諸 仏 所 師 所 謂 法 也﹂ の 賛 文 も あ り、 こ の こ と か ら 一 曼 茶 羅 が 法 勝 人 劣 を 意 味 し て い る こ と は 間 違 い な い。 こ の よ う に、 目 蓮 に は 二 つ の 本 尊 が 存 在 す る。 こ の こ と が、 後 に 人 法 本 尊 問 題 を 惹 起 さ せ る 原 因 と な っ て い る。 そ こ で、 こ の 問 題 に つ い て 簡 単 に 結 論 だ け を 述 べ る こ と に す る。 目 蓮 の 遺 文 を 整 理 す る と、 目 蓮 が 佐 渡 以 前 す な わ ち 鎌 倉 の 草 庵 で は 釈 迦 仏 を 本 尊 と し て い た こ と は、 ﹃ 神 国 王 御 書 ﹄ か ら 確 実 で あ る。 と こ ろ が、 目 蓮 に は 佐 渡 以 後 に つ い て は、 釈 迦 仏 を 本 尊 と し た と い う 確 実 な 事 実 は な い。 そ の 上、 佐 渡 以 降 に 曼 茶 羅 は 書 写 さ れ て い る と い う こ と、 し か も、 曼 茶 羅 が 法 勝 人 劣 を そ の ま ま 具 現 化 し た も の で あ る と い う こ と な ど を 総 合 す る と、 日 蓮 は 佐 渡 以 前 と 佐 渡 以 後 に お い て、 そ の 具 体 的 本 尊 に 相 違 が あ る。 と い う よ り、 目 蓮 は 龍 口 法 難 を 境 に、 具 体 的 本 尊 が 変 わ っ た と い う こ と が 言 え る の で あ る。 更 に、 目 蓮 は ﹃ 三 沢 抄 ﹄ に﹁ 法 門 の 事 は、 さ ど ( 佐 渡) の 国 へ な が ( 8) さ れ 候 し 巳 前 の 法 門 は た だ 仏 の 爾 前 経 と お ぼ し め せ﹂ と 述 べ て い る が、 こ れ は 先 の 事 実、 即 ち 佐 渡 以 前 と 以 降 の 具 ハ体 的 本 尊 の 相 違 を 認 め、 し か も、 曼 茶 羅 が 本 意 で あ る こ と を 確 認 し た と 考 え ら れ る の で あ る。 結 目 蓮 に お け る 人 法 本 尊 問 題 を 総 括 す る と、 題 目 の 意 味、 遺 文・ 曼 茶 羅 に お け る 法 勝 人 劣 論 な ど を 総 合 し て、 目 蓮 が 法 本 尊 正 意 論 で あ る こ と は 間 違 い な い。 た だ し、 佐 渡 以 前 は、 釈 迦 像 を い ま だ 本 尊 と し て い た。 そ れ が ﹃ 三 沢 抄 ﹄ の 反 省 の 言 に な っ た の で あ る。 そ し て、 佐 渡 以 後、 釈 迦 像 を 認 め た 事 実 は な く、 曼 茶 羅 が 本 尊 と し て 変 わ っ た の で あ る。 こ こ に 至 っ て、 目 蓮 の 本 尊 論 は 名 実 と も に 完 成 し た と い う こ と が で き る。 1 ﹃ 昭 和 新 定 目 蓮 大 聖 人 御 書 ﹄ 一 四 七 一 頁 2 ﹃ 同 ﹄ 一 七 八 五 頁 3 ﹃ 同 ﹄ 一 九 八 三 頁 4 こ の 他 ﹃ 真 間 釈 迦 仏 御 供 養 逐 状 ﹄ ﹃ 四 菩 薩 造 立 抄 ﹄ 等 あ る が、 い ず れ も 真 偽 に 問 題 が あ る。 5 ﹃ 新 定 ﹄ 一 五 四 三 頁 6 ﹃ 同 ﹄ 九 五 七 頁 7 建 治 二 年 九 月 書 写、 身 延 曾 存 8 ﹃ 新 定 ﹄ 一 七 八 一 頁 ︿ キ ー ワ ー ド ﹀ 日 蓮、 人 法 本 尊、 人 勝 法 劣、 法 勝 人 劣 ( 寺 院 住 職)