東京の危機に関する一考察
―「老いるインフラ」問題―
佐々木 信 夫
1 .はじめに―世界大恐慌 2 .もう 1 つの「2025年問題」
3 .いつの間にか “ 2 つの国” に 4 .草木もすべて東京になびく 5 .ビッグプロジェクト目白押し 6 .東京一極集中のメリット 7 .東京一極集中は “諸悪の根源”
8 .東京を 2 割減反したらどうか 9 .老いるインフラ―東京が一番危ない 10.小さな原因が大停電を生む
11.身近な歩道橋は大丈夫か 12.首都高速道が危ない 13.下水道は大丈夫か
14.木造住宅密集地域(木密地域)の危険性 15.都のインフラ劣化対策は大丈夫か 16.日本―老いるインフラ更新 17.この国のたたみ方
1 .はじめに―世界大恐慌
本稿では,「東京一極集中」問題とその最大のアキレス腱になると思われる「老いるインフラ」
問題をリンケージしながら都市行政の現実を踏まえ「東京の危機」について考察してみたい.
2020年の春から世界は,そして日本は思わぬ大感染症に襲われた.この 1 年間,新型コロナウ イルス感染症に翻弄された日本.人心は動揺し,経済社会は大きく傷ついた.医療体制の脆弱さ が露呈し,日本,世界ともGDP(国内総生産)の 1 ~ 2 割という空前の緊急経済対策に追われ た.日本も100兆円を超える経済対策に奔走した.膨大な借金を抱え世界最悪の財政国日本は,財 源を気にせずに大型財政出動が出来る他の国とは大きく事情が違うにも拘らずである.
これを「世界大恐慌」以来の大惨事という見方すらある.1929~33年にかけ世界中の資本主義 諸国を襲った史上最大規模のあの世界大恐慌.1929年10月24日,ウォール街の株式市場の暴落(暗
黒の木曜日),10月29日(悲劇の火曜日)の大暴落に端を発し,全資本主義諸国に波及した恐慌の波 がそれだ.アメリカの株価は80% 以上の下落,工業生産は 3 分の 1 以上の低落,失業者数は1200 万人,失業率は25% に及んだ.この間に世界貿易は全体で70.8% 減少し,失業者は5000万人に達し た.これにより,各国は封鎖的な経済圏を作り出し,世界経済はブロック化の方向へ進む.それ が第 2 次世界大戦の原因にもなったとされる.いずれ新型コロナウイルス感染症の影響は経済不 況に限らず,わが国にとって社会全体に甚大な被害を及ぼしたのは事実である.
2 .もう 1 つの「2025年問題」
もとよりこの先,日本にとってもっと深刻な問題がある.「老いるインフラ」問題がそれだ.よ く世の中で「2025年問題」といわれる.あと 5 年もすると “団塊世代” すべてが75歳を超え,医 療,介護,年金等の社会保障が大変になるという話がそれだ.だが忘れてならないのは,都市イ ンフラも同時に老いるということである.50年前,日本は高度経済成長の波に乗り道路,港湾,
橋,上下水道,歩道橋,学校,公共施設,地下鉄,鉄道,高速道など多くの都市インフラを集中 的に整備した.それによって大きな繁栄を遂げたことも事実だ.
だがこの先,この都市インフラが一斉に寿命期(耐用年数50年)を迎え,崩壊の危機に遭遇する という話だ.それを更新するにせよ,廃棄するにせよ,膨大な費用と時間が要る.しかも人口急 減の中,どの規模で更新するのが適正なのか,誰も分からない.これを筆者は “もう 1 つの2025 年” 問題と呼んでいる1).
これは全国的な問題だが,特に国土の0.6%という狭いエリアに1400万人,国民の 1 割以上が集 中する東京都にとってはより深刻な問題である.「東京一極集中」は日本の機関車だからと是認す る見方も根強いが,しかし,その最大のアキレス腱は “老いるインフラ” 事故で東京が破壊され,
全国に被害が及ぶことだ.
キッカケは小さな事故から始まるかも知れない.ある日突然,台風による強い暴風雨で変電所 が壊れたとする.すると送電ネットワークを通じ大停電になる.湾岸地域に林立する超高層マン ション,都心部に集中する超高層ビルに何日間も人が閉じ込められ死傷者まで出る.デマ情報が 流布され街の人々は食料を買い漁りパニックになる.道路は横倒しの電柱に塞がれ,鉄道,地下 鉄,バスは完全にストップし経済活動も止まる.近いうちに首都直下型地震が必ずくるとされる 日本.すると,老いるインフラは想定以上に脆いのではないか.日本の政治は景気浮揚策ばかり 議論しているが,もっと巨大都市の脆さを直視すべきではないだろうか.
日本全体では集中豪雨や台風,地震など大災害時を除いて,これまで整備した橋やトンネル,
1 ) 佐々木信夫『老いる東京』(角川新書,2017年).
下水道や学校,公共施設など都市インフラの補修に年間 5 兆円が必要という(国交省の試算).こ れに取り換え,更新までの費用を加えると 9 兆円に及ぶという.すると,2020年度の国の一般会 計予算のうち公共事業費は約 6 兆8000億円だから,もう道路,橋などの新規事業に回すカネはな く,更新や補修で毎年の公共事業費が消えていく計算になる.
もとより国の会計はともかく,実際のインフラ整備・補修の多くは地方自治体の管轄下にあ る.今の中央地方関係は自治体の事業を国が 3 分の 1 補助する仕組みが多いが,こうしたインフ ラの更新や補修もそうだとすると,自治体は 3 分の 2 の自己負担を強いられることになる. 3 割 自治という乏しい自主財源しかない各地の自治体にこれに耐えられるだけの体力があるだろう か.とてもそうは思えない.老いるインフラの補修・更新で地方財政が深刻な危機に陥る可能性 が高い.これに追い打ちを掛けるのがコロナ大不況だ.
もとより機械的に耐用年数50年で一斉に橋が落ちるとか,道路が陥没するということはなかろ う.しかし,その素材がコンクリート,木材,鉄であるだけに脆くなっている.ある日突然,そ れがわっと表に出る.気候変動で急増している集中豪雨や台風,地震等で一気に崩落し,大惨事 につながる可能性もある.これを “想定外 “とはいわない.“備えあれば憂いなし” その譬え通り,
国と地方はカネを掛けても計画的に更新し危機に備えるべきだ.
3 .いつの間にか “ 2 つの国” に
大量の人間が,都市部にあるオフィスや工場に通って,毎日働く.新型コロナの感染拡大は,
こうした産業資本主義的な働き方を,ゼロから見直す機会を私たちに与えてくれているように思 図 1 老朽化した電柱倒壊による被害続出
出所)https://matome.naver.jp/odai/2150770164651240001/2150771559 964309003
えるという見方がある2).じつはこの見方はインフラ整備にも当てはまる.それだけではない.国 家全体のあり方,「国のかたち」にも関わってくる.
“東京は日本を牽引する機関車”,国税収入の 4 割を稼ぐ “稼ぎ頭” である.だから人口減少期に 入った日本はこの先も東京に頑張ってもらわないと困る.こうした見方もある.
ただ誤解があるのは,国民の約 1 割(1400万人)の都民が他の地域に住む国民より 4 倍も生産性 が高く国税の 4 割を稼いでいる訳ではないという点だ.大企業の本社・本店の集まる東京は全国 の支社・支店,工場の稼ぎを税制上搔き集めているに過ぎないのである.鵜飼いの鵜師に似てい る.中央集権的な税制がそう見せているだけだ.とはいえ,こうした「東京機関車論」は政財界 に未だ根強く,識者の中にも「東京一極集中が日本を救う」という論陣を張る者もいる.
一方で,東京一極集中はこの国のかたちを歪め,「諸悪の根源」だという見方がある.ヒトもカ ネも情報も東京が吸い上げ,残された地方は活力を失い,過疎化が深刻で消滅の危機にある.外 からみていわれる都民が豊かだというのは見せかけ上の話であって,実際には生活コストが高 く,非正規労働の割合も高く格差は広がるばかりだ.生活者にとって子育て環境も悪く,不安も 強い.都民には豊かさの実感などないと感じている者も多い.
読者諸氏はこの両論のいずれを採るだろうか.東京一極集中の見方は立場により様々だが,ひ とついえることは,事実としてこの国はいつの間にか 2 つの国に分かれているということだ.東 京一極集中の止まらない「東京国」と,過疎・人口減少の止まらない「地方国」にである.
4 .草木もすべて東京になびく
もっとも,日本は昔から東京一極集中だった訳ではない.130年前,府県制度が始まった頃(明 治23年),東京府の人口はたった150万人であり,全国で 9 番目だった.農業の盛んな新潟県が 1 番.日本の総人口が3500万人時代の話とはいえ,明治期は決して東京一極集中ではなかったので ある.
ところがその後,近代化が進むスピードに合わせるかのように東京の人口は急膨張する.1928 年500万人,1962年1000万人,そしてピークの2008年1365万人と約 1 世紀で 9 倍にも膨れた.日本 の総人口も 4 倍近くに膨れたが,東京はそれを遥かに上回る規模で人口が爆発した.国土面積の たった0.6%に過ぎない東京都に1400万人,3.6%の東京圏( 1 都 3 県)に3600万人と国民の 3 分の
1 近くが住んでいる.これが人口面からみた東京一極集中の現実の姿だ.
それだけではない.オフィスの集中も凄い.この20年間,東京区部には毎年平均105万km2,東 京ドーム約23個分のオフィスが供給され続けている.2020年も三菱地所「千代田区丸の内一丁目
2 ) 竹村真一「都市への集中やめる時だ」『朝日新聞・耕論』(2020年 4 月10日)
の 3 棟一体建て替え」やソフトバンクグループ本社の入る「東急不動産オフィスビル」(港区)な どが完成する予定で,今年だけで年間172万km2も増える.
さらに様々な分野の高次機能が集積しているのも東京の特徴だ.都心 3 区(42.2km2)に日本を 司る政治,行政,経済,情報,教育,文化などあらゆる分野の高次中枢機能が集中.そのことも あり,東京はGDP(国内総生産)の約 2 割,国税収入の約 4 割,株式取引高の約 9 割,本社・本 店・外国企業の 5 割,情報サービス業(売上)の 5 割,銀行貸出残高の 4 割,商業販売額の 3 割を 占有している.
有名大学も多く大学生の約 4 割が東京圏に学び,その多くが東京に就職する.東京が若者を吸 引するブラックボックスだといわれる所以だ.主要TVのキー局,大手の新聞,雑誌,出版社も東 京にあり,地方産品ですら東京経由の方が売れる.つまり情報発信力が強く,その影響力が全国 に及ぶ,それが東京の強さにもなっている.
5 .ビッグプロジェクト目白押し
政府は,今表向き「東京一極集中」の抑制といっているが,実際やっていることは一極集中へ の仕掛けであり次々と進めている.安倍政権でいうアベノミクスの成長戦略は東京への経済一極 集中策,これで不況を乗り切ろうとしている.東京都心に幾つもの国家戦略特区が指定されてお
図 2 東京都心の大規模ビルの竣工ラッシュ
出所)https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190514/
se1/00m/020/052000c
り,民間の大規模なビッグプロジェクトも目白押しだ.
当初の予定だと2020年 9 月に東京五輪が終わった後,東京湾岸晴海ふ頭の「五輪選手村」は民 間へ払い下げる計画であった.50階建て超高層 2 棟を含む住宅マンション5650戸が売られ,これ で中央区の人口は 1 万2000人増える.さらにその近くに民間の超高層マンション 5 棟が建設中で やがて数万人増える.都心空洞化に悩んだ中央区は湾岸高層化ブームでこの20年間に人口が倍増 し今や17万人を超えている.
しからば,こうした動きを地方はどうみているだろうか.時々仙台から上京するある大学の副 学長は「東京がやっていることは我々を苦しめることだけだ.来るたびに高層ビルが目に見えて 増え若者を飲み込んでいく.我々の世代はともかく,次の世代はどうなる? 地方の暮らしはど うなるのか?」と首をかしげる.この見方は東京以外に住む人たちの共通の感情ではなかろうか.
6 .東京一極集中のメリット
明治維新から150年.ひたすら “追いつけ追い越せ近代化” を求め,戦後焼け跡から驚異的な復 興を遂げ “東洋の奇跡” とされた日本.それは東京一極集中のメリットを最大限に活かし,その実 現を図ってきたといってもよい.そのメリットは次の 3 点にある.
第 1 .“集積が集積を呼ぶ”,つまり「規模の経済」を最大限活かしてきたこと.大企業の 7 割が 東京に本社・本店を置く.筆者が以前調査した際,その理由を聞くと①仕入れ・販売など取引に 有利( 4 割),②中央省庁との接触が便利( 2 割),③自社の支社・営業所・工場の統率に便利( 1 割),④人材確保・金融取引に有利(同),⑤情報発信力が強く影響力がある(同)からという3).
第 2 .大規模な市場が存在すること.都民だけで1400万人,東京圏民で3600万人が巨大な買い 物市場を形成している.あらゆる商品,あらゆる品数が揃う.東京圏で日本全体の大学生の 4 割 が学び,就職時には若者の 7 割が東京に職を求める.多様で選択可能な魅力のある仕事が多く,
自分を磨き挑戦できる職場がある.こうした労働市場が人々を惹きつける.
第 3 .首都であり東京はブランド性が高い.江戸から400年以上日本の中心であり首都機能があ る.東京にオフィスを構える企業,各種団体のプラスイメージ,都心に事務所,店を出すなどの ブランド,信用度は計り知れない.世界でもニューヨーク,パリ,ロンドンと並び「TOKYO」の 知名度は高い.国際会議,外国人観光客も東京へ.国際金融市場での相場形成力も高い.
こうした利点が複合して東京の価値を上げている.今後について識者の中には「政府がいかに 分散政策を実行しようと努力しても,第 3 次産業が都市部で栄えるうねりを止めることはできな い.経済のグローバル化が進む中,東京が世界との都市間競争に向かう流れを止める訳にもいか
3 ) 佐々木信夫『都市行政学研究』(勁草書房,1990年).
ない」4).だから “東京一極集中が日本を救う” といいたいという者もいる.
7 .東京一極集中は “諸悪の根源”
だが,それが大方の見方という訳ではない.むしろ東京一極集中は過集中であり,“その解消こ そが日本を救う” という見方も強い.デメリットの主張は主に次の点にある.
第 1 .ヒト,モノ,カネ,情報が量的に過集中し,国内不均衡が拡大していること.人口や産 業,雇用,情報,大学などの東京一極集中は止まらず,このままだと人口の50%が東京圏に飲み 込まれ,地方は過疎化がより深刻化し日本は沈没する.
第 2 .政治,行政,経済,情報など高次中枢機能が一極集中し,この国のかたちを歪めている だけでなく,いざ首都直下地震が起こると東京はおろか日本全体が麻痺すること.東京で大停電 が起き,超高層ビル,マンションの住人は何日間も上下水,電気,ガス,通信回線のストップに あい,デマ情報などで群集パニックに陥る.首相官邸,各省庁,国会,裁判所などこの国を 3 権 力が機能停止になり,数百兆円の大損害になる可能性がある.
第 3 .前例のない「老いる東京」問題が深刻化すること.東京を豊かだ! 繁栄だ! 機関車 だ! と礼賛しているうちに内側に影の部分が膨らみ,日本最大のリスクを負う状況になってき た.東京五輪が終わると大方の予想は東京大不況.経済低迷の一方で高齢化が加速し,インフラ が維持できず,都市のスラム化も起こる.橋が落ちトンネルの壁が崩落し,古くなった首都高は あちこちでひび割れし,交通渋滞が慢性化する東京になる.
これまでの “東京は豊かだ” と政策的に放置してきたツケが一気に噴き出す.老いる東京の解決 コストは膨大で,地方に配分してきた16兆円規模の地方交付税の半分を東京に投入せざるを得な くなる.すると東京も地方も共倒れの事態になる.
8 .東京を 2 割減反したらどうか
東京一極集中をどうするか.解決方法をめぐっていろいろな試みもあった.
20年前は首都機能移転(政府の立法機関・行政機関・司法機関(および庁舎)を他の都市に移転す ること)に関する論議が盛り上がり,東京が首都でなくなる日が近いと思わせる雰囲気があった.
だがカネがかかる,首都文化蓄積への冒涜だなどの反対意見が強く立ち消えになった.また10年 前までは道州制論議も高まり,47都道府県制度の廃止,約10州の創設が行われそうな雰囲気に あった.だがそれも地方の町村などの反対運動で消え去った.
4 ) 市川宏雄『TOKYO2025』(東洋経済新報社,2015年)
こうした過去の政策措置,論議をいちいち紹介するより,筆者の確信する持論を述べてみたい5). 端的にいうと「東京 2 割減反」を唱えたい.人も企業も 2 割減らす.その分を地方に回す誘導 策を本気でやること.超肥満となり身動きのできなくなったマンモスは死ぬ.今の東京はそう だ.これを筋肉質でスリムな能力の高い東京に変えていく構造改革が不可欠である.
まず第 1 に,集権的な統治機構の解体,特に47都道府県を廃止し州に変えることだ.
いつの間にか100兆円を超える国家予算となり,1200兆円を超える借金,そして国は 1 府12省の 本省と多くの地方分部局,47の都道府県庁と無数の出先機関,さらに20政令市と175行政区,1721 市町村と多くの出張所という具合に三重にも四重にも折り重なり目一杯に行政機関が広がってい る.この統治の仕組みを人口減少に合わせシンプルに畳み直す,「日本たたみ方革命」これを筆者 は廃県置州の国づくりと呼ぶ.
明治の「廃藩置県」が人口拡大期に備えた政治革命だったとすれば,未曽有の人口縮小期に備 えた政治革命は「廃県置州」だ.日本を10程度の広域圏からなる州とし,それぞれ内政の拠点と して自立できるよう大胆に分権化する.すると内外に競争関係が生まれ,日本に活力が湧き出て くる.結果,ムダは省かれ地方分散も進み増税は不要となる.
もう 1 つ.新幹線,高速道を事実上タダにすることだ.日本は米国カリフォルニア 1 州ほどの 小さな国で端から端まで行くのにそう遠くない.そこに新幹線,高速道が張り巡らされ,どこに 行くにもそう時間はかからない.だがカネがかかる.これがバリアになって人が動かない.ここ を直すとよい.
国の負担で新幹線料金を 3 分の 1 まで下げ,高速道,新幹線を普通運賃並みで乗れるようにす る.このコストは毎年集めているガソリン税(目的税)と地方に配る地方交付税から 5 兆円抜き出 し充てる.土地が狭く過密な東京の再開発をするより,はるかに安い.そうすれば,若い人たち は万遍なく地方にも住むようになり,東京の人口も仙台,新潟,名古屋まで広がる.若い人に年 老いた両親も付いていく.こうして東京一極集中は緩和する.
さらに大手の大学も定員を 2 割減反し地方分校をつくる.今,政府は10年間東京区部の大学定 員の抑制策を始めたが,方法が間違っている.若者の「大手の有名大学」で学びたいという欲求 と,大都市の人口抑制を両立させる方法は他にもある.例えば早・慶や明・青・立・中・法大
(MARCH)など大手校に働きかけ,総定員の 2 割か 3 割を地方分校(慶大北海道校とか早大九州校 など)を創設して振り向ける.「東京大学減反」をやるのだ.
この考え方は以前,出雲市長などを務めた岩国哲人氏が述べている.「東京には世界的に見ても 学生が多すぎます.日本ほど学生をじゃぶじゃぶと首都に集めている国はありません.イギリス でも,優秀な大学であるオックスフォードやケンブリッジはロンドンにはなく,アメリカでもプ
5 ) 佐々木信夫『この国のたたみ方』(新潮新書,2019年)
リンストン,エール,ハーバード,スタンフォードなどは大都会ではなく人口10万人程度の教育 環境のいいところに置かれています」と6).
これは 2 割減反論ではないが,“大学減反をやれ” との主張であることは間違いない.
ともかく,時代は「平成」から「令和」へ移った.この先はこれまでと違い,人の住まない人 口空白地域が 2 割,空き家が 3 割を超え,半数以上の市町村で人口が半減する時代が始まる.人 口減少でもGDP500兆円という今の経済規模をAI,ロボット,ハイテク技術で維持できるなら,
日本はゼロ成長でも豊かになる. 1 億2000万人が暮らしやすいように整備した道路,橋,公共施 設,住宅などを6000万人で上手に使うなら,むしろ世界で一番豊かな国になる.
乗り物にも定員があるように,国土にも定員があるはず.今までそうした見方はないが,この 先,人口が 2 分の 1 まで減る流れは,超満員電車から快適な通勤環境の「定員」に向かっての揺 り戻し現象とみることはできないか.過密10倍都市東京を「過密なき東京」スリムな1000万都市 に変えることができたら,日本は真の豊かな国に変わっていく.それがいま政治のやるべき最大 の課題ではなかろうか.
9 .老いるインフラ―東京が一番危ない
こうした東京一極集中の問題を抱える中,「老いる東京」とりわけ「老いるインフラ」問題をど う考えるかである.いま述べたように「東京一極集中」には賛否両論,様々な見方があるが,い ずれにせよ最大のアキレス腱は “老いるインフラ” 事故で東京の都市機能が破壊され,全国に被害 が及ぶことであり,深刻な問題だ.
東京は1964年の東京五輪前後,世界に戦後復興を誇ろうと一斉に道路や橋,トンネル,上下 水,地下鉄,地下道,学校などを整備し,新幹線,高速道をつくった.以後,高度成長の波に乗 り人口集中,モータリゼーションの受け皿としてさらに郊外まで広がっていった.戦後のベビー ブームにも似ているが,これが一斉に寿命を迎えるという訳だ.
勿論,耐用年数50年で機械的に計算したように一斉に橋が落ちるとか,道路が陥没するという 話ではない.しかし以下に述べるように耐用年数を迎えたインフラは脆くなっている.
橋が落ち,トンネルが崩落し,水道管の破裂で噴水のように水があふれて街が水浸し.電柱が 倒れビルやマンションを巻き添えに大停電に.突然陥没した道路に車が次々転落―アメリカの ハリウッド映画でしか見たことのないような事態が眼前で起こる時代が来る.
だったら,直せばいいじゃないか! というかも知れない.だが,それには膨大なカネと時間 が掛る.日本にその体力があるか.担税力のある年齢層は急速に縮減する.追い打ちを掛けるよ
6 ) 細川護熙,岩国哲人『鄙の論理』(光文社,1991年)
うに集中豪雨や台風,地震など大規模な自然災害が頻発している昨今だ.これからどうする?
どうしたら「老いるインフラ」問題を解決できるか.その一番やっかいなところが巨大都市東京 である.
10.小さな原因が大停電を生む
「老いるインフラ」についてまず事実から確認しよう.2016年10月,次の大惨事が起きた.―
老朽化施設のメンテ不足で東京に大停電が起きた.その被害の広がりは都心の脆弱さを露呈し た.東京で10月12日午後発生した停電は,11特別区約58万6000軒を巻き込む大規模な停電を引き 起こした.中央官庁や住宅街で突然照明が落ち,信号機やエレベーターが停止し,交通機能は乱 れ,一部の駅では人があふれた.
原因は東京電力の老朽化した施設のメンテナンス不足という.埼玉県警,消防,東電の調査で 送電用地下ケーブルの火災が発生した埼玉県新座市の東電関連施設が出火の原因とか.35年前に 敷設したケーブルが何らかの原因で火花が起き引火したのが要因という.
この火災による大停電は首都を混乱の渦へ.その日午後 3 時半頃,池袋駅東口近くの交差点で 信号機が一斉に消え,都内の約200カ所で信号機が止まった.西武鉄道では西部池袋線などが一時 運転を見合わせ,池袋駅では帰宅ラッシュと重なり激しい混雑に.構内への入場制限が行われ,
約 9 万1000人が影響を受けた.
千代田区霞が関の裁判所では,一部法廷で照明の半分が消え審理がストップした.豊島区の病 院では電子カルテが使えなくなり処方箋が出せず,手術は自家発電に切り替えて続行するという 緊急事態になった.―
たった 1 つの送電ケーブルの劣化がこうした事態を引き起こす.東京の大停電は都市活動を支 える中枢機能を麻痺させ,社会全体を大混乱に陥れる.この夏に予定されるオリンピックで危惧 されるテロリストの活動に弱点を示す格好になっていないかどうか.
11.身近な歩道橋は大丈夫か
身近な例はどうか.東京都内に600の横断歩道橋がある.全国には 1 万1873(2018年末).うちす ぐ取り換えの必要なものは東京で15%,全国で24%.東京では既にこの20年間に100の歩道橋が撤 去され消えているが,しかし撤去すれば困るところも少なくない.
歩道橋の大部分は1960年代後半の高度成長期に一斉に整備された.車が急増し多発する交通事 故から人命を守るという理由で多くの交差点に歩道橋がついた.だが,それが次々に老化し,さ び付いたり,途中に穴が空いたり,小学生が渡っても怖がるものが増加している.
マグニチュード 7 クラスの地震だと主要道路の歩道橋は次々落ちる.道路に横たわる鉄梯子が 道をふさぎ消防車も救急車も使えない.これは防災上の大問題だが,日常目にするのは朝晩,歩 道橋の前でじっと立ち竦んでいる高齢者の姿だ.その後,手すりに寄りかかるように渡り始め る.上りは何とかできても下りが大変だ.身を支えるのが精一杯なのに,買い物の荷物などを持 つ人が倒れ込んだり,階段を転がり落ちる可能性がある.
今や危険インフラに変容している.東京は先進他国に類例のないほど歩道橋が多い.都市景観 を壊し,強い地震などで崩落し救急活動のバリアになる.生活者優先,ソフト重視の温かみのあ る都市づくりを目指す時代からすると,もはや古い遺物ではないか.
当面修繕も大事だが,これからは「歩道橋ゼロ社会」を目指す時代ではないだろうか.防災上 も景観上もヒトに優しい街づくりの面においてもである.
ただ歩道橋ゼロの代りにどうするか.立体交差か,平面交差では横断歩道の確保は必要.する と今の車 3 分,ヒト 1 分という車優先の信号体系を大きく変える必要がある.果たして大渋滞の 東京で車 3 分,ヒト 3 分へ変えられるか,私達の日常の考え方の大転換が必要である.
12.首都高速道が危ない
東京の首都高速道路はどうか.後掲の図10は以前にある月刊雑誌に載った記事である.どれほ ど首都高が老いているか,その更新費用がどうなるかを表した図だ.
各地の高速道路の中でも群を抜いて危ないのが首都高だという.首都高の始まりは昭和37年の 京橋~芝浦間(4.5km)の共用に始まるが,現在は延長310.7km.平均で 1 日約95万台の車が利用 する首都圏自動車交通の大動脈だ.
その首都高で開通から50年以上経過した路線が10.6%(32.8km),40~49年が24.1%(75km),30~
図 3 錆びつき劣化の進む歩道橋
出所)https://www.pakutaso.com/20160238050post-7013.html
図 5 阪神淡路大震災 倒れた高速道1995年(平成 7 年) 1 月17日
出所)https://www.kobe-np.co.jp/news/bousai/
201912/0012983330.shtml
図 4 高速道の橋げたが劣化
出所)https://www.google.com/search?rlz=1C1CAFA_enJP669JP796
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39年が21%(65.4km)と古い路線が総延長の 5 割強を占める.開通から 9 年以下の若い路線はわず か8.8%(27.4km)にとどまる.経過年数40年以上のものは,過酷な使用状況もあり,損傷は年々 激しく維持管理費も将来大変だという.
首都高速道路公団は損傷のひどい「緊急対応が必要」なAランクから,「損傷なし」のDラン クの 4 段階に分け補修しているが,この図が出た頃の話だと,「計画的な補修が必要」というBラ ンク損傷のうち,未だ補修されていない箇所が,02年度の 3 万5700カ所に対し09年度は 9 万6600 カ所と約2.7倍に急増したという(図 4 ).
年間約550億円もの維持・補修費を投入する必要があるといい,大規模更新・修繕を行わない場 合,今後100年間で合計 2 兆円に上るともいわれる.
もとよりこうした平時の計算で済めばまだよいが,先の阪神淡路大震災で軒並み高速道が横倒 しになった事例からして,首都直下地震が襲来したらどうなるか.事故が起きてからしか根本治 療が行われない道路インフラ事業,この先老いる首都高はどうなるか.
13.下水道は大丈夫か
巨大都市の地面の下には様々な配管が網の目のように張り巡らされている.その 1 つが下水管 だ.東京23区では法定耐用年数を超えた老朽管渠が全延長の13%に当たる約2000km に及ぶ.ま た,下水道管渠の破損が原因と思われる道路陥没が毎年間1000件以上発生しているとされる.あ と10 年もすると先の東京五輪前後に布設された管渠が,毎年数百km 単位で法定耐用年数を迎 え,老朽管渠が急増するともいわれている.
都の下水道局では,管渠の単なる改築や更新ではなく,老朽度や流下能力の調査に基づき,既 存施設をできるだけ有効活用しながら管網全体を面的に更新する「再構築」事業と称する工事を 進めているが,そのボリュームは気が遠くなるほど大きい.団塊世代の大量退職による下水道職 員数の減少や,独立採算を原則とする公営企業会計の財政状況は年々悪化するなど,下水道行政 を取り巻く環境はますます厳しさを増している.
水道はどうか.近年の東京都の水道需要は,おおむね日量600万m3前後で推移.区部は減少傾 向,多摩地区は増加傾向にあり,全体の水道需要は横ばいないしは微増の状況という.都は現 在,日量696万m3の施設能力を保有しているそうだが,施設の中に老朽化,劣化した施設や運転管 理の難しい施設が相当あるという.
例えば金町浄水場,朝霞浄水場,東村山浄水場等の既存施設は,水道需要が急激に伸びた昭和 30年代後半から40年代にかけて集中的に建設されており,既に30年から40年が経過している.今 後,多くの施設が同時に更新時期を迎えることになり,施設能力の大幅な低下が避けられないと される.水道下水道という私達の目にみえない生活インフラが危機にあることを直視すべきだ.
「橋」についてもみておこう.都の建設局では,重要文化財である勝鬨橋・永代橋・清洲橋をは じめ,平成27年 4 月 1 日現在,1230橋を管理している.これらすべての橋梁に対して,昭和62年 から 5 年毎に定期点検,橋梁の維持に必要な塗装工事や舗装工事などを施し,重大な事故の発生 を未然に防いでいるという.
しかし,都の管理する橋梁は,高度経済成長期に集中して建設されており,将来の更新(架け替 え)時期が集中することが懸念されている.このため,これまで蓄積されたデータから将来の劣化 状況を予測しながら損傷や劣化が進行する前に必要な対策を行う予防保全型管理の考えで,平成 21年 3 月に「橋梁の管理に関する中長期計画」を策定して橋梁の長寿命化に取り組んでいるとい うが,平時はともかく,いざ集中豪雨,台風,大地震となったらどうか.決して安心できる状況 にはない.
図 7 長大橋としての清州橋(重要文化財)
出所)https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jigyo/road/kanri/
gaiyo/yobouhozen/bridge_yobouhozen.html 図 6 進む水道管の劣化
出所)https://www.google.com/search?rlz=1C1CAFA_enJP669JP796
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14.木造住宅密集地域(木密地域)の危険性
都市インフラではないが東京の抱える都市づくり上の大きな問題は未だ多くの木造密集地帯が 存在することだ.消防車も入れず救急車も入れない,道が狭く屈曲しており行き止まりになる,
こうした中に木造の古い民家やアパート,長屋が密集している.こうした木造住宅密集地帯,い わゆる木密地帯は東京区部にたくさんある.正確にはたくさん残存していると言い換えてもよい.
なぜ都市計画から無縁とも思われるこうした地域ができたかといえば,関東大震災や第 2 次世 界大戦の被害を受けず,高度経済成長期に無秩序に建物が造られたのが原因とされる.東京の環 状鉄道であるJR山手線の外周部に沿って帯状に広がっている.
東京都が「木密」としているのは,空き地や耐火建築物の面積割合「不燃領域率」が60% 未満 の 1 万6000ha.特に建物の倒壊や火災危険度が高い計28地域7000haを「整備地域」,その中でも 計11地域2400haを「重点整備地域」として区画整理などをしかけ,新たな街になるよう取り組ん でいる.これは荒川区など木密地帯の多い基礎自治体との共同事業ともなっている.
「老いる東京」「劣化する東京」の象徴ともいえるこの木密地域.この木密地域は,老朽化した 木造住宅や狭あいな道路が多いことなどから,防災上の課題を抱えており,「首都直下地震等によ る東京の被害想定」(平成24年度東京都防災会議)においても,地震火災など大きな被害が想定され ている.
都では,震災時に特に甚大な被害が想定される木密地域(整備地域)約7000ha(平成28年 3 月,
約6900haに見直し)を,2020年度までに,燃え広がらない・燃えないまちにすることを目指し,
「木密地域不燃化10年プロジェクト」に取り組んでいる.ある地域は市街地の不燃化により延焼に 図 8 木造密集地帯の一例
出所)https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00495/
よる焼失ゼロ(不燃領域率70%),延焼遮断帯となる主要な都市計画道路を100%整備など,となっ ているが,全体でみるとまだまだである.
何しろ高齢者が多く,再開発のため数年の立ち退きを要求される場合も多いことから反対運動 もある.また自己資金をほとんど持たない貧困層も多いため,なかなか捗らない.
このプロジェクトは,市街地の不燃化を促進するとともに,延焼遮断や避難,救援など防災性 の向上に有効な都施行の都市計画道路(特定整備路線)28区間,約25kmの整備を推進するもので あり,首都直下地震の切迫性や東日本大震災の発生を踏まえ,東京の最大の弱点である,木密地 域の改善を一段と加速する必要がある.
「住宅」に関してはどうか.公共インフラではないが老朽マンションは大丈夫だろうか.東京な ど大都市の居住形態はマンションが多い.国交省の推計では築30年超のマンションが全国に約655 万戸あり,国民の 8 人に 1 人に当たる約1500万人が住んでいるという.そのうち築40年を超える 物件は現在12%程度の約81万戸とされるが,20年後は約367万戸へと4.5倍に膨らむ.しかし,空き 家や滞納などで修繕積立金の不足は深刻化し計画に比べ不足するマンションが35%に達するとい うから大変だ.かといって建て替え,売却となると多くの賛成者がいないとできない.
この国会で老朽マンションの再生を促す観点でマンション管理適正化法が改正されるそうで,
少しは改善の兆しが出るかも知れない.現在の仕組みは,耐震性不足が認定された場合のみ所有 者の 8 割以上の賛成で売却が可能だが,これに外壁などが劣化して周辺に危険を及ぼす可能性が
図 9 再開発で木造密集地帯が解消
出所)https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00495/
防災生活道路の整備 沿道建築物の不燃化・耐震化
一般延焼遮断帯の形成 緊急輸送道路の機能確保
骨格防災軸の形成 避難場所の確保 主要延焼遮断帯の形成
ある物件も対象に加えるという.とはいえ,高齢居住者がまして地価が高く,頼るものは小さな 土地不動産しかないとされる庶民にとって,これを再開発し新たな街に変えようと呼びかけられ ても容易くは応じられない.しかも高齢だ.東京の木密地帯の再開発は極めてむずかしい行政の 仕事になってきている.このような状況が増えている今,現状変更に抵抗感を持ちやすく,コス ト負担にも消極的な人が多いだけに合意形成は容易ではない.
15.都のインフラ劣化対策は大丈夫か
以上,「老いるインフラ」について幾つかの事例をみたが,東京都は17年 1 月,今後10年間の公 共インフラの維持更新に向けた「都有施設総合管理計画方針」の素案をまとめている.それによ ると建ててから50年以上経過しているのは道路の橋梁部で34%.庁舎や都立学校,都営住宅など 公共建築物は 3 %だという(16年 3 月時点).
インフラは耐用年数が50年程度とされるケースが多く,都内では1970年代にできた建物が目立 ち,築30年以上の割合は公共建築物では 4 割超,道路の橋梁部が 7 割,地下鉄のトンネルに至っ ては 5 割近くにも上るとされる.
都は計画的に維持管理や修繕,更新をし,施設の長寿命化や性能向上を進めるというが,しか らばこの先20年間で維持更新経費は幾らになるか.約 6 兆円(普通会計ベース)とも10兆円ともい われる.正確には誰も分からないが,いずれ老いるインフラ劣化対策は大都市東京にとって大変 重い課題になってきた.
図10 都内の築50年以上の橋推計
180 1,400
1,200 1,000 160
140 120 100 80 60 40 20
~S20 S21~S25
S31~S35
S41~S45
S51~S55
S61~H2 H3 ~
H7
H13~H17
H23~H27 H8 ~
H12
H18~H22
H28~R元 S26~S30
S36~S40
S46~S50
S56~S60 0
800 600 400 200 0
単位:橋 単位:橋
道路建設(橋梁) 累計 (累計)
2040 年時点における 建設後 50 年以上
2040 年時点における建設後 50 年以上
出所)「未来の東京」戦略ビジョン(2019年12月,東京都)
戦後,全国の自治体を対象に毎年財政力格差の是正をねらい,地方交付税(交付金,現在約17兆 円))を東京都以外に配分してきたが,この先,この 3 分の 1 でも都に投入しなければならなく なったらどうなるか.それをしなければ東京が持たないとなれば,東京も地方も共倒れの国とな る.そうした深刻な事態になることを誰も考えない.これが政治の現実.ひたすら景気の調整弁 としか考えなかった肝心の大都市東京が,内側から崩壊する病魔に侵されていることに私達は早 く気づかなければならない.
16.日本―老いるインフラ更新
話を日本全体に戻すが,災害時の救助活動や物資輸送に重要な役割を果たす道路や橋の劣化が 深刻な状態にある.最近の調べでは,該当する全国の12万の橋のうち,2023年までに約 1 割が修 繕などの対応が必要とされる.道路の維持・更新には今後30年で約70兆円が必要とされるが,災 害時に重要なライフラインとなる道路の対応も遅れている.
政府は12年に起きた中央自動車道笹子トンネルの事故を受け,14年度から橋やトンネルを管理 する国,高速会社,自治体に 5 年に 1 度の点検を義務付けた.その結果を国交省がまとめてい る.全国71万6000カ所が「早期に措置を講ずべき」と判定された.次の定期点検が終わる23年間 に修繕などの対応が必要になる.日本の橋に占める割合は9.5%.災害時に重要な役割を果たす
「緊急輸送道路」(約10万km)では11.2%の約 1 万4000カ所の修繕が必要とされる.都道府県別で は長野県が22.6%と最も高いが,東京都も16.8%と高い.豪雪地帯では雪を溶かす薬剤で道路橋が 傷むのが早いとされるが,大都市東京の場合は交通量が圧倒的に多く,老朽化が進みやすいとい う課題がある.
国交省は今後30年間で国内の道路全体の維持・更新に年間 2 ~ 3 兆円が必要とみているようだ が,これは不具合が生ずる前に修繕する「予防保全」を前提とした推計にとどまる.劣化してか ら直す「事後保全」の場合は最大で年間 4 ~ 5 兆円に膨らむ.もっとも人口減少が激しくなる今 後を考えると,適正なインフラ規模としてどれぐらいを残し更新すべきか十分な検討が必要であ る.財政力の低い自治体ではそれ自体も賄いきれなくなる恐れがある.
インフラ問題について詳しい東洋大教授の根本祐二氏によると「公共インフラの更新費用は今後 50年間で450兆円と試算.年間 9 兆円でそのうち半分は道路や橋の土木インフラだ」7)と述べている.
もとよりここでいう年間 9 兆円は全インフラを耐用年数で更新する場合の数字であって,老朽 化の進まないうちに修繕する予防保全が可能であればより長寿命化に有効な手立てとなる.ただ それだけの財政的余裕が国にも都にも他の自治体にもないのが現状である.
7 ) 根本祐二「公共インフラの更新費用」『日本経済新聞』(2020年 4 月12日)
繰り返すが,東京では1964年の東京オリンピックを契機に東海道新幹線や首都高速道路が整備 され,その後の日本経済の発展を背景として,都心部では一斉に整備が進んだ都市基盤を礎に,
高度に機能が集積した世界有数の都市となった経緯がある.しかし一方で,道路や橋梁,港湾施 設など50年前に一斉に整備したインフラの多くが更新時期を迎えている.都市インフラを365日休 まず機能させるためには,壊れる前に対策を講じる必要がある.これが予防保全型管理の考え方 だが,どのようにして更新や長寿命化を図るか,その展望は未だ公表されていない.
行政の対応についてはどうだろうか,こんな話は.勿論あってはならないことだが,実際いつ 起きても不思議ではない話がこれだ.交通事故が起きて初めて信号機がつく,こうした経験を持 つ方は多かろうが,物事はどうしても事実が先行する.仮にインフラ崩落が起きたらどうなる か.集権的な政治行政の仕組みからして, 3 つの意味で手遅れにならないか心配なのだ.
第 1 .物理的な手遅れ.事故後その地域を調査してみたら,道路,橋のみならず,上下水,庁 舎,公民館などの多くが崩壊寸前にあり,相次いで使用停止命令を出さざるを得なかった.行政 不信が巻き起こり,市民の生活はパニックになる.しかし,国は法制度を変えないと,補助制度 を変えないと,などなど地方は国頼りの行動に出る.しかし国は動かない.
第 2 .財政的な手遅れ.インフラ整備は一巡したので次は人へ,コンクリートから人へ,社会 保障が大事とされた.ムダな公共投資,業者との癒着批判など土木費は減らされる.政治的に人 気のない復旧費や更新費,補修費の財源は削られ気味.老いるインフラ対策は大変だと言いなが ら政治的に人気が出ない分野.結果,財源は枯渇気味なのが現実.
第 3 .事故が起き,事件化しないと動かないのが日本の役人体質.まず安全確認は他人任せの 委託調査で済ます.そこで「安全だ」というお墨付きを受けていたが “まさかこうなるとは” が事 故後の役所の常套句.他人事のような仕事の仕方になりがちな役人・行政の体質が色濃く出るの がこの問題だ.
17.この国のたたみ方
勿論,筆者は不安を煽るつもりもないし不安を煽ってはならない.しかし実際に橋が落ち,ト ンネルが崩れ,ビルが倒れ,目に見えた事故が起きてから議論が始まる.そこで初めて責任の所 在がどうの,役所の対応がどうの,慌てて総点検だ,補修だと大騒ぎするのが常だ.しかし,「老 いるインフラ」問題はベビーブームで生まれた団塊の世代が一斉に老いるヒトの問題と,高度成 長期に一斉に整備されたインフラが「老いる」点は共通性がある.
見えない “インフラの老い”,この重い課題が日本財政,地方財政を直撃する日は近い.とりわ け国土面積のたった0.6%の狭隘な東京に人口・産業が高密度に集中し,ビル,マンションが聳え 立つ大都市東京だ.ここをより深く,より高く開発してきたツケが一気にこなければよいが.“成
長戦略の一環だ” “日本の機関車だ” と東京一極集中を煽る動きにあるが,首都直下地震で一瞬に して崩壊したらどうなる.急増する集中豪雨,台風,地震で大洪水,地下への大量入水で多くの 人命が奪われないか.
「防災より減災を!」が都政のキャッチフレーズとされているが,果してその程度の話で済む か.「老いるインフラ」問題は都民生活の明日を直撃する問題だと直視すべきではないか.東京の 規模の適正化と同時に危険性を意識的に除去していくことが必要である.
最後に東京一極集中とこの国のかたちについて,熊本県知事を務め日本の首相まで務めた細川 護熙氏の言説を紹介してみたい.少し長めの引用になるが噛みしめてみたい.
東京をパスポートのいらない外国だと言ったこともありました.我々は世界都市・東京と いかにお付き合いをし,いかにうまく活用するかを考えたらよい訳ですが,問題は一極集中 の弊害があまりにも大きくなりすぎたことです.
東京だけが肥大化して,脳血栓か心臓病みたいになってしまうようなことは,何としても 避けなければなりません.これは,一地方としての東京の責任ではなくて,国の政策の問題 です.
国全体の活力というのは,地方が元気であって初めて全体が盛り上がってくるもので,そ れが東京を中心とした300km圏内に人口の 3 割が集中し,東京だけが元気になって,そのお すそ分けで地方がやっていけばよいというのでは,国全体のエネルギーの高揚にはなりませ ん.そういう意味で,東京プロブレムというのは地方の問題とまったく表裏一体のものなの です.
そのことは,つまり東京にまともな生活感覚を取り戻し,首都にふさわしい都市にするこ とにつながるのです8).
これはかれこれ40年前の指摘である.果して少しでもこの指摘に応えるような東京づくり,国 のかたちに変わっただろうか.事態は逆の方向に進んではいないだろうか.東京一極集中を加速 する政治が続く,そこに危うさを感ずるのは筆者だけだろうか.
そのアキレス腱は老いるヒトの問題と同時に,本稿で問題にした「老いるインフラ」の問題で ある.「改革なき政治」,「サービスは大きく・負担は小さく」を主張する “ポピュリズム政治”(人 気取り政治)の横行する日本をみると,果して自力で変われる国なのか首を傾げたくなる.そう あってはならない9).ここは何とか変えなければならない,筆者はそう考える.
(中央大学名誉教授 法博)
8 ) 細川護熙,岩国哲人『鄙の論理』(光文社,1991年)
9 ) 前掲『この国のたたみ方』参照.