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物質文化からの民族文化誌的再構成の試み : クリ ールアイヌを例として

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物質文化からの民族文化誌的再構成の試み : クリ ールアイヌを例として

著者 小杉 康

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 21

号 2

ページ 391‑502

発行年 1997‑01‑14

URL http://doi.org/10.15021/00004168

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小杉  物質文化からの民族文化誌的再構成 の試み

     物質文化 か らの民族文化誌的再構成 の試み

      一 ク リー ル ア イ ヌを 例 と して

        小    杉      康*

Ethnographic Reconstruction from the Material Culture of the Kuril Ainu

Yasushi Kosuoi

This essay examines the methodical and practical reconstruction of cultural ethnography from material culture, taking up, as an example for analysis, the Kuril Ainu and their material culture, which has no suc- cessors today.

First, folk tools of the Kuril Ainu kept in Japan are compiled. The main part of the compiled materials were collected by Ryuzo Torii dur- ing his ethnological investigation in the Chishima (Kuril) Islands in 1899, and the rest include what government officials collected on their way to Northern Chishima before the Kuril Ainu were forced to emigrate to Shikotan Island in 1884. Torii's ethnological investigation was done in order to prove his own theory explaining the origin of the Japanese people, and the materials (folk tools of the Kuril Ainu) collected on this occasion were influenced by this motive. He also attempted to restore and record the unmodernized life-style of the Kuril Ainu, so only tradi- tional tools were the objects of his collection.

Considering this, on analyzing the folk tools of the Kuril Ainu com- piled for this study, it is necessary to pay special attention to the nature of these materials and to amend this bias. The methods of analysis are as follows: calculation of the ratios of kinds of raw materials composing

*共 立女子大学 ,国 立民族学博物館共 同研究員

Key Words : the Kuril (Chishima) Ainu, Ryuzo Torii, material culture, scale drawing, reconstruction

キ ー ワ ー ド:ク リ ー ル( 千 島)ア イ ヌ,鳥 居 龍 蔵,物 質 文 化,実 測 図,再 構 成

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国立民族学博物館研 究報告21巻2号

folk tools collected by Torii, those collected by other people, and ar- chaeological materials of the Kuril Ainu; comparison of the ratios to discover the degree of bias inherent in the materials; compensation for the bias in compilation of the tools of the Kuril Ainu.

Secondly, the tools compiled as above are classified according to their uses, characteristics of their form and manufacture are observed and recorded, and a scale drawing of representative examples of each tool is made (in the following studies dealing with individual materials, this scale drawing will be indispensable in order to introduce the typological analysis) .

It becomes possible to propose a new outlook on facts for which records are lacking or insufficient in the existing ethnography. For exam- ple, (1) it can be reconfirmed that the Kuril Ainu adapted themselves to a marine environment, fishing and hunting for a certain long period, migrating from island to island; (2) while today the Hokkaido Ainu and the Kuril Ainu are recognized as having once belonged to the same cultural and ethnic group, they regarded each other as different: this is a tendency which can be traced back rather a long time in their history; (3) it is proved that iron and cotton products imported from Japan and Russia greatly influenced the traditional raw materials of everyday tools and the expression of sexual differences in their manufacture, and that at last they brought about a revolution in the whole system of folk tools;

(4) in existing ethnography and historical documents, relations between the Kuril Ainu and the Sakhalin Ainu are rarely recorded, but this essay points out some direct contacts between them.

Today, when many traditional cultures are being rapidly changed

and destroyed, some leaving no successors, the importance of an attempt

to reconstruct cultural ethnography from a study of material culture in

everyday tools will increase.

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小杉  物質文化 からの民族文化誌的再構成 の試み

は じめ に

1,民 具 研 究 と物 質 文 化   1.民 具 とは   2.民 具 研 究 の現 在   3.民 具 か ら物質 文 化 へ   4.物 質 文 化 と考 古 学 研 究 法

  5.型 式 学 的 分 析 と実 測 図 の 作成 に つ い       て

  6.財 の カテ ゴ リー体 系 と文 化 の傭 瞼 図 皿.ク リー ル ア イ ヌー 民 族誌 ・考 古学 か     らの提 言

  1.  ク リール アイ ヌ とは   2.ク リール ア イ ヌ民 族 誌   3.鳥 居 龍 蔵 著 『千 島 ア イ ヌ』

  4.中 近 東 起 源説 と2段 階 移 住説   5.  「還 元 的 土 俗 」

  6.北 千 島 に お け る考 古 学 調 査 か らの提       言

皿.ク リー ル ア イ ヌ民 具類 の性 格   1.ク リー ル アイ ヌ民具 類   2.前 期 民 具 類 に つ い て   3.後 期 民 具 類 に つ い て

  4.函 館 博 物 館 収 蔵 ク リー ル ア イ ヌ民 具       類 の性 格

  5.鳥 居 龍 蔵 収集 の ク リー ル ア イ ヌ民 具       類 の性 格

  6.  「 還 元 的 土 俗 」 の 実践(1)       一 模 型 品

  7.  「 還 元 的 土 俗 」 の 実 践(2)       一 原 材 料

】 〉.ク リー ル ア イ ヌ民 具 類 の構 成   1.用 途 分 類 に よ る ク リー ル ア イ ヌ民 具       類 の構 成

  2.生 業 活動 に関 す る民 具類(1)       一 狩 猟

  3.生 業 活動 に関 す る民 具 類(2)       一漁撈,そ の他

  4.家 事 に 関 す る民 具 類一 料理 ・食 事       用 具(1)ま な いた,エ ペ ル ニキ

  5.家 事 に 関す る民 具 類 一 料 理 ・食 事       用 具(2)発 火 具

  6.家 事 に 関す る民 具 類 一 料 理 ・食 事       用 具(3)杓 子,椀

  7.家 事 に 関 す る民 具 類 一 料 理 ・食 事       用 具(4)木 盆

  8.家 事 に関 す る民 具類 一 育 児 ・教 育   9.家 事 に 関 す る民 具 類 一 裁 縫 ・工 作       (1)織 物,針 入 れ

  10.家 事 に 関 す る民具 類 一 裁 縫 ・工 作       (2)エ ペ ル ニキ,足 型

  11.家 事 に 関 す る民具 類 輪 雑事(1)       編 み 容 器

  12.家 事 に 関 す る民 具 類一一 雑 事(2)       暦

  13.家 事 に 関 す る民 具 類一 雑事(3)       三 弦 琴,煙 草 入 れ,そ の 他   14.服 飾 に 関 す る民 具 類一 衣 服(1)       鳥 皮 衣,そ の他

  15.服 飾 に 関 す る民 具 類一 衣 服(2)       腰 帯

  16.服 飾 に 関す る民 具 類 一 装 身具   17.服 飾 に 関 す る民 具 類     ì物 ・被 物   18.服 飾 に 関 す る民 具 類一i携 帯具(1)       物 入 れ

  19.服 飾 に 関 す る民 具 類 一 携 帯具(2)       火 道 具 入 れ

 20.儀 礼 ・信 仰0'関 す る民 具 類(1)       一 削 り掛 け

 21.儀 礼 ・信 仰 に関 す る民 具 類(2)       一 仮 面

  22.儀 礼 ・信 仰 に 関す る民 具 類(3)       一 祭 具

V.ク リー ル アイ ヌの民 族 文 化 誌 的再 構 成   1.生 業 活 動 と海 洋適 応

  2.アイデンティ テ ィ と ク リール文 様   3.民 族 接 触 と文 化伝 統

お わ りに

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号

は  じ  め  に

  ク リー ル ア イ ヌに 関 す る民 族 誌 と しては 鳥 居 龍 蔵 に よるr千 島 ア イ ヌ』 旧 本 語 版 1903,仏 語 版1919】 が つ とに 著名 で あ る。 今 日で は 既 に,独 自の生 活 文 化 の直 接 的 な 継 承 者 が い ない ク リール アイ ヌに つ い て何 か を 語 ろ うとす る な らぽ,こ の著 書 に全 面

的 に頼 らざ るを え な い のが 現 状 で あ る。

  鳥 居 に よ って著 され た ク リー ル アイ ヌの民 族 誌 は,1899年 の シ コタ ソ島 を 中 心 と し た 千 島列 島 で の フ ィール ドワー クの記 録 に基 づ くも ので あ る。 当時,日 本 と ロ シア と の領 土 的利 権 の狭 間 にあ った千 島列 島,そ の北 千 島 に住 む ク リール ア イ ヌは,1884年 に シ コ タ ソ島 へ と強 制 移 住 させ られ た 。 北千 島,シ コタ ン島 で の 鳥居 の調 査 は1899年 の5月 か ら7月 に か け ての2ケ 月 あ ま りの もの で あ った が,収 集 され た民 族 資 料 は 単 に ク リール ア イ ヌの イ ソフ ォーマ ン トか ら聞 き取 った情 報 だ け に と どま らず,彼 らの 生 活 用 具 も この 時 に収 集 され た。 そ の数 量 は80点 程 で,決 して 多 い 数 とい え る も ので は な いが,一 時 期 に 収集 され た ク リー ル アイ ヌの 生活 用具 と して は,国 内 外 に例 を み な い充 実 した もの とい え よ う。

  この よ うに 数 量 的 に は ご く限 られ た もの では あ るが,鳥 居 収 集 の ク リール ア イ ヌの 生 活用 具 は彼 の民 族 誌 に記 録 され た ク リー ル アイ ヌの 生活 文 化 の 内容 とは 異 な った情 報 を我 々に提 供 して くれ るで あ ろ う。 そ れ はr千 島 アイ ヌ』 の記 述 範 囲 か らは 抜 け落 ち て しま った情 報 であ った り,ま た当 事者 の言 説 に は 本 来 現 われ て こ な い で,物 質 文 化 に こそ よ りよ く具 現 化 され た情 報 で あ るは ず で あ る。

  様hな 経緯 で これ まで に 収 集 され て きた ク リー ル ア イ ヌの 物 質文 化 一 そ れ は 民具 類 で あ った り考 古 資料 であ った りす るが 一 は,そ れ ぞれ の収 集 者 が どの程 度 自覚 し て い たか の差 は あ る もの の,特 定 の文 脈 の下 に 収 集 された 資 料,即 ち 「 翻 訳 」 され た 姿 で あ る こ とに 変 わ りな い。 本 研 究 が 目指 す べ き と ころ は,そ れ らの翻 訳 か ら直 ち に 新 た な翻 訳 をつ く り直 す こ とでは な い 。 各種 翻 訳 を 突 き合 わ せ てあ り うべ き 「 語 彙 」 を で きる だ け網 羅 し,当 事 者 の論 理YYI̲則 した か た ちで それ らを配 置 し直 す。 そ こか ら いか な る解 釈 を引 き 出す か は,や は り1つ の翻 訳 の営 み で あ るが,そ の よ うな翻 訳 の 行 為 を保 証 す る物 質 文 化 の体 系作 りが 第m的 に必 要 な の で あ る。

  今 日,急 速 な勢 い で伝 統 的 な生 活 文 化 が変 容 あ る いは 崩壊 しつつ あ る多 くの 民族 に

お いて,さ らに は既 にそ れ らの直 接 的 な 継 承者 を求 め る こ とが で き な くな って しま っ

た民 族 に お い て は な お さ らの こ と,彼 らの 生 活用 具 をは じめ と した物 質 文 化 の 体系 化

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小杉    物質文化からの民族文化誌的再構成 の試み

は 上記 の意 味 で 今 後 そ の重 要 性 を さ らに 高め るで あ ろ う。

  本 稿 で は以 上 の よ うな観 点 か ら,鳥 居 に よる収 集 品 を 中心 と した 国 内 に あ る ク リー ル ア イ ヌの生 活 用 具 を 集 成 し,ま ず 収 集 資料 の 性格 を検 討 し(第 皿章),次 に 用 途 別 に分 類 した個hの 生 活 用具 の 内容 を 整理 しなが ら,相 互 の 関連 を 検 討 す る こ とに よ っ て(第1>章),「 モ ノに よる文 化 の傭 鰍 図 」へ と全 体 を 近 付 け てゆ きた い。 そ して 物 質 文 化 か らの民 族 文 化 誌 的再 構 成 の試 論 と して,鳥 居 に よ る民族 誌 の 記 述 内容 と対 照 し なが ら,ク リール アイ ヌの生 業,アイデンティ テ ィ,民 族 接 触 に 関 して言 及 した い(第 V章)。 尚,主 題 に は い る前 に,民 具 研 究 の現 状 を 概 観 す る と同時 に,本 研 究 の 方 法 的 な立 場 を 明確 に し(第1章),ま た ク リー ル ア イ ヌに関 す る これ まで の 研 究 成 果 か

ら得 られ た課 題 を整 理 して お く こ とにす る(第 皿章)。

1.民 具研 究 と物 質文 化

1.民 具 と は

  鳥 居 龍 蔵 が ク リー ル アイ ヌの生 活 用 具 を 収集 した 時 代 に は,未 だ 「 民 具 」 とい う用 語 も概 念 も登場 して きてい な い。 しか し,後 に論 じる よ うに 鳥居 は 「 還 元 的 土俗 」 を 目指 して生 活 用具 の収 集 を 実 施 して お り,そ の結 果,そ の 収集 品 の 内容 は ほ ぼ民 具 に 相 当す る もの で あ る とい つて い い だ ろ う。 そ こで,ま ず 民 具 の概 念 が いか な る もの で あ るか を こ こで確 認 して お く。

  民具 の要 件 と して は,例 え ぽ 手 作 り,使 用者 が民 衆 で あ り,専 門 の職 人 が 作 った も の で は な く,素 材 が 草木 ・動 物 ・石 ・金 属 ・土 な どで あ り,化 学製 品 は含 まれ な い, 等hが 挙 げ られ る こ とがあ る 【 宮 本  1979:76]。 また,実 際 に 使 用 され て きた伝 承 性 の あ る特 定 の 形 態 を と も な った 物 質,と い った 幅 の あ る定 義 が な され た り1湯 川 1976:5】,ま た 「 わ れ わ れ の 同胞 が 日常 生 活 の必 要 か ら技 術 的 に作 りだ した 身辺 卑 近 の 道 具一 庶 民 の生 活 用 具 全般 の 呼称 」 とい うよ うな概 括 的 な 内容 の場 合 もあ る 【 ア

チ ッ ク ・ ミュー ゼ ア ム  1936:1】。 民 具 の定 義 は研 究 者 に よ って多 少 の振 れ 幅 の あ る もの とな って い るが,何 が 民 具 で な い のか の 意 見 は ほぼ 一 致 して い る とい え るだ ろ う。

例 えば,カ ンテ ラや 付 木 は民 具 であ りラ ンプや マ ッチ は そ うで は な い,即 ち機 械 製 品 や 工 業 製 品 は 民 具 か ら外 され る傾 向 が あ る 【 宮 本  1979:71】。 また,民 具 研 究 の 目的 が 生 活 文 化 の解 明 に置 かれ る一 方 で,上 記 の よ うな 民 具 の定 義 に 準 拠 す るな らぽ,そ

の 目的 は 自ず か ら伝 統 的 な生 活 文 化,古 い生 活 文 化 の 解 明 へ と実 質 的 に は移 行 してい

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号

く とい え るで あ ろ う。

  さて,民 具 研 究 に お い て は定 義 内 容 の 子細 に つ い ては議 論 の余 地 を 残 しな が らも, 以 上 の よ うな民 具 に 対す る認 識 が 共 有 され て い る が,本 稿 で は鳥 居 に よ って 収集 され た ク リール ア イ ヌの生 活 用具,及 び シ コ タ ソ島 へ の強 制 移 住 以前 に開 拓 使 や 根 室支 庁 に よ って収 集(後 述)さ れ た生 活 用 具 を 概 括 的 に 「 民 具 類 」 と表 記 して,以 下 の検 討 を進 め る こ とにす る。

2.民 具 研 究 の 現 在

  民具 を 研 究 対 象 とす る場 合,先 に確 認 した よ うな 定義 の問 題 も さ る こ となが ら,実 際 の個hの 民 具 に つ い ての 製 作及 び使 用 に関 す る技 術 的 な知 識 の理 解 や,場 合 に よ っ て は研 究 者 自身 の あ る程 度 の 技 術 的 な 習熟 が 不 可 欠 とな って くる。 この技 術 的知 識 が 当 事者 側 の も の,即 ち エ ス ノ サイ エ ソス に おけ る技 術 文 化 で あ った り,あ るい は観 察 者 側 の もの,即 ち近 代社 会 に おけ る専 門 化 され た 技 術 文 化 で あ った と して も,従 来 通 りの イ ン フ ォー マ ソ トか らの聞 き取 り調査 だけ では 正 確 に理 解 す る こ とが 難 しい一 面 が あ る。 この よ うな こ とが背 景 に あ って,従 来 の民 俗 学 に お い て は民 具 に対 す る認 識 や 取 り扱 い方 が不 十 分 とな り,こ れ が か つ て 民具 研 究 が 民 俗学 の 中か ら引 き離 され, 改 め て 「民 具学 」 と して 提 唱 され た 理 由で もあ った とい え るで あ ろ う。

  さ て,民 具 研 究 に しろ,ま た民 具 学 に しろ,民 具 を研 究 対 象 と した場 合 の研 究 方 法 に は,共 通 す る2つ の傾 向が 見受 け られ る。 また そ れ は,主 な 研 究対 象 が遺 物 や 遺構 で あ る考 古 学 に お い て も当 て は ま る内容 であ り,そ の意 味 で は 広 く物 質 文 化 一 般 に通

じ る研 究 方 法 と して 発展 させ る こ とが で きるで あ ろ う。

  こ こで述 べ た2つ の傾 向 の具 体 例 を,例 えば 民 具 研 究 に おけ る河 岡 武春 に よる 「 基

本 民 具」 の考 え方 【 河 岡  1972a,1972b】 と,小 野重 朗 の 「標 準 民具 」 の考 え方 【 小 野

1972】 との対 比 に見 る ことが で き る。 そ れ ぞれ の 内容 を 一 言 で 要 約 す る と誤 解 が生 ず

る危 険 性 も高 いが,そ れ を恐 れ ず に敢 え て試 み る な らば    共 に地 域 の 生 活 文 化 を簡

明に 表現 し うる民 具 を 選定 し,そ の地 域 の特 徴 を 明 らか に し,ま た そ れ に よ って地 域

ご との比較 を行 って い くもの で は あ るが,そ の 際 に選 定 され る民 具 は 「 基 本 民 具 」 で

は生 産 用 具 を 中心 と した 幾 種 類 か の民 具 の組 み 合 わ せ で あ り,「標 準 民 具 」 で は特 定

の地 域 だ け に 見 られ る民 具 が 指標 と して まず 選 定 され る こ とに な る。 そ してそ れ ぞれ

の研 究 方 法 に は,次 に続 く独 自の手 順 が 準 備 され て い るの で は あ る が,こ こで は 複数

の 民具 の組 み 合 わ せ を 問題 とす る方法 と,特 定 の 民具 を指 標 とす る方 法 とを対 比 す る

こ とに よって,こ の 問題 を 発 展 させ て ゆ きた い。

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小杉  物質文化からの民族文化誌的再構成 の試み

  特 定 の民 具 を1つ の 指標 と して,そ の 有無 や(数 量 的 な,あ る いは 形 態 的 な)変 異 に着 目す る こ とに よ って,特 定 の地 域 を 抽 出 した り,さ らに それ を区 分 した りす る こ とが 可 能 で あ る。 た だ しこの段 階 で は1つ の 「 現 象 」 を 指 摘 した に過 ぎず,抽 出 され た 空 間 的 な 広 が りが 実 際 に は何 を反 映 した もの で あ るか は 未 だ不 明 の ま まで あ る。 し か し,そ の 広 が りが既 知 の地 域 や 集 団 関 係 とた また ま一 致,な い しは近 似 す る場 合 な どは,問 題 とす る特 定 の民 具 が そ の地 域 な り集 団 関 係 な りの特 性 と して理 解 され て終 わ る結 果 とな る。 また,他 の民具 の空 間 的 な 広 が りと一 致,な い しは近 似 す る場 合 に は,両 民 具 間 の 機能 的 な関 連 が検 討 され,仮 に そ こに有 意 な関 連 が 見 られ なか った と して も,複 数 の 民 具 の空 間的 な広 が りに よって 抽 出 され た範 囲 は,よ り実 在 性 の 高 い 地域 と して 解 釈 され て ゆ く。

  一 方,複 数 の民 具 の組 み合 わ せ を 問題 とす る場 合 で は,そ こ に含 まれ る民 具 ど う し が い か に機 能 的 に 結 び つ い て い るの か,さ らにそ れ らに 当事 者 の行 為 や 観 念が どの よ うに 介 在 して くるの か が 焦点 に な って くる。 そ して次 の 方 法 的手 順 と して は,特 定 の 機 能 的 な側 面 か らの解 釈 が な され た 複 数 の民 具 の組 み 合 わ せ が,ど の よ うな空 間 的 な 広 が りを示 す か が調 べ られ る。た だ し,こ の よ うな 検討 を効 果 的 に 実 施 す る ため に は, 対 象 とす る民 具 各種 の数 量 的 な把 握 が 必 要 で あ る。 しか し,数 量化 に は未 だ 多 くの 問 題 が残 され て お り,実 際 に は定 性 的 な解 釈 に と ど まる場 合 が 多 い。 そ のた め に,複 数 の 民具 が問 題 と され,そ れ らの特 定 の組 み 合 わ せ が一 定 の範 囲 に広 が っ て いた と して も,そ の広 が りは特 定 の機 能 的 な側 面 か らの 解 釈 が成 り立 つ 範 囲 で は な く,単 に1つ の 「 指 標 」 と して の複 数 の民 具 の組 み合 わ せ の 空 間 的 な広 が りに過 ぎな い ので あ る。

即 ち,実 質 は先 の 「 特 定 の民 具 を 指標 とす る方 法 」 と変 わ る ところ の な い ものに な っ て い る。

3.民 具 か ら物 質 文 化 へ

  では,複 数 の民 具 の 組 み合 わ せ を,当 事者 の行 為 や 観 念 と関連 させ た うえ で機 能 的

な側 面 か ら解 釈す る研 究 方 向 を先 に 示 した が,こ の ことは 実 際 に可 能 で あろ うか 。 民

具 の定 義 と して は,機 械 製 品 や工 業 製 品 は 民 具 か ら除 外 され る こ とに な るが,一 方 で

民 具研 究 の 目的 が 生活 文 化 の 解 明 に置 か れ るの で あれ ぽ,そ の 目的 を遂 行 す るた め に

は,こ こで 定 義 され る民,具と,民 具 に該 当 しな い機 械 製 品 や 工 業製 品 な どの 生 活用 具

とが,同 時 に検 討 され な けれ ば な らな いは ず で あ る。 ま たそ うで な けれ ぽ,そ こで機

能 的 な側 面 か らの 解 釈 を行 うこ とは難 しいで あ ろ う。 た だ し,実 際 に この よ うな 研 究

が 実 施 され た場 合,そ れ が 「 民 具 」研 究 と呼 べ るか 否 か が逆 に問 題 とな って こ よ う。

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国立民族学博物館研究報 告  21巻2号 この よ うな 懸念 が あ るか ら こそ,民 具 研 究 の射程 を伝 統 的 な生 活 文化 や 「 古 い生 活文 化 」 【 河 岡  1972a:9】 の うち に と どめ るべ きで あ る との見 解 が 示 され る こ とが あ るの

だ ろ う。

  民 具 のみ が生 活 用 具 の全 て で あ る よ うな暮 ら しを,今 日の 日本 社会 に お い ては もち ろ ん の こ と,「 民 具 」 の 用 語 が 登 場 した1930年 代 に お い て さ>z..も,実際 に 求 め る こ と は現 実 的 で な い。 しか し,以 上 の よ うな提 言 は 「民具 」 の概 念 と用語 を否 定 す る こ と で は な く,民 具 を含 めた うえで の生 活 用 具 の全 般 を対 象 に し うる研 究方 法 の模 索 を 要 求す る もの と して理 解 され るべ きで あ ろ う。 こ こに研 究 対 象 を 民 具 が ら物 質 文 化 に移 行 させ る こ との意 義 が あ る。 尚,こ の よ うな問 題 は これ ま でに も民 俗学 な い しは 民 具 研究 の側 か らは 当然 の こ と,文 化人 類 学 の側 か ら も幾 度か 議 論 され て きた もの であ る

【 加 藤   1978;祖 父 江 ・大 給 ・中村 ・大 塚   1978]。

4.物 質 文 化 と考 古 学 研 究 法

  「わ が 国の 民 族 学 に お い て物 質文 化研 究 とい うと き,そ れ は イ コール 民具 研 究 であ った 」 【 祖 父 江 ・大 給 ・中村 ・大 塚   1978:299】。 「… 文 化 人 類 学 全 体 の流 れ と民 具 研 究 の 流 れ とは,全 く水 とア ブ ラの 如 き関 係 」 で あ る 【 祖 父 江 ・大 給 ・中 村 ・大 塚 1978:288】。 こ の よ うな状 況 を踏 ま え た うえ で,文 化 人類 学 の 側 か らは,今 後,文 化 人 類学 と して物 質 文 化研 究 を実 施 す る こ との意 義 が 次 の よ うに ま とめ られ て い る。

  先 ず,物 質 文 化 と社 会組 織 との 関 連 性 を重 視 す る点 に そ の特 色 が 示 され るべ きであ る。 また,文 化 全 体 の な か に おけ る物 質文 化 の位 置 付 け を 明確 に示 す こ と も,そ の重 要 な 役 目 とな る。 そ して や や具 体 的 で は あ るが,モ ノの変 化 が与 え る人 へ の 影響 の分 析 や,技 術 そ の もの の フ ォー ク ・シス テ ムにつ いて の 分析 な ど も文 化 人類 学 に相 応 し い 課 題 で あ る。 さ らに,調 査 方 法 と して は悉 皆 調 査 の 実 施や,先 に論 じた よ うに分 析 対 象 を 民具 に限 らず,美 術工 芸 品,工 業製 品,大 規 模 な 施設,設 備 へ と拡 張 して ゆ く 点 が 指摘 され てい る 【 祖 父 江 ・大 給 ・中 村 ・大 塚   1978]。 尚,こ の よ うな研 究方 針 の 前 提 と な る物 質 文 化 の 定 義 と して は,「 人 類 が 生 き て い くた め の物 的 手 段 」 とい う狭 義 の もの が とられ て い る 【 祖 父江 ・大 給 ・中村 ・大 塚   1978:283]。

  さて,以 上 に掲 げ られ た研 究 方 針 に 含 まれ る個 々の 検 討項 目は,ど れ も フ ィー ル ド

ワー クの 場面 にお いて 収 集 す る こ とが 可 能 な情 報 で あ る。 しか し,現 在,当 事 者 か ら

の 情 報 の 収集 も実 質 的 に は 既 に不 可 能 に近 く,.か ろ う じて物 質 文 化 が 残 され た だ け の

文 化 も多 くあ る。 こ の よ うな条 件 の も とで は,上 記 の 研 究方 針 は理 念 的 な もの と して

は 参 考 に な る が,実 際 の 分 析 に は よ り物 質文 化 に即 した 方 法 が必 要 とな って くるはず

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小杉  物質文化か らの民族文化誌的再構成 の試み

であ る。 この要 請 に,考 古学 に おい て 鍛 え られ て きた 型 式学 的分 析 を は じめ とす る一 連 の研 究 方 法 の導 入 が 有 効 で あ る と考 え られ る。

5.型 式 学 的 分 析 と実 測 図 の作 成 に つ い て

 先 に 「 民 具 研 究 の現 在 」 の特 徴 の一 翼 を な す もの と して挙 げ た 「 特 定 の民 具 を 指 標 とす る方 法 」 に は,考 古 学 研 究 法 に おけ る型 式 学 的分 析 を直 ちに導 入す る こ とが 可 能 で あ る。 指 標 と して選 定 され た 民 具 は,そ の形 態 的特 徴 と製 作 技 術 的特 徴 とか らい く つ か の類 型 に 分 類 され,類 型 間 の形 態 的 ・技 術 的 変 異 に つ い て の型 式学 的連 続 性 が 検 討 され る こ とに よ って,各 類 型 は 発生 的 に よ り原 型 的 な ものか ら漸 次 的 な変 化 形 態 へ と配 列 され,同 時 に そ れ らの変 化 が発 生 した 技 術 的 な要 因 につ いて の 解 釈 が そ こに 付 け られ る こ とに な る。 また,各 類 型 の空 間的 広 が りを 調 べ る こ とに よ って,指 標 とす る民 具 の発 生 と伝 播 の 過程 も復 原 し うる場 合 もあ る。

  この よ うな型 式 学 的 分析 を よ り客 観 的 な もの と し,ま た そ の 効果 を最 大 限 に 発揮 さ せ るた め に は,分 析 対 象 とな る物 質 文 化 の 実測 図 の作 成 が 不 可 欠 で あ る。 観 察者 の 問 題 意 識 が 凝 集 され た 実 測 図 は,対 象 の形 態 的特 徴 だけ を 描 き記 した もの では な く,製 作 か ら使 用,そ して廃 棄 に 至 る過 程 に生 じた形 状 の変 化 を 技 術 的 観 点 か ら評 価 した ラ イ ソで 表 現 した もの で あ り,こ こが設 計 図 とは 根 本的 に異 な る点 で もあ る。 また,そ れ は第 三 者 に よ って追 検 証 され うる もの で あ り,こ の こ とが 型 式 学 的 分析 の客 観 性 を 保 証 す る こ とに な る。

6.財 の カ テ ゴ リー 体 系 と 文 化 の 傭 瞼 図

  「 特 定 の民 具 を 指 標 とす る方 法 」 へ の型 式 学 的 分 析 の 導 入 だ け で あ って は,文 化 人

類 学 と して物 質 文 化 研 究 を 実施 す る意 義 が達 成 され た とは い い難 い。 民 族 資 料 と して

の民 具 を は じめ とす る物 質 文 化 の分 析 に 型 式学 的 な 方 法 を 導 入 す るの で あ れ ば,「 特

定 の民 具 を指 標 とす る方 法 」 に よっ て特 定 の地 域 を抽 出す る こ とか ら始 め るの で は な

く,む し ろ民族 的 な い しは 文 化 的 に措 定 され る地域,そ の 内に あ る主 要 な複 数 の 物 質

文 化 に対 して,先 の よ うな 型式 学 的 分 析 過 程 を導 入 した ほ うが 有効 で あ ろ う。そ して,

そ の前 提 と して は,措 定 され る地域 内 に存 在 す る各種 物 質 文 化 の リス トを整 理 し,物

質 文 化 間 の 当 事 者 に お け る社 会 的 な 価 値 関 係,所 謂 「 財 の カテ ゴ リー体 系 」 【 冨 尾 ・

上 野   1983:89】 を 明 らか に して お く必 要 が あ る。 それ は 帰 属 す る カテ ゴ リーの 違 い

に よ って,物 質 文 化 の形 態 的 ・技 術 的 変化 の速 度 が 異 な る こ とが予 測 され るか らで あ

る。また,民 族 資料 と して もは や物 質 文 化 だ け しか 得 られ な い よ うな文 化 につ い て は,

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号

各 種 物 質 文 化 の リス トの作 成 と個 別 の物 質 文 化 に つ い て の型 式 学 的 分 析 とを行 うこ と に よって,む しろ欠 落 して しま った 財 の カ テ ゴ リー体 系 を復 原 し うる こ と も期 待 され る。

  ク リール アイ ヌの物 質 文 化 を 取 り扱 う場 合,各 種 の物 質 文 化 の 数 量 が 少 ない の で 直 ち にそ こに 型式 学 的分 析 を 導 入 す るの は必 ず しも効果 的 で は ない 。 数 量 的 な保 証 を 確 保 す るた め に は,各 種 の物 質 文 化 ご とに,北 海 道 アイ ヌや サ ハ リ ソアイ ヌに おけ る 同 種 の物 質 文 化 を も含 め た うえで の 型 式 学的 分 析 が 望 ま しい 且)。 よ って,本 稿 で は ク リー ル ア イ ヌの 物 質 文化 の うちで も民 族 資料 と しての 生活 用具(民 具 類)を 集成 し,用 途 に即 した 基 本 的 な分 類 を行 うこ とに す る。 これ は ク リール ア イ ヌ文 化 の モ ノに よ る{府 瞼 図 とな るで あ ろ う。

  ま た,個 別 の 生 活 用具 の型 式 学 的 分 析 は別 の機 会 に 行 う こ と と して,代 表 的 な生 活 用 具 につ い ては 型 式学 的分 析 に欠 くこ との で き な い実 測 図 を作 成 す る。 そ して,以 上 の作 業 過 程 で物 質文 化 か ら得 られ た 情報 を整 理 し,そ の 内容 を既 存 の ク リー ル ア イ ヌ 民族 誌 と対 照 させ る こ とに よって,現 時 点 で可 能 な ク リール ア イ ヌの 民 族文 化 誌 の作 成 を試 み る こ とに す る。

1[.  ク リ ー ル ア イ ヌ 民族誌 ・考古学か らの提言

1.  ク リ ー ル ア イ ヌ と は

  ア イ ヌ民 族 は 北 海 道 と エ トロ フ 島 や クナ シ リ島 な ど の 南 千 島 に 居 住 す る 北 海 道 ア イ ヌ と樺 太 南 半 部 の サ ハ リ ン(樺 太)ア イ ヌ,そ し て 中 部 ・北 千 島 の ク リ ー ル(千 島) ア イ ヌ と に 区 分 さ れ る 【 鳥 居   1913;大 塚   1993b】(図1)。 近 代 国 家 と し て の 日本 と ロ シ ア と の 領 土 の 狭 間 に 位 置 した 樺 太 と千 島 列 島 は,あ る と き は 分 割 さ れ,ま た あ る と き は 交 換 さ れ,そ こ に 生 き る 人 た ち の 生 活 を 苛 酷 な ま で に さ い な ん で き た 【中 村 1904;菊 池   1994】。

  千 島 列 島 の 場 合,1771年 の ウ ル ッ プ 島 事 件 や,1803年 の 幕 府 に よ る エ トロ フ の ア イ

ヌ の ウ ル ップ 島 へ の 渡 航 の 禁 止,1811年 の ゴ ロ ヴ ニ ソ事 件 を 経 て,つ い に は1854年 の

日露 和 親 条 約 調 印 に よ っ て,エ ト ロ フ 島 と ウ ル ッ プ 島 と を 境 と し て 分 断 さ れ,南 千 島

を 日 本 が,中 部 ・北 千 島 を ロ シ ア が 領 有 す る こ と に な る 。 以 後,南 千 島 に 居 住 し て い

た ア イ ヌ の 中 部 ・北 千 島 へ の 渡 航 は 中 断 さ れ,中 部 ・北 千 島 を 中 心 に 居 住 す る ア イ ヌ

1)  この よ うな観 点 か ら型 式学 的分 析 を 実 施 した もの に 「ア イ ヌの杓 子 」1小杉   1996】 が あ る。

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小杉   物質文化か らの民族文化誌的再構成の試み

図1  「19世紀前 後 の ア イ ヌモ シ リ」(大 塚 【1993b】よ り一 部 改 変 転 載)

と南 千 島 の ア イ ヌ との 日常 的 な 接触 の機 会 は 断 た れ,前 者 の ロ シア化 は 一層 促進 ぎれ, 一 方 で 後者 は北 海 道 ア イ ヌとの共 通 性 を 強 め る こ とに な る

  よ って ク リー ル ア イ ヌとは,千 島列 島が エ トロ フ島 と ウル ップ島 との間 で実 質 的 に 南 北 に 分 断 され る19世 紀 初頭 以 降 で は,特 に 中 部 ・北 千 島 の アイ ヌを指 す のが 妥 当 で あ る。 尚,拠 点 的 な居 住 地 は そ の後,次 第 に 北 千 島 へ と移 って い き,中 部 千 島 は 彼 ら の 出漁(猟)区 域 とな って い く。

  1875年,日 露 両 国間 で 樺 太 ・千 島交 換 条 約 が成 立 し,中 部 ・北 千 島が 日本 の 領 有 と

な る と,一 部 の ク リール ア イ ヌは ロシ ア領 の カ ムチ ャ ッカへ と移 住 す る。 そ の 後,明

治 政 府 に よ っ て1884(明 治17)年 に は,北 千 島 の シ ュム シ3島 に残 留 した ク リー ル ア

イ ヌは 南千 島 の シ コタ ソ島 へ と強 制 移 住 させ られ る こ とに な る。 そ の 際 の 人 口は97人

であ った。 シ コタ ン島 で は彼 ら本 来 の生 業 で あ る狩 猟 ・漁撈 とはか け 離 れ た 農耕 民 化

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号 が強 要 され,ま た 生 活環 境 の劇 変 は 彼 らの健 康 を害 し,島 での 人 口は急 速 に減 少 す る。

1930年 代 まで に人 口は 半 減 し,1945年 の ソ連 軍 に よる千 島 占領 後 は,南 千 島 に居 住 す る北 海 道 アイ ヌを は じめ と し,シ コタ ン島 の ク リール アイ ヌは北 海 道 へ と再度 の移 住 を強 い られ る結 果 と な った。 現 在,ク リール ア イ ヌ文化 を継 承 す る人 た ち は い ない。

2.ク リ ー ル ア イ ヌ 民 族 誌

  現 在,イ ン フ ォ ー マ ン トを え られ な い ク リー ル ア イ ヌ に あ っ て は,残 され た 数 限 ら れ た 民 族 誌 あ る い は そ れ に 準 ず る 文 献 記 録 と物 質 文 化 で あ る ク リ ー ル ア イ ヌ民 具 類 か ら,そ の 文 化 を 再 構 成 す る よ り他 に 術 が な い 。 ク リ ー ル ア イ ヌ に 関 す る 民 族 誌 的 記 録 は,彼 ら が シ コ タ ン 島 に 強 制 移 住(1884年)さ せ ら れ る 以 前 に 記 録 さ れ た も の,即 ち よ り伝 統 的 な 生 活 を お く っ て い た 時 期 の も の と,強 制 移 住 後 に 主 に シ コ タ ン 島 で 採 録 され た も の と に 分 け て捉 え る こ とが で き よ う。

  1884年 以 前 の も の と し て は ク ラ シ ェ ニ ン ニ コ フ 著 『カ ム チ ャ ッ カ 地 誌 』(1755年), ポ ロ ン ス キ ー 著r千 島 誌 』(1871年)が18世 紀 か ら19世 紀 に か け て の ク リ ー ル ア イ ヌ に 関 す る 記 述 と して 最 も 充 実 して い る 。 『カ ム チ ャ ッ カ 地 誌 』 で は,千 島 列 島 の 最 北 に 位 置 す る シaム シ ュ 島 並 び に カ ム チ ャ ッカ 半 島 の 南 端 ロ バ トカ と に 居 住 す る ク リ ー ル ア イ ヌ と,パ ラ ム シ ル 島 並 び に オ ソ ネ コ タ ソ 島 に 居 住 す る ク リ ー ル ア イ ヌ とが 対 比 さ れ る 。前 者 は 習 慣 の 面 で 後 者 か ら の 若 干 の 影 響 を 受 け て は い る も の の,カ ム チ ャ ダ ー ル 語 を 話 し,多 くの 習 俗 は カ ム チ ャ ダ ー ル と 共 通 す る も の で あ り,本 来 は カ ム チ ャ ダ ー ル で あ る こ と,よ っ て 両 者 は 同 一 民 族 で は な い こ と が 論 じ ら れ て い る 【 村 山   1971:

1‑721。 一 方r千 島 誌 』 で は,コ サ ッ ク兵 が カ ム チ ャ ッ カ に 進 入 し て き た 当 時,即 ち ク ラ シ ェ ニ ン ニ コ フ の 記 録 が な さ れ た 時 期,あ る い は そ れ を 幾 分 遡 る 時 期 に は,カ ム チ ャ ッ カ半 島 の 南 端 か ち シ ュ ム シ ュ島,パ ラ ム シ ル 島 に 居 住 し て い た ク リー ル ア イ ヌ は 「ウ ィ ウ トエ ス ケ 」 と呼 ば れ,そ れ よ りも 南 に 居 住 す る ク リー ル ア イ ヌ が 「ア ウ ソ クル 」 と 呼 ぼ れ て い 泥 こ とが 記 録 さ れ て い る 。 前 者 は カ ム チ ャ ダ ー ル と の 強 い 類 縁 性 を 示 す が,む し ろ ク リー ル ア イ ヌ化 し た カ ム チ ャ ダ ー ル と い うべ き で あ る こ とが 論 じ ら れ て い る 【 鳥 居   1903:24‑26]。 尚,H.  J.ス ノ ー の 記 録 は1870年 代 か ら1890年 代 に 及 ぶ も の で あ り,ち ょ う ど シ コ タ ン島 へ の 強 制 移 住 の 前 後 の 年 代 に あ た る も の で あ る

【 ス ノ ー  1897,1910】 。

  1884年 以 後 の も の と し て は,移 住 直 後 の1888年 の 記 録 を と ど め たR.ヒ ッ チ コ ッ ク

に よ る 「エ ゾ地 の 古 代 竪 穴 居 住 者 」 【ヒ ッチ コ ッ ク  1892],シ コ タ ン 島 で 形 質 人 類 学

の 調 査 を 実 施 し,身 体 形 質 の 上 で ク リー ル ア イ ヌ と北 海 道 ア イ ヌ と は 等 し い も の で あ

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小杉  物質文化からの民族文化誌 的再構成 の試み

る こ と を 示 した 小 金 井 良 精 の 研 究 報 告 【KOGANEI  l894】 な ど が 比 較 的 早 い 時 期 の も の で あ る 。

  移 住 以 後 の 記 録 で は あ る が,ク リ ー ル ア イ ヌ民 族 誌 と して 最 も著 名 な も の は 鳥 居 龍 蔵 の2著 【 鳥 居   1903,1919]で あ る 。1899年 の5月 か ら7月 に か け て の2ケ 月 あ ま り の 調 査 期 間 で あ っ た が,シ コ タ ン 島 の み な ら ず,イ ン フ ォ ー マ ン トの ク リー ル ア イ ヌ を 携 え て 故 地 で あ る 北 千 島 へ も赴 き,移 住 以 前 の 伝 統 的 な 生 活 の 復 原 的 な 記 録 を 試 み た 充 実 した 内 容 の 記 述 と な っ て い る。 ま た,林 欽 吾 は1934〜1938年 に シ コ タ ソ 島 を 中 心 と し た 数 回 に お よ ぶ 調 査 を 重 ね,併 せ て これ ま で の 民 族 誌 的 記 録 を 整 理 し て,「 南 千 島 色 丹 島 誌 ・色 丹 島 の ア イ ヌ族 」 【 林   1940】 と い う ク リ ー ル ア イ ヌ に 関 す る 総 合 的

な 見 解 を ま とめ て い る。

3.鳥 居 龍 蔵 著 『千 島 ア イ ヌ』

  『 千 島 アイ ヌ』 【 鳥居   1903】 と東 京 帝 国 大学 理 科 大 学 紀 要 「 考 古学 民 族 学 研 究'・千 島 ア イ ヌ」(仏 語)【 鳥 居   1919】 とが鳥 居 龍 蔵 に よる ク リー ル ア イ ヌ民 族 誌 の2著 で あ る(以 下,前 者 を 日本 語 版 『 千 島 ア イ ヌ』 な い しは単 に 「日本 語 版 」,後 者 を 仏 語 版 『 千 島 ア イ ヌ』 な い しは単 に 「 仏 語 版 」 と略 記 す る)。 鳥 居 は 東 京 帝 国 大 学 理 科 大 学 人 類 学教 室 教 授 で あ る坪 井 正 五 郎 に よ って 命 じられ,1899(明 治32)年 に 千 島列 島 で調 査 を行 うが,前 著 はそ のす ぐ4年 後 に刊 行 され た もの で あ る。 鳥 居 自身 に よ って

「前 編 」 【 鳥居   1904:425】 と呼 ぽ れ る 日本 語 版 は,「 総 論 」 の 他,10章 か らな る。 ア イ ヌの コ ロポ ッ クル 伝説 との関 連 で 併 載 され た 「 第10章   オ ソキ ロ ソ人 種 」(1896年, 東 京 人 類 学 会 雑 誌128に 発 表 した チ ュ クチ の伝 説 的 な先 住 民 に 関す る もの)と 書 下 ろ

しの 「 第7章   千 島 アイ ヌの 土 俗(序 論)」 とを 除 くと,他 は 全 て 調 査 直 前 の1899年 5月 か ら1901年 まで に発 表 され た 千 島列 島調 査 に 関 す る各種 論 文 を編 集 ・再 録 した も の で あ る。 「後 編 」 【 鳥居   1904:425】 とな る仏 語 版 は,調 査 か ら20年 を 経 て 発 表 され る。 全 体 の三 分 の一 の分 量 を 占め る 「 第20章   千 島 ク シ=ア イ ヌの 習俗 」 は2頁 足 ら ず で あ った 前 編 の 「第7章   千 島 アイ ヌの土 俗(序 論)」 の本 論 に あ た る も ので あ り, 後 編 の実 質 的 な 柱 とな って い る。40項 目に分 れ る第20章 の 内 容 は,調 査 時 に収 集 した ク リール ア イ ヌ民 具 類 の解 説 で あ る。物 質 文 化 に対 す る鳥 居 の 民族 学 的 な 態度 が遺 憾 な く発 揮 され た ところ で あ り,ク リール ア イ ヌに関 す る他 の 民 族誌 には 見 られ な い特 徴 とな って い る。 本 稿 で取 り扱 う民 具 類 の 主体 は,鳥 居 に よって収 集 され た この一 群

の物 質 文 化 で あ る。

  前 編 との最 大 の 相違 は,そ の 間 に 実施 され た 満 州 ・蒙 古 ・朝 鮮 の 調 査 を通 して培 わ

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号 れ た 日本 人 の 起 源 に 関す る考 え 方 が基 底 に据 え られ てい る点 で あ る。 そ もそ も坪 井 正 五 郎 に よって 命 じ られた 千 島列 島の調 査 目的 の 主 眼 が,コ ロポ ックル伝 説 の 真偽 を確 認す るた めの 日本石 器 時 代 人 種 論争 の文 脈 に の る もの であ るだ け に,そ れ は 当然 の こ

とで あ るか も しれ な い。 前 編 と比 べ 各章 の記 述 内容 は全 体 と して よ り詳 し く丁寧 な も の とな って い るが,反 面,日 本 人 の ツ ソ グー ス起 源観 を前 提 と して ア イ ヌの起 源 に 関 す る見解 を立 証 す るた め の論 調 には,調 査 後 直 ちに ま とめ られ た 前編 に見 られ る簡潔 な 表 現 と記 録 性 が 薄 れ て い る。

  尚,鳥 居 め こ の2著 に は,同 一 の 事柄 につ い てい さ さか 齪 齪 が 生 じて い る と ころ が 何 箇 所 か 見受 け られ る。 そ の理 由 と して次 の2つ を指 摘 で き よ う。1つ は上 述 した よ うな鳥 居 自身 の見 解 の進 展 に と もな う解 釈 の変 更 に よ る もの で あ る。 後編 の仏 語 版 は T.R. P.  Ernest  Auguste Tulpin Ỳよ って仏 語 訳 され た もの で あ るが,専 門性 の高 い記 述 で あ るだ け に翻 訳 の 際 の表 現 の仕 方 の違 いが 内容 の ズ レを生 ん でい る と ころ も あ る よ うだ が,こ れ が も う1つ の理 由で あ る。後 に これ らの箇 所 を参 照 す る際 に は,前 後 の文 脈 か ら よ り妥 当 な方 を採 用 す る こ とにす る が,判 断 がつ き難 い場 合 は記 録 性 の高 い前 編 の 方 に 重 きを置 くこ とに した い。

4.中 近 東 起 源 説 と2段 階 移 住 説

  鳥居 の ク リール ア イ ヌ民 族誌 を参 照 す る際 の 留意 点 を こ こで整 理 して お こ う。1つ は,先 に アイ ヌの起 源 に関 す る見解 を立 証 す る ため の論 調 が後 編 では 全 体 に わ た って 顕 著 であ る と述 べ た が,そ の 見 解 とは アイ ヌ中近 東 起 源 説,並 び に北 海 道一 千 島2段

階移 住 説 とい うべ き もの であ る。 ア イ ヌ中 近 東 起源 説 は,そ の 起 源地 をペ ル シ ア南部 周辺 に求 め る もの で,そ こか らユ ー ラ シア大 陸 を横 断 し,日 本 列 島 の九 州 か ら本 州 へ とた ど り着 い た とす る考 え であ る。2段 階 移 住 説 とは一 後 に 大 陸 か ら本 州 へ と移住 して きた ツ ン グー ス に よ って 追 い立 て られ た 日本 列 島の 先 住 民 で あ る ア イ ヌの一 群 は,や が て北 海道 へ と移 住 す る(第1次 移 住 民)。 本 州 に残 留 して い た ア イ ヌの一 群 も,さ らに後 代 に な って本 州 か ら追 い立 て られ て 北海 道 へ と移 住 す る こ とに な る(第 2次 移 住 民)。 す る と第1次 と第2次 の移 住 民 との 間 で 玉 突 き的 な衝 突 が お こ り,本 州 に住 み 着 いた ツ ソグー スす なわ ち 日本 人 と接 触 して金 属 器 を 手V'̀して いた 第2次 移 住 民 に よ って,第1次 移 住 民 は北 海 道 か ら追 い 立 て られ 自然 環 境 が厳 しい さ らな る北 の地,千 島列 島へ と移住 して い った一 とい うもの で あ る。

  北 海道 ア イ ヌ及 び ク リール ア イ ヌの起 源 につ いて,現 在 この よ うな見 解 を支 持 す る

も のは 皆無 で あ ろ うが,鳥 居 の ク リール ア イ ヌ民 族誌,特 にそ の後編 を参 照 す る う>x

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小杉  物質文化か らの民族文化誌的再構成 の試み

で は,こ の 点 に留 意 してそ こか ら情 報 を 引 き出 さ な くて は な らな い 。 つ ま りこ の民 族 誌 に は,両 説 を 前提 と した1)ア イ ヌは 南方(本 州 を 含 む)か らの文 化 要 素 を基 本 的 に 受 け継 ぐもの で あ り,2)北 海 道 ア イ ヌよ りも ク リール ア イ ヌの方 が 古 い,す なわ ち 伝統 的 な生 活 形 態 を維 持 して い る,と い う解 釈 の準 拠 枠 が あ る の であ り,情 報 を読 み 取 る際 に は この 準 拠枠 を取 り外 す こ とが必 要 に な って くる。

5.「 還 元 的 土 俗 」

 民 族 誌 の 作 成 に あ た って は,往hに して よ り伝 統 的 な 生 活形 態 が 指 向 され る傾 向 に あ る こ とを 指 摘 で き るが,こ の 傾 向 は 日本 に お け る民 族 学 の揺 藍 期 か ら の こ とで あ る

よ うだ。 鳥 居 は 次 の よ うに述 べ て い る。

  ・ ・ 出 来 得 べ きだ け,彼 等 の 土俗 中 よ り固有 の土 俗 を還 元 して 見 ま した 。 … … 余 が これ か ら記 載 せ ん とす る土 俗 は,決 して現 今彼 等 の 示 せ る土 俗 で は な く,還 元 した 土 俗 で あ りま すi鳥 居   1903:77】(傍 点 は 原 文 の ま ま)。

  これ が 前 編 中 の 唯 一 の 書 下 ろ しで あ る 「第7章 千 島 アイ ヌの 土 俗(序 論)」 で論 じられ て い る点 が 重 要 で あ る。 つ ま り,鳥 居 が 収 集 した ク リール アイ ヌ民 具 類 の 解 説 で あ る後編 の 「 第20章  千 島 クシ=ア イ ヌの習 俗 」 の 記 述 は,こ の よ うな性 格 の も の な の であ る。 同時 に,ク リール ア イ ヌ民 具 類 の収 集 活 動 に も同様 な配 慮 が払 わ れ て い た こ とが 予 測 され る。 それ らを 用 い て民 族文 化 誌 的 再 構 成 を実 施 す る際 に は この点 に 十分V'̀留意 せ ね ぽ な らな い。 ク リール ア イ ヌ民族 誌 と民 具 類 との うち で,ど こ まで が 1899年 時 点 で の シ コ タ ソ島 で暮 ら して い る ク リール ア イ ヌの 姿 か,ま た何 が 移 住 以 前 の北 千 島 で の生 活 の姿 か が,一 つ 一 つ 検証 され ね ぽ な らな いだ ろ う。

  尚,こ の点 につ い ては 林欽 吾 の 「 南 千 島色 丹 島 誌 ・色 丹 島 の ア イ ヌ族 」 【 林   1940]

が参 考 に な る。 ク リール アイ ヌに関 す る民族 誌 的 記 述 が,ロ シア に よ る カ ムチ ャ ッカ 侵 略 当時(18世 紀),1884年 の シ コタ ソ島移 住 以前 の 「 北 千 島時 代 」,移 住 以後 か ら調 査 時 の1930年 代 まで の いわ ぽ シ コ タ ソ島時 代 に概 ね 区分 され て い る の で,鳥 居 の 「 還 元 的 土 俗」 と対 照 す る こ とが で き よ う。

6.北 千 島 に お け る考 古 学 調 査 か ら の提 言

  さて,千 島列 島 で の考 古 学 的調 査 と して は,北 千 島 に関 す る研 究 が 比 較 的 に進 ん で

い る。特 に馬 場 脩 に よ る一 連 の 発掘 調 査(1933〜1938年)に よ って,北 千 島 で は 「オ

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号 ホ ー ツ ク式 土 器 時 代 」,「内耳 土 器 時 代 」,「末 期 」 の3時 期 が 設 定 され,ま た そ の 考 古 学 的文 化 内容 が 明 らか に され て い る。年 代 観 につ い て は今 後 の 検 討 に まつ とこ ろが 大 きい 。北 海 道 の編 年研 究 を参 照 す るな らば,概 ね 道東 の オ ホ ー ツ ク文 化 は5・6世 紀

〜13世 紀 に,内 耳土器 の時代は14〜15世 紀 といった年代観が与え られているが,北 千 島 で は これ よ りも全 体的 に年 代 が 下 る傾 向 に あ る。 例 え ば北 千 島 の 内 耳土 器 の下 限 の 年 代 と して は17世 紀 中葉 か ら18世 紀 頃 が 示 され て い る 【 辺 泥 ・福 田  1974:95】。 年 代 的 に は文 献 資 料 に よ って遡 上 で き る年 代 と結 び 付 け る こ とが 一 応 可 能 な状 況 で あ る。

  さて,最 古 の文 化 と され た オ ホ ー ツ ク式 土器 時 代 は,道 東 の オ ホ ー ツ ク文 化 とは 様 相 を だ い ぶ異 に して お り,住 居 形 態 や 炉趾,自 然 石 を 利用 した 石 ラ ソプ,逆 刺 の あ る 骨 鎌,鈷 頭 な どはむ しろ カ ムチ ャ ッカ との 関連 が強 く うか が え る。 これ に つ い て,こ の時 期 の 北千 島 には カ ムチ ャ ダール に 代 表 され る よ うな カ ムチ㍗ ッカ系 統 の人 び とが 居 住 して お り,オ ホ ー ツ ク式 土 器 に 代 表 され る よ うな オ ホ ー ツ ク文 化 の要素 を部 分 的 に取 り入 れ る こ とに よ って,北 千 島の 固 有 な文 化 をつ く りあげ て いた とす る見 解 も示 され て い る 【 菊 池   1972:81】。これ に 反 して,北 海 道 か ら南千 島を 経 て北進 した オ ホ ー ツ ク文 化 系統 の人 び とが,や が て北 千 島 の 自然 環 境 に 適応 し,周 辺 の カ ムチ ャ ダー ル な ど との民 族 接 触 を 経 た 結 果 で あ る との 解 釈 も提 示 され て い る1馬 場   1939:114;山 浦   1989:3011。 また そ の 際 に は オ ホ ー ツ ク文 化 の民 族 的 帰 属 と して サ ハ リンア イ ヌ 系 統 の人 び とが想 定 され る こ と もあ る[山 浦   1989:307】。

  続 く内 耳 土器 時代 には,前 代 か ら系 統 的 な 連続 性 を保 つ 石 ラ ソ プや 石 ナイ フ,断 面 三 角 形 の 磨製 石斧 な どの一 群 も存 在 す るが,内 耳土 器 に代 表 され る よ うな 北 海道 系 の 要 素 や ク リール ア イ ヌの物 質文 化 につ なが る要 素 な ど も登 場 して くる。 また そ の分 布 は カ ム チ ャ ッカ半 島 の南 端 まで広 が る こ とが 確 認 され て い る。 これ につ い て は,北 海 道 か ら南 千 島 を 経 て新 た に到 来 した ア イ ヌが,前 代か らの 「北千 島 オ ホ ー ツ ク文 化 」 の 人 び とや カ ムチ ャ ダー ル,ロ シア人 との民 族 接 触 を遂 げ た 結果 で あ り,こ の 「内耳 土 器 人 」 こそ が ク リー ル ア イ ヌ の 祖 先 で あ る と い う見 解 が 示 され て い る 【 馬 場 1939:115]a

  以上,北 千 島 を 中 心 と した 考 古学 的 成 果 は,今 後検 証 す るべ き課題 を多 く残 しなが

ら も,ク リール アイ ヌの民 族 的 あ るい は文 化 的 な 系譜 関 係に つ い て年 代 を 遡 り,い く

つ か の可 能 性 のあ る解釈 を提 起 して い る。 検 証 課 題 の 一 つ には,両 者 の類 似 性 が比 較

的 に 高 いが ゆ え に,実 際 に は具 体的 な分 析 ・検 証 が な され る こ との な か った 内 耳土 器

時 代 の物 質 文 化 と ク リー ル ア イ ヌ民 具類 との検 討 が 含 まれ てい る。 当然 の こ と と して

考 古 学 で は 直接 的 な 分 析 対 象 が 物 質 文 化 で あ るた め に,発 掘 調 査 で 得 られ た 種 々 の

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小杉  物質文化か らの民族文化誌的再構成の試み

デ ー タ と収 集 された ク リール ア イ ヌ民 具 類 とを,型 式 学 的 分 析 を は じめ とす る考 古 学 研 究法 では 同一 の基 準 で比 較 検 討 す る こ とが 可能 で あ る。 物 質 文化 か ら民 族 文化 誌 的 再 構 成 を実 施 す る際 に最 も有 効 性 を発 揮 し うる一分 野 とな って こ よ う。

皿.ク リ ー ル ア イ ヌ民 具 類 の 性 格

1.ク リ ー ル ア イ ヌ 民 具 類

  前章 に述 べ た よ うに,現 在,ク リー ル アイ ヌ文 化 を継 承 す る人 た ちは お らず,現 存 す る資料 群 がそ の全 て とい うこ とに な る。 他 の アイ ヌ民 具類 と同様 に,国 内を は じめ と して ヨー ロ ッパ諸 国 や ロ シア共 和 国,ア メ リカ合衆 国 な どに も分 散 して収 蔵 され て い る のが 現状 で あ る。 本 稿 で は 国 内に 収 蔵 され てい る民 具 類 を対 象 と して,そ の全 体 像 を把 握 す る と と もに,そ れ らを用 い て物 質文 化 か ら の民 族 文 化誌 的 再 構 成 を試 み た い(表5  ク リール ア イ ヌ民 具 類 リス ト参 照)。

  ク リー ル アイ ヌ民具 類 は,彼 らが過 した苛 酷 な歴 史 に対 応 して,シ コタ ソ島移 住 以 前 に 収集 され た 民 具類 と移 住 以 後 の 民 具類 とに 分 け られ る。 こ こで は これ らを 前 期 民 具 類 と後期 民具 類 と呼 ぶ こ とに し よ う。 また,北 千 島 の考 古 資 料 の 中 に は,そ の使 用 者 や 製 作 者 を個 人 の レベ ル で 比 定 し うるほ ど年 代 的 に 新 しい もの も含 まれ て い る。 こ れ な ど も民 具類(前 期 民 具 類)に 準 ず る もの と して把 握 ・整理 す る必 要 が あ る。 しか し,今 回 の検 討 か らは一 応 除 外 し,特 に論 究 す るべ き も のだ け を個 別 に取 り扱 い,そ の 全 体像 の把 握 は 別 の機 会 に譲 りた い。

2.前 期 民 具 類 に つ い て

 今 回確 認 す る ことが で きた 国 内に あ る ク リール アイ ヌ民 具 類 は156点 で あ る。 収 集 時期 が 判 明 しな い も の も若 干 数 あ る が,大 半 は後 期 民 具 類 に 属 す る もの で あ る。 前 期 民 具類 は 全 体 の 約15パ ー セ ソ トに過 ぎ な い。1875年 の樺 太 ・千 島 交換 条 約 締 結 以来, 開 拓使 あ る いは 根 室支 庁 に よっ てお お よそ隔 年 ご とに千 島巡 航 が 実施 され るが,多 く

はそ の 際 に収 集 され た もの で あ る。 また,当 時 い くつ か の博 覧 会 が 催 され るが,そ こ に 出品 され た ものが そ の ま ま各 所 で 保 管 され た もの もあ る。 そ の他 に土 産 物 と して エ

トロフ島 や北 海 道 に 渡 った もの が収 集 され た もの も含 まれ て い る。

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号

3.後 期 民 具 類 に つ い て

  後 期 民 具 類 は 当 然 の こ と と して,シ コ タ ソ 島 で 収 集 さ れ た も の が ほ とん ど 全 て で あ る が,や は り土 産 物 と し て 島 外 に 出 た もの が 収 集 され た も の も あ る。 中 心 を な す 資 料 は,鳥 居 龍 蔵 に よ る1899年 の 調 査 の 際 に 収 集 さ れ た も の で あ る 。 こ の 民 具 類 は 東 京 大 学 理 学 部 人 類 学 教 室 で 長 ら く保 管 さ れ て き た が,1975年 に 国 立 民 族 学 博 物 館(民 博) に 寄 託 さ れ,現 在 は 民 博 で 保 管 さ れ て い る 。 鳥 居 の ク リー ル ア イ ヌ 民 具 類 は80点 で あ る。 こ の う ち の2点 が シ ュ ム シs島,1点 が ラ シ ョ ワ 島,1点 が エ ト ロ フ 島 で 収 集 さ れ た も の で あ り,ラ シ ョ ワの1点 は 前 期 民 具 類 に 属 す る 可 能 性 が あ る 。(尚,民 博 寄 託 以 前 に,徳 島 県 立 鳥 居 記 念 博 物 館 に 貸 し 出 さ れ た ク リ ー ル ア イ ヌ 民 具 類3点

(Fa28, Fa71,Fa74)2)が あ り,現 在 同 館 で 展 示 さ れ て い る。)民 博 に は こ の 他 に 鳥 居 収 集 民 具 類 で は な い が シ ュ ム シ ュ島,パ ラ ム シ ル 島 等 で 収 集 さ れ た 金 属 製 品 も7点(民 博 標 本 番 号K2358,K2365,K2369,K2370,K2371,K2372,K2390)3)保 管 さ れ て い る が, こ れ ら は 移 住 以 前 の も の で あ る 。

  こ の 他 に,馬 場 脩,林 欽 吾,杉 山 寿 栄 男 な ど の 収 集 品 も あ る が,戦 災 で 失 わ れ て し ま っ た も の も多 い よ うだ 【 名 取   1959:99]。 こ の う ち 馬 場 の 収 集 品 は,膨 大 な 数 の ア イ ヌ民 具 類 を 中 心 と し た 「馬 場 コ レ ク シ ョ ソ」 の 一 部 と して,現 在 は 市 立 函 館 博 物 館 で 保 管 さ れ て い る 【 長 谷 部   1992】。馬 場 コ レ ク シ ョ ソ の 千 島 関 連 資 料 の 中 に は,ク リー ル ア イ ヌ民 具 類 と考 古 資 料 と が 含 ま れ て い る。 数 量 的 に は 考 古 資 料 が 大 半 を 占 め,ク

リー ル ア イ ヌ 民 具 類 と し て は シ コ タ ン 島 で 収 集 し た6点 を 数 え る だ け で あ る 。

4.函 館 博 物 館 収 蔵 ク リー ル ア イ ヌ民 具 類 の性 格

  こ こで取 り扱 うク リール アイ ヌ民 具 類 は 収 集 年 代 が 古 い も ので あ り,今 日的 な観点 か ら必要 不 可 欠 で あ る情 報 の多 くが 欠落 して い る こ と もや む を え な い面 も あ るが,収 集者 の収 集 基 準 と収集 品 に見 られ る偏 向の 程 度 は 確認 して おか ね ば な らない 。   まず,市 立 函 館博 物 館 に収 蔵 され て い る ク リール ア イ ヌ民 具 類 を 例 に して,資 料群 の 性 格 を検 討 して み よ う。 現 在,函 館 博 物 館 に 収 蔵 され て い る ク リール ア イ ヌ関 連 資 料 は,先 に紹 介 した 馬 場 コ レクシ ョンに含 まれ る一 群 と,開 拓 使 千 島巡 航 の際 に収 集

2)  rFa番 号 」 は東 大 原 簿 番 号 を示 す 。

3)  「K番 号 」,「H番 号 」 は民 博 標 本 番 号 を示 す 。 また 以 下 に登 場 す る 「函 番号 」 は 「函 館

  博 物 館 収 蔵番 号 」 の,「 北 番 号 」 は 「北大 農 学 部 博 物 館 収 蔵 番 号 」 の,「 開 番 号 」 は 「北 海

  道 開 拓 記 念館 収 蔵 番 号 」 の,「 旭 番 号 」 は 「 旭 川 市 博 物 館 収 蔵 番 号 」 の,そ れ ぞ れ 略 号 と し

  て 用 い る。

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小杉  物質文化か らの民族文化誌的再構成の試 み

                  表1  函 館博 物 館 収 蔵 ク リール ア イ ヌ民具 類 内 訳

※1函1182(木 偶)を 含 む 値 で あ る 。

※2函988(三 弦 琴) ,989(楽 器),登 録 番 号 欠(子 供 用 獣 皮 服),以 上 の3点 を 加 え た 値 で あ る 。

※3函1084 ,1140,1162〜1169,1171,1211,1216は 他 の 資 料 と の 重 複 で あ り,欠 番 と な っ て   い る 。 函1036(玉)は 誤 登 録 で あ る た め 当 該 数 値 か ら は 削 除 。 収 蔵 番 号 の 訂 正 は,函 館 博 物   館 長 谷 部 一 弘 氏(学 芸 係 長)か ら の ご教 示 に よ る 。

され た 前 期 民 具類 の一 群,こ れ らに少 数 の 個 人 寄 贈 資料 等 を 加 えた ものか ら成 って お り,総 数218点 で あ る(表1)【 市 立 函 館 博 物 館   1979:62‑68]。 前 述 の 通 り馬場 コ レ ク シ ョソ ・ク リー ル アイ ヌ関 連 資料 の 内訳 は,シ コタ ソ島 で 収 集 され た後 期 民 具 類6 点 と主 に北 千 島 で 採 集 した考 古 資 料 に あ た る184点 で,総 数190点 であ る。(但 し,r市 立 函 館 博 物 館 蔵 品 目録1・ 民 族 資料 編7』 の ク リー ル ア イ ヌ関 連 の馬 場 コ レ クシ ョソ に は,考 古 資 料 と して は 土器 と石 器 とが含 まれ て は お らず,骨 角製 品 ・金 属 製 品 ・繊 維 製 品 等 のみ が 登 録 され て い る。)開 拓 使 そ の 他 の ク リー ル ア イ ヌ民 具 類 の 内訳 は前 期 民 具 類20点,後 期 民 具 類8点,総 数28点 で あ る。 両 者 を 合 わ せ る と民 具 類34点(前 期 民 具 類20点,後 期 民 具 類14点),考 古 資 料184点 とな る。 以 上 の 民 具類 と考 古 資 料 と

表2  函 館 博 物 館収 蔵 ク リール アイ ヌ民 具類 材 質 別 比 率

【考古 資 料 】 【民 具 類 】

材     質 点 数 % 点 数 %

木 材 製 品 4 2.2 13 38.2

繊 維 製 品 12 6.5 11 32.4

皮 革 製 品 2 1.1 2 5.9

骨 角 製 品 84 45.7 7 20.6

石  製  品 26 14.1 0 0

ガ ラス製 品 11 6.0 0 0

陶磁器製 品 6 3.3 0 0

金 属 製 品 3S 19.0 1 2.9

そ の 他 4 2.2 0 0

合     計 184 100.1 34 100.0

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国立民族学博物館研究報告  21巻2号

図2  ク リール ア イ ヌ民 具 類 材 質 別 比 率

の材 質別 の割 合 を 整理 した ものが 表2・ 図2a・bで あ る。

  考 古 資 料 で は 骨 角 製 品 が 最 も高 く約46%,続 い て 金 属 製 品 の約19%,石 製 品 の約 14%で,上 位3項 目で8割 近 い値 とな る。 ガ ラス ・陶 磁 器 と有機 質 の木 材 ・皮 革 ・繊 維 製 品 とが それ ぞ れ 約1割 とい う値 に な って い る。 一 方,民 具類 では 有 機 質 の 木 材 ・ 皮 革 ・繊 維 製 品 が 約77%,骨 角 製 品 が 約21%,金 属 製 品 が3%の 割 合 にな って い る。

この よ うに考 古 資 料 と民 具類 とで は極 め て対 照的 な材 質 構 成 に な って い る点 が 注 目さ れ よ う。

  考 古 資料 で有 機 質 の 製 品 が少 な い のは 通 有 の傾 向 で あ るが,民 具 類 の値 と比 べ る と そ の 差 は歴 然 と して い る。 考 古 資 料 で圧倒 的 に 高 い割 合 を示 す骨 角 製 品 が 民 具 類 で少

な いの は,時 間 の 経 過 に と もな う文 化 要 素 の 変化 を示 す もの と推 測 で きる。 石 製 品 に つ いて も同様 の こ とが い え よ う。 骨 角 製 品 ・石製 品 の減 少 に 反比 例 して登 場 して くる もの の一 つ に金 属 製 品 が考 え られ るが,民 具類 で はか え って 考 古資 料 よ りも小 さい値 とな って い る。 また,ガ ラス ・陶 磁 器 が 考 古 資料 に は見 られ るが,年 代 的 に 下 る民 具 類 で 欠 落 して い る。 一 見,時 代 を逆 行 す るか の よ うな こ の値 の 開 きは何 を 意 味 して い る のだ ろ うか。 民 族 誌 か ら も知 る こ とが で き る よ うに,ク リール ア イ ヌに と って は 金 属 製 品 や ガ ラス,陶 磁 器 は 全 て他 の民 族 との 交 易 に よ っ て手 に 入れ た もので あ る。 つ ま り,彼 らに とって 伝 統 性 が薄 い これ らの一 群 は民 具 類 と して は相 応 し くな い とい う 判 断 が働 き,収 集 の 対 象 か ら外 され た ので あ ろ う。 尚,考 古 資料 と しての 玉 類 の 多 く は ガ ラス製 で あ り,そ の 大半 は墓 地 か ら発掘 され た もの で あ る。 民 具 類 に ガ ラス製 の 玉 類 が 欠落 す る のは,玉 類 を装 着 す る習 慣 が な くな った の か,あ る いは そ れ らが葬 送 行 為 と深 く結 び付 い て い る が故 に収 集 し難 か った のか,検 討 を要 す る点 で あ る。

  以 上 の よ うな民 具 類 の 全体 に及 ぶ 傾 向 を理 解 した うえ で,個 別 の資 料 に対 す る分 析

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小杉  物質文化か らの民族文化誌 的再構成 の試み が可 能 に な るの で あ る。

5.鳥 居 龍 蔵 収 集 の ク リ ー ル ア    イ ヌ民 具 類 の性 格

  同 様 に して鳥 居 龍 蔵 の ク リー ル ア イ ヌ 民 具 類 の 材質 構 成 を 検 討 して み よ う。 木 製 品 が 約46%,繊 維 製 品(布 製 品 を 含 む) が約38%,皮 革 製 品 が 約11%,以 上3種 の有 機 質 の 製 品 で9割 を超 え,そ の 他 は 金属 製 品 が4%弱,骨 角 製 品2%弱 で あ る(表3・ 図2c)。 有 機 質 製 品 の 割 合 の 圧倒 的 な高 さ と,金 属製 品 の少 な さ,さ らに ガ ラス ・陶 磁 器 ・石製 品が 欠 落 す る 点 な ど,全 体 と して 先 の函 館 博 物 館 収 蔵 ク リール ア イ ヌ民 具 類 と近 似 した材 質 構 成 とな って い る。 但 し,鳥 居 の 民具 類 で

表3  鳥居 龍蔵 収 集 ク リール ア イ ヌ民 具 類 材       質別 比 率

【民 具 類 】

材     質 点 数 %

木 材 製 品 2s 45.5 繊 維 製 品 11 20.0

布 製  品 10 18.2

皮 革 製 品 6 10.9

骨 角 製 品 1 1.8

石 製  品 0 0

ガ ラス製 品 0 0

陶磁器製 品 0 0

金 属 製 品 z 3.6

合     計 55 ili

*本 表 は 徳 島 県立 鳥 居 記 念 博 物 館貸 出 中の   3点 を 含 み,所 在 不 明品9点 ・模 型 品13   点 ・原 材 料3点 を 除 い た 値 で あ る。

は 骨 角 製 品 が極 端 に少 ない 点 が 函館 博 収 蔵 品 と異 な るが,こ れ は 鳥居 収 集 民 具類 の大 半 が 後 期 民 具 類 で あ る こ とに 帰 す る為 であ ろ う。 また,考 古 資料 とは異 な り,繊 維 製 品 の割 合 が 高 く,そ の 中で も布 製 品 は そ の半 数 を 占 め,全 体 と して も2割 と比較 的 に 高 い値 であ り,民 具類 の特 徴 を 良 く示 して い る4)0

6.「 還 元 的 土 俗 」 の 実 践(1) 模型品

  ま た,鳥 居 の 民 具 類 に は,以 上 に 提 示 し た 数 値 か ら 除 外 し た も の と し て 模 型 品 と 原 材 料 と が 含 ま れ て い る 。 模 型 品 の 内 訳 は 仕 掛 け 弓4点,弓2点,箭1点,船3点,酒

箸1点,墓 標1点,仮 面1点 の 計13点 で あ る。 弓 は そ の 現 物(K2332図 版15‑1)も 収 集 さ れ て お り,シ コ タ ソ島 移 住 後 も 使 用 され て い た こ と を 民 族 誌 【 林   1940:194】 か ら知 る こ と が で き る 。 一 方,模 型 品 の 仕 掛 け 弓(K2374他 図 版1‑2・3)は4点 と 数 が 多 くTま た 現 物 が 収 集 され て い な い こ とや,鳥 居 の 民 族 誌 中 の 記 録 で も 特 に ク リ ー ル ア イ ヌに つ い て で は な く ア イ ヌ 全 般 に 関 す る記 述 に な っ て い る 点 を 考 慮 す る と,シ コ タ ソ 島 で は 既 に 仕 掛 け 弓 が 使 用 さ れ な く な っ て い た か,あ る い は 希 だ っ た こ と が 推

4)民 具 類 の 中 で も繊 維 製 品,特 に 衣類 は収 集 し難 い こ とが 指 摘 され て い る が 【 宮 本   1979:

  13】,考 古 資 料 と比 較 す るな らば そ の値 は極 め て 高 い もの で あ る。

図 版1  ク リー ル アイ ヌ民具 類 実 測 図(1)箭,仕 掛 け 弓[模 型],他
図 版2  ク リ ー ル ア イ ヌ民 具 類 実 測 図(2)船[模 型],エ ペ ル ニ キ
図 版3  ク リー ル アイ ヌ民具 類 実 測 図(3)発 火 具
図 版4  ク リー ル ア イ ヌ民 具 類 実 測 図(4)ま ない た
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参照

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