2021年度 須磨学園中学校入学試験
国 語
第 1 回
(注 意) 解答用紙は、この問題冊子の中央にはさんであります。まず、解答用紙を取り出して、 受験番号シールを貼り、受験番号と名前を記入しなさい。 1.すべての問題を解答しなさい。 2.解答はすべて解答用紙に記入しなさい。 3.字数制限のある問題については、記号、句読点も1字と数えること。 4.試験終了後、 解答用紙のみ提出し、問題冊子は持ち帰りなさい。 ※ 設問の都合上、本文を一部変更している場合があります。一
次の文章は海外で 医 いりょう 療 活動の 支 し 援 えん をする日本人について述 べた文章である。読んで、後の設問に答えなさい。 内向的な日本人は 、 注 1 いきおい技術面でもくもくと仕事にいそ しむほうが楽であるし、一時的には「勤勉さ」の Ⅰ を受 ける。しかし、そうすれば現地スタッフの役割をうばい、チー ムワークに悪 影 えいきょう 響 が出てくることもある。また、きまじめな者 にとっては、しばしば現地の乱雑さはたえがたく、まのびした 業務 と a カンリ ⌇⌇⌇ のルーズさはイライラをます。 気の遠くなる話にちがいない。こうして 、 A 悪 あくせん 戦 苦 く 闘 とう の末に半 年 や 一 年 は ま た た く ま に 過 ぎ て し ま う。 赴 ふ 任 にん 期 間 が 短 い と、 やっと慣れるころに帰国である。これでは練習だけしてかんじ んの試合をせずに帰るスポーツ選手に等しい。それだけの準備 とオリエンテーションに 膨 ぼうだい 大 な精力を費やして「おさらば」さ れるのでは、現地側として も b トロウ ⌇⌇⌇ 感が残るが、我われの不満 は 、 ア それだけのゆとりを日本の社会が許さない ことである。 このような中 で イ ペ 注 2 シャワール会およびその関連する病院から おもむいた長期のワーカーたちは、 称 しょうさん 賛 にあたいする 。 この文字どおりの異国で、現地の人びとと泣き、笑いをとも にした。決して 悲 ひ 壮 そう な気分でおもむく者はなかったが、何度も つまずきを経験したにちがいない。 短期訪問と異なって、うわべの観察にはとどまらず、 肌 はだ 身 み で 異文化を感じとったろう。しかも「底辺」とよべる 庶 しょみん 民 たちと のつきあいで、決してはなやかな体験記にはならなくとも、人 びとのほんとうの姿をしっかり心に焼きつけて帰っていくだろ う。真に 謙 けんきょ 虚 な者は、おおげさにさけばずとも 、 ウ 見かけの異質 さをこえて厳然と存在する「人間」を見いだすにちがいない 。 そして心をこめて送り出す人びとをも、働きをとおして静かに 変えてゆく力になるだろう。ここに我われの会の 【 あ 】 性 がある。 ワ ーカー た ち は 、 西 せいおう 欧 NGOやミ ッ シ ョ ン団 体 、 権 けん 威 い を 背 景 に す る い か な る 大 組 織 に も よ ら ず 、 さ り と て 日 本 人 の 【 い 】 性にもよらず、ひたすら現地とともに歩むことに努力した (「日 本 人 が か た ま る と ロ ク な こ と は な い。 訪 問 者 に 気 を つ か う な 」 とのべて不快に思われたこともある。訪問者に気をつかって現 地活動がおろそかになれば、日本向けの対内宣伝中心 と B 五十歩 百歩 だというのが私の持論である) 。 現地で三年目にはいったある看護婦は、ウルドゥ語はもちろ ん、パシュトゥ語、ペルシア語学習にもうちこみ、現地の女性 らい 患 かんじゃ 者 の心をつかんでささえとなった。カトリックの西欧人 シスターでさえもこの地でできなかったことである。またある 者は 、 注 4 JAMSの中で、事務やレントゲンなどの技術協力だけ でなく、 皆 みな にとけこんで好かれ、どんな国際協力の「経歴」の ある者よりも、どんな外交官よりもほんとうの意味の 相 そう 互 ご 理解 と国際友好の働きをしたと私は思う。そして、 彼 かれ ら自身はこれ をごく自然な喜びとし、大きな Ⅱ であることさえ自覚し なかったのである。 現 地 の 人 び と と の 協 力 や ペ シ ャ ワ ー ル 会 の 国 内 活 動 と と も に、こうしたワーカーたちの、 理 り 屈 くつ なしの地道な活動こそが我 わ れ の 仕 事 を さ さ え て き た と い え る。 こ れ は お そ ら く ペ シ ャ ワールにかぎったことではなかろう 。 c カンミン ⌇⌇⌇⌇ 問わず 、 エ こうし た下積みの努力が地についた「国際理解」を日本にもたらし 、 我われを変える力になったとあらためて気づかされる。 思い出されるのは最 近 注5 逝 せいきょ 去 された農業専門家・中田正一先生 のことばである。先生は「風の学校」 を 注6 主 しゅさい 宰 して、その半生を アジア農村の農業改良にささげられた。わけてもアフガニスタ ンは先生のふりだし点で特別 な d アイチャク ⌇⌇⌇⌇⌇ があり、一九八九年 夏 に ペ シ ャ ワ ー ル に お い で に な り、 「 平 和 の 暁 あかつき に は ア フ ガ ニ ス タンで一生をとじるのだ」とまでおっしゃっていた。その先生 がくりかえし私たちにのべられた印象的なメッセージがある。 「 あ る 時、 三 人 の 若 者 が 山 の 中 で 吹 ふ ぶ き 雪 に あ い、 遭 そうなん 難 し そ う に なった。C君はぐったりして動けなくなった。とほうにくれた A 君、 B 君 の う ち、 A 君 は 頭 の 良 い 人 で、 『 こ の ま ま で は 皆 が 危ない。ぼくが一人でさきにようすを見てくる』といって二人 をおいて身軽に行ってしまった。 と こ ろ が、 待 て ど 暮 ら せ ど も ど っ て こ な い。 残 さ れ た B 君 は、 『 ま あ 仕 方 が な い。 と も か く 凍 こご え る よ り は 』 と た お れ た C 君を背にしてとぼとぼと雪の中を歩きはじめた。さいわいB君 もC君も救助隊に助けられたが、 途 とちゅう 中 で彼が 遭 そうぐう 遇 したのは、な んと先に一人で進んだA君の死体だった。その時、B君 が e デン ⌇⌇ コ ウ ⌇⌇ の よ う に さ と っ た こ と が あ る。 『 ぼ く は C 君 を 助 け る つ も りで歩いていた。だが、じつは背にしたC君の体の温もりであ たためあい、自分も凍えずに助かったのだ』 」(中田正一『国際 協力の新しい風』岩波新書) この話は中田先生が若い時に何かで読んだもので、よほど印 象 的 だ っ た の だ ろ う。 好 ん で あ ち こ ち で 話 さ れ た。 「 人 の た め に何かしてやるというのは Ⅲ だ。 援 えんじょ 助 ではなく、ともに 生きることだ。それで我われも支えられるのだ」というのが先 生の持論だった。 ■ オ 先生と我われのグループとは、この点で深く共鳴するものが あった と私は思っている。我われとて不動の自信をもって現地 活動をしているわけではない。このB君 の f シンキョウ ⌇⌇⌇⌇⌇ である。 「 現 地 は 外 国 人 の 活 動 場 所 で は な く、 と も に あ ゆ む 協 力 現 場 で ある」というのが我われの指針である。 ( 中 なかむら 村 哲 てつ 『アフガニスタンの 診 しんりょう 療 所から』による) 注1 いきおい … 必然的に。 注2 ペシャワール会 … この文章の作者である中村哲のパキ スタンでの医療活動を支援する目的で、一九八三年に結成 された団体。 注3 らい患者 … ハンセン病患者。ハンセン病とは、らい 菌 きん によって引き起こされる感染 症 しょう 。現代では 治 ちりょう 療 法が確立さ れている。 注4 JAMS … 日本 ・ アフガン医療サービスの 略 りゃくしょう 称 。 注5 逝去 ……… 亡くなること。 注6 主宰 ……… 団体を中心となって運営すること。 ■ 注 3の設問 問 一 Ⅰ ~ Ⅲ に 入 る 語 と し て 最 も 適 当 な も の を 後 からそれぞれ一つずつ選び、番号で答えなさい。 Ⅰ 1 非難 2 称賛 3 判定 4 洗礼 Ⅱ 1 失敗 2 怠 たいまん 慢 3 業績 4 希望 Ⅲ 1 いつわり 2 功績 3 作り話 4 美徳 問二 線部 A 、 B の本文中での意味として最も適当なも のを後からそれぞれ一つずつ選び、番号で答えなさい。 A 「悪戦苦闘」 1 困難なことを乗りこえようとして必死に力をつくす 2 他のことには目もくれずにひとつのことに集中する 3 自分を成長させようとあえて苦手なことに 挑 ちょうせん 戦 する 4 目的を達成するために仲間と力を合わせて取り組む B 「五十歩百歩」 1 似ているものが混じり合って、見分けがつかない 2 少しのちがいはあっても、本質的には同じである 3 細かいことを気にして、重要なことを見ていない 4 二つの間に差があるかどうかが、問題にならない 問 三 【 あ 】、 【 い 】 に 入 る 語 と し て 最 も 適 当 な も の を 次の中から一つずつ選び、番号で答えなさい。 1 独自 2 相対 3 整合 4 集団 5 安全 問四 「それだけのゆとりを日本の社会が許さない」 ( 線 部 ア )とありますが、どういうことですか。その説明とし て 最 も 適 当 な も の を 次 の 中 か ら 一 つ 選 び 、 番 号 で 答 え な さ い 。 1 海外に赴任してから現地の役に立つまでには長い時間が か か る と い う こ と が 、 日 本 で は 受 け 入 れ ら れ な い と い う こ と 。 2 時間をかけてスタッフを受け入れる準備をしても、すぐ に そ の ス タ ッ フ が 余 よ 裕 ゆう を 失 っ て 帰 国 し て し ま う と い う こ と 。 3 あ ま り に い そ が し い た め に 、 日 本 か ら の 新 し い ス タ ッ フ を 受 け 入 れ て 教 育 す る 精 神 的 余 裕 が 現 地 に は な い と い う こ と 。 4 せ っ か く 受 け 入 れ て も ら っ た か ら に は 、 現 地 の 役 に 立 つ ま で 帰 国 す べ き で は な い と 日 本 社 会 が 考 え て い る と い う こ と 。 5 現地で役に立つには、赴任前に長い時間をかけて準備し な け れ ば な ら な い こ と が 日 本 で は 理 解 さ れ に く い と い う こ と 。 問 五 「 ペ シ ャ ワ ー ル 会 お よ び そ の 関 連 す る 病 院 か ら お も む い た 長 期 の ワ ー カ ー た ち は、 称 賛 に あ た い す る 」( 線 部 イ )とありますが、なぜそのように言えるのですか。そ の 理 由 の 説 明 と し て 最 も 適 当 な も の を 次 の 中 か ら 一 つ 選 び、番号で答えなさい。 1 何度も現地でつまずきを経験しても、暗い気分になるこ となく現地であたえられた役割をまっとうしたから。 2 日本での理解がとぼしい中、長期にわたって母国とは異 なる 環 かんきょう 境 で実際に現地の人びとと生活をともにしたから。 3 短 期 間 の 訪 問 で 帰 国 す る ワ ー カ ー が 多 い 中 、 医 療 と そ の ほ か の 分 野 で 役 割 を 分 担 し て 貧 し い 人 び と の 支 援 を し た か ら 。 4 現 地 の 実 情 を 理 解 す る 前 に 帰 国 す る ワ ー カ ー と ち が っ て 、 現地の人びとを理解しようという気持ちが強かったから。 5 日本社会で認められなくても、決してあきらめることな く 場 所 を 変 え て 海 外 で 自 分 の 志 を と げ よ う と し て い る か ら 。 問 六 「 見 か け の 異 質 さ を こ え て 厳 然 と 存 在 す る「 人 間 」 を 見 い だ す に ち が い な い 」( 線 部 ウ ) と あ り ま す が、 ど ういうことですか。その説明として最も適当なものを次の 中から一つ選び、番号で答えなさい。 1 は っ き り と 口 に 出 さ な く て も、 見 た 目 の ち が い 以 上 に はっきりと存在する本質的なちがいを発見する可能性が高 いということ。 2 見かけがどんなに異なっていても、同じ人間であるから にはおたがいを理解し合える日がいつかは必ず来るはずだ ということ。 3 自分とは見た目がちがっていても、自分と共通する人間 としての本質が現地の人びとの中にはっきりとあることに 必ず気づくということ。 4 見た目が異なっているのは当たり前だが、そのちがいを 乗りこえて同じ人間としておたがいの長所を見つけ出すこ とが必要だということ。 5 見た目が全然ちがっていたとしても、はっきりと存在す る人間らしさを現地の人びとの中に無意識に発見すること ができるということ。 問題は、裏面に続きます。
一
問 七 「 こ う し た 下 積 み の 努 力 が 地 に つ い た「 国 際 理 解 」 を 日 本 に も た ら し 」( 線 部 エ ) と あ り ま す が、 ど う い う ことですか。その説明として最も適当なものを次の中から 一つ選び、番号で答えなさい。 1 権威あるものに従わず、自分たちの主張をおし通してき たワーカーがたくさんいたからこそ、日本に国際理解とい う言葉の本当の意味が定着したということ。 2 ひたすら現地の人びとと生活をともにして長期にわたっ て活動を続けるスタッフがいたからこそ、日本でも国際的 なボランティアに参加する人が増えたということ。 3 自分たちの今までの経験をあてにせず、常に現地の人び と と の 友 好 関 係 を き ず こ う と す る ス タ ッ フ が い た か ら こ そ 、 日本でも国際協力の重要性が認識され始めたということ。 4 現地の言葉を習得するなど地道な努力を続けることで現 地の人びとの 信 しんらい 頼 を得たからこそ、たがいの国のことを理 解する意識が日本に根づいてきたということ。 5 ペシャワール会以外の長期ワーカーたちの存在があった からこそ、日本でも海外の貧しい人びとのために働くこと の重要性が意識されるようになったということ。 問 八 「 先 生 と 我 わ れ の グ ル ー プ と は、 こ の 点 で 深 く 共 鳴 す る も の が あ っ た 」( 線 部 オ ) と あ り ま す が、 ど う い う ことですか。その説明として最も適当なものを次の中から 一つ選び、番号で答えなさい。 1 支援される人と共に生きることで、支援する側も支えら れているという中田先生の考え方は、現地で現地の人々と 生活を共にし、時間をかけて相互理解を深めようとする筆 者の支援グループの理念と 一 いっ 致 ち するということ。 2 自分が 誰 だれ かを助けようと思えば、その気持ちをくみ取っ た相手が、何も言わなくても助けてくれるという中田先生 の考え方は、現地でどんな人にも援助の手をさしのべる筆 者の支援グループに通じるものがあるということ。 3 弱っている人を助けるつもりが逆にその人の体温によっ て自分も助かったことを受け、弱い者を積極的に助けるべ き だ と い う 中 田 先 生 の 考 え 方 は、 「 底 辺 」 の 庶 民 を 支 援 す る筆者の支援グループと同じであるということ。 4 支援されるものと生活を共にすることで、現地特有の人 の温かみが感じられるという中田先生の考え方は、外国人 でも温かい心で現地の支援にあたれると確信している筆者 の支援グループの考え方と一致するということ。 5 お 互 たが いに助け合うことが国際支援として大事だから、現 地 の 人 々 と 苦 楽 を 共 に す べ き だ と い う 中 田 先 生 の 考 え 方 は、 現 地 の 人 々 と 同 じ 目 線 で 生 き る と い う 筆 者 の 支 援 グ ループの考え方に通じるものがあるということ。 問九 〰 〰 〰線部 a ~ f のカタカナを漢字で答えなさい。 a カンリ b トロウ c カンミン d アイチャク e デンコウ f シンキョウ
次の文 章は 、新 型イン フ ル エ ンザの世 界 的 な大 流 行 を 受け て 、主 人 公の 優 ゆう 司 じ が日 本 で その対 策 を 練 っ て いる 中 、 スイス の W H O ( 世 界 保 健 機 関 ) に い る元 妻で元 同 どうりょう 僚 の 里 さ と 美 み から 電 話 が か か っ て く る 場 面 で す 。 読 ん で 、 後 の 設 問 に 答 え な さ い 。 その夜、スイスから国際電話があった。 優司が部屋に帰り、ソファーに座り 込 こ んだ時だった。 〈お見事ね。日本は 瀬 せ と 戸 崎 ざき 優司の手によって、今のところ新型 インフルエンザの 封 ふう じ込めに成功している〉 「さすが言葉は正確だ。今のところ成功しているか。おそらく これからほころびが出てくる」 このような大規模な感染 症 しょう の封じ込めは、しょせん不可能な の だ。 な る べ く 狭 せま い 範 はん 囲 い に 感 染 を と ど め て、 そ の 間 に 注 1 パ ン デ ミック・ワクチンを作って国民に接種するしか方法はない。 〈人がバタバタ死んでいくの 。 ア でもラッキーなのは、私が目に す る の は そ れ が す べ て 数 字 だ っ て こ と よ 。 ア メ リ カ 三 百 六 十 万、イギリス二百十万、フランス二百八十万、この数字は今日 までに新型インフルエンザで死んだ人の数。形もにおいも音も ない。男も女も、大人も子供もない。ただの、数。私のオフィ スでは、死者がすべて数字で 扱 あつか われるってこと〉 里美の声が乱れた。泣いているのかも知れない。 WHOのジュネーブ本部には世界中の 医 いりょう 療 機関から様々な情 報が入ってくる。それを検討して、正しい処置法を提案するの だ。死体を直接目にすることもなければ、 死 ししゅう 臭 にさらされるこ と も な い。 「 死 を 数 と し て 扱 う し か な い っ て、 と て も 怖 こわ い こ と よ。それに慣れると、死を死として感じなくなる」昔、里美が 言っていた言葉だ。 〈この数字だってすでに過去のもの。一時間ごとに急激に増え てる。それに ― ― 中国なんてこんなはずない。ひょっとすると 一 桁 けた 上かもしれない。今までの報告だって数字が 突 とつぜん 然 、減るこ とだってあった。世界中が混乱してる。世界の半数以上の国で 行政組織がマヒしてる。人の生き死にさえしっかり 把 は 握 あく できな いって、すごい悲劇なのよ〉 「だからこそ、きみたちの組織が必要なんだ。冷静に 状 じょうきょう 況 をと らえて、正確な判断をしてくれ 。 イ 世界を導くんだ 」 ■ ウ しばらく 沈 ちんもく 黙 が続いた 。 荒 あら かった息 遣 づか いが次第に落ち着いて くる。 〈 日 本 の 死 者 は や っ と 三 桁。 そ れ に し て も 見 事 と い う ほ か な い。さすが、元WHO の 注 2 メディカルオフィサー。感染症対策ナ ンバーワンね。みんなも感心してるわよ。皮肉じゃなくね〉 「しかし、すべて後手後手になっている」 もっと早く空港 閉 へい 鎖 さ をしておけば、もっと早く中国から呼び 戻 もど していれば、もっと早く新型インフルエンザの発生を世界に 伝えていれば。優司の脳裏を様々な思いが流れた。 「 W H O は 情 報 量 も 多 い。 優 ゆうしゅう 秀 な ス タ ッ フ も そ ろ っ て い る。 もっと有益な指示が出来るんじゃないか。世界はそれを待って いる」 〈 エ どんな 魔 ま 法 ほう を使ったの 。あなたとあなたの国は〉 声の調子が変わった。 「 僕 ぼく が不器用なのは知ってるだろ。基本に従っただけ。 徹 てってい 底 的 な封じ込め。疑わしい者を 隔 かく 離 り して、 接 せっしょく 触 を 避 さ け、消毒を徹底 させる」 〈たしかにね 。 オ それ がどうして、他では出来ないのかしら〉 「人間のやることだからさ。情に流され、 怠 たいまん 慢 に満ちている。 だがどんなに注意しても、どこかでミスは起きる。針先ほどの ミスも数秒後には 鉛 えんぴつ 筆 になり、バットになり、人が通れるくら いの穴になる。最初のミスを責めたり 詰 なじ るのではなく、ミスを 共有し、検討してよりミスのない方向に導く。 謙 けんきょ 虚 になれとい うことさ。新型インフルエンザの場合、感染は 飛 ひ 沫 まつ 感染と接触 感染だ。この二つを徹底的に注意すればいい」 〈ミスを認めて謙虚になれ。ごりっぱな言葉ね。でも、どうし て カ 自分自身にはそれが出来なかった のかしら〉 「人間だからさ。エゴと 傲 ごうまん 慢 と小心のかたまりだ」 いずれ ― ― と言って、優司は言葉を 呑 の んだ。 「いずれ、日本でもほころびが起きる 。 キ そのほころびを出来る 限り 遅 おく らせ、最小のほころびにするのが我々医師の務めだ 」 背後で子供の泣く声が聞こえる。 〈もう切るわ。ジョンが相手をしてくれって〉 「 旦 だん 那 な は?」 〈まだ本部よ。今日はベビーシッターが休みなの〉 電話をおいたまま、子供を 抱 だ き上げる気配がする。 〈お 互 たが い 頑 がん 張 ば りましょ〉最初より少しだけ元気な声が聞こえ、 電話は切れた。 優司はしばらく窓の外に広がる 闇 やみ とネオンのまたたきを見つ めていた。 今、世界では七十一億人の人間を 狙 ねら って、その何億倍、何兆 倍ものウイルスが 蠢 うごめ いている。おそらく、何千万人か、何億人 か、またそれ以上の人間が命を失うことになるだろう。 生命が地球に生まれて、気の遠くなるような長い時間をかけ て進化してきた。そして現在に至るまでに、何度となく 繰 く り返 されてきた生き残りの一過程なのだろう。そう考えると 、 ク これ からの自分の 行 こう 為 い などまったく無意味なように思えた 。宇宙の 片 かたすみ 隅 の、ほんの 一 いっしゅん 瞬 にすぎないのだ。 ( 高 たかしまてつ 嶋哲 夫 お 『首都感染』による) 注1 パンデミック・ワクチン … 大流行の発生後、実際に感 染をもたらしているウイルスをもとに作られる予防接種 剤 ざい のこと。 注2 メディカルオフィサー …… ここでは感染症対策の責任 者のこと。