詐害行為取消権と財産分与
―― 債権法改正をめぐって 親族・相続法の立場から ――
道 山 治 延 *
1. はじめに
今回、福岡大学法学部の創立 50 周年を期して、民法担当者は、債権法改 正を共通テーマに書くということになった。親族相続法の講義担当者として いささかの不安を持って、この問題に取り組んでみた。私の関心は、財産分 与請求権を被保全債権とする債権者取消権が認め得るか、ということである。
債権法改正にあたって、「詐害行為取消権については、破産法との調整が 大きな立法課題」とされた。「破産法の否認権でできないことが詐害行為取 消権を使うとできるというのは基本的には適当ではないという発想から、
・・・ 従来よりも取り消しうる行為を限定するという提案」(1)である。民法(債 権法)改正検討委員会によって公表された案によれば、詐害行為取消権の対 象は「財産権を目的としない行為」(甲案・乙案共に)とされ、その意味・
内容について次のように説明されている(2)。「財産分与、遺産分割協議、相 続放棄など、とくに家族法 ・ 相続法上の法律行為に関して、解釈上の余地が ある。これらについて、一定の立場を明示することも考えられなくはないが、
* 福岡大学法学部准教授
その場合、判例のリステイトにとどまるか、そうでないときは、財産分与の 理解等、家族法 ・ 相続法上の制度の理解に立ち入って一定の立場を採用する ことになるが、それが望ましいかはなお疑問がなくはない。このため、これ らの点については、現行法同様、解釈に委ねることとしている。」家族法改 正を見守りつつ、判例の展開を待つということのようである。
夫婦の居住用財産については法定財産制度の問題として、これまでも法制 審議会において議論されてきたところである。昭和 50 年 8 月 1 日に公表さ れた法制審議会民法部会身分法小委員会の中間報告(3)は、別産制を維持し た場合に検討すべき問題点として、「婚姻中における財産の処分」を挙げて いる。この点について「婚姻生活を継続するのに必要な居住家屋等の財産や、
離婚の際の財産分与に充てるのに必要な財産であっても、名義人である一方 の配偶者が単独で処分できることは問題であるから、諸外国ではこれを制限 している例がある。そこで、我が国でもこれらの財産等について、他方の同 意がなければ処分できず、同意のない処分については取り消すことができ るとするような制度を設けることがかんがえられる」との指摘がされた。次 いで、平成 4 年 12 月に公表された「 婚姻及び離婚制度の見直し審議に関す る中間報告(論点整理)」は、「夫婦の居住用不動産の処分の制限について」、
問題の所在として「婚姻中に夫婦が居住の用に供するため、一方の単独名義 で取得した建物につき、他方の居住の安定を図る見地からの手当の要否」が 取り上げられ、意見として「特段の手当の必要はない」とするものと、「婚 姻中に夫婦の一方がその名義で共同生活のために取得し、現に他方が居住し ている家屋若しくはその敷地又はそれらの賃借権若しくは敷地についての地 上権について、その名義を有する者が居住している配偶者の同意を得ずに譲 渡その他の処分をした場合には、その配偶者は、これを取り消すことができ、
取消しをもって第三者に対抗することができるものとするのが相当である」
とするものが併記された。後者の意見を支持する理由として、「①居住用不
動産については、婚姻共同生活の維持と分与財産の確保のため、処分に一定 の制約を加えることが望ましい、②居住用不動産は、夫婦の協力によって取 得されたものが多く、名義人でない配偶者にも潜在的持ち分がある、③夫婦 相互の居住権を維持するために必要である、④夫婦間に紛争がある場合の名 義人でない配偶者の不安は大きく、弱者保護の必要がある、⑤夫婦間の制度 的な権利担保の仕組みが必要である、⑥感情的な対立から夫が売却しようと する事例が現実にある」(4)等が挙げられた。
さらに、平成 6 年 7 月には「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」が公 表された。そこでは、法定財産制度については、「現在の制度を当面維持す るものとする」とされたが、「夫婦の一方の所有名義の不動産でその共同生 活の用に供されているものについて、所有名義人の一方的な処分により他の 一方の配偶者の居住が侵害されないようにするための方策については、その 夫婦の離婚の場合及び所有名義人の死亡による相続の場合における他方配偶 者の居住の保護の方策とも併せて、今後の課題とする」との後注が付されて いる。この点について、「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案及び試案の 説明」(5)では、より具体的に、夫婦が婚姻生活中に協力して取得した居住 用不動産について、「対外的な関係においては、…登記名義人の特有財産で あるから、その名義人が他の一方の配偶者の知らない間に、これを自己の単 独所有物として処分する事態が起こり得る。そうなると、同不動産の実質的 共有者である他の一方の配偶者は、その潜在的持分や居住の利益を侵害され、
不測の損害を被ることになる。そこで、このような配偶者を保護するために、
諸外国の立法例(主としてフランス法)に倣って、無断でされた居住用不動 産の処分行為を取り消すことができる制度を設けること」が問題として提起 された。「夫婦の居住用不動産が名義人でない配偶者の同意を得ないで処分 された場合における保護の類型として、①名義人でない配偶者は、処分を取 り消すことができるとする方法、及び②名義人でない配偶者のために、居住
用不動産につき法定賃借権が成立するとする方法の二つを中心に検討」がな された。「早急に結論を得るのは困難であると判断されたが、居住用不動産 の名義人でない配偶者の居住を保護するため、今後何らかの措置を講ずる必 要があるとする意見が大勢を占めた」。
また、2009 年度私法学会は「家族法改正」をシンポジウムのテーマとして、
夫婦が婚姻生活中に協力して取得した居住用不動産について提案された(6)。
「夫婦の一方が、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、
賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、
他方の同意を得なければならない。」この点について説明はなく、議論もな かったが、大村教授は、この規定の効果について、取消か無効かはおいてお くとしても、この種の規定が必要ではないかとの発言をされた。
以上のように、離婚に伴う財産分与が予想される状況下にあって、一方配 偶者が自らの名義になっている財産、殊に居住用不動産を相手方配偶者の同 意なしに処分することについては、様々な問題があり、立法課題となってい るといってよい。今回の債権法改正にあたっては、こうした改正を視野に入 れつつ、判例の展開をも否定することなく、現状を維持するという立場であ るように思われる。しかし、下級審の裁判例においては、既に「詐害行為取 消権の転用」ともいうべき展開が始まっているように思われる。
2.下級審裁判所における財産分与請求権を被保全債権とする詐害行為取消 権の展開
財産分与請求権を保全する目的での債権者代位権の行使を最高裁は認めて いない。最判昭和 55 年 7 月 11 日民集 34 巻 4 号 628 頁は、一方配偶者の行っ た婚姻中に取得した不動産の所有権移転登記の無効確認を求めると共に、財 産分与請求権を保全する目的で、債権者代位権を行使して登記抹消を求めた 事件であるが、最高裁は、「離婚によつて生ずることあるべき財産分与請求
権は、一個の私権たる性格を有するものではあるが、協議あるいは審判等に よつて具体的内容が形成されるまでは,その範囲及び内容が不確定・不明確 であるから、かかる財産分与請求権を保全するために債権者代位権を行使す ることはできないものと解するのが相当である。」と述べて、請求を認容し た原審判決を破棄すると共に、抹消請求を却下した(7)。ここでは、財産分 与請求権を保全するために債権者代位権を行使することの必要性が問われ た(8)。「請求権保全の必要性を立証することが不可能とまではいえないにし ても、極めて困難ということになり、その意味において被保全権利としての 資格を欠く」とされた。また、財産分与請求権について「判断することを肯 定すると家庭裁判所の審判権を事実上制約することになるおそれがある」と いう訴訟裁判所と家庭裁判所の権限に関する問題が指摘された。
これに対して、財産分与請求権を被保全債権として詐害行為取消権の行使 を認めた最高裁判決は見あたらないが、詐害行為取消訴訟においても、債権 者代位権と同質の問題を抱えていると思われる。
しかしながら、近時、下級審の判決において、財産分与請求権を被保全債 権として詐害行為取消権の行使を認めるものが散見されるようになった。
(i)仙台高判昭和 35 年 7 月 4 日高民集 13 巻 9 号 799 頁は、別訴の離婚・財 産分与認容判決(控訴のために未確定)の後に、相手方配偶者が宅地を処分
(譲渡担保?)した事件。仙台高裁は、「財産分与請求権はこれを認容する離 婚判決が確定し、その効力が生したとき、はじめて形成される性質のもので あるから、本件の如くその第一審判決において離婚及び財産分与の請求が認 容せられ、その権利発生の可能性が存する場合においても、当該訴訟が未だ 上訴審に係属し、その判決が確定していない以上、法律制度上の抽象的財産 分与請求権は発生したとしても、具体的財産分与請求権は未だ発生していな いのであるから、このような抽象的権利関係を被保全債権とする債権者代位 権及び詐害行為取消権の行使は許され得ないものといわなければならない。」
その理由として、「債権者代位権及び詐害行為取消権の行使は債権行使の一 形態であり、しかもそれが債務者以外の第三者にその効力の及ぶ場合である」
ことを挙げており、「抽象的財産分与請求権は離婚を前提として発生するも のではあるが、具体的財産分与請求権は当事者の協議が調うた場合以外は司 法機関の判定の確定を待つてはじめて発生する性質のものであるから、たと え配偶者の一方より分与請求の意思表示がなされたとしても、これだけで抽 象的請求権が具体化され普通の債権と化するいわれがない」と判示している。
(ii)東京高判昭和 56 年 9 月 21 日判時 1020 号 43 頁は、夫の継続的暴力によ り離婚した事例(夫は、離婚に伴う慰謝料請求の調停申立以降に、代物弁済 として本件不動産所有権の移転登記を経由した。これにより夫は無資力。被 告は夫の姉の配偶者)。妻から債権者取消(原審千葉地裁松戸支部昭和 56 年 3 月 3 日判決。棄却)。東京高裁は、「継続的暴行等による不法行為により、
既に控訴人の被控訴人乙山に対する慰謝料請求権が発生したものというべき であり控訴人は被控訴人 ・・・ に対し、昭和 53 年 7 月 20 日付で離婚に伴う慰 謝料等の調停を申立て、これにより右慰謝料請求権を行使していた段階に あったものであるから、その履行期もすでに到来していたものといわなけれ ばならない。そうだとすれば、その具体的な金額が当時未確定であったとし ても、控訴人は被控訴人乙山に対する右慰謝料請求権にもとづいて、同被控 訴人のなした前記代物弁済契約につき詐害行為取消権を行使する資格を有す るものというべきである」と述べた上で、「・・・ 本件建物を代物弁済として 譲渡しなければならぬ事由が判然としないこと、本件建物は昭和 42 年末頃 建築され以後控訴人夫婦の生活の本拠となったこと、被控訴人 ・・・ は控訴人 と離婚した後昭和 54 年 3 月 26 日に再婚し本件建物に継続して居住している こと、同 ・・・ には本件建物を除いては資産が存しないこと等の事実が認定す ることができる。以上の諸事実よりして、本件代物弁済についての被控訴人
・・・ の主観的事情と右行為の客観的態様を綜合的に検討すれば、本件代物弁
済当時被控訴人 ・・・ は他の債権者である控訴人を害することを知っていたも のと認めるのが相当である」と判示(認容)。
(iii)岐阜地判昭和 57 年 11 月 29 日家月 36 巻 2 号 95 頁は、別訴の離婚・財 産分与認容判決(控訴のために未確定)の後に相続によって取得していた財 産を実兄に対して処分した事件。「本件離婚慰謝料請求権は、・・・ 離婚が成 立するまではその存否および範囲が不確定であるという点においては財産分 与請求権と同様であるというべきであるから、本件離婚慰謝料請求権を被保 全債権として債権者代位権および債権者取消権の各行使はできないものとい わなければならない」と判示。
(iv)京都地判平 4 年 6 月 19 日判タ 813 号 237 頁は、夫の暴力により別居し た夫婦の離婚訴訟継続中に夫から夫の実妹に本件不動産(家族経営による事 業によって形成された資産)の贈与がなされていた事件(贈与の結果、夫は 無資力)。妻から債権者取消権を行使。「取消権を行使する債権者の被保全債 権は、原則として、取り消されるべき詐害行為の前に発生していることが必 要であって、詐害行為と主張される不動産物権の譲渡行為が債権者の債権成 立前にされた場合には、取消権を行使できない。・・・ 離婚請求事件が地方裁 判所に提起され、これに付随して財産分与請求の申立が行われている場合に おいて、その訴訟事件が実質的に審理を重ね結審が間近に迫り、離婚、財産 分与判決が出される蓋然性が極めて高く、当事者もこれを察知しているとき には、詐害行為取消権が成立する。即ち、このような事実関係において、右 本案事件の離婚、財産分与の判決が近く言い渡されることが、かなりの蓋然 性をもって予測される場合には、その限度において、これを被保全権利とす る詐害行為取消権が成立するものと解するべきである。なぜなら、詐害行為 取消権の被保全権利は、必ずしも、それが確実に現存していないとしても、
成就の蓋然性の高い条件付債権、期限付債権などと同様に、債務者が近い将 来発生する蓋然性の高い場合であれば足りるからである。そして、この場合、
債務者がこれを察知してその債権者を害する意図のもとに行った詐害行為に 対しても、取消権を行使できると考える」とした上で、夫の財産形成に相当 高度な協力をしていることを認め、寄与度を 4 割と定め、「財産分与請求権 を被保全権利として受益者である被告に対して、詐害行為取消権に基づき、
新町の土地の譲渡行為の取消を求めることができるというべきである」と判 示。被告の悪意を認定した上で、「一部取消に対応した一部の現物返還がで きないときは、処分の全部取消、全部の現物返還を命ずべきである」として 請求認容。
(v)大阪地判平成 7 年 11 月 29 日判時 1567 号 124 頁。別訴の離婚・財産分 与認容判決(控訴のために未確定)前の離婚調停中に夫婦が婚姻中に取得し た唯一の資産である土地建物を相手方配偶者の母に売買した事件。「詐害行 為取消権の被保全債権となる債権は、詐害行為以前に発生したものであるこ とを要するところ、財産分与請求権は、協議あるいは審判等によって具体的 内容が形成されるものであり、また、慰謝料請求権も終局的には判決によっ て確定されるものであるが、詐害行為取消権の成否を判断するにあたっては、
その発生がかなりの蓋然性をもって予測されれば足りると解すべきである」
と説示した上で、本件では既に一審判決において財産分与及び慰謝料の支払 が命じられており、「その存在についてはかなりの蓋然性をもって予測され たものと推認され、被保全債権の存在にかけるところはない」と述べ、「本 件売買予約及び本件売買契約の目的は、原告との離婚に伴う財産分与及び慰 謝料の支払を免れ、あるいは執行不能とすること以外には考えられず、太郎 が主導して右の目的で行ったものであり、被告も右目的を知りながらこれに 応じたものと認められる。・・・ なお、原告の太郎に対する財産分与及び慰謝 料の数額は未だ確定していないけれども、本件土地建物は、原告と太郎が婚 姻期間中に取得した唯一の財産であり、不可分なものであるから、全部を取 消し、返還を命ずるのが相当である」と判示。
3.婚姻中の夫婦間における財産上の義務と詐害行為
(1)婚姻中の夫婦間における財産上の義務と保全の必要性
婚姻中の夫婦は、第 752 条及び第 760 条の規定により、婚姻費用について 互いに義務を負担している。また、第 761 条は、日常家事に関して一方配偶 者が負担した債務について他方配偶者にも連帯責任を負わせている。これら の規定は、「婚姻共同体の経済的管理ともいうべきものであ」り(9)、夫婦は 互いに一個の人格でありながら、夫婦が共同して形成した一個の生活共同体 の運営を円滑ならしめている。さらに、民法は法定財産制として別産制を採 用しているが、夫婦共同生活を営む中で取得した財産の中には、名義は夫婦 のいずれか一方にあるが実質的には共有に属すると考えられるものも出てく る。「婚姻中に夫婦が協力して取得した住宅」や「共同生活の基金とされる 預金」(10)などがこれにあたる。「これらの財産は、夫婦が協力して取得し、
共同生活の経済的基礎を構成するものだから、実質的な意味では共有に属す るものとみなければならない(11)。そして、離婚の際には当然に精算しなけ ればならない(12)。これらわずかの規定からも、夫婦には、婚姻中の共同生 活関係の経済関係を構築・維持すべき義務を負わせ、最終的にこの経済的関 係は財産分与・相続等を通じて精算されることが予定されている(13)。そして、
夫婦は婚姻中に形成された経済的基礎を危うくすることができないというべ きある。これまでの法制審議会における家族法改正作業の中で議論された居 住の利益確保のための仕組みは、夫婦が婚姻中に構築した財産関係・生活の 利益を害されないという利益保護の一部として検討された。そして、財産分 与請求権は、「離婚の際に一方から他方に供与すべき財産のもつ ・・・ 三つの 内容-夫婦共通財産の清算・離婚による損害の賠償・離婚後の扶養-のすべ てを包含したものと解」(14)されているが、離婚時における夫婦の共通の経 済的基盤の解消の際の調整弁として機能する。財産分与請求権は夫婦関係の 清算の際に生じる一種の義務であり、権利であるが、その内容は一律には決
定されず、夫婦間の協議、家庭裁判所による審判等によって具体的に確定す る(15)。しかし、離婚が予想される事態に至って、実質的には共有に属すべ き財産が処分されることを防ぐ仕組み(16)、処分された場合に、これを取り 戻す制度を民法は有してはいない。
一般に、詐害行為取消権は、「債務者の一般財産を保全するために、これ を不当に減少させる債務者の行為の効力を否認して、債務者の一般財産から 逸出したものを一般財産に取り戻すことを目的とする制度」(17)であると理 解されており、詐害行為取消権は債務者の最後の守りとなる一般財産の減少 を招く行為に向けられている。被保全債権を財産分与請求権とする場合、本 来の詐害行為取消権のあり方とは違ったものになると思われる。ひとつは、
詐害行為の目的が、債務者=相手方配偶者が処分した財産は一般財産とはい えず、実質的には共有に属するものと考えられる点である。婚姻関係が破綻 し、離婚の手続に入る前の状況にある者が、財産分与請求権を実効性あるも のにすることを目的として、実質的に共有に属する財産を相手方配偶者の名 義にとどめておくために債務者=相手方配偶者がなした法律行為を取り消す のであり、債務者の責任財産を保全することには向けられていない。財産分 与請求権を被保全債権とする詐害行為取消が認容された事件においては、取 消の対象である処分の目的物はいずれも夫婦が婚姻中に取得した資産であ り、夫婦共同生活の本拠となっていた不動産である点が共通している。殊に 京都地判平 4 年 6 月 19 日判タ 813 号 237 頁の事件において、相手方配偶者 が実妹に贈与した資産は家族経営の事業によって形成された店舗兼住居であ り(土地だけでも 3 億円以上の評価)、「事業の維持発展に相当高度な協力」
が認められた事件である。このような不動産を離婚係争中に処分することに よって、今後行われるであろう財産分与の実効性を失わせることは望ましい こととはいえない。一方、詐害行為取消が認容されなかった事件においては、
処分された目的物は事業資産や相続財産であり、必ずしも夫婦の共有に属す
るとは考えられなかったように思われる。認容事例は、詐害行為取消権の可 能性を追求したものとして評価できる。
(2)詐害行為
被保全債権が財産分与請求権であること、すなわち「協議あるいは審判等 によつて具体的内容が形成されるまでは、その範囲及び内容が不確定・不明 確である」債権であることから、本来的には詐害行為取消権の被保全債権性 は疑わしい(18)。財産分与請求権は「一個の私権たる性格を有するものでは あるが」、当事者間の合意又は家庭裁判所の審判によって「その範囲及び内 容」が具体化されるのであり、詐害行為取消訴訟事件において、訴訟裁判所 は財産分与請求権の内容を確定することはできない(19)。そして、財産分与 請求権は金銭債権であるとは限らないのであり、むしろ潜在的持分の問題で あり、現物分割のために債務者に目的不動産をとどめておくことが目的であ るなら、特定物債権でもありうる。認容されなかった事件においては、これ らの点が問われたものと考えられる。
しかしながら、将来債権であるが故に、あらゆる場合に認められないとい うべきでない(20)。債権はすべて裁判を通じて範囲・内容が確定していなけ れば詐害行為取消訴訟の被保全債権といえないとすれば、「自己の債権を保 全する機会を奪われることになり、右調停または審判が無意味に帰する結果 を甘受しなければならなくなるからである」。最判昭和 46 年 9 月 21 日民集 25 巻 6 号 823 頁は、未だ確定していない婚姻費用を被保全債権として詐害 行為の取り消しを求めた事件であるが、最高裁は、「将来の婚姻費用の支払 に関する債権であつても、いつたん調停によつてその支払が決定されたもの である以上、詐害行為取消権行使の許否にあたつては、それが婚姻費用であ ることから、直ちに、債権としてはいまだ発生していないものとすることは できない。すなわち、一般に、婚姻費用の分担は、婚姻関係の存続を前提とし、
その時の夫婦の資産、収入、その他一切の事情を考慮してその額が決せられ
るものであつて、右事情の変動によりその分担額も変化すべきものであるか ら、その具体的分担額の決定は、家庭裁判所の専権に属するものとされてい るのであるが、そうであるからこそ、いつたん家庭裁判所が審判または調停 によつてこれを決定した以上、他の機関において、これを否定し、あるいは その内容を変更しうべきものではなく、家庭裁判所が、事情の変動によりそ の分担額を変更しないかぎり、債務者たる配偶者は、右審判または調停によ つて決定された各支払期日に、その決定された額の金員を支払うべきものと いわなければならない。その意味においては、この債権もすでに発生した債 権というを妨げないのである」と述べた。大阪地方裁判所平成 7 年 11 月 29 日判決のケースでは、別訴である大阪地方裁判所平成 7 年 3 月 23 日の判決 において、離婚認容とともに財産分与及び慰謝料の支払を命じており、「そ の存在についてはかなりの蓋然性をもって予測されたものと推認され、被保 全債権の存在にかけるところはない」と判示した。この事件は、最高裁の基 準によっても「すでに発生した債権」と考えられるのであり、控訴の故に未 だ確定しておらず、財産分与請求権が詐害行為取消権の被保全債権として認 められないとすれば、債権保全の機会を奪われることになり、望ましからざ る結果となる。
財産分与請求権を被保全債権として詐害行為取消を認容した他の二つの事 件についても、訴訟継続中であるか、離婚調停が申し立てられている事件で あり、財産分与、慰謝料の支払が命じられる蓋然性が論じられている。京都 地方裁判所平 4 年 6 月 19 日判決のケースでは、既に離婚訴訟が提起されて おり、「訴訟事件が実質的に審理を重ね結審が間近に迫り、離婚、財産分与 判決が出される蓋然性が極めて高く、当事者もこれを察知しているときには、
詐害行為取消権が成立する」としており、東京高等裁判所昭和 56 年 9 月 21 日判決のケースについても、離婚に伴う慰謝料について調停の申立がなされ ており、慰謝料請求権の行使によって履行期は到来していると述べ、「具体
的な金額が当時未確定であったとしても、・・・・ 詐害行為取消権を行使する 資格を有するものというべきである」と判示した。
(3)詐害行為の主観的要件(詐害意思・受益者の悪意)
詐害行為の対象としての債務者の法律行為は、「債権者を害することを知っ て」なされたものであることが求められる。「一般的には、債務者の一般財 産の減少を『知る』ことであって特定の結果を意欲することではない」と される(21)。しかし、財産分与請求権を被保全債権とする詐害行為の取消は、
債務者の責任財産を保全することに向けられているのではなく、夫婦が婚姻 中に双方の努力によって得た財産を家庭裁判所の財産分与によって清算でき るように債務者の下にとどめておくことを目的としている。したがって、婚 姻中に夫婦の協力によって得た財産を精算することなく、財産分与を回避す る目的で、離婚をめぐる紛争が具体化する中で一方的に生活の根拠となって いる土地建物などの財産を処分する場合には、「債権者=相手方配偶者を害 することを知って」なされたものといい得る。
一方、受益者が「債権者を害すべき事実」を知っている場合に詐害行為取 消権は認められることになるが、認容された事件に共通する点として、不動 産の譲渡された相手方が譲渡者の近親者であることが挙げられる。京都地方 裁判所平成 4 年 6 月 19 日判決のケースでは、離婚訴訟係属中に弁論兼和解 手続に同席していた被告=実妹に贈与されていたのであり、事情については 相当程度知っていたものと考えられる。大阪地方裁判所平成 7 年 11 月 29 日 判決のケースでは、譲渡の相手は母である。東京高等裁判所昭和 56 年 9 月 21 日判決のケースについても、普段交際がない姉の夫に対する代物弁済と して譲渡されており、再婚後も生活の本拠となっている建物を代物弁済とし て譲渡しているが、その理由が判然としない点が指摘されている。そのうえ で、「主観的事情と右行為の客観的事情を綜合的に検討すれば、・・・ 他の債 権者である控訴人を害することを知っていた」と判示している。いずれも通
謀が疑われるケースである、といってよいように思われる。
(4)詐害行為取消権の内容と取消の効果
詐害行為取消権は、「詐害行為の効力を債権者に対する関係において否認 し、受益者または転得者に対して、債務者の一般財産から逸出した財産の回 復またはこれに代わる賠償を請求する」制度である(22)。したがって、詐害 行為取消の範囲は債権額を超えることは許されない。ただし、目的物が不可 分である場合には、債権額を超過していたとしても、全部を取り消しうる(23)。 大阪地方裁判所平成 7 年 11 月 29 日判決は、「婚姻期間中に取得した唯一の 財産であり、不可分なものであるから、全部を取消」すと述べており、また、
京都地判平 4 年 6 月 19 日判タ 813 号 237 頁の事件も、最高裁の判決を引用 して、「一部取消に対応した一部の現物返還ができないときは、処分の全部 取消、全部の現物返還を命ずべきである」として登記抹消を命じる。これに よって処分された不動産を債務者=相手方配偶者のもとに返還させ、一方的 に破壊された夫婦の共同生活の基盤を原状に復させることになる。
4.結びに代えて
財産分与請求権を被保全債権として詐害行為取消を認容した下級審裁判所 の事件は、①離婚紛争が夫婦間で具体化している(離婚訴訟が継続中である か、離婚調停がなされている)中で、②夫婦の生活の根拠となっていた不動 産、または夫婦が共同で形成した資産を③債務者=相手方配偶者の近親者に 対して処分されていた事件であり、④いずれも処分の全部が取り消され、登 記抹消を命じる判決がなされている。これらの共通項を要件として整理する には、十分に裁判例が蓄積されている状況にはない。今後、判決の蓄積を通 じて要件が精査され、判例法が形成されることが期待される。
財産分与を実効あるものにするための制度は、家族法の改正を待つべきで あるのかもしれない。これまで、幾度も家族法の改正が議論されてきたし、
夫婦の居住用不動産の処分制限の必要性も議論されてきた。また、詐害行為 取消権を用いずとも他に方法があるとも言えるのではないか。昭和 55 年に 改正された家事審判法は、家庭裁判所における審判前の保全処分を可能とす るに至った(24)。しかし、下級審裁判所における財産分与請求権を被保全債 権とする詐害行為取消権の認容といった動きは、改正作業を待つことができ ない実務の要求があったということに他ならないし、審判前の保全処分制度 は十分に機能しえない実態があるということかもしれない。一方、認容判決 が必ずしも居住用動産のみを対象とするものではないということは、事業に 夫婦で共同して取り組んだ結果、不動産に限らず、様々な資産形成がなされ た場合、潜在的持分を保全するという可能性を示唆する。夫婦の居住用不動 産の処分制限だけでは潜在的持分の保証はなされない。株式や預金債権、多 くの資産について、財産分与の対象とすることができるよう何らかの配慮が 必要であろう。民法(債権法)改正検討委員会は、「財産分与、遺産分割協 議など、その他の解釈上の問題については、現行法と同様に、一般規定の解 釈に委ねている。現行法上の解釈を変更する企図はない」と述べて、家族法 の改正を待ち、学説・判例法の展開を妨げないようにするにとどまり、極め て禁欲的な対応である。しかし、「広く特定債権やその他の権利一般の保全 を想定した詐害行為取消権の一般規定をおくことが、『債権法の新時代』と 題し、『世紀の大事業』として位置づけられる今般の民法(債権法)改正作 業の課題としては、倒産手続との連続性、否認権との整合性よりもはるかに 重要」(25)であるとの指摘は傾聴に値するように思われる。
注)
( 1 ) 内田貴「債権法の新時代」(商事法務 2009 年)119 頁
( 2 ) 民法(債権法)改正検討委員会編「詳解債権法改正の基本方針 II」(商事法務 2009 年)
457 頁
( 3 ) 「法制審議会民法部会身分法小委員会中間報告について」ジュリスト 596 号 83 頁以 下
( 4 ) 法務省民事局参事官室「「婚姻及び離婚制度の見直し審議に関する中間報告(論点整 理)」に対する意見の概要(下)」ジュリスト 1035 号 103 頁以下
( 5 ) 法務省民事局参事官室編「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案及び試案の説明」(日 本加除出版 1994 年)61 頁
( 6 ) 日本私法学会シンポジウム資料「家族法改正―婚姻・親子法を中心に―」ジュリスト 1384 号
( 7 ) 内田貴「民法 IV[補訂版]親族・相続」東京大学出版会 2004 年 130 頁は、「財産分 与が精算的要素をもつことを考慮すると、判例のような判断基準では、審理が長引いて いる間に不当な処分がなされて財産分与の実効性が保てなくなる恐れがある。423 条 2 条の趣旨を援用し、保存行為としての代位権行使を認めるべきではないか」とする。
( 8 ) 最高裁判所判例解説民事編昭和 55 年度 253 頁以下
( 9 ) 我妻栄「親族法」(有斐閣 1994 年)101 頁
(10) 前掲我妻「親族法」102 頁
(11) 最判平成 10 年 2 月 26 日民集 52 巻 1 号 255 頁は、内縁の夫婦の内縁生活継続中に取 得した内縁の夫名義の不動産の管理に関する事件であるが、最高裁は、「内縁の夫婦が その共有する不動産を居住又は共同事業のために共同で使用してきたときは、特段の事 情のない限り、両者の間において、その一方が死亡した後は他方が右不動産を単独で使 用する旨の合意が成立していたものと推認するのが相当である」と判示する。この事件 は、前訴において内縁の夫の共有が争われている。
(12) 前掲我妻「親族法」103 頁
(13) 最大判昭和 36 年 9 月 6 日民集 15 巻 8 号 2047 頁は、「民法 762 条 1 項の規定をみると、
夫婦の一方が婚姻中の自己の名で得た財産はその特有財産とすると定められ、この規定 は夫と妻の双方に平等に適用されるものであるばかりでなく、所論のいうように夫婦は 一心同体であり一の協力体であつて、配偶者の一方の財産取得に対しては他方が常に協 力寄与するものであるとしても、民法には、別に財産分与請求権、相続権ないし扶養請 求権等の権利が規定されており、右夫婦相互の協力、寄与に対しては、これらの権利を 行使することにより、結局において夫婦間に実質上の不平等が生じないよう立法上の配 慮がなされているということができる」と述べ、夫婦の経済的基盤についての清算が何 らかの形でなされることを説く。
(14) 前掲我妻「親族法」154 頁
(15) 財産分与請求権の権利としての内容の具体化・形成化をめぐる議論については、前掲 最高裁判所判例解説民事編昭和 55 年度 256 頁以下参照。
(16) 離婚に付帯して申立てられる財産分与請求権を被保全権利とする民事訴訟手続上の保 全処分については、「人事訴訟手続法 16 条の『その他の仮処分』に財産分与に関する仮 処分も含まれるとして、これを肯定するのが現在の学説・実務の大勢である」(山崎勉「保 全処分」裁判実務大系 25 巻人事訴訟法(青林書院 1995 年)389 頁)。
(17) 我妻栄「債権法総論」(岩波書店 1979 年)192 頁
(18) 最判昭和 55 年 7 月 11 日民集 34 巻 4 号 628 頁は、財産分与請求権を被保全債権とし て詐害行為取消権を行使することは、「範囲及び内容が不確定・不明確である」ことを 理由に認めない。
(19) 最判昭和 58 年 2 月 3 日民集 37 巻 1 号 45 頁は、「人事訴訟手続法 15 条 1 項による離 婚の訴えにおいてする財産分与の申立ては、本来家事審判法 9 条 1 項乙類 5 号に定める 家庭裁判所の権限に属する審判事項につき、手続の経済と当事者の便宜とを考慮して、
特に例外的に訴訟事件である離婚の訴えに附帯して同一の訴訟手続内で審理判断を求め ることを許したものにすぎない」と判示する。したがって、離婚訴訟以外の訴訟手続に おいて、財産分与の付帯申立が審査されることはありえない。
(20) 「詐害行為前に被保全債権が発生していることを要求する場合、『発生』の判断につい ては、解釈の余地がある」(前掲「詳解債権法改正の基本方針 II」471 頁)
(21) 前掲我妻「債権総論」189 頁
(22) 前掲我妻「債権総論」191 頁
(23) 最判昭和 30 年 10 月 11 日民集 9 巻 11 号 1626 頁は、「民法 424 条に依る債権者の取消 権は、債権者の債権を保全するためその債権を害すべき債務者の法律行為を取消す権利 であるから、債権者は故なく自己の債権の数額を超過して取消権を行使することを得な いことは論を待たないが、債務者のなした行為の目的物が不可分のものであるときは、
たとえその価額が債権額を超過する場合であつても行為の全部について取消し得べき」
であると判示。
(24) 太田豊「家事事件に関する保全処分」新・実務民事訴訟講座8(日本評論社 1981 年)
251 頁;青山善充・太田勝造「財産分与請求権に基づく保全処分の方法」裁判実務大系 10 巻保全訴訟法(青林書院 1984 年)242 頁
大阪高決昭和 57 年 4 月 5 日家月 35 巻 10 号 69 頁は、重婚的内縁関係の解消に伴い財 産分与請求権を被保全権利として保全処分が申し立てられた事件。大阪高裁は、「抗告 人がこれを他に処分するときは、相手方は財産分与審判を得てもその満足をえられない おそれがあると認められる。よって、審判前の保全処分として右不動産の処分禁止仮処 分、賃借権の処分禁止仮処分及び保証金返還請求権仮差押をする必要があると認められ る」と判示。
(25) 片山直也「責任財産の保全」ジュリスト 1392 号 111 頁