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資本の再生産過程と資本主義の停滞

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(1)

著者 谷村 智輝

雑誌名 經濟學論叢

巻 65

号 4

ページ 853‑876

発行年 2014‑03‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/00027431

(2)

資本の再生産過程と資本主義の停滞

谷 村 智 輝  

1 は じ め に

 現代資本主義の特徴のひとつはその停滞的基調であるが,それは,資本の 利潤率および資本蓄積率の停滞傾向に現れる.先進資本主義諸国の特徴とし て,最近の研究は,資本蓄積率の停滞,利潤率の停滞,資本生産性の停滞を 指摘している.

 たとえば,佐藤(2006,2010a,2010b)は,近年の日本の製造業における資 本生産性と利潤率の動向について,売上高の減少と資本蓄積の抑制の同時作 用に着目して分析している.その論脈は,資本が過剰生産能力を抱えており 稼働率を調整することで市況に対応しているために新投資が減退しているの であるが,それは独占資本主義の性格に起因するとされる.しかし,独占資 本主義論は,次の点で問題がある.まず分析フレームワークの問題として,

自由競争段階→独占段階という段階規定を設けることの是非である.独占資 本主義が高次の資本主義と仮定されるが,独占資本主義段階をそれ以前の段 階から内在的に導出することに成功しているとは言えない.また,資本それ 自体が「技術独占」であるし,K.Marxの競争の規定から,資本は競争の主体 であり競争そのものであることからも問題になる.さらに,グローバルな資 本の競争を加味する必要がある.というのも,過剰生産能力に基づいた稼働 率調整論は,商品過剰を輸出することで解決を図ることも考えられうる.

 また,高度成長期以降の日本の資本蓄積率の動向を検討している阿部(2007)

では,M.Kaleckiの学説に基づくモデルによりながら,比較静学分析による 説明を与えている.この議論は,資本家と雇用労働者の階級間のconflictが両

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者の分配に影響を与えることが論じられている.この研究は,現代資本主義 の所得分配の変化が,アニマルスピリッツの減退に基づいて説明されている ことを特徴とするが,その特徴ゆえに変化の内的要因を明らかにしていると は言えない.アニマルスピリッツ自身の変化を内生的に説明する必要がある.

いずれにせよこれらの研究は,現代資本主義の独占資本主義的性格規定と過 剰生産能力に着眼した分析である1)

 このような利潤率と資本蓄積率の停滞は,先進資本主義諸国とくにアメリ カでも観察されることが,SSA理論をはじめ欧米の諸研究によって指摘され ている.SSA理論に基づく諸研究は,循環的恐慌すなわち産業循環の一局面 としてのそれではなく,構造的恐慌の把握を模索している点で共通している が,Basu and Vasudevan (2013)が整理するように,利潤率や蓄積率の現状をも たらした要因の理解が近年の恐慌の理解を左右するものとなっているといっ てよい.Basu and Vasudevan (2013)は,欧米の議論を利潤率停滞説,過剰投資説,

金融主導説などに整理しているが,実証的な検討にもとづいて,現代の恐慌 を利潤率と関連づける見解に否定的結論を導き出している.

 現代資本主義の恐慌(ciriss)が,産業循環として理解できるかどうかにつ いては論争があるが2),大野(2013)は,資本の再生産の基礎的なモデルに基 づいて,独自の「4象限グラフ」を構築して,利潤率を利子率が後追いするこ とから産業循環を説明している.そのうえで,産業循環が資本の再生産過程 の「好循環」であること,これが近年みられないことを指摘している.ここ で再生産が好循環であると言うことは,資本の競争・再生産の過程的進行が 産業循環を結果すること,資本の再生産が資本の成長を意味すること,これ らから資本の再生産過程が循環的成長として産業循環において現れる事態を とらえたものであると解される.再生産力と再生産関係の好循環が産業循環

1) 後述のBrenner (2002) もこの点では同様である.

2) さしあたり,海野(2010),鶴田(2010),星野(2010),松橋(2013),佐藤(2010a,2010b)

を参照.

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を伴いながらも資本の再生産をすすめて雇用労働者の再生産を可能にさせる.

そうした理解によれば,産業循環が見られないことは,資本の再生産過程の 停滞を意味することになる.資本の再生産過程の停滞のカギは,再生産需要 の停滞にあるということになろう.

 そこで問題は,資本蓄積にかかわる資本の主体的決定にあることは明らか であるが,この問題は,利潤率と蓄積,成長の関係,利潤率の決定機構の理 解に依存している.本稿は,資本の再生産過程論からこの問題に迫る.資本 の再生産過程論の眼目は,主体としての資本の措定と,そうした主体の成長 を目的とした再生産・蓄積行動を資本主義の原理とすることにある.こうし た分析の意義は,商品の需給関係から資本蓄積率を規定する(規定されざるを 得ない)モデルに代替するものとして評価することが出来る.本稿は,このモ デルをたんに再説することが課題ではない.このモデルによって,現代の資 本主義の衰退の特徴を説明することに主眼がある.

2 経済主体の再生産過程

 以下では,資本主義の経済主体である,資本と雇用労働者の再生産過程に ついて,スケッチし,以後の具体的課題を示す.資本の再生産過程について,

とくに資本の利潤率と資本蓄積率の基本的関係を確認する.資本主義経済の 変動は,資本の再生産過程の動態すなわち資本の再生産過程の需要の動態に 依存する.資本の再生産過程は資本蓄積過程であるから,資本蓄積の需要の 動向が問題になる.雇用労働者の再生産過程から,雇用労働者の労働供給と 資本の労働需要との関連が焦点になる.

2. 1 資本の再生産過程

 先に述べたように,資本蓄積の需要の動向が問題のカギであるが,『資本論』

において,資本の生産過程において資本蓄積論は,生産関係の再生産を課題 としているため,資本の蓄積需要したがって資本蓄積率の決定それ自身は分

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析されていない.これは,資本蓄積が,2期間にわたり,再生産論のなかで 論じられる必要があるから当然のことともいえる.しかし,資本の流通過程 とくに再生産表式論においても,資本の蓄積需要の決定は検討されているわ けではないことは周知である.もとより拡大再生産の進行には,なぜ拡大再 生産を資本が決意するのか,資本の事業戦略を根拠づけ資本蓄積率の増大の 意思決定に作用する要素を明確にしたうえで蓄積の進行の行方を分析する問 題が横たわっているはずであるが,そうした問題把握はなされていない.再 生産表式論では円滑な再生産の進行に問題意識があるため,社会的総資本の 需給均衡をもたらすように調整される形で蓄積需要が決まる特殊な投資関数 が採用されており,資本による蓄積率の決定を論じているのではない.これ はひとまず,「資本の流通過程」論という方法論的限定に起因するとみること が出来る.ところで,蓄積需要の決定に関わって利潤率の動向がそのカギを 握るといってよいが,これについて「資本の総過程」とくに利潤率の傾向的 低下法則論における,「この法則の内的諸矛盾の展開」が参照されうる.「こ の法則の内的諸矛盾の展開」論は,生産力の発展が一方で利潤率の低下をも たらす圧力として作用する一方で,利潤率を増大させる作用をももたらすこ とを軸に資本主義的蓄積の一般的法則における「内的な矛盾」の展開が検討 されているといえる.そのなかで,人々の富への諸欲求ではなくて利潤率が 生産の拡張およびその制限となるということ,したがって利潤の生産と実現 がその停止をもたらすということが論じられている.そして生産力の発展が 自己に対する制限を生み出しその制限が恐慌によって突破されるという意味 で,「恐慌の原因」を与えるということが論じられている.このような立論は,

「生産力の上昇」の観点から引き出されているという特徴を持つ.本稿の見地 からいって,本来,利潤率や資本蓄積率の決定という論点を有しながらも,

生産力と生産関係のあいだの矛盾が,この法則の内的な矛盾の内実をなすこ とになっている.それゆえ,資本と雇用労働者の再生産の視点から蓄積需要 の決定やその動向を分析したものにはなっているとはいえない.また,利潤

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率を高めることの作用を看過している点でも問題がある.「人口の過剰」と「資 本の過剰」の併存という注目すべき論点も,生産力との関連においてとらえ られている.

 資本の再生産過程の停滞と雇用労働者の再生産過程の停滞の併存の関係を 明らかにすることが,本稿の課題である.双方の停滞をつなぐカギを見いだ すにはどのようにすればよいだろうか.本稿の具体的な課題は,資本の再生 産過程を規定する利潤率に焦点を当てて,その動向と雇用労働者の再生産と の関連を明らかにすることである.そこで,蓄積需要の動向がカギを握るが,

この問題は,従来,富塚(1975)の均衡蓄積軌道をはじめとして再生産表式 に立脚しつつ分析されてきた.上述したように,再生産表式論において利潤 率は,考慮の外に置かれた.基礎的な問題として利潤率の内容を明らかにす べきであるし,利潤率と蓄積需要の因果関係を明確にすることもまた必要で ある.それは「資本とは何か」を問うことでもある.

 ところで,基本的にいって蓄積需要の決定は,利潤率に依存するというこ とに異論は無いだろう.しかし,利潤率の動向と蓄積需要の動向との関連に は,2つの見方が存在する.それは,いわゆる「貯蓄→投資」と「投資→貯蓄」

論である.一般に,前者は古典派経済学の視点であるが,Marxもこの立場に ある.後者はJ.M.KeynesやKaleckiを含めたPost-Keynesianの視点である3). 両者は,たがいに蓄積ファンドと利潤率および成長率の関係を問題にしてい るが,その理論的主張は反対である.本稿は大野(2010,2013)などで示され た「資本の再生産過程」のモデルを利用する.とくに,「蓄積の基本方程式」

の含意と意義について論じる.その特質を明らかにするために,投資と貯蓄 の関連について「ケンブリッジ方程式」に注目してその特徴と問題点につい

3) たとえば宅和(2012)を参照.ところで,J.M.Keynesは,『雇用・利子および貨幣の一般理論』

において,恐慌は「利子率の上昇ではなく,資本の限界効率の崩壊である」と述べた.これは,

Keynesの立論に立脚した場合の利潤率の重視である.彼は,利子率の変動が利潤率の結果であ

ること,利潤率の再建こそが問題であることを強調している.また,ここにはいわゆる実物経 済と貨幣の二分法的な理解の問題と両者の関係の問題が横たわっている.

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て考察しよう.

 「ケンブリッジ方程式」は,利潤率と所得分配を経済成長に関連づける定式 であるが,そのオリジナルは,Pasinetti (1974)に遡る.これは,投資が乗数を ともなって有効需要を形成する関係と投資が生産能力化して生産量を増大さ せる効果に着目し,需給の長期的均衡の条件を明らかにしたE.D. DomarとR.

Harrodの成長論から出発して,均衡成長の持続的条件を明らかにするための

分析用具であった.その結論は,資本家の貯蓄性向と資本-産出比率,経済 成長率が一定であるとき,長期的に完全雇用を維持するためには,利潤率(社 会の総資本に対する社会の総利潤の割合)および利潤と賃金のあいだへの所得の 分配比率がそれぞれある一定の値をとらなければならない,ということであ る.端的に,マクロの利潤率は資本家の貯蓄性向の逆数に経済成長率をかけ たものになる.すなわち,利潤率は,貯蓄率×成長率となる.そして,この 分析の成果が,いわゆる「パシネッティ定理」であった.Pasinetti (1974)の立 論では,均衡利潤率が経済成長率の決定に依存するのであり,また,均衡成 長を実現させるための調整要因として利潤率が位置づけられている.したがっ て,利潤率や資本蓄積率が分配を規定する要因になっていることは明確であ る.

 また,Robinson (1963)では,「利潤率の決定」をめぐって利潤率と資本蓄積 率との関係が「ケンブリッジ方程式」と同様のかたちで定式化されている.

そこでは,資本利潤率が貯蓄を投資と等しくする―財市場の均衡―水準 でなければならないということが主張されている.しかし,これは,利潤率 と成長率とのあいだの因果関係を明らかにしてはいない.また,そこでの議 論はつぎのような説明に基づく.資本財生産部門での蓄積の拡大によって雇 用量が増大するが,それによって実質賃金が低下する.というのは,賃金財 生産部門の生産量は一定であるからである.資本財生産部門の拡大がつづく かぎり賃金財の価格は上昇し,利潤は拡大するが,実質賃金が低下する.こ の立論の基礎には,ある一時点に対応する社会の総生産物の制限された量が,

(8)

社会的配分の構成が変化することに基づいて変化するという分配論のフレー ムワークが存在しているといえる.こうしたPasinetti (1974)やRobinson (1963) の議論は,均衡経済の維持という目的をもたらすような所得分配の関係を明 らかにしている.しかし,その一方で,資本の利潤率と資本蓄積率との因果 関係を説明していない.この意味で,諸変数は相関的である.そこで,この 等式を利潤率が成長率を決める関係からとらえるかどうかは分析者の問題意 識によるというべきであろうか.

 この点について,植村・磯谷・海老塚(2007)が,ケンブリッジ方程式をい わゆる「カレツキ命題」を意味するものとして解釈しようとしている.この 場合は,Pasinetti (1974) のように必ずしも長期的な均衡成長にもとづく分析 ではない.植村・磯谷・海老塚(2007)らの立論は,国民所得論において,投 資(資本財取得)と貯蓄とが均等する(恒等関係にある)こと,貯蓄主体および 蓄積主体が資本家のみで,貯蓄が利潤からのみ行われる前提のもとで,一般 に,投資=貯蓄率×利潤,であることから,両辺を資本で除すことによって,

資本蓄積率=貯蓄率×利潤率という関係を導出している.投資が物的資本 の増大を意味するとき,資本の成長率は,貯蓄率×利潤率となる.貯蓄率が 与えられている場合,資本が自己決定できるものは投資量であって利潤量で はないことから,「成長率が利潤率を決める」(カレツキ原理:Kalecki, 1954)4)と 述べる.

 以上の議論は,マクロ経済的なフレームワークにもとづくから,社会の総 資本と社会の総利潤との比率が利潤率の内容をなす.Marxの議論にもとづ くと総利潤は総剰余価値であることからいって,ここでの利潤率は,平均利 潤率に類似するものである.また,資本家貯蓄したがって所得分配の関係か ら,資本蓄積は,資本家の消費と貯蓄の関係からとらえられている.このよ うな理解は,『資本論』の節欲説に関するMarxの議論を想起させるが,同時

4) なお,KaleckiMarxの比較検討とくに再生産表式と有効需要との関連については,栗田

(2011)を参照.

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に「貯蓄→投資」論とも重なる.重要なことは資本蓄積は資本家の貯蓄にも とづくのではなく,資本の利潤にもとづく.資本蓄積は,資本家の所得のう ち消費されない部分としての貯蓄ではなくて,利潤にもとづくということで ある.この点については,たんなる定義の問題ではなくて,「資本とは何か」

という問題をはらむ.資本を再生産の主体とすることによって,蓄積ファン ドが利潤にあること,利潤から蓄積されない部分が貯蓄であることが明確に なる.つまり,資本とは,再生産する主体であり自己の成長が自己目的であ るということである5).したがって,資本の行動指標は自己の成長率であって,

自己資本利潤率ではないというべきである.この点から,資本の規定において,

「貯蓄→投資」論にも問題がある.

 つぎに,「投資→貯蓄」論は,投資需要が利潤を決めるという需要制約の世 界に立脚したものであるが,「投資が利潤を決める」という関係は,投資が利 潤に依存するが,利潤それ自体が過去の投資に依存するという理解にもとづ いている.過去の投資によって利潤が決まる関係は,セイ法則と事実上区別 できない6).さらに,「ケンブリッジ方程式」では,投下資本自体の自己決定 を問題にしないが,資本の再生産過程では,「利潤率を高める」資本の行動を 分析する途をひらくものである.

 また,Kaleckiが強調した「投資の二面性」は,周知のように資本蓄積によ る生産能力の増大と需要の構成要素としての性格との二面性を指摘したもの である.では,利潤についてはどうだろうか.利潤の場合は成長の規定因で ある一方で所得としてもとらえられうる.Kaleckiの有効需要論に端的に示さ れているように,所得としての利潤は分配範疇にある.しかし,利潤をしたがっ て利潤率を分配ではなく再生産過程の動因としてとらえるところに資本の再 生産過程の眼目がある.その相違は,Marxの「資本の生産過程論」の剰余価

5) セイ法則と再生産表式については,松尾(1996)を参照.

6) Granados (2013)は,利潤と投資のあいだの関係について,いわば「利潤先行説」と「投資先行説」

といずれが妥当かと言うことについて,アメリカのマクロ経済動向を計量分析し,利潤先行説 の正当性を主張している.

(10)

値・利潤の生成論の有無にかかわっていることはいうまでもない.もっとも,

先にも触れたように『資本論』の資本蓄積論には資本蓄積と所得との関連に ついての分析は無い.

 つぎに,再生産表式論は,商品資本の循環に基づくかぎり,賃金と利潤の 源泉である剰余価値の創出は前提されているから,賃金と利潤は所得範疇か らとらえられて分配関係のみが問題になる.しかし,利潤の生産関係の問題 と分配関係の両者が重要である.それら両方をとらえうるものとして,「資本 の再生産過程」論を取り上げる.つぎにその骨子を述べよう.

 まず,t期の資本(Kt)が価値増殖を含んで資本(Xt)として再生産さ れる.Xtには利潤(r)が含まれている.利潤の内,全部あるいは一部が 時期に追加資本として蓄積される(DKt+1).資本の成長率を定義すると,

gt+1=DKt+1RKtである.すなわち,利潤が蓄積の源泉となり,資本蓄積率 の決定にもとづいて,資本の成長が実現される.KXの2期間にわたる反復,

KtXtKt+1Xt+1は,資本の利潤の生成とともに,その実現,それに もとづく資本蓄積という関係を含んでいる.2期間の再生産を資本蓄積が媒 介している.蓄積の基本方程式が,この関係のなかでg=frとして導出される.

ここで,成長率は資本成長率である.資本成長率は,資本蓄積率と利潤率の 2変数によって規定される.2期間の比較において,利潤率が一定で蓄積率が ゼロの場合は,成長率はゼロである.つまり,2期間の比較において,利潤 率が一定で資本蓄積率が停滞している場合,言い換えれば利潤率が一定で貯 蓄率が高い場合,資本成長率は低い.同様に,資本蓄積率が一定である場合,

利潤率の高低で成長率が左右される.利潤率を高めるということに関連して,

最後に,KtXtKt+1Xt+1において,利潤の実現が含まれているといっ ても,生産-消費にギャップがあったとしても,再生産は進行しうる.それ は,利潤率を高めることができその蓄積需要が充足される場合である7)

7) 大野(2013)における「再生産過程表式」の分析を参照.

(11)

 t期の資本は,t期の機械設備(資本財:Mt)と雇用労働者Ltから構成され,

Kt=Mt+Ltである.利潤率(rt)は,(Xt-Kt)RKt=rtである.KtKt+1は,

資本の価値増殖とその価値増殖分の資本蓄積である.資本の成長率は,資本の 価値増殖率と蓄積率によって規定される.この関係が,g=frにほかならない.

2. 2 雇用労働者の再生産過程

 資本の再生産のための需要は,機械設備と原材料(資本財)に対する需要と 雇用労働者の需要に分かれる.雇用労働者の需要は,賃金財需要となる.以 下では,雇用労働者の再生産過程を検討する.これによって,資本の再生産 のための需要を構成する雇用労働者の需要を明らかにする.

 ここで,貨幣賃金での資本-雇用労働者の交換が取り上げられる.貨幣賃 金に着目する必要性について,馬渡(2013)が検討している.馬渡(2013)は,

失業と貨幣賃金の相関の強さを実証的に検討して,失業か実質賃金に比べて 貨幣賃金との相関が強いことを示している.また,実質賃金に依拠した分析 がはらんでいる理論的な問題として,つぎの諸点を挙げている.第一に,労 働需要決定における「古典派の第一公準」すなわち「労働の限界生産物と実 質賃金の均等」は,賃金財産業以外に比較できないこと,第二に,実質賃金 が労働の限界生産物に一致するとき,資本の生産物価格が上昇すれば,労働 需要を増やすと考えられることである.つぎに「古典派の第二公準」すなわ ち「労働の限界不効用と実施賃金の効用の均等」については,第一に,貨幣 賃金が一定である場合,賃金財価格の低下による実質賃金の上昇が労働供給 を増加させないこと,第二に,実質賃金の低下によって労働者の労働供給が 低下するわけではないことである.最後の点については,雇用労働者の再生 産が可能であることが労働供給の条件になっていることを表している.理論 的問題としてはさらに,大野(2010)が指摘しているように実質賃金の規定が 分配論から逃れられないことが挙げられる.こうしたことからいって,雇用 労働者の需要と供給を考えるさいに,貨幣賃金に着目することが重要である

(12)

といえる.

 価値創造は雇用労働者の労働による.通常,価値創造力の高い雇用労働者 の貨幣賃金はそれだけ高い.この関係は一般に,π=δWと表すことができ る.ここで,Wはある産業部門の平均的な価値創出力をもった雇用労働者の 貨幣賃金の大きさ,δ(δ20)は,雇用労働者の価値創出能力を表すものとする.

それゆえ,平均的な雇用労働者はδ=1である.雇用労働者と資本は等価交 換を原則とする.このような利潤と貨幣賃金の規定が意味しているのは,利 潤が雇用労働者の価値創造力としての貨幣賃金に比例するということである.

これが資本の再生産過程モデルの大きな特徴である.商品価格は,費用価格 と利潤から成る.そのさい,費用価格は,貨幣賃金と資本財の価格から構成 される.資本の再生産過程のモデルでは,貨幣賃金が費用価格の構成要素と して位置づけられるとともに,利潤を創出し利潤の根拠を与えるものとして 措定される.そして,利潤は雇用労働者の生み出した新価値として資本によっ て取得される.

 さて,雇用労働者の再生産について,賃金か再生産費(R)を充たすことが 雇用労働者の再生産のための条件となる.いま,wを単位時間あたりの貨幣 賃金,lを労働供給量でありさしあたり労働時間とすれば,貨幣賃金(W=wl) でもって,再生産費(R)をまかなうのである.単位あたりの貨幣賃金が一定 の場合,かりに何らかの事情で賃金財価格が上昇(下落)して再生産費が上昇

(低下)すれば,労働供給量を増やす(減らす)8)9).したがって,雇用労働者の 労働力の供給は,再生産費と単位あたり貨幣賃金,雇用労働時間が規定する.

再生産費はある労働者のある1時点において与えられており,価値創造力も さしあたり所与とすれば,雇用労働者は労働時間を調整させることで再生産 を実現させる.

 これに対して,労働者雇用の需要は,資本の蓄積・再生産の需要に規定さ

8) 馬渡(2013)は,再生産費の上昇のもとでの労働時間による調整を指摘している.

9) 労働時間の増減は,一労働日の生活時間中の再生産時間と相反する.大野(2010)参照.

(13)

れる.したがって蓄積需要の大きさと資本構成がこれを規定することから,

資本蓄積率と資本構成に依存する.蓄積需要の大きさは,資本成長率と関連 する.

 労働者の貨幣賃金の低下は,労働者の需要価格の低下である.労働者の需 要価格が低下しないと資本が再生産できない水準にあることがその原因であ る.また,設備投資が小さいことで蓄積需要それ自体が減退していることに 起因する10)

 このように考えることで,資本家と雇用労働者のconflictによって所得分 配が変化する議論とは異なり,資本と雇用労働者の再生産と相互の関係から,

貨幣賃金の動向が説明される11).それと同時に,再生産の需要の重要性も明 らかになる.

 資本主義の規定的動機は,アニマルスピリッツではなくて,資本を再生産 することである.資本の再生産は補填と蓄積である.他方の経済主体である 雇用労働者もまた再生産することを目的とする.互いの再生産を希求して交 換関係を取り結ぶ.資本が取引主体となる交換は一方で,雇用労働者との交換,

他方で資本の供給する資本財との交換から成る.資本の再生産過程には,蓄 積需要の充足が条件となる.なお,本稿では,蓄積需要の充足はあくまでも 雇用労働者の賃金財需要量と資本の資本財に対する需要量の充足に限定して いる.より現実的には,再生産のための需要は,価値的のみならず素材的に も規定されると考えられる.それは,再生産のための需要が技術的関係にお いて規定されるはずだからである.雇用労働者の再生産のために必要な富は,

価値それ自体ではなくて,一定の有用物(使用価値)であるように,資本の再 生産が需要する対象は,一方で使用価値を有する特定の資本財であり他方で

10) たしかに,デフレによって賃金財価格が一般的に低下しているが,これは資本の再生産の困 難と雇用労働者の需要の停滞とにもとづくものであると考える.

11) Marxがつぎのように述べていることが想起される.「商品交換そのものの本性からは,労働

日の限界,したがって剰余労働の限界は生じない.…同等な権利と権利とのあいだでは強力が ことを決する.」(KI, S249)

(14)

一定の価値創造力を持った雇用労働者である12)

2. 3 利潤率と再生産の需要

 上述のように,資本の成長は,資本の再生産のための需要=補填・蓄積需 要の大きさとその充足関係にもとづく.ここでは,前者の問題を検討しよう.

そのための基礎として,利潤率の規定要因を明らかにしておこう.そうした 作業にもとづいて,資本の再生産が資本自身によって決定される関係を重視 して,資本蓄積率と利潤率の関係と規定要因を具体化しよう.

 一般に,利潤率は,一人あたり貨幣賃金(w),一人あたりの労働時間(l), 雇用量(N),資本構成の逆数(q)によって下記のように表せる.

    r K M W wlNq M 1

r r d

= = + =^ + h

すなわち,利潤率は,他の変数を一定としたときに,雇用労働者の価値創造力,

貨幣賃金,労働時間が大きければ上昇する.その一方で,資本構成が高ければ,

利潤率は低下する.そうなっているのは,雇用労働者の貨幣賃金が価値増殖

=利潤の根拠であるからであり,等価交換に基づくからにほかならない.

 つぎに,再生産の需要は,利潤率に規定されるとすれば,D=h(r)として 一般的に表すことが出来る.資本構成に対応して,機械設備(M)と雇用労 働者(W=wl)とで構成される.

 こうした基本的な関係にもとづいて,利潤率をめぐる競争の展開を検討す るのが,つぎの課題である.

3 利潤率上昇を巡る競争と再生産過程の停滞

 以下では,資本の利潤率を高める行動に着眼する.というのも,資本の蓄積・

再生産の需要を規定する主因が利潤率にあると考えるからである.利潤率に

12) ここでたんに使用価値の生産を問題にしているのではなく,利潤創出の観点から,雇用労働 者の価値創造力を加味する必要があるということである.

(15)

着眼することで,資本主義の停滞,資本の再生産のための需要の停滞,資本 の蓄積需要の停滞が明らかになる.それをふまえて,現代のグローバル資本 主義における資本の再生産過程の一側面に迫る.

3. 1 利潤率を高める競争と再生産のための需要

 以下では,利潤率の主体的決定において,利潤率を高める競争の性格を検 討する.資本の再生産過程分析の眼目は,利潤率が資本成長率を規定する内 的変数として扱うことにある.これは,上述したように,利潤率の主体的決 定を考察する余地を与える.これによって,利潤率を巡る競争が考察可能に なるのである.

 一般に,利潤率は,商品一単位あたりの市場価格と費用価格から,r=P-KRK と表せることから,費用価格の低下が商品一単位あたりの利潤率を上昇させ る.ところで,費用価格の低減は,機械設備など資本財の費用低下か雇用労 働者の賃金費用の削減による.Marx派が着目するのは,費用低減的な機械設 備の導入による費用削減である.雇用労働者を機械設備に置き換えることで 総費用を削減する.その一方で,雇用労働者に関わる費用の削減が施行され ることがありうる.これは,貨幣賃金を低下させることにもとづく.あるいは,

より安価な雇用労働者の雇用をすすめることである.

 雇用労働者の貨幣賃金を低下させることで費用が削減されるとしても,貨 幣賃金の低下は,雇用労働者の再生産を脅かす.再生産に必要な賃金財の価 格と必要量を所与とすれば,貨幣賃金の低下によって,雇用労働者の再生産 を達成するためには,雇用労働時間の延長が不可欠になる.しかし,雇用労 働時間を決めるのは,資本である.なぜなら,労働者の雇用は資本の再生産 のための需要を成すからである.また,雇用労働時間の延長は,雇用労働者 の生活時間のなかで余暇時間の短縮をもたらすから,これによっても再生産 の困難が生じる.さらに,労働時間は,物理的社会的限界を持っている.

 しかしその一方で,これまでの行論から明らかに,貨幣賃金の減少は,結局,

(16)

資本の利潤の源泉の縮小をもたらす.すなわち,利潤に転化し価値増殖の根 拠となる価値創出の減少である.さらに,生活時間のうちの余暇時間の短縮は,

雇用労働者の価値創造力それ自体をも低下させることにならざるをえない.

 また,雇用労働者の賃金は,賃金財部門に対する需要を形成する.賃金財 需要の減少あるいは停滞は,賃金財産業の資本の再生産過程に対する重大な 制限となる.したがって,雇用労働者の賃金の低下は,資本の再生産過程にとっ て悪循環となる.

 これに対して,機械設備による雇用労働者の代替は,過剰人口を形成する 一方で,資本財産業に対する需要を形成することができる.その一方で,過 剰人口を形成する.いわゆる「第Ⅰ部門の不均等発展」論が強調しているよ うに,資本財は最終的に賃金財に結実することが資本財に対する需要の制限 を成す.

 さて,上述のように,貨幣賃金の低下にもとづく費用低減は,資本の再生 産過程に対して悪循環をもたらす.もっとも,費用削減によって利潤率の上 昇がもたらされると,高まった利潤率をうけて,蓄積需要が増加するであろ うか.これは先にも述べたことと関連して,再生産の需要の拡大をもたらさ ないことによって困難であると考えられよう.この点に関してさらに,グロー バルな産業競争を検討する必要がある.

 ともあれ,このようなことから,資本の再生産過程の停滞は,雇用労働者 の再生産過程の停滞と併存するといわねばならない.これに対して,賃金と 利潤が相反する限り,雇用労働者の再生産が犠牲になれば,それだけ利潤は 大きくなると見える.実際,Marxが指摘するように,労働力の価値以下への 賃金の切り下げが,資本の利潤を大きくすることを帰結させる.また,先に も言及したように賃金と利潤のあいだの対抗的な関係が,資本-賃労働間の 分配関係のconflictとしてとらえられてもきた.しかしながら,剰余価値の 源泉が雇用労働者の労働にあるということは,雇用労働者の再生産の停滞は,

その源泉自身の減退や枯渇を帰結させることになる.実際,これまでも,雇

(17)

用労働者の再生産に対する制限が,資本主義的生産関係を突き崩すとされて きた.たとえば富塚(1975)は,この制限が資本財生産部門の自立的発展に対 して不均衡累積過程の反転を必然化し,「恐慌の必然性」を論証するものと位 置づけた.また,置塩(1976)でも,資本主義的な「生産関係」の存続が,「恐 慌の必然性」の論証のカギとなっていた.しかし,この論理においては,な ぜそれが反転するかが産業循環の論脈から内的に論証されるのではなく,もっ ぱら資本主義的生産関係の存続から規定されていることが批判される.また,

このような考え方にたつと資本主義の停滞が,商品の生産力の発展や過剰な 資本設備との関係,商品生産量の増大においてとらえられるに過ぎないとい える.

 また,いわゆるSSAを中心とする「利潤圧縮説」に見られるように,利潤 率の低下は,しばしば賃金費用の増大と労働生産性との比較から導き出され た.生産性上昇率と実質賃金の増大とを比較して,前者が後者を上回ってい る限り,好循環の「賃金主導型経済」をもたらすとされた.そのさい,好循 環の持続は,資本主義的商品の生産性にかかっていた.生産性が鈍化する一 方で実質賃金が高止まりすると利潤率を圧迫して停滞をもたらすということ がそれらの結論である.この点に着目した研究として,「利潤圧縮説」のほか にもレギュラシオン学派を挙げることができるが,そうした諸研究の根底に あるのは,賃金と利潤の相反関係と階級間のconflictであった.また,利潤と 実質賃金との対抗は,「資本の再生産過程」モデルが指摘しているように,社 会的総生産物の分配関係に依拠するものである.このような分配関係におけ る資本と雇用労働者の対抗関係への着眼は,経済の構造変化を説明する議論 と接合されて現代資本主義分析で一定の地位を占めている.重要なことは,

資本主義において雇用労働者の再生産は資本の再生産によって規定されると いうことである.この点については,上記の諸研究も一定の注意を払っている.

また,Marx自身,蓄積が独立変数であり,賃金が従属変数であると述べて(K

ⅠS.648),「資本の増殖欲求」に雇用労働者の需要が規定される関係を表現し

(18)

ている.たとえば,Brenner (2002)は,生産と雇用,分配が,事前の自律的な 投資決定に左右され,しかもこうした投資決定は完全に資本の支配下にある ことを強調している.本稿もこの指摘自身にまったく異論は無いが,資本の 再生産過程の関連から資本主義の停滞を引き起こす契機を見いだす必要があ ろう.というのもBrenner (2002)の強調する過剰設備の存在は,増大した生産 量が国境を越えて輸出されでもすれば解消するかもしれないのである.確か に,Brenner (2002)の貢献は,利潤率が低下して過剰化した資本設備が廃棄さ れない理由を,埋没費用の概念を用いて論じている点から,この批判は十全 ではないといえようが,根本的な問題は,価格低下が問題なのか蓄積の減退 が問題なのか,すなわち,なぜ市場価格は低位であるのかについて,十分な 説明を与えているとはいえないということである13)

 高利潤率→資本蓄積→再生産の需要の形成→資本の高成長が基本的な関係 である.これに対して,利潤率の低下それゆえ再生産の減退は,資本蓄積を 停滞させて,再生産の需要を減少させる.その結果,再生産自体が停滞する ことによって,雇用労働者の再生産をも脅かすことになる.このような文脈 から,利潤率の低下をどのように論証するかが,資本主義の停滞を説明する カギとなるといってよい.また,利潤率の循環的変動と産業循環とがリンク する一方で,資本主義の停滞における経済成長の停滞は,産業循環の一局面 としての恐慌とは異なり,資本の再生産の減退にもとづいて恐慌(crisis)が 説明される途を開く.これは,アニマルスピリッツの減退という資本の主観 を契機とした停滞論ではなく,また,費用価格の上昇と市場価格の低下によ る「利潤圧縮説」とも異なって,資本の再生産過程を基礎にした停滞論となっ ている点に特徴があると考える.とはいえ,資本主義の利潤率の低下がどの ようにもたらされたかということそれ自体については,十分に論じられては いない.つぎに,この点について若干の考察を与えよう.

13) Brenner (2002)の問題点について,とくに石倉(2005)を参照.

(19)

3. 2 産業におけるグローバル競争

 まず,再生産を可能にする価格は,どのように定式化できるだろうか.あ る産業での資本の商品の価格設定は,価格をP,産業利潤率(産業の特殊的利 潤率)をr*とすると,

    P= +^1 r K)h

と表現することができる.産業で自己の事業によって再生産する資本は,自 己の費用に対して産業利潤率をマークアップとして価格設定する.かりに,

r*2rであれば当該資本は十分に再生産できない.

 こうした価格設定を手がかりに,グローバル競争との関連を見ることがで きる.またそれによって,先進資本主義諸国の再生産の停滞の原因となって いる利潤率低下に迫ることができる.ただし,この問題は,国際価値の理論,

労賃の国民的相違にかんする理論の検討が不可欠であり,以下の説明はあく までも端緒的なものにとどまるものである.

 まず,基本的な点を確認しておこう.資本の同一部門内競争の展開を検討 するにあたって,産業利潤率が競争の軸となる.産業は,資本の再生産の場 であるが,ある産業にはその産業に平均的な資本構成があると考えてよい.

部門内の諸資本は,個々に独自の資本構成(技術的構成)を持ち,それによっ て他者と差別化される.その一方で,国・地域によって貨幣賃金が国民的に 相違するとともに貨幣もまた相違する.いま,貨幣の問題をさしあたりおく としても,貨幣賃金は相違する.それは,雇用労働者の再生産のための需要 の大きさが異なることに起因すると考えられよう.また,資本財の需要に関 しても原材料を中心に経済状況が異なればその価格も異なる.したがって,

経済状況が異なることに応じて資本構成も異なるから,マークアップ価格の 設定に利用される利潤率もまた相違することになる.

 資本構成が高度化し利潤率が低い経済では,価格が低いというべきであろ うか.逆に,総費用が相対的に高いことによって,価格水準は高くなるであ

(20)

ろう.これに対して,資本構成が低く利潤率が高い経済では,費用が小さい ことによって価格が低く抑えられうると考えられよう.

 ところで,資本の競争が産業内で行われるというとき,産業がグローバル に広がっている場合,同一産業に資本構成と費用価格の平均によって,いく つかの「種」に分かれると考えるのが現実的でもあろう.産業―使用価値 と資本構成に規定された―がグローバルに広がるとき,さしあたりは,ひ とつの「種」の内部の競争と「種」を横断した再生産の競争が展開されると 考えられる.

 これによって,産業の「種」ごとに異なった価格が成立する余地があるが,

グローバル化によって商品価格が一物一価としてのグローバル価格14)に転化 するとき,その価格では再生産できない構造を持つ経済が現れる.利潤率を 高めるための費用低減的競争の展開が貨幣賃金の低下にもとづく場合,雇用 労働者の再生産の困難がもたらされる.この場合,グローバル化によって,

資本の再生産過程と雇用労働者の再生産過程が危機的な状況に陥ることが考 えられる.

 以上は,きわめて簡略化され十分な定式化がなされていない仮説に過ぎな い.しかし,既存の理論が国際価値論を中心にMarxの商品生産論に基づい た分配論の展開であることから,それとは異なる資本の再生産過程の分析に よってこの問題に迫る手がかりとなると考える.

4 お わ り に

 本稿は,資本の再生産過程の分析にもとづいて,資本主義の停滞を仮説的 に論じた.第1章では,資本の再生産過程について,とくに資本の利潤率と 成長率の関係について検討した.これによって,利潤率が内的に資本成長率 を規定するという,資本の再生産過程論の特質と意義を明らかにした.つぎ

14) グローバル商品,グローバル産業,グローバル価格の成立について,また国際価値論の整理 として,さしあたり杉本(2009)を参照.

(21)

に第2章では,資本の再生産過程において,とくに利潤率を規定する諸要因 を分析した.これによって,資本の再生産のための需要=補填・蓄積需要の 大きさを具体的に論じた.また,資本の再生産過程の需要の構成要素である,

雇用労働者の需要について資本の再生産過程モデルを確認した.これらをう けて第3章では,利潤率を高める資本の主体的行動と資本間の競争に焦点を あてて,費用低減における2つの方法を分析した.その結果,資本主義の停 滞が利潤率を高める資本の行動とそれにともなう資本の再生産の需要の動向 に起因することを述べた.そのうえで,グローバルな産業の利潤率を高める 競争,グローバルな産業の動態と関連づけた.

 結論的に言って,先進資本主義の停滞は,利潤率を高める競争の結果とし て現れる.その根底にあるのは,資本の再生産のための需要である.既存の 理論が,独占資本主義における資本の投資行動として,過剰な資本設備にも とづく過剰な商品生産の出現から資本主義の停滞を論じたり,資本主義的な 生産関係・階級関係にもとづく分配問題としてこれを論じたり,あるいはま た「経済の成熟」(小西2013)として説明したりしているのとは異なって,資 本と雇用労働者の再生産の態様が問題なのである.

 本稿に残された課題は,以上の分析をさらに厳密化することであるが,

Marx派の国際価値論,国際市場価値論,国際的市場価格論,労賃の国民的相 違に関する議論などについての批判的検討による理論的彫琢が必要不可欠で ある.それに加えて,実証的吟味が必要でもある.さらに,グローバルな金 融危機の勃発との関連が大きな課題となる.これは,利潤に基礎づけられた 成長にとってしたがって再生産にとって過剰となっている資金の運動を検討 することが必要である.Marx派では,過剰な資金がグローバルな資金循環を 形成してバブルの醸成と破裂を説明する議論があるが,これに対する異論も 存在する15)

15) このような見解として,高田(2013)を挙げることが出来る.

(22)

 以上のように,本稿に残された課題は大きいが,資本の再生産過程モデル にもとづいて分析することが必要不可欠であると考える.再生産は,その語 義として,生産の繰り返しであるため,生産を前提にしているということに 疑念を挟む余地はないと一般に考えられる.しかし,それは正しいであろうか.

あるいは,唯一の理解であろうか.再生産が経済主体の「生存と生殖」とし てとられえられ場合には,生産=有用物の生産と消費は,その物質的側面で の必要条件に過ぎない.資本主義的生産は,生産関係上の概念である.経済 主体の生存と生殖=再生産を考える場合に,生産関係というよりは,各経済 主体がどのように生存し生殖するかを考えることが課題となる.このとき,

資本の価値増殖と雇用労働者の生存・成長がいかにして行われるかというこ とが,再生産論の真の課題であり,また資本の再生産と成長が資本主義であ ると考える.

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(たにむら ともき・同志社大学経済学部准教授)

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The Doshisha University Economic Review, Vol. 65 No. 4 Abstract

Tomoki TANIMURA, On Reproduction of Capital and the Stagnation of Modern Capitalism

  In this paper, we investigate the stagnation of modern capitalism using the re- production of capital process model. The stagnation of modern capitalism is caused by the stagnation of the profit rate and demand for the reproduction of capital.

Particularly, competition over the profit rate that reduces wage expense limits the reproduction of employed workers. Such a competition is developed for the global industry. In modern advanced capitalism, the stagnation of the reproduction of capi- tal and the reproduction of employed workers coexists in this manner.

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